階級格差の自覚化

他にも読みたい・読まねばならぬ本は色々あるのだが、それを中断してでも読んだ二冊の本のご紹介。『ヒルビリー・エレジー』『CHAVS』は、合わせ鏡のような二冊である。前者はアメリカの、後者はイギリスの、主に工場や炭鉱で生計を立てていた労働者階級の白人が、新自由主義的な政策や経済のグローバル化で職を奪われた後、どのような現実を送っているか、を骨太に描く作品。と同時に、オバマの民主党やブレアの労働党が、いかに労働者階級の人の意見を代表する党ではなくなっていくのか、をも鮮やかに描いた二冊。

『ヒルビリー・エレジー』は、自らも「ラストベルト(さびついた工業地帯)」で育った著者が、高校卒業後、海兵隊→州立大学→イエール大学ロースクールを卒業して、自らの経歴を振り返る自伝的作品。京都の下町で育ち、市内でも何番目かに「ガラの悪い」公立中学校出身なので、何となく「見覚えのある風景」が描かれていた。

「不安定な家庭環境で育つ子どもの多くは、まずは逃走を試みる。しかし、正しい出口から逃げ出せるケースは非常に少ない。私のおばは16才のとき、暴力癖のある男と結婚した。私の母は、高校の次席卒業生だったにもかかわらず、卒業後すぐに、出産と離婚を経験し、十代の終わりになっても、大学の単位をひとつも取っていなかった。
鍋のなかから火のなかへ。混乱はさらなる混乱を生み、一度崩したバランスは、元には戻らない。こうして、典型的なヒルビリーの家庭が誕生する。」(p354)

通っていた中学では、タバコやシンナーを吸ったり、盗んだ原付を乗り回すような「不良」がクラスに1,2名はいた。ただ、僕は勉強を教えられるという特技があったので、そんな「不良」とも良い関係であった。「バイクのリミッターを切るとどうなるか」を教わったのも、その頃だ(僕は試してはいないが)。そんなクラス仲間たちの家庭環境について根掘り葉掘り聞いた事はないが、この本を読んでいて、30年前の彼や彼女の顔が浮かぶ。この本で描かれた「早すぎる結婚、薬物依存症、投獄といった、最悪の状態」(p305)につながる「間違った出口」からの「逃走」を、すでにその頃していた人もいるかもしれない。もしかしたら、そのうちの何人かは「典型的なヒルビリーの家庭」を築いているのかもしれない。

ふつう、非行から「最悪の状態」に陥った人は、自助努力が足りなかった、自己責任だ、と言われがちだ。だが、この本を読んでいて改めて頷いたのは、「不安定な家庭環境で育つ子どもの多くは、まずは逃走を試みる。しかし、正しい出口から逃げ出せるケースは非常に少ない」という部分だ。そう、前提として「不安定な家庭環境」があり、そこから「逃走」したいが、「正しい出口」とは違うものをしばしば選んでしまい、それが結果的に「最悪の状態」に繋がるのである。こんな環境は嫌だ、と「鍋」を飛び出したはずなのに、自分が知っている逃げ場が「火」で、さらに「混乱」の渦の中に落ち込んでいくのだ。

ではなぜ、僕は「ヒルビリー」とは違う道を歩けたのか。ありがたいことに、「不安定な家庭環境」ではなかったのが最大の要因だと思う。でも、それだけではない。

「社会関係資本とは、友人が知り合いを紹介してくれることや、誰かが昔の上司に履歴書を手渡してくれることだけをさすのではない。むしろ、周囲の友人や、同僚や、メンター(指導者)などから、どれほど多くのことが学べる環境にいるのかを測る指標だといえる。」(p342)

僕の場合、たまたま小学校5,6年の時、クラスが激しいいじめ状態にあり、学級崩壊で授業を満足に受けられなかった。中学の勉強についていけるかが不安で、中1の時に入った塾がたまたま猛烈な進学塾だった。そこで勉強の面白さや切磋琢磨する友人、まともに議論に付き合ってくれる塾長などのメンターと出逢えた事が、決定的に大きかった。偶然に転がりこんだ社会関係資本のお陰で、高校は進学校に通い、バランスを崩すことなく、大学にも転がりこめた。

そして、社会階層に大きな断絶がある、ということに気付いたのは、国立大学に入った後。友人達の親の学歴や職業を聞いてみたら、大手企業の社員や会社社長、大学教授など、僕が中学時代まで出会った事のない「家庭環境」の人びとだった。斜陽産業だった西陣織の営業マンの息子で、二人の親とも高卒、休みの日は月に一度くらい、「餃子の王将」に食べに行けるのが何よりの楽しみ、という僕の家は、たぶん友人達の中で一番親の学歴も収入も低かったのだと思う。今、大学教員という職業に就いているが、きっと職場で聞いてみたら、同じ傾向が出てくるだろう。

僕は実に幸運なことに、塾や高校、予備校、そして大学で有形無形の「社会関係資本」に出会うことによって、10代20代のシンドイ時期を何とか乗り越えてこられた。だが、そんな「社会関係資本」に出会えない社会階層に閉じ込められているのが『CHAVS』で描かれた白人労働者階級である。

『ヒルビリー・エレジー』が「うち捨てられた白人労働者階級」の内在的論理を描いた作品であるとするならば、『CHAVS』は僕のような下町で育ち、オックスフォード大学を卒業した著者による、自分のかつての近所の同世代が、なぜ「白人労働者階級」に閉じ込められているのか、そして「正しい出口」が政策によってどう封じ込められているのか、を分析した作品である。

僕はこの本を読んで、サッチャーの有名な台詞の真の意味が初めて理解できた。

「社会などというものは存在しません。個人としての男と女がいて、家族があるだけです」

これは、炭鉱労働者に代表されるような「団結する労働者階級」を徹底的に破壊するための名文句だったのだ。『CHAVS』の著者はこのフレーズの後に、以下のような分析をしている。

「保守党は、イギリスの階級区分に根ざした政党であるにもかかわらず、その事実を思い出させるあらゆるものから国民の目をそらしてきたが、サッチャー式の右派イデオロギーでも、階級について話すことを徹底的に避けた。社会のなかである集団が富と権力を持ち、ほかは持っていないということを認めてはならない。もし認めれば、修正しなければならないという結論まであと一歩になってしまう。ある集団がほかの集団のために働いて生活しているとなると、搾取ではないかという疑問が生じ、他者の経済的利益に対する自己の利益は何かと考えたくなる。それに何より、政治経済的な権力を握る目に見えない組織があることを思い出させ、富と特権への宣戦布告をうながすかもしれない。だからこそ、労働者階級という『概念』の存在は,サッチャーの自助努力の資本主義モデルの天敵になったのだ。
サッチャーは、決して社会階級をなくそうとしたわけではない。ただし、どの階級に属しているかを国民に認識させたくなかっただけだ。」(p64)

大変長い引用になったが、この部分にサッチャー、だけでなく新自由主義の本質的な分析が詰まっている。そう、資本家・為政者・富裕階級と労働者階級が対立する構造は、昔からずっと変わっていない。だが、労働者運動やマルクス主義のお陰で、20世紀後半のある時期まで、労働者階級や労働運動が社会の中で力を持ち、「社会のなかである集団が富と権力を持ち、ほかは持っていない」という問題と向き合っていた。これでは、その搾取や富と権力の集中が「修正」される危機でもある。ゆえに、「社会」の中で、そのような「修正」を求めうる「階級」の団結は、特権者階級にとっての恐るべき恐怖なのである。

この前提があるからこそ、「社会などというものは存在しません」の真の意味がみえてくる。搾取される側が「社会」を認識することで、「他者の経済的利益に対する自己の利益は何かと考えたくなる」。それは、「富と特権への宣戦布告」なので、できる限りそこは避けたい。すると、「個人としての男と女がいて、家族があるだけです」と定義し直すことで、本来なら社会構造の問題のはずが、個人や家族単位の自助努力や自己責任、やる気の問題に縮減することが可能になるのである。それは、「ヒルビリーの家庭」や「CHAVS」とからかわれる労働者階級の不良な若者達を、その状態に留め置くための「呪文」にもなったのだ。

「不良」は個人の自助努力のなさや自己責任、だけではない。「不安定な家庭環境で育つ子ども」の「逃走」、しかも「正しい出口」を求めていない「逃走」の場合がしばしばなのだ。本人は「鍋のなかから」逃げたくてもがいているのに、それが結果的に「火のなかへ」入り込むことによって、「混乱はさらなる混乱を生み、一度崩したバランスは、元には戻らない」。その状況が,不良や逸脱状況、あるいは不登校などの現象に共通することにも思えてくる。これは、管理や監視がきつくなっている学校制度や、あるいは労働環境が悪化し、非正規や賃金の安い労働にしかつけない親世代などの「矛盾」が、「不安定な家庭環境」と重なることで、一番脆弱な子どもの「身体表現」として現れたにすぎない。それは本来「社会の矛盾」の問題であり、階級格差の問題であるはずなのに、「社会などというものは存在しません。個人としての男と女がいて、家族があるだけです」と言われてしまうと、もう個人ではどうしようもなくなり、諦めるか、自暴自棄に陥るしかなくなるのである。

そして、この二つの本は、労働者階級が民主党や労働党から乖離しているか、をも指摘している。

「私が大人になるまでに尊敬してきた人たちと、オバマのあいだには、共通点がまったくない。ニュートラルでなまりのない美しいアクセントは聞き慣れないもので、完璧すぎる学歴は、恐怖すら感じさせる。大都会のシカゴに住み、現代のアメリカにおける能力主義は、自分のためにあるという自信をもとに、立身出世をはたしてきた。(略)オバマの妻は、子どもたちに与えてはいけない食べものについて、注意を呼びかける。彼女の主張はまちがっていない。正しいと知っているからなおのこと、私たちは彼女を嫌うのだ。」(『ヒルビリー・エレジー』p300-301)

「ニュー・レイバーは、財産相続や私立校を廃止する気などまったくない。あくまで中流階級に都合良く操作された社会での『メリトクラシー』を議論しているのだ。こうして、それは既存の不平等を正しいものとして商標変更する常套句になる。(略)結局、メリトクラシーは、『頂点に立っている者はそれだけの価値があるから』とか、『底辺にいる者はたんに才能が足りず、その地位がふさわしいから』といった正当化に使われる。教育の現場でも、数学や物理などの学科科目を優先し、職業訓練科目を軽んじるための理由に使われている。何をもって『能力』と見なすかという基準の精査もせずに、そういうことが決められているのだ。しかし、たとえば億万長者の広告コンサルタントは、病院の清掃員より序列の高い位置にいる価値があるのか?」(『CHAVS』p122)

億万長者の広告コンサルタントと病院の清掃員は、仕事の中身と収入が違う。だからといって、どちらの仕事の方が「より価値がある」とか「序列が高い」などとは、本来決められない。だが、「どれけ稼ぐか」という収入の基準のみを「メリトクラシー」という「能力主義」で評価基準に置くと、「『頂点に立っている者はそれだけの価値があるから』とか、『底辺にいる者はたんに才能が足りず、その地位がふさわしいから』といった正当化」がおこる。本来、その評価基準が「中流階級に都合良く操作された」というバイアスがかかっているのに、「底辺にいる者」は、その環境要因について判断されることなく、「たんに才能が足りず」と切り捨てられる。

そのような経験をしてきた労働者階級にとって、「ニュートラルでなまりのない美しいアクセント」や「完璧すぎる学歴」は、「メリトクラシー」=「能力主義」を「自分のためにあるという自信をもとに、立身出世をはたしてきた」オバマやブレアは、社会の勝ち組にみえる。自分自身と比較すると、「共通点がまったくないので、「恐怖すら感じさせる」。彼らのいう正しさは「既存の不平等を正しいものとして商標変更」したものであるが、「正しい」と自分でも思うからこそ、文句は言えない。よって、「オバマの妻は、子どもたちに与えてはいけない食べものについて、注意を呼びかける。彼女の主張はまちがっていない。正しいと知っているからなおのこと、私たちは彼女を嫌うのだ」という思考回路に陥るのである。

この二つの本は、アメリカやイギリスが、輝ける20世紀の最後の四半世紀あたりから、つまりはレーガンやサッチャーが新自由主義に舵を切ったあたりから、国内の第二次産業の空洞化や工場労働の国外移転に伴い、そこで働いていた労働者階級が団結して自らの階級を引き上げる力を失い、労働者階級による「社会」的連帯が薄れ、「個人」や「家族」としてバラバラにされ、既存の不平等をデフォルトにした「メリトクラシー」=「能力主義」の一元的尺度で序列化され、その結果に関しては「自助努力」「自己責任」と切り捨てられていったプロセスを、実にわかりやすく描いている。トランプ政権誕生やBrexitにみられるのは、そのような労働者階級の有権者が、どこに不満をぶつけていいのか、誰に夢を託していいのかわからない状態での、憤りの声である。そして、20世紀後半に比べると、この10年くらいの間に、明らかに「階級格差」が目に見えてきたことに、政治が対応出来ていない、という証拠でもある。

そして、上記の記述は、もちろん日本にも当てはまる。日本から急激に「社会」的連帯の概念が消え、「個人」と「家族」の「自己責任」が強化されつつある。そして、不平等を前提とした「能力主義」に基づく序列化も、強くなりつつある。

僕の父は、会社に入った時は毎年新入社員が100人だったが、退社する時は社員の総勢が10人にも満たなかった。だが、何とか定年1年前まで勤め上げ、退職金も受け取れたので、僕の大学の授業料まで、出してもらうことが出来た。だが、もし父の会社がもっと早く斜陽化していたら、僕は塾に通えず、大学院どころか、大学だって行けたかどうかは、わからない。僕が勉強して大学に受かって、という「能力主義」を発揮するためには、そもそも親が失業せず、あるいは不安定な家庭状況ではなく、という土台が必要なのだが、その土台も「自助努力」や「自己責任」とされたら、どのような階級の下で生まれるか、で人生が決まりかねないのだ。

それは、嫌だ!

そんな嫌な社会にならないために、これから僕には何ができるのか。

この本を読んで、真剣に考え始めている。

読ませる書評は才気爆発

新聞の書評、だけでなく、書評ブログや書評本など、本に関する記事は、結構あれこれ読んでいるつもり、である。だが、一風変わった書評本をご恵贈頂いた。

「『なんで勉強しないといけないの?』
こう聞かれたら、あなたはどう答えますか?
なんで勉強しないといけないんでしょうね。円周率とか元素記号とか古文単語とか、何の役に立つんでしょうね。
-この問いに対していろんな回答があると思いますが、今回紹介する『枠組み外しの旅』の作者である竹端先生なら、きっとこう答えるんじゃないかなぁ、と思います。
『しゃーないって諦めずに、自分や世界を変えるため』。
もちろんお聞きしたことはないので私の勝手な妄想なのですが、この本は確実にそう語りかけてきます。」
(『人生を狂わす名著50』三宅香帆著、ライツ社)

著者として拝読してびっくり。はい、まさしくその通り! 嬉しいほど本質を突いてくれている。そうそう、そういう思いで格闘しながら本を書いたのだ、と。

三宅さんは、まだ現役の大学院生で僕より20才も下である。にも関わらず、僕の20代より(というか僕の人生より)遙かに豊かな読書遍歴をお持ちなだけでなく、本への愛情が実に深く、本との対話能力が極めて優れている読み手でもある。以前彼女が僕の本をブログで取り上げて下さった時も、ずいぶん核心を掴んで下さっているな、と思ったが、今回、そのブログを書籍化するにあたり、かなり掘り下げて加筆されたようだ。

確か橋爪大三郎だったと思うが、書評を「規定演技」と語っていた。あくまでも「他人の作品を紹介する」という強い枠組み規定がある、という意味での「規定演技」。「その書評を読んだら、紹介本を買いたくなる」「書評を読んだだけで、作品のエッセンスがわかる」といったポイントをクリアしないと、文章が上手くても評価されない性質の文章。

で、この三宅さんによる書評本が希有なのは、「規定演技」としての質を担保した上で、三宅さんの雄叫びや情熱がしっかり伝わってくるという意味で、「自由演技」としても成立している作品であるからだ。

「規定演技」としての質の良さは、拙著の紹介文を拝読して、その本質を掴んで紹介して下さった、だけでなく、他の書評を読んで、気づけば何冊も注文していたことからも、ご理解頂けると思う。そして、「自由演技」としては、これは文字通り20代前半にしか書けない、瑞々しさや情熱があふれた文章なのだ。本が好きで、その著者の世界観にはまり込んでいる、だけでなく、はまり込んでいる自分そのものを冷静に見つめる視線も持っている。だからこそ、情熱的でありながらも、論理的に本の全体像を把握し、ここぞ、という部分を書評としてまとめる力量を持っておられるように感じた。

それから、選んだ本が、実に渋い。『悪童日記』、『時間の比較社会学』、『堕落論』、『チョコレート語訳みだれ髪』、『わたしを離さないで』・・・本好きなら誰しも知ってるこれらの本に、無名の拙著まで入れて、「世界の規範から外れる」という視点で選んだ50冊。そして、「この本を読んだ方におすすめする『次の本』」のセレクション(各3冊)もなかなか見物で、拙著からそうつなげるか、と選ばれた本に唸った。つまり200冊の本の世界が立ちあがってくる、実に読み応えのある書評でもある。

そんな才気爆発の書評家のプロフィールには、大学院では国文学を研究していて、テーマは「万葉集における歌物語の萌芽」をしている、と書かれていた。書評をこれだけ歌い上げる物語構成能力をお持ちなのだから、きっと研究でも面白い仕事をして下さる、と期待している。

そして、彼女の書評から教わったオモロそうな小説が届くのを楽しみに待っているのも、またよし。さて、どれから読もうかしらん。

子育て日記より

関西で市民活動・地域福祉活動を続けておられる老舗の一つ、寝屋川市民たすけあいの会の機関誌「つなぐ」で「連載 枠組み外しの旅」を続けさせて頂いている。そこで、子どもが産まれて以来、育児日記のような感じで書き続けている。備忘録的に貼り付けておきます。

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「想定外」の世界 (2017年2月)

2017年1月、子どもを授かった。先の見えない不妊治療に苦しんだ上での、やっと出逢えた宝物である。父親になった僕は、子どもの誕生以前から、様々な「想定外」に遭遇し続けている。

そもそも予定日を超えて1週間以上経っても妻は陣痛が始まらなかった。予定日あたりの仕事は入れずに待機していた僕も、さすがに授業も始まるし、慌て始める。ちょうど授業が終わる直前のタイミングで、育児休暇を取らずとも何とか乗り越えられる、と思っていたのだが、最初からアテが外れる。

それだけではない。子どもが産まれた後も、目まぐるしく変化し続ける事態に、ついていくのが必死な日々。これまでは、仕事も家庭も、ある程度の見通しを立て、早めに準備し、〆切を前倒しすることで、計画的に対応してきた。だが、従来の計画や予想では全く対応出来ない、見通しのきかない世界に放り込まれる。地図もコンパスもない大海原をカヌーで漕ぎ出すような、必死のパッチ、の日々。

このような想定外の日々に直面すると、「相談」や「支援」の有り難さや課題が、受ける側としてリアルに迫ってくる。例えば病院スタッフからの様々な説明。「する側」にとっては「日常的に理解でき、慣れている語句」だから、滑らかにパパッと説明される。だが、全く「想定外」のことでパニクっている僕には、一つ一つの言葉の意味がうまく飲み込めなかったり、説明量が多すぎて、すんなり理解できなかったりする。その時、「質問しても良いですか」と質問すること自体も、気後れしやすい。

ただ、運が良かったのは、我が家がお世話になった某大学病院の看護師の皆さんは、全般的に教育がしっかりされていて、僕のようなあれこれ質問する家族にも、実に丁寧に答えてくださったこと。「想定外」の混乱の中で、慌てて焦っている患者や家族にとって、じっくり丁寧に説明してくれることや、こちらの心配や不安にも時間を掛けて耳を傾けてもらえると、どれだけ安心できるだろう。そのことを、原則論ではなく実態として感じたのが、今回の「想定外」のプロセスの中から学びつつあることである。

あと、もう一つ「想定外」と言えば、「不惑」の年を越えたのに、惑いまくっている自分自身。家事を完璧にこなそうとして一杯一杯になったり、子どもと向き合うだけで疲れ果てたり。様々な「至らなさ」「愚かさ」「未熟さ」に改めて遭遇している日々でもある。

「助けてくださいと言えたときに、人は自立している」

これは『生きる技法』(青灯社)に書かれた名言で、ゼミ生にもこれ見よがしに伝えて来たが、今やっと、この言葉をちゃんと言える自分を発見しつつある。

おちびや妻と共に、父は新たな『枠組み外し』の旅に漕ぎ始めた。(続)

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「イクメン」の言葉の裏で (2017年4月号)

子どもが産まれた後、生活リズムが激変する。有り難いことに大学教員は裁量労働制で、しかも1月に子どもが産まれてから2ヶ月は、授業も無いので在宅勤務が可能である。ただ書斎に籠もるのでは、母子の「見守り支援」が出来ないので、食卓にノートPCを置いて、最低限度の資料だけ書斎から持ち込んでの在宅勤務生活。それも、家事や育児の合間を縫って、の文字通りの分刻みの生活である。この原稿だって、子どもをスリングに入れて、妻が風呂に入っている間に一気呵成に書き上げる。日々、そんな生活に突入した。

この経験をしてみて、ワーキングマザーが本当に偉大である、としみじみ感じた。家事や育児はできる限り僕も分担しているが、母乳を与えるという重労働は僕には変わることが出来ない。その重労働をしながら3ヶ月で職場復帰をするワーキングマザーは、とてつもないエネルギーを使っているのだ、と痛感する。

あと、僕も家事育児の分担をしていると、「イクメンですね」と褒められる場面が多いのだが、これは大きな落とし穴。知り合いのワーキングマザーが異口同音に語るのが、「父と違い、そもそも母は家事育児をして当たり前で、少しでも至らない部分があれば減点主義なのだから」ということ。

父親の家事育児割合が今でも低い日本社会では、その役割分担をするだけで男性は「加点評価」される。一方全てを担うのが「当たり前」とされてきた女性は、逆に「減点評価」の眼差しを、特に同じ女性から受け続ける、というのだ。そう思うと、「イクメン」という言葉自体、随分生ぬるい・男性を甘やかす言葉なのかもしれない。

そのことを象徴するのが、ある働くママの先輩から頂いたメールの一節。

「家事育児と地域活動の主責任者はママがしているうえ、例えばパパは週末趣味で一人で遊びにいくのも、『仕方ないなぁ』なんて許して怒らないフルタイムママに対して、私と親友は頻繁に怒りトークしています。」

そう「イクメン」をしているのだから、地域活動をしなくても、週末遊びに出かけても許されてしまう。これは、男性の加点主義ゆえであり、それが許されるのは、「そんなことで目くじら立てるなんて」と同じ女性に揶揄される女性の減点主義ゆえ、なのである。

つまり家事育児を分担するのは当たり前で、余暇や文化活動、地域活動もちゃんとイコールパートナーとしてできる限り均等な役割分担が出来て始めて、「イクメン」と名乗る資格があるのだ。いや、そもそもそんな愛称でちやほやされる時点で、まだまだ日本の男子は甘やかされ過ぎなのかもしれない。

スリングで子どもが寝ている合間に、そんなことをPCにせっせと打ち込む父ちゃんであった。(続)

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「効率」という呪縛(2017年8月号)

子どもが生まれて半年。この間、生活が変わることは「想定内」だったが、全く「想定外」の事態に遭遇している。それは、「枠組み外し」を生きる僕にとっては、新たな「枠」との闘いの始まりを意味する。その枠はどうやら「効率」「生産性」であるようだ。

子どもを抱っこしながら、新聞やスマホをみようとした。妻に注意され、一瞬イラっとしたのだが、その後にふと気づいた。「どうして子どもと共にいる時間に、わざわざ他の事をしようとするのだろう」と。あるいは子どもと一日過ごした後、「今日一日、何も出来ていない」とつぶやいて、同じ疑問を持った。「子どもとの時間を過ごす」ことが、どうして「何もしていない」になるのか、と。

そこから根本的な問いが浮かぶ。僕にとって「すること」とは、何らかの「生産」「活動」だった。授業や講演、論文書きは、全て「生産する」ことである。また昨年まで休みの日に打ち込んだ合気道や登山、ランニングも「活動する」である。こういった「する」ではなく、その場で時を共にする、という意味での「ある・いる」を、僕は楽しんで来ただろうか? 「生産性」や「効率」を暗黙の前提とするあまり、その枠の外を無視しているのでは、と。

その問いは、僕自身をぐらぐら揺らせた。15年前、博士論文公聴会の際に「業績が少ない」ことを問題視されて以来、それがトラウマになった。12年前、大学教員になった後、「生産性」や「仕事の効率」に関する本を読みまくった。必死に論文を書き、業績を増やす事を至上命題としていた。その結果、ある程度の生産性と効率の良さを身につける事が出来た。だが、それが「身についた」がゆえに、一見すると非効率で「すること」に結びつかない(非生産の)時間を大切に生きていない自分がいることに気づいた。子どもとの時間を大切にしようとするならば、時には生産性や効率と距離を置くことも大切だ。だが習慣的に新聞やスマホを持とうとする自分を発見し、改めて「生産性」や「効率」の呪いに気づいたのだ。さて、どうしたものか。

とりあえず、実践するしかない。手始めに労働時間の質と量に自覚的になり、労働時間以外はしっかり子どもと「いること」を楽しみたい。そこでまず直近の日々の労働時間を計算すると、週40時間労働は遙かに超えている。今年は仕事を減らし、休みを増やして家事育児の分担をしている「つもり」だったが、データでみると全然「効率」的ではない。労働時間の可視化は直近の大きな課題だ。

子育てでは、子どもと共に楽しもうと、少しずつモードを変えつつある。家ではスマホやPCの時間を減らし、子どもと遊ぶ時間を大切にし始めたところだ。子どもが産まれて半年、お父ちゃんの生き方に関する新たな枠組み外しは、やっと始まったばかりだ。(続)

『ソーシャルワーカーのソダチ』を読んで

長沼さん、荒井さんから御恵贈頂いたこの本。少し前に読んでいたのだけれど、なかなか時間が取れなくて、お二人の執筆部分についての感想を、備忘録的に書いておく。

荒井さんの「”教えない”ソーシャルワーク教育」は、僕自身の講義スタイルと似ているな、と感じた。従来型の「教える」とは唯一の正解を教師→生徒の一方通行で伝達する、というスタイル。これは、パウロ・フレイレが知識詰め込み型教育をさして「銀行型教育」と名付けたフレームそのものである。

一方、荒井さんは「教えないことによる主体的・対話的な学び」の可能性を指摘する。「正解」がたった一つに定められない対人援助の現場だからこそ、教員の役割は主体的な学びを支える、対等な関係を維持することだ、と言う。「正解」思想が「独善的で閉鎖的なモノローグ(独話)」である一方、「教えない」ことで生まれるのは、「学ぶひと(教わるひと)との開放的なダイアローグ(対話)」という整理は、深く頷いた。フレイレはそれを「問題解決型教育」と名付けているが、荒井さんの整理と通底している。

「主体的・対話的な学びには『正解』が設定されていません。いくら繰り返しても、『正解』にはたどり着けないかもしれません。しかし、『支援』という営みに正面から向かい、深く学ぶことを可能にするように感じます。このようにみてくると、『教育』とは、教科書的で、標準化された内容をそのまま『教える』ことではないということに気づかされます。そこには、逆説的な言い方ではありますが、『教えない教育』の可能性があるように思えます。」(p91)

僕が『枠組み外しの旅』で考えていたのは、標準化された唯一の「正解」を求めるのではなく、その現場でその状況で成功する解決策としての「成解」を求める、という視点である。もともとは、災害救援の現場で生み出された概念なのだけれど、福祉現場でもこの「成解」概念はすごく大切だと感じていた。最低限度の質保障としての標準化思想そのものを否定する気はない。だが、それは自分で読めば理解できる。大切なのは、自分がある課題に深く向き合うための、教える人と学ぶ人の主体的な出会いと関与、という意味でのダイアローグなのである。そして、その主体的な出会いと関与の中にこそ、支援の醍醐味というか、面白さがある。それは、一回こっきりの、再現不可能なものであり、標準化された「正解」ではなく、その場を豊かにする「成解」の模索こそ、求められているのだ。

そして、そんな主体的な出会いと関与において、大切な「視点」がある。それは、「ソーシャルワークの多様な『視点』を考える」の中で長沼さんが取り上げる、「視点」に内在する「立脚点」と「注視点」の違いについて、である。立脚点としての「自分」と、注視点としての「対象者」がごちゃ混ぜになっていませんか、という問いである。

「『立脚点』としての自分に気づく為には、『注視点』である他者をよく見続けていることが不可欠です。二人で向き合っているとき、相手の反応を引き起こしているのは自分自身だからです。」(p116)

この指摘はズシンときた。未来語りのダイアローグでいう「関係性の中での心配事(relational worries)」そのものである。妻が怒り出したとき、だいたいにおいて僕自身がその「反応を引き起こしている」原因である。でも、ついつい妻が勝手にキレて・・・と相手に原因を放り投げようとしている。そして、僕もキレてしまう。しかし、これは立脚点と注視点の混濁なのである。その混濁のまま、相手に責任をなすり付けようとすると、悪循環のスイッチを押してしまう。僕はこのスイッチを数限りなく、押し続けてきた、というお恥ずかしい経験を持つ。

「自分の発言や態度に対する相手の反応に注意深くなれば、相手の反応から自分の発言を修正することができます。やがて自分の言葉は相手の耳にどう聞こえるか、どう解釈されるかをあらかじめ予測しながら、言葉を選ぶことができるようになるでしょう。やがて『自分が何を言うか、言ったか』ではなく『相手にどう聞こえるだろうか』と考えることができるようになってくるでしょう。」(p116-117)

これも「いてて」な指摘である。僕はつい最近まで、『自分が何を言うか、言ったか』に必死だった。立脚点としての自分に必死で、参照点としての相手への敬意や配慮に欠けていた。そして、独り相撲をとり、勝手に空回りし、悪循環に陥ることが多々あった。でも、最近多少は余裕と落ち着きが出てきたからか、『相手にどう聞こえるだろうか』を考えることが出来る時もある。もちろん、妻と家事や育児を巡って衝突する時などは、まだまだうまくは出来ない。でも、そんなときでも、立脚点と参照点を意識するだけで、僕の視点(=立脚点)の押し付けを防ぐことができ、それだけで悪循環の高速度回転のスイッチを押さずにすむこともある。

「わかったつもりにならない」「不確実差への体制」をもつ。これらは、言葉として理解するだけでなく、実践出来てナンボ、の世界である。ソーシャルワーカーの教育にまつわる本だが、読者の僕は、自分自身の生き方を問い直すことが出来る、大変味わい深い本だった。

御恵贈、誠にありがとうございました。

『ヒロインの旅』から学べること

最近、ゼミ生や福祉現場の若手などと、じっくり関わりながら、個々人の成長を応援する場面が多い。その中で、感覚やセンスのよい女性の多くが決まって陥りやすい、ある穴ぼこがあるように思った。それを解きほぐすきっかけとなる、一冊の本と出会った。

「渦のはじまりは『女は受け身でずるくて怒っているから嫌だ』という気持ち。ヒロインはそこから『英雄の旅』にダイブする。仲間を作り、男と同じように社会で身を立てようとする。だが、その先に心がすさむ時期があり、『ダークフェミニン(女性の闇の側面)』と直面する。
闇に落ちたヒロインは癒やしを求める。この本で『母/娘の分離』と私が繰り返し述べる『女性の暗い傷』があるからだ。闇から光への帰り道で自分の本質を見直し、過去の生き方に統合売る。」(『ヒロインの旅』モーリン・マードック著、フィルムアート社、p15)

ここで触れられる「英雄の旅」とは、神話学者ジョセフ・キャンベルが繰り返し述べる「神話や物語の原型」である。だが、この際の主人公はヒーローであり、男性である。女性の臨床心理士である筆者は、女性の主人公であるヒロインは、どのような物語を辿るのか、それが男性とどう違うのか、を探る内面の旅に出かける。

その結節点にあるのが、『母/娘の分離』という『女性の暗い傷』である。そして、この「女性性からの分離」から「男性性との同一視と仲間集め」→「試練の道」→「成功の幻想」などの「光」を辿った後、「精神の乾きを知る:死」以後、「通過儀礼と女神への下降」→「女性性を見直す」→「母/娘の分離の修復」→「傷ついた男性性の修復」をへて、「男性性と女性性の統合」へと至る円環モデルを提示している。

この円環モデルは、僕が出会う女性達の試練を非常に象徴的に表しているようである。僕はなぜか「よい子」の女性と出会う事が多いのだが、僕が関わる女性達に多いのが、この「母からの分離」で苦悩している姿である。

「母のアーキタイプは二つある。一つは無限の愛を注ぐグレート・マザー(太母)。もう一つは停止や抑圧、死を表すテリブル・マザー(恐ろしい母)。どちらも人が幼少期までに感じ取る。子供の自我が発達するまで、母親のやさしさは肯定的な力、無視や過干渉は否定的な力と認識される。」(p34)

僕が出会う「よい子」のゼミ生や若い支援者の女性達は、母親の顔色をうかがい、母親が認めてくれる範囲内でその評価を勝ち取ろう、とする娘の姿である。それは、無限の優しさに護られた、というより、ある時期からその「優しさ」に「支配」されていたにも関わらず、「グレート・マザーへの思慕」を疑うことなく絶対視し、あるときから停止や抑圧などのテリブル・マザーに支配されていることに気づけない、気づこうとしない、気づくのが怖い、という娘の姿である。これは、女性のゼミ生達が、これまでも繰り返し表現してきたことであった。

そして、このままではいけない、と就職し、職場で男性性を獲得する旅に出る。男以上に一生懸命働き、「試練の道」を経た上で、成果と評価を獲得する。それは女性にとっての一定の成功であるはずだが、仕事だけでは満たされない「精神の乾き」を知り、エッジに立たされる。

「ヒロインが何かを断るには、かなりの抵抗がある。挑戦しない人間は無責任な弱虫に見られるからだ。社会的に言えば、それは死と絶望に近い。出世する人とは多くの事を上手くこなす人だ。ほとんどの人はその逆の生き方が理解できず、ただ恐れる。何かを『する』のをやめるなら、ただ『いる』術を知ることだ。」

僕自身も、子育てを始めて、「ただ『いる』」ことが、「する」中心の人間にとって、ある種の「死と絶望」に近いことをひしひしと感じる。社会的な評価とは、何かを「する」ことによって得られる。だが、育児に代表されるケア労働は、同じ「する」であっても、家庭内(=密室)での「する」であり、子ども自身の「いる」を支えるための基盤作りである。それは「多くの事を上手くこなす」「出世する人」とは「逆の生き方」である。必死になって何事かを「する」生活にこだわってきた人間にとって、それを減らして子どもと「ただ『いる』」生活へと転換することは、時間的な変更だけでなく、ある種生き方の変化をしないと、うまくアジャスト出来ないのではないか、とも思い始めている。

実はこの本を読んだ直後に読んでいた、話題の「OPTION B」も「精神の乾きを知る:死」以後、「通過儀礼と女神への下降」「女性性を見直す」プロセスが書かれた本であった。

自身の最愛の夫であるデーブが急死したフェースブックのCOOシェリル・サンドバーグ。彼女の悲嘆からの立ち戻りを描いたこの本を読んでいて、ポジティブ心理学のアダム・グラントが共著であるがゆえ、この本は悲嘆の中でもシェリルがどのようにレジリエンスを獲得していくのか、にフォーカスが当てられている。だが、「ヒロインへの旅」の下記の部分こそ、シェリルの苦悩を言い当てる表現だった。

「冥界下りの時期は無防備になる。自分の怒りに圧倒されるかもしれないし、自分が誰かわからなくなり、役割は機能しなくなり、不安になる。荒涼とした、女でなくなった感じや体内をかき回されるような痛み。地上の暮らしは続いても、心はずっと闇の中にある。」(p135)

シェリルが夫を亡くしてからの日々の中で、色々な人のサポートを受けながら、このような「冥界下り」を乗り越えていった。これは避けようのない試練であるが、だからこそ、彼女は泣きじゃくり、悲嘆に暮れ、絶望に陥りながらも、そこから生還し、そのプロセスを書籍化した。そして、夫デーブの喪失の中から、自らの「女性性」や「男性性」を修復し、統合していくプロセスの旅に出た、ともいえる。

僕は男性として、「ヒロインの旅」をどう支えられるのだろうか。それは、よくわからない。でも、妻や娘、ゼミ生や現場で出逢う女性達の苦悩や障壁を、この旅の途上と捉えたら、少なくとも余計なお世話をせずに、見守ったり寄り添ったり出来るのかも知れない。そう思い始めている。

規則や権力への「従順」という「病」

バニラ・エアが車いすユーザーの搭乗をサポートせず、自力でタラップを上がらせた問題。これが報道されて以後、様々な意見が出されてきた。一般論で言えば、差別解消法に定める合理的配慮の提供が公共交通機関では定められていて、今回のバニラ・エアはそれが適切に出来ていなかった。落ち度は航空会社にあった、ということである。国交省もその線での指導をする。

だが、今回この件について、ツイッタ上などで、少なからぬ一般人が、被害者でもある車イスユーザーに同情するどころか、彼に攻撃的な言説を述べている。僕もこの問題についてツイートしたところ、リプとして「規則に従わないのは、わがままだ」「悪意あるクレームだ」「現場職員のことも考えよ」「お客様は神様ではない」「障害者のコストは・・・」「 障害を持つ者は従業員に何を要求しても許されるのか?」といった意見が寄せられた。

基本的にはこれは個々人の感情の問題ではなく、法律違反である。その根拠はDPI日本会議の声明に出尽くしている。以上。で終わりたいところなのだが、どうやら法律論だけではなく、感情的反発が強いようだ。そのことについては、弁護士の伊藤和子さんも掘り下げた論考をしている(バニラエア問題、声をあげた人へのバッシングはもうやめて。生きづらさを助長していませんか?)。そして僕は、伊藤さんも書かれているが、今回の騒動を通じて、私たちの「従順さの病」がかなりわかりやすい形で露呈したのではないか、と感じている。

「なぜ人間が他者を苦しめたり、侮辱するのかを理解するために、私たちはまず、『自分が自分自身の何を嫌悪しているのか』をとらえなければならない。私たちが相手の中に見いだす『敵』は、もともとは私たち自身の中に見つけることができる。私たちが押し殺そうとするものは、私たち自身の中の一部である。つまり私たちは、自分自身が人間性の萌芽を持っていたことを思い出せる『自分の中の異質なもの』を消滅させるのである。」(アルノ・グリューン『従順さという心の病』ヨベル、p43)

バニラエア問題で、当該の障害者を「敵」として攻撃する人は、法的問題で争いたいのではない。明らかに感情的反発というか、罵詈雑言レベルの言葉が使われている。その根拠は、タラップを自力で登った障害者にではなく、反発する人「自身の中にみつけることができる」のではないか。「敵は己の中にあり」。これが、ドイツ人の心理療法家として抑圧問題を鋭く問い続けてきたアルノ・グリューンの晩年の提起である。彼はヒトラーだけでなく、ブッシュ大統領や毛沢東、スターリンに共通する暴力への衝動を「自分自身への自己嫌悪」の他者への転嫁だ、と喝破する。職員に異議申し立てをし、制止を振り切り、タラップを自力で登る姿をみて、『自分の中の異質なもの』や「人間性の萌芽」を「思い出」しそうになる。それは、自分自身が「押し殺そうと」必死になってきたものなのに、それを易々とやっている(ように見える)障害者の存在に、自己嫌悪の露呈を恐れて、抑圧し、非合理な罵詈雑言や感情的反発に至っているのではないか。これが、彼の論に基づく僕の仮説である。彼は論を進めて、こんな風にも言う。

「ユダヤ人、トルコ人、ベトナム人、ポーランド人、中国人に対してであろうと、『障害者』や『無価値な人』に対してであろうと、『他者に対する憎悪』は、常に『自分自身への憎悪』である。つまりそれは、服従を要求する権威者のもとで生きるために必要な『権威者との結びつき』を確保するため、『従順になることによって断念しなければならなかった自分自身への憎悪』である。」(p61)

そう、『障害者』に『無価値な人』とラベルを貼る「他者に対する憎悪」は、無意識に抑圧している「自分自身への憎悪」なのだ。それを見たくないから、他者に転嫁しているのである。さらにいえば、その憎悪の根源は、自分自身が「従順になることによって断念」していることが多いのに、「あいつはワガママを通して断念していない」という事態に遭遇し、相手への憎悪という形で、『従順になることによって断念しなければならなかった自分自身への憎悪』を振り向けているのではないか。そう展開すると、ツイッタで匿名で罵詈雑言を浴びせる人は、「自分自身への憎悪」に満ちている、という推論もなりたつ。

「従順の原因は、それゆえ、『異質なもの』が-私たちの憎しみや自己疎外の形で-、私たちのうちに生み出される過程の中に見いだすことができる。私たちは従順になることによって、自分独自の感情や知覚を放棄する。(略)その後、その人にとって、権威に必死にしがみつくことが人生の基本となる。人は権威を嫌うが、しかしながら、自己をそれと一体化する。他の可能性はない。自分自身を抑圧することによって、『抑圧する者に向かう憎悪や攻撃性』ではなく、『他の犠牲者に転嫁される憎悪や攻撃性』が呼び起こされるのである。」(p49-50)

バニラエア問題で、ルールに従え、彼はワガママだ、現場職員を困らせるな・・・等々の発言を発する人って、極端な差別主義者ではなく、案外そこらにいる、ごく普通の人だと思っている。もっといえば、職場では真面目で協力的でコツコツ働く人かもしれない。なぜそういう人がこんな発言をするのか? そこには、幼少期の家族関係や親の躾、学校教育などの中で、「自分独自の感情や知覚を放棄する」ことを求められ、親や先生が求める「よい子」を演じてきたからではないか、という「妄想」も膨らむ。これは権力を持つ親や教師による「支配」なのだが、そこに自発的に従う「従順」さとは、前回のエントリーにある自発的隷従論そのものだ。

つまり、自分自身の「感情や知覚」を「抑圧」し、権威に従順になるが、そのことに関する自己嫌悪は消え去らない。だが、それと直面したくない。バニラエア問題なら、本来そのような会社のルールや搭乗拒否という内規を定めた会社そのもの=「抑圧する者」に「憎悪や攻撃性」を向けるべきであり、実際に当該の障害者はそうして、「実力行使に出た」。その「抑圧する者」への異議申し立てに遭遇して、応援するどころか嫌悪感を抱く人びとは、まさに「自分自身を抑圧することによって、『抑圧する者に向かう憎悪や攻撃性』ではなく、『他の犠牲者に転嫁される憎悪や攻撃性』が呼び起こされ」たのではないか。だからこそ、「ルールに従え」「他の客や職員に迷惑を掛けるな」と、合理的に説明出来る範囲を超えて、ヒステリックに叫ぶのかも、しれない。

で、そこから問いかけたいのである。攻撃すべき相手は、この障害当事者ですか?と。あなた自身が抑圧している自己嫌悪や、従順さ、それを強いている「抑圧する者」にこそ、異議申し立てをすべきではないですか。と。なぜ第三者のあなたが、障害当事者ではなく、航空会社の味方をするのでしょうか? 『他の犠牲者に転嫁される憎悪や攻撃性』の背後には、『抑圧する者に向かう憎悪や攻撃性』の隠蔽はありませんか? そして、それを認める事は、「自分独自の感情や知覚を放棄」した事実を思い起こさせ、「私たちの憎しみや自己疎外」と向き合う苦しみに直結することだから、必死になって否定し、他者に転嫁している可能性はないでしょうか? 他人を攻撃する前に、そう攻撃したい自分自身の内在的論理こそ、捉え直す必要はないでしょうか?

これは、僕のオリジナルな問いではない。僕が、パウロ・フレイレから学んだことであり、「枠組み外しの旅」を書く中で問いかけた、自分自身への抑圧や自己嫌悪、従順さへの問いそのものでもある。

自発的に奴隷として従う

昨日の福祉社会学の授業で、自分が変われば社会が変わるか、という内容で議論をしていた。これは、僕の『枠組み外しの旅』の2章を読んでもらった上でのディスカッションだったのだが、なかなか興味深い話になった。

複数の学生が、「社会が変わらない限り、自分一人が声を挙げても、何も変わらないのでは?」と意見を述べていた。その理由を聞くと、支配されている側が、「自分は支配されているんだ」と気づいたところで、支配する側のルールを変えることができない限り、言っても無駄ではないか、という理由である。僕はこれを聴いて、『自発的隷従論』というフレーズを思い出し、黒板に書きながら、学生達の議論に活用してみた。とはいえ、お恥ずかしい限りなのだ、このタイトルの書籍は「積ん読」状態。早速家に帰って、読んでみた。著者のラ・ボエシは1530年生まれのフランス人。だが、500年前に別の文化で書かれたとは思えないアクチュアリティのある記述だった。

「農民や職人は、隷従はしても、言いつけられたことを行えばそれですむ。だが、圧政者のまわりにいるのは、こびへつらい、気を引こうとする連中である。この者たちは、圧政者の言いつけを守るばかりでなく、彼の望む通りにものを考えなければならないし、さらには彼を満足させるために、その意向をあらかじめくみとらなければならない。連中は、圧政者に服従するだけで十分ではなく、彼に気に入られなければならない。彼の命に従って働くために、自分の意志を捨て、自分をいじめ、自分を殺さなければならない。彼の快楽を自分の快楽とし、彼の好みのために自分の好みを犠牲にし、自分の性質をむりやり変え、自分の本性を捨て去らねばならない。彼のことば、声、合図、視線にたえず注意を払い、望みを忖度し、考えをしるために、自分の目、足、手をいつでも動かせるように整えておかなければならない。はたしてこれが、幸せに生きることだろうか。これを生きていると呼べるだろうか。この世に、これ以上に耐えがたいことがあるだろうか。」(ラ・ボエジ『自発的隷従論』ちくま学芸文庫、p70-71)

学生達は、まだ「隷従はしても、言いつけられたことを行えばそれですむ」状態のままでいることの方が多い。だが、日本で働く人の中には、「圧政者の言いつけを守るばかりでなく、彼の望む通りにものを考えなければならないし、さらには彼を満足させるために、その意向をあらかじめくみとらなければならない」人が結構いるのではないだろうか。話題の「忖度」だけでなく、「服従するだけで十分ではなく」「気に入られ」るために真面目に努力して、必死になっている人も、いるのではないだろうか。

だが、これは良くないことだとラ・ボエジは喝破する。その理由は「彼の命に従って働くために、自分の意志を捨て、自分をいじめ、自分を殺さなければならない」からである。いくら仕事だから、とはいえ、肝心の自分自身の「意志を捨て」、「自分の好みを犠牲にし、自分の性質をむりやり変え、自分の本性を捨て去らねばならない」状態が続くのは、文字通り自分に対する「いじめ」であり、自分自身への精神的な自殺である。これは「幸せに生きること」からほど遠いし、「これ以上に耐えがたいこと」はないくらい、しんどい状況である。

では、なぜこのような精神的自殺が簡単に生じるのであろうか。それを「馬の轡(くつわ)」を例に、ラ・ボエジはひもとく。

「どれほど手に負えないじゃじゃ馬も、はじめは轡を噛んでいても、そのうちその轡を楽しむようになる。少し前までは鞍を載せられたら暴れていたのに、いまや馬具で身を飾り、鎧をかぶってたいそう得意げで、偉そうにしている。さきの人々〔生まれながらにして首に軛(くびき)をつけられている人々〕は、自分たちはずっと隷従してきたし、父祖たちもまたそのよう生きてきたと言う。彼らは、自分たちが悪を辛抱するように定められていると考えており、これまでの例によってそのように信じ込まされている。こうして彼らは、みずからの手で、長い時間をかけて、自分たちに暴虐をはたらく者の支配を基礎づけているのだ。」(p44)

「どれほど手に負えないじゃじゃ馬」も、一度飼い慣らされると、その飼い慣らされた状態を「楽しむようにな」り、その状態に「たいそう得意げで、偉そうにしている」ところまで進む。同じように、ずっと隷従するのがデフォルトになった人々は、隷従する状態こそ、地球は丸いのと同様、絶対不変で「定められている」ものだと「信じ込まされている」し、その信念体系こそが、「自分たちに暴虐をはたらく者の支配を基礎づけている」のである。

僕はどの授業でも、様々な価値前提を問い直すような内容を取り扱っている。例えば、スウェーデンでは家族内の体罰も法律によって禁止されている映像を見せた後、日本にもそれは可能か、と尋ねることがある。すると少なからぬ学生は、「日本ではそんなのできっこない」「世の中の当たり前を変えるのは簡単ではない」と答えることがる。だが、これは自らが進んで、「轡を噛む」「首に軛をつけられる」状態そのもの、である。このことをこそ、ラ・ボエジは「自発的」に「奴隷」のように「付き従うこと」としての「自発的隷従」と呼んだのではなかったか。それは、500年前のフランス社会だけでなく、実に今の日本社会にもしっかり根付いている構造的課題である。

これを乗り越えるために、何が必要か。ラ・ボエジは、実に当たり前だが、なかなか簡単には得られない、あるフレーズを指摘する。それが「自由」について、である。

「自由な者たちは、だれもがみなに共通の善のために、そしてまた自分のために、たがいに切磋琢磨し、しのぎを削る。そうして、みなで敗北の不幸や勝利の幸福を分かちもとうと願うのだ。ところが、隷従する者たちは、戦う勇気のみならず、ほかのあらゆることがらにおいても活力を喪失し、心は卑屈で無気力になってしまっているので、偉業をなしとげることなどさらさらできない。圧政者どもはこのことをよく知っており、自分のしもべたちがこのような習性を身につけているのを目にするや、彼らをますます情弱にするための助力を惜しまないのである。」(p49-50)

現代日本社会で、圧倒的な「圧政者」はいない。だが、日本社会の抑圧的システムそのものが、人々の自由を奪い、人々が「戦う勇気」を捨て、「卑屈で無気力」になるように、「ますます情弱にするための助力」をしているのではないか、と思う。空気を読む、忖度する、学校や労働現場でキツイ管理をする・・・これらの中で、圧政的システムに隷従する「習性」がついていく。大学生を眺めていても、この「習性」がついている学生の比率が、年々高まっているように思う。「じゃじゃ馬」は減ってきて、「卑屈」や「無気力」が高まることは、ある種、文句を言わずに黙って働く労働者を前提とした勤労国家日本型システムの「成果」そのものであるが、一方では日本社会の多くの人々が「飼い慣らされたシステム」へ隷属している、ということでもある。

だからこそ、「もう隷従しないと決意せよ。するとあなたがたは自由の身だ」(p24)という彼の指摘は決定的に重要である。「隷従しないという決意」は、隷従するシステムそのものから抜け出す決意である。少なくとも、そこで魂が殺されない、という宣言でもある。これは、惰性化した習慣から一歩踏み出すだけでなく、その習慣を変え、「共通の善のために、そしてまた自分のために、たがいに切磋琢磨し、しのぎを削る」ための第一歩である。一人で始めても、簡単には社会は変わらない。だが、だからといって隷属していては、そのシステムが強化されるだけである。であれば、まずは「もう隷従しないと決意」することが大切なのだ。そして、失われた「自由」を求め、まずは自分の快楽や好み、望み、意志を取り戻すことこそ、必要不可欠なのだ。それが、自分自身の「魂の脱植民地化」であり、日本社会が暮らしやすい社会に変わるための、重要な第一歩なのだと感じている。

授業前に読んでおけば、こういうことが伝えられたのに、と思いながら、メモ書きしておく。

一呼吸を置いて、まずは聴く

このタイトルは、僕が今、一番変えねばならないポイント。先日、妻に指摘された。

「あのさ、相手の話を聴いた時、『へぇ、そうなん!』で良いところを、どうして『それについて僕はね・・・』なんて言い出すの? コメントを求められているのではなく、共感や理解を求められる時にまで、どうして自分の意見が言いたくなるの?」

いてて!そこ、自分でも一番の弱点と思っている部分です・・・。

実はこないだのAD集中研修中でも、飲み会の席で、気づけば心理療法家であるSさんに、「僕は『なんで?』を多用するんです」とこぼしたら、飲みながら「なんで返し」で突っ込まれていた。

「実は僕、だまって聴くだけ、が苦手なんです」
「なんで?」
「間が怖いというか、相手の話に何か付けて返さなければならない、という強迫観念のようなものがあるんです」
「なんでそんな強迫観念をもっているの?」
「えーっ・・・、なんでやろう・・・。なんか沈黙があると、ついついしゃべりだして場をもたせようとする自分がいます」
「なんであなたが場をもたせる必要があるの?」
「うぇーっ!!! 確かにその通りや。でも、ゼミ生との飲み会でも、ついつい場を盛り上げようと必死にしゃべって疲れ果てる僕がいて・・・」
「なんでそんなに頑張るの?」
「ひゃぁーーー。助けて! でも、なんでなんやろう。そうやって合いの手を入れて必死になると、疲れ果てるんです。でも間が怖いような気もします。それはなんで???」

なるほど、この「なんで?」攻撃はかなりえげつないことがその時よく分かりました(笑)

閑話休題。

こんなエピソードの後だったので、妻の指摘を受けた直後の妻との会話は、「相手の話の確認モード」に徹してみた。

「そんな余計な事を言わんと、共感の言葉を出すだけで充分なんじゃない?」
「そうか、余計な事を無理に言わなくてもよいんだね」
「そうそう、たいていの場合、相手はそこで議論をしたくないんだから。ただ、共感してほしいだけだから」
「なるほど、共感してほしいだけで、議論したくないなら、余計な合いの手はいらない、と」
「そうよ。それに、余計な一言は、火に油を注ぐ、というか、自分が巻いた種で面倒な事を引き起こして炎上した経験、あるでしょう?」
「確かに、巻いた種で、火に油を注いで、疲れ果てたことは一度や二度では無い」
「だからこそ、相手の発言を聴いた後、『俺の意見を言わねば』なんて頑張らないで、スーッと聴いて受け止め、理解していることを伝えるだけで、充分な場合も多いんじゃない?」
「そうか、聴いているよ、と伝えるには、この前の研修でも習ったけれど、こういう事実確認をするだけで、充分なんだね。頑張らなくてもよい、のかもね」
「そうそう、今日はいつもと違って余計な返しやツッコミが無いから、以前から言いたかったことが、ずいぶんスッキリ言えたわ」
「僕の余計な返しがないと、言いたいこともスッキリ言えるんだね」
「ほんとよ!」

こう書くと、少し技法チックだが、実際僕は随分省エネで話せたし、妻は今までよりも随分「聴かれた」という感覚を持ったそうだ。

大学院生の頃は、何の肩書きも社会的信用もなかったので、自分の意見を聞いてもらうために、必死でアピールしていた。自己顕示欲もあるのかもしれないが、それよりも、「言わないと誰も聴いてくれない」「存在がなかったことにされる」という危機感・切迫感がひどく内面化されているのだと思う。でもその実、対話空間が好きだ、なんて言いながらも、そういうやりとりの後はごっつう疲れ果てている事も、一度や二度ではなかった。つまり、自分では「自然体のつもり」でも、実際はかなり「無理して」「合いの手を入れている」ことが多かったのだ。

だが、こないだのAD研修で学んだのは「話すと聴くを分ける」と「ポリフォニー」。一方、これまでの僕は、相手の話を聴きながらも、自分の話すことを考えたり、その合いの手を入れるタイミングを探っていたのかも、しれない。それは、僕の中で、相手の話を受け止めて、内的対話をする時間や空間を用意せずに、脊髄反射的なコメントをする、ということを意味する。相手にとっては、その発言に関する情動やパッケージの総体が受け止められていない、という感じになるだろう。また、単なる「オウム返し」ではない事実確認の質問は、「こっちはあなたの話を聴いているよ」とキャッチのサインを出した上で、あなたの話をもっと聴きたいな、という素敵な合いの手なのだ。「なんで?」より、随分マイルドで、相手も答えやすい。そして、僕も相手の発言を整理・要約することで、僕自身の中での対話も促進されている。何より、エネルギーの消費量ががくっと下がって、楽な対応なのだ。

こういう「聴く前提」に耳も口もそろっていると、聴いた後の対応も全然違う。相手の意見は相手の意見として尊重して、でも自分の意見はそれと違っても良いのである。その中で、初めて「ポリフォニー」が生まれてくる。

実はAD研修を受けて目から鱗だったもう一つのポイントが、ポリフォニー。これって、意見を一つの方向性にまとめなければならない、というファシリテーター的強迫観念に縛られていた僕には、本当に青天の霹靂。無理してまとめなくても、「話すと聴く、をわける」事が出来ていると、相手の話を聴いて受け止めた上で、でもそれとは違う自分の意見を共存させる、ということが可能になる。更に言えば、そういう異なる意見が、でも相手の話を聴いた上で、共存しているうちに、何となくのハーモニーが生まれてくる。

これは「妥協」とは違う。各人のヴォイスというか、主体性は守られるし、しっかり聴かれる。でも、他の人のヴォイスを聴いて、その主体性を受け止めることで、自分自身が単独で踊っていた時と違い、ある種のダンスの状態に入る、ということでもある。

今回の研修の中で、「関係性の中での心配事(relational worries)」という考えを聞いた。それに関連づけるなら、ポリフォニーとは「関係性のダンス」なのだ。あなたと私は違う主体や意見を持ちながら、ダンスを続ける関係性を維持する。その中で、ダンスのステップが、少しずつ同期してくる。同調ではなく、お互いが気持ちよい感じで同期していくのだ。

そしてこういう気持ちよい、ポリフォニックなダンスを続けるための「初めの一歩」こそ、「一呼吸置いて、まずは聴く」ことにあるのではないか。そういう仮説を抱き始めた。

「未来語りのダイアローグ」という希望

4月の週末は4週間連続で京都に通っていた。『オープンダイアローグ(OD)』(日本評論社)の訳者である高木俊介さんが、ご自身の所属するACT-Kという精神科の訪問支援チームのメンバー向けに開催されたクローズドな研修に参加させて頂いたのである。高木さんは私財をなげうち、ODの執筆者の一人で「未来語りダイアローグ(anticipation dialogue:AD)」を唱えるトム・アーンキルさんと弟のボブさんを日本で招いていた。ちょうど、そのトムさんに1年前、この依頼する場で通訳の真似事をしたことがご縁で、僕もその研修に混ぜて頂いた。

今回、この研修に参加したかったけど出来なかった人が多かったと聞いたので、少しでもOD/ADの理解に役立てば、と一参加者として感じた事・理解した事をまとめておく。なお、ちゃんと理解したい人は、先述の本をしっかりお読みになることをお勧めする。

ADのプロセスとは、おおむね次のようなものである。社会関係がうまくいかず・つまづき、支援者が介入するもうまくいかない「困難事例」に関して、「当事者(家族)の『問題』」に焦点を当てず、「支援者の『心配事』」に焦点を当て、それを解決するために、当事者や家族、支援者などの関係者に集まってもらう。そして、想起(anticipation)すべき未来を当事者と決めた上で、例えば1年後と決めると、次のように聞く。

①「一年がたち、ものごとがすこぶる順調です。あなたにとってそれはどんな様子ですか? 何が嬉しいですか?」②「あなたが何をしたから、その嬉しい事が起こったのでしょうか? 誰があなたを助けてくれましたか? どのようにですか?」
③「一年前、あなたは何を心配していましたか。あなたの心配事を和らげたのは、何ですか?」

この3つの質問について、ご本人だけでなく、ご本人に関わる支援者にも一人ずつ話してもらう中で、みんなの心配事だけでなく、希望する未来に向けての具体的な行動が明らかになり、本人と家族や支援者の関係が大きく変わり始める。

・・・これだけ聞くと、ほんまかいな?と疑いたくなる。僕も半信半疑、というか、「そうなればいいけど、1回のミーティングでそんな変化が生じるだろうか」と半信半疑だった。だが、実際の事例を通じての「ライブダイアローグ」のセッションの場面で、ACT-Kの利用者さんと支援者達が、トム&ボブの二人のファシリテーターに上記の3つの質問をされて話し合う場面を別室からの映像越しに眺める中で、本当に「ほんまかいな」の出来事が「ほんまに」起こっていったのである。これが、最大の驚きだった。先ほど、上述の本の第4章を読み直したが、そこに書かれていた通りのことを、トムやボブは実践し、それで大きく場面が展開していたのである。それは一体どういうことなのだろうか。少しだけ、体験したことの振り返りをしておきたい。

まず、他の多くの参加者が言っていたことだが、「聞くと話すをわける」「安心して話せる空間を確保する」、というのが、この未来語りダイアローグの最大の特徴だろう。ファシリテーターがこのミーティングをハンドリングするのだが、通常のケース会議やサービス担当者会議と違い、「ファシリは事例に関わっていてはいけない」「ケースにではなく、ダイアローグに集中するのがファシリの役割」なのである。これは一体どういうことか?

困難事例、とは、支援者が通常のかかわり方でうまくいかない事例、である。つまり、その困難性は「支援者にとっての困難」でもあるのだ。だからこそ、会議では「支援者の困難を解決する為に本人に協力して頂く」というスタイルをとる。支援者が本人の困難性について論じる、というのは、ご本人にとっては自分が批判や非難の対象である、と感じやすい。だから、本人の困難に焦点をあてるのではなく、支援者が何を心配に感じているのか、を主題化するのだ。ゆえに参加した当事者は、支援者の困難性を解決するのを助ける立ち位置、を取る事が出来る。ここが、通常のケース会議とは全く違うところである。

そして、上記の例でもわかるように、支援者が「困難さ」を感じている事例について「相談」するのだから、その事例に関わる支援者が会議のファシリテーターになってはいけない。あくまでも、一参加者として、当事者とも対等な立ち位置で、その「心配事」について「相談する」のである。だからこそ、外部のファシリテーターが必要であり、今回の京都の集中研修はファシリテーター養成の為の研修であった。

ただ、このADは治療でも心理療法でもない点が特徴である。つまり、一定のトレーニングは必要だが、資格がないと出来ない、ということではないのだ。その代わり、心配事がかなり極度になっている急性期においては、ADではなくケロプダス病院でやっているようなODの手法が必要であり、ADでは対処出来ない。一方で、急性期では無い心配事で、混乱している状況を整理するためなら、精神医療の現場以外でも、例えば組織内・組織間コミュニケーションの不全などの問題でも、このADのファシリテーションは使える、というのが、僕にとって最大の発見であり、魅力だ。

実際に自分も「脱施設化」に向けた「未来語り」のplanning meetingに実際のダイアローグの参加者として立ち会った。その中で、僕自身が「脱施設化について1年後、どんな嬉しい変化がありましたか」「あなたは何をしましたか? 誰としましたか?」「1年前の心配事は何で、何があなたの心配事を減らしましたか?」と聞かれた。「自分はどんな未来を想起して、自分には何が出来るか?」と問われるのは、外から観察していると簡単そうな質問に聞こえるが、答える張本人にとっては、結構グッとくる質問である。しかし、自分自身もこの問題であれこれ書いてきたし、それでも変わらない現実に大きなworryを抱えていたので、気がつけば「ファシリテーターとしての腕を1年後に上げています」という「未来語り」をしながら、そうなるための方法論を具体的に話している自分がいた。

この際、一参加者として実感したのは、ファシリテーターがアドバイスも提案もしない、じっくり聞いてくれる、というのが、これほど嬉しい体験か、ということである。「話すことと聞くことを分ける」ことで、僕もライブの間、ほかの人の発言を真剣に聴きながら、自らの中での内的対話をしているし、僕の発言もしっかり聞かれていて、他の人の内的対話を促している。まさに交響曲(ポリフォニー)のような空間なのだ。

不確実な未来についての何らかの提案や宣言は、勇気が要る。しかも、馬鹿にされたら・非現実的だと言われたらどうしよう・・・という不安や心配事も抱えやすい。でも、トムやボブといったADファシリテーターは、「ケースにではなくダイアローグに集中している」ので、どんな発言でも、批判も非難もされない。具体的に「いつからですか?」「それは一体何ですか?」という事実質問をする。前回のエントリーで「なぜ?」の問題を問うたのは、ここに起因する。語りにくい未来を恐る恐る語った相手に、「なぜ?」と問い詰めたりだめ出しをして気持ちをしぼませずに、具体的な未来像を語ってもらうための、事実質問なのだ。

僕の場合、「ファシリの腕を上げる、ということはどういうことですか?」と聞かれ、こんな風に答えていた。

「この研修で、精神科病院の中で働く方々が、様々な苦悩を抱えているのを知りました。支援者は、自分自身の心配事をそれとして言えない。だからこそ、何かがオカシイと感じても、変わることが出来ない。それが結局「どうせ」「しかたない」という諦めや現状肯定につながってしまう。一方僕はそんな現実を問題視し、多すぎる精神科病院に関して、いつも外から批判をし続けて来ましたが、全然変わらない現実に、半分絶望していました。
しかし、今回の研修で、精神科病院の中の人と外の人が対等な場でダイアローグすることが出来たら、そこから風通しが良くなり、精神科病院の現場での苦悩が表面化することで、解決策に結びつくきっかけがうまれるのだ、と思いました。その中で、ちゃんとダイアローグされている病棟現場なら、声高に『脱施設』と言わなくとも、『重度かつ慢性』の人も含めて、どうしたら退院できるか、を話し合う土壌が生まれると思います。
そういう意味で、僕は精神科病院の中の人と外の人が開かれた場でダイアローグ出来るような1年後になっていてほしいし、そのためにはこの1年間で、そういうダイアローグが出来るためのファシリテーターとしての腕を上げたいです。」

正直、こうしゃべりながら、僕自身が楽になっていた。

それは、自分自身の「心配事」が「解決された未来」から、自分が変わるべき課題や具体的に出来るアクションを口に出来るから、である。正直、上記の内容は、この研修を受ける前に、思いもしなかった。でも、精神科病棟のスタッフで参加している研修仲間達のライブダイアローグを拝見したり、対話を重ねる中で、外から批判するより、中の人の心配事を理解し、それを解決するための「建設的対話」を重ねていくことが、中の人が納得して変わるきっかけになるのではないか、と思うようになった。実際、ファシリテーターが入った、病院内の「心配事」に関するダイアローグの後、その病院の関係性は変わり始めるのではないか、という感触を、見ている僕も抱くことが出来た。

だからこそ、僕自身もこのファシリテーターとして、地域の現場や、あるいは病院の内外でのダイアローグの場に居合わせ、未来語りの瞬間に立ち会い、そのダイアローグの手伝いをしてみたい、と思っている。そうすることで、批判するだけではかえって頑なになり、聞く耳も持たれなかった外部者の「声」が内部に届くのではないか、と思っている。そして、病院の内外の人が対等な立場で、病院の人の「心配事」に向き合う事が出来れば、内外の障壁の高さが下がり、それがひいては病院職員のマインドを変え、結果的に「脱施設とは言わない脱施設化」を進める兆しになるのではないか。そんな「想起(anticipation)」をし始めている。

ちなみに、今回の通訳をされたのは、あの『プシコ・ナウシカ』を書いた松嶋健さんだが、彼と二人で、精神病院の内外でのオープンな対話って、イタリアのアッセンブレアそのものだよね、と話し合っていた。そう、イタリアの脱施設化は、病棟内でのオープンな対話から始まったのだ。それを日本で実現するためにも、この「未来語りダイアローグ」は充分使えるのではないか。そう思うと、希望がわき、ワクワクとした4週間だった。

さて、ファシリテーターとして、どこから何が出来るのか? 僕の具体的なアクションプランが、始まろうとしている。

「なぜ?」から距離を置いてみる

気づけば研修や授業でファシリテーターをする場面が多い。とはいえ、これまでファシリの研修を受けたことなく、参考文献を我流に読み込みながら、現場で鍛えられてきた。

とはいえ、我流には限界がある。そこで今、あるクローズドな研修の場で今、学び直している。その中で、研修の本論とは関係ないが、今の僕にとっての最も大きなハードルにぶち当たっている。それは、「なぜ」を使わない質問、である。僕が参加しているその研修でも、実際に「なぜ」を使わない。それは「なぜ」か?

僕の実像を知っている人にはご案内の通り、僕は「なんで?」の竹端である。インタビューでも、授業でも雑談でも、どんなところでも「なぜ?」の問いを深めていく。それは、価値前提を問い直すために必要不可欠な問いであると思っている。これは、「哲学の巫女」で夭逝した池田晶子の産婆術から学んだもので、僕自身が20代にずっと彼女の本を読み続け、30代で研修や授業を持つようになると、その骨法を使い続けてきた。

授業でも、例えばシングルマザーの貧困問題を取り上げると、「自己責任論」に共感する学生もいる。自分が選んだ相手なのだから、仕方ないではないか、と。その時、学生がどのような根拠で「自己責任」だと思っているのか、そこにはどのような前提があるのか、その前提はどういう時には機能するが、どういう時には機能不全に陥るか。それは自分自身と関係のないことか・・・を「なぜ」をもとに考えあっていく。すると、価値前提に含まれた臆断や他人事的な視点が崩れ、自分事として物事を見つめ直せる。そんな場面に出会ってきた。これぞ、池田晶子が舌鋒鋭く書き続けてきた、「問いかけ、考え続ける中での価値前提の問い直し」である。

だが一方、この「なぜ?」はしばしば原因追及になったり、放っておけば「問い詰める」表現になりやすい。そして、研修や授業の場で、あまりに僕と価値前提が違う人に「なぜ?」を問うていると、その前提を問い直すモードから、いつしか「相手の糾弾」に転化する場面が、たまにある。そしてそういう「糾弾」モードに入ったら最後、相手も頑なになり、対話が二項対立的議論の泥沼に変化し、不全感が満載で終わる。最近ではそんなことは少なくなったが、以前はたまに「やらかしていた」。

僕が受講している研修では、「対話が二項対立の泥沼」にはまらず、良き未来を想起するための方法論を学んでいる。その際、「なぜ?」と「説明」を求めるのではなく、「いつ?」「どこで?」といった「行動」を促す質問が大切だ、と学びつつある。

この逸話に関連して、ファシリテーターの知り合いが「こんな本ありますよ」と教えてくれた本がある。指摘された本は、実は僕自身が以前読み、線まで引いていながら、実践できていなかった本でもある。

「一般に、質問をする場合、英語の5W1Hを聞いていくようにするとよいと言われています。しかしながら、5WのうちWhyは避け、残りの4つ『When=いつ』『Where=どこで』『Who=誰が』『What=何を』の4つに置き換えるよう努めてください。中でも一番簡単かつ強力な質問が『いつ?』というものです。何か相手が問題を語り始めたら、『どうして?』と原因や動機を尋ねるのではなく、『一番最近それが起こったのはいつですか?』と尋ねます。さらに『その前は?』と聞いていく、相手はどんどん思い出してきます。次には、『それはどこですか?』『誰と(あるいは誰が、誰に)?』『何を?』などと聞き込んでいきます。そうしているうちに、相手は、原因や動機、あるいは事態の捉え方についての自分の思い込みと現実の間のギャップに気づき、自らそれを語り始める、というのがこの対話術の基本中の基本です。」(中田豊一『対話型ファシリテーションの手ほどき』ムラのミライ、p10-11)

僕が研修や授業で扱うテーマも、「原因や動機、あるいは事態の捉え方についての自分の思い込みと現実の間のギャップ」について、である。ただ僕自身はこれまで、それを僕から「なぜ?」「どのように?」と問いかけることで、相手に気づいてもらおうとしてきた。でも、それは僕から相手に対する問いかけである限り、相手は「応答」モードである。しかも「糾弾」されている、と思うと、相手は必死になって自己防御的に自分の価値前提に固執しようとする。それがコミュニケーションの悪循環を創り出すとしたら、僕の「なぜ?」という問いかけ自体が大問題だったのだ。

では、どうすればよいか。そのヒントは、次の二カ所にある。

「事実を聞くつもりで、相手の意見や考えを聞く質問をしてしまい、結果として、相手の思い込みや思惑を引き出してしまうことで、ものごとをよりわかりにくしている」(p79)

「対話型ファシリテーションの技法の中心は事実質問にあり、『なぜ』という質問は禁句と繰り返して述べて来ました。しかしこの場合はそれを逆手に取りました。つまり、あえて『なぜ?』を尋ねることで、相手の誤った固定観念を引き出し、事実質問を使ってそれを検証することで、新たな学びと気づきを引き起こすという方法をとった」(p97-98)

「なぜ?」質問が全く駄目、なわけではない。そうではなくて、「事実質問」と「相手の意見や考えを聞く質問」の違いに常に自覚的である必要がある、ということだ。もっといえば、質問者が今話題にしているのは「事実」なのか、「相手の意見や考え」なのか、に自覚的になることが大切なのだ。そして、僕はそこに無自覚なまま、「相手の意見や考え」を聞き続け、糾弾モードになり、泥沼にハマル局面があったのだ。

ということは、今の僕がすべきファシリの実践上の変化とは、「『なぜ?』を尋ねることで、相手の誤った固定観念を引き出し、事実質問を使ってそれを検証する」ということである。価値を問う質問一辺倒、ではなく、出てきた価値についてまで「なぜ?」とたたみかけず、「いつからそう考えるようになりましたか?」「誰からそういう考えを学びましたか?」「その考えは、何と似ていますか?」など、「事実質問を使ってそれを検証する」ことが大切になってくるのだ。

更に言えば、「相手の間違った固定観念」と決めつけなくても、力まなくても、事実質問は魔法のように状況を変える力がある、と筆者いう。

「事実質問の訓練を重ねていくうちに、人間の意識と行動と感情を繋ぐ糸の共通の仕組みがだんだん目に見えるようになってきます。それとともに、その糸を相手にみてもらうために効果的なものや出来事を捉まえて、『これは何ですか?』『それはいつですか?』と聞いて行けばよいということがわかってきたのです。」(p58)

「人間の意識と行動と感情を繋ぐ糸の共通の仕組み」。これこそ、ファシリテーターが常に手綱を握るべきポイントなのかもしれない。そして、その「糸」を事実で辿っていきながら、相手に「糸」の存在を「みてもら」い、そこから「意識と行動と感情」のダイナミズムに事実質問を通じて働きかける。そのプロセスの中で、「相手が自分で気づくことによって行動変化を起こすのを促す」(p65)ことも可能になる、というのだ。

さて、それは僕の場合にも当てはまるだろうか? 明日の授業から早速、①なるべく「なぜ」「どのように」を使わないこと、②使う場合でも「固定観念」に気づいてもらう場面に限定し、その後は「事実質問を使ってそれを検証する」ことをしてみようと思う。

果たして、どうなることやら。