般若心経とコーディネーター

京都の本屋では般若心経が流れていた。

所は近鉄名店街、なんて書いてもわかる人はごく少数に違いない。近鉄京都駅そばの書店での話。奈良での講演の帰りにふらっと立ち寄ったその本屋で、新刊書を探そうとしていたら、なにやら騒々しい。しかも、なんだかアカペラ! 耳をそばだてるまもなく、はんにゃーはーらーみーたー・・・と合唱がこだましてきた。まあ、そういうCDを聞きたくなるときも人生あるかもしんないけれど、どうせだったら本屋で大音量で流すのはやめてくれません? せっかく立ち寄ったのに、集中力はそがれまくり。宅建だの英会話だののCDが書店で流れていても気にならないが、大音量の般若心経は、入り口から一番離れた場所でも、音量は小さくても耳につく。落ち着いてブラブラ出来ないよ、でも立ち読み対策としてはいいかも、など呟きながらも、手には三冊しっかり持って、早々に退散する。

金曜日から関西3日間ツアー。初日は奈良県で精神保健福祉の情報公開に関するシンポジウムのコーディネーターの大役を仰せつかる。この問題、一度奈良の実状も調査した上で報告書にまとめたことはあるのだが、もう1年半以上前の話。以後新しい動きもあるし、何より自分自身がこの問題を忘れかけていた。なので、行きは朝一番の電車にのって奈良までやってきたのだが、車中では珍しく真面目に、付け刃的にわか勉強に勤しむ。

色んな文献にバラバラに精神保健福祉の情報公開のタイミング、方法論、開示すべき内容・・・などが示されているが、どれを読んでもその全体像は見えてこない。一方で、ごく一部の専門家を除いて、いきなり「情報公開」なんて言われても、ギョギョッとするか、あるいは他人事と気にしないか、のどちらかだ。なので、多くの人が精神保健福祉における情報公開を「関係ある」「自分事」と認識して捉えるためには、まずは精神保健福祉における情報公開についての基本的なポイントを押さえてもらったほうがいいのでは・・・。そう気付いて、乗り換えた新幹線の車中で、いつものようにるんるん車内で図解しながら、整理してみた。すると色んなことがわかってきた。それが「情報公開の5W1H」である。

なぜ情報公開するのか? 措置から契約制度に変わって医療も福祉も「選べる」時代になった、と言われる。でも実際に選ぶ際には、選ぶ対象のいろんな比較情報がないとわからない。これが一つ目。二つ目は医療や福祉は患者と当事者の間で情報の非対称性があり、専門家への「おまかせ」が進む中、一部専門家による権力性・密室性の乱用が進み、それが精神病院や施設における人権侵害の温床となった。なので、その乱用防止のために公開が必須。そして三つ目に、医療も福祉も税金や保険料など大量の税金を投入しているのだから、投入された公金に対するアカウンタビリティがある。つまり選択、権力監視、説明責任のための情報公開なのだ。

なあんて書いてみるとごく当たり前のことなのだが、この当たり前のことをきちんと説明してくれていないのです。専門書、といわれるものには。なので、そんな「精神保健福祉の情報公開に関する『当たり前』」を5W1Hで整理しているうちに、自分自身がすっきりしてきた。これならまとめられる!と納得出来た段階で、気付いたらもう会場の最寄り駅。立派な会場で400人以上の皆様の前で、のコーディネーターのデビュー戦、である。

コーディネーターというのはその実、一人で講演するより遙かに大変だ。なんせ、自分勝手に1時間なり1時間半なり喋るのはおしゃべりタケバタとしては何の苦もない。だが、そもそも自分の持ち時間が限定されるだけでなく、しかも司会者として他のシンポジストのお話の魅力を引き出し、ひとつの流れにそれとなくまとめ、会場からいろんな質問を受け付けながらそれを各シンポジストに裁き、時間通りか5分遅れくらいで話をまとめ、最後に「今日は何となく面白かったね」「勉強になったね」と来客された方々に持って返ってもらえるようにうまくオチをつけなければ・・・。これは結構難題である。その昔、関西ローカルだったと思うのだが、笑福亭鶴瓶と桂ざこばが会場から即興のキーワードを3つもらい、その場で三題噺を演じる、という「らくごのご」という番組があった。コーディネーターというのは、ある種「らくごのご」的即興性が必要なのですね。果たしてちゃんと「オチ」たかどうか、それは来て下さった方々のみが知るはなし。その実は・・・さあて、ねぇ。

その後、シンポジストの一人であった、僕にとっての大阪の「お母さん」と、その「お母さん」の下で働く「妹分」と3人で打ち上げ。西大寺の駅前で、七輪で地鶏を焼いて頂くのが、いと美味しかった。出来はともあれ、仕事を終えたビールほど美味しいものはない・・・なんて、こんな月並みなオチでしか話を終えられないようでは、まだまだ「はなし家」としては未熟者ですなぁ・・・。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。