一人ササラ型

最近話題の二冊の本を読んだ。一冊が、佐々木俊尚氏の『レイヤー化する社会』(NHK新書)、もうひとつがリンダ・グラットンの『ワーク・シフト』(プレジデント社)である。ともに、これからの生き方・働き方の「未来予測」の本なのだが、二人の議論に共通する部分が面白かった。それが、表題の連続スペシャリストとレイヤー、という考え方である。

まず、佐々木俊尚さんのレイヤー概念から。
これまで、○○さんはA社の課長、など、単独のアイデンティティで表明されていた人間関係は、ある種、完結した個人として、それ以外の可能性が閉ざされていた。これは、終身雇用や国民国家など、一つの枠が完結する中で、その枠内における強固なアイデンティティだった。だが、それらの強固な枠が崩壊し、フラット化する世界の中では、会社や国という枠自体も流動化し、多層的な場の一つ一つの場面で、あなたや私がどう振る舞うか、が問われている。例えばタケバタヒロシなら、
日本人という国籍のレイヤー
大学教員いう職業のレイヤー
福祉と社会学の境界線上を研究領域とする専門のレイヤー
合気道はやっと有段者になれたという趣味のレイヤー
純米酒や山梨のワインにはまっているという酒の好みのレイヤー
など無数のレイヤーが重なって、タケバタヒロシという構成体ができあがっている。ならば、「レイヤーを重ねたプリズムの光の帯として自分を捉えること」が、今後の流動化する多層的世界で生き抜くコツだ、と佐々木さんは指摘している(と僕は受け止めた)。で、このレイヤーという概念を通してみると、グラットンの語る「連続スペシャリスト」概念がよく見える。
『ワーク・シフト』の中では、ある専門的な技能を習得した後で、それを土台に隣接分野の技能を磨いて「連続スペシャリスト」になる必要性が説かれている。これは、専門を一つのタコツボとして捉えず、一つ一つの専門性というレイヤーがササラのように束ねられて一つになるイメージである。そう考えたら、丸山真男の名著『日本の思想』(岩波新書)で出てくる「タコツボ型」と「ササラ型」は日本と西洋の学問のあり方の比較だったが、「連続スペシャリスト」とは、ある種の「一人ササラ型」なのかもしれない。
では、僕自身はどうなのだろうか?
以前、自分の専門性が曖昧であることに、アイデンティティの不安を感じていた時期がある。ジャーナリストの大熊一夫さんに弟子入りし、ボランティア人間科学講座という新設講座の大学院1期生で、障害者や高齢者福祉政策がフィールドだけれど、何となく福祉社会学と社会福祉学を行ったり来たりしている。かつ、今は何故か!?法学部政治行政学科に属している。この経歴だけでもまとまりに欠けているが、さらに言えば、障害者福祉の中でも、元々精神病院でのフィールドワークからスタートしたが、三障害の脱施設・脱精神病院研究もするし、地域支援を支える支援者の変容支援研究もすれば、国レベルの障害者福祉政策の展開にもコミットしてしまった。最近では、高齢者の地域包括ケアシステムの支援だとか、福祉のまちづくりにも顔を突っ込んでいる。初めて出した単著は、狭い意味での福祉の領域の「枠組み外し」までしようとしている。ある領域のオーソリティとは全く逆の、節操なく様々な領域に関わっている、本当にカメレオン的存在である。それが、以前はすごく自らのダメな部分だと感じていた。
だが、大学院を出て10年経った今、そういうカメレオン的存在は、多層的なレイヤーを重ねた「一人ササラ型」として機能し始めている、と感じている。福祉の世界は結構タコツボ的専門職が多いので、ある領域外でどのような議論が行われているのか、を知らない人が多い。例えば高齢のケアマネさんが、障害の相談支援専門員の議論を知らない、とか、障害者の地域自立支援協議会の関係者が高齢者の地域包括ケアシステムを知らない、とか。そういうところで、僕のようなカメレオン的な存在は、越境者というか、両者を通訳する存在として重宝されたりする。それが「連続スペシャリスト」といえるほどの専門性を持っているかどうかは僕にはわからないけれど、少なくとも様々なレイヤーを重ねて、様々な場で、色々な人と議論をしながら、場と関わる僕がいることに、アイデンティティの不安は抱かなくなっている自分がいる。どこで、どんな現場で、どんな風に踊っても、僕は僕じゃん、と。
それが、「一人ササラ型」という程、より普遍的な何かにアクセスする力を持っていないかもしれない。でも、もっと各レイヤーに磨きをかけ、活かせていない潜在能力を顕在化させながら、今日も楽しく踊り続けたい。そう考えている。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。