お土産3つ

 

塩尻から甲府に向かう普通列車の中でラップトップを開いている。それにしても、何だかこの1週間はめまぐるしかった。先週はアメリカにいた、なんて実感がほとんどない。でも忘れてしまわないうちに、少しは旅の足跡を残しておこう。

先週の金曜日まで、毎日相当ハードな調査を入れていた。アポイントは一日にひとつ、ないし二つでも、各現場でかなり突っ込んだ質問なり議論をする為には、こちらに相当程度の「予習」が求められる。しかしながらアメリカ出張直前は、毎週のように国内調査で大阪に出かけていたので、結局のところ満足に予習はできていない。とにかく必要最低限の資料をプリントアウトして鞄の中に詰め込み、あとは機内ホテルと泥縄式に読みながら、聞きたいことの枠組みを構築せざるを得ない。ありがたいことに、今回の調査では現地の権利擁護機関に紹介や顔つなぎ、アポを取れないところには連絡までして頂いたので、こちらがターゲットにしていた現場はすべて押さえる事ができた。そういうチャンスなので、こちらの準備不足で取りこぼしてはいけない。そう思うと、ホテルでカリフォルニアワインを飲んで良い気分、なんてバカンスモードではなく、久しぶりにみっちりお勉強した上で、各現場に臨んだ。おかげで、相当程度、現地のリアリティが頭に入ってくる調査ができた。

今回の調査は、障害者の権利擁護を多面的に調べる、というのが一番大きな目的であった。いつもお世話になっているカリフォルニアの公益法律事務所(Protection & Advocacy:PAI)での議論だけでなく、今回はcountyレベルでの患者の権利擁護官(Patient Rights Advocate)や虐待対応機関(Adult Protective Services)にも訪問する。どの現場で議論をしていても、civil rightsを護る法律が障害者に関してもきっちりしているので、その法に基づいて徹底的な調査や介入、改善案の提示などが示せている現状が見えてくる。我が国の場合、その法的な裏支えが希薄な中では、なかなかここまで踏み込んだ介入ができにくい、と実感。福祉政策を対外比較の視点で見ていると、それは北欧との比較であってもアメリカとの比較であっても一緒なのだが、結局現場レベルのミクロなリアリティとstate, countyのメゾレベルの枠組みの背後にある、法制度やそれを支える市民感覚といったマクロ的背景が見えてくる。日本にいて、現場の問題と向き合っているとなかなか見えてこないこのメゾ、マクロ的問題は、海外との比較、それも法制度や理念的比較、ではなくて、海外の現場のリアリティとの比較からこそ、浮かび上がってくる、と今回もひしひし感じる。この複眼的思考がないと、福祉政策は往々にしてイデオロギーや価値論の枠組みに陥ってしまうので、こうしてたまに海外の現場で自分のレンズを磨き直す、というか、再点検することは、そういう意味では「リフレッシュ」できてよろしい。ま、ほんとは海外になんか行かなくとも常にreflectiveであればよいのだけれど・・・。

さてさて、そうして金曜日までみっちり仕事して、帰国前日の土曜日は予備日で取っておいたのだけれど、せっかくなので向こうでも争点の的になっている某病院を「ぶらり訪問」。サンフランシスコに最後まで残っている、1300床の巨大病院。築50年以上のボロボロの病棟で、メディケイドというアメリカの公的保険機関が「この病院は基準を満たしていないから支払いができない」と言い出すほどの病棟。突然の訪問だったので病棟内部までみれなかったが、開放区域である廊下ごしに覗いてみるだけでも、日本の精神病棟に似た病棟空間が拡がっているのがわかる。この病院には多数の身体障害者や精神障害者、エイズ患者などが混在していて、少なからぬ数が社会的入院患者であり、権利擁護機関がその是非を巡って裁判を起こしているほどなの「いわく付き病院」。何だか強い既視感のある病棟を眺めていて、こういう社会的入院や隔離収容を放っておくとどうなるのか、については、洋の東西や文化的背景を超えた実に普遍的な問題性があることもよくわかる。その同じ問題に対して、社会的入院は差別だ、とクラスアクション(集団訴訟)に持ち込むアメリカと、何となく中途半端な退院促進事業と不自然な病院内住居(退院支援施設)の建設のセット、という曖昧な解決策に逃げようとする日本の、問題に対するアプローチやプロセスの違いが、非常に際だって感じられた訪問であった。

というわけで、帰国前日までみっちり働いていると、たまには良いこともある。ちょうどメイシーズという伊勢丹か高島屋のような百貨店が、我々が訪れた金曜土曜にかけて、二日間だけのバーゲンを開催していたのだ。ダイエットに勤しんでいても日本の「標準体型」よりオーバーしているタケバタにとって、欧米の服の方がすっと入ったりする。何だか海外での冬物バーゲンにはご縁があって、二年前の冬、山梨に就職する直前に超格安パックツアーで出かけたハワイではバナナリパブリックのスーツを、スウェーデンのイエテボリに住んでいた三年前には何故かイタリア洋品店でスーツを買っていたのだが、今回も良いご縁があった。

実は金曜の晩にご一緒したK先生と出かけた折りには、K先生は茶色の渋いスーツを買われたのだが、正直僕自身はあまり買う気もなく、特にピンとくるものはなかった。だが・・・土曜日、病院訪問後、チャイナタウンで「最後の晩餐」に出かける前に、何となく再訪してみると、昨日とは違うスーツが掛かっている。見ればウンガロの795ドルのスーツ。そりゃ十万円もすれば良いスーツよねぇ、と思いながら、そのコーナーの表示を見ると、149ドルの表示が。まさか、二万円そこそこで買える訳ないでしょう、と思いながら、スーツの値札をみると、395ドルの表示が。ま、半値なら妥当でしょうが、私にはご縁がありませんねぇ、と思いつつも、もしやもしや、と「念のため」売り場のお姉さんにおそるおそる、「あのう、もしかしてもしかすると、これは149ドルなんかで買えたりなんか、しないよねぇ」と恐る恐る尋ねてみると、お姉さんはにっこり「ええ、今日だけ149ドルよ」と仰るではないか。ま、そうはいっても、こういうブランドものって、結局上着は入っても、ウエストでアウトな事が多い。金曜日も一着だけよさげに見えたスーツも、結局ウエストがアウトで駄目だった。で、今回もあんまり期待せず、「念のため」と試着してみると、なんとなんと、上も下もぴったり。これほどダイエットに感謝した事はない。しかも売り場のお姉さんによれば、「少し拡げられるよ」だそうな。ものすごく着心地が良いだけでなく、高級スーツは細やかな気配りだ。そんな逸品を二万円弱という量販店価格で買えてしまうのだから、申し訳ないほどラッキー。みっちり働いていると、たまには良いことあるのね。

というわけで、貴重な現場のリアリティとスーツをお土産に、日曜日の昼の飛行機に乗って、機内で11時間すごすと、時差の関係で日本到着は月曜日の午後三時。ここから三時間とことこ列車を乗り継いで甲府まで帰り着き、風呂に入ってお約束の体重計に乗る。カリフォルニアのホテルでは1週間の滞在中、40ドルで七回利用できるジムのチケットを買ったのだが、結局なんとか5回利用して、一回10ドル、という元は取る。あと、ハンバーガーやステーキ、といった超脂っこいアメリカ料理はいっさい口にしなかったのだが、でも、K先生も僕もグルメなので、タイ料理にパキスタン料理、チャイニーズと探し当てた美味しいアジアン料理の各店で、毎度腹一杯食べまくっていた。なのでまたもや80キロ代に逆戻りか、と内心すごく恐れていたのだ。しかししかし、量ってみると79.6キロ。ずっと機内ではブロイラー状態だったにしては、上出来すぎる体重。三番目のギフトは、一番嬉しい「お土産」だったかもしれない。

そんな嬉しいお土産満載で、身も心もリフレッシュしたので、何だかその後、怒濤の日々をこなす。火曜日は朝一番の特急に乗って東京で会議を二つ掛け持ちし、水曜日は卒論発表会追い出しコンパ。木曜日は久々にプールで泳いだ後、たまっていた事務処理を大学でさくさくこなし、ついでに〆切期限になっていた次の火曜日の研修のパワーポイント用に新ネタを仕込む。ちなみにこの日の体重はついに78.2キロまで下がり、喜びは一塩。そして、金曜は朝6時半の静岡行き特急新幹線で大阪に到着し、かかりつけの漢方医に嬉しくなって体重減を報告。「もっと痩せないとね」とクールに言われて少しとほほとしながら、馴染みの髪切り屋でばっさり切ってもらい、夕方から西宮の現場職員への聞き取り調査。そして、京都の実家に泊まって今日土曜日は10年来のおつきあいのある友人の結婚式に参列。その後、一緒に列席していた、「大阪のお母様」と慕う大先輩と寺町のイノダコーヒーで久しぶりに議論。和やかな心温まる結婚式に、美味しい料理とお酒、そして久しぶりの楽しい会話に身も心も満腹になって、甲府に帰る車内の人になっていた。ふー。

塩尻から甲府まで、特急あずさでは1時間なのだが、ちょうど運悪く普通電車しか接続しておらず、30分甲府までよけいに時間がかかる。でも、この1時間半で、おかげさまでこの一週間を4000字にまとめられた。そう思うと、てーへんだったが、良い一週間だった、そういうことですね。あ、あと一駅で甲府だ。では、この辺で。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。