『ソーシャルワーカーのソダチ』を読んで

長沼さん、荒井さんから御恵贈頂いたこの本。少し前に読んでいたのだけれど、なかなか時間が取れなくて、お二人の執筆部分についての感想を、備忘録的に書いておく。

荒井さんの「”教えない”ソーシャルワーク教育」は、僕自身の講義スタイルと似ているな、と感じた。従来型の「教える」とは唯一の正解を教師→生徒の一方通行で伝達する、というスタイル。これは、パウロ・フレイレが知識詰め込み型教育をさして「銀行型教育」と名付けたフレームそのものである。

一方、荒井さんは「教えないことによる主体的・対話的な学び」の可能性を指摘する。「正解」がたった一つに定められない対人援助の現場だからこそ、教員の役割は主体的な学びを支える、対等な関係を維持することだ、と言う。「正解」思想が「独善的で閉鎖的なモノローグ(独話)」である一方、「教えない」ことで生まれるのは、「学ぶひと(教わるひと)との開放的なダイアローグ(対話)」という整理は、深く頷いた。フレイレはそれを「問題解決型教育」と名付けているが、荒井さんの整理と通底している。

「主体的・対話的な学びには『正解』が設定されていません。いくら繰り返しても、『正解』にはたどり着けないかもしれません。しかし、『支援』という営みに正面から向かい、深く学ぶことを可能にするように感じます。このようにみてくると、『教育』とは、教科書的で、標準化された内容をそのまま『教える』ことではないということに気づかされます。そこには、逆説的な言い方ではありますが、『教えない教育』の可能性があるように思えます。」(p91)

僕が『枠組み外しの旅』で考えていたのは、標準化された唯一の「正解」を求めるのではなく、その現場でその状況で成功する解決策としての「成解」を求める、という視点である。もともとは、災害救援の現場で生み出された概念なのだけれど、福祉現場でもこの「成解」概念はすごく大切だと感じていた。最低限度の質保障としての標準化思想そのものを否定する気はない。だが、それは自分で読めば理解できる。大切なのは、自分がある課題に深く向き合うための、教える人と学ぶ人の主体的な出会いと関与、という意味でのダイアローグなのである。そして、その主体的な出会いと関与の中にこそ、支援の醍醐味というか、面白さがある。それは、一回こっきりの、再現不可能なものであり、標準化された「正解」ではなく、その場を豊かにする「成解」の模索こそ、求められているのだ。

そして、そんな主体的な出会いと関与において、大切な「視点」がある。それは、「ソーシャルワークの多様な『視点』を考える」の中で長沼さんが取り上げる、「視点」に内在する「立脚点」と「注視点」の違いについて、である。立脚点としての「自分」と、注視点としての「対象者」がごちゃ混ぜになっていませんか、という問いである。

「『立脚点』としての自分に気づく為には、『注視点』である他者をよく見続けていることが不可欠です。二人で向き合っているとき、相手の反応を引き起こしているのは自分自身だからです。」(p116)

この指摘はズシンときた。未来語りのダイアローグでいう「関係性の中での心配事(relational worries)」そのものである。妻が怒り出したとき、だいたいにおいて僕自身がその「反応を引き起こしている」原因である。でも、ついつい妻が勝手にキレて・・・と相手に原因を放り投げようとしている。そして、僕もキレてしまう。しかし、これは立脚点と注視点の混濁なのである。その混濁のまま、相手に責任をなすり付けようとすると、悪循環のスイッチを押してしまう。僕はこのスイッチを数限りなく、押し続けてきた、というお恥ずかしい経験を持つ。

「自分の発言や態度に対する相手の反応に注意深くなれば、相手の反応から自分の発言を修正することができます。やがて自分の言葉は相手の耳にどう聞こえるか、どう解釈されるかをあらかじめ予測しながら、言葉を選ぶことができるようになるでしょう。やがて『自分が何を言うか、言ったか』ではなく『相手にどう聞こえるだろうか』と考えることができるようになってくるでしょう。」(p116-117)

これも「いてて」な指摘である。僕はつい最近まで、『自分が何を言うか、言ったか』に必死だった。立脚点としての自分に必死で、参照点としての相手への敬意や配慮に欠けていた。そして、独り相撲をとり、勝手に空回りし、悪循環に陥ることが多々あった。でも、最近多少は余裕と落ち着きが出てきたからか、『相手にどう聞こえるだろうか』を考えることが出来る時もある。もちろん、妻と家事や育児を巡って衝突する時などは、まだまだうまくは出来ない。でも、そんなときでも、立脚点と参照点を意識するだけで、僕の視点(=立脚点)の押し付けを防ぐことができ、それだけで悪循環の高速度回転のスイッチを押さずにすむこともある。

「わかったつもりにならない」「不確実差への体制」をもつ。これらは、言葉として理解するだけでなく、実践出来てナンボ、の世界である。ソーシャルワーカーの教育にまつわる本だが、読者の僕は、自分自身の生き方を問い直すことが出来る、大変味わい深い本だった。

御恵贈、誠にありがとうございました。

『ヒロインの旅』から学べること

最近、ゼミ生や福祉現場の若手などと、じっくり関わりながら、個々人の成長を応援する場面が多い。その中で、感覚やセンスのよい女性の多くが決まって陥りやすい、ある穴ぼこがあるように思った。それを解きほぐすきっかけとなる、一冊の本と出会った。

「渦のはじまりは『女は受け身でずるくて怒っているから嫌だ』という気持ち。ヒロインはそこから『英雄の旅』にダイブする。仲間を作り、男と同じように社会で身を立てようとする。だが、その先に心がすさむ時期があり、『ダークフェミニン(女性の闇の側面)』と直面する。
闇に落ちたヒロインは癒やしを求める。この本で『母/娘の分離』と私が繰り返し述べる『女性の暗い傷』があるからだ。闇から光への帰り道で自分の本質を見直し、過去の生き方に統合売る。」(『ヒロインの旅』モーリン・マードック著、フィルムアート社、p15)

ここで触れられる「英雄の旅」とは、神話学者ジョセフ・キャンベルが繰り返し述べる「神話や物語の原型」である。だが、この際の主人公はヒーローであり、男性である。女性の臨床心理士である筆者は、女性の主人公であるヒロインは、どのような物語を辿るのか、それが男性とどう違うのか、を探る内面の旅に出かける。

その結節点にあるのが、『母/娘の分離』という『女性の暗い傷』である。そして、この「女性性からの分離」から「男性性との同一視と仲間集め」→「試練の道」→「成功の幻想」などの「光」を辿った後、「精神の乾きを知る:死」以後、「通過儀礼と女神への下降」→「女性性を見直す」→「母/娘の分離の修復」→「傷ついた男性性の修復」をへて、「男性性と女性性の統合」へと至る円環モデルを提示している。

この円環モデルは、僕が出会う女性達の試練を非常に象徴的に表しているようである。僕はなぜか「よい子」の女性と出会う事が多いのだが、僕が関わる女性達に多いのが、この「母からの分離」で苦悩している姿である。

「母のアーキタイプは二つある。一つは無限の愛を注ぐグレート・マザー(太母)。もう一つは停止や抑圧、死を表すテリブル・マザー(恐ろしい母)。どちらも人が幼少期までに感じ取る。子供の自我が発達するまで、母親のやさしさは肯定的な力、無視や過干渉は否定的な力と認識される。」(p34)

僕が出会う「よい子」のゼミ生や若い支援者の女性達は、母親の顔色をうかがい、母親が認めてくれる範囲内でその評価を勝ち取ろう、とする娘の姿である。それは、無限の優しさに護られた、というより、ある時期からその「優しさ」に「支配」されていたにも関わらず、「グレート・マザーへの思慕」を疑うことなく絶対視し、あるときから停止や抑圧などのテリブル・マザーに支配されていることに気づけない、気づこうとしない、気づくのが怖い、という娘の姿である。これは、女性のゼミ生達が、これまでも繰り返し表現してきたことであった。

そして、このままではいけない、と就職し、職場で男性性を獲得する旅に出る。男以上に一生懸命働き、「試練の道」を経た上で、成果と評価を獲得する。それは女性にとっての一定の成功であるはずだが、仕事だけでは満たされない「精神の乾き」を知り、エッジに立たされる。

「ヒロインが何かを断るには、かなりの抵抗がある。挑戦しない人間は無責任な弱虫に見られるからだ。社会的に言えば、それは死と絶望に近い。出世する人とは多くの事を上手くこなす人だ。ほとんどの人はその逆の生き方が理解できず、ただ恐れる。何かを『する』のをやめるなら、ただ『いる』術を知ることだ。」

僕自身も、子育てを始めて、「ただ『いる』」ことが、「する」中心の人間にとって、ある種の「死と絶望」に近いことをひしひしと感じる。社会的な評価とは、何かを「する」ことによって得られる。だが、育児に代表されるケア労働は、同じ「する」であっても、家庭内(=密室)での「する」であり、子ども自身の「いる」を支えるための基盤作りである。それは「多くの事を上手くこなす」「出世する人」とは「逆の生き方」である。必死になって何事かを「する」生活にこだわってきた人間にとって、それを減らして子どもと「ただ『いる』」生活へと転換することは、時間的な変更だけでなく、ある種生き方の変化をしないと、うまくアジャスト出来ないのではないか、とも思い始めている。

実はこの本を読んだ直後に読んでいた、話題の「OPTION B」も「精神の乾きを知る:死」以後、「通過儀礼と女神への下降」「女性性を見直す」プロセスが書かれた本であった。

自身の最愛の夫であるデーブが急死したフェースブックのCOOシェリル・サンドバーグ。彼女の悲嘆からの立ち戻りを描いたこの本を読んでいて、ポジティブ心理学のアダム・グラントが共著であるがゆえ、この本は悲嘆の中でもシェリルがどのようにレジリエンスを獲得していくのか、にフォーカスが当てられている。だが、「ヒロインへの旅」の下記の部分こそ、シェリルの苦悩を言い当てる表現だった。

「冥界下りの時期は無防備になる。自分の怒りに圧倒されるかもしれないし、自分が誰かわからなくなり、役割は機能しなくなり、不安になる。荒涼とした、女でなくなった感じや体内をかき回されるような痛み。地上の暮らしは続いても、心はずっと闇の中にある。」(p135)

シェリルが夫を亡くしてからの日々の中で、色々な人のサポートを受けながら、このような「冥界下り」を乗り越えていった。これは避けようのない試練であるが、だからこそ、彼女は泣きじゃくり、悲嘆に暮れ、絶望に陥りながらも、そこから生還し、そのプロセスを書籍化した。そして、夫デーブの喪失の中から、自らの「女性性」や「男性性」を修復し、統合していくプロセスの旅に出た、ともいえる。

僕は男性として、「ヒロインの旅」をどう支えられるのだろうか。それは、よくわからない。でも、妻や娘、ゼミ生や現場で出逢う女性達の苦悩や障壁を、この旅の途上と捉えたら、少なくとも余計なお世話をせずに、見守ったり寄り添ったり出来るのかも知れない。そう思い始めている。

規則や権力への「従順」という「病」

バニラ・エアが車いすユーザーの搭乗をサポートせず、自力でタラップを上がらせた問題。これが報道されて以後、様々な意見が出されてきた。一般論で言えば、差別解消法に定める合理的配慮の提供が公共交通機関では定められていて、今回のバニラ・エアはそれが適切に出来ていなかった。落ち度は航空会社にあった、ということである。国交省もその線での指導をする。

だが、今回この件について、ツイッタ上などで、少なからぬ一般人が、被害者でもある車イスユーザーに同情するどころか、彼に攻撃的な言説を述べている。僕もこの問題についてツイートしたところ、リプとして「規則に従わないのは、わがままだ」「悪意あるクレームだ」「現場職員のことも考えよ」「お客様は神様ではない」「障害者のコストは・・・」「 障害を持つ者は従業員に何を要求しても許されるのか?」といった意見が寄せられた。

基本的にはこれは個々人の感情の問題ではなく、法律違反である。その根拠はDPI日本会議の声明に出尽くしている。以上。で終わりたいところなのだが、どうやら法律論だけではなく、感情的反発が強いようだ。そのことについては、弁護士の伊藤和子さんも掘り下げた論考をしている(バニラエア問題、声をあげた人へのバッシングはもうやめて。生きづらさを助長していませんか?)。そして僕は、伊藤さんも書かれているが、今回の騒動を通じて、私たちの「従順さの病」がかなりわかりやすい形で露呈したのではないか、と感じている。

「なぜ人間が他者を苦しめたり、侮辱するのかを理解するために、私たちはまず、『自分が自分自身の何を嫌悪しているのか』をとらえなければならない。私たちが相手の中に見いだす『敵』は、もともとは私たち自身の中に見つけることができる。私たちが押し殺そうとするものは、私たち自身の中の一部である。つまり私たちは、自分自身が人間性の萌芽を持っていたことを思い出せる『自分の中の異質なもの』を消滅させるのである。」(アルノ・グリューン『従順さという心の病』ヨベル、p43)

バニラエア問題で、当該の障害者を「敵」として攻撃する人は、法的問題で争いたいのではない。明らかに感情的反発というか、罵詈雑言レベルの言葉が使われている。その根拠は、タラップを自力で登った障害者にではなく、反発する人「自身の中にみつけることができる」のではないか。「敵は己の中にあり」。これが、ドイツ人の心理療法家として抑圧問題を鋭く問い続けてきたアルノ・グリューンの晩年の提起である。彼はヒトラーだけでなく、ブッシュ大統領や毛沢東、スターリンに共通する暴力への衝動を「自分自身への自己嫌悪」の他者への転嫁だ、と喝破する。職員に異議申し立てをし、制止を振り切り、タラップを自力で登る姿をみて、『自分の中の異質なもの』や「人間性の萌芽」を「思い出」しそうになる。それは、自分自身が「押し殺そうと」必死になってきたものなのに、それを易々とやっている(ように見える)障害者の存在に、自己嫌悪の露呈を恐れて、抑圧し、非合理な罵詈雑言や感情的反発に至っているのではないか。これが、彼の論に基づく僕の仮説である。彼は論を進めて、こんな風にも言う。

「ユダヤ人、トルコ人、ベトナム人、ポーランド人、中国人に対してであろうと、『障害者』や『無価値な人』に対してであろうと、『他者に対する憎悪』は、常に『自分自身への憎悪』である。つまりそれは、服従を要求する権威者のもとで生きるために必要な『権威者との結びつき』を確保するため、『従順になることによって断念しなければならなかった自分自身への憎悪』である。」(p61)

そう、『障害者』に『無価値な人』とラベルを貼る「他者に対する憎悪」は、無意識に抑圧している「自分自身への憎悪」なのだ。それを見たくないから、他者に転嫁しているのである。さらにいえば、その憎悪の根源は、自分自身が「従順になることによって断念」していることが多いのに、「あいつはワガママを通して断念していない」という事態に遭遇し、相手への憎悪という形で、『従順になることによって断念しなければならなかった自分自身への憎悪』を振り向けているのではないか。そう展開すると、ツイッタで匿名で罵詈雑言を浴びせる人は、「自分自身への憎悪」に満ちている、という推論もなりたつ。

「従順の原因は、それゆえ、『異質なもの』が-私たちの憎しみや自己疎外の形で-、私たちのうちに生み出される過程の中に見いだすことができる。私たちは従順になることによって、自分独自の感情や知覚を放棄する。(略)その後、その人にとって、権威に必死にしがみつくことが人生の基本となる。人は権威を嫌うが、しかしながら、自己をそれと一体化する。他の可能性はない。自分自身を抑圧することによって、『抑圧する者に向かう憎悪や攻撃性』ではなく、『他の犠牲者に転嫁される憎悪や攻撃性』が呼び起こされるのである。」(p49-50)

バニラエア問題で、ルールに従え、彼はワガママだ、現場職員を困らせるな・・・等々の発言を発する人って、極端な差別主義者ではなく、案外そこらにいる、ごく普通の人だと思っている。もっといえば、職場では真面目で協力的でコツコツ働く人かもしれない。なぜそういう人がこんな発言をするのか? そこには、幼少期の家族関係や親の躾、学校教育などの中で、「自分独自の感情や知覚を放棄する」ことを求められ、親や先生が求める「よい子」を演じてきたからではないか、という「妄想」も膨らむ。これは権力を持つ親や教師による「支配」なのだが、そこに自発的に従う「従順」さとは、前回のエントリーにある自発的隷従論そのものだ。

つまり、自分自身の「感情や知覚」を「抑圧」し、権威に従順になるが、そのことに関する自己嫌悪は消え去らない。だが、それと直面したくない。バニラエア問題なら、本来そのような会社のルールや搭乗拒否という内規を定めた会社そのもの=「抑圧する者」に「憎悪や攻撃性」を向けるべきであり、実際に当該の障害者はそうして、「実力行使に出た」。その「抑圧する者」への異議申し立てに遭遇して、応援するどころか嫌悪感を抱く人びとは、まさに「自分自身を抑圧することによって、『抑圧する者に向かう憎悪や攻撃性』ではなく、『他の犠牲者に転嫁される憎悪や攻撃性』が呼び起こされ」たのではないか。だからこそ、「ルールに従え」「他の客や職員に迷惑を掛けるな」と、合理的に説明出来る範囲を超えて、ヒステリックに叫ぶのかも、しれない。

で、そこから問いかけたいのである。攻撃すべき相手は、この障害当事者ですか?と。あなた自身が抑圧している自己嫌悪や、従順さ、それを強いている「抑圧する者」にこそ、異議申し立てをすべきではないですか。と。なぜ第三者のあなたが、障害当事者ではなく、航空会社の味方をするのでしょうか? 『他の犠牲者に転嫁される憎悪や攻撃性』の背後には、『抑圧する者に向かう憎悪や攻撃性』の隠蔽はありませんか? そして、それを認める事は、「自分独自の感情や知覚を放棄」した事実を思い起こさせ、「私たちの憎しみや自己疎外」と向き合う苦しみに直結することだから、必死になって否定し、他者に転嫁している可能性はないでしょうか? 他人を攻撃する前に、そう攻撃したい自分自身の内在的論理こそ、捉え直す必要はないでしょうか?

これは、僕のオリジナルな問いではない。僕が、パウロ・フレイレから学んだことであり、「枠組み外しの旅」を書く中で問いかけた、自分自身への抑圧や自己嫌悪、従順さへの問いそのものでもある。

自発的に奴隷として従う

昨日の福祉社会学の授業で、自分が変われば社会が変わるか、という内容で議論をしていた。これは、僕の『枠組み外しの旅』の2章を読んでもらった上でのディスカッションだったのだが、なかなか興味深い話になった。

複数の学生が、「社会が変わらない限り、自分一人が声を挙げても、何も変わらないのでは?」と意見を述べていた。その理由を聞くと、支配されている側が、「自分は支配されているんだ」と気づいたところで、支配する側のルールを変えることができない限り、言っても無駄ではないか、という理由である。僕はこれを聴いて、『自発的隷従論』というフレーズを思い出し、黒板に書きながら、学生達の議論に活用してみた。とはいえ、お恥ずかしい限りなのだ、このタイトルの書籍は「積ん読」状態。早速家に帰って、読んでみた。著者のラ・ボエシは1530年生まれのフランス人。だが、500年前に別の文化で書かれたとは思えないアクチュアリティのある記述だった。

「農民や職人は、隷従はしても、言いつけられたことを行えばそれですむ。だが、圧政者のまわりにいるのは、こびへつらい、気を引こうとする連中である。この者たちは、圧政者の言いつけを守るばかりでなく、彼の望む通りにものを考えなければならないし、さらには彼を満足させるために、その意向をあらかじめくみとらなければならない。連中は、圧政者に服従するだけで十分ではなく、彼に気に入られなければならない。彼の命に従って働くために、自分の意志を捨て、自分をいじめ、自分を殺さなければならない。彼の快楽を自分の快楽とし、彼の好みのために自分の好みを犠牲にし、自分の性質をむりやり変え、自分の本性を捨て去らねばならない。彼のことば、声、合図、視線にたえず注意を払い、望みを忖度し、考えをしるために、自分の目、足、手をいつでも動かせるように整えておかなければならない。はたしてこれが、幸せに生きることだろうか。これを生きていると呼べるだろうか。この世に、これ以上に耐えがたいことがあるだろうか。」(ラ・ボエジ『自発的隷従論』ちくま学芸文庫、p70-71)

学生達は、まだ「隷従はしても、言いつけられたことを行えばそれですむ」状態のままでいることの方が多い。だが、日本で働く人の中には、「圧政者の言いつけを守るばかりでなく、彼の望む通りにものを考えなければならないし、さらには彼を満足させるために、その意向をあらかじめくみとらなければならない」人が結構いるのではないだろうか。話題の「忖度」だけでなく、「服従するだけで十分ではなく」「気に入られ」るために真面目に努力して、必死になっている人も、いるのではないだろうか。

だが、これは良くないことだとラ・ボエジは喝破する。その理由は「彼の命に従って働くために、自分の意志を捨て、自分をいじめ、自分を殺さなければならない」からである。いくら仕事だから、とはいえ、肝心の自分自身の「意志を捨て」、「自分の好みを犠牲にし、自分の性質をむりやり変え、自分の本性を捨て去らねばならない」状態が続くのは、文字通り自分に対する「いじめ」であり、自分自身への精神的な自殺である。これは「幸せに生きること」からほど遠いし、「これ以上に耐えがたいこと」はないくらい、しんどい状況である。

では、なぜこのような精神的自殺が簡単に生じるのであろうか。それを「馬の轡(くつわ)」を例に、ラ・ボエジはひもとく。

「どれほど手に負えないじゃじゃ馬も、はじめは轡を噛んでいても、そのうちその轡を楽しむようになる。少し前までは鞍を載せられたら暴れていたのに、いまや馬具で身を飾り、鎧をかぶってたいそう得意げで、偉そうにしている。さきの人々〔生まれながらにして首に軛(くびき)をつけられている人々〕は、自分たちはずっと隷従してきたし、父祖たちもまたそのよう生きてきたと言う。彼らは、自分たちが悪を辛抱するように定められていると考えており、これまでの例によってそのように信じ込まされている。こうして彼らは、みずからの手で、長い時間をかけて、自分たちに暴虐をはたらく者の支配を基礎づけているのだ。」(p44)

「どれほど手に負えないじゃじゃ馬」も、一度飼い慣らされると、その飼い慣らされた状態を「楽しむようにな」り、その状態に「たいそう得意げで、偉そうにしている」ところまで進む。同じように、ずっと隷従するのがデフォルトになった人々は、隷従する状態こそ、地球は丸いのと同様、絶対不変で「定められている」ものだと「信じ込まされている」し、その信念体系こそが、「自分たちに暴虐をはたらく者の支配を基礎づけている」のである。

僕はどの授業でも、様々な価値前提を問い直すような内容を取り扱っている。例えば、スウェーデンでは家族内の体罰も法律によって禁止されている映像を見せた後、日本にもそれは可能か、と尋ねることがある。すると少なからぬ学生は、「日本ではそんなのできっこない」「世の中の当たり前を変えるのは簡単ではない」と答えることがる。だが、これは自らが進んで、「轡を噛む」「首に軛をつけられる」状態そのもの、である。このことをこそ、ラ・ボエジは「自発的」に「奴隷」のように「付き従うこと」としての「自発的隷従」と呼んだのではなかったか。それは、500年前のフランス社会だけでなく、実に今の日本社会にもしっかり根付いている構造的課題である。

これを乗り越えるために、何が必要か。ラ・ボエジは、実に当たり前だが、なかなか簡単には得られない、あるフレーズを指摘する。それが「自由」について、である。

「自由な者たちは、だれもがみなに共通の善のために、そしてまた自分のために、たがいに切磋琢磨し、しのぎを削る。そうして、みなで敗北の不幸や勝利の幸福を分かちもとうと願うのだ。ところが、隷従する者たちは、戦う勇気のみならず、ほかのあらゆることがらにおいても活力を喪失し、心は卑屈で無気力になってしまっているので、偉業をなしとげることなどさらさらできない。圧政者どもはこのことをよく知っており、自分のしもべたちがこのような習性を身につけているのを目にするや、彼らをますます情弱にするための助力を惜しまないのである。」(p49-50)

現代日本社会で、圧倒的な「圧政者」はいない。だが、日本社会の抑圧的システムそのものが、人々の自由を奪い、人々が「戦う勇気」を捨て、「卑屈で無気力」になるように、「ますます情弱にするための助力」をしているのではないか、と思う。空気を読む、忖度する、学校や労働現場でキツイ管理をする・・・これらの中で、圧政的システムに隷従する「習性」がついていく。大学生を眺めていても、この「習性」がついている学生の比率が、年々高まっているように思う。「じゃじゃ馬」は減ってきて、「卑屈」や「無気力」が高まることは、ある種、文句を言わずに黙って働く労働者を前提とした勤労国家日本型システムの「成果」そのものであるが、一方では日本社会の多くの人々が「飼い慣らされたシステム」へ隷属している、ということでもある。

だからこそ、「もう隷従しないと決意せよ。するとあなたがたは自由の身だ」(p24)という彼の指摘は決定的に重要である。「隷従しないという決意」は、隷従するシステムそのものから抜け出す決意である。少なくとも、そこで魂が殺されない、という宣言でもある。これは、惰性化した習慣から一歩踏み出すだけでなく、その習慣を変え、「共通の善のために、そしてまた自分のために、たがいに切磋琢磨し、しのぎを削る」ための第一歩である。一人で始めても、簡単には社会は変わらない。だが、だからといって隷属していては、そのシステムが強化されるだけである。であれば、まずは「もう隷従しないと決意」することが大切なのだ。そして、失われた「自由」を求め、まずは自分の快楽や好み、望み、意志を取り戻すことこそ、必要不可欠なのだ。それが、自分自身の「魂の脱植民地化」であり、日本社会が暮らしやすい社会に変わるための、重要な第一歩なのだと感じている。

授業前に読んでおけば、こういうことが伝えられたのに、と思いながら、メモ書きしておく。

一呼吸を置いて、まずは聴く

このタイトルは、僕が今、一番変えねばならないポイント。先日、妻に指摘された。

「あのさ、相手の話を聴いた時、『へぇ、そうなん!』で良いところを、どうして『それについて僕はね・・・』なんて言い出すの? コメントを求められているのではなく、共感や理解を求められる時にまで、どうして自分の意見が言いたくなるの?」

いてて!そこ、自分でも一番の弱点と思っている部分です・・・。

実はこないだのAD集中研修中でも、飲み会の席で、気づけば心理療法家であるSさんに、「僕は『なんで?』を多用するんです」とこぼしたら、飲みながら「なんで返し」で突っ込まれていた。

「実は僕、だまって聴くだけ、が苦手なんです」
「なんで?」
「間が怖いというか、相手の話に何か付けて返さなければならない、という強迫観念のようなものがあるんです」
「なんでそんな強迫観念をもっているの?」
「えーっ・・・、なんでやろう・・・。なんか沈黙があると、ついついしゃべりだして場をもたせようとする自分がいます」
「なんであなたが場をもたせる必要があるの?」
「うぇーっ!!! 確かにその通りや。でも、ゼミ生との飲み会でも、ついつい場を盛り上げようと必死にしゃべって疲れ果てる僕がいて・・・」
「なんでそんなに頑張るの?」
「ひゃぁーーー。助けて! でも、なんでなんやろう。そうやって合いの手を入れて必死になると、疲れ果てるんです。でも間が怖いような気もします。それはなんで???」

なるほど、この「なんで?」攻撃はかなりえげつないことがその時よく分かりました(笑)

閑話休題。

こんなエピソードの後だったので、妻の指摘を受けた直後の妻との会話は、「相手の話の確認モード」に徹してみた。

「そんな余計な事を言わんと、共感の言葉を出すだけで充分なんじゃない?」
「そうか、余計な事を無理に言わなくてもよいんだね」
「そうそう、たいていの場合、相手はそこで議論をしたくないんだから。ただ、共感してほしいだけだから」
「なるほど、共感してほしいだけで、議論したくないなら、余計な合いの手はいらない、と」
「そうよ。それに、余計な一言は、火に油を注ぐ、というか、自分が巻いた種で面倒な事を引き起こして炎上した経験、あるでしょう?」
「確かに、巻いた種で、火に油を注いで、疲れ果てたことは一度や二度では無い」
「だからこそ、相手の発言を聴いた後、『俺の意見を言わねば』なんて頑張らないで、スーッと聴いて受け止め、理解していることを伝えるだけで、充分な場合も多いんじゃない?」
「そうか、聴いているよ、と伝えるには、この前の研修でも習ったけれど、こういう事実確認をするだけで、充分なんだね。頑張らなくてもよい、のかもね」
「そうそう、今日はいつもと違って余計な返しやツッコミが無いから、以前から言いたかったことが、ずいぶんスッキリ言えたわ」
「僕の余計な返しがないと、言いたいこともスッキリ言えるんだね」
「ほんとよ!」

こう書くと、少し技法チックだが、実際僕は随分省エネで話せたし、妻は今までよりも随分「聴かれた」という感覚を持ったそうだ。

大学院生の頃は、何の肩書きも社会的信用もなかったので、自分の意見を聞いてもらうために、必死でアピールしていた。自己顕示欲もあるのかもしれないが、それよりも、「言わないと誰も聴いてくれない」「存在がなかったことにされる」という危機感・切迫感がひどく内面化されているのだと思う。でもその実、対話空間が好きだ、なんて言いながらも、そういうやりとりの後はごっつう疲れ果てている事も、一度や二度ではなかった。つまり、自分では「自然体のつもり」でも、実際はかなり「無理して」「合いの手を入れている」ことが多かったのだ。

だが、こないだのAD研修で学んだのは「話すと聴くを分ける」と「ポリフォニー」。一方、これまでの僕は、相手の話を聴きながらも、自分の話すことを考えたり、その合いの手を入れるタイミングを探っていたのかも、しれない。それは、僕の中で、相手の話を受け止めて、内的対話をする時間や空間を用意せずに、脊髄反射的なコメントをする、ということを意味する。相手にとっては、その発言に関する情動やパッケージの総体が受け止められていない、という感じになるだろう。また、単なる「オウム返し」ではない事実確認の質問は、「こっちはあなたの話を聴いているよ」とキャッチのサインを出した上で、あなたの話をもっと聴きたいな、という素敵な合いの手なのだ。「なんで?」より、随分マイルドで、相手も答えやすい。そして、僕も相手の発言を整理・要約することで、僕自身の中での対話も促進されている。何より、エネルギーの消費量ががくっと下がって、楽な対応なのだ。

こういう「聴く前提」に耳も口もそろっていると、聴いた後の対応も全然違う。相手の意見は相手の意見として尊重して、でも自分の意見はそれと違っても良いのである。その中で、初めて「ポリフォニー」が生まれてくる。

実はAD研修を受けて目から鱗だったもう一つのポイントが、ポリフォニー。これって、意見を一つの方向性にまとめなければならない、というファシリテーター的強迫観念に縛られていた僕には、本当に青天の霹靂。無理してまとめなくても、「話すと聴く、をわける」事が出来ていると、相手の話を聴いて受け止めた上で、でもそれとは違う自分の意見を共存させる、ということが可能になる。更に言えば、そういう異なる意見が、でも相手の話を聴いた上で、共存しているうちに、何となくのハーモニーが生まれてくる。

これは「妥協」とは違う。各人のヴォイスというか、主体性は守られるし、しっかり聴かれる。でも、他の人のヴォイスを聴いて、その主体性を受け止めることで、自分自身が単独で踊っていた時と違い、ある種のダンスの状態に入る、ということでもある。

今回の研修の中で、「関係性の中での心配事(relational worries)」という考えを聞いた。それに関連づけるなら、ポリフォニーとは「関係性のダンス」なのだ。あなたと私は違う主体や意見を持ちながら、ダンスを続ける関係性を維持する。その中で、ダンスのステップが、少しずつ同期してくる。同調ではなく、お互いが気持ちよい感じで同期していくのだ。

そしてこういう気持ちよい、ポリフォニックなダンスを続けるための「初めの一歩」こそ、「一呼吸置いて、まずは聴く」ことにあるのではないか。そういう仮説を抱き始めた。

「未来語りのダイアローグ」という希望

4月の週末は4週間連続で京都に通っていた。『オープンダイアローグ(OD)』(日本評論社)の訳者である高木俊介さんが、ご自身の所属するACT-Kという精神科の訪問支援チームのメンバー向けに開催されたクローズドな研修に参加させて頂いたのである。高木さんは私財をなげうち、ODの執筆者の一人で「未来語りダイアローグ(anticipation dialogue:AD)」を唱えるトム・アーンキルさんと弟のボブさんを日本で招いていた。ちょうど、そのトムさんに1年前、この依頼する場で通訳の真似事をしたことがご縁で、僕もその研修に混ぜて頂いた。

今回、この研修に参加したかったけど出来なかった人が多かったと聞いたので、少しでもOD/ADの理解に役立てば、と一参加者として感じた事・理解した事をまとめておく。なお、ちゃんと理解したい人は、先述の本をしっかりお読みになることをお勧めする。

ADのプロセスとは、おおむね次のようなものである。社会関係がうまくいかず・つまづき、支援者が介入するもうまくいかない「困難事例」に関して、「当事者(家族)の『問題』」に焦点を当てず、「支援者の『心配事』」に焦点を当て、それを解決するために、当事者や家族、支援者などの関係者に集まってもらう。そして、想起(anticipation)すべき未来を当事者と決めた上で、例えば1年後と決めると、次のように聞く。

①「一年がたち、ものごとがすこぶる順調です。あなたにとってそれはどんな様子ですか? 何が嬉しいですか?」②「あなたが何をしたから、その嬉しい事が起こったのでしょうか? 誰があなたを助けてくれましたか? どのようにですか?」
③「一年前、あなたは何を心配していましたか。あなたの心配事を和らげたのは、何ですか?」

この3つの質問について、ご本人だけでなく、ご本人に関わる支援者にも一人ずつ話してもらう中で、みんなの心配事だけでなく、希望する未来に向けての具体的な行動が明らかになり、本人と家族や支援者の関係が大きく変わり始める。

・・・これだけ聞くと、ほんまかいな?と疑いたくなる。僕も半信半疑、というか、「そうなればいいけど、1回のミーティングでそんな変化が生じるだろうか」と半信半疑だった。だが、実際の事例を通じての「ライブダイアローグ」のセッションの場面で、ACT-Kの利用者さんと支援者達が、トム&ボブの二人のファシリテーターに上記の3つの質問をされて話し合う場面を別室からの映像越しに眺める中で、本当に「ほんまかいな」の出来事が「ほんまに」起こっていったのである。これが、最大の驚きだった。先ほど、上述の本の第4章を読み直したが、そこに書かれていた通りのことを、トムやボブは実践し、それで大きく場面が展開していたのである。それは一体どういうことなのだろうか。少しだけ、体験したことの振り返りをしておきたい。

まず、他の多くの参加者が言っていたことだが、「聞くと話すをわける」「安心して話せる空間を確保する」、というのが、この未来語りダイアローグの最大の特徴だろう。ファシリテーターがこのミーティングをハンドリングするのだが、通常のケース会議やサービス担当者会議と違い、「ファシリは事例に関わっていてはいけない」「ケースにではなく、ダイアローグに集中するのがファシリの役割」なのである。これは一体どういうことか?

困難事例、とは、支援者が通常のかかわり方でうまくいかない事例、である。つまり、その困難性は「支援者にとっての困難」でもあるのだ。だからこそ、会議では「支援者の困難を解決する為に本人に協力して頂く」というスタイルをとる。支援者が本人の困難性について論じる、というのは、ご本人にとっては自分が批判や非難の対象である、と感じやすい。だから、本人の困難に焦点をあてるのではなく、支援者が何を心配に感じているのか、を主題化するのだ。ゆえに参加した当事者は、支援者の困難性を解決するのを助ける立ち位置、を取る事が出来る。ここが、通常のケース会議とは全く違うところである。

そして、上記の例でもわかるように、支援者が「困難さ」を感じている事例について「相談」するのだから、その事例に関わる支援者が会議のファシリテーターになってはいけない。あくまでも、一参加者として、当事者とも対等な立ち位置で、その「心配事」について「相談する」のである。だからこそ、外部のファシリテーターが必要であり、今回の京都の集中研修はファシリテーター養成の為の研修であった。

ただ、このADは治療でも心理療法でもない点が特徴である。つまり、一定のトレーニングは必要だが、資格がないと出来ない、ということではないのだ。その代わり、心配事がかなり極度になっている急性期においては、ADではなくケロプダス病院でやっているようなODの手法が必要であり、ADでは対処出来ない。一方で、急性期では無い心配事で、混乱している状況を整理するためなら、精神医療の現場以外でも、例えば組織内・組織間コミュニケーションの不全などの問題でも、このADのファシリテーションは使える、というのが、僕にとって最大の発見であり、魅力だ。

実際に自分も「脱施設化」に向けた「未来語り」のplanning meetingに実際のダイアローグの参加者として立ち会った。その中で、僕自身が「脱施設化について1年後、どんな嬉しい変化がありましたか」「あなたは何をしましたか? 誰としましたか?」「1年前の心配事は何で、何があなたの心配事を減らしましたか?」と聞かれた。「自分はどんな未来を想起して、自分には何が出来るか?」と問われるのは、外から観察していると簡単そうな質問に聞こえるが、答える張本人にとっては、結構グッとくる質問である。しかし、自分自身もこの問題であれこれ書いてきたし、それでも変わらない現実に大きなworryを抱えていたので、気がつけば「ファシリテーターとしての腕を1年後に上げています」という「未来語り」をしながら、そうなるための方法論を具体的に話している自分がいた。

この際、一参加者として実感したのは、ファシリテーターがアドバイスも提案もしない、じっくり聞いてくれる、というのが、これほど嬉しい体験か、ということである。「話すことと聞くことを分ける」ことで、僕もライブの間、ほかの人の発言を真剣に聴きながら、自らの中での内的対話をしているし、僕の発言もしっかり聞かれていて、他の人の内的対話を促している。まさに交響曲(ポリフォニー)のような空間なのだ。

不確実な未来についての何らかの提案や宣言は、勇気が要る。しかも、馬鹿にされたら・非現実的だと言われたらどうしよう・・・という不安や心配事も抱えやすい。でも、トムやボブといったADファシリテーターは、「ケースにではなくダイアローグに集中している」ので、どんな発言でも、批判も非難もされない。具体的に「いつからですか?」「それは一体何ですか?」という事実質問をする。前回のエントリーで「なぜ?」の問題を問うたのは、ここに起因する。語りにくい未来を恐る恐る語った相手に、「なぜ?」と問い詰めたりだめ出しをして気持ちをしぼませずに、具体的な未来像を語ってもらうための、事実質問なのだ。

僕の場合、「ファシリの腕を上げる、ということはどういうことですか?」と聞かれ、こんな風に答えていた。

「この研修で、精神科病院の中で働く方々が、様々な苦悩を抱えているのを知りました。支援者は、自分自身の心配事をそれとして言えない。だからこそ、何かがオカシイと感じても、変わることが出来ない。それが結局「どうせ」「しかたない」という諦めや現状肯定につながってしまう。一方僕はそんな現実を問題視し、多すぎる精神科病院に関して、いつも外から批判をし続けて来ましたが、全然変わらない現実に、半分絶望していました。
しかし、今回の研修で、精神科病院の中の人と外の人が対等な場でダイアローグすることが出来たら、そこから風通しが良くなり、精神科病院の現場での苦悩が表面化することで、解決策に結びつくきっかけがうまれるのだ、と思いました。その中で、ちゃんとダイアローグされている病棟現場なら、声高に『脱施設』と言わなくとも、『重度かつ慢性』の人も含めて、どうしたら退院できるか、を話し合う土壌が生まれると思います。
そういう意味で、僕は精神科病院の中の人と外の人が開かれた場でダイアローグ出来るような1年後になっていてほしいし、そのためにはこの1年間で、そういうダイアローグが出来るためのファシリテーターとしての腕を上げたいです。」

正直、こうしゃべりながら、僕自身が楽になっていた。

それは、自分自身の「心配事」が「解決された未来」から、自分が変わるべき課題や具体的に出来るアクションを口に出来るから、である。正直、上記の内容は、この研修を受ける前に、思いもしなかった。でも、精神科病棟のスタッフで参加している研修仲間達のライブダイアローグを拝見したり、対話を重ねる中で、外から批判するより、中の人の心配事を理解し、それを解決するための「建設的対話」を重ねていくことが、中の人が納得して変わるきっかけになるのではないか、と思うようになった。実際、ファシリテーターが入った、病院内の「心配事」に関するダイアローグの後、その病院の関係性は変わり始めるのではないか、という感触を、見ている僕も抱くことが出来た。

だからこそ、僕自身もこのファシリテーターとして、地域の現場や、あるいは病院の内外でのダイアローグの場に居合わせ、未来語りの瞬間に立ち会い、そのダイアローグの手伝いをしてみたい、と思っている。そうすることで、批判するだけではかえって頑なになり、聞く耳も持たれなかった外部者の「声」が内部に届くのではないか、と思っている。そして、病院の内外の人が対等な立場で、病院の人の「心配事」に向き合う事が出来れば、内外の障壁の高さが下がり、それがひいては病院職員のマインドを変え、結果的に「脱施設とは言わない脱施設化」を進める兆しになるのではないか。そんな「想起(anticipation)」をし始めている。

ちなみに、今回の通訳をされたのは、あの『プシコ・ナウシカ』を書いた松嶋健さんだが、彼と二人で、精神病院の内外でのオープンな対話って、イタリアのアッセンブレアそのものだよね、と話し合っていた。そう、イタリアの脱施設化は、病棟内でのオープンな対話から始まったのだ。それを日本で実現するためにも、この「未来語りダイアローグ」は充分使えるのではないか。そう思うと、希望がわき、ワクワクとした4週間だった。

さて、ファシリテーターとして、どこから何が出来るのか? 僕の具体的なアクションプランが、始まろうとしている。

「なぜ?」から距離を置いてみる

気づけば研修や授業でファシリテーターをする場面が多い。とはいえ、これまでファシリの研修を受けたことなく、参考文献を我流に読み込みながら、現場で鍛えられてきた。

とはいえ、我流には限界がある。そこで今、あるクローズドな研修の場で今、学び直している。その中で、研修の本論とは関係ないが、今の僕にとっての最も大きなハードルにぶち当たっている。それは、「なぜ」を使わない質問、である。僕が参加しているその研修でも、実際に「なぜ」を使わない。それは「なぜ」か?

僕の実像を知っている人にはご案内の通り、僕は「なんで?」の竹端である。インタビューでも、授業でも雑談でも、どんなところでも「なぜ?」の問いを深めていく。それは、価値前提を問い直すために必要不可欠な問いであると思っている。これは、「哲学の巫女」で夭逝した池田晶子の産婆術から学んだもので、僕自身が20代にずっと彼女の本を読み続け、30代で研修や授業を持つようになると、その骨法を使い続けてきた。

授業でも、例えばシングルマザーの貧困問題を取り上げると、「自己責任論」に共感する学生もいる。自分が選んだ相手なのだから、仕方ないではないか、と。その時、学生がどのような根拠で「自己責任」だと思っているのか、そこにはどのような前提があるのか、その前提はどういう時には機能するが、どういう時には機能不全に陥るか。それは自分自身と関係のないことか・・・を「なぜ」をもとに考えあっていく。すると、価値前提に含まれた臆断や他人事的な視点が崩れ、自分事として物事を見つめ直せる。そんな場面に出会ってきた。これぞ、池田晶子が舌鋒鋭く書き続けてきた、「問いかけ、考え続ける中での価値前提の問い直し」である。

だが一方、この「なぜ?」はしばしば原因追及になったり、放っておけば「問い詰める」表現になりやすい。そして、研修や授業の場で、あまりに僕と価値前提が違う人に「なぜ?」を問うていると、その前提を問い直すモードから、いつしか「相手の糾弾」に転化する場面が、たまにある。そしてそういう「糾弾」モードに入ったら最後、相手も頑なになり、対話が二項対立的議論の泥沼に変化し、不全感が満載で終わる。最近ではそんなことは少なくなったが、以前はたまに「やらかしていた」。

僕が受講している研修では、「対話が二項対立の泥沼」にはまらず、良き未来を想起するための方法論を学んでいる。その際、「なぜ?」と「説明」を求めるのではなく、「いつ?」「どこで?」といった「行動」を促す質問が大切だ、と学びつつある。

この逸話に関連して、ファシリテーターの知り合いが「こんな本ありますよ」と教えてくれた本がある。指摘された本は、実は僕自身が以前読み、線まで引いていながら、実践できていなかった本でもある。

「一般に、質問をする場合、英語の5W1Hを聞いていくようにするとよいと言われています。しかしながら、5WのうちWhyは避け、残りの4つ『When=いつ』『Where=どこで』『Who=誰が』『What=何を』の4つに置き換えるよう努めてください。中でも一番簡単かつ強力な質問が『いつ?』というものです。何か相手が問題を語り始めたら、『どうして?』と原因や動機を尋ねるのではなく、『一番最近それが起こったのはいつですか?』と尋ねます。さらに『その前は?』と聞いていく、相手はどんどん思い出してきます。次には、『それはどこですか?』『誰と(あるいは誰が、誰に)?』『何を?』などと聞き込んでいきます。そうしているうちに、相手は、原因や動機、あるいは事態の捉え方についての自分の思い込みと現実の間のギャップに気づき、自らそれを語り始める、というのがこの対話術の基本中の基本です。」(中田豊一『対話型ファシリテーションの手ほどき』ムラのミライ、p10-11)

僕が研修や授業で扱うテーマも、「原因や動機、あるいは事態の捉え方についての自分の思い込みと現実の間のギャップ」について、である。ただ僕自身はこれまで、それを僕から「なぜ?」「どのように?」と問いかけることで、相手に気づいてもらおうとしてきた。でも、それは僕から相手に対する問いかけである限り、相手は「応答」モードである。しかも「糾弾」されている、と思うと、相手は必死になって自己防御的に自分の価値前提に固執しようとする。それがコミュニケーションの悪循環を創り出すとしたら、僕の「なぜ?」という問いかけ自体が大問題だったのだ。

では、どうすればよいか。そのヒントは、次の二カ所にある。

「事実を聞くつもりで、相手の意見や考えを聞く質問をしてしまい、結果として、相手の思い込みや思惑を引き出してしまうことで、ものごとをよりわかりにくしている」(p79)

「対話型ファシリテーションの技法の中心は事実質問にあり、『なぜ』という質問は禁句と繰り返して述べて来ました。しかしこの場合はそれを逆手に取りました。つまり、あえて『なぜ?』を尋ねることで、相手の誤った固定観念を引き出し、事実質問を使ってそれを検証することで、新たな学びと気づきを引き起こすという方法をとった」(p97-98)

「なぜ?」質問が全く駄目、なわけではない。そうではなくて、「事実質問」と「相手の意見や考えを聞く質問」の違いに常に自覚的である必要がある、ということだ。もっといえば、質問者が今話題にしているのは「事実」なのか、「相手の意見や考え」なのか、に自覚的になることが大切なのだ。そして、僕はそこに無自覚なまま、「相手の意見や考え」を聞き続け、糾弾モードになり、泥沼にハマル局面があったのだ。

ということは、今の僕がすべきファシリの実践上の変化とは、「『なぜ?』を尋ねることで、相手の誤った固定観念を引き出し、事実質問を使ってそれを検証する」ということである。価値を問う質問一辺倒、ではなく、出てきた価値についてまで「なぜ?」とたたみかけず、「いつからそう考えるようになりましたか?」「誰からそういう考えを学びましたか?」「その考えは、何と似ていますか?」など、「事実質問を使ってそれを検証する」ことが大切になってくるのだ。

更に言えば、「相手の間違った固定観念」と決めつけなくても、力まなくても、事実質問は魔法のように状況を変える力がある、と筆者いう。

「事実質問の訓練を重ねていくうちに、人間の意識と行動と感情を繋ぐ糸の共通の仕組みがだんだん目に見えるようになってきます。それとともに、その糸を相手にみてもらうために効果的なものや出来事を捉まえて、『これは何ですか?』『それはいつですか?』と聞いて行けばよいということがわかってきたのです。」(p58)

「人間の意識と行動と感情を繋ぐ糸の共通の仕組み」。これこそ、ファシリテーターが常に手綱を握るべきポイントなのかもしれない。そして、その「糸」を事実で辿っていきながら、相手に「糸」の存在を「みてもら」い、そこから「意識と行動と感情」のダイナミズムに事実質問を通じて働きかける。そのプロセスの中で、「相手が自分で気づくことによって行動変化を起こすのを促す」(p65)ことも可能になる、というのだ。

さて、それは僕の場合にも当てはまるだろうか? 明日の授業から早速、①なるべく「なぜ」「どのように」を使わないこと、②使う場合でも「固定観念」に気づいてもらう場面に限定し、その後は「事実質問を使ってそれを検証する」ことをしてみようと思う。

果たして、どうなることやら。

「おせっかい」の前に信頼関係

ハートネットTVで相模原事件を受けた精神医療の特集を二夜連続でやっている。その中で、措置入院に関する検討会の委員を務めた松本俊彦医師が、番組HPで次のように語っていた。

「精神保健は、「他害を企てる人もまた困難や苦痛を抱えていて、本当はそれを解決したいはずなのだ」という仮説のもと、その人の主観的苦痛に寄り添い、信頼関係を築くなかで変える手法を用います。わかりやすい言葉でいえば、善意にもとづく「おせっかい」です。」

この主張そのものに関しては、僕自身も同感する。特に、「他害を企てる人もまた困難や苦痛を抱えていて、本当はそれを解決したいはずなのだ」という「仮説」はその通りだと思う。生きる苦悩が最大化したとき、「自傷他害」という「究極の自己表現」をせざるを得なくなるのだ。それは、薬物中毒の患者さんを沢山見てきた松本氏ゆえに、説得力がある整理だ。

だからこそ、僕は「国が打ち出した、措置入院した患者に対する退院後の訪問支援は、わが国の地域精神保健的支援の質を飛躍的に高める施策ではないかと考えています」という松本医師の意見には、反対する。彼は「自殺未遂者に対する訪問支援」が成功している事を引き合いに出して、他害要件のある人にも、同じような「おせっかい」な「訪問支援」が効果があるはずだ、と説得する。だが、ここには重大な欠陥がある。

自殺未遂者などの「自傷」行為をするひとに、「おせっかい」な「訪問支援」をする場合には、「あなたのことが心配だ」という大前提がある。だからこそ、支援者は「あなたのことが心配だ」とダイレクトに伝える。自分の事を気にかけてもらえることは、多くの人にとっては苦痛では無い。嬉しい場合も多い。特に、生きる苦悩が最大化している場合、「気にかけてくれる人がいる」という思いは、すっと相手に伝わりやすい。つまり、善意の「おせっかい」を、そのものとして受け止める信頼関係が構築されやすい。

一方で、「他害の疑い」の場合はどうだろう。

「あなたのことが心配です」という意味には、①「あなた自身の生きる苦悩が最大化した生きづらさ・しんどさが心配です」という意味だけでなく、②「あなたが他害行為をして、他者に迷惑をかけないかどうかが心配です」という意味もある。①のことを気にかけてくれるのであれば、それは「善意のおせかい」であるといえるだろう。でも、心配の中心が②であれば、話は異なってくるのではないか。

松本氏は、先ほどの引用の直前で、こんな風にも語っている。

「精神保健的支援は一種の性善説に支えられています。罰の威嚇をもって人を変えるのが刑事司法の手法であるとすれば」

松本氏自身は、「性善説」を地で行く医師なのだと思う。この間の薬物問題に関する社会的発言などを読んでいても、そう感じる。だが、残念ながら精神保健全体を「性善説」で見て良いのか、というと、はなはだ疑問に感じる。むしろ、「性善説」に基づく医療を隠れ蓑として、隔離拘束を「罰の威嚇」として用いている実態を、僕は沢山見聞きしてきたからだ。

現に、このハートネットTVでも、入院時の採血中にいきなり「興奮しているので眠剤を投与します」と暴力的に注射され、その後手足を拘束されて、2日後に意識が戻ったとき、枕元に「措置入院のお知らせ」の紙がおかれていた人の訴えが出されていた。彼は、説明無く隔離拘束されたことに、「人間として扱ってもらえない」と感じ、強い屈辱と恐怖を感じたという。このような強制入院における暴力的な対応や、「罰の威嚇」のような措置は後を絶たない。これは、読売新聞の原さんがずっと追いかけているが、新聞に掲載されただけでも実に多くの「罰の威嚇」的な不祥事が起こり続けている。

そんな精神科病院への強制入院を、「性善説」だから「おせっかい」も大丈夫、なんて安易に言って良いのか。これが最も気になるところである。

もちろん、だからといって、何もしなくてよい、と言うわけでは無い。他害行為にいたる人が、生きる苦悩が最大化した状態である、という前提は、松本さんと共有する。しかし、先にも見たように、他害疑いに関しては、①あなたのしんどさや辛さが心配だ、というだけでなく、端的に言って②あなたが何をしでかすかが心配だ、という暗黙の前提がある。そして、②を重視した場合、いくら本人に寄り添う(①の視点も持っている)、といっても、本人からすれば「利益相反」になっている(拒否しているのに行動が制限されている)という部分が強い。

だからこそ、松本氏が最後に語っている部分が、死活的に重要になる。

「そのような行きすぎにブレーキをかけるためにも、当事者に対する「権利擁護」の仕組みを強化する必要があると考えています。つまり、アドボケーター制度を併せて確立することです。これは、退院後の地域における「おせっかい」制度と切り離すことのできないものであると、私は考えています。」

本人の意思に反する入院をさせるとき、いくら「性善説」で「あなたのためだから」と言っても、本人の思いとずれている場合、その「あなたのため」は「罰の威嚇」に簡単にすり替わる可能性がある。ゆえに、それを監視し、本人の側に立って、本人の訴えをきちんと届ける権利擁護者(アドボケーター)の存在が必要不可欠なのだ。そして、この存在がないなかで、措置入院制度の縛りだけきつくすることは、信頼関係を構築しない中での「おせっかい」が強化されることであり、本人からみたら「性善説」ではなく、「罰の威嚇」が強化される危険性が高いのである。

ちなみに僕がフィールドワークをまとめたカリフォルニア州では、強制入院した人には必ず権利擁護者がつき、72時間入院時にその措置が正しかったか、について、異議申し立て出来る仕組みがある(詳しくは『権利擁護が支援を変える』を参照)。

これまで起きている不祥事や、松本氏も番組中で述べていた精神科病院の人員体制の不足の現実の中では、安易な強制入院の強化は、より厳しい人権侵害に繋がるリスクが非常に高い。この部分で、強制入院の最小化の努力、およびやむを得ず強制入院させられる人への権利擁護者の必置義務を課すことをせず、単に退院後の訪問支援「のみ」に限定されることは、「性善説」に端を発しながらも、結果的には「罰の威嚇」の強化に堕するのではないか、と大きく危惧している。

そして、アドボケーター制度を「退院後の地域における「おせっかい」制度と切り離すことのできないものであると」松本氏が考えているのなら、なぜその内容が含まれない中での精神保健福祉法改正案に「わが国の地域精神保健的支援の質を飛躍的に高める施策ではないか」とお墨付きを与えるのか、が理解できない。本気で「切り離すことのできないもの」と考えるなら、現に「切り離」された法案には反対すべきではないか。「そうはいっても世の中全部一気に変わるわけではない」という反論も聞こえてきそうだが、本質的かつ死活的に重要な部分を「切り離」すことに妥協すれば、それは松本氏本人が「性善説」であっても、「罰の威嚇」の強化に結果的に手を貸すことにつながらないだろうか。こう、危惧している。

僕は悲観的に考えすぎなのだろうか。

でも、例えば「アイヒマン実験」のことを思い出してほしい。このことをわかりやすく書いているサトウタツヤ氏は次のように述べている。

「アイヒマン実験とも通称されているもので,権威(者)による命令が個人を従属させ,殺人のような重大な結果をもたらしかねないことをシミュレーションしたものとして有名です」

「権威や役割が容易に深刻な暴力的行為につながる」

精神病院での強制入院は、その権限を与えられた医療者に「権威」と「役割」が与えられている。そして「権威(者)による命令が個人を従属させ」「容易に深刻な暴力的行為につながる」のである。「他害」を防ぐために、という「権威」と「役割」が、「罰の威嚇」のような「容易に深刻な暴力的行為」をもたらす危険性があるのである。その部分について、あまりにも脇の甘い法改正であり、松本氏も言うように、「善意にもとづくおせっかいであっても、それが行きすぎれば当事者をかえって追い詰め、苦しめてしま」うのである。そして、措置入院の最小化の努力、および権利擁護者制度の設置とセットでない今回の改正案は、「行きすぎ」の可能性が高く、「当事者をかえって追い詰め、苦しめてしま」う可能性も高いのだ。

「善意にもとづくおせっかい」が正当化されるには、まずそのまえに病院や医療者側が「行きすぎ」や「罰の威嚇」「深刻な暴力的行為」を防ぐ措置がなされなければならない。本人の権利を護る手段がしっかりない中での、「おせっかい」は、それも結果的に暴力的行為になりうる。更に言えば、そもそも措置入院や医療保護入院を最小化する努力をしないなかでの、措置入院に至った後のみの対応強化、では、問題の本質は変わらないままではないか。

だから、僕自身はこの法改正に納得出来ない。

納得出来ない部分をもう二つだけ、簡潔に述べておく。

今回の改正では、「退院時の支援を充実させる」ことが目玉とされていた。これを指して松本氏は「国が打ち出した、措置入院した患者に対する退院後の訪問支援は、わが国の地域精神保健的支援の質を飛躍的に高める施策」だと言っている。

だがそのモデルとなった兵庫県の仕組みを紹介する映像を見ていて、すごく気になった。様々な人が参加している会議に、「本人がいない」のである。「ご本人さんは○○と言っています」と保健師が「本人の代わりに」発言しているが、そこに本人がいないのだ。本人と「信頼関係」を本気で築きたいのなら、なぜそこに「本人がいない」のか? もし本人が入っていると「ややこしい」と考えているのだとすると、「本人不在のおせっかい」であり、それは本人にとっては、「自分のしんどさやつらさに共感してくれる人の集まり」ではなく、「自分が何をしでかすかわからないと迷惑に感じている人の集まり」と感じるのではないか。それが、本当に本人にとって安心できる支援である、と言えるのだろうか。

さらに、番組では紹介されていなかったが、今回の法改正案では、医療保護入院の市町村同意の要件を緩和することも書かれている。そもそも医療保護入院というもの自体、強制入院なのにその同意権限が家族等という玉虫色のものであり、この医療保護入院の存在自体が問題だ、と僕は思っている。その上、「家族等から意思表示が行われない場合について、市町村長同意を行えるよう検討する」とされている。これは、ハードルの低い措置入院措置、ということではないか。本来強制入院は最小化されるべきなのに、どうしてそれとは真逆の方向性を打ち出すのか。

このように、「おせっかい」の方向性が、松本氏の述べる「その人の主観的苦痛に寄り添い、信頼関係を築くなかで変える手法」とはほど遠い手段になっているのが、今回の法改正のように思えてならない。このような法改正は、やっぱりオカシイ。

追記:そもそも、今回の法改正の出発点である相模原事件との関係性については、事件直後のブログ「同じ穴のむじな」に書いております。そちらもごらんください。

意識ではなく時間配分を変えられるか

新聞の書評で面白そうだった『N女の研究』(中村安希著、フィルムアート社)を一気読み。この本は、一流企業でもバリバリ働く能力があるキャリア志向の女性が、NPO業界に転職している現状を捉え、社会運動の論理だけではなく、そこでの働きがいを求めている「NPOで働く女子=N女」へのインタビュー集である。僕自身も、この定義に該当する「N女」を何人か知っているので、実感を持って読めた。だけでなく、この本は日本社会の労働政策の本質を突く指摘がちりばめられている、と感じた。

「働く母を持つ子はかわいそう。働く妻を持つ旦那はかわいそう。仕事も家庭もと頑張る女たちのせいで、日本の家族が崩壊する。多かれ少なかれ、こうした考えを内面化しているのが日本社会ではないだろうか。専業主婦並みの家事・育児レベルを標準とし、それを女性たちに要求する社会では、その基準を満たせない女性は、すぐに『ダメ母、ダメ妻、ダメ嫁』の烙印を押されてしまう。保育園のお迎えがあるからと早めに会社を出ただけで、これだから女は甘い、使えない、とすぐにダメ社員のレッテルを貼られてしまう。そうした社会のプレッシャーが、一部の特殊な女性たちを非の打ち所がないスーパーウーマンへと駆り立て、それ以外の女性たちを労働市場からの脱落へと追い込んできたのである。」(p256-257)

僕自身、日本社会は、「男は外で働きすぎ、女は外で働く機会がなさ過ぎ」な社会だと思っていたので、この指摘は本当にその通りだと思う。20年ほど前、こんな僕でも就活を一応したことがあるのだが、僕がエントリーしたとある会社は、女性でも対等に働ける教育産業として、女性の憧れの的、の会社だった。その会社説明会で「企業を通じて社会貢献をしたい」と目をきらきらさせている女子大学生に対して、その会社のいかにも「やり手」そうな女性課長が「うちは株式会社ですから、営利が第一です!」とキッパリと言ったことを強烈に思い出す。その課長は、その説明会で他の女子大学生から、「あなたにとって、充実感ややりがいを感じる時って、どんなときですか?」と聞かれて、横にいた係長の女性と目を合わせてにやりと笑い、その女性課長はこう断言した。

「そうですね、犬のようにクタクタになるまで働いて、帰りの新幹線の中で、缶ビールをプハーっと空けたときですね」

僕は、新幹線の中で女性が飲むのがダメだ、と言っているのではない。だが、その時に直観したのは、「なるほど、この会社は男も女もクタクタになるまで働かせる、という意味で『対等』のだな」ということ。そんなネガティブな気持ちを持っていたから、一次面接で当の課長にこちらの不信感が見抜かれたようで、「あなたにとって仕事って何?」と厳しい質問を浴びせられる。「えーっと、生計を維持していくための一つの手段です」とドギマギしながら応えたら、見事一次面接でアウト。そりゃ、そうですね。

で、なぜこのエピソードを思い出したのか、というと、その大手教育産業の女性課長はまさに、「一部の特殊な女性たちを非の打ち所がないスーパーウーマンへと駆り立て」た、その「成果」だったのだ。男性と同じように、いや男性以上に仕事に命を燃やす「非の打ち所がないスーパーウーマン」だった。とはいえ、彼女を個人的に責めたいのではない。そのような「一部の特殊な女性たち」に違和感を抱いたのは、「それ以外の女性たちを労働市場からの脱落へと追い込んできた」構造が看過されているからだ、ということを、この本を読みながら20年たってやっと言語化する事が出来た。

「専業主婦並みの家事・育児レベルを標準とし、それを女性たちに要求する社会では、その基準を満たせない女性は、すぐに『ダメ母、ダメ妻、ダメ嫁』の烙印を押されてしまう。」

この「烙印」は、えげつない。僕も子どもが産まれて以後、家事や育児の分担をする中で、「専業主婦並みの家事・育児レベルを標準」とするのは、かなりキツイと感じているからだ。大学教員のような裁量労働で、授業や会議がない日は在宅勤務が出来る職種であっても、子どもの世話を中心とした生活に、原稿書きや雑務が重なると、手一杯になる。ましてや、女性は授乳というとてつもない重労働までくっついている。この家事や育児と、仕事の両立は並大抵なことではない。子育てするようになって、自分事として痛感するようになった。その上、「専業主婦並み」をデフォルトとされたら、働く女性はたまったもんではない、とつくづくそう思う。

そんな働く女性に対して、一番厳しい目を注ぐのは、他ならぬ女性であり、女性間の分断が生じている、とも筆者は指摘する。

「結婚の壁、所得の壁、育児の壁、103万円の壁、働き方をめぐる壁、時代の壁、制度の壁、階級の壁、夫の理解度の壁、居住地域の壁・・・、女性社会を分断に追いやる壁は山のように存在する。そして分断の根底には、『自分の大変さをわかってもらえない・もらえなかった』という孤独感や不満感が渦巻いている。ここで問題となるのは、不満の矛先がどこへ向かうのか、ということだ。隣の女性に向かえば、女性社会はそこら中敵だらけという終わりのなき潰し合いへと転がり落ちていくだけだろう。」(p273)

確かに僕の母親世代は、一部の例外を除き、専業主婦→103万円のパート世代、だったので、「専業主婦」をデフォルトに感じている。すると、専業主婦の「標準」を果たすことが出来ない「働く母親」への目は、厳しいものになる。なぜこのような厳しい目線が、女性間で注がれるのか。中村さんはその理由を、「孤独感や不満感」の「不満の矛先」にある、と指摘する。「自分はキャリアの道を絶って専業主婦になったのに・・・」「必死になって職場で働きながら保育園にお迎えにいくのに・・・」という「・・・」の部分にある、「『自分の大変さをわかってもらえない・もらえなかった』という孤独感や不満感」。これを最も理解してもらいやすい「隣の女性」に向けるとき、「私だって」という別の「孤独感や不満感」とぶつかり合う。すると、本来は家事や育児を女性にのみ構造的に過度に押しつける、男性稼ぎ主中心型の日本の労働・社会構造こそ「敵」として、女性同士が連帯し合う方がよいのに、遠くの「敵」ではなく、身近な、共感も出来るが故に差違が目立つ「隣の女性」が「不満の矛先」となってしまうのだ。

これは、女性にとってはあまりに不幸だ。だが一方、自分の働き方を変えたくない、変えられると思っていない多くの男性にとっては、このような「内ゲバ」は実に好都合である。男性自身の働き方、育児や家事との向き合い方を変えることなく、「所詮女同士の争い」と高見の見物が出来るからだ。『ダメ母、ダメ妻、ダメ嫁』の烙印が、「ダメ父、ダメ夫、ダメ婿」と反転しないためには、男性にとって必要不可欠な烙印なのである。つまり、女性がこのような評価・査定の厳しさを必死にクリアしようとすればするほど、男性は「不労所得」的に、何もしない自分の地位を保持する事が出来るのである。だからこそ、もっともっと女性同士で内ゲバしてほしい、と願うのだ。

「女のライフキャリアは複雑だ。キャリア志向を持つ女性の多くは、できることなら第一線で仕事をしたいと思いつつも、男性と同じように100%では走り続けられないことを知っている。キャリアの中断や減速を受け入れながら、仕事にもプライベートにも、どうにか折り合いをつけて生きてかなくてはいけないことに気づいている。焦りもするし、不安にもなる。この先どうやって生きていけばいいのか、走ればいいのか、止まればいいのか、貫けばいいのか、諦めればいいのか、キャリア志向が強ければ強いほど混乱は大きくなり、ときに自暴自棄になったり自信を失ったりして、意味もなく行き詰まってしまう。」(p61)

実は、本当は「男のライフキャリア」だって「複雑」なはず、である。子どもが産まれる・育てる、だけでなく、うつ病で休職したり、介護休暇が必要になったり、人生には様々な「キャリアの中断や減速」があるはずなのである。しかし、それらのことは、全て女性(=専業主婦)に丸投げして、「100%で走り続け」、24時間戦い続けることを前提にしたのが、「男性稼ぎ主型モデル」なのである。本来ならキャリア志向の男性にもあるはずの「不安」や「焦り」を思い出せないほど、長時間労働で仕事にかじりつかせることによって解消しようとしたのが、日本型雇用ではなかったか。そして、そこには女性という犠牲者の存在を、必要不可欠としていなかったか。

だが、右肩上がりの経済成長もバブル経済もとうの昔になった今、このような「なかったこと」にした「不安」や「焦り」が男性にも明らかになっている。だからこそ、一部の男性は、その不安や焦りを鎮めるためにも、育児に積極的に参加しようとしている。それと同じ動機で、一部の男性は、「働く母を持つ子はかわいそう。働く妻を持つ旦那はかわいそう。仕事も家庭もと頑張る女たちのせいで、日本の家族が崩壊する」という復古的なフレーズに共感してネトウヨを応援する。どちらも、男性自身の「不安」や「焦り」が前提にあるのだ。そして、この男性自身の「不安」や「焦り」を真正面から見据え、どうするのがよいのか、が問われている、「移行期混乱」の社会にいるのである。

「男女間での育児・家事に対する感じ方も違う。育休を取得し、育児や家事を手伝う男性たちが、『イクメン』とプラスに捉えられるのに対し、女性にとっての育児や家事は、できて当たり前のところから、少しでもできないと『ダメ母、ダメ嫁、ダメ妻』のレッテルが貼られるマイナス材料にしかなっていない。また、男性にとっての育児参加が、短い育休取得期間で終了するのに対し、女性にとっての育児の大変さは、むしろ育休からの復帰後に始まり、その後も半永久的に続く。育児への参加度合いとは、そもそも『育休を取ったかどうか』だけで測られるべきものではなく、日々の生活の中で、どれだけ家事・育児労働に責任を感じ、継続して時間を割くかという基準で測られるべきなのだ。」(p196)

「女のライフキャリア」と「男のライフキャリア」。これを二項対立的に考える限り、損得勘定の負の連鎖から抜け出しにくい。夫も妻も、そして子ども、家族一人一人のライフキャリアが、それぞれに豊かになるような社会こそ、少子高齢化を乗り越え、安心して子どもが産み育てられる環境として、必要不可欠である。男性は「短い育休取得期間」で「『イクメン』とプラスに捉えられ」、その一方、女性は半永久的に「『ダメ母、ダメ嫁、ダメ妻』のレッテルが貼られる」という非対称性こそ、問い直す必要があるのである。そうしないと、男も女も、子どもも大人も、ハッピーにはなれない。

14年前、スウェーデンに半年間住んでいた時、朝は7時過ぎから集合住宅の真ん中にある保育園に親が子どもを連れて行き、4時頃には迎えに来る、という風景を当たり前のように見ていた。しかも、午後3時半を過ぎると、必死になって職場を出て子どもを迎えに行く父の姿をしばしば目にした。また当時から、普通のオフィス、だけでなく、バスの運転手とか車掌とか、いろんな分野で当たり前のように女性が働いていた。そんな国の日常に馴染んだ後、たまに日本に帰国したときに、夜の11時頃までオフィスに煌々と灯りがついている風景をみて、改めて驚く。「なんで、早く帰らないの?」と。そして、日本では男性は過剰に働かされ、女性は「母・嫁・妻」役割を逸脱しない形でしか働けないのがデフォルトな社会である、という先述の違和感を抱くようになった。

子どもを育てる父としては、なるべく早く家に帰りたい。妻も職場復帰をして、自分のライフキャリアも追求してほしい。すると、敵は専業主婦でもワーキングマザーでもない。それらを女性内分断させる事で、「疾病利益」を得ている社会構造こそが、共通の「敵」であるはずだ。いや、それは「敵」ではない。男性だって、子育てや家事を通じて、走りっぱなしでなく、立ち止まる時間も必要不可欠なのだ。女性だって、良妻賢母の呪縛から解き放たれ、自分自身の人生を生きることも必要不可欠なのだ。それが出来なかった・させなかった祖父母の世代が、「私たちだってそうしたかったのに」「今の若い人は贅沢だ」と嘆きたくなる、その不安感や孤独感もわかる。でも、その不安の矛先は、「隣の女性」に向けてはならない。不満や不安をぶつけるべきは、日本社会の労働環境であり、労働構造である。官僚や政治家、産業界が一致して働き方改革を率先し、男性と女性の「時間の使い方」こそ、変える必要がある。

そういえば、昨晩、ツイッタを見ていたら、大前研一botが面白いことを書いていた。

「人間が変わる方法は3つしかない。1番目は時間配分を変える。2番目は住む場所を変える。3番目はつきあう人を変える。この3つの要素でしか人間は変わらない。最も無意味なのは、『決意を新たにする』ことだ」

大半の人はスウェーデンに移り住むことも出来ないし、今いる会社をすぐに辞めることもできない。住む場所とつきあう人を変えるのは、容易ではない。だが、「時間配分を変える」ことは、同じ職場であっても可能なはずだ。問題は、それを面倒がる人に限って、「意識改革」で話を済まそうとすることだ。ワークライフバランスも、この骨法で誤魔化されやすい。そしてそれは、「最も無意味」なことである、と断言しておく。

似ていたのはトーンだけでなく

いつのころからだろうか、講演の際、「ジャパネットたかたのような語り口で」と言われるようになっていた。確かに、たまーに自分の声を録音されたものを聞く、という「地獄」のような絶望的経験をすると、自分の自覚症状よりもかなり甲高い声のようだ。それが、高田社長のような絶叫に似ている、とのこと。妻曰く、「普段はトーンが低いけど、興に乗って来たり、勢いづいてくると声のトーンがそっくり」だそうな。ということは、講演時はおそらく「ジャパネットさん」なのだろう。

というわけで、勝手に親近感を持っていた高田社長の初の自著を読んでみた。テレビショッピングで鍛え上げられた話法は、自伝でも本領発揮。あっという間に読み終えるほど、おもろかった。そして、似ているのは声のトーンだけではなく、目指そうとすることや、視座が似ている、と僭越ながら感じ始めた。

「小さな町で、つても何もないのに、55万円の月商をたった1年で300万円なんて無理だと思われるでしょう。できない理由を探せばいくらでもあるんですよ。でも、私はできない理由ではなくて、できる理由を探そうと考えました。そして、やれることやできることを考えて、工事現場を回って集配ルートを作ることや、出張販売を企画しました。一生懸命にやっていると、できることが見えてきたんです。」(高田明『伝えることから始めよう』東洋経済新報社、p34)

「できない理由ではなくて、できる理由を探そうと考えました」

これこそ、55万円の月商だった会社を、年間1000億を超える売上高の巨大企業に成長させた極意である。そして、この極意は、僕自身が大切にしていること、そのものである。(もちろん、僕の売り上げは比較にもならないけれど)。

何か新しい挑戦をしようとした時、「できない理由」を探す人はいくらでもいる。前例踏襲主義、とは、「新しい事をできない理由を探す主義」である。前例を沢山知っている偏差値秀才や、経験だけが長けている人々は、この「できない理由」を探すのに必死になる。だが、そもそも前例踏襲主義で何とかならないから、新たな何かに挑戦するのである。それに対して「できない理由」を探す人は、簡単に言えば、何も変えたくないし、自分が責任を取りたくないのである。世の中につまらない会議が沢山あるのは、新たな何かに挑戦の際、したり顔で「できない100の理由」を述べ立てる人が多いからである。

しかし、高田社長は、2004年の顧客情報流出事件の際にも、前例踏襲主義には陥らなかった。全ての営業を自粛して、前例を改める「できる一つの方法論」を探ったからこそ、その後業績がスピード回復し、事件後2年で1000億円の売り上げを超えた。ここに見られるのは、彼の柔軟さや「自己更新」の精神である。ご本人もこんな風に語っている。

「私は、できないと決めているのは、その人自身だ、やろうとする前から、できないと決めつけていては何もできないと思っていました。」(p234-235)

人は、自分自身の固定観念の牢獄の中にいる。ということは、その牢獄の中でうめき続けるのも、そこから脱出するのも、自分次第。大切なのは、「できないという決めつけ」を「決めつけ」であると認め、そこから抜け出す勇気や覚悟を持てるかどうか、なのだ。また、こんな風にも語っている。

「ミッションは変えてはいけない。パッションも失ってはいけません。ただ、アクションは時代に即して、むしろ変わっていくべきだろうと思います。」(p249)

これは至言である。

アクションを変えるのが嫌な前例踏襲主義者こそ、気づけばパッションを放棄したり、ミッションを誤魔化したりしている。そのうちに、何のために、誰のために働いているのか、が不明確になり、方法論の自己目的化に陥る。だが、高田氏はずっと「企業は人を幸せにするためにある」というミッションを抱き、それを「伝える」パッションを失わないがゆえに、伝え方や見せ方というアクションを時代に即して不断に変えて来た。40年前に温泉旅館で記念写真を撮っていたのと、佐世保でDPEの同日渡しを始めたのと、六本木でスタジオを構えてテレビショッピングをしたのは、企業の規模や形態、売り方といったアクションは変われど、ミッションもパッションも変わらず一貫しているのである。これが、「ぶれなさ」なのだ。つまり、ぶれない、とは、アクションは柔軟に変えながらも、パッションやミッションが不動だからこそ、護られるのである。逆に言えば、アクションを固定した段階で、パッションやミッションは死に至る病に陥るのである。

「できる一つの方法論を模索する」「そのためには、パッションやミッションではなく、アクションを変える」

これは、どんな領域でも、新たな何かを成功させるための、必要不可欠な普遍的法則である。僕はこれを徹底できていないが、高田氏の本を読んで、頷くことしきり、だった。声のトーンは似ているが、まだこの普遍的法則を貫徹できていない。さて、次はどんな風に「アクションを変え」たらよいか? そんな「できる一つの方法論を模索する」エネルギーをもらえる、めちゃ良い本だった。