馬車馬の9月後半

随分ブログがご無沙汰していた。ロンドンから帰国後、文字通り馬車馬のように働いていただから。備忘録的に書き出してみる。(実は6時間前にアップした時、あまりに走馬燈だったので、一日分書くのを忘れていた。こっそり書き足しておく)

20日:大阪であるNPOの将来構想委員会でディープな議論→その近くにあるイタリアンのお店での宴会。同世代でそのNPOから沢山の恩恵を受けた仲間達が、先達の叡智をどう引き継げるか、ミッションをどう発展させられるか、を自分事として議論する。毎回一参加者として、議論をワクワク楽しめ、かつ学びの多い会合。毎回沢山飲んでしまいます。
21日:20日の夜は、いつものように実家にもご挨拶+静岡&ロンドンのお茶を運ぶ「茶貿易」をした後、翌日はネットが繋がるのぞみ号で仕事をしながら、厚労省である総合福祉法部会に。いよいよ来月から作業部会が始まる人選表も発表される。10月から3月までの作業部会の議論如何で、この私たちの目指す「総合福祉法」という新法の骨格が出来るかどうか、が決まる、大切な作業チーム。僕は「地域生活支援事業と自治体の役割」というチームに所属。「障害者福祉におけるあるべき自治体の姿と責務」とは何か、を考え、現実・実態との格差の中から、どうしたらそれが実現するか、を考えるセクション。山梨や三重で、県の仕事をさせて頂く中で学ばせて頂いた事を活かせるセクションであり、身が引き締まる思い。
22日:午前は県の会議、午後は教授会、ついでに久しぶりに大学に行ったらわんさか学内業務が溜まっていて、ひたすらメールを打つ。

23日:9月〆切の原稿書きに追われる。だが、切り口や視座が定まらず、四苦八苦。自分の内的な実感と、与えられたテーマとがうまくアクセス出来ていない。その中で文章を書いても、単なるshould/mustの規範論で終わってしまう。それなら、僕ではない他の誰かの文章になってしまう。別に「己が己が」というつもりはないけれど、自分が納得いく文章として立ち現れてこない。多分に思考不足なのだろう。途中で諦めて、文章を寝かせることにする。

24日:門屋充郎さん、玉木幸則さん、北野誠一さんという超豪華な講師陣を迎え、山梨での相談支援従事者初任者研修2日目の開催。聴けば、この3者が一堂に会するのは初めてだそうな。3障害の違いを超えて、本人中心の支援とは何か、という根源的な骨格が同じなのだ、と3者のお話を聴きながら、改めて実感する。門屋さんは柔らかい物腰の中に、「病院中心主義では絶対にダメだ」という熱い想いが迸っている。玉木さんは「ただ地域で普通にくらしたいだけ」というシンプルな主張が、如何にこれまで出来てこなかったのか、そしてそれを構築するためにどのような仕掛けが必要か、について分かりやすくお話頂く。北野さんには、障害者福祉の大きな歴史的変遷の中で、何を基準に仕事をすべきか、について伝えてくださる。僕自身にとっても、大きな学びとなる研修だった。
25-26日:ゼミ合宿。3,4年生合計10名と僕、だったので、3台の車に別れて、清里のペンションへ。今年は学生の都合が合わず、後期の頭にゼミ合宿だったが、思い出深かった。何より、10人が自らのテーマについて発表し、たっぷり時間をとって、全員で議論する。いつものゼミと違い、90分という時間的制約がないので、焦らずゆっくり議論が出来る。その中で、色んな事を「実は…」とカミングアウトする学生がいたり、自分の心境の変化を語り出す人がいたり。のような同じ時間を多人数で共有する、という形態は、親密性を増す非常によい機会となった。学生さんは夜遅くまで盛り上がっていたようだが、僕は早々にダウン。ま、教員がいないほうが学生さん達も盛り上がったようだし、結果オーライ、であります。合宿から帰ってきて、合気道に出かけたら、流石にクタクタで、肩から息をしていました…。
27日:日帰りで三重! 3年目になった、市町職員エンパワメント研修。この日は、2つの地域自立支援協議会の試行錯誤を「聴く」というセッションから始めた。この地域自立支援協議会という器は、障害者自立支援法で作ることになっているが、どう運営するか、については、各自治体の裁量に任されている。なので、真面目に地域課題を議論するところもあれば、とりあえずやってみたけれど、尻すぼみ、という自治体もある。ならば、理念やあるべき姿を外部者(例えば私のような研究者)が伝えるのではなく、今、実際に試行錯誤している内容を発表してもらったらいいのではないか。このような意図で行ったのだが、その後のグループディスカッションも含め、非常に盛り上がった。「よそも同じような悩みを抱えていた」「楽しんでやろうとしてもいいのだ」「自分のところの改善のヒントになった」といった感想が沢山寄せられた。そう、このようなピアサポートグループが、自治体レベルでも足りないのだ、と改めて実感。また多くの感想に「ちゃんと当事者の声を聴かねば」というフレーズが寄せられていたのも、印象的だった。以前は「当事者の声なんて聴いてしまっては大変だ」という声もあったのに・・・。
28日:講義のあと、東京に。本来一つの会議に出るはずだったのだが、数珠繋ぎ的に打合せがもう一本入る。東京にいると、確かにそういう急な打合せでも対応出来るので便利だが、逆に言えばドンドン仕事が入れられてしまう。やはり、山梨のような、東京から「ほどよい距離」が大切だ、と改めて思う。
29日:1~3限まで講義、その後、学科のFD会議。講義アンケートをもとに、授業のやり方や学生対応についての、教員同士の話し合い。こういう話し合いの中で、先生方の教育実践の姿勢や具体的な対応策などを情報交換しあうことが出来、大変有益だった。この中で考えさせられたのが、「大学の講義や大学生のあるべき姿」と、「講義アンケートなどで出てくる現実」の落差について。
確かに私たちは「あるべき姿」を追い求めたいとおもう。それが出来ていない学生を「なっていない」と言うのは簡単だ。また、アンケートを絶対視することは、現実に単に追従することであり、質の劣化を招く、という議論にも、十分に耳を傾けるべき部分はある。だが、僕は現時点でも、やはり「現実」を無視した「あるべき姿」は危険だ、と思っている。目の前の学生達に届けるという営為を通じて、「あるべき姿」は構築されるはずだ。たとえ講義内容を全部理解することは出来なくても、学生達は教員の「伝えたい」という想いは、受け取ってくれる。その中で、議論を少しずつ引き上げていくと、ちゃんと学生達はついてきてくれるのだ。ただ、入口の階段は、教員にとっては1段に見えるところでも、学生にとっては10段くらいなら、少なくとも5段分くらいに細かく分けて、よじ登れるような回路を創る必要がある。そうしないと、彼ら彼女らは、よじ登る前に、「どうせ無理」と諦めてしまう。それでは、せっかくのご縁が活かせないのだ。
ま、まだ僕も試行錯誤であり、この講義の在り方の模索は今後も続く事になる。
30日:講義は1,2限と続き、4限5限はゼミ。後期のゼミは二コマ連続で卒論に向けた集団討論も始まるので、研究室を片づけて置かなければならない。なんせ、8月の中頃以来、余裕無く散らかした書類がわんさかある。僕は幸いに元小教室を研究室に改造してもらったので、テーブル二つに椅子12脚が研究室に入っているので、ゼミは可能。だが、10名+私、が座るためには、何が何でもこのエントロピーの増大しまくった机と椅子の上にある様々な内容物を処理せねばならない。次から次とゴミ箱に放り込み、シュレッダーにもかけ、3限まるごと使って、ようやく綺麗に出来る。でも、「ゼミをやるから」といった公的なエクスキューズがないと、部屋は絶対に綺麗にならないのも事実。お陰でその後のゼミは、後期第一回目から内容の濃いものとなり、結局6時くらいまで続く。
で、ゼミが終わった頃、今年県庁に就職したOGからお電話。研修の帰りに遊びに伺うとのこと。何でも今日が試用期間最後の日で、明日から正社員、とのこと。なるほどねぇ、と思いながら、スーツ姿も板に付いてきたOGさんのお話を伺う。何よりゼミ生が、卒業しても遊びに来てくれるほど、教員冥利に尽きる事はない。今度卒業生の飲み会をするから、日程を合わせよ、ということ。もちろん、喜んで伺います。
10月1日:この日は朝から相談支援従事者初任者研修3日目。千葉から中核センターがじゅまるの朝比奈さんにもお越し頂き、山梨の三障害のケアマネの実際、と、千葉の実践とを掛け合わせるセッション。社会資源の少ない山梨でも、結構頑張って実践を行っているな、という実感と、でも千葉のような、制度や支援体制の網の目から零れた「困難ケース」への真摯な取り組みから学ぶ事が多いな、という実感の両方を抱いたセッションだった。朝比奈さんの柔らかい物腰と、そう簡単には諦めない、という粘り強い姿勢に、改めて感じ入ることが多かった。
とまあ、こんな風に2週間走り続けたので、昨日はポン酒を飲んで、ひっくり返っておったのでありました。さて、今日は楽しい休日。原稿もあるけど、まずは野菜の買い出しだぁ。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。