「教育依存症」から脱却できるか?

神代健彦さんの『「生存競争」教育への反抗』(集英社新書)を面白く読む。実は彼が翻訳したニコラス・ローズの『魂を統治する 私的な自己の形成』(以文社)を読んでいたので、新自由主義的統治権力に鋭いメスをいれる本を訳した教育学者はどのような教育論を描くのか、を楽しみにしていた。

期待に違わず、オモロイけど、ずしんと何かが残る本であった。

「わたしたちは『教育依存症』である。わたしたちは、子どもによい教育を与えたい、否、与えなくては不安で仕方がない。いま与えている教育で十分なのか、もっといい教育があるのではないか、そんな底なしの不安。」(p70)

こども園に通う娘の父として、この「依存症」はすごくよくわかる。ママ友から聞くと、3才から公文や書道、体操教室など様々なお稽古ごとに習わせている家庭も少なくない。また、こども園でも年少組からひらがなを書く練習をさせているクラスもある。ググったら、知育関連の情報は死ぬほど出てくる。だが、妻と話し合ったうえで、娘さんは、そういう早期の社会化に向けた教育ではなく、昔ながらの、泥団子を毎日のように作って遊ばせてくれるこども園に通っている。

それは、「反社会的」!な思想家と神代さんが表するルソーの教育観に近いのかも知れないな、と読んで感じる。

「いつの時代も、社会やその構成員としての大人は、子どもを教育することによってそこから利益を引き出そうとする。そこでは教育は、社会のエンジンとしての市場経済を維持・発展させるための一つの手法である。あるいはそれは、もう少し家族の目線に寄りそうならば、子どもを将来に対して備えさせることによってその子自身の将来の利益を増進させるという営みでもある。そのような(大人の)社会の思惑に対して、ルソーは否という。子ども期は個人と社会の将来へ向けた単なる準備期間ではない。それは『子ども期』という人生における固有の価値をもった時期であり、その固有な時期としての『子ども期』の充実それ自体が、教育の目指すべきところだというのである。」(p144)

安定した職に就くため、食いっぱぐれないため、社会の歯車として機能するため、世間の恥さらさしにならないため、あなたのため・・・の教育。それは、「いま・ここ」ではない、予見できない明日のための教育である。捕らぬ狸のなんとやら、と皮一枚の距離である。そういう社会や親の期待に応えるための教育に「ルソーは否という」。「いま・ここ」に「固有の価値」を重視して、その時期それ自体の充実が大切だとルソーは指摘する。だが、この「固有の価値」も、神代さんに言わせると、「子どもの内側から生じてくる『力』の重視、その合理的な涵養」 (p154)という意味では、現代の「もっといい教育」の代表格と称されるコンピテンシー(新しい能力)教育と通底するとも喝破する。

この構造の地続き性は、言われてみたらよくわかる。が、そこから抜け出すことは簡単ではない。そもそも、親自体が「教育依存症」に無意識にはまり込んでいる場合、子どもより遙かにその呪縛に苦しめられているのは、実は親の方なのだ。「ちゃんとしなさい」「しっかりしなさい」「言うことを聞きなさい」と子どもに期待したり、叱ったりしている時、「いま・ここ」の子どもの「固有の価値」よりも、世間の規範なり社会的な良さなり将来の可能性などに縛られて、そこに子どもを適応させようと必死になっているのでである。「いま・ここ」の生の充溢に向き合えていないのは、子どもではなく親のぼくの方なのだ。

親の言うことに従順に従う、聞き分けの「いい子」ならば、早い段階でその親のしつけや教育に従順に従ってしまう。それは、結果的に「『子ども期』という人生における固有の価値」を摘んでしまうことになる。だが、うちの娘は、幸か不幸か!?、全力でその適応に拒否してくれるので、まだその芽が摘まれていないだけだ。そして、僕が自分自身の「教育依存症」的な不安に無自覚なままなら、早晩娘は「『子ども期』という人生における固有の価値」を手放してしまう可能性がある。

社会の思惑に絡め取られない形で、「子ども期の充実それ自体」を追求するにはどうしたらよいか。神代さんはこう提起する。

「社会への合理的で『自然』な『適応』に任せては出会うこともないような、世界のさまざまな事実(コンテンツ)に子どもたちが出会い、その驚きに打たれ、おのずからそれと戯れる。そんな種類の教育/学習の経験である。そのような教育/学習の経験において子どもたちは、学びの結果(能力達成)を強迫的にもとめることなく、むしろ強迫的な社会を超えた世界に出会う。『その学習はなんのため?』という意味の問いを離れて、否むしろ、その問いを問う必要を感じないほどに、世界の強度を経験する(面白い!/楽しい!/深い!/美しい!/醜い!/汚い!/怖い!/なんだかよくわからないけどすごい!/もっともっと、これに触れていたい!)。強迫的な社会の必要を拒否し、ゴールとしての資質・能力の呪縛から解き放たれた、適度にゆるめられた心と体が、自然や文化、芸術、つまりは世界と出会う。彼らは育つために、自己自身を有能にしていくために世界と出会うのではない。世界とであうことは、それ自体が価値なのである。」(p163)

書き写していて、筆者の心からの情感が込められた、実に美しい文章である。僕にはこんな凜とした文章は書けない。そして、さらに思うのだ。この「強迫的な社会の必要」とはかけ離れた、「それ自体が価値」である「世界とであうこと」は、僕は10歳くらいの時に封印したことであり、また4才の娘が全面的に楽しんでいることそのもの、であると。

以前から何度か書いているが、小学校5,6年ではいじめで学級崩壊状態に陥り、マイナスの世界の強度しか経験しない絶望状態だった。中学校に入って猛烈進学塾に入った後は、有名高校・有名大学に入るための「学びの結果(能力達成)を強迫的にもとめる」レースにのめり込んでいく。あの当時の僕には、それしか人生の絶望からの出口は無かった。その意味で、10才以後の僕は、「適度にゆるめられた心と体」とは真逆の、ドンドンとキツく心身を振り絞っていくような時期だった。すごく悲しいし残念な話なのだが、未だに僕の中にはそのときに内面化された偏差値的序列信仰や「ゴールとしての資質・能力の呪縛」への強迫観念の残滓が残っている。それが、生産性至上主義と結びついて、娘が生まれた後の己自身を矛盾の最大化に至らしめたことは、現代書館のウェブ連載でも書いている。

だからこそ、思うのだ。「その学習はなんのため?」なんていう、近視眼的で実に些末な思い込みから自由になり、「面白い!/楽しい!/深い!/美しい!/醜い!/汚い!/怖い!/なんだかよくわからないけどすごい!/もっともっと、これに触れていたい!」・・・と心から思える何かと出会い続ける大切さを。「社会への合理的で『自然』な『適応』」なんて、いやでも社会人になったらせざるを得ない。それを、わざわざ早期教育する必要は全く無い。「世界の強度を経験する」ことは、能力達成とか資質の向上とは全くかけ離れて、「その驚きに打たれ、おのずからそれと戯れる」ことである。そんな対象に没入するおもろい経験を、僕は子どもから奪いたくないし、社会は子どもから奪ってはならない。そして願わくば僕自身も、改めてそんな機会を獲得し直したい。改めてそう思うのだ。

「『適応』する、生き残るということは、生き物としての目的であり欲望である。そのような生き物としての欲望の充足を全否定することはできない。この欲望の充足へむけた活動は、わたしたちが生きて働くものである以上、不可欠で不可避ですらある。しかし他方で、そのような種類の欲望充足が人生の関心事のすべてになってしまうことには、ある種の窮屈さ、もっと言えば不快さがある。もっとほかでもあり得たかもしれない世界が、役に立つ限りでの世界=社会という形へと、不当に狭められているような気がしてくる。そのような矮小な世界に先を争って『適応』しようとしている『自己』自身に、言いようのない苛立ちが募ってくる。」(p179)

「その学習はなんのため?」という功利的な問いを発し続け、自分が現時点で考える基準において将来役立つ・役立たないという単純な物差しで学びを取捨選択することによって、「もっとほかでもあり得たかもしれない世界が、役に立つ限りでの世界=社会という形へと、不当に狭められて」いく。これは、10代から20代前半の僕自身の自己像そのものであった。それによって、学歴はどんどん積み上がっていく一方で、僕自身の「世界と出会う」可能性をどんどん狭まっていったような気がする。

これほどまでに、「社会への合理的で『自然』な『適応』」を自分に求め続けた「教育依存症」は、僕に根深く巣くっている。その教育依存症から自由になるために、神代さんはガート・ビースタの『教えることの再発見』(東京大学出版会)を用いながら議論を進める。斜め読みして、頷ける部分もあるが、彼の議論は難しかったのと、フレイレに代表される批判的意識化への批判が主題になっていて、うまく僕のなかではまだ飲み込めていない。なので、この部分についての僕の見解は、今は保留にしておく。

いずれにせよ、「『その学習はなんのため?』という意味の問いを離れて、否むしろ、その問いを問う必要を感じないほどに、世界の強度を経験する(面白い!/楽しい!/深い!/美しい!/醜い!/汚い!/怖い!/なんだかよくわからないけどすごい!/もっともっと、これに触れていたい!)」ということが、教育依存症から脱する最も正攻法のやり方であると思う。そして、これは娘だけでなく、その娘と向き合う父親である僕自身にも、いま・ここで求めてられていることだと、改めて感じる。

「世界の強度」を感じる体験を、週末にでもできたら良いな。

ナウシカは「無防備」なのか?

4歳の子どもと夫婦で見ようと買った宮崎駿作品のDVDボックス。毎週末、新しい作品を開けている。こないだは魔女の宅急便のキキの萃点性についてブログに書いたけど、今回はナウシカのことで書く。実はナウシカも今回初めてみたのだが、すごく面白くて、論点が沢山あると感じた。福島原発の爆発後の世界と重ね合わせたり、あるいはコロナ危機でマスク生活が強いられることと重ねて論じる人がいるのもよく分かる。だが、僕が今回論じてみたいのは、「切り分け」の問題である。

風の谷を支配して、ナウシカの父を殺したのは、トルメキア帝国の辺境派遣軍司令官クシャナだった。彼女自身、王蟲に襲われて左手を失っており、それで腐海や王蟲を焼き殺してしまいたい、という執念を持っている設定である。彼女達の軍や戦車や爆撃機、銃などを活用して風の谷も支配し、他の人間も威嚇し、巨神兵まで使って、人間の支配を取り戻そうとする。

そして、クシャナの率いる軍の人質としてナウシカは爆撃機で護送されるが、途中で敵であるペジテのアスペルに襲撃され、爆撃機は炎上する。ナウシカや風の谷の人々は、爆撃機に格納されていた、召し上げられた風の谷の飛行機で脱出するが、その際、同じく逃げてきたクシャナもナウシカは助けた上で、飛行機は腐海に不時着する。だが、不時着したその場でクシャナはナウシカに銃を向け、自らの支配に従うように、ナウシカに命令する。その際、無防備なナウシカはクシャナにこう呼びかける。

「あなたは何をおびえているの?まるで迷子のキツネリスのように」

ここで、それまでやられっぱなしだったナウシカや風の谷の勢力は、反転し始める。

この映画でのナウシカは、こうした無防備ゆえに、状況を変えていく最大の力を持っている。怒り狂った王蟲の大群が風の谷に迫ってくる時、囮として使われた傷ついた一匹の子どもの王蟲をぶら下げたベジテの人々を説得するため、銃撃する相手に対して両手を広げてナウシカは突っ込んでいく。あまりにも無防備である。

だが、クシャナやベジテの人々が、銃で攻撃することにより身を護ろうとしていた時、なぜナウシカは無防備であり続けることができたのか。それは、ナウシカが王蟲や腐海といった「非人間」としっかり繋がっていたから、と言える。クシャナ達は人間+銃(人工物)という人間の支配するネットワークに依拠していたのに対して、ナウシカは人間を襲い危害を与える存在と見なされた王蟲や腐海を、単純なる「敵」と捉えず、むしろこれらの存在を「味方」につけることにより、打倒ではなく共生の道を探ろうとしていた。

クシャナに代表される大半の人間は、支配することができず、自らの生を覆い尽くそうとする自然の脅威に対して「迷子のキツネリスのように」「おびえて」いた。だが、ナウシカは違った。小さい頃から父親に隠れて小さい王蟲と遊んでいたり、大きくなってからも、腐海や王蟲の内在的論理をつかもうと相手の懐深くに入り込み、粘菌は綺麗な水で培養すると、人間の肺に危害を及ぼさない形で育つことまで知っている。また王蟲の怒りを静めることができれば、人間は襲わず、腐海に戻っていくことも、体感として理解している。

ナウシカは、粘菌や王蟲、腐海とつながりあい、理解し合い、関係性を深めていくことができたから、王蟲の大群による風の谷の殲滅を、命がけで食い止めることができたのである。銃も火も巨神兵も使うことなく、無防備な自分を差し出すことによって。

支配や思い込みを手放すこと。人間には支配できない自然や現象があることに立ち戻り、それらに敬意を払うこと。それらの存在の論理に従って動くこと。これは、ある程度の「大人」にとっては、簡単なことではない。特に「合理性」「社会性」「常識」が身に染みている大人にとっては。だからこそ、ポニョやトトロの存在も、小さな子どもにしか見えなかった。キキは、社会性を身につけるプロセスで、魔法を一度失いかけた。ナウシカは、大人の手前になってもそういう存在とコミュニケーションできる例外的存在である、ともいえる。

で、改めて考えるのは、「無防備」とはなにか、ということでもある。

大人が考える「無防備」とは、「防備」と対の概念である。大人は、銃や戦車、威嚇や植民地支配などを通じて、他者を自らに従わせることを通じて「防備」しようとしている。では、何をどのように「防備」しようとしているのか。それは、自分の命であり領土である。でも、それならナウシカ的なあり方でも「防備」することはできる。ということは、別の何かを「防備」できるかどうか、でナウシカは「無防備」と捉えられているのだ。

その別の何か、を、「思考の枠組み」と捉えてみたら、どうだろうか。人間は自然より優れている、敵は殲滅しなければならない、威嚇や暴力によって支配しないと自分が支配される、食うか食われるかの二者択一だ、すべての存在は人間による支配や管理が可能だ・・・。こういう「思考の枠組み」に囚われていて、それが常識であり、それ以外の可能性はないと思い込んでいると、ナウシカの有り様は実に「無防備」である。だが、そのような人間と非人間を切り分けた思考枠組みそのものが、人間の思い込みであり、限界である。実際に腐海や王蟲を生み出したのは、そのような切り分ける思考枠組みではなかったか。すると、実のところ「無防備」なのは、そのような切り分けで非人間も含めて支配しようとする人間の「思考枠組み」ではなかっただろうか。

クシャナは自分たち人間が主人公であり、銃や戦車、巨神兵などの非人間は支配可能な道具だと思っていた。一方ナウシカは、粘菌や王蟲、腐海は道具でもなければ支配すべき敵でもなく、自分と共にある世界の一員だった。クシャナに代表されるのが人間中心主義であるとするならば、ナウシカは人間と非人間の関係を断ち切らず、それを同一スペクトラムの連続体で捕らえる関係中心主義である、と言えるかも知れない。それは、これも以前のブログでも書いたのだが、縁起ネットワークのなかにいるのである。

ナウシカは、自らの「思考の枠組み」に囚われず、粘菌や王蟲、腐海の状況に合わせて、自らの言動を柔軟に変化させることができる。一方クシャナに代表される人間中心主義の人々は、銃で射撃することはあっても、自らの言動を柔軟に変化させることはできず、おびえている。人間中心主義とは、自らの思考の枠組みへの囚われや居着きのことであり、非人間的存在との柔軟なネットワーキングを拒否して、自らの殻に閉じこもる思考だ、とも言えるかもしれない。そして、粘菌や王蟲、腐海を切り分けずに、自らと繋がりのあるネットワーク=縁起的存在であり、自らの生と、縁起的存在の生の連続性を意識し、自らの命と同じように掛け替えのないものとして尊重するナウシカの生き方は、人間中心主義から見たら無防備だが、共生的生き方による防備、という面からみたら、最強の生き方なのかも、しれない。

人間社会とは○○のはずだ、という思い込みで防備するのではなく、そのような思考の枠組みを手放して、そこから自由になり、非人間の支配や管理よりも、非人間と人間との連続性を意識して関係性を深めていくことこそ、最大の防備なのかもしれない。宮崎アニメは、そういうメッセージをずっと通奏低音として、持ち続けているのかもしれない。

<こと>としての自己表現

荒井裕樹さんの『生きていく絵』(亜紀書房)を読み終える。昨年、『車椅子の横に立つ人』の書評をしたことがご縁でご本人とやりとりする機会があり、その中で、精神病院の造形教室でのフィールドワークをまとめられたのが上記の本だと知り、早速拝読。僕も大学院生のころ、5年ほど精神病院でフィールドワークしていたが、僕とは全然違う切り口から、本質に切り込むアプローチが本当に秀逸で、すごいなと脱帽しながら読み進める。

『車椅子の横に立つ人』でも主題化された、「苦しみ」と「苦しいこと」の違いについて、実月さんという描き手を主題化した章のなかで、荒井さんはこんな風に整理する。

「前者は、『苦しみ』の内実をある程度自分で把握しており、言語表現であれ非言語表現であれ、それを誰かに伝えたいという表現への欲求が強いように思われます。対して後者は、『苦しみ』の内実が本人にも把握しきれず、また詳細に表現することもできないけれど、何よりもまず、苦しんでいる自分の存在を受け止めてもらいたいという関係性への欲求が強いように思われます。
おそらく、実月さんも、自分の『苦しみ』の内実を詳細に言語化することはできません(少なくとも、最も苦しかった時期にはできなかったようです)。それは『苦しい』『悲しい』『つらい』という言葉以上には言語化不可能であり、『とても』『爆発しそう』といった形態が付される形で、その重みや切実さをつたえることしかできない性質のものです(むしろ、部分的には言語化以前の衝動や情動といった次元のものだったのかもしれません)。実月さんのなかに渦巻いていたこの言語化できない衝動を、仮に<こととしての感情>と呼んでおきたいと思います。」(p152)

「苦しみ」として他者に語ったり書いたりすることができるのは、すでに感情がある程度の対象化・物語化(=<もの>化)され、把握されているので、他者に伝えることが可能な段階に至っている。一方で、「苦しいこと」は、対象化もできない、未分化で現在進行形の苦しさであり、「『苦しみ』の内実が本人にも把握しきれず、また詳細に表現することもできないけれど、何よりもまず、苦しんでいる自分の存在を受け止めてもらいたいという関係性への欲求が強い」と指摘する。

僕たちが通常、他者を理解しようとするとき、言語で表現されたものを元にする。すると、「苦しみ」という形で言語表現されたり、それが表情などでも伝えられると、「苦しいのですね」と受け取りやすい。それは、受け取る以前に、発信する側が、すでにその内容を「苦しみ」と固定化し対象化することができているから、である。だが、本当に苦しい最中には、「『苦しい』『悲しい』『つらい』という言葉以上には言語化不可能であり、『とても』『爆発しそう』といった形態が付される形で、その重みや切実さをつたえることしかできない性質」になりがちである。

そして、この「苦しいこと」は誤解されやすい。

20年近く前の大学院生時代、薬物依存症の回復者でもある倉田めばさんのお話を聞いたとき、「拾い集めた言葉たち」という印象深いフレーズと出会った。

「私にとって薬物とは言葉であった。ダルクのミーティングは本来の言葉を取り戻す作業である。自分の言葉を取り戻したときに、薬物が不必要になってくる。」
「母はよく私に言った「薬さえ使わなければいい子なのに」私は思った(いい子の振りをするのが疲れるから薬を使っているのに・・・・・)」
「薬物依存者が薬物をやめると依存が残る。」

当時の僕にとって、「私にとって薬物とは言葉であった」というのは、天と地がひっくり返るような、驚くべき表現だった。依存症の人は、遵法意識がないから・甘えがあるから・自制心がないから・・・薬やアルコールに溺れているのだ。そのような、表面的で常識的な偏見を持っていた当時の僕は、「薬物」が言葉=自己表現である、というのは、本当に思いも寄らない言葉だった。だが、自分の言葉が奪われるから、「苦しいこと」を薬物を用いて表現せざるを得ない人がいるのに、その人から単に薬物を取り上げると、それは「依存が残る」だけである。本当に「回復」するためには、「本来の言葉を取り戻す」プロセスが必要である。それがダルクなどのセルフヘルプグループの持つ力である。この話を聞いた時、これは薬物依存だけでなく、依存全般の話でもあり、また他の精神病にも共通する話なのではないか、と思っていた。だが、それ以上、当時の僕には掘り下げられなかった。

今回、荒井さんの著作を読み進めながら、改めて20年前の倉田めばさんの言葉を噛みしめ直す。

「実月さんのなかに渦巻いていたこの言語化できない衝動を、仮に<こととしての感情>と呼んでおきたいと思います」

圧倒的な苦しみの衝動や情動に押しつぶされている時、それは「苦しみ」という形で対象化はできない「渦巻く」状態であり、<こととしての感情>が支配している時である。それが、幻覚や妄想、うつやハイパーテンションのような形で人を支配している。そのときの「苦しいこと」がその人を覆い尽くしているときに、言葉は無力である。「『苦しい』『悲しい』『つらい』という言葉以上には言語化不可能であり、『とても』『爆発しそう』といった形態が付される形で、その重みや切実さをつたえることしかできない」からだ。だからこそ、その無力に対処するために、ひたすら引きこもって外界とのコンタクトを遮断する人もいれば、必死になってしんどさを訴えるのだがそれを理解してもらえず暴力や暴言に訴える人もいる。そして、倉田めばさんのように、薬物などの依存言語を用いて、やっとそのつらさを表現しようとする人もいるのだ。

そのときに、荒井さんが関わった「造形教室」は、治療や支援を目的とした場ではないのだが、結果的にはそこに通う人々の「癒し」につながっていた、と荒井さんは指摘する。

「これは、ある人物が心の病を抱え、つらく苦しい状況にあったとしても、そのような状況のなかを生きていること、生きてきたことを、まずは肯定的に受け止めようという考え方です。つまり自らを<癒す>という営みは、『自己肯定』からはじまるわけです。」(p83)

造形や創作が人を癒す。それは治療を目的とした「絵画療法」という方法論の話をしているのではない。そうではなくて、苦しいことの渦中にあっても、それを造形という表現形態で表出する「言葉」を取り戻すことによって、「そのような状況のなかを生きていること、生きてきたことを、まずは肯定的に受け止めようという考え方」が湧き上がってくるからではないか、と荒井さんは指摘する。

自分を傷つけたり、他人に危害を与えたり、薬物を使用するという「言葉」しか持てない状況に追い込まれた人々がいる。その人々は、本来の言葉が奪われる状況に追い詰められている。そういう人々が、造形という別の言葉と出会うことで、自傷他害や薬物依存以外の別の表現をすることで、「苦しいこと」を別の形で表現することが可能になる。実際、実月さんも「どろどろした心の中身を吐き出すよう」(p144)に描いてく。そして、そのプロセスのなかで、「苦しいこと」を「肯定的に受け止め」るきっかけができ、それが「自らを<癒す>という営み」であり『自己肯定』につながる、というのだ。

実際、荒井さんが取り上げた本書のなかでの表現者達もみなさん、造形教室を通じて、そのような「本来の言葉を取り戻す」プロセスを辿っておられるように感じた。荒井さんはそれを「<こと>としての文学」と表現する。

「私はいま<こと>としての文学に目を向ける必要性を感じている。いまだ生硬な概念だが、<こと>としての文学とは、苦境にあるその人がその痛みを動機として発した私的な自己表現であり、その人が表現していること自体が重要な文学である。
現在の関心から一部を例示すれば、精神科病院の閉鎖病棟内でひそかに書きとめられた小説や、あるいは虐待の記憶が刻み込まれた形代のような詩などがあげられる。いずれも生きづらさの極地にいる人たちが、苦境を生きのびていくために紡ぎ出した切実な言葉であるが、これらは現在の文学研究の枠組みでは関心の対象にさえならない(医学や福祉学においても正統な関心事にならないだろう)。」(p254-255)

できあがった作品が<もの>としての文学であるとするならば、「苦しいこと」をそのものとして自己表現するプロセス自体が重要な文学であり、それを「<こと>としての文学」と名付ける。そして、このような「切実な言葉」は確かにこれまで重要視されてこなかった。僕自身も、これまで出会った数多くの精神医療ユーザーから、色々な種類の自己表現(絵画や詩、エッセー、小説、手記・・・)を手渡されたる機会があったし、拝見もしてきたのだが、正直に申し上げて、僕の研究枠組みの関心の対象にはなっていなかった。それは、<もの>として作品に僕の目が曇らされていたからであり、<こと>としての自己表現の、その言葉を取り戻すプロセスそのものの価値を、僕は理解していなかったのである。倉田めばさんの言葉を20年近く前に知っていたにも、関わらず。

今回、荒井さんの本を拝読することで、「苦しみ」と「苦しいこと」の根源的違いを教わることで、改めて「<こと>としての自己表現」の可能性が理解できた。そして、それは表現された<もの>(=絵画など)だけでなく、それが表現されゆくプロセスに立ち会い、その表現者と何度も雑談をしたり、お互いの人間性にふれあうなかで、荒井さんのなかでしみこんでいくなかで、荒井さんという文学研究者の「地」を通して浮かび上がってきた「図」(=本書)があるからこそ、僕たちにも理解できたのだと思う。

そういう意味では、『生きていく絵』とは、造形教室で出会った絵画をきっかけにして、「苦しいこと」それ自体を「<こと>としての自己表現」と捉え、そのプロセスを可視化する伴走者である荒井さんによる、格好のガイドブックのようにも思えた。

アンダークラスの子どもたち

遅まきながら初めてブレイディみかこさんの単著を読んだ。『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)というタイトルにちょっとびびって積ん読していたのだが、中を読み始めたら、めちゃくちゃ深刻な内容なのだけれど、グイグイと引きつけられる。彼女は、「底辺託児所」「緊縮託児所」という、イギリスの貧困層が集まる公営住宅の地域の保育所で働いていて、そこで感じたことがこの本に書かれている。内容はもちろん明るくはない。だが、ここに出てくる子どもたちが、本当に活き活きとしていて、どぎつい言動でトラブルメーカーも多いけど、実に人間味がある。でも親や社会との相互作用の中で身につけ(させられ)た陰影に、既に2,3才のころからどっぷりと浸かっていて、それが悲しい。

「問題児」の背景

「金髪の巻き毛の天使のようなジャックは、何かの拍子にいきなり暴発することがあった。アンガーマネジメントが必要だな、と思える幼児たちの怒りの出力法はさまざまだ。他人に暴力を振るう子もいるし、物を破壊する小屋、自分の体を傷つけようとする子もいる。が、ジャックの場合は、『ひゅうーーーー、うううーーーー』という形容しがたい超音波のような高音でわめきながら両手を広げてくるくる回り始めるのだった。」(p73)

一見すると、とんでもない問題児である。最近の日本ならすぐに「発達障害」とラベルを貼られ、小さい子どもでも行動抑制をするために抗精神薬などが投与され、ヘロヘロにさせられるケースもあるというが、彼女のいた託児所では、違う対応が取られていた。

「それ以降はジャックが託児所に来るときには一対一で必ず誰かがつくようにし、プレイルームにできるだけ広いスペースを作り、彼が旋回を始めても顔色を変えず、冷静な態度で対応して他の子どもたちをパニックさせないようにした。そういう雰囲気ができあがると、ジャックのくるくる旋回も日常のワンシーンとなり、子どもたちも彼がスピンし始めると自分から被害に遭わない場所に移動したりして、たいしたこととは思わなくなってきたようだった。」(p74)

このジャックは二才なのだが、自分の怒りや衝動をうまくコントロールできない。だが、あたなも私も二才のころにはそういう衝動があったのであり、しかも大人がそれをしっかり受け止めないと「問題児」と排除されるが、「一対一で必ず誰かがつくようにし、プレイルームにできるだけ広いスペースを作り、彼が旋回を始めても顔色を変えず、冷静な態度で対応して他の子どもたちをパニックさせないようにした」ら、それが「日常のワンシーン」となってしまう。これはジャックに働きかける保育者たちとの相互作用の中で生まれていく変化である。そういう関わり合いの中で、旋回を一日に二回はしていたジャックは、それが一回に減りいまは週に一度になった、という。そのジャックの母について、こんな風に描かれている。

「この天使のようなジャックの母親は、二〇才のシングルマザーで、ドラッグ依存症から回復中である。緊縮託児所からそう遠くない場所に、さまざまな依存症と戦う女性たちを支援するセンターがあり、そこにも託児所があった。だが、この緊縮のご時世でそちらの託児所が閉鎖に追い込まれたため、ソーシャルワーカーを通じてジャックとその母親はわが託児所を紹介されてきたのだった。」(p68)

「しんどい家庭」に育った「しんどい子」は、親から充分に関わりを持ってもらえない場合も少なくなく、それが暴発してアンガーマネジメントが出来ない状態に陥る事も多い。ジャックもそんな子どもの一人だった。でも、ブレディさんのいた託児所では、そういう子どもたちを排除することなく、その子どもへの関わり方を変えながら、子どもたちの内在的論理を探り、上手く付き合おうとしていた。そして、彼女はそういう草の根レベルの泥臭い関わりをしながら、ジャックの家庭が置かれている社会的布置のようなものまで同時に描き出す。

「『ソーシャル・アパルトヘイト』だの『ソーシャル・レイシズム』だの『ソーシャル・クレンジング』だの、以前は民族や人種による差別を表現するために使用されていた言葉が、階級差別を表現するために使われるようになってきた。『アパルトヘイト』や『エスニック・クレンジング』といった極端な言葉まで階級差別にスライドさせて使われるようになってきた背景には、英国社会がいかに底辺層を侮蔑し、非人道的に扱っているか、そしてそれが許容されているかという現状がある。それはまた格差を広げ、階級間の流動性のない閉塞された社会を作り出した新自由主義のなれの果ての姿ともいえるだろう。」(p71)

この本を読んで初めて知ったのだが、ジャック親子が排除されるのは、イギリスの上流階級から、だけではない。実はこの緊縮託児所には移民の子どもたちも通っているのだが、母国を離れイギリスで成功しようと必至に子どもを養育している移民たちは「ジャックっていう子は、暴力的で他の子どもたちにとって危険だ」「ああいう子どもが来ている託児所には安心して子どもを預けられない」と、排除に加担しているのである。「階級間の流動性のない閉塞された社会」に固定されている「底辺層」に対して、階級間移動を目指している移民が侮蔑する眼差しを向けている。それくらい、イギリスにおける階級差別は固定化している、ということである。そして、恐ろしいことに、福祉国家がこのような固定化に関与している。

福祉や政治が排除に加担する

「福祉がサンクションを連発するから、文字通り、日々の食事ができなくなる人たちが増えている。だからフードバンクが国中に必要になって、政府は『フードバンクは社会の一部』なんて言ってる。いっったいどんな社会にしようとしているんだろうね」(p167)

ブレイディさんの働いていた託児所は、閉鎖されてフードバンクに変わった。それは労働党政権から保守党政権に変わり、助成金や寄付が大幅にカットされた緊縮財政による。緊縮財政でカットされたのは、託児所運営費だけではない。ジャックの母親も「子どもの預け先が見つからないから夜のシフトがある仕事はしたくない、って紹介された仕事を断ったら、四週間生活保護を止められた」(p165)という。これが、職業安定所のソーシャルワーカーによるサンクション(制裁措置)である。サッチャー以前の労働党政権時代には、「シングルマザー家庭であれば、国が住居を与えてくれ、生活費も養育費もくれて、働かずともシングルマザーとして生きていけた」(p161)。だが、マスコミなどで生活保護バッシングがイギリスでも進み、シングルマザーが攻撃される中で、行政はwelfare to workなど労働強化政策をとり、それが、ジャック親子のような家庭を追い詰める。

ジャック家に訪れた著者たちが、あまりに空っぽの冷蔵庫に見かねて、ジャックを連れて買い物に出かける際、階段を降りているときのエピソードに全てが込められている。

「『チョコレート!チップス!ヨーグルト!ブレッドスティック!ソーセージ!』とジャックが私の腕の中で食べ物の名前を連呼する。元気に叫んでいるがその体は赤ん坊ぐらいの重さしかなかった。
『・・・託児所をフードバンクにしやがって』
悔しさで目の前が滲んできたので、足元に気をつけながらわたしはジャックを抱いて階段をそろそろ下りていった。」(p168)

サンクションとは、見せしめの刑罰ではなく、本来は労働へのインセンティブのはず、だった。だが、「子どもの預け先が見つからないから夜のシフトがある仕事はしたくない」という、至極まっとうな要望もサンクションの対象にされ、ジャックはほとんど食べ物のない家にいる。それでストレスが溜まり、託児所では旋回する。だが、その託児所も緊縮財政の予算カットで廃止され、ジャック母子は生きていくために託児所から変わったフードバンクに依存せざるを得ない。だが、そもそもジャック母子を追い詰めるようなサンクションや労働強化を進めることが、全ての元凶ではなかったのか。ジャック母子に、特に託児所に通う年齢のジャックにその緊縮財政のしわ寄せがくるのは、あまりに過酷である。これが『・・・託児所をフードバンクにしやがって』というブレイディみかこさんの涙や怒りの背後にあると感じた。

「わたしの政治への関心は、ぜんぶ託児所からはじまった。底辺のぬかるみに両脚を踏ん張って新聞を読み、ニュース番組を見て、本を読んでみると、それらはそれまでとはまったく違うものに見えた。政治は議論するものでも、思考するものでもない。それは生きることであり暮らすことだ。そう私が体感するようになったのは、託児所で出会ったさまざまな人々が文字通り政治に生かされたり、苦しめられたり、助けられたり、ひもじい思いをさせられたりしていたからだ。」(p282)

「暴力的で他の子どもたちにとって危険だ」と「問題児」のラベルが貼られたジャック。彼は、明らかに「底辺のぬかるみ」にいる。だが彼がなぜ問題児であるのか。そこにどのような苦しみやしんどさや、本人には「どうしようもない」苦境が重ねられているのか。それを、ジャックの母親の状況を知るにつれ、ブレイディみかこさんは理解するようになる。薬物依存症のどうしようもない母親、と見られた状況の背後に、「子どもの預け先が見つからないから夜のシフトがある仕事はしたくない、って紹介された仕事を断ったら、四週間生活保護を止められた」という背景がある。そして、それは、保守党政権時代に進めた緊縮財政が関与している。そんな現実と出会う中で、「託児所で出会ったさまざまな人々が文字通り政治に生かされたり、苦しめられたり、助けられたり、ひもじい思いをさせられたりしていた」ことから、彼女は「新聞を読み、ニュース番組を見て、本を読んでみると、それらはそれまでとはまったく違うものに見えた」。実際に政府予算がカットされ、福祉が切り詰められることによって、人間がどのように追い詰められるのか、を肌身で感じるようになったのである。

ブレイディみかこさんは、あくまでも地べたの保育士=労働者目線で、手のかかる子どもたちの内在的論理に寄り添いながら、その子どもたちがそういう状況に留め置かれている社会構造を描こうとしている。あくまでも子どもとの関わりというミクロレンズを切り口にしながら、緊縮財政や福祉カットというマクロへレンズが見事に描かれている。福祉研究者の本では、「アンダークラス」や「福祉依存」がどのような抑圧を生み出したいるのか、を理念的に整理している。だがブレイディさんのすごさは、その本で描かれたことを証明するような実例を、彼女の保育士での経験の中から描き出し、かつそこで追い詰められていく庶民の側に立って、その絶望的な感覚を描写している鋭さである。でも、社会運動家のように「すべきだ」「ねばならない」という運動の言語に当事者を当てはめようともしない。あくまでも、「クソガキ」どもは「クソガキ」どもだし、ダメな親はダメな親なのである。けれども、アンダークラスに閉じ込められた子どもたちやその親たちの、行き場のなさを、彼女ら彼等と同じ地べたの目線から書いている。これが、ブレイディさんの本が評価されている理由なのだとわかって、彼女の他の著作をどんどん注文している僕がいた。

ブルシットジョブと関所資本主義

仕事がなくなったら・・・

デービット・グレーバーの大著『ブルシットジョブ』(岩波書店)は、非常に刺激的で濃厚な人類学研究である。四半世紀前、僕が学部生の頃にかじった文化人類学と言えば、青木保さんの『タイの僧院にて』(中公文庫)とか、山口昌男さんの『人類学的思考』(筑摩書房)とか、いずれも先進国以外の土地でフィールドワークを行い、そこから先進国とは違う習慣や慣行を描き出し、さらにそれを通じて人類の営みを捉え直す、そういう仕事だった。

グレーバーは、先進国における「クソどうでもいい仕事(=ブルシット・ジョブ)」に焦点を当て、その内在的論理を解き明かすことを通じて、先進国で無意識化的に「そういうものだ」と思い込んでいる習慣や慣行の異常性を明らかにする、という仕事をしている。その発端は、2013年8月にウェブマガジンに載せた、ある原稿がきっかけだった。そのときに、「ブルシット・ジョブ」を以下のように定義している。

「まるで何者かが、わたしたちすべてを働かせつづけるためだけに、無意味な仕事を世の中にでっちあげているかのようなのだ。」(p4)
「実質のある(リアル)仕事を持った生産的労働者は、容赦なく苦しめられ搾取される。それ以外の人間たちは、万人から罵倒される怯えた失業者からなる層と、基本的に報酬を与えられてなにもしないという、より大きな層とに分断される。」(p9)

この記事は瞬く間に「一ダースの言語に翻訳され」「ウェブサイトは100万ヒットを超えるアクセスデータを処理できずに、ひっきりなしにダウン」するほどの反響を得る。その中で、グレーバーの元には数百のコメントが寄せられ、それを読み込み、書き込んだ人へのインタビューをする中で、本書ができあがったのである。

議論を進める上で、この本の「最終的な実用的定義」を見ておこう。

「ブルシット・ジョブとは、被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態である。とはいえ、その雇用条件の一環として、本人は、そうではないと取り繕わなければならないように感じている。」(p27-28)

実は本書を読む中で、あるエピソードを思い返していた。とある現場で、僕からみたら大層無駄の塊のような書類仕事を作らされることになった。そのことに腹を立てながらも、対応された現場の事務職員の方に非があるわけではないので、共感のつもりで、「こんな書類、電子化したらお互い手を煩わせなくてすむのに、本当に無駄ですよねぇ」と発言したところ、その方が、ぼそっと呟いたのである。

「私の仕事がなくなったら、困ります・・・」

まさにあの発言は、「被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態である」という表明であった。とはいえ、「本人は、そうではないと取り繕わなければ」「私の仕事がなくなる」危機に陥る。だからこそ、無駄な仕事をわかっていながら、「そうではないと取り繕」いながら、その仕事に従事する。これは本当に人をダメにする、意欲をそぐ、刑罰のような労働形態である。

グレーバーはこの種の労働を、「お役所仕事」とは言わない。官僚制システムの弊害であるが、この官僚制は、銀行や携帯電話の販売店、カスタマーサービスや広告業など、あらゆる業種に入り込んでいる、という。映像制作会社のトムは、著者にこのように語っていた。

「ほとんどの産業では供給が需用をはるかに上回っていて、それゆえ、いまや需用が人工的につくりだされるのです。わたしの仕事は、需用を捏造し、そして商品の効能を誇張してその需要にうってつけであるようにみせることです。実際、それこそが、広告産業になんらかのかたちでかかわるすべての人間の仕事なのだといえるでしょう。商品を売るためには、なによりもまず、ひとを欺き、その商品を必要としていると錯覚させなければならない。」(p64)

そういえば、グレーバーを高く評価している斎藤幸平さんは「本当のイノベーションは、お金がなくても生きていける社会設計を考えたり、20年使っても壊れないiPhoneを作ったりすることではないですか。」と語っていたが、そんなことをすると需要がなくなるため、絶対にそういうことにはならない。

壊れてもいないのに、まだ使えるのに、電化製品や服飾品を買い換える最大の理由は、捏造された需要に感化され、「その商品を必要としていると錯覚」する必要があるのだ。これはまさに欺瞞のプロセスである。仕事の中で欺瞞があるだけでなく、仕事の目的そのものにも欺瞞がつきまとっているのである。そして、そのような「その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態」に関して、「本人は、そうではないと取り繕わなければならないように感じている」という意味では、ダブルバインドでもある。

ダブルバインドとは、人類学者のグレゴリー・ベイドソンが作り出した概念だが、その訳者でもある佐藤良明氏は現代社会学事典(弘文堂)の中で、「二つの相容れない指示や禁止のもとで身動きが取れない状況をさす」(p859)と簡潔に定義している。

「その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある」にも関わらず、「本人は、そうではないと取り繕わなければならないように感じている」というのは、「無意味である」けど「そうではない」という「二つの相容れない指示や禁止のもとで身動きが取れない状況」である。そして、それが極まると統合失調症が深まる話は、『精神の生態学』の中でも書いているし、以前ブログでも触れたことがある。

そっちの話になるとまた壮大になるので、本論に戻ってくると、このようなダブルバインド状態は、ひとを狂気に陥れる呪いの指示である。そして、私たちの資本主義社会では、このような呪いの指示が蔓延していて、ある種の狂気が社会に蔓延している、というのがグレーバーの喝破したポイントである。

関所資本主義

そして、僕はこのグレーバーの本を読み終えて、思うのだ。これって、読んだ事がある議論だぞ、と。グレーバーがこの本の元になる小文を発表したのが2013年。その3年前の2010年に、安冨歩さんは名著『経済学の船出』(NTT出版)の中で、関所資本主義という概念を用いて、グレーバーが伝えようとしていることに類似した内容を説明しているのである。

「『利潤』の源泉を他人の生み出した価値を横取りする『関所』に求める。コミュニケーションの結節点を占拠することで『関所』が形成され、資本主義の本質はそこにある」(pⅳ)

安冨さんは大学卒業後2年ほど、当時の住友銀行に勤めて、「銀行員の仕事の相当部分は、表面的な取り繕いに注がれていた」(p152)ことに気づく。そして、退職後に研究者として金融史を探究する中で、その「表面的な取り繕い」と「関所」概念が結びついた時に、彼の「関所資本主義」の論理が構築されていく。

「あの無意味な砂を噛むような仕事の数々は、関所の維持管理業務だったのだと私は結論する。関所が膨大な利益を生むので、その維持管理に日々いそしむ銀行員が高い給料をもらえるのは、理の当然である。このような考えに到って私は、永年の胸のつかえが急に取れたように感じた。私が日々従事していた不合理な意味のない仕事は、巨額の利益を生む関所を維持管理するという、『合理的』で『意味のある』作業だったのである。(略)実際のところ銀行員は、『上乗り』を巻き上げるためのシステムの維持管理をして、高い給料をもらっていたのである。ここに思い至って私は『世の中、合理的にできているものだ』と、いたく感心してしまった。」(p156)

グレーバーと安冨さんの違いは、前者はブルシット・ジョブをしている人々へのヒアリングやメールの解読に基づいて論を構築しているのに対して、後者は実際にそこで働いて(=結果的に参与観察して)その論を構築している、という違いである。また、グレーバーは「クソどうでもいい仕事」を「その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある」と切り捨てていたが、安冨さんはその「無意味な砂を噛むような仕事の数々」が、人々の通行料を巻き上げる「関所」の「維持管理」という「『合理的』で『意味のある』作業だ」と喝破している。不合理なものをサドマゾ的に押しつけられている、というのがグレーバーの主張なのだが、その<非合理なものの内的合理性>を解き明かそうとしているのが安冨論考、という比較も出来るかもしれない。

「不安に駆られる人間は、自分のやっている仕事が『有効』なものだ、と自分にも他人にも言いふらすことで、不安と苦痛とをまぎらわせようとする。自分の行為の真の姿から目を背け、偽装工作を何重にも上塗りする。この浅ましい心は、組織内に無数の関所を作り出す。というのも、不安に駆られた人は、組織内に作った関所を管理する権限を確保することで、自分の存在意義を確保しようとするからである。つまりは保身である。」(p151)

「組織内の無数の関所」というフレーズは、大学においては、自己点検報告書や授業評価など、「PDCAサイクル」を回すための膨大な書類仕事を想起させる。そのどれもが、本来的な意味では、「内部質保障」を掲げ、再帰的に自分自身や自組織の実践を振りかえり、よりよいものにしていくための評価検証プロセスであるとされている。でも、大半の大学組織においては、結局のところこのような評価シートは、「やっているフリ」をするだけの書類仕事に成り下がっている。では、なぜそのような「無意味な砂を噛むような仕事」が押しつけられているのか。それを、「組織内に作った関所を管理する権限を確保することで、自分の存在意義を確保しようとするから」という内的合理性に基づくと言われたら、まさにその通りだと思う。そして、これは大学に限った話ではない。一定の規模を持つ組織では、このような「組織内の無数の関所」がある。そして、それが「クソどうでいい仕事」を増殖させていくのである。

解決策はベーシックインカムなのか?

さて、グレーバーに戻ろう。彼は、技術革新がブルシット・ジョブを作り出した、と整理している。

「自動化(オートメーション)は、大量失業を生み出した。わたしたちは、あれこれ効果的な仕事もどき(ダミー・ジョブ)をつくりだすことで亀裂を塞いできたのである。」(p340)

つまり、雇用調整のために作られた「仕事もどき(ダミー・ジョブ)」が、大量のブルシット・ジョブを生み出した、というのである。そういえば建設業関連で働いていた友人と昔議論をしたとき、誰も通らないような道路工事現場でも警備員を配置することは無駄ではないか、と尋ねたら、「それがあるから、失業率が下がっているのだ」と猛烈に怒られたことを思い出す。これも「仕事もどき(ダミー・ジョブ)」である。では、どうしたらよいのか? グレーバーは「仕事と報酬を切り離し本書で論じてきたジレンマを集結させる構想の一案としての普遍的ベーシックインカム」(p345)を提案する。

彼はアナキストなので、「政府や企業により多くの権力を与えてしまう解決策よりは、自分たちの問題を自分たちの手で対処できるような手段を人々に与えるような解決策のほうを好む」(p346)という。無駄な仕事を減らして「週15時間労働」に規制したとしても、「仕事の有用性を評価するためのあらたな政府官僚が求められ、不可避に巨大なブルシット生成装置へと転じることになろう」(p347)と予言する。それゆえ、ミーンズテスト(どれだけ財産を持っているか、などを調べる調査で生活保護の扶養調査などもそれにあたる)は「クソどうでもいい仕事」を増幅させるために廃止し、全ての国民に一律に生活費を支給せよ、と提案する。そのことで、「労働を生活から完全に引き剥がすこと」 (p359)が可能になるという。そうはいっても、人々は強制収容所でも、なにか意味ある労働を自発的にしようとしていた。だから、「人間は強制がなくとも労働をおこなうであろう、ないし、少なくとも他者にとって有用ないし便益をもたらすと感じていることをおこなうであろう」(p360)という前提に立ち、強制労働を廃止するためにベーシックインカムを提唱する。

これは興味深いが、関所資本主義の廃止同様、「危険」な提案である。安冨さんが書いているが、現代日本の最強の関所である国家資本主義の構造を調べ上げ「国民の税金と巨額の国家勇とによって調達された資金が、特別会計という隠れ蓑を通じて特殊法人・認可法人へと流れるルートを解明した」(p147)民主党の石井紘基衆議院議員は、その構造を暴いたため、何者かに暗殺された。「クソどうでもいい仕事」がなくなることで、自らの利潤が減ると思う人々は、その実現を命がけで止めようとする。それは、「仕事の有用性を評価するためのあらたな政府官僚が求められ、不可避に巨大なブルシット生成装置へと転じる」というマイルドな形態もあれば、そのようなことを暴露するひとを刺し殺す、という暴力への転化もありうる。

僕たちがこれに抗して出来ることは何か。少なくとも、自らにふりかかる「クソどうでもいい仕事」をなるべく減らすこと、であろう。そのために必要なのが、実質的な仕事であるケア労働の再評価である、という指摘は、頷かされる。

「仕事の大多数が厳密にいうと生産的であるよりはケアリングであり、だれの目にも非人格的であるような仕事にすらケアリングの要素がつねにひそんでいると認識することは、別の規則をもった別の社会を作ることがなぜかくも困難であるかという問いへの、ひとつの応答となり得る。(略) もしいまある社会が好きではないとしても、生産的かどうかにかかわらず、わたしたちのほとんどの行為の意識された目的が、他者―たいていは具体的な他者—をおもいやることにあることに変わりはない。」(p310)

実はこの部分も安冨さんの本と呼応する。

「自らの感覚から乖離させられた人間は無力感に浸ることになり、商品の利用者ではなくなり、単なる消費者となる。単なる消費者とは、自らの苦しみの原因から目を背け、そこから生じる痛みを誤魔化すための刺激を求めて、必要もないのに商品やサービスを蕩尽する者である。その消費活動は、創発を伴わず、価値を生み出さないので、ただただ資源を浪費する。このような状況に陥った消費者ばかりが存在する市場では、何を供給しても価値は生み出されない。それゆえ、創発の構えを回復し、消費者を利用者へと転換することが、経済活動の大前提なるが、それには、消費者の感覚を呼び覚まし、生きる力の発揮を可能にすることが不可欠である。これはもちろん、容易なことではない。しかし少なくとも、その方向へ人々を導く風を送り込むことが、ビジネスを展開するうえで、最大の資源となる。」(『経済学の船出』p167)

グレーバーは現在の資本主義に絶望し、アナーキストの立ち位置から、ベーシックインカムを導入して強制労働から人々を解き放つことに、その解決策を見いだす。その上で、「具体的な他者をおもいやる」ケアリング労働の価値を再評価しようとする。安冨さんは、「必要もないのに商品やサービスを蕩尽する」「消費活動」にはまり込む、無力感を伴った消費者から、人々が「利用者」に転換することが大切だと説く。そして、「その方向へ人々を導く風を送り込むことが、ビジネスを展開するうえで、最大の資源となる」と、限定付きで、現在の資本主義を肯定している。

現時点での僕自身の考えを言うなら、ベーシックインカムよりは、井手英策さんの言うベーシックサービスの方に魅力を感じている。そして、その上で、安冨さんの指摘するような、創発や価値を生み出すような「利用者」に消費者が転換することのほうが、現実的な変化を生み出す上で効果的だとも思う。そして、労働における創発や価値生成は、まさに「具体的な他者を思いやる」ケアリングの中に詰まっている。そのことは、僕も「ケアと男性」という連載を書き進めながら、強く感じている部分でもある。

残念ながら、そのことをグレーバーにはぶつけられない。彼は2020年9月に亡くなってしまったから。安冨さんとグレーバーが対談していたら、どんな論が繰り広げられたのだろう。そんなことを妄想しながら、この小論を閉じたいと思う。

キキの萃点性

こないだ宮崎駿アニメのDVDボックスを買った。実はこの20年ほど、テレビを殆ど見ないので、某テレビ局で流されている宮崎アニメも、断片的にしか見たことがない。子どもが4才なので、これを機に子どもと一緒に一作一作をじっくり見てみようと思い、毎週末一作開封してみている。最初はもちろんトトロを見て、娘は食い入るようにみたのだが、先週末は『魔女の宅急便』をみた。娘にはまだ内容が難しいようで、途中でお絵かきを始めてしまったのだが、父ちゃん母ちゃんはずっと食い入るように見ていた。

特に印象的だったのは、13才で修行中の魔女主人公キキが、一度魔法の力を失いかけ、落ち込み、その後友人トンボを助ける際に、魔法の力を取り戻す瞬間。僕の目からは、気がつけばどっと涙があふれ出た。トンボが今にも墜落しかけているのを見て、飛べなくなっていた&ホウキも持っていなかったキキが、街中のおじさんのデッキブラシを借りて飛ぶシーンである。そして、なぜ僕はあのシーンで涙を流したのだろうと考えていて、以前このブログで書いた萃点性に行き当たった。

キキは空を飛ぶことができる。でも、それ以外の魔法は持っていない。一方、彼女がたどり着いた大都会では、きらびやかな洋服でパーティーを開く同世代の少女たちがいて、また可愛い高価な靴がショーウィンドウに飾られているけど、キキはとてもその世界に手が届かない。トンボと親しくなるけど、そういうきらびやかな世界に繋がるトンボにもジェラシーを感じてしまい、ちゃんとした友人にもなれない。そのくすぶりのなかで、ついにはホウキで飛ぶことも出来ず・ホウキも折れてしまい、心の伴侶だった猫のジジの言葉もわからなくなってしまう。

そんな失意の中で、以前出会った絵描きのウルスラがキキを訪ねに来てくれて、彼女の山小屋に泊まりにいき、キキはウルスラに絵が描けなくなるときもあるのかを聞く。すると当然あるよ、という答えとともに、彼女はこんなことをキキに伝える。

「そういう時はジタバタするしかないよ。描いて、描いて、描きまくる。」「描くのをやめる。散歩をしたり、景色をみたり、昼寝をしたり、何もしない。そのうち急に描きたくなるんだよ」

この時、ウルスラからキキが教わったのは、あれこれ考えたり、他者をうらやむのではなく、無心になる、ということである。それが、世界との相互連関的な関係性(=縁起の世界)の中での唯一無二性である萃点性を取り戻す上での、最大の鍵である。それは、執着を捨てろ、というメッセージでもある。

そんなことを考えながらも、映画で感じた事をブログに言語化出来ないままでいたら、今朝になって、僕のメンターである深尾葉子先生から、こんなメッセージが届いた。

「井筒の「意識と本質」の132ページを開けたらいきなりまた本質に触れる言葉が!」

なになに、と思って、僕も当該書を開いてみたら、こんなことが書いてあった。

「分節的意識、『有心』、を人間の正常な心の働き方だとすれば、『無心』は一種のメタ意識である。『人人自ら巧妙あるあり。看るときに見えず、暗昏昏』と雲門の言葉にある、光明というのが、まさにそれ。事物を別々に分節して対象化し、『・・・の意識』的に見ようとしないとき、人々に自然にそなわる『光明』は存在をあるがままに照らし出す。だが、ひとたび分節意識が働けば、存在の真相は消えて影のみが残る。『看るときに見えず、暗昏昏』とはそのことだ。」(井筒俊彦『意識と本質』岩波文庫、p132)

『看るときに見えず、暗昏昏』。確かに、キキが魔法を使えていた時は、世界との無心な自己同一化を果たし、つまり何も考えずに飛べていた。でも、都会できらびやかな世界を知り、「他者と比較する心」に気づいてしまったキキは、「事物を別々に分節して対象化し、『・・・の意識』的に見よう」としてしまった。そのとたん、彼女は自分自身の魔法を見失い、飛べなくなってしまったのだ。まさに「暗昏昏」である。

キキは「無心」だったからこそ、「自然にそなわる『光明』」を「見る」ことができた。でも、「ひとたび分節意識が働けば、存在の真相は消えて影のみが残る」。それが、飛べなくなって路頭に迷うキキの姿だった。だからこそ、ウルスラは「そういう時はジタバタするしかないよ。描いて、描いて、描きまくる」と、有心から無心に戻ることを、キキに説いていたのだ。

そして、久しぶりに読んだこの本の数ページ前に、赤線引きまくっている部分にも、思わず目がとまる。

「『執心』、すなわち闇質的認識とは、特定の事物にたいする欲情的、妄執的な態度。テクストにもあるとおり、ある一つの対象を、まるでそれがすべてであるかのように追い求める、根拠のない愛着の心。勿論、この次元での心が逆の否定的方向に走れば、ある特定の対象への憎悪となって燃え上がる。欲にくらんだ心の目には、実在の真相など見えるはずもない。」(同上、p123)

ああ、「執心」か! ぼく自身、お恥ずかしい話なのだが、数ヶ月に一度くらい、この「執心」に支配される。実は昨晩も、「僕って何にもできてない!」と落ち込んでいたのだが、これはこの「ある一つの対象を、まるでそれがすべてであるかのように追い求める、根拠のない愛着の心」による「闇質的認識」の支配である。特に、SNSなどでキラキラと輝いた内容の告知をしていたり、メディアでその活躍が報じられている同業他者を見ると、その内容に憧れたり自己嫌悪したりして、気がつけば「特定の事物にたいする欲情的、妄執的な態度」になっている自分を発見する。それが「根拠のない愛着の心」であるとはわかっているのだが、一度そこにとりつかれると、まさに心が執着してしまう、という意味で「執心」となるのだ。

13才で修行にでる前は「無心」だったキキも、大都会で「有心」になることにより、気がつけば「執心」の領域に近づきかけていた。それは、己の萃点性を忘れ去り、魔力も消えかかり、空は飛べず、ジジとも話せなくなっていた「有心」だった。なぜ13才で魔法使いは修行にでるのか。それは、子どもから大人に変わる思春期において、この「有心」や「執心」の試練を乗り越えることが出来るか、が魔女には試されているからだという補助線を引くと、すっと色々な事が理解できる。試練が問われているのは、無論キキだけではない。ぼく自身も、未だに「有心」や「執心」で苦しめられている。年齢に関係なく、大人になる、成熟するとはどういうことか、が問われる時に、改めて「無心」「有心」「執心」が一人一人に問われているのだ。

DVDボックスの付録についていた、宮崎駿氏による企画書にも、このように書かれていた。

「空飛ぶ孤独。空をとぶ力は地上からの解放を意味しますが、自由はまた不安と孤独を意味します。空をとぶことで、自分自身であろうときめた少女が私たちの主人公なのです。いままで、TVアニメを中心にたくさんの“魔法少女”ものが作られてきましたが、魔女は少女たちの願望を実現するための手立てにすぎません。彼女たちは、何の苦もなくアイドルになってきましたが。『魔女の宅急便』での魔法は、そんなに便利な力ではありません。この映画での魔法は、そんな便利な力ではありません。この映画での魔法とは、等身大の少女たちのだれもが持っている、何らかの才能を意味する限定された力なのです。」(宮崎駿「魔女の宅急便」映画化に当たって)

一般的に魔法は、全知全能の力だと思われやすい。だが、宮崎駿は、「この映画での魔法とは、等身大の少女たちのだれもが持っている、何らかの才能を意味する限定された力なのです」と宣言する。キキの持っている魔法も、空を飛ぶ・ジジと話せる、という限定された力であり、かつ有心・執心になるとその能力を見失う、という意味では、「等身大の少女たちのだれもが持っている、何らかの才能を意味する限定された力」なのだ。その時の「限定」というのは、「ひとたび分節意識が働けば、存在の真相は消えて影のみが残る」という意味の「限定」であり、「あるがまま」という「無心」を失ったら「看るときに見えず」という意味での「限定された力」なのだ。

であれば、キキのケースから僕たちが学べることは何か。それは、自らの「限定された力」に自覚的になれるか、である。他者比較の牢獄に陥る=有心・執心することによって見失うことのない、己の萃点性や、「人々に自然にそなわる『光明』」を取り戻すために、「無心」になることである。『看るときに見えず、暗昏昏』の状態から脱することである。

冒頭の話に戻ろう。キキは、トンボを救いたいと願ってデッキブラシに飛び乗ったとき、きらびやかな服装とも、将来への不安とも、無縁だった。ただただ、自らの丹田に意識を集中させ、「存在をあるがままに照らし出す」「光明」とつながろうとした。そして、自らに内在する「光明」と繋がった瞬間、デッキブラシが変異し、空を再び飛ぶことができたのである。そのプロセスを経て、執心を離れ、無心を取り戻したのである。それが、感動的な物語として、僕の中でじわっと響くものがあった。そして、未だ執心を持っていない(未分化な)娘が、この物語の意味世界に興味を示さない一方で、執心でいっぱいの父がこんなにも心揺さぶられた理由でもある。

「等身大の人間のだれもが持っている、何らかの才能を意味する限定された力」に自覚的になり、それを大切にすること。これは、己の中の萃点性を自覚的に意識し、取り戻すことでもある。根拠のない愛着の心であり、「闇質的認識」である「執心」を意識し、そこから遠ざかることである。

僕の中には、どのような「何らかの才能を意味する限定された力」があるのだろう。それを、再び問い直そう。小雪がちらつく冬景色のなか、改めてそんなことを思い始めている。

共同決定と相互連関

社会学評論の最新号(71巻3号)に載っていた、天畠大輔さんによる「『発話困難な重度身体障がい者』の論文執筆過程の実態—思考主体の切り分け難さと能力の普遍性をめぐる考察—」という論文を興味深く読む。天畠さんは、意思伝達装置を用いない「あ、か、さ、た、な話法」で意思表明をされる重度障害者であり、研究者でもある。この論文も、立命館大学に提出した博士論文の成果に基づいている、という。彼は論文執筆担当!の介助者らとSkypeを通じた論文ミーティングをしたり、その内容についてLINEのグループチャットで、ご自身のアイデアを介助者に投げかけ、アイデアを膨らませていく、という。そのプロセスが論文として可視化されていて、非常に面白かった。

本文で触れられた、博論の一節の執筆に関する整理は、まず次のLINEのやりとりからはじまる。

「合理的配慮と介助論は相反する。つまり合理的配慮とは障がい者自身の真の能力の探求ではないか。介助論とはニーズ先行のこと」「介助論寄りの論文にしたいです。つまり水増しされた能力のところで使いたいのです。教育は死ぬまで、本人のものだけど、介助は関係性重視だよね」(p453−454)

これが、介助者の整理や、その後の介助者との論文ミーティングでの対話を経た上で、最終的には以下のような文章に落ち着く。

「これに対して筆者は、合理的配慮の条件標準化原理と筆者の求める介助スタイルは相反すると考えている。合理的配慮の考え方に即してみれば、筆者の介助スタイルは『本質的な能力』を不当に『水増し』していると受け取られかねず、それでは筆者のような『本質的な能力』に介助者が介入する障がい者は、正当に能力が評価されず、大学院に行くこともできない。その結果、能力社会から取りこぼされてしまう。」(p458)

天畠さんのような、他者の介助がないと言語表現しにくい人にはつねに、「『本質的な能力』を不当に『水増し』していると受け取られかねず」という問題がついてまわる。それは、自閉症の作家、東田直樹さんが、パソコンを用いてコミュニケーションを取る以前は、親がその意向を読み取ることをしていたが、このような介助者による読み取りや表現支援に関しては、常に「本質的な能力の水増し」の疑念が持たれていた(例えばこの論文に詳しい)。

僕がこの意思決定や意思表明に関して、この論文を読んで深く納得したのは、上記のプロセスを提示した後の考察で、次のように書かれていたからである。

「筆者の論文執筆においては、『それ、書いておいて』の文脈で、論文の構成・表現・論理展開などは、本人の意を汲みながら介助者が全体を整えたうえで、『これでいいですか』と確認する方法をとっている。つまり論文の主旨や発想は筆者発信であるものの、その体裁を整えたり、説得力を加えたり、議論を深めたりするために、ミーティングというかたちをとって介助者に自由に発言させている。そのなかで、筆者が自分の言いたいことに近いものを採用するという過程を経て、文章が形作られていく。それゆえ結果としてできあがった文章について、それが筆者自身の文章なのか、それとも介助者の文章なのか、その思考主体の切り分けが不明瞭になってしまう。」(p459)

実に率直で誠実な、ご自身のスタンスの表明である。そして、それを読みながら。このプロセスって本当に「『発話困難な重度身体障がい者』の論文執筆過程」だけなのだろうか、と疑問に思った。発話が出来、一応自分一人で論文を書いたことになっているぼく自身だって、似たり寄ったりの部分があるのではないか、と。これは、オリジナリティと共同決定における主体性の問題でもあるように、思える。

まず、オリジナリティについて。「『本質的な能力』を不当に『水増し』している」という批判は、「本質的な能力」とは、他者からの介助や支援を受けずに、自分一人でやるのが「真の能力」であり、他者にサポートされて出来たことにするのは、「不当な水増しだ」という価値基準がある。でも、僕が文章を書くときだって、このような「水増し」をしばしばしている。

例えば前回書いたブログ「己の萃点性」について。これは、僕のメンターであり対話相手を務めてくださっている深尾葉子先生から中沢新一の本を紹介され、それを読んだ上で彼女とメッセージのやりとりをしたり、対話をする中で「萃点」は一人一人にあるのではないか、という着想が浮かび、それを対話を繰り返しながらブラッシュアップして、生み出されたものである。その意味では、天畠氏の文章を借用して述べるならば、「それが僕自身の文章なのか、それとも深尾先生の文章なのか、その思考主体の切り分けが不明瞭になってしまう」部分があるのが、この文章の本質である。

それは、オリジナリティとは何か、という問題でもある。僕は、深尾先生からの示唆や彼女との対話の中から、自分が納得できる文章として上記のブログを書き出した。でも、深尾先生や中沢新一、井筒俊彦の論に大きく影響を受けている。僕の場合は自分一人でPCに打ち込み、ブログにアップできたけど、書くプロセスの中では、先達からの沢山のバトンを受けて、文章との・リアルな相手との対話を繰り返す中で、今回のブログに行き着いた。そういう意味では、僕も「水増し」をされている、という批判も受けるかもしれない。でも、その着想や、言語化しようという意思やプロセスのハンドリングを僕や天畠さんがしていた、という意味では、僕の・天畠さんのオリジナルな文章である、といえるのだと思う。

そして、この部分では共同決定における主体性の問題が大きく関係する。

天畠さんは「論文執筆においては、『それ、書いておいて』の文脈で、論文の構成・表現・論理展開などは、本人の意を汲みながら介助者が全体を整えたうえで、『これでいいですか』と確認する方法をとっている」という。これって、チームで仕事をする際の基本である。方向性を決めて、最終責任を取る上司・責任者と、部分的に仕事を任されて、現場の裁量である程度仕事を終えた上で、上司の判断を仰ぎ、適宜修正していく部下・チームメンバーの関係性そのものである。そして、天畠さんだけでなく、理系において研究室単位で、あるいはプロジェクトチームで研究して論文を書くときだって同じようなやり方をしているし、作家だって必要に応じてリサーチャーとかライターを抱えて、部分的に彼等彼女らに託しながら、最終的なディレクションと価値判断を行い、作家単独の名前で出している人もいる。

つまり、オリジナリティとは、最初から最後まで全部自分でしなくても、方向性を示し、進捗管理を切り盛りし、価値判断をした上で、全体の整合性を整え、そのことに責任を持つことが出来れば、それがオリジナリティといえるのではないか、ということである。そのときに、実際には他者と共同で決定して実践していくプロセスなのだが、あくまでも主催者が自らの主体性を失わず、その主催者の価値判断が尊重される形で決定がなされていったら、それは水増しでもなんでもなく、オリジナルな決定であり、オリジナルな成果といえるのではないか、ということである。

さらに言えば、これは前回のブログで書いた、萃点性や相互連関性とも重なっていく。

論文は一人で書くものであり、他者にアシストされて書いたらオリジナリティが水増しされる、という発想自体が、能力主義的個人観であり、近代合理主義が前提として描く、線形的な因果関係像に起因している。でも、人間とは関係的な存在であり、お互いがお互いに影響を与える、相互連関のネットワークの中で生きている。そして、それを華厳経では縁起だとのべ、南方熊楠はその縁起ネットワークの結節点を萃点と述べた。僕は井筒俊彦の縁起論や、中沢新一の語る南方熊楠論を読みながら、あるいは深尾先生との対話の中から、そのような縁起ネットワークの結節点としての萃点性は、一人一人の中にあるのではないか、と前回のブログで提起した。

この仮説を応用するなら、天畠さんは、まさに己の萃点性に極めて自覚的である、といえるのではないか、と仮説も立てられる。

彼は、自分で書くこともしゃべることも出来ない。意思表明もつねに介助者が介在しないと、充分になしえない。つまり、介助者や他者との相互連関性を四六時中意識しないと、生きていけないのである。そのような、相互連関ネットワークの中にいて、それでも自分が書きたいなにかを論文で表現したいという強い主体性を持って、論文執筆のサポートをしてくれる介助者を獲得して、チーム形成をする。その介助者達がフランスや札幌に住んでいたら、Skypeをつないで(別の介助者につないでもらって)、論文執筆チームでのミーティングをしていく。そのなかで、「ミーティングというかたちをとって介助者に自由に発言させている。そのなかで、筆者が自分の言いたいことに近いものを採用するという過程を経て、文章が形作られていく。」

これは、ミーティングにおける論文執筆チームメンバーと相互連関を強くしながらも、最終的に「自分の言いたいことに近いものを採用する」形で、己の萃点性を意識し、それを言語化しようとしているプロセスのようにも、思える。(そもそも、論文執筆をサポートできる介助者と接点を持っていること自体が、天畠さんの魅力であり、「能力」であるともいえるかもしれない)

この時に大切なのは、「それが筆者自身の文章なのか、それとも介助者の文章なのか、その思考主体の切り分けが不明瞭になってしまう」こと自体は、問題はない、ということである。あくまでも、天畠さんなり竹端なり、書き手の表現したいという意思や価値基準が存在して、様々な相互連関ネットワークの中で、色々な意見の相違を踏まえながら、最終的に「自分の言いたいことに近いもの」になるようにディレクションしていくことが出来る、その能力こそ、オリジナリティの根幹にある。その上で、実際に文章を打ち込む能力とか、文章を論理的に構成する能力だって、PCや音声入力と同じように、補助具や介助者の力を借りても、己の萃点性は毀損されない。現に、この論文をよんで、なるほど、とうなった僕には、天畠さんのディレクション能力に感動しているのである。

これを書きながら、久しぶりに障害者の自立生活運動の有名なテーゼを思い出した。

「障害者が他の人間の手助けをより多く必要とする事実があっても、その障害者がより依存的であることには必ずしもならない。人の助けを借りて15分かかって衣服を着、仕事にも出かけられる人間は、自分で衣服を着るのに2時間かかるため家にいるほかはない人間よりも自立している」

僕だって、このブログを書くのは、鉛筆で書くよりPCで書いた方が遙かに短時間で出来る。天畠さんの場合なら、全ての文章を「あ、か、さ、た、な」話法で介助者に読み取ってもらうようりも、論文執筆チームの介助者達に「『それ、書いておいて』の文脈で、論文の構成・表現・論理展開などは、本人の意を汲みながら介助者が全体を整えたうえで、『これでいいですか』と確認する方法」のほうが遙かに早く表現可能だし、その上で、このようなオリジナリティ溢れる論文を僕たちに届けてくれる。

実はこれは、自立を孤立と捉えるのではなく、介助者との相互連関性の中での可動領域の拡がり、およびご自身の自己表現の開放・解放と捉えた方がわかりやすいのかもしれない。

この際、オリジナリティが水増しされた、本当の能力でない、という批判は、相互連関性の中での萃点性を過小評価している、といえる。

「一人の人間は他者から独立して(=孤立して)生きているのでものあり、誰かに表現を依存している人には、オリジナリティはない。」

上記の表明は、不遜で上から面線の物言いであり、そう批判する人自身の生に現に存在する相互連関性を、そのものとして尊重できていない、ということを意味するのではないか。つまり、自分以外の他者のありよう(=他者の他者性)を評価できていない、ということは、相互連関の中での己の唯一無二性や萃点性を信用していない、ということであり、ひいては自分自身を信じられていない、という帰結にも、つながるのではないか。

認知症の人や障害者の支援において、共同意思決定の重要性が近年ずっといわれつづけている。そのとき、親や家族、支援者が勝手に代理決定するのではなく、その人の意思を支援者が共に読み取る中で、その人の萃点性を意識しながら、ご本人と周囲が相互連関する中で、意思を共同で決定していく。その際に、本人の主体性や実存が必ず中心にあり、本人がディレクションできる部分をちゃんとわきまえ、その範囲を損なわないように、決定プロセスを作り上げていく。そんな重要性も、この論文から気づかされた。

己の萃点性

2021年最初のブログである。今年もよろしくお願いいたします。

年始は、年末以来ずっと自分の中で考えてきた「萃点(すいてん)」に関する覚え書きから。きっかけは、僕のメンターをしてくださっている阪大の深尾葉子先生から教わって読んだ、中沢新一による南方熊楠論からだった。

「世界の真実のありようは『ロゴス的思量を越えている』。すなわち『不可思議』を本質とします。南方熊楠は那智の山中において、この『不可思議』の領域の内部構造と運動学を、レンマ的知性によって捉えることが可能ではないかと考えついた。ロゴスの近代的形態である科学は、世界の事物に因果関係ありとして、因と果の間に存在する射(モルフィズム)を数式であらわすことを科学の本質と考えていました。
しかし、熊楠の考えでは、そのような因果関係こそロゴスの仮構であり、世界の事物に因果関係などはなく、あるのは仏教の教える『縁起』なのです。因果ではなく縁起こそが、レンマの知性の得意とする領域であり、熊楠はこのことをもとにロゴスならざるレンマによるオルタナティブな学問を創造できる、と確信したのでした。」(中沢新一『熊楠の星の時間』講談社、p32−33)

この中沢新一の講演録は、彼の著作の中でも極めてわかりやすく読みやすいのだが、内容は実に深い。線形的な因果論で世界の有り様を充分に説明できないのは、複雑性科学を紐解くまでもなく、日常的な人々の関わりの悪循環において、しばしば感じることである。(それは以前ブログでも何度か書いたこともある。)

ダイアローグ実践を色々手がける中で感じるのは、何らかの悪循環を「因と果の間に存在する射(モルフィズム)を数式であらわすこと」で理解したり解決することは出来ない、という当たり前のことである。では、「世界の事物に因果関係などはなく、あるのは仏教の教える『縁起』なのです」というときの、縁起とは何か。中沢はこう解説する。

「『華厳経』に代表される古代型の学問としての仏教経典では、世界は縁起の作用によって相互連絡をおこなう巨大(無限)な全体性としてとらえられています。その全体性の中ではどんな細部の変化も縁起の作用によって即座に全体に連絡され、変化は全体に波及していきます。しかしその変化によって、『法界』の全体性にはなんの変化も移動もおこらないのです。そういう全体(無限)がさらに無限にある。」(p35)

「世界は縁起の作用によって相互連絡をおこなう巨大(無限)な全体性としてとらえられています」というのは、悪循環の構造を眺めていると、よく理解できる。誰かが悪い、と因果を同定することは出来ず、その悪循環構造に関わる関係者の「縁起」のなかで、循環が「悪く」固定されているのである。ということは、コミュニケーションパタンを変えることによって、「その全体性の中ではどんな細部の変化も縁起の作用によって即座に全体に連絡され、変化は全体に波及してい」くことになる。これもダイアローグ実践をしていると、実感することである。

そして、同じく深尾先生から教わって井筒俊彦の『コスモスとアンチ・コスモス』(岩波文庫)を読んでいたら、縁起に関する興味深い図が見つかった。(これは次のサイトで見ることが可能)。この図の解説に、以下のようなことが書いてある。

「Aという一つのものは、他の一切のものとの複雑な相互関連においてのみ、Aというものであり得る。ということは、Aの内的構造そのもののなかに、他の一切のものが、隠れた形で、残りなく含まれているということであり、またそれと同時に、反面、まさにその同じ全体的相互関連性の故に、AはAであって、BでもCでも、X、Yでもない、という差異性が成立するのです。
ただ一つのものの存在にも、全宇宙が参与する。存在世界は、このようにして、一瞬一瞬に新しく現成していく。」(p59)

Aというものは、他と独立して(=何の関係もなく)存在している訳でもなければ、Bと単純な因果関係にあるわけでもない。「Aの内的構造そのもののなかに、他の一切のものが、隠れた形で、残りなく含まれている」。これがまさしく縁起の作用そのもの、である。そして、そのような「全体的相互関連性の故に、AはAであって、BでもCでも、X、Yでもない、という差異性が成立する」。全体性・不可分性と差異性が縁起によって同時並行的に存在する。この井筒の説明するAとは南方熊楠の言う「萃点(すいてん)」と重なる。

南方は自らの描いたダイアグラムの最も交錯するポイント(イ)について、次のように述べている。

「図中(イ)のごときは、諸事理の萃点ゆえ、それをとると、いろいろの理を見いだすに易くしてはやい。」(南方熊楠『南方マンダラ』河出文庫、p297)

萃点とは合理非合理も合わせた縁起的な諸事理の交錯点である。この萃点を、先の井筒の縁起ネットワークの説明と重ね合わせると、何が言えるか。それはA,B,C・・・X,Y,・・・とつながる万物が、それぞれの萃点性をもって、他の別々のものと繋がっている、というイメージである。

すると、ここから僕の妄想(暴走)がはじまる。

つまり、僕も含めた、全ての生きとし生けるものには萃点性がある、というのが、南方=井筒縁起論からいえるのではないか、と。そのときに、僕は、自分自身の中にある萃点性にどこまで自覚的だっただろうか、と。

確かに、僕は様々な人や書籍に影響されて、タケバタヒロシとして構成されている。その意味では、かなり他者依存的である。とはいえ、僕も他者に影響を与える、相互関連性のネットワークの中にいる。であれば、僕がいくら金銭的な資産を持っているか、どれだけの情報処理能力があるか、どれだけ知識があるか、という、何らかの所有の多寡に関係なく、生まれながらにして、僕には僕固有の萃点性があるのではないか。

実はそのことは、もうじき4才になる娘を見ていて、強く感じる。彼女は、資産も知識も別にもっていない。でも、そんなこととは全く関係なく、ただ存在しているだけで、周りの人が笑顔になったり、引き寄せられるような萃点性をもっている。それは、彼女だけではなく、すべての赤ちゃんや幼児に共通する魅力である。

でも、徐々に「社会化」されていくと、その萃点性が失われていく。集団に従うことが基本となると、溌剌さが失われ、唯一無二の特徴はいつのまにか目立つが故にイジメの対象になり、出る杭にならぬように、足を引っ張れないように、世間を気にして、空気を読んで、同調圧力に従う。そんな中で、みごとに「大人」になることで、己の萃点性が去勢されていく。ぼく自身は、この40年間、そうやって己の萃点性を自己去勢したり、見ないふりをしてきた。必死に因果モデルの中に自らを押し込め、それなりに賢いフリをして、縁起論のような「非科学的」な発言は慎むようにしてきた。そしてそれは、普段接する大学生をみていても、同じような萃点性の弱さを感じる。

でも、自らの縁起性や萃点性を無視するより、それを大切な価値として慈しんだ方が、生きていてオモロイのではないか。いきいきするのではないか。昨年末から、そんなことを思い始めている。実際、オモロイ人生を生きている人は、肩書きや人種、年齢関係なく、己の萃点性を活かして、大切に育んでいる人のような気もする。

ここから、妄想に少しドライブをかけてみよう。

オープンダイアローグで言われている、他者の他者性を尊重する(respecting otherness)、ということは、己の唯一無二性の自覚でもある(これについては以前のブログでも触れた)。これを今までの議論に重ねるなら、縁起ネットワークの中に存在する他者の、自分にはうかがい知れない他者性をそのものとして尊重することは、そのネットワークの中に存在して、関係しているけど、他者とは明らかに違う己自身の独自性、唯一無二性を尊重することでもある。これは、己の萃点性の自覚であり、縁起ネットワークの中での己の関係性の自覚でもある。

自分自身の唯一無二性を大切にする、というと、わがままになることだ、と誤解する人がいるが、上記の説明を元にすると根本的に異なるとわかる。全宇宙と繋がっていながら、それと同時に唯一無二でもあるのが、華厳経のいう、南方=井筒の指摘する萃点ネットワークなのである。その中で、己の萃点性を自覚するとは、わがままになることとは逆の、自分のオリジナリティと、世界との相互連関性の、同時的な理解と覚悟なのである。

逆にヒトラーに代表される独裁者は、他者の他者性を尊重出来ないということにおいて、己の唯一無二性=萃点性にも無自覚で、それに抑圧的だったから、他者支配=他者依存的ではあったのでは、という仮説も浮かぶ。それは、そういう独裁者に自発的に隷従する人々と、己の萃点性を自覚していない、という意味では重なってしまう。

空気を読む、とか、同調圧力、とかは、世界との相互連関の中に個人を埋め込む作用はあった。だが、それと同時に、自分自身のオリジナリティや萃点性に蓋をし、去勢する圧力でもあった。これでは、本当の意味での他者の他者性を尊重出来ない。なぜなら、自分自身の唯一無二性を、そのものとして尊重する前提がないからである。

ということは、自分自身が持っている傾向とか特性とか、あるいは直観とか好みとか、そういう唯一無二性をそのものとして大切に慈しむことは、他者のそれを他者の他者性として尊重することにもつながる。そして、そういう形で自分と他者の関係性を変えていくことができれば、自分と世界をめぐる縁起ネットワークは少しずつ、だが確実に変わっていく。おもろい人生を生きたければ、この縁起ネットワークにおける己の萃点性と、世界との相互連関性を強く意識することが、「急がば回れ」ではないが、一番の近道なのだ。

僕自身は、社会化することは、競争社会の中で勝ち残ることだ、と長い間誤解してきた。これは、団塊ジュニア世代で、高度経済成長期を生き残った親=団塊世代からの洗脳もあっただろうし、受験戦争が厳しかったことにも起因している。だが、こういう「必死に勉強して、良い大学に入って、有名企業に入社して、終身雇用で勤めてあげて一生安泰」というモデルは既に過去物語になりつつある。しかも、こういうライフコースに残れたとしても、歯を食いしばって我慢してその中から蹴落とされないように食らいつくだけでは、ストレスで心身がやられやすい。萃点性が失われると、他者比較の牢獄に埋没する。

それは、嫌だ。

子育てをしながら、めっちゃ大変だけどめっちゃわかいい娘との豊かな生活を過ごす中で、娘の他者性や唯一無二性、そして萃点性を理解し始めている。それと共に、娘と相互連関する妻や僕自身にも、唯一無二性や萃点性があることにも、やっと気がつき始めた。そのような相互連関ネットワークの縁起の世界の中で、いま・ここ、の僕たち家族という小宇宙が構成され、繋がる社会が構成されているのである。こういう入れ子構造(法界)をおぼろげながら理解すると共に、僕自身がこれまで抑圧してきた、無視・軽視してきた自らの萃点性を取り戻す重要性を、ひしひしと感じている。

ただ、誤解の無いように付け加えておくと、だからといって因果論的科学や論理性を捨てるのではない。因果論的科学の背景にある「不可思議」な「縁起」に思いをはせ、因果連関で説明できることと、そうではないことの、双方をそのものとして尊重する、ということである。線形性モデルで近似値として捉えられる世界の数理的記述を頼りにしながらも、その論理構造だけでは捉えられない世界の「不可思議」なダイナミズムも、そのものとして感じるのである。「語り得る」ものは論理で語るがゆえに、それと同時に「語り得ぬもの」の縁起世界に想いもはせるのである。(そう言えば安冨先生の『合理的な神秘主義』は、この世界観を言語化されようとしていたとも思い出す。)

これは、まさにコロナ危機の渦中から、その後の世界を眺めた時にも、少なくとも僕にとっては絶対に必要不可欠な世界である。多くの一人一人が、自らの萃点性と縁起ネットワークを意識することで、世界と私のありようは、大きく変わってくると思うのだ。そして、おそらくそれを描いたのが、宮崎駿のアニメ世界なのだと思う。主人子の少女達に共通する、己の唯一無二性と萃点性の自覚、他者の他者性への尊重、および世界との相互連関性への嗅覚の鋭さが、混沌とした世界を生き抜き、連関した世界を変え、結果的に世界を変える原動力となるのだ。(宮崎アニメについては、以前ブログでも触れたことがある)

というわけで、今年は娘と宮崎アニメを色々みるところから、娘と僕と世界の、お互いの萃点性の研究を始めてみようか、と思っている。

2020年の三題噺

毎年恒例の、この1年を振り返るブログ。毎年書き続けているので、経年変化が見て取れる。で、興味深いのは、昨年の振り返りで記した項目。2019年12月31日のブログでは、①子どもとの世界が拡がる、②僕の声を取り戻す・統合する旅が始まる、③ダイアローグの中で、鎧がほどける、と書いていた。例年にないことだが、コロナ危機で対外的活動にブレーキがかかった今年、結果的にこの3つの内容を質的に深め、広げる時間が続いていた。なので、昨年の変奏曲的に書いてみたいと思う。

1,子どもから沢山のことを学び続ける

この4月から、娘はこども園に通い始めた。どろんこ遊びをしっかりさせてくれて、月に一度は保護者向けの勉強会を開いてくれる、少し変わった園である。2019年から上記の勉強会に出てみて、すごく面白そうだったので、子ども以上に!?親も期待していた。なのに、なのに・・・ご承知のように、2019年の年末から進行し始めたコロナウィルスが日本にも広がり、2月末の首相による突然の学校休校要請以後、僕たち家族も大きく翻弄される。(このことは本当に腹が立ったし、そのときの感情はブログに書き留めた)

4月の入園後、週に2日の園庭解放措置の後、5月後半まで閉園措置となった。そのとき、あまりに混乱して、こども園の代表にメールで「子どもも親もストレスが溜まっているこの時期に、どうやって過ごしたらよいでしょうか?」と、すがる気持ちでおたずねしてみた。すると、理事長直々にリプライが帰ってきた。そこには、次のような返事が書かれていた。

「「観察」を心がけてください。「観察」は一呼吸の間を与えてくれます。そこに模索の余裕が生まれます。」

たしかに、子どもはその当時、絶賛大自己主張期(いやいや期、という表現は我が家では使わない)でもあったので、なかなか親の言うことも聞いてくれず、日中園に行かない子どものケアも、オンライン講義を急に怒濤のように組み立てる作業も重なって、親は一杯一杯になっていた。率直に申し上げて「観察」する余裕がなかった。

だから、具体的なノウハウを教えてほしかったのに、一呼吸置いて観察せよ、というリプライは、確かに正論だが、面食らってしまう。でも、この言葉しかすがるものがないので、このメッセージを食卓の見えるところに印刷して張り、何度も何度も読み直した。そして、夫婦でも観察内容について、子どもが寝た後に話し合った。そして、園の再開後、子どもが少しずつ園に慣れる中で、親も園の先生方に色々相談しながら、観察するコツを学び続けた。

その成果はどうか。親が混乱し困惑することが、かなり減ってきた。もちろんそれは、娘が園に通い、お友達や先生方との相互作用や社会化のなかで、急激に成長した、というのが一番である。また、語彙も増え、認識する意味世界も急激に深まり、去年は理解できなかったクリスマスのプレゼント概念も今年はしっかり理解していたり、と、親との意思疎通が出来る幅が大きく拡がった。だが、それに加えて、「観察」のプロセスを日常的にすることにより、親の躾のあり方やその問題性、親と娘の相互作用の問題点など、主に僕自身の子どもへの関わり方も、落ち着いて観察できるようになった。それが、子育てを通じて自分自身のあり方を学び直すことにもつながった。そして、それは現代書館のnoteでの連載「ケアと男性」にも繋がっていく。

2,直観を信じる

2019年は論理性や語彙力の豊かさが制約された(うまく使えない)英語でのディスカッションを通じて、自分自身の直観や本音を伝える術を、少しずつ獲得していった。そして、2020年は、それを日本語においても、取り組みつつある一年だった。

英語で話すときにもどかしく感じるのは、日本語ならその語彙を使い、この論理を展開できるのに、英語であればそれが出来ない、悔しい、というもどかしさである。だから、英語力を上げたいと、2年前からZoomでの議論を、僕のメンターもしてくださっている大阪大学の深尾葉子先生の友人のアメリカ人と三人で続けてきた。だが、深尾先生と英語クラスの後のアフタートークをしていて気づき始めたのだが、実はその語彙力や論理展開によって、直観が曇らされ、もっともらしい言語と論理で過剰にデコレーションしている可能性はないか、という問いに気づくことができた。そして、それはめちゃくちゃ思い当たることがある、ということも気づき始めた。

語彙力や論理に過度に依存することによって、直観が曇らされていないか? ロジカルな世界に、過剰適応している可能性はないか?

今まで、勉強不足だという劣等感があり、もっと本や論文を読まなきゃ、もっと論理を磨かなきゃ、と20年くらい思い続けてきた。その甲斐あって!?ある程度の語彙力や論理を身につけられたのだと思う。でも、そうやって言葉の魔法でガチガチに身を固めることによって、言葉以前のぼく自身に宿っていた直観や感覚的なものを、どんどん言葉や論理の壁で塗り固めてしまった。しかも、それを塗り固めている、とも気づけず、まだまだ論理力が足りない、読書量が足りない、と、直観の封印をより強固なモノにしていた。

昨年英語で議論しながら、どうして日本語のように語彙力や論理を強固に出来ないのか、ペラペラとしゃべれないのか、と悔しく思っていた。でも、それはペラペラとしゃべって直観を封じているなら意味がない、と気づかされたことから、問題は英語だけでなく、日本語でも同じことではないか、と反転して気づかされた。よって最近、論理より直観を重視してしゃべったり、文章を書いたり、し始めている。

慣れた世界を出ることは、不安である。でも、語彙力や論理を捨て去る訳ではない。過剰に依存せずに、蓋をした直観の封印を解き、その直観を大切にしながら、話してみたり、文章を書いてみる。そして、話す・書く、という際には、その直観を適切に表現出来るような語彙や論理を載せていく。そんな練習をし始めている。すると、少しずつ文体が変わり始めている、というか、書くスタンスが変わり始めている。それは、上記の連載でも感じているのだけれど、そういう新しいモードへの転換が、始まっているのかもしれない。

3,身体ともダイアローグを

8月末の暑い日に、子どもをベランダのプールに入れていたら、フラフラとした。これは熱中症かな、と思って、養生したけど、その後数日頭痛が続く。僕は基本的に頭痛とは無縁の生活なので、何かおかしい。妻に、念のためにCTとか撮ってもらった方が良いのでは、と言われて、近所の神経内科でCTと動脈エコーを撮ってもらう。すると、検査結果を見た医師から「動脈硬化の初期症状です」と言われる。えーっっ!と思うが、よく考えたら父親も動脈硬化で、後で電話で確認すると、10年前に倒れた時に動脈の8割くらい詰まっていることがわかって手術した、と聞いて、ああ、遺伝的要素があったのね、と納得。その後精密検査をしたら17%ほどの詰まり、なので、初期に見つかって良かった。

で、高血圧でも糖尿病でも高コレステロールでもない、たばこも吸わない僕に思い当たる節は、お酒しかない。確かにコロナ危機以後、毎日家のみで、ある時期は毎晩のようにワインや日本酒の瓶が一本空いていた。明らかに飲み過ぎだなぁ、と思っていたけど、ブレーキはかけられなかった。そんな最中に、強制的なブレーキをかけられる。結果的には、聞けていなかった身体の声を、頭痛のおかげで聞くことが出来たので、文字通り命拾いした。主治医の漢方医と相談して、二日に一度、グラス二杯くらいまでなら良い、ということになり、酒量がそれまでの半分以下に減る。瓶を捨てる量がかなり減って、それは実感する。その際、僕の酒量が減った(ハームリダクションできた)理由は、ドイツ産のノンアルコールビールと出会えたから。麦芽とホップのみで作られたゆえ、ビールと遜色ない。そして、それを飲んだら、一日の区切りと感じられる。儀式にはもってこいで、アルコールフリー。しかも缶ビールの半額以下。というわけで、瓶の代わりに缶を捨てる量は増えたけど、身体の負荷はずいぶん減ったと思う。

あと、子どもが生まれてから、しょっちゅう風邪を引いていたのだけれど、それって仕事のピークと重なった時だった。そして、間違いなく睡眠不足の時、だった。若くないし、子どもは6時半くらいにはしっかり起きるので、夜更かしせず、11時とか、10時半に寝るようにしたら、風邪を引かずに何とかきている。実は12月はそうはいっても多忙で、29日の仕事終わりに足がキンキンに冷えていて、風邪を引きそうだったのだけれど、夜ご飯を抜いて、夜7時半くらいに布団に入って、じっくり寝たら、何とか風邪を防ぐことが出来た。その日の朝からちょっと寒気がしたのに、いつものようにヨーグルトを食べていたり、とか、身体の声を聴いていない時ほど、風邪を引く。寝不足だなぁ、という実感もあったから、やっぱり調子を崩しかける。なので、45才にもなって今更、だが、ちゃんと身体の声を聴いて、無理をせず、スケジュールの余白を多めにとるに限る。幸か不幸か、コロナ危機故、それが可能になったのだと思う。

論理と語彙力を強化すると、直観だけでなく、身体の声を聴くことも、おろそかになる。オープンダイアローグを学ぶ中で、他者の微弱な声を、そのものとして聴く大切さを学んできたが、それ以前に、己の微弱な身体・直観の声を聞き逃したということに、やっと気づけたこの年末。自分自身のなかの矛盾する多様な声を、そのものとして聞けるかどうか。論理や語彙力で、そういう微弱な声に蓋をせずに、多様な声を、多様なまま、ポリフォニックに聞き続けることができるか。それが、僕にとって、死活的に大切なことだと、やっと今頃気づき始める。

−−−−−

コロナ危機で、かなりピリピリした日々が続き、それはまだ終わっていない。社会や政治など、先行きの不透明感も増している。そんな中で、色々気が滅入ることもあるのだが、ぼく自身にとっての2020年は、ぐっと内面を掘り下げる一年だった。表面上の変化は少ないし、業績や目に見える成果は少ない。でも、確実に内なる手応えはあった一年だった。来年は、もっと楽しく笑顔で笑えたらいいし、出来ればマスクなく笑えたらさらにいいな、と願っている。

みなさま、よいお年をお迎えください。

ケアがつなぐ教育と福祉

子どもの貧困について、以前から気になっていた。映画「みんなの学校」の原型となったドキュメンタリーを見て以来、木村泰子先生の本も読んできたし、子ども夜回りを取り上げたDVDを授業で学生たちと議論したこともあった。だが、教育学の視点から、子どもの貧困や学校でのケアについて議論している本を読んだのは、今回初めてであった。

「同質性の前提にもとづく一斉体制・一斉主義の学校・学級規範は、異なる処遇への不寛容と、階層格差や生活困難をないものとして不可視化する教師の姿勢を生み出す。これらによって、貧困状態にある子どもへの支援が実行されないばかりか、子どもの生活の現実を捉えようとする教師の視線が鈍らされていた。その結果、貧困状態にある子どもは、皆と同じように振る舞えずに、共同体にうまく参加できない異質性を有する存在として顕在化していた。差異を目立たせないようにと構想された教育は、皮肉にも困難を抱える子どもの存在を差異ある劣位者として逆に目立たせてしまったのである。そこで可視化された際は、一人ひとりの尊重されるべき違いではなかった。できる者—できない者、承認される者—承認されない者という能力差として収斂される違いであり、尊重されるべきものとはみなされないものであった。望ましくない差異を有する劣位者として烙印を押された子どもは、学校の中で疎外感を感じ、周縁化されてしまうといえる。」(柏木智子『子どもの貧困と「ケアする学校」づくり』明石書店、p41-42)

本来、日本の学校は「みんな同じく」処遇をすることによって、貧富や社会階層の差により、受ける教育が違う、という結果をもたらさないことを目標としていた。それは「面の平等」とされ、一斉体制や一斉主義のもとで、どのような子どもでも同じ教育が受けられる、という平等保障を目指していた。ただ、「みんな同じく」という姿勢で臨むと、宿題はしてくるもの、忘れ物はしないもの、親は家で子どもの世話や勉強をみるもの、という前提までが一斉体制の前提となってしまう。そして、その前提のもとで授業を展開していこうとすると、「貧困状態にある子どもは、皆と同じように振る舞えずに、共同体にうまく参加できない異質性を有する存在として顕在化」してしまう。持ち物を忘れない、宿題をさせる、など、学校の先生からすれば「当然」に思えるような、家庭での配慮やケアも、その余裕がある家庭だからこそ可能な訳で、シングル家庭や仕事が大変な両立家庭などでは、その前提が共有されない。だが、「階層格差や生活困難をないものとして不可視化する教師の姿勢」の下では、結果的に忘れ物をする、宿題をしてこないというのは「差異ある劣位者として逆に目立たせてしまった」。しかも、皆が同じ前提を共有している「はずだ」という幻想の下で教育しているのだから、その「はずだ」が共有できているかどうかは、「できる者—できない者、承認される者—承認されない者とという能力差として収斂される違いであり、尊重されるべきものとはみなされないものであった。」これが、貧困家庭の子ども達が「学校の中で疎外感を感じ、周縁化されてしまう」理由であると、柏木さんは整理する。その上で、この教育観の最大の問題点を、次のように指摘する。

「多様な教育のあり方を考えると、「みんな同じく」を原則とする教育が必ずしも問題なわけではないことが改めて示唆される。同質性の前提にもとづき、誰に対しても同じ内容と程度で「みんな同じく」教師が処遇するところに問題が発生したのであって、差異を前提に、それぞれの特性を尊重して「みんな同じく」子どもが選択できるよう教師が処遇するところに問題はない。何を前提にどう「みんな同じく」として考えるのか、その点に関する議論が必要であろう。」(p73)

「みんな同じく」は、何を前提にして、どこを目指したものであるか、を柏木さんは問うている。教師は生徒には差異がない、同じ土俵で学んでいるという「みんな同じく」の前提に立って授業をしようとし、異なる処遇は不平等だ、と考えると、先に述べたように、貧困家庭の子ども達は、結果的に落ちこぼれてしまう。その一方、各家庭でのケア能力に差異があることを前提にした上で、子ども達一人ひとりの特性も理解した上で、持ち物を忘れてきても、宿題ができる環境になくても、「みんな同じく」子どもが選択できるよう教師が処遇することができれば、実質的な平等は担保できる。そして、「同質性の前提にもとづく一斉体制・一斉主義の学校・学級規範」では、教師の想定する家庭環境が満たされていない子ども達が結果的に排除されたり、落ちこぼれてしまうだけではないか、と柏木さんは指摘する。

この議論を呼んでいて、例の平等(Equality)と公正(Equity)を巡る差異の図を思い出していた。このブログにおいて、平等と公正の違いは、以下のように説明されている。

「平等は公正さを推進させるために全員に対して同じものを与える。しかしそれが正常に機能するのは全員のスタート地点が同じ場合に限られる。この場合では全員の身長が同じ時だ」
「公正さは人々を同じ機会へのアクセシビリティを確保すること。個人それぞれの差異や来歴は、何らかの機会への参加に対し障壁となることがある。なので最初にまず公正さが担保されて初めて平等を得ることができる」

「みんな同じく」という時に、「全員のスタート地点が同じ」だと考えるのが、一斉体制・一斉主義の原則である。それをもって「面の平等」である、という。だが、そもそも宿題をしてくるとか、持ち物を忘れずに持たせる、という「スタート地点」が家庭環境のしんどさ故に共有できない子どもがいる。そうすると、「全員のスタート地点が同じ場合」=「全員の身長が同じ」という幻想は、あり得ないことがわかる。そうであれば、スタート地点=何らかの機会への参加を同じにするためには、それ以前の段階で、個人それぞれの差異や来歴に基づいた、「同じ機会へのアクセシビリティを確保すること」が求められる。それが公正さであり、柏木さんの言う「差異を前提に、それぞれの特性を尊重して「みんな同じく」子どもが選択できるよう教師が処遇するところ」である。

そして、この本の魅力は、公正さを求めて、貧困家庭の子ども達にも学習における「同じ機会へのアクセシビリティ」を保障する試みをしている、桜小学校と海小学校(共に仮称)へのフィールドワークに基づき、公正な教育はどのように行われているか、を現場のリアリティに基づいて考察しているところである。さらに、その分析概念の根幹に、「ケア」を用いている。両学校は、ホームレスや日雇い労働者が近隣地区に多く、貧困な家庭も多い二つの小学校で、ホームレスや日雇い労働者の生活実態を学ぶ学習を、年間を通じて展開していた。そのまとめの中で、子ども達の学びが次のように整理されている。

「ケアの受け入れを促すためには、現実社会における身近な社会問題を取り上げ、ケアの存在とケアから派生する異なる処遇の歴史あり方を、支援者と弱者の双方から実践的に学ぶ学習活動が有効であったといえる。この学習活動では、あってはならない差異を埋めるための異なる処遇が、他者の尊厳やウェルビーイングの保持を目指し、他者に関心と共感を持つところから始まると言う点で、自己責任論に基づく社会の分断を防ぐための緊要なものとして扱われていた。また、異なる処遇が、人権保障に関する法的根拠を伴うものとして子供に提示されていた。さらに、そうした異なる処遇が、庇護する相手に一方的に施されるのではなく、困難を抱える人々の苦悩や願いや頑張りに寄り添うケアリングとしてなされるべき点も示されていた。ケアリングは、互いの差異を認めながら互いの意思を尊重する対等な相互ケアであって、あっても良い差異を認めるための異なる処遇を含むものである。」(p146)

ホームレスや日雇い労働者は怠けている、くさい。そういう感想を持っていた子ども達が、支援者や元ホームレスの人の実体験などを伺い、自分の住んでいる地区の実情を学習する中で、自分たちが勝手に持っていたイメージと現実の違いを気づかされる。それだけでなく、ホームレス状態がどのように社会構造の歪みの中で生み出されたか、を気づくことによって、この問題は自己責任論で片付けることはできず、社会が関与すべき構造的課題だと子ども達は学習する。そして、そのような特別なサポートをすることによって、「あってはならない差異を埋めるための異なる処遇が、他者の尊厳やウェルビーイングの保持を目指し、他者に関心と共感を持つところから始まる」ということを肌身で感じる。それが、「みんな同じく」「全員のスタート地点が同じ」だと考える、一斉体制・一斉主義の原則が支配しがちな公立小学校で展開されているのが、何よりの驚きである。

しかも大切なのは、「ケアリングは、互いの差異を認めながら互いの意思を尊重する対等な相互ケアであって、あっても良い差異を認めるための異なる処遇を含む」ということを子ども達が学ぶことによって、結果的に、クラスのなかにいる、貧困などで家庭がしんどい状況にある友達への想像力も働く、という点である。柏木さんの調査の中でも、「生活圏における問題を、複雑に絡み合う歴史的・社会的な構造と結びつけて読み解く」「社会学的想像力」を子ども達が身につけつつあることがうかがえた、と整理している(p232)。同質性が高まる中で、くさい、汚い、という差異は看過されず、そこからいじめに発展する現代日本社会において、このような社会学的想像力を教育を通じて子ども達が獲得し、そのプロセスの中で、「互いの差異を認めながら互いの意思を尊重する対等な相互ケア」がなされていくのは、実に重要なプロセスである。この点についても、柏木さんはフィールドワークから、重要な指摘を行っている。

「清潔な体を保つ必要性について少し述べておきたい。体を洗うことが必要な理由は、体から異臭がするといじめられたり、グループワークに参加できなくなったりするからである。異臭は「避けられるいじめにあっていない」「学習活動に気兼ねなく参加することができる」といった子供の望む機能を損なうものである。桜小学校では、異臭を全く気にせずに 付き合う仲間関係が見出されたものの、子供にとって体を洗うことが重要であることに変わりは無い。相手に悪気がなくとも、グループワークの際に「お前ちょっと風呂入ってきたら?」と言われた子供が、そのグループから少し離れて座るように心がけていた光景を他校で見たことがある。異臭を放つ子供がグループワークに十分に参加することができなかったのは言うまでもない。日本では、入浴が当然とみなされている社会である。そして、近年は、学習活動にグループワークが多く取り入れられるようになっている。「清潔な体を保てる」事は、今の日本を生きる子供にとって、学びを保障するための重要な機能の一つなのである。」(p149)

教育において「みんな同じく」というスタートラインに立つためには、「清潔な体を保つ必要性」がある。だが、そのスタートラインにたてず、それゆえにグループワークに加われない子ども達を、柏木さんは他校でのフィールドワークで見てきた。一方、この本で彼女が取り上げた桜小学校では、そういう排除を受けて不登校になる子はいなかった。それは、以下のような学校での工夫がなされていたからだ、と指摘する。

「桜小学校では、服や靴を洗う、自分の体を洗う、宿題をする、朝起きて学校に来るといった日本では当たり前とされているそうした文化を身につけていない子どもの潜在的ニーズに気づき、異なる処遇を通じて応答する価値規範や仕組みができているといえる。ケアのあり方は、まずは教師が全面的に支援をしつつ、次第に子どもが自分でできるようになる自立の過程を歩ませようとするものであるといえる。」(p128-129)

この部分を読みながら、桜小学校でなされている支援は、一斉体制・一斉主義に基づく教育とは全くことなり、個々人の事情や差異に合わせて、必要なニーズに応答していく、という部分では、ケアであり、極めて福祉的色彩の濃いものであると感じた。さらに言えば、そのようなケアを学校が提供するからこそ、初めて他の子どもと同じスタートラインに立てる、という意味では、教育機会の実質的保障を裏打ちするケアである、といえる。これがこの本のタイトル「ケアする学校づくり」に込められた意味であると、受け取ることができた。

「差異を前提に異なる処遇が重視されるこのような空間の中では、同質性を前提に「みんな同じく」処遇することを原則とする教育における、一定の基準に従った序列化は意味をなさず、仲間を出し抜く競争は不必要なものであると学べる。子どもたちが異なる処遇への不寛容と恐れを克服し、ケアする学校文化を変容する担い手となったのは、教師との関わりや地域学習での学びを通じて、一斉体制・一斉主義の学校・学級規範を維持・強化させる水面下での序列化や競争を無価値化し、同調圧力を跳ね返すための価値規範を身に付けつつあったからであろう。また、自らの声がそのまま承認される空間を体験し、そうした空間の居心地の良さを肌で感じたからこそ、子どもたちは、子ども間のあるいは社会における同調圧力を相対化し、ケアするクラスや社会を創出するための意欲を高めてきたのではないかと推察される。」(p230)

大学という現場において、同調圧力に従い、自らの声を引っ込めて、教員や親が望む声に合わせてきて、生きづらさやしんどさを感じている学生たちとたくさん出会っている。その中で、日本の学校教育の、一斉体制・一斉主義や、異なる処遇への不寛容さをヒシヒシと感じる。だが、この本を読んでいると、そんな日本において、さらにはしんどい家庭状況の子ども達が集う地域の学校の中で、日本のドミナントな教育の歪みを越える実践がなされている、というのを学んで、本当にびっくりしたし、希望を見いだす本でもあった。それが何より、「ケアする学校」という、福祉と教育の融合点にある、というのは、僕にも思いつかない視点だった。だが、迫力のあるフィールドワークや子ども、先生たちの声から、これなら日本の他の教育現場でも十分に実践可能な内容である、とも感じた。

そして、「同質性を前提に「みんな同じく」処遇することを原則とする教育における、一定の基準に従った序列化は意味をなさず、仲間を出し抜く競争は不必要なものであると学べる」ことは、貧困地域ならず、変化の激しいこれからの社会で、子ども達が共に協力し合いながら生き抜いていく上で、すごく意味や価値の大きいことだと思う。そして、その前提として、「自らの声がそのまま承認される空間を体験し、そうした空間の居心地の良さを肌で感じた」という部分にも深く頷く。安心して本音でしゃべれる、その声が否定されず承認される、そこで居心地の良さを感じることが、生きていく上での土台となるのだ。

そう思うと、ケアする学校、とは、教育と福祉を単に接合すること、ではない。どんな家庭に育った子どもであれ、自分は生きていてもいいんだ、友達と違っていてもいいんだ、ありのままで自分自身は承認されるんだ、困ったことがあっても助け合える環境が学校にはあるんだ、ということを、肌身で子ども達に実感させる学校である。それは、一斉体制・一斉主義や同質性を前提とした序列化、とは真逆の様相である。そして、僕の子どもにも、そうう「ケアする学校」で学び合ってほしい、と強く感じる。そんな気づきや希望を与えてくれる一冊だった。

気がつけば6000字を越えた書評だが、最後に個人的なことを書いておく。著者の柏木さんは、学部も大学院も同級生で、大学院では「ボランティア人間科学講座」という大講座で一緒だった。ご自身も「おわりに」で書いておられるが、子育てと研究の両立で大変だった、という。

「子育ては、もちろんやりがいも大きいものですが、責任の重い本当に大変な仕事です。さまざまな事情で、子育てに十分な時間と労力を避けない保護者の悲鳴とそこでなんとか生き抜いている子どもの声を聞きつつ、すべての子どもと保護者の過ごしやすい学校のあり方を模索するべきではないかというのが今の強い思いです。一方で、一人の人間として子育てや介護やその他の事情を多く抱える教師にとっても、働きやすい環境が求められています。そのため、みんなが過ごしやすい学校の模索はとても大切な課題だと考えています。子どもも教師も保護者も、みんなが幸せを感じられる学校空間とそのための仕組みがあれば、きっとみんなが元気を貯められるし、安心して子どもを生める社会づくりにつながるのではないかと思っています。」(p260)

自分の実感と学問とフィールドを結びつけ、自分の言葉で問いかけているのが、柏木さんらしい、説得力ある表現だと思う。かつ、院生の頃から僕より遙かに勉強家で、教育や福祉領域に関する膨大な先行研究を読みあさりながら、フィールドワークも沢山積み重ねながら、子育てもしながら、ご自身の納得のいく論考を骨太に書き上げておられる。僕は大学院卒業後、甲府で暮らしていた期間が長く、年賀状のやりとり以外、疎遠になっていた。だが、ふとしたきっかけで最近つながり直し、ネットでググってみたら、この2月に彼女の初の単著が出たと知り、タイトルも興味深くて読んでみたら、めちゃくちゃ学ばせてもらうことが多い、迫力ある一冊だった。

15年以上の時を経て、柏木さん(の研究)と出会い直した、という意味でも、実り深い読書体験であった。