できる一つの方法論

世の中には、何か新しいことをやろうとした時、2つのパターンに分かれることが多い。ありがちなのは、「できない100の理由」を述べるタイプである。前例がない、かつて試したがうまくいかなかった、また機が熟していない、○○がない・・・とにかくいろいろな理由をつけて、であるが故にできないのだと自己肯定化する。これは学生だけでなく、前例踏襲主義が激しい「官僚的な働き方」(お役所、民間問わず)をしている人の中には、しばしば見られる思考形態である。

他方、もう一つの対照的なアプローチもある。様々なできない理由を前にして、「では一体どのようにしたら実現可能なのか?」をギリギリと自分の頭で考え、実際に一つ一つ試行錯誤しながら模索していく。「できない100の理由を述べる」タイプの前者に対して、「できる1つの方法論を模索する」タイプの人である。

今日、ご紹介するのはそんな「できる1つの方法論を模索する」川口加奈さんが書いた本。タイトルだけ見れば、伝えたいメッセージがズバリわかる一冊。

『14歳で“おっちゃん”と出会ってから、15年考え続けてやっと見つけた「働く意味」』(川口加奈著、ダイヤモンド社)

彼女は14才の時にホームレスの“おっちゃん”に出会い、炊き出しに関わりだしてから、ホームレス支援を自分のテーマとして持ち続け、大学生の時にホームレス支援団体であるHomedoorを立ち上げ、理事長として、ホームレスの就労支援であるレンタサイクル事業のハブチャリや、生活応援施設「アンドセンター」などを立ち上げていった社会起業家である。

僕は2013年に川口さんの活動を取り上げて放映されたハートネットTV「未来へのアクション」を拝聴して以来、毎年のように授業でも取り上げ、学生たちに見てもらっていた。当時大学生だった川口さんが、NPOを立ち上げてハブチャリ事業をスタートさせている様子をみて、多くの学生たちは「自分と同じ年代でここまで出来るなんてすごい」と一様に驚きながらも、「川口さんのような信念は自分にはない」「社会起業家になれるのは、タレント性のある、自分とは違う世界の人だ」という感想も少なからず寄せられていた。そんな折、彼女がこれまでの経験をまとめた単著を拝読して、今日のテーマに引きつけてご紹介したいのが、「できない理由の乗り越え方」と題した次のコラムだ。

「何かやろうと思ったとしよう。勉強でも趣味でもいい。でも、できない理由、やらない理由を考えだして結局やらなかった。そんなことも多いと思う。何もしないほうが楽だし、邪魔しようとする人や様々な誘惑も現れる。こういう時、私が無理矢理モチベーション上げるのではなく、やらなければならない環境を自ら作り出すことにしている。
たとえば、何かの資格を取得したいとしよう。そのための学校に通ってしまうというのもひとつの手だと思う。ただ、その願書を出すのも面倒だと言う意見もあるだろう。私の対処法は、タスクをかなり細分化して見えるところに掲示すること。他の専門学校と比較する、専門学校に電話をかける、願書を取り寄せるなど、一つ一つの過程を細かく分けると大きな目標である「資格取得」も、小さな目標から始められて取り組むことへのハードルが下がる…気がする。」(p158)

この短い文章の中に、様々なヒントが隠されている。川口さんの試行錯誤のプロセスを読みながら、川口さん自身、ホームレス支援に関して何もしないほうが楽だと思った時期もあったり、様々な誘惑もあったと著書のなかで語っていた。でも彼女の場合、学生時代に団体を一緒に立ち上げたスタッフが離れていくなかで、やらなければならない環境に追い込まれたり、あるいはホームレス支援のビジネスプランの企画書を書き続けるなかで自らその環境に飛び込んでいった。

さらに言えば、タスクをかなり細分化すると言うやり方は、川口さん自身が課題を乗り越えてきたやり方だけでなく、おそらく川口さんがホームレス支援をする時にも同じような支援の仕方をしているであろうことが想像できる。いちど仕事を離れてしまい、履歴書に空白時間ができてしまうと、なかなか就職活動がうまくいかない。すると自暴自棄になったり、自分はもうダメだと諦めてしまい、ホームレス状態になってしまう。自尊心も大きく落ち込む。そのような人々が自信を取り戻す上では、いきなり大きな一般就労のような目標を掲げるのではなく、スモールステップとして、まずシャワーを浴びて身だしなみをきれいにしてみるとか、短時間就労をしてみるとか、割と容易に実現可能な小さな目標に区切り、それを達成して自信をつけていくプロセスが重要なのだと思う。

事実、川口さん達が最初に立ち上げたハブチャリの事業では、自転車の整備とか、レンタルで貸し出す接客とか、自転車を回収するとか、そういう細かい工程に分けることにより、比較的誰でもその仕事に取り組むことができ、それがきっかけになって自信を取り戻し、以前やっていた業界の仕事や、別の長時間労働に復帰していくおっちゃん達と沢山出会ってきた、という。

まさに、川口さん自身も、おっちゃんたちも、出来る一つの方法論を模索しているのである。その試行錯誤の精神は、「まずは実験をやってみる」というコラムにも表現されている。

「実証実験のような、まずは小さくても試しにやってみる、スモールトライの必要性は、この10年間で何度も体感した。たとえ準備不足でも、「実験」と言うマジックワードであれば、トラブルがあってもお客さんからそこまで怒られることもない。しかも、こういうことを始めますと宣言することで同じことを目論んでいる人に先制できる可能性もあれば、その人と連携できるチャンスもある。さらには、反応が悪ければやめてしまってもいいわけで、自由度が非常に高い。プレスリリースを活用すればメディアにも取り上げてもらえるし、本格的に始動するときには、すでに実験をやりましたという経歴が強みとなる。内容にはよるけれど、工夫を重ねればお金も多くはかからない。何かをやろうとしてる人に、スモールトライは非常におすすめだ。」(p199)

何もしないわけでもないし、いきなり永続的に始めるわけでもない。その間の実験。実験には当然仮説が必要になる。しかも一定程度角度の高い仮説でないと、そもそも実験を始めることができない。多くの人を説得したり資金を集めることもできない。しかしながらあくまでも仮説を実証する実験であるから、永続的にやらなければいけないという縛りはない。これは「自由度が非常に高い」。しかも、前例踏襲主義に縛られている立場の人に向かっては、「こういう実証実験をしました」というのは立派な「前例」として機能する。上手くいかなかったら、やめることも出来るし、改善して別の策を見いだすこともできる。試行錯誤のなかで、仮説生成的というか、仮説をより確度の高い事業プランに練り上げていく実証実験のアプローチは、社会的な何かに取り組んでみたい人にとって、すごく役立つアプローチだと思う。

その上で、彼女は15年間ずっと、ホームレス問題に端を発し、住むところがない人の生活支援問題にブレずに取り組み続けている。近年では児童保護施設出身の若者や、LGBT など性的少数者、あるいはDV被害の女性など「おっちゃん」以外の同じカテゴリーに属する人の支援にも携わっている。それを、福祉的な視点だけでなく、様々な企業や役所とも連携しながら、関西人的な言い方をすると、使えるもんは何でも使いまくって、人生からの転落防止柵としてのHomedoor事業を継続しておられる。

こういう「出来る一つの方法論」を模索してこられた彼女のプロセスから学ぶことは多いし、是非とも学生さんや何かにチャレンジしたい人にお勧めしたい。そんな一冊である。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。