ポロポロあふれ出る言葉たち

 

よい聞き手を前にすると、全く思ってもみなかった、刺激的な言葉を発しているタケバタに気づくことがある。

この前の別府での、Kさんと語らった夕べも、そうであった。尊敬すべき大先輩とゆっくり話せるだけでも嬉しく、アルコールも入って、舌はどんどんなめらかになっていく。また、こちらが思う存分好き放題にしゃべっても、どんな球でも「受け」てくださる名キャッチャーを前にすると、勢い僕もどんどんあれこれ投げてみたくなる。そして、そんなキャッチボールを繰り返しているうちに、自分が気づきもしなかった球を相手にどんどん投げ込んでいる自分を発見するのだ。

我が家に帰って、読みかけの本の最後の部分をお風呂でぼんやり読んでいたら、そのことをズバリと書いた一節と出会った。

「われわれは通常、自分の思考や行動はもっぱら自分自身の自発性の支配下にあると思っている。しかし少し反省してみればわかるように、これは事実ではない。私がなにを考え、どのように行動するかは、つねに(あるときは意識的に、しかし多くの場合は無意識的に)私がいまここで参加している対人状況全体の、アクチュアルな雰囲気(リアルな実在として知覚することができず、「雰囲気」ないし「空気」としか呼びようのないなにか)に左右されている。私の思考や行動は、私がいま誰と出会っているかによって、根本から変化する。私の言語的・非言語的な行動の自発的志向ないし意図という、われわれが自己性の源泉としているものは、このように私自身と周囲の対人状況との接点で、つまり私が自分なりの仕方で言語的・非言語的に行為しようとする意図/志向と、状況全体の集合的な意図/志向との接点で発生し、そこに座を占める。」(木村敏「未来と自己」 『関係としての自己』所有、みすず書房p289-290

1次会の終わった後、ラウンジに場所を移し、静かなカウンターに腰を落ち着けて話をし始めた時、そこではいつの間にか「アクチュアルな雰囲気」が、それ以前とだいぶ変わっていた。じっくり話したい、という僕の意志だけでなく、名キャッチャーKさんの存在、別府でのそれまでのセミナーの内容、一次会の席での会話の中身、そして別府の温泉場という場所の持つ開放感・・・様々なものがミックスされ、「私自身と周囲の対人状況との接点」で、僕自身が全く思いもよらなかった「自己性」が立ち上がってきたのだ。そういう意味では、あのときのあの会話は、もう二度と再現できないだろうし、それから自分が何を話したのかも、その実よく覚えていない部分もある。自分の父より年上の先輩と、こんなに興奮して話が出来たこと、それだけでもすごく刺激的だった、ということだけはしっかり頭に刻み込まれているのだが。

そういえば、木村氏と同じ意見を、最近のあるブログでも読んだっけ。

「創造というのは自分が入力した覚えのない情報が出力されてくる経験のことである。それは言語的には自分が何を言っているのかわからないときに自分が語る言葉を聴くというしかたで経験される。」
(内田樹の研究室 20060203「まず日本語を」

僕もカウンターで、まさしく「自分が語る言葉を聴く」経験を繰り返していた。なるほど、俺ってそういうことを考えていたんだね、と。しゃべっている瞬間、自分が何を言っているのか、これから何を繰り出そうとしているのか、正直よく分からないのだけれど、言葉がポロポロ出てくる。僕はこういう「しゃべりながら考える」といるのが結構好きなのだが、それはまさに「入力した覚えのない情報が出力されてくる経験」に魅力を感じていたのだろう。対話相手との「アクチュアルな雰囲気」で、その場限りで出てくる様々な新しい発見。それは「創造」でもあり、「自己性の源泉」に触れることでもある。こういう泉がわき出すような対話、相手との冗談交じりだが本気のキャッチボール、ほど、エンジンがかかる場面はない。自分一人で「創造」するのが苦手なので、受け手の名手のエネルギーに仮託しながら、自分が言いたかったことを相手との「あいだ」から教えて頂く、そんなことだったのだろう。

ポロポロあふれ出る言葉たちに「創造」を、そして「自己性」をも見いだすからこそ、「対話」がやみつきになるんだ・・・そんなことを改めて考えていた。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。