6/10の魅力

先日あるミュージシャンとお会いした折、彼の新作に関してこんなことを伺った。

「ある人に言われて、今回のアルバムでは、6割のエネルギーで歌ってみた。4割は聞く側の想像する余地を残しておきなさいよ、って。今まで10割の力を出し切って歌っていたのだけれど、そうやって聞く側にゆだねる部分も作っておいた方がいいって、僕も歌ってみて気づいた。」

確かに今日、学習会に行く車中でそのCDを聞いてみたのだが、以前と違って大変リラックスした声質。もちろん決して手抜きをされている訳でもなく、歌詞の内容は相変わらず鋭いブルースだ。でも、どことなくほんわかしていて、聞いていてスッと心に届いてくる。彼の歌声は以前から好きなのだが、そういわれてみれば、前作までは150キロのストレート直球がズバンと飛び込んでくるようなエネルギーで、正直こちらも聞くときを選ぶ、そんな感じだった。でも、今回のミニアルバムは、車の中でもほんわか聴けるのだけれど、しかし彼の伝えたいメッセージは変わらずびしばし伝わってくる一作。まさに彼の意図や想いがドンピシャと当たった、いい作品に仕上がっていた。

で、実はその後、そのミュージシャンと同じ様な経験を僕もした。

もちろん歌ったわけではありません。今日も自立支援法の学習会に呼ばれたのだが、今日の会場には聴覚障害の方も多数来られておられ、そして手話通訳の方も来ておられた。前回別の会場でお話しした折も手話通訳して頂いた方で、「今回はもう少しゆっくり話してください」と言われていた。そう、タケバタは話し始めるとエンジンがかかり、ついつい早口でまくし立てる傾向があるのだ。先週金曜日の夜など、奈良で小規模な学習会で社会保障改革と自立支援法について話しているうち、講演だけで2時間+やり取りであっと言う間に3時間半。そりゃしゃべりすぎやろう、というくらい、まくし立てていた。今回は全体で2時間、うち質疑応答が30分、しかも手話通訳の方が対応出来るように、いつもよりスピードを落とさなければならない。さて、どうしよう、と思いながら、話をはじめた。

で、今回の参加者の方々は以前に県の担当者から大まかな説明は聞いている、ということなので、レジュメからはずれて、いっそのこと主催者から要望のあった「今から出来ること」に的を絞って話をしよう、と腹をくくった。最初はゆっくり話すので、再生の回転数を遅くしたような歯がゆさがあったが、このスピードなら大丈夫、と手話通訳の方に言われ、そのスピードでストーリーを組み立てていく。当然、いつも90分で話す内容から4割くらい削らないと、このスピードでは回りきらない。なので、もうバッサリ切る部分は切って、中身を絞って、「4月までに出来ること」「ここ数年で考えておくこと」の部分を重点的にお話させて頂く。地域生活支援事業、障害程度区分認定審査会、地域自立支援協議会、そして障害福祉計画・・・これら市町村が独自の対応が出来る問題について、障害当事者や支援者・家族の声がどの程度反映されるのか、を皆さん自身が主体的に行政側に提案していかなければ、という部分に3分の1くらいエネルギーを裂いてみた。

講演と質疑応答が終わった後、手話通訳の方から、「前回よりかなりわかりやすかった」とお褒めの言葉を頂く。「前回はあれもこれも、とてんこ盛り過ぎてにもわかりにくかったところがあったが、今回はよく理解できた」、とのこと。なるほど、僕自身はもちろん話の内容は全力投球で、手を抜いていないのだが、10割の全速力のスピードでぶっ飛ばして話し続けるより、こうやって焦点を絞って、言いたい全体像の6割くらいに焦点化してお話した方が、伝わるときもあるのだ。いい勉強になった。

大学の授業においても、10の内容を全速力で伝えると、うまく伝わらない事がある。早すぎてわかんなかった、と。逆に、6に焦点を絞って、それについてご自身の頭で考える時間をもうけながら議論を展開すると、深まりがある、と評価されることもある。授業でも講演でも、10分の6にどう凝縮するのか、がもしかしたら、今のタケバタのキーワードかも、と思った。4の部分を、聞く側が考えたり、感じたり、そういう部分があるからこそ、「わかった」「なるほど」「そういわれて見ると・・・」と言う、自分の中での反芻へと繋がるのだ。そういう意味で、聞き手本意の話に組み立てていくためのヒントを得られた、そんな一日だった。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。