地域づくりの玉手箱

なんて魅力的なレシピにあふれているのだろう、と思った。
とは言っても、料理本のことではない。「地域づくりのレシピ」と銘打たれた本の中で、ぐっと捕まれるような、核心的な表現の数々に出会う。例えば、こんなフレーズ。
「人が力を発揮して働くということは、その人が個人的に備えている能力の問題ではないと思っています。その人のもっている力が引き出され、発揮できるかどうかは職場のあり方にずいぶんさ左右されるのです。どれだけ主体的にやりがいや目的意識をもって仕事に取り組むことができるか、ともに高め合える工夫ができるのか、働く人たちも利用する人たちもそして関係者もあらゆる形で関わる人たちが協働することによって、よりよい場が実現できることが重要だと思います。だから、どんな人も自分のもっている力や個性を存分に発揮できる職場づくりはとても大切なテーマなのです。」(『日置真世のおいしい地域づくりのためのレシピ50』日置真世著、CLC、p187)
日置さんは、お子さんが障害を持って生まれた事がきっかけで、親の会活動から地域の社会資源作りなどを通じて「ネットワークサロン」のプロジェクトを釧路地域でどんどん増殖させ、障害のある人の生活介護やグループホーム、児童デイサービスなどだけでなく、不登校や生活保護受給世帯など、地域で支援を必要としている人々への事業展開を、次々と実現しているプロジェクトリーダーでもある。
その彼女の仕事の仕方を端的に表すのが上記の発言。彼女の中では、支援する人・される人、とか、障害や高齢、児童、生活保護などの対象別という切り分け方がない。民間か行政かNPOか、という立場や属性にも、こだわりがない。真の部分で、「どんな人にも役割があり、魅力がある」という軸があり、その人の役割や魅力を発揮でき、誇りを持って生きるための仕掛けや仕組み作りが必要だ、というミッションである。飯を食うために行う、というより、この仕事を通じて「活かされいる」と実感できる人を一人でも多く作りたい、という野望に満ちている。ご自身の肩書きを、自称「緩やかな市民革命家」と書いておられるが、「すべきだ・しなければならない」、という道徳的規範を押しつける説得型ではなく、「こんな風になったら良いよね」という夢を共有化・言語化し、応援団を形成する中で実現に持ち込むという、人々の納得のネットワーク形成の達人である。
日置さんはサロンを「人と情報のたまり場」と定義する。付け加えるなら、彼女たちが増殖させているこのネットワークサロンは、事業ベースのサロンではなく、人々の「思いや願い」をベースにしたサロンのようだ。事業規模が年間3億を超え、120人の有給スタッフがいる釧路の一大組織に育っても、彼女の地域作りの視点は、非常にシンプルで、かつ説得力がある。
「地域づくりとは地域のニーズを把握することであり、人を発掘し、育て、つなげることです。また、実際に地域の課題を解決することであり、新しい地域のあり方を提案することでもあります。そうした地域づくりのためのあらゆる機能を兼ね備えた新しい地域の課題を解決するツールが『コミュニティハウス』なのです。具体的な姿形が大切なのではなく、地域でつくりあげ、地域が考えながら協働して進めていくプロセスこそがモデルになるのです。」(同上、p273)
地域福祉の推進、とは、昨今の地域包括ケアシステム構築において、主流となる考えである。だが、そこに携わる行政や地域包括支援センター、社会福祉協議会というアクターが関わると、気づいたら予算や事業、お互いの立場といったものに絡め取られ、住民主体のかけ声とは裏腹に、支援者ベースになりやすい。しかし、日置さんは、地域づくりを、「住民活動の組織化」、などという表現では言わない。
 
「人を発掘し、育て、つなげること」。
 
なんて、魅力的な表現だろう。地域でまだ出会えていない様々な人々の魅力に気づき、その魅力を役割に変え、それをネットワークの中に投入して、様々なシナジー効果を生み出し、ご本人も、周りの人も、みんながハッピーになれるような好循環を作り出していく。実に魅力的な方法論である。かつ、彼女にとって、何らかの事業や箱物という成果物が目標ではない。「具体的な姿形が大切なのではなく、地域でつくりあげ、地域が考えながら協働してすすめていくプロセス」の重要性を説いている。これは、僕たちがチーム山梨で地域ケア会議を定義した時の「動的プロセス」論とも相通じる。
そう、地域の中でのネットワークサロンの展開とは、僕がブログで書いてきた表現を用いるならば、「拡大する螺旋階段」とか「渦づくり」の「動的プロセス」なのである。その中から産まれてくる「姿形」とは、あくまでも結果論であり、その「姿形」を創り上げる中で、「地域が考えながら協働」する、そのプロセスの中にこそ、「人を発掘し、育て、つなげる」動的ダイナミズムが体現されている。それこそ、今の事業型社協や上意下達型の地域包括ケアシステム推進に最も欠けて視点である。
その意味で、この「レシピ集」の中には、コミュニティーワークの無限の可能性が詰まっているし、このレシピを参考に、自分たちの地域でのオリジナルメニューの戦略がいろいろ浮かんでしまいそうな、実に愉快で、かつ学びの深い本であった。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。