研究者の立ち位置

 

昨日届いた学会誌を読んでいたら、久しぶりに「そうそう」と思う記事に出会った。

「いまの障害者福祉の法制度を単に紹介説明するだけではなく、それを批判的に検討し、課題はなにかということを教育の中で学生に伝え、あるいは研究の中で生かしていくというスタイルが国家資格制度の下でわれわれのなかに失われてきているのではないか、と思います。制度を単に無批判的に実施するワーカーをつくるのではなくて、実践しながらもそれを改善する問題提起を実証的に行っていけるようなソーシャルワーカーを育てようとするのであれば、もっとテキストの段階からも考えなければいけないという感じももちます。そのためにも、国家試験にも法制度の課題、あるいは国際比較の中での日本の位置なども出題するなど、しっかりした課題意識を持つ社会福祉士が生まれるような努力が必要です。今日は試験委員をされている先生方もたくさん来ておられると思いますので、ぜひお考えいただきたいと思います。」(佐藤久夫「障害者自立支援法制定過程で政策研究はどう関与したか」『社会福祉学』47(2)、50

佐藤先生の、自身も含めた研究者への厳しい自戒は、大変な説得力がある。

今回、自立支援法に至る流れの中で、確かに当事者団体や一部支援者団体の動きはあったが、大きな支援者団体(○○士会など)や社会福祉学会などの学会は、動きがほとんどないか、あっても後手後手の展開であった。現場を支える、日々のことで精一杯、あるいは次々と押し寄せてくる資料を追いかけるだけで精一杯、というのも本音かも知れない。でも、そんな中でも情報にキャッチアップして、反論なり対案なりを出してくるのは、支援者や学会ではなく、当事者団体の側であった。たしかに研究者は軽はずみにモノを言うのではなく時間をかけて理論を熟成させていく役割かも知れないが、でも、大変な激変期に、変わりゆく制度にもの申す研究者が少なすぎたような気もしている。そして、その背景が、単に時間不足だけでなく、佐藤先生の指摘するように、グランドデザイン案や法案という新たな法や制度に対する批判的検討を行う、という営みが、「国家資格制度の下でわれわれのなかに失われてきている」ゆえのダンマリだとしたら・・・と勘ぐりたくもなる。

ひよっこ研究者として、大阪の現場から、いろんな対案を発信するお手伝いをしてきた僕としては、グランドデザイン案以後の展開に、ほとんどついていけていないかのような研究者達は、いったい何をしているのだろう、といぶかしいものを感じた。僕ごときひよっこが、自立支援法の講演にあちこち呼ばれる事自体、先輩方はどうされたのか、という疑問にもなった。どうでもいい話かもしれないが、全国の福祉系大学の大半に、「障害者福祉論」を教える教員はいる。なのに、この間動いている研究者がどれだけいるのだろう。もちろん、研究者の役割は、即時的にレスポンスすることだけではない。今は流れを読んで、大方定まったあとにコツコツと実証研究をされる方もいる。それはよい。だが、それでも大転換機に、多くの障害者福祉論を語る人間がいるはずなのに、どうしてあまり研究者からの声が聞こえてこないのか。もしかして、その方々が「制度を単に無批判的に実施するワーカーをつくる」ことにのみ、視野が狭まっているとしたら・・・。

佐藤先生自身、この文章の冒頭で、次のように後悔の念を述べている。

「私は、このシンポジウムのタイトルにまともに答えることができません。つまり、私をはじめとする障害者福祉政策の研究者が、戦後日本の障害者福祉の最大の改正・転換である障害者自立支援法の制定過程に、ほとんどまったくといっていいほど影響を与えることができなかった挫折感から立ち直れていません。」(同上、49)

佐藤先生のように「挫折感」を持っている研究者がどれほどいるか? 単に制度が変わった、とキャッチアップすることにのみ必死の研究者は少なくないか? 以前から何度も書いているが、あるものごとに追いかけるのに必死な状態は、武道でいう「居着き」の状態である。その状態では、相手の出方をうかがうことに必死で、追いかけるのに必死で、結局いつまで経っても相手の動きの先手を打つことは出来ない。対案なんかもってのほか、である。こういう「居着き」を超えるためには、いかに批判的に現状を分析し、「法制度の課題、あるいは国際比較の中での日本の位置など」を横目で見ながら、どの部分から崩せるか、責めていけるか、ポイントなのか、が問われている。そして、そういうことが出来る位置にこそ、研究者はいるのではないだろうか?

僕自身は、微力ながら、なるべく佐藤先生が指摘した「法制度の課題、あるいは国際比較の中での日本の位置など」を見続けて、真正面からこの「課題意識」は持ち続けてきたつもりだ。明後日から少し日本を離れるが、これも日本の今後進み行く「位地」を、他から眺め直して、少し頭を冷やして考えてみよう、という魂胆である。じっくり時間のかかる理論研究も、もちろん大切だし、少しずつ僕も勉強中だ。だがその一方で、目の前で動きつつある、自立支援法や地域移行の問題については、しつこく関わり続けなければ、と佐藤先生から檄をいただいたような、そんな報告であった。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。