骨格提言というパラダイムシフト

今日、2011年8月30日、日本に住む多くの人にとって、この日は首相交代の日として認識されているだろう。だが、僕自身にとっては、首相交代よりも大きな意味を持つ場に居合わせた。総合福祉法部会の骨格提言が、ようやく出来上がったのだ。
昨年四月から始まった、内閣府障がい者制度改革推進会議、総合福祉法部会。名前だけでお経のように長い部会なのだが、僕もこの委員として当時の!福島みずほ内閣府担当大臣からの委嘱状を頂き、制度改革に向けた議論をスタートさせた。そして18回目の今日、現行法である障害者自立支援法に変わる新法である障害者総合福祉法の骨格を部会の全員一致で了承し、骨格提言としてまとめることができた。この骨格提言は、様々な意味で日本の障害者福祉政策にパラダイムシフトをもたらす、転換点となる骨格提言である。以下、部会の一員として参加してきた立場から、その概要といくつかのポイントを整理しておきたい。
①障害者総合福祉法がめざすべき6つのポイント
総合福祉法の骨格提言自体は122ページにわたる膨大な内容であるが、そのポイントは冒頭に6点にわたって示されている。その表題だけを並べると、以下のとおり。
【1】障害のない市民との平等と公平
【2】谷間や空白の解消
【3】格差の是正
【4】放置できない社会問題の解決
【5】本人のニーズにあった支援サービス
【6】安定した予算の確保
この6つのポイントの重みを、これまでの政策との比較の観点で、簡単に解説しておきたい。
【1】障害のない市民との平等と公平
→障害者への福祉政策は、特に20世紀の措置時代においては、恩恵や慈善に基づく政策であった。ゆえに、二級市民扱いするような劣等処遇であっても、安心や安全が守れるならそれでやむなし、とされる弱者救済の論理であった。だが、国際条約である障害者権利条約の批准を前提に、わが国の障害者福祉政策もパラダイムシフトする必然性に迫られた。なぜなら権利条約では「他の者との平等」がその条約の中心論点として示されているからだ。これは、障害者だけが人里離れた入所施設や精神科病院での長期社会的入院・入所を余儀なくされる、あるいは障害者だけが4人部屋や6人部屋を強いられる、ということはない、ということである。また、あるいは障害者であるがゆえに普通の人がカラオケや飲みに出かけたり、結婚や子育てをしたり、という当たり前の生活から排除されない、ということでもある。この「他の者との平等」に基づいた施策を進める、というパラダイムシフトの骨格提言なのである。
【2】谷間や空白の解消
これまでの障害者施策は、ある意味「継ぎ足し法」であった。当事者や家族、関係団体から「これが問題になっている」といわれ、何度も抗議や運動をされる中で、ようやく対策が認識され、制度化されていく、という制度が実態の後追いを繰り返してきた。それでも、精神障害者の福祉施策だけでなく、盲ろう者や難病患者の生活支援、あるいは障害児支援など、埋まっていない空白や谷間の問題はたくさんある。そういう制度の谷間を生まないための支給決定や相談支援のプロセスを作り上げることで、後手後手の対応ではなく、障害ゆえの生活のしづらさへのを支援を求める全ての障害者に速やかに支援の手が差し伸べられるようなものを求める方向性が出された。
【3】格差の是正
入所施設や精神科病院からの障害者の地域移行が進まない最大の理由は、地域での各種の社会基盤の整備が諸外国に比べて徹底的に遅れているから、である。それゆえ、東京や大阪なら一人暮らしやグループホームでの暮らしが出来ている重症心身障害を持つ人が、山梨なら地域で支える仕組みが脆弱なゆえに医療施設での長期社会的入院を余儀なくされている、などのケースは、障害の種別を越えて未だに少なくない。そういう意味では、それまでのその地域における支援実態にあまりに格差が大きく、障害を持っても暮らしやすい街と暮らしにくい街、もっと言えば障害者が支援を受けて暮らすことが現実的に厳しい街まで、格差が非常に大きくあった。総合福祉法では、その格差を是正することを理念として目指しているのである。
【4】放置できない社会問題の解決
さきの【3】とも関連して、わが国では、特に20世紀型の慈善・恩恵の福祉政策が展開されてきた。ゆえに、公的責任は先進自治体を除いては極めて限定的であり、家族の丸抱え、ないし施設・病院への丸投げ、という二者択一状態にあった。この二者択一の状態をやめ、第三の選択肢としての地域生活支援体制の充実と、効果的な地域移行プログラムの推進を目指すことも、総合福祉法の柱として明記されている。これも、これまでの障害者福祉政策からの大きなパラダイムシフトの一つである、と言える。
【5】本人のニーズにあった支援サービス
実はこれまで整理してきた内容と、5つ目のポイントは大きく重なっている。これまでの慈善・恩恵的な福祉政策は、決定主体が行政や支援者などの専門家と呼ばれる人であった。
障害者自立支援法で自己決定や自己選択がだいぶ出来るようになった、と喧伝されたが、実際には選べるほどのサービスもなく、また支給決定における障害程度区分の問題や、長時間介護の国庫負担上限問題など、本人の求める支援ニーズを抑制するような支援体系であった。この部分にもメスを入れ、支援体系をニーズベースで再編するだけでなく、パーソナルアシスタントという本人の選んだ、本人主導の継続的介助サービスの導入など、支援を求める人のニーズにあわせた体系内容に変えることも骨格として提言された。
【6】安定した予算の確保
そして、今までの5つのポイントを実現できるかどうか、は実はこの6点目の財政論議になってくる。ここで、今日の部会と、冒頭の首相交代の話がつながってくる。障がい者制度改革推進本部の本部長は、内閣総理大臣なのである。そう、今日からこの問題を扱う本部長が変わったのだ。担当する内閣府も厚生労働省も大臣が変わる。その中で、あと二年はちゃんと政権を続ける、というのであれば、首相はこの問題にも本気で取り組んでいただきたいのである。実は、障害者権利条約と共にこの総合福祉法が出来る根拠となったのが、障害者自立支援法意見訴訟段と厚生労働省の和解に基づく「基本合意文章」であるが、その基本合意文章の中で、平成25年8月に現行法(自立支援法)に変わる新法制定が謳われた。そして、国はそれを約束したので、総合福祉法部会を開き、来年の通常国会にはその法案を国会に上程する。ゆえに、法案を今年後半に書くためにも、この8月末の骨格提言提出の線は譲れない、と言われてきたのである。そこで、かなりの大変な思いをしてこの骨格提言を出したのだから、今度は政治家と官僚はそれを実現するための「安定した予算の確保」に向けて、動き出してもらわないと困るのである。
さて、これまでは新法の骨格について若干の解説をしてきたが、この新法の骨格提言に秘められたパラダイムシフトは、何もこの内容だけではない。実は、この骨格提言が作られるプロセスそのものにも、既存施策からの大きな転換が秘められているのである。この部分は、骨格提言を読んでも出てこないので、一部会委員の主観として、書いておきたい。
②小異をすて、大同で団結
大同小異、という言葉がある。小異を超えて、大きな方向性で同意しようよ、ということである。これまでの障害者福祉は、残念ながら、障害者関係者から見れば重大な違い、だけれども、それ以外の一般市民から「小異」にも見える部分で、長らく大きな分断をしてきた。その一番不幸なエポックが、自立支援法の賛成・反対による分断である。厚生労働省のあまりに急な、介護保険との統合もにらんだ法制定プロセスに、納得できない障害者団体と、そうではない団体との中で、大きな溝が出来てしまった。障害者の地域生活支援を求める、というところでは一致している、障害者の理解者たちの間で、法律という方法論的断絶がある種の「踏み絵」と化し、共に障害者支援の充実のために手を携える、という目的まで共有できなくなってしまったのだ。これは実に不幸な数年間であった。
だが、今回の制度改革推進会議の総合福祉法部会は、国の審議会にしてはありえない、55人という大所帯である。この55人には、自立支援法に賛成した人、反対した人、中立だった人もみな、入っている。入所施設や精神科病院からの地域移行を研究テーマにして、国のこれまでの政策にもわりと批判的でった僕自身も入れていただいた。僕に限って言うならば、これまでの国の社会保障審議会などでの人選から見ても、絶対入るはずのない人選だった。そういう人も、地域移行と地域の基盤整備を進めるため、是非とも、とお声がかかったのである。
そういう意味で、障害者福祉領域で、内野・外野・場外、現状肯定派・否定派・様子見派、など主義主張の違いを超えて、新法を作るために、これまで同じ場で議論をすることなどなかった面子が勢ぞろいしたのである。そして、18回の部会と、部会作業チームでの議論、あるいは自主的な集まりや、座長会議などでの調整、部会三役などの大変な調整など、様々な議論が積み重ねられ、やっとのことで今までにない規模での幅広いステークホルダーによる、小異を捨てて大同で団結する、ということが、この骨格提言で出来たのである。このことの意味は、すごく大きい。
③当事者主体の論点整理
今回、これまでの社会保障審議会などに参加するステークホルダーより、より幅広い関係者の間で合意できたのはなぜか。それは先ほどの人選もさることながら、実はこの部会の論点整理自体が画期的だったのである。
今、この文章を、甲府に帰る「あずさ」号の中で書いているので、正式に引用をすることは出来ないが、国の様々な審議会に出ている東大教授の森田朗氏の『会議の政治学』を読むと、審議会をどううまく取りまとめていくか、の舞台裏話が書かれている。その中で、論点整理権と人事権の重要性が確か書かれていた。つまり、どういうことを議論するのか、という論点整理を誰がするのか、と部会の座長や副座長も含めた人選を誰が持つのか、である。
で、これまでの社会保障審議会などは、言わずもがな、であるが、その双方を厚生労働省が握っていた。だが、今回は人事権は僕が見るところ、厚生労働省と制度改革推進会議側の妥協と思われる。だから、通常の倍の50人超えの部会構成になった。だが、論点整理権は部会三役が持った。このことの意味は大きい。僕もある審議会をずっと膨張し続けたことがあるが、審議会のお決まりパターンは、中間整理や最終まとめ案など、全て事務方の霞ヶ関の側で用意し、委員は当日その内容にクレームや反論をつけることがあるものの、基本的には最後は座長預かりで、しかもそれは座長の背後にいる主務官庁の側で最終案を出す、というのがよくある姿であった。これは、裏を返せば、依頼元である霞ヶ関の論理に沿った人選・議論内容・最終案、ということになる。ある意味マッチポンプ的要素もあり、だから「御用学者」といった言葉も出てくるのである。
だが、今回の骨格提言に向けた議論には、そのような予定調和はなかった。内閣府主催の会議なので、議事進行権はあくまでも内閣府の制度改革推進室と部会三役の側に託された。ゆえに、これまでの厚生労働省の会議では出てこなかったような論点がかなり出てきたのである。それがパーソナルアシスタントや、障害程度区分を廃止した上での協議調整による支給決定モデル、などであった。漸進主義の国の枠組みなら、「急進的過ぎる」として、最初から議論の枠から外されることも、部会の総意として論点整理を一から作り上げてきたので、骨格提言の中にまで残ることになった。ゆえに、厚生労働省は、これまでの審議会への対応とは全く違う対応を取る。それは、この部会の論点整理案への反論であり、部会作業チーム報告への「厚生労働省のコメント」も、厚生労働省の示した論点整理案の反論を論拠として、コメントしているのである。そのことによって、部会は何度も紛糾し、かなりの緊張する局面もあった。
だが、裏を返せば、これまでの国の法律に関する論点整理は、あくまでも霞ヶ関の都合に基づく、国主導の論点整理であった。それに対して、今回の骨格提言にいたる論点整理では、現実との齟齬はあるものの、あくまでも支援を求める障害当事者のニーズに沿う、「あるべき姿」に近づくための論点整理であった。現状と問題だけを示し、あるべき姿をあまり示さずにすぐに「落としどころ」を探る従来の審議会とは違い、あくまでも「あるべき姿」を掲げ、それと現実の間で問題点を整理し、あるべき姿に近づくための方策を考える方法論として論点整理が機能したのである。しかも、その論点整理に、支援を受ける当事者の声がかなり反映されていた。この専門家主導から当事者主体への論点整理の移行は、すごく大きな意味を持っている。そして、その理想系を実現するための骨格提言を、主義主張を超えた55人の委員の総意で決められた、ということも、改革の方向性をステークホルダー間の利害を超えて整理できた、という点でも大きい。
④今後の課題
このように、大変な波乱を含みながらも、何とか「あるべき姿」とその方向性について骨格提案としてまとめることができたからこそ、これからの行く末、が非常に大切な局面になってくる。とくに、世論、政治家、官僚の三つの動向が非常に気になるところだ。
まず世論であるが、業界関係者向けの講演をしても、障害者自立支援法の改正案については周知されていても、また障害者基本法が変わった、ということを知っている人さえ、総合福祉法についての認知度があまりに低い。厚生労働省が行う説明会の場でも「まだ議論中でございます」とあまり積極的に紹介されてこなかった影響もあり、自立支援法がまだこのまま続くと思っている人も多い。だが、骨格提言がまとまり、制度改革本部長である総理大臣にも早いうちに提言として手渡されるのである。であればこそ、早い段階で、この内容についての普及啓発の動きが広まっていく必要がある。少なくとも、上記の6点のポイントや、上に書いたような意義について伝えた上で、この骨格提言が実行されるように、これからの法文化作業や国会での議論を注視して見守っていく、そういう興味関心の輪が広まっていく必要性が強く感じられている。基本法改正の時のようなタウンミーティングにならった、骨格提言の普及啓発の集まりは必要不可欠だ。それは、次の二つの動向が、非常に気になるからだ。
次に政治家の動向であるが、財政再建や東日本大震災の復興支援の局面で、非常に財政緊縮的に動いているのが、この間の予算の動向である。特に来年度の政府予算の概算要求における、一律1割カットの方針は、この部会の骨格提言の方針と大きく異なる。これまで、OECD加盟刻の中で下位に属していた障害予算を平均並みにあげてほしい、という、世界標準で見たら決して無茶ではない提言であるのだが、財政削減の大合唱が先行すると、このまっとうな提言がいつの間にか夢物語とすりかえられてしまいかねない。厚生労働省だって、三位一体の構造改革時に、この手法でずいぶん財政削減を財務省から迫られ、当事者の意見を一理あるとしつつ、財政抑制的な手法も盛り込んだ自立支援法へと舵を切らざるを得なかったのである。この部分を理解し、安定した予算の確保に向けて全力で取り組むことこそ、「政治主導」の果たすべき役割である。また、このことは政府与党だけでなく、障害者施策に与野党の違いはない、といっている野党の政治家も、自分ごととして受け止めていただきたい課題である。この間、障害者福祉政策が国会の審議の場で、半ばバーター取引の材料のように使われているように勘ぐりたくなる場面があるやにも仄聞するが、これは政党の考えの違いを超えて、当事者・関係者の総意の骨格提言として、重く受け止めていただきたい、と切に願う。
そして、官僚の動向について。
この間、霞ヶ関に通い続け、厚生労働省の方々ともお話しする場面が多かった。その中で、各官僚個人個人は非常に優秀で、人間的にも信頼できる方が少なくない、という当たり前のことに気づかされた。だが、一方で、マスコミで喧伝される「総体としての官僚制機構の問題性」はやはり感じられた。それが、官僚制機能の逆機能問題である。官僚制は、そのシステムからして、継続性と安定性の確保を自らのミッションとしている。そのために、自分たちが枠組みを作ったものを、自らで大きく作り変えたり、捉えなおすことが得意ではないのだ。だからこそ、この総合福祉法という枠組みの作り変えに対しても、その方法論的反発だけでなく、自立支援法とは方向性の異なる骨格提言自体にも様々な反発が予想される。
だが、大切なのは世論と政治家の動向が、官僚に「良い仕事」をするための後押しとして機能してほしい、という点だ。優秀な官僚は、方向性と予算確保が示されたら、それを具体化するために全速力で駆け抜ける体力と知力を持っている。だが、この1年半の間の18回の会議を通じ、今ひとつこの部会に厚生労働省の担当部局が乗り気のように見えなかったのは、政治家の予算確保のめどが見えなかったことによる。政治家の動向が、骨格提言を後押ししなければ、政治家の動向に左右される官僚はいい仕事が出来ない。そして、政治家は、世論の風を読むことによって、政策決定をしている。であればこそ、世論が今から「総合福祉法を実現するために与野党超えて汗して働いてほしい」という願いを出し続けないと、今の財政削減あり気の論調を変えることは出来ない。
つまり、骨格提言は定まった。問題は、まさにこれから、なのである。
骨格提言がまとまった今日だからこそ、あるべき姿の実現に向けた、次の展開の課題を上記のように整理しておくこととする。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。