フィールドワーカーの原点

常々、僕の師匠から言われ続けた事がある。
「足で稼げ」
師匠大熊一夫は、朝日新聞記者からジャーナリストを経て、大学教員になった経歴を持ち、今は再びジャーナリストに戻った。幸いなことに僕は大学院生として彼に師事し、ジャーナリストに戻られた後も、折に触れご指導頂き、その謦咳に触れている。師は、『ルポ・精神病棟』などの名作で知られる、対象にギリギリ迫って本質を平明な言葉で鷲づかみにするジャーナリストである。
それまで弟子も持たず、最前線のジャーナリストであり続ける為にも早期退職した師匠が、自らの体験知や方法論を後人に伝えたい、と3年間だけ教育職に就かれた。一方、新聞記者に憧れながら就職活動にも躊躇っていた僕は、「一流ジャーナリストの弟子入り出来る」という安直な気持ちで、大学院の門を叩く。あれから14年。たぶん僕は大熊一夫という師匠に弟子入りしなければ、大学教員として働くことはなかっただろうと思う。それを、再認識したのが、師匠に学んだ校舎(阪大人間科学研究科)の目と鼻の先にある「みんぱく」である。恥ずかしながら、昨日が「みんぱく」デビューの日でもあった。目指すは、国立民族学博物館で開かれている「ウメサオタダオ展」。様々な原点を垣間見た半日だった。
事のきっかけは、連休中に仕事先の秋葉原駅のエキナカ書店で偶然眼にした梅棹忠夫氏の『裏返しの自伝』(中公文庫)。大学院生の頃に月並みに『知的生産の技術』(岩波新書)は読んだけれど、B6カードに挫折する、と言う「定番」学生であり、それ以外の膨大な著書に触れるチャンスもないまま、だった。しかし、何気なく読み始めたら、彼の「ごっつさ」というか様々な魅力に引きこまれる。さらに挟まれていたしおりは、6月まで彼が作ったみんぱくで開催されている「ウメサオタダオ展」の案内。ちょうど5月の第二金曜日はみんぱくのお向かいの古巣で学会の仕事もある。これは、行かない理由がない。よって、早速彼の表の自伝である『行為と妄想』(中公文庫)も買い求め、甲府から大阪に向かう移動旅で読み進めながら、ワクワクとみんぱくに出かけた。その期待は、勿論裏切らなかった。
今回二冊の自伝を読んで、みんぱくの展示を眺めて、改めて感じたこと。それは、会場二階にある「はっけんデジキャビ」に「参加」している時に浮かんだ。体験型博物館の重要性を感じていた梅棹氏の思想を受け継ぎ、この特別展示では、観る者が触ったり体験出来たりする展示資料が少なくない。その最たるものが、梅棹氏の開発した先述のB6版カードに、入館者が自分の感想やお勧めを書き込み、デジ刈るアーカイブとして取り込んで、それも展示の一つとしてしまう、という内容。ちゃんとB6カードと鉛筆も用意されている。10数年ぶりに手にしたB6カードに、気が付けばこんな事を書いていた。
「『帰納論の大家』
足で稼いで、現場でじっくり観察し、現地の人・モノ・歴史に耳を傾ける。それを収集するだけでなく、共通項を抽出し、組み替え、編集し、紡ぎ合わせる。時には捉え直す。今回よく分かったのは、この知の巨人が帰納論的方法論の大家であったという事。この技芸と学問魂を、僕も見習いたい。」
本質は細部に宿る。だが、細部にばかり没入していると、大きな地図の中での位置づけを見失う。もうお一人の師である大熊由紀子さんはよく「鳥の眼、虫の眼、比較の眼、歴史の眼」と表現しておられたが、梅棹忠夫氏もまさにこの4つの眼を縦横無尽に駆使した巨大フィールドワーカーだった。今回自伝を読んでようやく知った東洋と西洋の間の「中洋」概念にしても、西アジアから南アジア、東アジアに至るまでのフィールドワークをしながら、現地の声に耳を傾けながら、それを日本や中国、ヨーロッパと比較する中で出てきた概念である。足で稼いで、その現場で見聞きし、感じた事を、B6カードに書き記し、編集し直し、組み替える中で生まれてきたアイデアである。我が師は足で稼いだ現実の積み重ねを多くのルポとして結実されたが、梅棹氏はその方法論を基に独自の文化・文明論を打ち立てていったのだ。だが、私自身、このウメサオタダオ展に触れ、足で稼ぐ、という二人の共通点と、私自身の原点を改めて再認識させられた。
もちろん、足で稼いでいても、ルポとしても、文明論としても、ちゃんとした仕事(作品化)は不肖の弟子にはまだ出来ていない。しかし、今回改めて「知の生産技術」の方法論にも触れながら、今現在自分が向き合っている仕事を「フィールド」として捉え直したら、出来うる仕事はあるのではないか、その中でちゃんと記録や整理が出来ているか、といった事を色々考えさせられた。まずは、B6カードの電子化であるファイルメーカーかエバーノートあたりの活用を考えねば。そういう研究欲をすこぶる刺激した、原点回帰の展示会であった。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。