「あなたとわたしのフィールドワーク」序文公開

研究者仲間の鈴木鉄忠さん高橋真央さんと共に『あなたとわたしのフィールドワーク』(現代書館)という本を出した。この本は、編集者の向山夏奈さんにも二年近くにわたって議論に加わってもらって生まれた一冊であり、ブックデザイナーの木下悠さんが実に素敵な装丁をしてくださったので、「ジャケ買い」したくなる、美しい一冊になった。「新たな学びの地平を等身大で描く人文学的エッセイ集」という新たなジャンルも確かにその通り、な一冊である。

鈴木さんはイタリア地域研究が元々のフィールドで、『バザーリア講演録 自由こそ治療だ』の訳者でもある。高橋さんはボランティアや国際教育が元々のフィールドで、女子教育への造詣も深い。そういう意味では、一見すると接点のない、バラバラな三人である。

でも、この三人で、8年前から研究チームを組み、二回の科研研究班で議論をし続けてきた。特に、2020年春からのコロナ・パンデミック以後は、毎月一度、Zoomで研究会を続けながら、お互いの授業実践のモヤモヤも対話をし続けてきた。その中で、研究者や教育者としての「あるべき姿」というよりも、等身大の、実存のモヤモヤを出しながら、対話を重ねてきたチームである。

だからこそ、今回の著書は敢えて「人文学的エッセイ」という形で、研究や教育、そして人生というフィールドにどう向き合い、試行錯誤してきたか、を格好付けずに描いてきたつもりである。読んでくれた友人達も、こういうエッセイは読んだことがない、とか、研究者ではなくても面白く読めた、などの嬉しい感想もボチボチ頂いている。

11月に刊行したのだが、ここ最近本当に忙しくて、全く告知が出来ていなかった。そこで、以下には鈴木さんに書いてもらった「はじめに」を公開する。

また、来月以後、この本に関する出版イベントを対面やオンラインでもする予定で、さっき作戦会議をしていた。そちらもお楽しみに♪ (リアル書店さんで、ポップなど書かせて頂けるなら、どうぞお声がけくださいませ<(_ _)>)

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はじめに:「あなたとわたしのフィールドワーク」の旅へようこそ!

鈴木鉄忠

「あなたとわたしのフィールドワーク」ってどういうことだろう? 本の題目を不思議に感じた人は多いかもしれません。普通の理解だと、「あなた」は情報提供者(インフォーマント) で「わたし」はフィールドワーカーです。前者が調べられる側で、後者が調べる側であり、この関係は基本的には変わらないとされます。しかし、実際の現場では、双方の立場が入れ替わったり、相互の関係が変化することが往々にして起こります。なぜならフィールドにいる「あなた」は、「わたし」の予想を超える存在として立ち現れるからです。そうした「あなた」は、現場にあるモノやにおいのような人間以外の存在かもしれません。フィールドで出会う「あなた」の存在を真剣に受け止めることによって、「わたし」の存在が揺らいでいきます。この本では、ひとりの人間としての「わたし」に変化をもたらす「あなた」との学びの過程を広く「フィールドワーク」と捉えることを提案しています。そこから見えてくる学びの新たな地平を等身大で描こうというのがこの本のねらいです。

ここで文化人類学者のティム・インゴルドの議論が参考になります。インゴルドは、フィールドでの参与観察法は民族誌という学問成果の手段である、という従来のフィールドワークの理解に異を唱えました。参与観察法が手段で民族誌が目的なのではなく、それぞれが別の目的をもつ方法であると主張しました。つまり、民族誌が異文化フィールドの「他者について知る方法」であり、その目的が「資料の「記録 (ドキュメンタリー)」にある」のに対して、参与観察法は「他者とともに学ぶ方法」であり、その目的は「生成変化」にあるとしたのです (ティム・インゴルド著、奥野克巳・宮崎幸子訳『人類学とは何か』亜紀書房、二〇二〇年)。

インゴルドのいう「他者とともに学ぶ方法」としての参与観察法は、この本の「フィールドワーク」の理解に近いものです。この本の三人の書き手は、データの収集方法としてではなく、フィールドの「あなた」と共に学ぶ方法を身につけながら、「わたし」が「生成変化」する過程を描きたいと思いました。三人はそれぞれ福祉社会学、地域コミュニティ、国際協力というように、普段は異なる分野で調査や研究をしています。ただしフィールドの「あなた」から学ぶという過程には、領域を横断した大事な共通点があるのではないかと考えるようになりました。それを一言でいえば、「あなた」と「わたし」の間で起こる「生成変化」になります。それゆえに本書全体を貫くテーマは「あなたとわたしのフィールドワーク」であり、私たちが読者のみなさんを招待したいのは「関係性の変容から始まる旅」なのです。

この本の旅の行程をご案内します。第1部の「あなたとわたしの相互変容」は、大学での教育場面がフィールドです。ここでの「あなた」は学生で、「わたし」は教員になります。通常の教員―学生の関係は、教える―教えられるという役割と立場の違いが明確にあります。しかし学生と接する場面を「他者とともに学ぶ」フィールドと捉えるならば、教室であれ、課外学習で訪れた国内外の現場であれ、学生と教員の双方に「生成変化」が起こり得ることを伝えます。

第2部は、「他者とともに学ぶ方法」としてのフィールドワークをどう体で覚えていったのかを描きます。「体で」と書きましたが、文字通り「頭で」勉強したというより、フィールドで出会った「あなた」から全身で学び、生きる方法を見つけるために変化する過程です。その意味では「実存のフィールドワーク」といわざるを得ないものになります。

第3部の「他者と出会い、共に変わる」は、自分の価値観では理解できない「あなた」にどう向き合うかを考えます。想定を超えた相手や状況に接したとき、それを見ないことにして自分を守るか、もしくは勇気をもって対話するかが問われます。後者の選択には、時にほろ苦い失敗や楽しいだけではない大変さが伴います。ですが同時に、自分の当たり前を脇に置き、「いま・ここ」に焦点を合わせた出会いは、対話的な二者関係や新たなコミュニティが生まれる幕開けになり得るのです。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。