中身の問われる「ポジティブ」

前回のブログでギデンズ・渡辺氏の著作に基づいて「ポジティブな福祉」についてのコメントを書いておいた。何というシンクロニシティなのか、一昨日あたりにリリースされたばかりの今年の厚生労働白書をみてみると、「参加型社会保障(ポジティブ・ウェルフェア)の確立に向けて」とある。早速、中を覗いてみると、こんな風に整理されている。

・「機会の平等」の保障のみならず、国民が自らの可能性を引き出し、発揮することを支援すること
・ 働き方や、介護等の支援が必要になった場合の暮らし方について、本人の自己決定(自律)を支援すること 例えば住み慣れた地域や自宅に住み続けられるように支援することなど
・社会的包摂(Social Inclusion)の考え方に立って、労働市場、地域社会、家庭への参加を保障すること
目指すものである。
参加型社会保障(ポジティブ・ウェルフェア)は、経済成長の足を引っ張るものではなく、経済成長の盤を作る未来への投資である。
(出典は次のHP
「日本の新たな『第三の道』」(ダイヤモンド社)は研究室に置いてきてしまったので、前回引用したポジティブな福祉の部分には、二人の視点として次のような整理をしておいた。
①ネガティブ福祉からポジティブな福祉への移行
ベヴァレッジが5つの悪として焦点化した「無知、不潔、貧困、怠惰、病気」というネガティブな部分を撃退する福祉から、より積極的な福祉としての「教育と学習、繁栄、人生選択、社会や経済への活発な参加、健康な生活」の促進。
だいたい二つの考え方は同じ方向性に沿っている、と見て良いような気がする。ところで、目指すべき理念は良くても、問題はその具体的方法論である。高齢者の分野では「お泊まりデイ」の是非を巡って攻防が続いている。だが、とにかく中学校区単位での地域包括ケアに総称されるような、小規模多機能の拠点の強化をすすめることや、介護保険の入所施設や療養病床への依存度を下げよう、という意志が見て取れる。大規模な入所・入院施設での実態調査を行ったり、と、介護保険における在宅中心主義の舵は確実に切っている。つまり、「住み慣れた地域や自宅に住み続けられるように支援」は、高齢者分野では真剣に取り組む様相が見られる。
だが・・・それにくらべて、障害者分野の記述は、何ともさみしい。制度改革を巡る議論については、事実を淡々と書いているだけで、それよりも応益負担の廃止や補助犬、おぎゃあ献金などの事例説明の方に、エネルギーを割いているようだ。確かにまだ議論が半ばの事について成果は書けないのはわかる。でも、今の総合福祉法の部会だって、「参加型社会保障(ポジティブ・ウェルフェア)の確立」に向けた大きな一ステップなのになぁ、と一参加者としては思うのだが、どうだろう。
今回イギリス出張の予習をしていても、いくつかの文献で厚労省の現役官僚が、イギリス出向中の経験を元に書いた書籍が大変参考になる。たとえば、
「ブレア政権の医療福祉改革」(伊藤善典著、ミネルヴァ書房)
「公平・無料・国営を貫く英国の医療改革」(武内和久・竹之下泰志著、集英社新書)
特に後者の本では、イギリスの医療・保険システムであるナショナルヘルスサービス(NHS)の改革に焦点化して、患者の参加や効率性をどう高めたか、その改革の光と陰は何か、を非常にわかりやすく書いている好著。患者の参加(Patien Public Involvement)が医療福祉の垣根を越えて、地域参画ネットワークLINKs (Local Involvement Networks)という部局に拡大したことや、介護保険の保険者機能よりもう少し強力な、「地域医療のマネージャー」機能を持つPCT(Primaly Care Trust)と社会福祉サービス局が連携して、医療的ケアの必要な人の在宅生活を医療・福祉の垣根を越えて一体的に提供しようとしていることなど、興味深い話が載っている。また監査機関についても、住民・患者の視点から医療と福祉の統合を進める目的で、ケア品質委員会(Care Quality Commission)が統合され、高度医療から地域福祉の監査まで一体的に行う、という。
まあ、上記の改革がうまくいっているかどうか、は現地で複数の関係者に話を聴いてみないとわからない。でも、厚労省の側は、こういう流れも掴んだ上で、政策立案に取り組んでいる。当然、ドイツ、スウェーデン、アメリカ、フランスなど多くの国に沢山の優秀な官僚を出向させて、世界各国のデータを収集した上で、の政策判断である。政権交代後、「コンクリートから人へ」「最小不幸社会」といったミッションが示されたら、それに沿うような形での政策提言を出してくる。このあたりは、本当に優秀な集団なのだと思う。
であるがゆえに、障害領域での記述の少なさ・新たな素材の乏しさが、目立ってしまう。障害者分野での世界各国の動向、権利条約を巡る動きなど、厚労省の政策立案者たちは、知らないはずがない。制度改革の議論だって、売り出しようはあるはずだ。だが、今はまだ確定していな制度改革の議論は様子見なのか、あるいは高齢者政策に忙しくて後回しなのか、他の深謀遠慮があるのか、よくわからない。だが、とにかく障害領域の記載は少ないのだけが、今回目立った。
障害者福祉領域におけるポジティブな議論が、白書でなくてもいいから、もっと厚労省サイドからも聞こえてきてほしい。そんなことを感じながら、白書を眺めていた。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。