「つくること」のススメ

坂口恭平さんの『苦しい時は電話して』がすごく面白い。単に死にたくなった人のためのメッセージではなく、仕事で悩んでいたり、モヤモヤしている人にもオススメの一冊である。その中でも特に今の自分に刺さったのが以下の部分である。

「あなたは自分が『ただ悩んでいるだけだ』と思っています。しかし、実際はそうではありません。悩み続けること自体も、実はつくっていることになるからです。もちろんそのまま悩み続けても問題は無いのですが、あなた自身が問題だと思ってしまうのでしょう。だから対策を考えてみたいです。つまり、悩み、考える事は、書くことにつながっています。なので、何もつくることができない、と思う人は、実はみんな書く人なのです。突然、突飛なことを言い出してと思われるかもしれませんが、悩むと言う事はそういうことです。悩むのは体の中から言葉が湧いていることと同じです。普通、人はそこまで悩むことができません。どこかで諦めて体を動かし始めるんです。家の中にいて悩み続けるのも、嫌だとは思いますが、実は才能の一つです。」(p182)

僕は以前「ただ悩んでいるだけ」の日々だった。四半世紀前のことである。どんなふうに生きていったらいいのか、対人関係をどうすべきか、他の人が自分のことをどう思っているか、ただただそういったことを悩んでいた。悩み続けていた。でも、ある時期からブログや論文で書くことを覚えるようになると、「悩むだけ」ということがどんどん減っていった。今では考え続けることが自分の生活の大切な一部になり、それで書くことによって、あるいは考えを他人に伝えることによって、生活の糧も得ている。坂口さんは別のところで、「自分がやりたいと思う仕事をとにかく自発的にやるだけ」(p138)と書いているが、結果的に今の僕はそれに近いような仕事の仕方をしている。

僕にとって書くこと、それも自分だけの為ではなく、誰が読んでくれるかわからないがとにかく他者のために書く事は、モヤモヤぐだぐだした悩みを何らかの形で昇華させる上で必要不可欠なプロセスである。歌を歌ったり絵を書くような芸術表現はやったことがないけれど、文章書くことだけなら、ブログも15年書いてきたし、Twitterも10年位続けている。どちらも自分自身のモヤモヤしたこと、ぐだぐだも含めて、書いて考えて書き直してまた考えると言うプロセスを可視化したものである。それに他者からフィードバックが来れば嬉しいが、そのフィードバックを求めてやるのではなく、自分の中の、まだ形になっていないモヤモヤや言いようのない不安を、とにかく形にして表してみようというのが僕なりの言語化であり、坂口さんの表現を用いれば、僕なりの「つくる」作業なのだと思う。

僕は書くことによって救われたのかもしれない。坂口さんの新書を読んでそう思い始めている。20代の頃は泥沼のような悩みの中にいて、そこから吐き出すこともできず、1人でうじうじ苦しんだり、友人にメソメソ相談したり、とにかく解決しようのなさにもだえ苦しんでいた。でも、論文やブログ、Twitterと言う、表現媒体はいろいろあっても、とにかく書くリハビリのようなことをずっとし続ける中で、悩みをどのように表現していいのかを考え、それを可視化するプロセスの中にいた。このブログが代表的だが、ある種の自己治癒のような、自分で自分に手当てをするような、文章化作業だったのかもしれない。そしてそれは僕自身を大いに救ってくれたし、少なからぬ自信も持てるようになったし、何より考えを文章化するトレーニングにもなった。そしていつの間にか、モヤモヤ悩む癖もなくなっていた。

坂口さんは文章化するにあたって、大切なコツをワンフレーズで表現している。

「大切な事は観察して、正確に描写することです。」

これは本当にその通りだと思う。子育てをしていても、まず大切なのはじっくり子どもを観察することである。やめなさい、ちゃんとしなさい、いい加減にしなさいといった注意をする前に、子供はどんな気持ちでなぜそれをしているのだろうと観察することが求められる。特に、それを正確に描写しようと思ったら、親の価値観や思いを横に置いて、子ども自身の行為や内在的論理を観察してトレースしない限り、正確に描写することはできない。実はこれは自分自身の内面を書くことでも、あるいは社会問題について書くことでも、全く同じなのではないかと思う。

自分の内面であれ外面であれ、気になる現実があれば、まずは自分の価値観を横に置きそれをじっくり観察する。その内在的論理をつかむ。つかんだ上でそれを出来る限り正確に描写しようと努力する。このプロセスこそが、悩みを考えに昇華するプロセスであり、その考えられたものを表現することによって、考えが可視化されるだけでなく、結果的には自分自身の自己覚知につながったり、あるいは新たな何かの発見につながったりする。そしてそのようなモヤモヤの外在化は、結果的に自分自身の自己肯定感を上げてくれたりもする。

坂口さんのメッセージは、今死にたくない僕自身にもすごく響くようなメッセージであった。それだけでなく、僕自身がこのブログで15年以上書き続けてきた意味や価値を、再び教えてくれるような本でもあった。

僕はこうやって書き続け、つくり続ける人生を楽しもうと改めて感じた。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。