バトンをつなぐ

 

春になると、様々な方が配属変えや転勤、退職など移動していく。

私の周りでも、これまで一緒のチームを組んできた方が移動になったり、退職されたり、色々な変化が起こっている。率直に言えば、気心知れてきた方々と離れるのは、心情的に、寂しい。

だが、仕事として、システムとして運用を続けていくためには、そういう「寂しさ」とは別次元で、きちんと持続可能な形で引き継げるか、が最大の焦点になる。「その人がいなくなればオシマイ」の仕組みであれば、それは個人事業であり、システムではないからだ。これは大学院生の時から、私がずっとテーマにしていることでもある。

精神科のソーシャルワーカーに「半ば弟子入り」する中で、一人職の現場で、職人芸的に、地域作りを一人でコツコツ積み上げて来られた「名人」に多く出会うことがあった。彼ら、彼女らは、多くの仲間を作り、地域の社会資源を作りながらも、独特のスタンスで、独自の地域展開を続けてきた。多くの利用者から本当に慕われていて、その「職人」は時間外など気にせずに、その世界を作り上げるのに没頭している。ただ、その方の事を語る利用者が、ある時こんな風に呟いたのが、すごく気になった。

○○さんにすごくお世話になっているし…○○さんがいなくなったら、この地域はもうオシマイやな」

これは、○○さんへの敬意や好意に基づいた感情的な発言である。もちろん、○○さんがいなくても、実際その地域が「オシマイ」になることはない。ただ、経験的にみて、その地域のキーパーソンが退職したり、移動することで、その地域のネットワークや活動がグッと落ちる、という事は充分ありうる。この「地域」を「組織」「経営者」「上司」に言い換えたら、あまたのビジネス本でいつも言われている話と通じる。甲斐の武田信玄公は「人は石垣、人は城」と仰ったが、確かに「人」が、その地域なり、組織なり、ネットワークなりをつなぐ要、である。

いくらシステムを作り上げても、そこに魂が籠もらなければ、形骸化する。どこの世界でも、形骸化されたシステムの弊害に悩まされる人は沢山いる。その際、やっぱり「人」でしょ、という言葉はよく聞くフレーズだ。ただ、この際の「人」が、属人的なもの、だけなのか、というと違うような気がする。固有の「○○さん」がいなくなれば、本当に「オシマイ」なのか。それは、「○○さん」がどのような仕組みを作り上げてきたのか、にもよるのだ。

確かに一人職の現場で無から有を作り上げるには、突き抜けた個性が必要だ。ある種の尋常的ではないエネルギーがあるからこそ、何もなかったところに、ゼロから何かが構築されていく。ベンチャー企業に象徴されるように、創設期は、まさにカリスマがいるからこそ、一個人が始めたことが、コンセンサスを得て、一定の形なり企業体になっていくのだ。

ただ、ここで大切なのは、ある程度の形が出来てくると、人に属さない、継承されるべき「型」が必要になってくる。一人で全部を統治できないから、委任することも必要だ。ベンチャー企業で仲間だけでやっていた事でも、組織体にすると、新たに人を雇い、上司部下の関係を整備し、俸給体系も作り上げる。それらは皆、何らかの「型」である。で、この「型」を作る際、作り手の「魂」が埋め込まれた「型」として継承されるか、単に形骸化した「型」として受け止められるか、で、その仕組みが大きくかわる。それが、ベンチャー企業や老舗や大手として残れるかどうか、の鍵だし、福祉組織だって続くかどうか、の瀬戸際にこの問題がある。端的に言えば、作り上げたミッションが死なずに生き続けるかどうか、である。

以前、研究者として第三者的に眺めていた時、その魂の継承が大切だ、というのはわかっても、では具体的にどうすれば、ということまで想いも至らなかった。だが、気がつけば、第三者ではなく、わりあい当事者的な立場で、その継承場面に立ち会うことが増えてきた。その際、ある方が非常に興味深いことを言っていた。

「全部を型にしてしまってはマニュアルになる。そうではなくて、引き継いだ人が自分で考え、作り出せるような、遊びのある緩やかな継承が大切ではないか」

この「引き継いだ人が自分で考え、作り出せる」環境作り。このフレーズは、すごく私自身も気に入っている。そう、私自身が、まったく自分で改良する余地のないものを渡されたら、絶対につまらないからである。誰だって、自分がその業務の「オーナー」を引き継いだなら、自分の考えや色を入れたい。それが、前任者の色に染まっていて、常に前の色と今の色を対比されたらたまらない。そんな「手あかまみれ」のものは、さわりづらい。とはいえ、無から有を作り上げたものであればあるほど、固有の色は削ぎようもなく付いてしまっている。

以前の私なら、その色を守ることが、そのオリジナリティを守ることだ、と思いこんでいた。だが、それは違うとようやく気づく。色は、時々によって変化する。人が代わり、構成要素が変わり、時代が変わる中で、変化するのが当たり前、なのだ。変えてはいけないのは、その色ではなく、色を作り上げたプロセスに内在した、「どうやって何らかの色や形を作り上げようか」という試行錯誤の視点、そのものなのではないか。つまり、そのシステムなり業務なりを「自分事」として受け止め、前任者から託されたバトンを、「自分事」として持ち直して、自分なりの試行錯誤、を始めることではないか。

そういえば、僕自身が託されたバトンについては、いつもそうやって「自分なりの試行錯誤」を通じて見るからこそ、いつのまにか「自分のバトン」になって、次の人に引き渡していたような気がする。

このバトンリレー、自分が渡される側から渡す側になる場面が増えるほど、いかに上手に渡せるか、が今後の課題になってくるのだろう。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。