理解の先にある希望

坂上香監督のドキュメンタリー『プリズン・サークル』をやっと拝見できた。前作の『ライファーズ-罪に向き合う』の書籍化されたものがすごく面白く、前任校の大学図書館でドキュメンタリーDVDを購入してもらい、死刑絶対賛成派のゼミ生と一緒にみたら、彼はあまりのショックに上映後立ち上がれなかった。ゼミ生はその映像を見ながら、自分の信じてきたことが覆されて、死刑囚の気持ちや背景が「理解できてしまった」という。そのライファーズのような治療共同体が、日本の官民協働の刑務所である「島根あさひ社会復帰促進センター」で取り組まれ、その実践を2年にわたって追いかけたドキュメンタリーである。

僕はこの映像を見ながら真っ先に思い浮かべたのが、幻聴や幻覚を巡る周囲の反応との共通性であった。オープンダイアローグや当事者研究が広く知られるようになるまで、日本の精神医療の現場でも、長らく、「幻聴や幻覚のことを本人に聞いてはいけない」という不文律のようなものがあった。幻聴や幻覚はなくすことが大切なので、それを聴いてしまうことによって、その幻聴や幻覚を刺激し、ますますそれらに支配されることに繋がるのではないか、と言われていた。その「話してはいけない、聴いてはいけない」は支援者だけでなく本人にも強い規範として機能し、「医者の前では幻聴について話すと薬が増やされるし医療保護入院させられるかもしれないから、言わないでおこう」という「対処療法」が取られることもある。だが、誰にも話さない中で、幻聴や幻覚はますます支配的になり、本人は追い詰められて、アンコントローラブルな状況に追い詰められることもある。

その構造と、『プリズン・サークル』に出てくる受刑者達の語りに、強い共通性を感じたのである。

受刑者達は治療共同体の中で、事件のことを語る前に、まずは自分の過去のことを語ったり、仲間のそういう語りを聴くことからスタートする。そして、彼ら(男性刑務所なので登場人物は全て男性)の物語を聴くと、家庭内での虐待や愛情不足、無視・放置、いじめ・・・など、「安心できる・自分が護られる環境や感覚」とは真逆の子ども時代を過ごしてきた話が、次から次へと語られる。その中で、暴力や憎悪の連鎖の中で被害者から加害者に転換したり、軽微な万引きが常習化していくプロセスも、語られていく。

ここで大切なのは、治療共同体で語られるこれらの物語が「健常者」や「専門家」から一方的に査定や評価、断罪などがされるわけではない、ということである。そうではなく、治療共同体の仲間から、違った視点・角度で、それらのエピソードについての質問やコメントがなされていく。すると、誰かに説得されるのではなく、語った受刑者の中でも「そういう見方もあったんだ」という気づきが生まれる。蓋をして見ないようにしてきた、自分が封印した「自分自身の傷ついた体験」も、そのものとして語り、聞き、考え合う。

この治療共同体のプロセスは、オープンダイアローグや当事者研究で大切にされているような、精神障害の当事者の内在的論理を、制約することなく安心して語れる場作りの構造と、共通していると感じる。「反社会的」な「問題行動」といわれるような言動に至るには、どのような背景や、本人の中での内在的論理があるのか。生きる苦悩の最大化した姿があるのか。それを、本人一人だけでなく、周囲の人との関わり合いの中で模索していこうとする。そして、本人のなかで強く規定された「どうせ」「しかたない」「世の中そういうもんだ」という強固な認知前提を、そのものとして話しても馬鹿にされない。それどころか、真剣に聞いてもらい、理解や共感もしてもらうなかで、別の風にも考えられるかもしれない、という、違う可能性が、本人のなかで芽生える。説得ではなく、納得のプロセスである。

そして、そのプロセスが作られる前提として、ブログでも拙著でも何度も紹介している、フランコ・バザーリアの次の言葉を今回も引用する。

「病気ではなく、苦悩が存在するのです。その苦悩に新たな解決を見出すことが重要なのです。・・・彼と私が、彼の<病気>ではなく、彼の苦悩の問題に共同してかかわるとき、彼と私との関係、彼と他者との関係も変化してきます。そこから抑圧への願望もなくなり、現実の問題が明るみに出てきます。この問題は自らの問題であるばかりではなく、家族の問題でもあり、あらゆる他者の問題でもあるのです。」 (出典:ジル・シュミット『自由こそ治療だ』社会評論社、p69)

この「病気」を「犯罪」と置き換えると、「プリズン・サークル」で描かれている治療共同体の内容そのものでもある。精神病や犯罪は、常識の世界からほど遠いものとされ、「理解不可能」で「一線を越えたもの」だと、ラベルが貼られやすい。「精神病」や「犯罪」なんだから、精神病院や刑務所で隔離収容されるのは仕方ない、おわり。「理解不可能」なことをした人は、治療や矯正が専門施設でなされて、「まともな人」に戻らない限り、「社会復帰」はさせるべきではない。そうしないと、私たちの社会の安全は護られない。こういう「他人事」からの社会防衛の発想である。

だが、精神病や犯罪を「生きる苦悩の最大化」と捉えると、「他人事」の話ではなくなる。誰しもが「生きる苦悩」から自由である訳ではない。僕には僕の、あなたにはあなたの、「生きる苦悩」がある。そして、運良く・偶然にも、それが最大化していないから、精神病にも犯罪にもならずに、いま・ここ、にいる。でも、目の前で語られる家族関係のしんどさが、もし自分自身の経験としてそれを生き抜かざるを得なくなった時、精神病にならずに、罪を犯さずに、サバイブすることが本当にできるだろうか。そう思うと、犯罪者や精神病者は自分とは違う、という強固な分断線が溶解していく。

そして、プリズン・サークルを見ながら感じるのは、受刑者の辛さを「わかる」ことで、その強固な分断線が溶解してしまう、ということである。これは、幻聴や幻覚の状態にある人の「生きる苦悩の最大化した姿」を聴いていると、その辛さが「わかる」こととも通じる。犯罪者や精神病者は自分と違う、と強固な分断線を引いて、他人事にしていた。にもかかわらず、「他人事ではないかもしれない」「もしかしたら自分にも生じうることかもしれない」と気づいて、その線が揺らぐ。精神病や犯罪はあくまでも「他人事」だったはずなのに、「この問題は自らの問題であるばかりではなく、家族の問題でもあり、あらゆる他者の問題でもある」と気づかされることによって、他者への糾弾の矢印は、気づけば自分自身も含めたこの社会を捉え直す、視点の捉え直し、常識の捉え直し、アウトフレームに繋がっていく。

そういえば、坂上香さんが代表を務めるout of frameというNPO団体には、こんな表現があった。

アウト・オブ・フレームとは、フレームに収まりきらない現実や、主流からずらすことを意味しており、型にはまらない独自の映像活動を目指していますたとえば、暴力からの脱却や変容をテーマにしたドキュメンタリー映画の製作や上映、DVDの販売、生きづらさを抱える子どもや女性たちとのコラボレーションやイベント運営など、多角的な表現活動を行っています。」

フレームに収まる現実、とは、精神病者は精神病者に、犯罪者は刑務所に、隔離収容してそれでおしまい、という現実である。でも、そこで「収まりきらない現実」が、ライファーズやプリズン・サークルの中には溢れている。それは、僕がずっと伺ってきた、学んで来た、精神病を持つ人の語りとも通底する、「社会の主流の語りに収まりきらない現実」である。それを見てしまったからこそ、かつてのゼミ生も立ち上がれないほどのショックを受けた。(ちなみに、フレームに収まりきれない現実に関しては、僕も『枠組み外しの旅』の中で違った角度から考察しています)

そして、そのフレームに収まりきらない現実を、罪を犯した本人が蓋をして見ないようにするのではなく、それを同じ経験をもつ受刑者と語り合う中で、少しずつ、開いていく。「犯罪」と自分でも閉じ込めることなく、「生きる苦悩の最大化」した状態をそのものとして認めるからこそ、その延長線上に、初めて「犯罪」をそのものとして受け入れることが出来る。「生きる苦悩」に蓋をして、だからこそ自らの犯した「罪」も「他人事」だと蓋をしてきた受刑者が、「生きる苦悩」と蓋をせずに向き合い直すからこそ、自分自身の声を取り戻し、だからこそ、他人の声も自分の中にはじめて入ってくる。その中で、はじめて「自分が取り返しのないことをしてしまった」ことに、やっと気づける。その土台を獲得できる。そして、それを受刑者仲間に語ることが出来る。

この話は、刑罰をなくすべきだ、とか、被害者より加害者の権利を優先したい、という話ではない。本当に再犯を予防したいのであれば、単に厳罰化するのではなく、このような治療共同体での実践を通じて、本人が様々なものに蓋をしてきた、そのプロセスに本人が気づき、納得して変容できる支援をしていく必要があると感じる。それは甘やかすのではない。ある意味、普通に受刑者としての刑期を過ごすより、自分自身の見ないようにしてきた過去や傷と向き合うことは、遙かに内的にきついことである。でも、自由を奪われた刑務所において、本来なされるべき「矯正」とは、使役労働よりも、このような内面との向き合いなのではないか。そのために、この社会は何をどう変えていけばよいのか。

このドキュメンタリーを見てから、ぐるぐるグルグル、考え続けている。

でも、少なくとも現時点で、決めつけの先には絶望しかないが、「理解の先にこそ希望がある」と思っている。そのことだけは、映画を見て、直感的に捉えることができた。

*この映画、7月10日まで「仮設の映画館」でやっています。これは、家事育児の都合でリアルの映画館に行く時間がとれない僕には、本当にありがたい存在。これまで沢山のドキュメンタリーを見逃してきたので、ぜひとも引き続き、やってほしいと願っている。独立系シアターにちゃんと入場料が支払われるなら、ハイブリッドで放映し続けてほしいとも思う。それは、僕のように映画館に行きにくい・行く機会がない人に朗報だし、映画を見る習慣が出来たら、劇場でもまたみたい、ときっとなるはずだ。

観察からの気づき

今日は娘の通うこども園の父親懇談会。園からのお手紙には、子ども達の楽しんでいる遊びを父親にもしてもらいます、と書いてある。妻に聞くと、がっつり走り回る系だという。実はそれもあって、僕は数日前から、ちょっぴり憂鬱で、かなり緊張していた。

僕のことをちょこっと知る人は「信じられない」と言い、よく知っている人は「でも、そうだよね」と納得してくれるのだけれど、僕は緊張しいで人見知りでびびり、である。ただ、職業柄、見ず知らずの人に向けて講演や研修をする機会も多く、初めての人とも社交的にしゃべるので、それを知る人には「信じられない」と言われる。でも、僕をよく知る人なら、初めての場所に行くときに苦手意識を持っていたり、知らない人ばかりだと極度に緊張して早口になったり、声が大きくなったりするのに、気づいている。出かけてしまうと、その場に馴染んで楽しんだりするのだが、そこに行くまでの心理的障壁が高い。昔から集団行動は苦手なので、サッカーとか野球には誘われても出来ることなら加わらなかったし、仕事じゃなければ新しい場やチャレンジも、実は消極的だったりする。なじみのない場だったら、そわそわして早く帰りたくなる。運動音痴で、走るのも、ボールの扱いも下手くそなので、そういう「遊び」の場では、どんくさい自分が足手まといになって、惨めな思いをするのでは、と想像して、暗くなる。。。

今朝も朝からグズグズしていて、不安はマックスになり、妻に「大丈夫かな」とかウダウダ言いながら、自転車をこいで園まで出かける。普段から送り迎えを分担しているので、顔なじみの先生はいるけど、4月に入園したばかりで、父親の知り合いは、ほとんどいない。そういう場だからこそ、緊張感がマックスになる。

でも、実際にその場でアクティビティに参加すると、それなりに楽しんで走り回っている僕がいた。40年前とは違い、週に2度ほどジョギングを続け、合気道と登山で体力もつけていたので、なんとか息も切れずに走り回ることもできる。そして、1時間ほど炎天下で汗をかき、その後理事長先生の講話を聞きながら、ふと気づいたのだ。娘も、同じプロセスにいるのかもしれない、と。

ここ最近、娘は毎日のように「明日は園に行かない」という。朝から結構ぐずる。チャリや車に乗せて連れて行く途中でも、めそめそする。園について、先生に手を引かれても、こちらに追いすがるように見ている。でも迎えに行くと、ニコニコと笑いながら園から出てくる。毎朝のぐずぐずが一体どうしたんだと言う位、朗らかに楽しそうである。この落差は一体なんだと思っていたが、答えは簡単。父と一緒で、緊張しいで、新しい場所が苦手で不安なのである。

父親の緊張しいで新しい場所になじめない性質は、娘に着実に引き継がれている。娘が毎朝園に行くのをぐずるのは、園が嫌いだからではなく、新しい場所に適応できるかどうかの不安なのだ。3歳だけの集団ではなく、4歳や5歳の子と一緒に遊ぶ中で、自分がその集団の中で交わっていくことができるのか、そこでうまく適応できるのか、自分の仲間ができるのか、安心できる場としてその場を信じれるのか、自分の居場所だと思えているのか、が、まだ不安定なのだ。そしてその不安や心配事は、実に人間的であり、実にとうちゃんと同じような不安なのだ。

いい汗をかいて、ほどほどにくたくたになって、楽しい気分で帰り道に自転車をこぎながら、父である僕は、数日前からの緊張が何だったのだろうと振り返る。子ども時代との違いは、その緊張について、自分なりに振り返り、観察することができること。そういえば理事長先生は講話の中で、観察こそ全ての物事のスタートだ、とおっしゃっていた。子供は観察をする中で、全体像をイメージし、そこから自分のやる世界を掴み取ると言う。毎日の遊びの中で、ざっと全体像をつかみとり、瞬時に判断し、的確に行動していく力を身に付けていく。子供は遊びが仕事だ、とはよく言われるが、まさに娘は遊びながら観察をし、遊びながら世界をつかもうとしているのである。

この観察という概念は、娘が世界をつかみ取る補助線であるばかりか、父が娘の内在的論理を理解する上での手がかりにもなる。PDCAサイクルのような計画制御ではなく、子供と共に生きること、はまさに想定外の世界の連続。その中で、娘が観察を通じて全体像をつかめるように、父や母がアシストできるかどうか。娘を観察しながら、娘の観察力が育つように応援できるかどうか。そのメタな観察力が、大人のとうちゃんには求められているのだと改めて気づかされる。

すると父親が苦手なこと、しにくいこと、不十分なことを分析することで、娘自身の苦手なこと、できにくいこと、イライラすることにも想像が及ぶ。僕自身を観察しながら、その観察から得られた知見を、娘の内在的論理を理解するための補助線として用いることもできるのだ。要はどれだけ深く自分を、そして娘を観察することができるのか、が問われているのだと思う。今日は父の日、僕は父になってまだ3年あまり。門前の小僧である。娘を観察しながら、娘から観察されながら、自らの観察力を鍛えていきたいと思った、気持ちの良い日曜日であった。

 

合気道における機能美

合気道の岡本洋子師範の著書『武道は世界を駆け巡る』(あいり出版)を読む。この時期合気道が出来ないままなので、たまたまYoutubeを見ていたら、岡本師範の動画を見つけて、釘付けになり、買い求めた。彼女はフランスやアメリカで生活をしていたこともあり、世界各国で合気道を教えている。たまたま見つけたブラジル合気会の稽古動画の冒頭で、非常に興味深いことを言っていた。

「みなさんには、動きの形ではなく、動きの機能を見てもらいたい」(I would like you to see the function of  the movement, rather the form of the movement.)

とにかく師範の動きは、惚れ惚れするほど美しく、機能的である。彼女より遙かに大男の有段者を前にしても、力まず、全身の機能をそのものとして使いながら、相手を導いていく。力を使わなくても、流れるように、相手は師範に誘われて、勝手に倒れていく。僕はまだまだ力んでいるのが課題なのだが、小柄な師範は投げている時でも軸が恐ろしいほどスッとしているので、力まずとも、相手は師範に吸い込まれるように、師範のなすがままに、流されている。本当に機能的で美しい所作。その理由が師範の本にも書かれていた。

「私は合気道の美しさは、中心と軸のぶれない無駄のない動き、いわば旋律の中に、呼吸という生命のリズムを吹き込んでいくことによって生まれると思っている。ここにいたるには、取りは技を磨き、受けは一本一本先入観のない攻撃で体幹(腹)から相手にぶつかっていくことによって初めて可能になる。受け、取り、ともに関節も足も固まってはいけないし、軸が崩れすぎてもいけない。」(p22-23)

とにかく岡本師範の動きをみていたら、「中心と軸のぶれない無駄のない動き」が音楽の旋律のように流れている。僕のがバタバタしてとにかくめちゃくちゃに音を吹きまくる、ガヤガヤ騒音だとしたら、岡本師範の動きは本当に美しい旋律だ。どこも固まっていないし、軸は崩れてはいない。単に形を再現するのではなく、軸に息吹を吹き込んで、流れを作り出している。

「体現されていく形に相違があっても、私たちが学び伝承していかなければならないのは師の表現方法ではなく、技の本質と原理であり、そうでなければ合気道という武道はやがて消滅してしまう。だから、先生の表現法だけを真似しても何にもならない。」(p97)

この指摘に、グサッとくる。僕はまず形を覚えるのが人一倍時間がかかり、すぐに忘れてしまうので、有段者になっても、必死になって形を再現している部分がある。きれいに形を再現出来ているかな、と。でも、それではだめだ、と岡本師範は指摘する。形に込められている「技の本質と原理」をこそつかまなければならない。それが師範が稽古で「動きの形ではなく、動きの機能を見てもらいたい」と伝えている真意でもある。形という表現法が表層だとしたら、深層部分にある「技の本質と原理」を探求し自分のものにするための模索を始めないと、単なる真似っこで終わり、それ以上は成長しない、と。

「形を何度も反復して練習した結果、その形しかできなくなってしまったのでは本末転倒です。反対に形をおろそかにして、気に入った動きだけ練習していても、我流になってしまう恐れもあるばかりか、技も体軸も身体の芯も身につきません。両方とも大切にして稽古をしないと必ず限界がくると思います。」(p126)

僕は合気道を始めてちょうど10年になる。山梨で初めて、途中から週2,3回はコンスタントに通い、山梨を離れる時には二段まで頂けた。そして、姫路に引っ越してきて、こちらの合気会道場にお世話になっているが、子育ても大変だったので、なかなか稽古に取り組めなかった。で、今年から本腰を入れようと思った矢先に、コロナ危機で3ヶ月以上稽古が遠ざかっている。その間に岡本師範の本を読んだ時に、僕自身が「限界」を感じてモヤモヤしていたと気づかされる。「形を何度も反復して練習した結果、その形しかできなくなってしまった」のは、まさに僕自身だったし、その結果として「技も体軸も身体の芯も身につ」いていなかった。だから、自分自身でも、合気道への情熱が消えかけていた。

しかし、岡本師範は「動きの形ではなく、動きの機能を見てもらいたい」と伝え、「私たちが学び伝承していかなければならないのは師の表現方法ではなく、技の本質と原理であ」るという。動きの機能=技の本質と原理を観察し、それを自分で出来るように練習していく。形が一応最低限身についたからこそ、動きの機能を洞察していく。それが、コロナ危機直前になって、稽古がちょっとずつ面白くなってきた、そのことをズバリと表現している部分だった。

そして、これは合気道に限ったことではない。

僕の本業につなげてみても、論文の形を再現出来るようになったところで、伝えたい内容の本質と原理を洞察して、それを言語化しない限り、つまらない業績作りのためだけの論文になってしまう。もちろん、最低限の文章の形を覚えることは、研究者の入り口としては大切だ。でも、大切なのは研究対象やテーマと自分が向き合う際、自分自身の中心と軸をぶらさず、対象・テーマとの間で旋律を奏でながら、流れを生み出し、流れを導いていく必要がある。それが出来た文章は、論文であれ、書籍であれ、対象と自分の呼吸が合うことで、無理のない形で論理が動き、実感が読者にも伝わる。僕が力みすぎては、伝わらない。あくまでも、対象やテーマとうまく呼吸を合わせ、流れを大切にする。その流れを阻害しない形で、僕は本質や原理、機能を、そのテーマの中で落とし込んでいく。それが決まると、多くの読者に届く文章が生まれてくる。

稽古が再開されたなら、僕も一から動きの機能や技の本質と原理を洞察し、それを稽古の中で一つ一つ仮説検証し、身につけていきたいと心から思う。そして、普段の日常生活の中でも、仕事や子育てでも、それぞれの動きの機能を観察し続ける感度を持っていたいと思う。そう思うと、稽古のない中でもできる稽古テーマを与えて頂いたのかも、しれない。

言葉による問いかけ

昨晩、以前斜め読みしていた国谷祐子さんの『キャスターという仕事』(岩波新書)を読み返していた。そこで、キャスターの役割として、「視聴者と取材者の橋渡し役」 (p68)と書かれていた。それを読みながら、僕が今、授業でしていることも、「学生と理論や実践との橋渡し役」としては、似ていることをしているな、と感じた。その上で、希望は別の形で叶うのだな、とも思って、にんまりしていた。

僕には賞というものとこれまで殆どご縁がなくて、生まれて初めて書いた査読論文で学会賞を頂いたのと、小学校6年生の時に京都市小学校放送コンクールで優勝したことしかない。で、今日のお話は後者の方である。実は僕にとってキャスターは憧れの存在だった。

小学校の頃からニュースステーションを見ていたし、久米宏の洒脱なスタイルと、それでいて政治や社会に切り込んでいく番組スタイルに格好いいなぁ、と思っていた。僕はテレビっ子だけどしぶいガキでもあって、報道特集とかNHK特集とかも色々見ていたので、キャスターへの憧れを強くしていた。で、件の放送コンクールでは、他の学校の放送部の子たちが滑舌よくしゃべっているのをモニタ越しに眺めて、普通にやったら勝ち目がない、と思っていた。そのコンクールでは、確か植村直己の南極物語か何かの写真集を紹介するのがテーマで、写真集もそこにあるのに、誰も使っていない。ならば、僕は変化球で行くしかない、とばかりに、僕の番が回ってきたら、写真集をめくりながらアドリブを勝手に加えて、その本を紹介してみた。久米宏ならこんな風にしていそう、と。その後、他の学校の子たちも僕のスタイルを真似たが、こういうのは一番最初にやったもん勝ち。というわけでは、正攻法ではない形で、受賞が決まった。

その後、キャスターは顔がシュッとしていないので無理だと諦め、新聞記者に憧れたが、高校生の時に別冊宝島のザ・新聞記者、とかいうタイトルの暴露本を読んで、新聞記者にもなれないかなぁ、と諦めかけていたのだが、大学院に大熊一夫氏が着任することを知り、ジャーナリストの弟子になることに決め、以来四半世紀近く、気づけば福祉領域におけるジャーナリストと研究者の間のようなスタンスで仕事をしている。

で、国谷さんの本に戻ると、テレビ報道の危うさを次の三点としてまとめている。

①「事実の豊かさを、そぎ落としてしまう」という危うさ
②「視聴者に感情の共有化、一体化を促してしまう」という危うさ
③「視聴者の情緒や人々の風向きに、テレビの側が寄り添ってしまう」という危うさ(p12)

実はこれは大学の授業の危うさとも重なることがあると思いながら読んでいた。オンライン講義を始めて、改めて授業が90分番組であると深く意識しながら、毎回毎回の授業を仕込み直している。その中で、何かをテーマにするということは、「事実の豊かさを、そぎ落としてしまう」という危うさがあると感じている。また、わかりやすい授業内容にすると、「感情の共有化、一体化」の危険性があるし、さらに言えば教員のディレクションによっては「人々の風向き」を作り出してしまう危険性もある。その危険性を熟知して、②について体験型授業の形で危険性を伝えておられるのが、こないだブログで紹介した田野さんのファシズムの体験授業だとも感じた。

③に関して、井上ひさしが「風向きの法則」と呼んでいたものを国谷さんは紹介する。

「風向きがメディアによって広められているうちに、その風が大きくなり、誰も逆らえないほど強くなると、『みんながそう言っている』ということになってしまう。『風向きの原則』が起きるのだ。」 (p19)

これに関して言えば僕の授業は、「みんながそう言っている」という「風向きを問い直す」ことを、ずっとしているのかもしれない。「縛る・閉じ込める・薬漬けにする」は「しかたがないのか?」、とか「ゲーム依存は条例を作って規制するしかないのか?」とか、「他人に頼らず独り立ちすることが自立なのか?」とか。こう書きながら気づいたのは、僕はずーっと様々な常識を問い直すことだけを、しつこく授業の素材として取り上げ、学生たちに問い直す仕事をしている。国谷さんも「キャスターは、最初に抱いた疑問を最後まで持ち続けることが大切だ」「しつこく聞く」(p140)と書いているが、僕も学生たちに「しつこく聞く」。

「キャスターとしての仕事の核は、問いを出し続けることにあったように思う。それはインタビュー相手にだけではなく、視聴者への問いかけであり、そして絶えず自らへの問いかけでもあった。言葉による伝達ではなく、『言葉による問いかけ』。これが23年前に抱いた、キャスターとは何をする仕事かという疑問に対する、私なりの答えかもしれない。」(p175)

このフレーズを改めて読み直した時、僕が15年かけて授業でし続けてきたことも、「言葉による伝達」ではなく、「言葉による問いかけ」だったのだな、と改めて気づかされる。「伝達」だけなら、言葉より文字の方が正確だ。なので、最近は知識に関しては、教科書や資料を事前に読んできてもらったり、オンデマンド課題として出すことにしている。その上で、授業では「伝達された言葉」に付着する「風向き」に関して「言葉による問いかけ」をし続けている。これはオフライン講義時代からずっとしてきたことだし、オンライン講義に変わっても、それをし続けている。そして、毎回学生たちへ問いかけながら、もちろん僕自身にも問いかけるし、素材として扱ったテーマに関しても問い直す。そういう「言葉による問いかけ」をずっとしてきたし、もちろん今日も1限の講義でそれをする。

そう思えば、キャスターにはなれなかったけど、別の形でキャスター的に仕事をしているのだな、と気づくことができて、なんだか嬉しいような気分になり、また自らの仕事のあり方を見つめ直す機会にもなった。

読書の殻を破る

僕は最近じぶんの頭が固いなぁ、と痛感する。このコロナ危機において、様々なことを変更したり、新たに立ち上げるときに、柔軟性がないなぁ、とほほ、と思いながら、一つ一つ積み上げていく。そのなかで、最近読書の殻を破る出来事があったので、それをメモ書きしておきたい。

「書物において大事なものは書物の外側にある。なぜならその大事なものとは書物について語る瞬間であって、書物はそのための口実ないし方便だからである。ある書物について語るということは、その書物の空間よりもその書物についての言説の時間にかかわっている。ここでは真の関係は、二人の登場人物のあいだの関係ではなく、二人の『読者』のあいだの関係である。そして後者の二人は、書物があいまいな対象のままであり、二人の邪魔をしない分、いっそううまくコミュニケートできる。」(『読んでない本について堂々と語る方法』ピエール・バイヤール著、ちくま学芸文庫、p243)

この本も実のところ、20〜30分程度の斜め読みだった。で、これまで僕自身は「斜め読みはすべきでない」「ちゃんと読んだ方がよい」という思い込みに支配されていた。でも同書はその思い込みは本の神聖化であり、「通読義務」に支配されている、と喝破する(p11)。実は松岡正剛とか佐藤優など読書家の方法論ではこの種のことへの警鐘はなされていたと記憶しているが、僕自身は知識で知ってはいても、実践出来ていなかった。では、この本で神聖化と通読義務をやめてみよう、と、ざーっと気になることだけ流し読みした際、上記のフレーズが一番引っかかった。そう、「大事なものとは書物について語る瞬間であって、書物はそのための口実ないし方便」なのだ。そして、裏を返せば、書物について語らなければ、書物はただの紙くずになってしまうのだ。

そこで紙くずエピソードを。

先週末、てっちゃんが主催するオンライン読書会に誘われ、NVCの本を読むことになっていた。でも、自宅の書棚を探しても見つからない。そもそも、その自宅の書棚は収納能力を遙かに超えて、ぐっちゃぐちゃ。一部の書棚は、姫路に引っ越してきた2年前から触っていなかったり、エントロピーが増大しまくりで、何が突っ込んでいるのか自分でもわからない状態。これは、と一念発起して、4時間かけて本棚をひっくり返して、しばらく使わない本や処分すべき本を間引きして、「いま・ここ」の関心に基づいて本棚を再構築した(本棚の並べ直しの効用は松岡正剛の読書論に確か書かれていたような)。で、本棚を再構築してみると、斜め読みでもしたい本がざくざく出てくる。そして、僕はこれらの本のうち1割しか読んでおらず、2割は目次を見た程度で、7割以上は死蔵している。これは、膨大な紙くずの所蔵だと、ほこりまみれになりながら痛感した。そして、どうせなら本との向き合い方を変えたいし、ざっくりとで良いから目を通す率を上げたいな、とも痛感した。

そんなことを思いながら、4時間かけて整理した家の書棚に当該本はなく、大学で二度ほど探したけど見当たらず、読書会の直前に仕方なしにKindleで注文しようとしたら、2018年に購入済み、と書かれている。なんと、リアルな本を持っている「つもり」になっていたのに、Kindleで買って、中身をチェックしたら線を引いて読んでいる!しかも、そのこと自体を、今になってやっと思い出す。紙くず、だけでなく、電子データも使わなければただのデータ、ですね。

長い前置きになったが、紙くずやただのデータ、を越えるための一つの有効な方法論が、「書物について語る」読書会なのだ。てっちゃんの読書会の特徴は、未読の本でもとりあえず30分で読み切ってみる、という姿勢にある。

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2:読書タイム(1人)
→30分間、全力で本を読む。最初からでなくてもok。飛ばし飛ばしとか、目次から読むとか、まとめから読むとか。
3:ペアでシェア
→10分間ペアで、本の概要や、気になったところ、わからないところを共有
※『ペア読書』の記事でも書かれていますが、ここでペアでやることにより、かなり集中する。
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実は今回で彼がホストの読書会に参加するのは二回目なのだが、2回とも30分で全体を飛ばし飛ばし眺めることは出来た。しかも、Kindleだと、重要な部分をマーカーで引くだけでなく、ワードにコピペまでして読書メモを作りながら、30分で大まかな全体像をつかむことが出来た。それだけでも、「通読主義」とか本を神聖化していた僕にとっては驚きである。その上、「ペア読書」がすごくよかった。

「二人は、書物があいまいな対象のままであり、二人の邪魔をしない分、いっそううまくコミュニケートできる」

バイヤールが指摘しているように、初めて30分読んだ二人は、「書物があいまいな対象のまま」である。だからこそ、ブレイクアウトルームで初めて出会った二人であっても、「あいまいな対象」を共に探索する関係性に瞬時に変わり、「いっそううまくコミュニケートできる」という特性を持っている。これは、大きな発見である。しかも、その後の休憩時にZoomのチャットにお互いが中間振り返りや気づきを書き込み、再度5〜8分程度で再読した上で、3人で話し合うと、本についての語りが膨らんでいく。「あいまいな対象」の書物を通じて、読書会に集った人が、「いま・ここ」の対話を重ね、それがポリフォニックに響き合っていく。これは、一人で読むことでは出来ない体験である。

そういう経験をしているうちに、2時間半はあっという間に過ぎ去った。最後のチェックアウトタイムの前に、もう一度チャットにお互い感想を書きあった上で、チェックアウトをすると、その書き込みも見ながら、お互いの異なる声を響かせあうことができる。2時間半前には出会っていなかった書物とも、そして読書会のメンバーとも、豊かな対話が出来る。これは、面白い。

なので、そのうち僕もZoom読書会を主催してみようと思った。

あと、一人で読む時も、30分で読みきるのは、死蔵しないためにも、すごく大切。新書レベルなら、充分に出来そうだとおもって、昨晩整理して出てきた一冊の新書を読み切ってみる。十分に可能だ。しかもそれを10分程度でメモ書きすると、頭にさらに残る。これは、一人で読んだ後に、「一人語りする」という効能もあると思う。

もちろん、その一方でじっくり一人で読んで考える読書も続けている。通読主義を捨てる、というより、それ以外の読書経験も広げてみるチャレンジ、という感じかな。というわけで、紙くずやデータの塊で死蔵しないためにも、これまでの読書に加えて、30分読書もこれを機に、始めてみようと思った。

読書の殻が40も半ばにしてやっと破れるのではないか、と、ちょっとわくわくしている。

以下に30分読書メモをつけておく。

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部屋を整理していたら出てきたこの本を斜め読み。
『コミュニティー・キャピタル論~近江商人、温州企業、トヨタ 、長期繁栄の秘密~ (光文社新書)』
実はイタリアでのCOVID-19の大流行に温州人の動きがある、という話を聞いていたので、読んでみた。この本は、国を超えて商圏を広げる集団の凝集性に関するネットワーク論で、その実例として近江商人とトヨタの系列企業と共に、温州企業を挙げている。で、メンバー累計として、「現状利用型」「動き回り型」「ジャンプ型」「自立型」の四つをあげ、温州人は他の中国人と違い、直近の人間関係だけでなく、全く新たなに独力で遠方に及ぶダツコミュニティ的人間関係を構築する「ジャンプ型」が多い、と整理する(p101)。実際、イタリアだけでなく欧州各地で活躍する中国人のトップに温州人がいるのは、このジャンプ型ゆえだ、と。
そして、このジャンプ型は、知恵とお金だけでなく、時にはウィルスも一緒に運ぶと考えたら、物事がすっと通りやすい。でも、これは中国人だけの問題ではない。日本におけるジャンプ型である首都圏の人々が全国に出張なりに出かけて、ウィルスが広がったとすれば、同じことは全世界中の「ジャンプ型」で起きている。しかも、「ジャンプ型」は、市場主義経済におけるネットワークの結節点にあるのだ。
「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」が近江商人の基本だった。だが、まさにこのコミュニティ・キャピタルの全世界的横断が、今回のCOVID-19の全世界的流行に繋がったとすると、そのネットワーキングの強さと迅速さを、ネガティブな形で証明した、ともいえるような気がする。
この本に書かれていた「刷り込み→同一尺度の信頼→準紐帯」という枠組み自体はグローバル化で不可逆的に進行しつつあるようにも思う。それが経済のポジティブな紐帯であれ、ネガティブなウィルスの紐帯であれ。

「正義」の恐ろしさ

以前からネット記事を読んで興味があった『ファシズムの教室』(田野大輔著、大月書店)が書籍化されたので、早速目を通す。面白くて、スルスル読めるので、一気読み。かつ、内容が深い。

ファシズムやナチスドイツの歴史研究がご専門の田野さんが、ファシズムを「自分事」として体感させるために、授業で「ハイル、タノ!」と叫んだりと疑似体験させる授業。その授業を作りあげた田野さんが、どんな思いでこの授業を作ってこられたのか。そこに、ファシズムのどのような現代性があるのか、がよくわかった。

それを最も象徴的に物語るのが、疑似体験後の学生の感想。

「規律や団結を乱す人を排除したくなる気持ちを実感した」
「250人もの人間が同じ制服を着て行動すると、どんなに理不尽なことをしても自分たちが正しいと錯覚してしまう」(p116-117)

このような声を引用したあとの、田野さんの解説の一行にグサッとくる。

「この『正義』の感覚こそ、参加者を攻撃的な行動に駆り立てる最も重要な要因のほなからない」(p117)

コロナ危機において、「自粛警察」をはじめとした他罰的な動きにうんざりしていたが、それは「攻撃的な言動に駆り立てる」「『正義』の感覚」に基づいているなら、これほど恐ろしいことはない。そして、これは日本でも昔から起こっていることだ、と田野さんは指摘する。マンガ「はだしのゲン」(懐かしいですね!)に出てくる、戦中は「非国民」を摘発していた町内会長が、戦後一転して「平和の戦士を気取る」事態についての考察の部分である。

「彼の言動は戦中と戦後で矛盾していない。時代ごとの正義、誰もが逆らえない権威を笠に着て、これに従わない人びとを抑圧しようとしている点では、彼の姿勢は一貫しているのである。この町内会長のような末端の権力者は、権威を後ろ盾に異端者を攻撃することで、自分の地位と力を得ている。」(p20)

発言の表面だけみると、戦争賛成から戦争反対への大転換であり、論理的に一貫していない、ようにみえる。だが田野さんはその背後に、「時代ごとの正義、誰もが逆らえない権威を笠に着て、これに従わない人びとを抑圧しようとしている点では、彼の姿勢は一貫しているのである」と見抜く。発言の一貫性ではなく、「正義」や「権威」を傘に着て、他者を抑圧するという抑圧の論理の一貫性なのである。「権威を後ろ盾に異端者を攻撃することで、自分の地位と力を得ている」という権力支配の構造の一貫性なのである。

それに引きつけて、ナチスドイツ時代に、ユダヤ人を袋だたきにして、略奪や破壊を尽くした「水晶の夜」における集団的迫害で何があったのか、を田野さんは読み解いてくれる。

「権力の後ろ盾のもとでは好き放題に暴れ回っても罰せられないという状況が、多数の人びとを過激な暴力に駆り立てたことは明らかである。彼らは上からの命令を錦の御旗にして、存分に欲求を満たすことのできる『自由』を享受していたと言えるだろう。」
「権威の庇護のもと万能感にひたりながら、自らの攻撃衝動を発散することが許される。」(p27)

この記述を読んでいて、この1ヶ月くらいの中で目にした記事を様々に思い出す。他県ナンバーお断り、とか、パーキングエリアでそれを調べる、とか、そのような排除的な為政者の言動を「錦の御旗にして」、卵を投げつけたり、張り紙や落書きをしたり、他者に暴言を吐きながら、「自らの攻撃衝動を発散することが許される」「存分に欲求を満たすことのできる『自由』を享受していた」ひとびと。あれ、今は戦時中ではないよね。でも、ここで書かれているファシズム的言動と実に似た論理が、コロナ危機の中で生じているよね、と。

「『指導者から指示されたから』『みんなもやっているから』という理由で、彼らは個人としての判断を停止し、指導者の意思の『道具』として行動するようになる。監獄実験やミルグラム実験の結果が示しているように、権威への服従は人びとを道具的状態に陥れ、自分の行動の結果に責任を感じさせなくさせる働きをもっている。」(p124)

いまの「自粛警察」が恐ろしいのは、個々人の判断というより、「彼らは個人としての判断を停止し、指導者の意思の『道具』として行動する」部分だと改めて感じる。田野さんが言うように、「権威への服従は人びとを道具的状態に陥れ、自分の行動の結果に責任を感じさせなくさせる働き」を持っている。道具なんだから、指導者が言うから、みんなやっているから、と個人の倫理を取っ払い、暴力的な言動を肯定してしまう。その恐ろしさが、コロナ危機で噴出したものであり、田野さんが言うようにそれはヘイトスピーチにも通底する、排除の論理でもあるのだ。

その上で、こういう内容を授業で扱うことに関して、必ず寄せられる「寝た子を起こすな」論にも、明確に反論している。

「教育は、社会に根ざした道徳を次世代に継承しつつも、その道徳をより適切なものへと刷新していくことを一つの使命としている。体験を通じて集団行動の危険性に目を開かせる取り組みは、道徳の継承のみならず刷新も図ることで、従来の教育の限界を乗り越えようとするものである。」(p157)

道徳は、「○○するべからず」を伝えるものである。でも、それをアップデート=刷新するためには、単にファシズム的な集団行動をするな、では不十分だ。「いま・ここ」において、「他ならぬ私が暴力的になりうる」ことを痛感しないと、その危険性を自分事として理解できない場合もある。それを田野さんは「ファシズムの教室」を通じて伝えようとする。だからこそ、当然ファシズムの危険性や監獄実験など、座学でみっちり教え、疑似体験の後はきっちりデブリーフィング(解毒化・脱洗脳化)も行い、その危険性を理解しながら講義を続けてきた、という。

だが、ネット記事などで取り上げられると、大学への・大学からの圧力も高まり、結局10年続けたこの体験授業を一旦終えたので、今回の書籍化につながった、と田野さんは書く。僕も大学教員なのでよくわかるが、大学当局の「目立つ内容は、リスク管理の対象だ」という対応には、どれほど田野さんも落胆しただろうと想像する。そして、そのような一律の「自粛」や矮小化を求める動きそのものが、「人びとを道具的状態に陥れ」る方向性に通じて、ひいてはファシズムや全体主義の可能性にもつながるのだろう、と、読者としては読みながら妄想する。

だからこそ、「自粛警察」に代表されるような、「権力の後ろ盾のもとでは好き放題に暴れ回っても罰せられないという状況」にはNO!と言い続けないとあかんと、改めて感じた。私たちの社会が、本当の意味での自由があり、一人一人の人にとって生きやすい社会になるためには、「権威を後ろ盾に異端者を攻撃することで、自分の地位と力を得ている」人を許さない、という断固とした姿勢が必要なのだと思う。そして、それがほんまもんの民主主義社会につながるのだと思う。

人を「攻撃的な行動に駆り立てる」「正義」こそ、もっとも疑うべきだ。今の時期だからこそ、田野さんの本を通じて、心から痛感した。

同調圧力の恐怖

ここ最近、不安感や緊張感が半端ない。

その不安感や緊張感は、コロナウィルスに感染する恐怖、というよりも、その恐怖に支配された人々が、同調圧力に支配されて、思考停止状態に陥り、他者を相互監視する恐怖である。

内田樹さんも「隣組と攻撃性」というブログを書いている。

僕が付け加えるとしたら、子育てをしていて感じる不安感や緊張感の話である。昨日(4月28日)、姫路でも5月末までの休校措置が決まった。その理由を市のHPにはこんな風に書いている。

「兵庫県内において依然として新型コロナウイルス感染症患者の発生が続いている状況であることから、市長からの要請や他都市の動向を踏まえ、市立学校園の臨時休業を延長することを決定しました。」

え、たったこれだけの理由で休校に出来るの!?

正直、ものすごく腹が立ち、ものすごく落ち込んだ。たった数行の理由で、子どもたちの教育や社会化の機会を奪うんだ、と。大人の仕事は強制的に奪うことは出来ない一方で、学校の休校はこんな簡単な、合理的根拠も示されていない一文で、サクッと1ヶ月休みにするんだ、と。では、その間の子どもの教育やケアはどうするの? 自己責任なの? 養育責任でしょ、で終わりなの? それって、一体どういうことなの?

2ヶ月前、「ケアを軽んじていないか」と書いたときから、主張は変わっていない。本当はこの2ヶ月で、政治家が教育やケアに目を向けて、配慮してくれていて、2ヶ月後には「あのときキツいこと書いたけど、すいませんでした」と意見を変えられたら、どれほどよかっただろう。でも、残念ながら、そのときに書いた、「ケアをあくまでも家庭内の自己責任にとどめ、ケア責任に関しては政府は積極的に関与しない、という姿勢」は、今も変わっていないように見える。

だからこそ、2ヶ月前に書いたことを、繰り返す。子育てやケアを、軽んじてはいないか、と。

さらに、今日から大きな公園では駐車場を閉鎖したり、大型遊具にテープを貼って入れないようにしていた。これには、どれほどのコロナ対策効果があるのか。科学的な合理性がどれくらいあるというのだろうか? それよりも、内田樹さんのブログではないけど、隣組的攻撃性を持った密告者が、「公園でサッカーしているのはけしからん」と市役所などに電話をかけまくったり、開いている施設に爆破予告をするなどのヒステリックな対応におびえた行政が、「それなら一律閉鎖で」と安易な判断をした可能性はないだろうか。それが、子どもの育ちや発育にどれほどの「危険性」を与えているか、という比較考慮はなされただろうか。それが、市役所の簡単なフレーズから、全く見えてこない。それも、すごく腹立たしい。

2ヶ月前、Zoom対話をした高松の友人、中村香菜子さんがこんなことを書いていた。

「「敵」がウイルスではなく、「国」になったとき、同じことがおこるかもしれない。私はそのことのほうが、とてつもなく恐ろしいです。私はできるだけ、兵隊に行く人のために「千人針」(弾に当たらないための願掛け)を作ろうみたいな、その場しのぎの動きはしたくないです。今、自分自身の子供にとって、自分のくらしにとってなにが大切なのか冷静に感じ取れる「感覚」を母親こそが身につけていたい。」(今、気づきたいこと。

彼女と対話した時も、同じようなことを口にしておられた。で、最初聞いたときは、確かにそういう側面もあるかもしれないけど、ちょっと過敏すぎない?と思っていた。

でも、ごめんなさい、中村さん。あなたの言うとおりでした。

この2ヶ月の「隣組的攻撃性」は、明らかに75年前に起こっていたことの再来のような気がする。内田樹さんのブログにも書かれていたが、そのような攻撃性が第二次世界大戦での暴力性を引き起こし、学生運動で暴発し、今、コロナ危機の下で、再来している。つまり、こういう「千人針」的メンタリティ、というか、同調圧力で「お国のために」と一致団結し、異論や反論、多様性を許さず「黙って従え」というのは、明らかに再来しているのである。同調圧力の恐怖が再来している!

それは、いやだ! この社会はそんな社会であってほしくない!

そう思うなら、どのような社会が必要なのか、を、改めて考える必要がある。いやなことはいやだ、と口にするだけでなく、中空構造的な「空気を読め」を超えるための、自律分散制御、というか、一人一人の魂の脱植民地化に向けたアプローチを、ここに書いてみたいと思う。

というあたりで、家事育児タイムなので、たぶん、つづく。

心配ごとを意識化する

目が時折ぴくぴく痙攣する。胸に圧迫感を感じている。そわそわした気持ちになる。こういう焦燥感を感じるのは、2011年3月11日の後の苦しい数ヶ月と、非常に酷似している。

新型コロナウィルス関連で、4月6日の夕方、緊急事態宣言の対象地が兵庫であるとも知り、子どもの通う学校も連休明けまで休校という連絡を知る。その後、勤務先や非常勤先からも、授業の遠隔授業やオンライン化の要請が届く。情報は聞きかじっていたが、一気に現実に直面すると、しんどい。不確実性が急速に高まり、状況がコントロールできない。どうしてよいのかわからず、右往左往する。不安や心配ごとで頭の中がパニックになりそうになる・・・。

ん、まてよ。これってどこかで聴いたことがある、だけでなく、書いた事もしゃべった事もある内容だぞ。そう、この数年間学び続け、実践もしてきたオープンダイアローグ(Open Dialogue: OD)や未来語りのダイアローグ(Anticipation Dialogue: AD)が必要になる状況でもある、心配ごとが最大化しつつある状況なのだ。そういうときだからこそ、ダイアローグが必要不可欠。

実は、昨日の朝も、ダイアローグをしていた。1ヶ月前にSOSをもらった、高松の中村さん、大美さんとのダイアローグの続きである。昨日はお仲間2人も加わって、計5人でのZoomダイアローグだった。

昨日は、ADの基本的なやり方を踏襲してみた(ADの基本的なことは3年前のブログを参照)。

①この1ヶ月のあいだに、どんな良い変化がありましたか?
②この1ヶ月のあいだに生じた心配ごとや不安はなんですか?
③良い変化を増やし、心配ごとを減らすために、誰となにが出来そうですか?

この3つのテーマで、一人ひとりの声を聴く。「はなす」と「聴く」をわけて、相手の声を聴きながら、自分の中で浮かび上がってくる内なる声にも耳を傾ける。話をまとめようとはせずに、ある方向に枠づけようともせずに、「いま・ここ」で浮かび上がってくることを、そのものとして差し出してもらう。

その中で、良い変化としては、「お互いの価値観や方向性について、じっくり話をすることができた」「どう感じるのだろう、なぜそう考えるのだろう、と深く思考し、色々考えるようになった」「自分たちが大切にしてきた軸を、再認識することができた」「仕事が減って、時間が出来たので、日々をこなすだけでなく、丁寧に生きるようになった」「この1ヶ月で新しい動きをしている人と新たに出会えた」などの話が出てきた。

その後、この1ヶ月で生まれた不安については、実に多様な話が出てきた。詳細は省くが、皆さんがそれぞれの現場で、様々な不安を感じていることが、聞こえてきた。それは、コロナウィルスそのものへの不安、というよりも、日常の活動や判断を継続できるかどうか、何が正しいかがわからない、同調圧力がきつくてそれと違うことを感じ・考え・表現することが怖い、自分の発言がどう他人に影響を与えるのかが不安だ、言葉をどう選んだら伝わるのかがわからない、一つの方向に流れていくのがなんだか怖い・・・。そういった、ウィルスと向き合う人々の動きやこの社会のダイナミクスの不安定さ、不確実さへの不安のようにも、思えた。

そして、ダイアローグの中で、大美さんと中村さんの意見が少し対立した場面もあった。でも、その時に僕が伝えたのは、次の話だった。(書くに当たって、言い足りなかった部分も補足してみた)

『対話には、二つの対話があります。①「違いを知るための対話」と②「決定のための対話」です。当事者研究をしている東大の熊谷晋一郎さんは、セルフヘルプグループで行われているのは、「共有のための対話」であり、企業などの意思決定は「決定のための対話」である、とその違いを言っている。実は僕がADを学んだトム・アーンキルさんの所属する研究所では、何かを決める日には、午前中にお互いの意見の違いを出しあった上で、ランチブレイクを挟んだ上で、午後、決定のための対話をする、という。つまり共有や違いを知るための対話と、決定のための対話をわけているのです。
そして、今日の場面では、決定のための対話ではなく、違いを知るための対話だと思います。だからこそ、違和感があったり、納得出来ない声も出てくると思います。でも、自分とは違う声がある、と知ることで、その声を受け止めることで、それを納得しなくても、違いを理解出来ればよい、となるはずです。
不安が高まって、どうしてよいのかわからない、先の見えない今の時期ほど、いきなり決定のための対話をするのではなく、違いを知るための対話をすることが大切だし、今日の対話もそういう対話なのだと思います。』

この話をしたあと、「こういう場だからこそ、言ってみてもいいかな、と思うことがあるし、それを聴いてもらえるのがよかった」「不安を解消することって出来ないけど、不安といかに折り合いをつけるかが、今日の対話の中で腑に落ちた」「メールやブログでは伝わらないことが、こういうやりとりの中で伝わった」「自分が関わる人とのあいだで、しっかり相手の声も聴きたいと思った」といった声が聞こえてきた。

僕が感じたのは、ODやADは精神症状の急性期や、「問題行動」が最大化されたときに有効だとされているけど、今のこの新型コロナ騒動の渦中は、社会的な危機、という意味で、まさに社会の急性症状だ、ということだ。そして、それは2011年の東日本大震災の時に僕が感じたことと通底している。あのときは、一次的存在論的安定が失われて、気が狂いそうだった。(その時のことは「存在論的裂け目」というブログに記している)

9年前の僕は、妻にはその時の焦燥感やしんどさを話していたけど、職場や同業者などとは、自分の不安や心配ごとを主題化したダイアローグをすることが出来ず、すごく苦しんでいた。多少臨床心理をかじっていたので、うわごとのように「教育分析が受けたい」と叫んでいたが、よく考えたら自分の不安や心配を聴いてもらいたい、カウンセリングをうけたい、という思いだったと今振り返って、思う。その直後に山梨の漢方内科、中田薫先生に繋がって、じっくり話を聞いてもらい、心身の様々な不調にも向き合ってもらえたのを思い出した。以後、関西に戻っても、漢方治療は続けている。

9年前と今の違いは、今なら自分の不安や心配ごとを、そのものとして口にして良いのだ、と自覚できるようになったこと。そして、Zoomを通じて、その不安や心配ごとを聴いてもらえる、ダイアローグが出来る仲間が複数いる。これは、ものすごく大きな違いである。

もちろん、ダイアローグをしたら不安が消えるわけでも、ウィルス感染を防げる訳でもない。でも、不安や心配ごとを主題化したダイアローグを続けるなかで、多様な声を聴く中で、そして自分の声も聴いてもらえるなかで、他者との対話による「水平の対話」と、己の心の声との対話という「垂直の対話」が重なる。そして、この二つの対話が重なる中で、己の不安や心配ごとが鎮まっていくのだと、感じている。

外出自粛など、様々な自由が制限され、不安が高まる時期だからこそ、不安や心配ごとを否定せずに、自覚化したうえで、丁寧なダイアローグの機会を大切にしたい。そう改めて感じている。そして、9年前も、今日も、こうやってブログに書きながら、自分の感じた・考えた・経験したプロセスを言語化することにより、自分自身の気を鎮めようともがいている自分がいることも、改めて発見した。

時空を超える「ひとりじゃないよ」

安藤希代子さんからご著書『ひとりじゃないよ—倉敷発・居場所づくりから始まる障がい児の保護者支援』(吉備人出版)をご恵贈頂く。この本は、普段本を読まないお母さんにも読んでもらいたいから、と実に読みやすい文体で書かれている。ざっと読み飛ばそうと思えば、数時間で読み終えそうな本である。でも、僕はあちこちに折り目を付けて、その内容を噛みしめながら味読していた。今日はその「味わい深い箇所」をいくつかご紹介したいと思う。

「私は、自分のせいで子どもの発達が遅れたのなら、逆に言えば、自分さえ努力すれば発達の遅れは取り戻せるかもしれない、と思って、必死になった。発達の遅れを取り戻すためであれば、どんな努力も惜しまない、と悲壮な決意をしたのだ。
今、私が出会うお母さん達の中に、当時の私の姿とダブる方が何人も、いる。みんな、必死なのだ。その必死さの影にあるのは、『自分がわるいかもしれない』という思いだ。『自分が親としてダメだから、この子はこんなことになったのではないか』
これは、自分という存在、親としての存在を、脅かす問いだ。」(p148)

安藤さんは障害のあるお子さんと出会って以来、様々な「支援者」に評価査定され、そのことに苦しんだ記憶がある。だが、それを単に恨み節にしない。自分自身がどのような状況の中で、どのように追い込まれていったのか、の構造をしっかりつかんでいる。そして、「当時の私の姿とダブる方」のためのサポートにつなげていく力を持っている。これが、まず凄い。それだけでない。「自分という存在、親としての存在を、脅かす問い」を前にして、打ち負かされたり、絶望的になったり、諦めたり、しない。自己責任で自分が抱え込んだ経験があるからこそ、他人にもそうせよ、とは言わない。逆にそのような追い詰められる構造を何とかしたい、と思う。でも、あくまでも原体験としての自らの孤独感が、彼女を突き動かす原点となる。

「いい親になりたいのになれない自分のことを、親たちはちゃんと自覚している。だからこそ、自己嫌悪に陥り自分を責め、自分のことが嫌いになってしまうのだ。
そうやって苦しむ親たちを、支援する側は、追い詰めないであげて欲しい。その子育ての不器用さを、責めないであげて欲しい。子どもに向き合えないでいる弱さについて、理解してあげて欲しい。もっと温かい目で見てあげてほしいのだ。
特に子どもの年齢が小さい時ほど、親は傷つきやすい。そういう時期の親をいたわることは、甘やかしではない。親たちのがんばりを認め、ねぎらい、葛藤を理解し、話をしっかり聞いてあげること。それだけで親は気持ちが楽になり、またがんばろうと思える。」(p166)

これは、安藤さんご自身が、「自己嫌悪に陥り自分を責め、自分のことが嫌いになってしまう」経験をしたからこそ、絞り出せるフレーズである。「子どもに向き合えないでいる弱さ」や「傷つきやすさ」に苛まれた経験があるからこそ、支援者による「甘やかし」という査定にも敏感である。原体験に「「いい親になりたいのになれない自分」という罪悪感や自己嫌悪、圧倒的な孤独感を持っているからこそ、その気持ちを持っている他の障害児の母親のことが、放っておけないのである。

「もしできることなら、あの時の自分に声をかけてあげたいと、今でも思う。心配だね、わかるよ。でも子どもはきっと成長していくからね、そしてあなたの気持ちをわかってくれる仲間は、いっぱい、いるからね、と。
今の活動はきっと、過去に救えなかった自分のためにやっているのだろうと思う。誰かの力になろうとすることは、結局、過去に救われなかった自分を救おうとする行為なのだ。」(p144)

このフレーズは、本書のタイトル「ひとりじゃないよ」を象徴するフレーズである。安藤さんが保護者たちのピササポートグループをしているのは、他人事ではない。全くの自分事である。「過去に救えなかった自分」に向かって、「ひとりじゃないよ」「あなたの気持ちをわかってくれる仲間は、いっぱい、いるからね」と、今なら声をかけてあげられる。でも、その過去の私はもうそこにいはいない。だからこそ、いま・ここ、で苦しんでいる、似た境遇にあるお母さん達にバトンを託すために、「ひとりじゃないよ」と声をかけているのである。そして、そのプロセスこそ、「過去に救われなかった自分を救おうとする行為なのだ」と断言する。
なんと、温かみがありながらも、透徹な魂なのだろう。安藤さんは、かつての自分、と目の前の苦しむ母親達、だけでなく、その母親達が「ひとりじゃないよ」と感じて安心する未来や、それに向けて関わる今の私、などの、時間軸を縦横無尽に往復している、でも、根源には、「自分という存在、親としての存在を、脅かす問い」があって、それに対して「ひとりじゃないよ」という圧倒的な「応え」を持っているからこそ、全くブレない。ブレないからこそ、時には大胆な言動も、スッと出てくる。
彼女たちのNPOがこの本の前に作った三冊のハンドブックに関するエピソードをご紹介しよう。寄付集めを募っていたとき、「まとめて買い上げて無料で配りましょう」という提案を何度か受けたという。資金繰りの厳しい小さな団体にとって、またとない朗報にも思える。だが、彼女の反応はきっぱりしていた。

「うちのハンドブックは、お金を出して買ってもらう本です。人は、タダで手に入れたものに価値を感じません。これをタダでばらまく行為は、私たちの本の価値を下げてしまいます」(p190)

「本の価値を下げたくない」
一見すると、ずいぶんお高くとまっているようにも、見える。でも、彼女たちの団体がどのようなミッションやビジョンに基づく活動をしてきたか、を理解すると、その背景が理解できる。本当に必要な人にちゃんと手に取ってもらえるような、そんなハンドブックを作りたい。彼女自身が、仙台から倉敷に引っ越してきたときに、障害のあるお子さんとどこに行けば良いのか、どんな美容院(歯医者、喫茶店・・・)なら親子で受け入れてもらえるのか、に困り果てた経験を持つ。だからこそ、そういう情報を、自分たちの足で稼いで取材して、沢山掲載したい。そういう「価値のある本」を作ってきたという自負があるからこそ、その価値を下げるような行為だけはしたくない。価値ある本として、その価値を理解してもらえる相手に、しっかりと届けたい。それがブレない軸なのだと、感じた。
そして、その軸が遺憾なく発揮されたのが、2018年に倉敷市真備地区を襲った集中豪雨による水害後のことである。発災後すぐの段階で、障害のあるお子さんとお母さんたちの為のしゃべり場(玉島カフェ)を近隣地区で実施し、その後も真備でカフェを継続し、2019年からは、被災者支援に限定しない形での「うさぎカフェ」を真備でも月2回、実施続けている。なぜ、それを続けているのか。安藤さんはこんな風に語っている。

「災害が起きた時に障がい児・者のいる家族を、どうしたら救えるのかの結論にはまだたどり着けていないが、何もせずに漠然と、次の災害までの日々を送るのではなく、平時だからこそできることを、これからも少しずつ積み上げていきたい。」(p246)

これも、徹底的に、他人事ではなく、自分事の視点である。あのとき、被災していたのは、自分と自分の子どもだったかもしれない。かつての自分といま相談に乗っている別の母たち、の時間軸を往復できる彼女の目から見ていると、真備の母親達の苦労に耳を傾けながら、これはかつての私の苦労だったかもしれないし、今後の私の苦労かもしれない、と往復が出来る。だからこそ、「結論にはまだたどり着けていない」からこそ、「平時だからこそできることを、これからも少しずつ積み上げていきたい」と、真備での活動を続けていく。これぞ、ブレない姿勢そのものだ、と感じる。

他にも引用したいところは色々あるが、気になった人は、是非ともこの本を実際に手に取って読んでほしい。そして、言い忘れたが、この本では、こういう保護者活動や居場所づくりを維持発展させ、NPO法人として展開していくためのノウハウや秘訣も、ちゃんと掲載されている。そういう意味では、一粒で二度、だけでなく、何度も美味しい良著である。僕のつたない説明だけでは理解できなかった方は、安藤さんに僕と尾野さんがインタビューさせてもらった雑誌「ボランピオ」の特集号もご一読頂きたい。

リカバリーよりレジリエンス

表題がどちらもカタカナ語で申し訳ない。適切な日本語表記が見当たらないのだ。書きながら、よい日本語訳を考えたいと思う。

リカバリー(recovery)は回復力と訳され、レジリエンス(resilience)は復元力・弾性力などと訳されている。それだけみると、実に似ているようだが、Resilienceというタイトルそのものの本を読んでいて、二つの定義の大きな違いに気がつかされた。

Resilient systems may have no baseline to return to -they may reconfigure themselves continuously and fluidly to adapt to ever-changing circumstances, while continuing to fulfill their purpose. (p17)

「レジリエントなシステムは、戻るべきベースラインを持っていないのかもしれない。レジリエントなシステムは、不断に己を最構成しなおし、常に変化する環境に水のごとく適応するなかで、目的の達成にむけて動きつづける」

実は日本語訳の本を読んでいた時に全然読み流していたのだが、英語をゆっくり読んでいて、気づいた点が、この部分である。リカバリーは、ベースラインに戻ることを意味する一方、レジリエンスは、自らを再構成して、新たな環境に適応すると。この二つは、全く違う概念である、と気づかされる。つまり、リカバリーは「以前の状態に戻ること」を指し、レジリエンスは「過去と違う現在に再び適応するように自らのあり方を変えること」である。リカバリーは過去と地続きの現在を前提にして、過去のベースラインに戻れるという考え方である。その一方、レジリエンスは、戻るべき過去から切断された今を起点に、その「いま・ここ」に適応するために、自らのあり方を水のように流動的に変えていく、という考え方である。

いつも対話をしてくださっている阪大の深尾先生と、彼女の友人のStephenさんとの昨晩のZoom対話でこの件を取り上げてみたら、Stephenが「レジリエンスはproactでありad-hocismに通じていて、リカバリーはreactであり、既に知っている何か(something what you kew)に繋がっているね」と指摘してくれた。reactって、リアクション(reaction)の動詞形であり、何かが起こった後に反応することである。一方、proactはproが先に、という意味を持っていて、先んじて行動する、先手を打つ、などと辞書に書かれている。そして、ad-hocというのは、その場限りの、という意味である。

この議論を整理すると、リカバリーというのは、ある出来事が起こった後に、対応を考えることであり、しかもベースラインに戻る、という表現にもあるように、既に知っている過去に戻ることが念頭に置かれている。一方、レジリエンスというのは、起こってしまった現実に対して、そこで自身のあり方を変えながら、その場その場で流動的に先手を打ち、目的達成に向けて、不断に自らの方法論を変えていく、ということである。

なぜこの定義の違いを長々書いたのか。それは、こないだから書いている、新型コロナウィルス騒動において、僕たちが求められているのは、リカバリー型思考ではなく、レジリエンス型思考ではないか、と思い始めているからである。

リカバリーとは、過去のベースラインに戻ること、と書かれていた。それはある種、前例踏襲主義にも通じている。安定した、慣れ親しんだ過去に戻ろう、という考え方である。だが、例えば精神疾患に罹患するというのは、人間関係で極限状態にまで追い込まれ、ストレスが我慢できる限界を超えて、急性症状が発現する状態にならざるを得なかった、ということである。でも、病気になった後に、元のベースラインに戻る、とは、病気の前の仕事や学校に行けていた状態に戻る、だけでなく、そのときの高いストレス状態に戻ることでもある。ベースラインには、プラスもマイナスもくっついている。であれば、そのような過去に戻るのではなく、病気という形での身体表現に耳を傾けて、自らの高ストレスな環境や人間関係をこそ柔軟に変えていった方が、その後の生き心地は良いのではないだろうか。すると、リカバリーより、求められるのはレジリエンス志向ではないだろうか。

これを今の社会に当てはめたら、どのようなことが言えるだろうか。

コロナウィルスのピークを1,2週間で収束させて、4月には元通りの生活に戻りたい。オリンピックも観客を入れて通常のように開催したいし、インバウンド経済もそれに合わせて順調に回復したい。オリンピックを通じての経済成長を成し遂げたい、という当初目標を完遂させたい・・・。これらは、2019年までに予期していた未来、である。だが、全世界的に拡がるパンデミック的な事象に出くわしている、2020年3月9日の「いま・ここ」の時点で、上記の想定は、大きな変更を迫られている。というか、学校は一斉休校したし、大相撲は無観客試合をしている。だけでなく、世界各地で感染者や死者が出たり、などというニュースを読む中で、昨年までに想定した2020年のベースライン、そのものが崩れ去りつつある、ということも、薄々多くの人が感じ始めている。

つまり、元あった状態に戻すための努力を後追い的にしているというリカバリー的発想が、機能しなくなりつつあるのが、この2020年の春なのかも、しれない。いや、本当はいつだって元あった状態の復元は無理なのだが、それが極大化された状態で突きつけられたのが、今かもしれない。すると、僕たちに求められているのは、「不断に己を最構成しなおし、常に変化する環境に水のごとく適応するなかで、目的の達成にむけて動きつづける」というレジリエンスの考え方なのかもしれない。

カオスの状態の中から、新たな動きや展開を見据えて、誰かの言うことを鵜呑みにせず、自分の頭で考え続けて、より柔軟性を持って、臨機応変に、行動をどんどん変えていく。

これは、緊急時の動き方の基本のようにも、思える。ただ、救援現場にいるわけではない、日常生活を送る自分自身に言い聞かせたいのは、ハイになって、テンション高く、あってはならない、ということだ。

僕たちは、危機の時ほど、そこから逃れようと必死になる。ハイになったり、テンションを高めて、非常時を切り抜けようとする。非常時対応としては、大切なのかもしれないし、現に様々な現場で休みを返上して対応してくださっている方々には、心から敬意を表する。

だが、そういう持ち場にいない僕まで、ハイになったり、テンションを高める必要はない。不安なときほど、落ち着くことが大切だ。「いま・ここ」の不確実な状況を落ち着いて眺め、カオスの状態の中から、新たな動きや展開を見据えて、より柔軟性を持って、臨機応変に、自分が新たに出来ることやしたいことをやってみて、行動をどんどん変えていく。思考停止に陥らず、考え続ける。そういうあり方が、少なくとも僕自身に求められているのだと思う。

ここまで書いていて、昨年の香港ではやったあの言葉を思い出していた。

「心を空にしよう。水のように形をなくすんだ。水になれ。友よー」
(“Empty your mind. Be formless, shapeless, like water” “Be water my friend.”)

これは香港が生んだ世界的スター、ブルース・リーの言葉であり、香港デモを象徴することばである。

心を空にしよう、というのは、「あれをするはずだった、こうなるはずだった、そんな筈は無かった・・・」という想定内の思い込みから自由になれ、とも解釈する事が出来る。その上で、水のように形をなくすことで、思い込みや前例から自由になることで、自分の有り様を柔軟に変化させ、それが結果的に想定外の事態に柔軟に対応し、適応していくことが出来る主体へと変化できる。

僕が学んできたオープンダイアローグでも、「いま・ここ」での対話、や不確実性に耐えることの重要性が指摘されてきた。すると、ベースラインに戻るリカバリーのための対話、ではなく、不確実な「いま・ここ」に適応していくための、レジリエンスに基づいた対話、が必要とされているのかも、しれない。

で、レジリエンスをどう日本語にするか、だが、復活力でも弾性力でもない、柔軟に動き変わる力、とか、臨機応変に形を変える力、とか、そんな風に言えるだろうか。「○○力」って言えたらしっくり来るのだけれど、思いついた人があれば、教えてください。