作業前の心得

 

困った時は原点に返るとよい。

大雨の一日だった昨日、週末に〆切の原稿を前に、何をどう手をつけて良いのやら、途方に暮れていた。北海道の出張の後、金曜土曜の二日間はオープンキャンパス、日曜は障害者団体の勉強会、そして月曜火曜とゼミ合宿で、身体に疲労が蓄積されていたのかもしれない。ゆえに、水曜は打ち合わせ講演打ち合わせと外回りをした後、木曜日はグッタリだった。土曜までにやり終える予定の原稿なのだが、全く力が沸かない。ついでに、と図書館で資料を集めてみるものの、頭の中に入ってこない。集中力も持たない。悪循環のスパイラル。外では土砂降りの雨

何もしていないのに、出来なかったからこそ、疲労困憊で家に帰り、のんびり風呂の中である本を読み返していた。読んでいて、自分の詰まっているポイントを見事に言い当てる一節に出会った。

「『本を読まざるべし』などということをいうのは、昔こういう経験があるんです。これはアメリカで理論の世界での論文を書いているときのことなんだけれど、ある程度いろいろな理論の論文を読んでから、その理論を概念的に、あるいはオペレーショナルに拡張したり、新たに解釈するというのを書いていたんです。そのとき自分の先生にこういわれた。『伊丹さん、参考文献とか、似たようなリサーチをやっているとか、そういう論文は論文を書き終わってから読むようにしてね』と言われたんです。論文の本体を書き終わってから、自分と同じことを言っている者はいないかといって、確認のために他人の論文を読みなさいと。
 驚きましたね。しかしその意味は、最初から全部読んじゃうと新しい発想とか、新しい仮説を作るとか、そんなふうにならないから、ということなんです。何か思いついたら、とにかく理論でゴリゴリ考えろ、10日か一週間あれば、何か結論がが出てくるでしょう。それまでまずやっちゃうんですと。他人の論文なんか読んでは駄目ですと言われた。」(伊丹敬之『創造的論文の書き方』有斐閣、p110-111)

ようやく夏休み後半の今頃になって、ルーティーンワークも終え、研究に集中出来る僅かな期間が戻ってきた。だからこそ、既存の内容の焼き直し、ではなく、新しい視点で今やっている内容をまとめるようなものを書きたい。そう力むのだが、どうしていいか当惑していた。だから、あっちの本で気づきを得て、こっちの本にフラフラ。そこで新たなキーワードに気づき、あわてて図書館に駆け込みいくつかの文献に当たって。なんてしているうちに、例の悪循環にはまって、気がつけばすっかり消耗していたのだ。

一番の問題、それは、他人の論(=考え)に依存・幻惑してしまい、自分の頭で考えなかったことである。自信のない時ほど、他人の智恵にすがりたくなる。だが、自分の中から何かを生み出そうという真っ当な苦労をすることなく、他人の御説を適当に編集しているだけでは、ぱっとしないことこの上なし。「何か思いついたら、とにかくゴリゴリ考え」るのである。その上で、ある程度の結論が自分なりに出るまでやってみて、「確認のために他人の論文を読」む。こういう当たり前の、基本の「き」、をすっかりきれいさっぱりに忘れていたのである。阿呆ですね。

で、この本の最後には、停滞状態を突き抜ける為の「5つの心がけ」も書かれていた。

「本質は何かを考える」「狭く入って、深く掘る」「鳥の目と虫の目を、使い分ける」「スピーディーに思考実験する」「言葉を大切に使う」

何故自分がこのテーマを「オモシロイ」と思ったのか、の本質を捉えようとしているか。そのために、あれこれ関連テーマも気になるけれど、欲張らずに対象を限定し、その対象に対してトコトンどっぷり浸かって考えられているか。そういうマイクロな虫の目と共に、ある程度書けた段階で、俯瞰的に「この考察は何の一部なのだろう」という鳥の目でものを見れるか。以上の事をするために、論理的な筋道を追いかける営みをスピーティーに行い、駄目なら次の論理展開を考える、というしつこさがあるか。そして、一番重要なのは、文章として書く時に、いい加減な言葉を使わず、適切な言葉を、適切な場面で使えるか。

こういう風に整理をしていると、職人さんが、自分の仕事の前に道具を研いだり磨いたりしているように、書き手も頭の中を研いだり磨いたり、を、特に書き始める前にはきちんと行っていくのが大切だ、とわかりはじめた。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。