四半世紀かけて読めた本

本を読むときに、「亀の甲より年の功」が発揮されることもある。若い頃は全く歯が立たずに投げ出した本でも、一定期間、様々なジャンルの本を乱読したり、人生経験を積み重ねる中で、やっと「いま・ここ」だから読み通せる本もある。

昨年に増補新版が出たからと、来週の読書会で選んだジュディス・ハーマンの『心的外傷と回復』(みすず書房)もまさにそんな本だった。「今なら、読めるで!」と。

なぜ、昔読めなかったこの本が、今読めるようになったのか。それは、この間、宮地尚子さんや信田さよ子さんなど、トラウマや家族内での虐待問題を正面から取り上げてきた著者達の文章を読み続けてきたから、というのが一番大きな理由である。でも、それだけではなく、自分の認識枠組みを揺さぶられることにも、だいぶ慣れてきたから、というのもありそうだ。それは、フロイトが直視できなかったことでもある。

「フロイトの跡形も残さない取り消しぶりは、フロイトが直面していた問題の極端さを考えてみると理解出来るかもしれない。自説を固守するならば、女性と幼小児への性的圧政の深さを認めないわけにはゆかなかったであろう。この認識を支持し知的に裏付けるものがありうるとすれば、それはまだ誕生途中のフェミニズム運動の他にはなく、それはフロイトの胸中にあった家父長的価値をゆるがさずにはすまなかった。この種の運動の同盟者となることはフロイトのような政治的信条と学者的出世願望を持つ男にとっては考えられなかった。激しく反対するあまり、フロイトは心理的外傷の研究と女性のどちらからも手を引いてしまった。彼はさらに、女性の劣格性と虚言性とを理論の骨子とする人間の発達理論を展開するに至った。反フェミニズム的な政治的空気の中でこの理論は栄え、枝を茂らせた。」(p26)

初期のフロイトが女性のヒステリーを研究する中で、ヒステリーを引き起こす女性が、家庭内で性的虐待を受けていることを発見してしまった。しかも「パリの無産者層だけならともかく、目下繁栄中のウィーンのご立派なブルジョワの家庭においても蔓延している」(p18)ことに気づいてしまった。これは女性のヒステリーの背景に心的外傷がある、という大発見であるが、それを公言することは、「フロイトの胸中にあった家父長的価値をゆるがさずにはすまなかった」。また、「ウィーンのご立派なブルジョワの家庭」の家長=男性の富裕層・知識階級層に支持されることが、自らの学者的出世願望を成就するのに必要不可欠だった。だからこそ、「フロイトは心理的外傷の研究と女性のどちらからも手を引いてしまった。彼はさらに、女性の劣格性と虚言性とを理論の骨子とする人間の発達理論を展開するに至った」のである。

これはフロイトだけの問題ではないと思う。ぼく自身も、これまで虐待のない家庭で育ってきた為、家庭内での虐待がこんなに沢山あることを、若い頃は受け入れたくなかった。それはアメリカの問題で、日本には関係ないと思い込んでいた。ただ、信田さよ子さんの『アダルトチルドレン』など、色々な本を読みながら、実際に親に支配されてきた人々の声と出会う中で、「女性と幼小児への性的圧政の深さ」は残念ながら日本社会の中で語られざる事実である事を受け止められるようになってきた。親が子どもを支配・圧制している、という、家族幻想を打ち砕く事実をそのものとして受け入れる認識枠組みを自分の中でも持てるようになると、家父長的価値以外の世界=フェミニズム的視点を持って、現実を受け止められるようになる。たぶん、以前のぼくがこの本を読めなかった背景には、このような認識枠組みの狭さがあったのだと、改めて思う。

そのような、男性の認識枠組みの構造的問題は、心的外傷の界隈に沢山ある。

「ポルノグラフィーの核心のパワー・ダイナミックスは他者に対する完全な支配である。この権力幻想が身の毛のよだつほど正常な男性たち何百万の胸にエロティックにアピールした結果が一大産業の育成である。この産業においては女性と児童の虐待が行われている。決して幻想の中ではなくて現実に・・・。」(p111)

ポルノに心を寄せられる男性には「権力幻想」がある。これを男性の一人として受け入れることは、なかなかしんどいことである。でも、現実に多くのポルノにおいて女性は男性を満足させる道具として描かれている。そしてそれは明らかに男性が女性を支配し、時には加害している、という構図がある。その「内なる権力幻想」を、そのものとして認めるのに、ぼく自身は時間がかかった。それは、フェミニズムを学んだ後、女性視点のポルノ映画を撮るようになったエリカ・ラストなどの存在が、そういう男性中心主義の狭隘さを指摘している記事から学んだことでもある。

さらに、7年前から子育てを始めて、親の視点でこの本を読むと、痛々しいほど身につまされて入ってくる部分がある。

「被虐待児の心理的適応の基本的目的はすべて、両親達がそれこそ毎日毎日、その悪意を、たよりなさを、冷淡さを、無関心をはっきりとみせつけているのに、それでもなお、それをみながらも、両親への一次的アタッチメントを保つというところに置かれる。この目的を果たすために子どもは実にさまざまな心理的防衛手段に訴える。この防衛の魔力によって、虐待は意識と記憶から壁で隔てられて実際にはそういうことはなかったということになるか、あるいは極小化され、合理化され、弁明のつくものとされて、何が起ころうともそれは虐待ではないということになる。耐えがたい現実から事実においては逃れることもこれを変化させることもできないので、子どもは現実を心の中で変えるのである。被虐待児は、虐待は実はなかったと思い込む方が好きなのである。」(p151)

親に虐待されているけど、「虐待は実はなかったと思い込」みたい。だからこそ、「虐待されるのだから、自分は悪い子だと思い込む」とか、「いまは虐待されているけど、よい子にしたら虐待されないはずだと思い込む」などの様々な心理的防衛手段に訴えかけられ、「耐えがたい現実」を「心の中で変える」のである。

これは、先週岡山で監督ともお話させて頂いた、映画『プリズン・サークル』の話を思い出す。あの映画で出てくる受刑者達の多くが、小さい頃、虐待されてきた。心的外傷を持ってきた。でも、子ども時代に適切な支援がなされず、自分一人でそこに立ち向かうために、嘘をついたり、あるいはそれをなかったことにしたり、という心理的防衛をしていった。そして、その事実と向き合えない解離状態が極大化していくなかで、犯罪に至るということも、映画をみながら感じていた。

「児童期虐待の被害経験者に与えられる特に有害な病名が三つある。身体化障害、境界性人格障害、多重人格障害である。この三つの診断名はいずれもかつては現在廃止された病名『ヒステリー』の下位病名であった。患者は通常女性であるが、これらの診断をもらうと、ケア提供者側が強烈な反応を起こす。彼女らの話すことは信憑性が怪しいとされる。人をふりまわすとか仮病を使うと指摘される。彼女らを対象として、しばしば感情的で偏見にとらわれた議論が行われる。時にはあっさりと嫌な奴だとされる。
この三つの診断名はおとしめの意味合いを背負っている。もっともひどいのが境界性人格障害という診断名である。この用語は精神保健関係者によってよく使われるが、それは高級な学問の装いの下で人を中傷する言葉にすぎない。」(p183)

「信憑性が怪しい」「人を振り回す」「仮病を使う」・・・こういう人に出会ったこともあるし、実際振り回されたこともある。あのとき、ぼくはその人を「嘘つき」だと思っていた。でも、もしそれが、心的外傷ゆえの心理的防衛がもたらしたものだと知っていたら、ずいぶんその人との出会いは変わっていたと思う。

ぼく自身は、2017年にカナダに出かけて、反抑圧的ソーシャルワークを学ぶ中で、トラウマインフォームドケアと出会った。これは、こんな風に言語化してみた。

「トラウマインフォームドとは、トラウマがあるという前提で物事を見ていく・捉え直す視点かもしれない、ということである。だらしない・ややこしい・「問題行動」のある・面倒くさい・・・と片付けられてきた人々は、「トラウマがあるという前提」で捉え直すと、様々な解離や退避行動を取らざるを得なかったことが、見えてくる。」

他者を振り回す、嘘をつく、言うことをコロコロ変える・・・人々は、周囲との関係性がうまくいかない。それを「ろくでもない人」「困ったちゃん」とラベルを貼っても、何も理解出来ない。そうではなくて、心的外傷=トラウマを深く刻み込まれ、それゆえ、そのトラウマを回避するための行動を必死になって取るうちに、対人関係がどんどん破綻し、破壊的になっていく人、と捉えると、ずいぶん違って見える。振り回される方はたまったもんではないが、でも、一見すると極端な加害性に見える背景に、その人の被害性とか、そこからの回避行動であると仮説を立てると、「他者の合理性」がよりクリアに見えてくるのだ。

「結局のところ、心的外傷を癒やすためには身体と脳と心を一つに統合することが必要なのだという、基本に立ち戻ることになる。まず安全な場を持つこと、そして思い出すこと、服喪追悼すること、そしてコミュニティにもう一度つながることである。人間の残酷さをぶつけられた衝撃が癒やされるのは、別の誰かの献身と優しさによって関係の結びつきを取り戻したときだろう。回復の土台石となるのは、心理療法と社会的支援である。この原理は、どんな治療技法によっても、どんな薬物によっても変わることはない。」(p405)

解離や虚言などは、圧倒的な心的外傷体験をなんとか乗り越えるための、身体化された反応である。ということは、そのような状況を越えるためには、バラバラになった「身体と脳と心を一つに統合することが必要」なのだ。それは、何らかの薬物を投与すれば完治する性質のものではない。「まず安全な場を持つこと、そして思い出すこと、服喪追悼すること、そしてコミュニティにもう一度つながること」という四つのプロセスが必要不可欠なのだ。これは、岡知史さんがセルフヘルプグループの特性を「わかちあい」「ときはなち」「ひとりだち」の三つだと喝破した点とも通底している。同じ経験をしたとか、その経験を否定せずに安心安全な場ではないと、「わかちあい」は始まらない。そして、その場で封印・抑圧していた体験を思い出すのは、ある種の「ときはなち」のプロセスだ。そうやって記憶を語り、語り直すなかで、その経験に引きずられた人生から「ひとりだち」できるし、それが「服喪追悼からコミュニティに再度つながるプロセス」でもある。

そういう意味で、この領域の課題を四半世紀くらい学び続けてきたからこそ、やっと自分の腹に収まって、この本が理解できたのかも知れない。つくづく、僕は情報処理人間のようにサクサク理解できないよなぁ、と思う。でも、そうやって腑に落ちる言葉を時間をかけて一つずつ獲得していくプロセスの中で、「急がば回れ」で見えてくる現実もあるような気がしている。

「親亡き後」をぶっ壊す「共事者」

最近、読み始めたら止まらない、オモロイ本を読み続けている。今日もそんな一冊のご紹介。

「ぼくは、被災地と呼ばれる場所で暮らしてきて、この『当事者』という言葉に翻弄され、複雑な思いを抱いてきた。当事者の存在を肯定・尊重し、当事者同士がつながりを持つ場を守りつつ、外側の人たちを『非当事者』にすることなく、自分にもある当事者性を自覚し、課題解決にゆるっと解決できるような、中途半端な立場を肯定的に捉えられる言葉があればいいと思うようになった。そこで生まれたのが『共事者』という言葉だ。
『共事』は、当事者性の濃淡や関与の度合い、専門性の高低などを競わない。素人や部外者、ソトモノの価値をもう一度見直しながら、当事者性を、遠くに、そして水平方向に拡張していく。ふまじめで個人的な興味や関心、『いるだけでいい』という低いハードル、だれもがワクワクする課題を社会に開き、既存の当事者の枠を超える新しい関わり方をつくり出すと考えている。」(クリエイティブサポートレッツ+小松理虔『ただ、そこにいる人たち:小松理虔さん「表現未満、」の旅』現代書館、p124)

小松理虔さんは福島県いわき市在住のローカルアクティビストであることは知っていたし、新聞などで彼の記事を読んでいたのだが、この本は積ん読本だった。ちょうど近々直接お目にかかるので目に通しておこうか、と消極的な理由で読み始めたら、抜群に面白くて、一気読みしてしまったのだ。

この本は、小松さんが静岡にある障害者支援の現場、クリエイティブサポートレッツに「観光」に訪れ、毎回そこで感じたことを原稿にした報告書を基に作られた本である。その支援現場の面白さについて紹介する前に、まずこの「共事者」という視点の良さを考えてみたい。

僕は障害者福祉を研究対象にして25年ほど経つが、いつも、どういうスタンスでいるのか、を表現するのは難しかった。現時点では、自分自身に障害があったり、家族に障害者がいた訳ではない。そういう意味では「当事者性」が低い。でも、非当事者と分けられるよりは、事情は知っている。とはいえ、障害者福祉の専門家と言われると、そうでもないような気がする。非当事者の仲間としてアライ(ally)という言葉も最近出てきたが、それがまあまあしっくりくる。でも、カタカナだしなぁ・・・、とモヤモヤしていたのだ。

そんな僕自身の立ち位置の中途半端さを見事に肯定してくれる「共事者」。「自分にもある当事者性を自覚し、課題解決にゆるっと解決できるような、中途半端な立場を肯定的に捉えられる言葉」というのは、実に素敵な言葉だと思う。そして、共事者という言葉は、当事者/非当事者という二項対立を切り開く可能性を持っている。

「ふまじめで個人的な興味や関心、『いるだけでいい』という低いハードル、だれもがワクワクする課題を社会に開き、既存の当事者の枠を超える新しい関わり方をつくり出すと考えている」

この「ふまじめさ」というか、「真面目も休み休みに」という視点が大切なのだと思う。被災地支援なんかでも、しばしば「当事者が悲惨な状況なのに不謹慎だ」という言葉がネットを飛び交う。でも、その当事者を代弁する「巫女」的な言葉遣いが、僕は嫌いだ。当事者に寄り添う気持ちが問題なのではない。「当事者に寄り添えていない」「こんな時に楽しんでいる」「空気を読めない行動をするのは不謹慎だ」・・・と、他者を断罪する姿勢が嫌いなのだ。実際、小松さんは福島で被災した当日、家族で缶詰パーティーをして楽しんでいた、という。そう、被災当事者だって、楽しんでよいのだ。

その上で、当事者という言葉に付随する「支援する・される」という関係性も、小松さんは括弧にくくろうとしている。「する・される」の関係性は、する側がパワーを持つので、気づけばされる側が支配される、という支配関係に簡単に転化しやすい。でも、支援関係を結んでいる訳ではないので、その現場で『いるだけでいい』という関係性。そこに、「新しい関わり方」の可能性があるというのだ。

それは小松さんの「当事者体験」による。

「福島を楽しみ、味わいつくし、その土地の歴史をふまじめに楽しむうち、震災や原発事故に接続してしまい、結果的に、その被害の大きさを知り、犠牲に対する慰霊や供養につながり、社会を見る目が変わったり、ライフスタイルを改めるきっかけをつかんでしまったり、復興の今を知ることにつながってしまう。最初は興味本位や物見遊山だったのに、その人の人生を変えるようななにかを受け取ってしまう。そんな回路を、小さくてもぼくはつくろうとしてきた。」(p77)

このうっかりさがいいな、と読んでいて僕は感じた。真面目な被災地支援は、今は能登地震の緊急避難期だが、本当に必要とされている。一刻も早く避難所への物資がしっかり運び込まれ、仮設住宅や、ホテルでの仮住まいなど、生活の質が向上し、被災者の生活再建が進んでほしい。それは真面目にそう思う。

でも、阪神淡路や中越、東日本、熊本など様々な被災地で、一定の時間が経つと大切なのは、震災後の街の賑わいをどう取り戻すか、である。そのとき、関係人口というか、その街に興味をもって、関わるよそ者の存在が大切になる。そして、そのよそ者は、興味本位で「ふまじめ」であってもよい。でも、そうやって楽しんだり味わったりしているうちに、「うっかり」被災状況とか、現地の歴史を知ってしまう。「最初は興味本位や物見遊山だったのに、その人の人生を変えるようななにかを受け取ってしまう」。ふまじめな関わりから、うっかり「共事者」になってしまう。このプロセスを、東浩紀氏の言葉を借りて、小松さんは「観光」の「誤配」だという。観光のつもりでやってきたのに、うっかりその土地の「共事者」になってしまう。そういう「誤配」が大切だ、と。そして、小松さんがオモロイのは、クリエイティブサポートレッツという福祉現場にうっかり訪れ、「福祉の誤配」に直面するうちに、共事者になっていく、そのプロセスがしっかり綴られている点である。

あるとき小松さんがレッツを訪れたら、言語表現が苦手な太田くんとこうちゃんが、梅雨明け前の7月の暑い日、庭の水道脇の桶で水遊びをしていた。あまりに楽しそうだったので、「思わずちょっとふざけたくなってきた」小松さんは、自分のサングラスを二人にかけてあげる。すると、「香港映画に出てくる怪しい中華料理屋にいそうな太田くん」(p107)になったので、その写真をパチリとる。この写真を見ながら、僕はゲラゲラ笑っていた。その横のページにはこんなことが書いてある。

「そこには『正しい支援』があるのかもしれない。けれど、こんなことをしたら怒られるんじゃないか、これはふさわしい支援じゃないのでは?みたいなことを気にして目のまえのふたりとコミュニケーションする機会を失うより、いま感じている『ノリ』みたいなもので接した方が健康的だし楽しいはずだ。ぼくは上機嫌でシャッターを押して、ふたりのニセ香港スターを撮影した。ふたりは小一時間ほど水浴びして、顔に水をかけたり、ぽちゃぽちゃ水の感触を楽しんだりしていた。隣にいる蕗子さんは、なにか起きたときにすぐに動けるようにしながら水浴びをしていた。なんというか、ものすごくハッピーな空間だなと思った。」(p106)

小松さんはレッツに遊びに来たヨソモノである。でも、彼が来た時に、水浴びしていた当事者二人があまりに面白そうだったので、非当事者ではなく共事者として、サングラスを渡してみる。すると、怪しい中華料理屋にいるニセ香港スターに変身して、みんなでゲラゲラ笑いながら、大撮影大会をする。ふまじめだけれど、ものすごくハッピーな空間だ。ただ、支援が必要な二人なので、支援者の蕗子さんはちゃんとそばに居る。でも、その蕗子さんも暑いので、「なにか起きたときにすぐに動けるようにしながら水浴びをしていた」という。蕗子さんも支援者なんだけれど、共事者として、そこで一緒に遊んでいる。でも、独りよがりになるのではなく、それとなく二人を観察し、見守っている。こういう感覚が、めっちゃええな、と思ったのだ。

そんなレッツに集まっている皆さんは「表現未満、」な状態である。

「ぼくはこう考えている。『表現未満、』とはメガネのようなものだと。それをかけると、『表現以上』の世界で『迷惑行為』とされたものがなぜか許容され、社会的な価値や意図や目的や成果から抜け出した本来の『その人らしさ』がじわじわと浮かび上がって見えてくる。蕗子さんがこうちゃんの水浴びを『飽くなき探究心』といったことにも似ている。『表現以上』の領域からではなく、『表現未満、』つまりその人の本来の『らしさ』を見ようとする、そんなメガネ。」(p31-32)

こうちゃんは水に強いこだわりを持つ。支援者が止めても、ポケットに水を入れたり、下着を濡らしたりする。これは「『表現以上』の世界で『迷惑行為』とされたもの」である。支援者からすると、何度も着替えさせなければならないので、面倒である。でも、「こうちゃんの水浴びを『飽くなき探究心』」と支援者の蕗子さんがラベルを貼り替えると、違う世界が見えてくる。「『表現以上』の領域からではなく、『表現未満、』つまりその人の本来の『らしさ』を見ようとする、そんなメガネ」で捉えたら、その探究心に付き合うのも、蕗子さんの支援という仕事の一つになってしまうのだ。だからこそ、先に紹介した水浴びは、こうちゃんの遊びであり、かつ「飽くなき探究心」の発露であり、それを生活介護という障害者支援の一形態で、蕗子さんは支援している。本人を矯正したり、社会的に好ましいやり方に強要するのではなく(社会的な価値や意図や目的や成果を脇に置き)、ご本人の「表現未満、」な「その人らしさ」に付き合う。だからこそ、「なんというか、ものすごくハッピーな空間」ができあがるのだ。

これは、「ふまじめさ」をもった「共事者」としての小松さんや蕗子さんがいたからこそ、できあがった偶然のエピソードだ。でも、そういう風に現場を作り上げていくことが、このレッツの魅力だと感じる。レッツの代表者、久保田翠さんは、こんな風に語る。

「この事業の肝は『他者』だ。親でもない、介助者でもない、普通の友だちのような知り合いのような人たちがどれほど入り込んでいくか。そしてもう一つ肝なのが『親が考えない』ことだ。つまり、私が考えないこと。親の都合で作らないこと。彼らの第一の理解者、代弁者を『親』と考えないこと。『親亡き後』という言葉がある。『親の死後、わが子が路頭に迷わないために今からなんとかする』といった親心を象徴した言葉。しかし私は『親なき後をぶっ壊せ』と言っている。」(p214-215)

翠さんは、レッツの利用者たけちゃんの母親である。美大の建築学科に進み、大学院で環境デザインを勉強した後、都市計画や地域計画のデザイナーとして働いていた翠さんは、重度知的障害を持つたけちゃんを産んだ後、仕事を辞め家に引きこもっていた。そんな閉塞感を超え、「私自身が生きていくためにレッツという現場が必要だった」(p286)。表面的に見ると、重度障害のある人を受け入れてくれる福祉施設がないから、母親が作った、というストーリーに見える。そして残念ながら日本は国が積極的に動かないので、翠さんのように、わが子がしっかり受け止めてもらえる場を自分で作る家族が沢山居る。その時に、「親亡き後のわが子の幸せを考えて」という「親亡き後」のフレーズはそういう家族が作った施設で、必ず聞く言葉でもある。

でも、翠さんは『親なき後をぶっ壊せ』という。この言葉は、入所施設や精神病院の研究をしてきた僕にとっても衝撃的だった。日本の障害者福祉は、「家族丸抱えか、施設に丸投げか」の二者択一である。そんな現実を「ぶっ壊す」ためには、「障害者の親」という重い十字架をひっくり返す必要があった。それが、「私が考えないこと。親の都合で作らないこと。彼らの第一の理解者、代弁者を『親』と考えないこと」である。これは非常にロックな、既存の福祉的価値観の破壊をも意味する。

実は、日本では家族丸抱えの現実を変えるために、障害者の家族(親)が集まって、多くの作業所や通所施設、入所施設を作ってきた。でも、その時の親たちは、特に子どもが重度障害であればあるほど、親こそが第一の理解者であり、代弁者である、と考えてきた。これは、国が無策だから仕方ない側面もあったが、非常に危うい発想である。本人の都合より、代弁者である家族・親の都合が優先されることで、本人と親が利益相反関係になる可能性があるからだ。そういう意味で、家族が代弁者となり続けると、支援は閉塞的になり得る。その論理を知り尽くした、重度知的障害を持つたけちゃんの親でもある翠さんは、発想の転換、というか、別の論理を構築し、実践する。

「この事業の肝は『他者』だ。親でもない、介助者でもない、普通の友だちのような知り合いのような人たちがどれほど入り込んでいくか。そしてもう一つ肝なのが『親が考えない』ことだ。」

この二つがどれほど大切か。

障害のある子どもの親が責任を背負いすぎている。その現状を変えていくためには、「親でもない、介助者でもない、普通の友だちのような知り合いのような」「他者」が「共事者」として関わっていく必要がある。だから、レッツには、支援者以外のアーティストや見学者を大歓迎している。その上で、親の代行決定ではなく、他者と支援者と本人が共事者として関わり、協働決定していく。実際、たけちゃんは金髪になったのだが、それは親の願いでなったのではない。一緒にたけちゃんと遊んでいた「共事者」が、金髪の方が格好良くない?という発想からはじまったのだ。そして金髪になったたけちゃんは、みんなに褒められてまんざらでもなさそうだった、という。

親だと保護的になりやすい。でも、原則的に親は子どもより先に死ぬ。その後の「わが子の幸せ」を親が保証することはできない。だから、入所施設を作って三食昼寝付きの生活保障が大切だ、と頑張った親も居た。でも、たけんちゃんの親の翠さんは、あくまでもたけちゃんの「表現未満、」を大切にしたかった。すると、その「表現未満、」に寄り添って、面白がって関わり合う共事者を増やしたかった。だからこそ、『親が考えない』ことを大切にしながら、レッツを作ったのだ。

「レッツでは、利用者がどんどんまちに遊びに行きます。まちの中に行かないと社会は変わりません。問題が起きないと社会は変わろうとしないんです。健常者とはちがう目線や感じ方を持っている彼らがまちに出ることで、波が立つようにあちこちに問題が起きる。それによっていろいろな人が考えたり、見方を変えたりする。だから問題を起こすのが彼らの仕事です。」(p69)

これも翠さんの痺れるような発言だと書き写していて、感じる。『表現以上』の世界で『迷惑行為』とされたものを、たけちゃんやレッツの当事者は持っている。そういう意味で、 「健常者とはちがう目線や感じ方を持っている彼らがまちに出ることで、波が立つようにあちこちに問題が起きる」。翠さんはたけちゃんの母親として、何百回何千回と謝り続けてきたのだと思う。でも、その上で、たけちゃんやこうちゃんの有り様を変えようとはしない。変えようとしたのは、私たちの「メガネ」の方である。「表現以上」の世界の外側にあるなにかを「表現未満、」とつけることで、この「、」のあとに続く世界に余白を作り出す。その余白から、「それによっていろいろな人が考えたり、見方を変えたりする」。実際、ケーズデンキが好きな利用者達が、展示品で遊んでいるのを、店員達が遠巻きに見ている。これは、まさに「それによっていろいろな人が考えたり、見方を変えたりする」可能性を秘めている。だからこそ、「まちの中に行かないと社会は変わりません。問題が起きないと社会は変わろうとしないんです」「だから問題を起こすのが彼らの仕事です」と言い切る。

今の日本社会を生きる若者達は、「迷惑をかけるな憲法」に縛られていると、拙著『ケアしケアされ、生きていく』のなかでは描いた。レッツの当事者は、そんな「迷惑をかけるな憲法」に縛られていない。すがすがしいほどに、この憲法に違反して生きている。それは「表現以上」の世界でみたら、そうなる。でも、そもそもあなたも私も、人は生きていたら、迷惑を掛け合う存在だ。にもかかわらず「迷惑をかけるな憲法」に縛られ、それを守らないと「問題行動」「困難事例」とレッテルを貼られることの方がおかしい。その意味で、レッツの皆さんが街に出かけることで、「問題を起こす」という彼らの仕事」を通じて、私たちの縛られている「迷惑をかけるな憲法」に自覚的になれる。それってしんどいよね、と思った人が、共事者になり、「それによっていろいろな人が考えたり、見方を変えたりする」。そういう展開こそ、ふまじめだけれど、めっちゃ可能性があるのではない、大真面目なインクルーシブ社会のありようではないか、とも思う。

今の障害者福祉は、多くの支援者が真面目で「いい人」であるがゆえに、制度に雁字搦めになってしまい、遊びや余白、ふまじめさに欠けていると思う。「世間にとって都合のいい子」を「脱『いい子』」して、「共事者」として楽しみ合う、オモロイ関係を作るのがすごく大切だと思う。

最後に、小松さんが捉えたレッツの活動の魅力を四点、抜き書きしておく(p222)。

1,社会の側に障害を顕在化させ、ぼくたちに考えさせる。
2,家族や支援者といった閉じた環境に外部を挿入する。
3,本人の周囲にある「当事者『性』」を外し、だれもが共事できる環境をつくる。
4,その人らしい人生や暮らしを、ともに見つけ、ともに歩める社会を増やす。

僕はこれからの福祉や、あるいは福祉教育のこれからを考える際に、この4点は欠かすことのできない鍵になると思う。

僕もレッツの観光事業「タイムトラベル100時間ツアー」に参加してみたい!

『個人で生き延びろ』は嫌だ!

正月は濃厚な読書が続いてきた。

「個人化を問う『能力の共同性』と、資本主義を問う『存在承認』が、本書の未来に向けたキーワードになっています。本書では、能力の共同性を新しく定義しなおし、『能力とは、分かちもたれて現れたものであり、それゆえその力は関係的であり共同のものであり、能力は個に還元できない』ものだと打ち出しました。多様な人々が力を合わせるという意味合いとは異なり、個に還元できない能力論です。『依存先を増やす』というような個人化された共同性は、いともたやすくネオリベラリズムに利用されるからです。『存在承認』は、あなたの存在を認めるよといった承認論ではないことを明確にしました。『共同的なものを規定に、自分を自分で承認しうる所得配分を前提にした状況』と整理をしました。」(桜井智恵子『教育は社会をどう変えたのか—個人化をもたらすリベラリズムの暴力』明石書店、p261)

教育社会学の視点から、桜井さんは能力主義を根源から問い直す。「能力の個人化」が業績主義に結びつき、それが社会の既定路線になっている。それにぼく自身も苦しめられてきたことは、子育てしてやっと言語化が出来るようになり、『家族は他人、じゃあどうする?』『ケアしケアされ、生きていく』でも部分的に言語化してきた。ただ、そのオルタナティブをきちんと言語化できていなかったのだが、桜井さんによれば、それは「能力の共同性」だと言う。『能力とは、分かちもたれて現れたものであり、それゆえその力は関係的であり共同のものであり、能力は個に還元できない』という定義を読んでいて、ぼく自身や娘を見て、思い当たることは色々ある。

娘が11月から、新聞を読み始めた。それは、父が毎朝新聞を読んでいて、ウクライナなパレスチナの出来事に胸を痛めているのを見て、自分も知りたいと思ったからだ。もし、僕が新聞の代わりに、毎日ギターなりピアノを楽しんで弾いていたら、彼女もそっち方面に興味を持ったかもしれない。僕が日曜大工が好きだったら、彼女も進んでトントンカンカンていたかもしれない。もちろん、彼女は僕と違う他人なので、彼女なりの指向性があることは、間違いない。でも、彼女がサッカーより合気道を楽しんでいるのは、明確に「関係的であり共同のもの」なのである。つまり、親が意識的・無意識的にやっていることを見よう見まねで楽しんでいる娘がいて、「個に還元できない能力論」が、その共同性のなかで育まれていく。

でも、資本主義的現実は、それとは真逆の価値観を提示している。

「時代のデフォルトは『個人で生き延びろ』(個人化)である。子どもの貧困問題についても、解決の方法として『学習支援』が注目されたため、子どもの将来に大きく関わっている雇用や深刻な不平等の改善という争点は周縁化され、脱政治化されてきた。現代の市民社会において、人々の生存の軋轢は未解決のま取り残されている。」(p237)

貧困家庭から抜け出すために、「努力すればなんとかなる」のだから、「学習支援」を受けて、高い学歴をつけて、脱出せよ。その価値前提には、『個人で生き延びろ』(個人化)がある。この問題の個人化こそが、そもそも問題なのだ。子どもが努力を必死にしなくても、生き延びられる社会になっていない。「能力の個人化」がデフォルトになっていて、努力できないなら、支援を受けられなくても仕方ない、とされる。そこには非正規労働や同一賃金同一労働ではない労働の不平等など、大きな争点が色々あるのだが、その前提自体は問わない。今の社会の価値前提を揺るがさない範囲での、「働かざる者食うべからず」という論理はそのままにしての支援に限定される。「能力の個人化」がデフォルトになり、その価値体系を揺るがさないままだと、「依存先を増やす」も「個人の努力次第」という形で取り込まれてしまう。

「『個人化』と『業績主義』に基づく社会へと移行した結果、あらゆる問題処理は個人に任せられることになり、社会に見放されて孤立した個人が不安や恐怖に飲み込まれている。
業績重視の資本主義社会で求められるふるまいは、自らのふるまいを監視してゆくのだが、その規律権力によって人々は自ら排除され、自発的に搾取され、剥奪感を抱くことになる。」(p248-249)

これはぼく自身もそうだったし、大学生を見ていても、同じ事を感じる。PDCAサイクルに代表される計画制御を「自己点検」なるもので自分の一年間の仕事ぶりに当てはめるとき、PDCAは「自らのふるまいを監視してゆく」装置として機能する。だからこそ、本来は標準化・規格化された工場労働にのみ適合的なPDCAサイクルは、いつのまにか、新しい行政管理の方法論(NPM)として取り入れられ、大学でも同じような書類を作らされる。これは「その規律権力によって人々は自ら排除され、自発的に搾取され、剥奪感を抱く」業績主義の装置であり、もっともらしいペーパーワークが求められる、という意味で、「クソどうでも良い仕事」である。

学生達が「迷惑をかけるな憲法」に従い、迷惑をかけないように必死に「自らのふるまいを監視」するなかで、その規律権力によって学生達は自ら排除され、自発的に搾取され、剥奪感を抱くようになる。だからこそ、「生きづらさ」がこの10年20年と累積的に子どもたちに広がり、不登校やリストカット、自殺などが増えていく。それはあまりにディストピア的社会である。

では、どうすればよいのか? それは、業績主義=業績承認を疑うことからはじまる、と桜井さんはいう。

「承認論は、再配分を左右する制度的平等の承認原理が、実は業績承認=能力主義と重なっていることを認識する必要がある。現在の価値観のままに『承認』を支援の方法にすることによって、現状を支えてしまう構造的問題は大きい。」(p185)

貧困家庭に学習支援を、という制度設計は、「業績承認=能力主義」を肯定した上で、そこから脱落し塾に行けず基本的な学力が不足する貧困家庭の子どもたちにも、「制度的平等」を果たす再配分を行う、という方法論である。でも、貧富の差の拡大の元凶に「業績承認=能力主義」があるならば、ここを疑うことなく、貧困家庭にも教育をすれば良い、というのは、貧困を生み出す価値前提を問うことなく、結果的に貧困になった人もその価値前提の中で闘うための「制度的平等」を用意し、それでも脱落したら「自己責任」「努力不足」と問題を個人化する論理である。これでは、なにも変わらない。

そのうえで、「業績承認」ではない「存在承認」を以下のように描き出している。

「存在承認とは、自分を自分で承認しうる『社会的状態』の構想である。つまり、非資本主義的に、政治経済構造という規定で、自分で自分を認める、そうなれる状態をどう構想していくかという点があらためて浮かび上がってくる。」(p187)

世間の求める努力をしなくても、つまり「業績」や「学歴」がなくても、標準的な生き方とは違っても、生きていくことが社会的に保障されている。その前提があるからこそ、「自分で自分を認める、そうなれる状態」が生まれてくるのである。それが「存在承認」である。そのためには、学校のあり方も、変わっていく必要がある。

「学級は、相互に似通った均質集団として作為的に作られる。そのようになってはじめて、教師も親も子どもも公正さが保たれていると感じて安心する。しかし、これこそ疑う必要があるのだ。『近代学校は、学級内部の差異を<同質性>として見せかけることを通して、学校での能力主義的支配を実現してきたのではないか。それは、『普通学校』を『差別学校』として存在させ続けている一つの根拠だとしてよいのだと思う。』
岡村の指摘した『普通学校の差別性』とは次のようなものだ。似通った均質集団として分類した学級を通し、学級間の比較を可能ならしめ、評価によって子どもを管理する。環境や構造の変革ではなく、個人に『課題』を求める能力主義を下支えする普通学校制度自体が差別を抱えているというわけだ。」(p119)

本来、子どもは一人一人違う存在である。それを、学年ごとにわけることで、さらに学級という中規模単位にわけることにより、「相互に似通った均質集団として作為的に作られる」。一人の教員が35人を集団管理型一括処遇が可能になる。娘も昨年の4月から、その世界に入って、大きな移行期混乱を経験している。なぜなら、彼女が以前通っていたこども園では、3〜5歳児が混じり合って遊んでいたし、障害のあるお友達も一緒に関わり合っていた。それは、差異をそのものとして、認め合ってきた。でも、「近代学校は、学級内部の差異を<同質性>として見せかける」。少しでもクラスになじめない、先生の言うことが聞けない「問題児」は「発達障害」のある子どもと命名され、特別支援学級に排除される。

ぼく自身はこのような特別支援学校への排除を問題だと考えてきた。ただ、桜井さんや彼女が依拠した教育学者の岡村達雄は、もう一歩踏み込んで、『普通学校の差別性』と命名する。排除される事だけが問題なのではない。もしインクルーシブ教育を進めても、普通学級で排除される差別性が温存されているなら、そちらの方こそ問題なのだ。形だけ普通学級での統合教育を行っても意味はない。普通学校の差別性こそ、問題の本質にある、と二人は喝破する。それは、学力テストに象徴されるように、学級間の比較や学級内での比較を顕著にし、出来ない子ども「個人に『課題』を求める能力主義を下支えする」、差別温存のシステムなのである。これが教育の前提になっていると、桜井さんは言う。

貧困家庭であっても、本人に障害があっても、どのような状態の子どもも、社会的に望ましい振る舞いや能力を発揮していなくても、『共同的なものを規定に、自分を自分で承認しうる所得配分を前提にした状況』が「存在承認」であって。そういう共同性は、努力を前提としない所得配分と結びつかないと、「あの人だけズルい」「働かざる者食うべからず」といった価値規範に引きずられてしまう。そういう悪平等からどう距離をとって、一人一人の「他者の他者性」が認められるか、が問われていると、ぼくは受け取った。

著者は努力を否定しているのではない。でも、努力できる環境が剥奪されている人には、努力の前に、安定的に暮らせる経済的基盤が必要だと説く。それを保障せずに、努力しなさいという競争環境を提起することは、過酷だと言うのである。

「経済的に苦労している子どもへの支援には、現金が提供されるのではなく、就学や就職への機会が提供されている。機会を奪われているから、機会を与えよう。そこで力を出しなさいという支援は、彼ら・彼女らに機会を与えれば、がんばることができるだろうという自立支援だ。苦労している子どもは、精神的にも社会関係的にも安定を奪われているという現実の見立てができていない。」(p63)

これは、普通学校を差別学校にしないための、根本的な視点になりうる。貧困な家庭の子ども、だけでなく、障害のある子やヤングケアラー、あるいは家族の不和がある、本人が家族や学校とうまく折り合いがつけられないなど、様々に「苦労している子どもは、精神的にも社会関係的にも安定を奪われているという現実の見立て」が、必要なのだ。その際に必要なのは、競争環境の提供ではなく、精神的・社会関係的・経済的な安定の提供なのだ。それはもちろん、学校の役割だけではない。子ども家庭庁が出来たが、子ども福祉として、教育や福祉の垣根を越えて求められるのが、子どもたちの様々な安定的基盤の提供であり、そのサポートなのだ。それがあって初めて、子どもたちは「存在承認」がなされる。そして、自分自身への「存在承認」があれば、他者の存在も認められる。自分たち自身による排除や搾取、剥奪をしあう「迷惑をかけるな憲法」が息巻く社会を越えるためには、そういう価値転換が必要なのだ、と気づかされたキーブックとなった。

家族丸抱えと社会的ネグレクト

昨日、京都の実家に遊びに出かける際、鞄の中に忍ばせた一冊が、圧倒的な迫力で迫ってきて、一気読みした。

「ケアをうまく成就できるということは、病気の家族の変化に反応するすばやい共振性を有しているということであり、それは外界に対してあまりに無防備であるともいえる。つまりケアを成就できる主体というのは、あらかじめ固まることを禁じられ、環境によって変化する可塑性を持っているということではないか。
自分をとりかこむ輪郭線をいつでも崩れさせ、自己と他者の境界を横断することができる。自己の固着という安心からいつでも離れられる無防備さというものが、ケア的主体の真価だろう。」(中村佑子『わたしが誰かわからない ヤングケアラーを探す旅』医学書院、p156-157)

このフレーズを読んでいて、少し前のブログに書いた、「ケアとはままならぬことに、巻き込まれること」というのを思い出していた。能動的で自立的で主体的な存在は、自己責任で自己管理が出来ている、という意味で、自己同一性の保持であり、「自己の固着」である。一方、ケアはその対極の、「自分をとりかこむ輪郭線」の崩壊であり、「ままならなさに巻き込まれること」である。「病気の家族の変化に反応するすばやい共振性」を維持しようとすると、自分だけで決めた目的合理性を手放す必要がある。つまり、「あらかじめ固まることを禁じられ、環境によって変化する可塑性を持っている」というのは、能力主義的社会で適合的な自己防衛や自他の境界線を溶かす・崩壊させることでしか、手に入れられない。

このような事態に巻き込まれることは、両義的な価値を持つと中村さんはいう。

「病の家族のために自分を燃やすように使ってあげたい。それは、自己という壁で隔てられた人と人を結びつけ、失われた連続性を回復しようとする、犠牲的なケア的主体に流れる一つの欲望だ。一方で、それでは社会的な生活が送れないので、どこかの段階で揺り戻しがあり、家族を恨み、捨て、自己を保存しはじめる。
過剰な両極のあいだを行き来し、そのはざまで中間の色彩がさまざまに展開する。犠牲的でありながら、一方でその自分をまた憎み、脱皮させ、羽化させるような行動をとる。そうして今度は、自分に罪悪感を覚え、家族のもとに戻ってくる。行ったり来たり、行ったり来たり。
だからこそ、何かのピリオドを打つことが苦手なのではないか。」(p161-162)

中村さんのお母さんは、精神の病を抱えている。調子の悪いときは、一日ベッドで寝たきりだったという。そんな母に対して、中村さんは小さい頃から、「犠牲的なケア的主体」と「家族を恨み、捨て、自己を保存しはじめる」状態の「過剰な両極の間を」「行ったり来たり」してきた。両義性を抱えてきた。でも、これは必ずしも、善悪の二元論で語れない状態だったという。

「病気の家族の変化に反応するすばやい共振性」をもった「ケア的主体」は、「自己保存」をしている間には生まれてこない。一方で、「自己という壁で隔てられた人と人を結びつけ、失われた連続性を回復しようとする、犠牲的なケア的主体」でいると、「社会的な生活が送れない」という現実もある。そのため、両極を「行ったり来たり、行ったり来たり」なのである。

ぼく自身はヤングケアラー経験はないけれど、この6年間子育てをしてきて、ほんとうに「行ったり来たり、行ったり来たり」なのだと思う。それは、主体的で能動的でキリリと決定したことは確実に実行する、という自己保存的なものが、ケアによりなぎ倒されている経験であり、でも、その両義性の往還のプロセスでの「はざま」なのだと思う。

だからこそ、中村さんは「ヤングケアラー」というくくり方に違和感を抱く。

「部屋のなかで、具合の悪い母と一緒にいる。なぜすぐにだめだとあきらめてしまうのか、なぜ起きてこられないのかが子どもの時分には理解できず、やきもきするような思いを抱えていたわたしは、母をむしばんでいる害があるなら飲み込んであげたい、わたしがそれを抱えて一緒に消滅させてあげたいと願っていた。
それはいったんは死のイメージなのだが、そこでわたしも一緒に再生するような、深い喜びがあった。自己消滅が喜びにつらなるような、ケア的主体がもつ犠牲的で献身的な欲望と言えるだろう。
こういう思いを抱えてケアしている子どもに対して、早く毒親からお逃げなさいと、人は容易く言えるだろうか。」(p195)

上記の記述は、圧倒的な解像度の鮮やかさで、僕の胸に迫ってくる。

精神疾患の親を持つ子どもの場合、「具合の悪い母」のおかげで、子どもが振り回される。その現実を指して「ヤングケアラー」と焦点化・問題化すると、かわいそうなのは子どもとなって、その子どもをケアできない親は「毒親」などとラベルが貼られやすい。すると、「早く毒親からお逃げなさい」と簡単なアドバイスが出来てしまう。でも、犠牲的なケア的主体を子ども自体から引き受けてきた中村さんは、一方的な被害者ではなかった。彼女が親をケアするなかで、「そこでわたしも一緒に再生するような、深い喜び」や「自己消滅が喜びにつらなるような、ケア的主体がもつ犠牲的で献身的な欲望」があった。「ままならぬことにまきこまれる」犠牲的なケア的主体にも、その状況でしか味わえない「深い喜び」や「欲望」もあったのである。

これは、ヤングケアラー問題を当事者の外側から取り上げて掘り下げている、数多の論考では知る事が出来なかった、セルフ・ドキュメンタリーゆえの迫力である。

ただ、僕が中村さんの本を読んで、信頼できる一冊だと思ったのは、そのようなヤングケアラーの内面を描くだけでなく、その社会構造的な抑圧を、そのものとして、しっかり描いているからでもある。

「日本の精神科の常識は人権侵害すれすれで、制圧や、拘束、強制入院、長期入院など、患者の人間的生活を豊かにしようという発想とは真逆の行為がまかり通っている。
一方でそうした入院しか選択肢がないことが、患者とその家族をよけいに苦しめている。他の選択肢がないなかで、『精神科病院に入院させるなんて!』と疑問を呈されたり批判されれば、家族はもっと追い込まれる。
いくら病院が人権侵害的でも、医療措置があり服薬のできる入院か、家に一緒に帰って自分もろとも総崩れを起こすか、どちらかしか選択肢がないとしたら、入院させることのどこに瑕疵があるだろうか。日本の精神科病院の現状は確実に変えていかなくてはいけない社会的課題であろうが、入院しか選択肢のない家族が肩身の狭い思いや罪悪感を抱かなくてよいようにと願ってやまない。」(p124-125)

私は四半世紀にわたり、「日本の精神科の常識は人権侵害すれすれで、制圧や、拘束、強制入院、長期入院など、患者の人間的生活を豊かにしようという発想とは真逆の行為がまかり通っている」ことを、批判的に書き続けてきた。『精神科病院こそ問題だ』と言い続けてきた。ただ、特に子どもが生まれて後、家族の視点、ケア的主体の視点を持つようになると、この批判は間違ってはいないのだが、「家族はもっと追い込まれる」という現状もまた、わかるようになってきた。それは、家族丸抱えか施設丸投げか、の二者択一しかない現状の構造的な問題である。

この構造的な「二者択一」の現実を変えないと、家族を苦しめるだけなのだ。精神病院批判だけでなく、同じように、「家族丸抱え」の現実こそ、批判する必要もある。それだけでなく、「家に一緒に帰って自分もろとも総崩れを起こ」さずにすむような、地域精神医療体制の拡充こそ、提起し、応援し続けていかなければならないと強く思い始めた。だからこそ、中村さんの批判が、深く胸に突き刺さる。

また、この本を読みながら、以前取り上げてブログにも書いた山本智子さんの『「家族」を超えて生きる−西成の精神障害者コミュニティ支援の現場から』や、児玉真美さんの『殺す親 殺させられる親』を思い出す。実家で暮らしたい障害当事者と、実家で支えられない家族は、二項対立や下手をすれば利益相反関係になりやすい。でも、障害当事者と家族を対立させている構造こそ、最大の問題なのである。それを、中村さんが取材した、ヤングケアラー経験があり、いまは研修医をしているかなこさんは、「社会的ネグレクト」と喝破する。

「社会からの虐待と言えば、自分たちに責任があることがはっきりわかるけど、たぶん虐待とまで言えなくて。でもわたしははっきり助けてと言ったのに伝わらなかった経験があるから、よけいにネグレクトだと思う。いまは『助けてと言えない子ども』というのが流行っているんだけど、そういうふうにラベリングすることで、『子どもが助けてと言ったとしてもアンテナが立ってなくてキャッチできない社会がある』という事実が隠されていて。さらに『見つけてくれてありがとう』なんて吹き出しの付いた子どもの絵を精神科の研修で見たり。支援者は子どもにそう言ってほしいんだと思うけど、『てめえら遅えわ!』と。キャッチされないから黙らされているだけなのかもしれないのに、子どものほうの責任にしないでって思う」(p112-113)

SOSを求める子どもたちの声を、社会が「無視・放置」している。その意味で「社会的ネグレクト」というなら、これはヤングケアラーに限らない。成人の家族や親であれば、ギリギリまで障害のある家族を支え続けよ。それが無理なら、入所施設か精神病院に丸投げせよ。この二者択一構造こそ、「社会的ネグレクト」なのだ。「キャッチされないから黙らされているだけなのかもしれないの」は、ヤングケアラーだけでなく、大人のケアラーも同じかもしれない。ケア的主体が、あまりにも家族のデフォルトにされ、やって当たり前になっている現実こそ、「社会的ネグレクト」とも言えるのかも知れない。

「日本では家族はすでに崩壊しているのにもかかわらず、崩壊していない前提で、国も厚労省もケアを家族に返す」(p90)

そう、こここそ、最大の問題なのだと改めて思う。「家族丸抱え」は「すでに崩壊している」のである。にもかかわらず、この国の制度設計やシステムは「崩壊していない前提で、国も厚労省もケアを家族に返す」のだ。これが、ヤングケアラー問題を、かわいそうな子どもの問題に矮小化したり、ケアすべき精神障害を抱えた親を「毒親」とラベルを貼る、などの問題構造のすり替えが行われている背景にある。そして、それを問い直すために、社会的ネグレクトの構造こそ、問われなければならない。家族丸抱えの構造的問題が、社会的ネグレクトの背景にあると直視し、それを変える仕組みを作らねばならない。スウェーデンが20年前に実現したように、入所施設を全廃してスタッフを再教育し、地域支援に切り替えなければ、家族丸抱えは終わらない。

この「社会的ネグレクト」という言葉を流行らせるために、僕はこれからこの言葉をしつこく使い続けようと思う。家族丸抱えの論理構造を越えていくためにも。