風通しの良さ

 

この連休はどこにも出かける予定はない。こないだのアメリカ調査で調べたことの一部をある雑誌で報告する事になり、その原稿書きに休みを使うことに。そんな半分仕事モードの連休初日、ジムに行く途中の本屋で偶然出会った一冊から、実に多くのことを気づかされ、学ぶことが出来た。

「国家指導者が本腰を入れて貧困と戦えば、十五年で『半減』どころか、貧しさを知らぬ世の中さえ無茶ではない。それでも、貧困削減が世界各国の首脳を賛同させる課題になったことを、素直には喜べなかった。動機が気に入らなかったからだ。(略)
 カネや情報、そのうえ企業まで国籍や国境などおかまいなしになった今日、先進国が抱える二十一世紀の課題は、移民問題につきる。地球人口の過半数を占める途上国との格差をなんとかせねば、空恐ろしいことになるというのが、北の本音だと見た。一方、途上国の権力者の多くは、国連宣言により政治的に動く安易な援助が増大し、よりいっそう甘い汁を吸うことを期待する。南北の私利私欲が合致するからこそ『ミレニアム宣言』なのだと考えた。
 政治家や官僚は、民衆の悩みや苦しみを肌で感じることが不得意だ。どん底の生活にあえぐ貧民のことなど、数字と頭でとらえていればましなほうだろう。先進国でも途上国でも違いはなく、我が国も例外ではない。」(西水美恵子『国をつくるという仕事』英治出版、p220-221)

抑制の効いたピリリと辛口な文章。しかし、単に批評家の辛口ではない。世界銀行の責任者(最後には副総裁)として、一貫して援助対象現場の、特に貧困でマージナルな地域に通い続ける中でこそ「数字と頭」を超えた生の「民衆の悩みや苦しみを肌で感じる」体験を積み重ねてきた。そのリアリティから、どんな「権力者」とも一歩も引かずに是々非々の戦いを続けてきた「闘士」だからこそ、政策の背景にある「動機が気に入らなかった」のである。

不勉強な私は、この本を読んで初めて世界銀行の役割の重要性をもよくわかった。そして、彼女がその世界銀行のミッションを実に真っ当に果たそうとしていることも。

「世界銀行グループは加盟国国民の『共済組合』だと知る人は意外に少ない。市場から好条件で借りる力のない『組合員』に、いろいろな形で長期復興開発資金を用立てるのが本命。(略)
 気が遠くなるほど長い融資だ。今日生まれた乳飲み子が社会人となるまで国体が持続するかを見極めなければならない。その確率判断をもとに貸倒引当金を計上し、準備金高を決定するのだから、真剣勝負。(略)
 初めは、恐ろしい大責任だと考え込んでしまった。悩み抜いた末、国体持続の判断は、歴史的観点を踏まえたうえで、国民と国家指導者の信頼関係を感じ取るしかないと思った。だから、草の根を歩き巡り、貧村やスラム街にホームステイをし、体を耳にするのが仕事なのだと決めた。そそてい、その判断をもとに良い改革への正の外圧となることが、世銀のリスク管理と営業の真髄だと考えた。」(同上、p31-32

世界銀行の「本命」である融資に必要な「確率判断」という「真剣勝負」をするために、悩み抜いた末、その真剣勝負には「国民と国家指導者の信頼関係を感じ取るしかない」と考える。国民の本音に向き合い、「体を耳にするのが仕事なのだと決めた」。そして「良い改革への正の外圧となること」を「真髄と考えた」。

さらりと書かれているが、ここに込められた意味合いは実に深い。プリンストン大学助教授の職を辞して着いた新たな職場で、「加盟国国民の『共済組合』」という意味合いを徹底的に「悩み抜いた」。だからこそ「草の根を歩き巡り、貧村やスラム街にホームステイをし、体を耳にするのが仕事」という原則に辿り着いた。そして、副総裁になってもこの原則を守り抜き、アジアの各地で文字通り「草の根を歩き巡り」続けた。そして、そこで援助対象になる当事者の思いや願いを肌で感じ続けたからこそ、大統領や軍のトップが相手であっても、誰かさんと違って文字通り「恐れず、怯まず」、正しさを貫くことが出来た。

彼女の様々な国での、草の根への目線は本当に温かい。解説の田坂広志氏が「自分の姿を見る」「共感」の姿勢で彼女が臨んで来たからだ、と指摘しているが、まさに彼女はどの国でも対象国の貧困削減や貧村の幸福を「自分事」として願っている。だからこそ、現地の人に教えられ、だからこそ、怯まない力が備わる。そんな彼女の「正しい」行いは、権力者だけでなく、多くの現場の人びとやジャーナリスト、官僚や政治家をも動かす。

こういう、声なき声に耳を傾け、そこで語られた社会的弱者の声に基づく「正しい行動」を積み重ねる彼女の文章には、お仕着せがましさや不遜な部分が感じられない。個人のエゴや主張ではない、普遍性のあるロゴスが言霊となって、風通しの良さとして文体にも表れている。読み手も読んでいて、実に気持ちが良い。そしてその普遍的な魂に触れて、己の中にも気持ちの良い風がサーッと流れ込んでくる。

今、自分の「現場」で、自分のミッションを「悩み抜い」て考え詰めているか。「自分の姿を見る」ことから、「共感」に基づいた、真っ当な仕事が出来ているか。読みすすめる中で文字通り、襟を正したくなる一冊だった。自分に出来ることは何だろう。そう、改めて考え直した。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。