脱施設化に必要不可欠なトラウマの視点

こないだ書いたブログでトラウマインフォームドケアについて、こんな風に整理してみた。

「トラウマインフォームドとは、トラウマがあるという前提で物事を見ていく・捉え直す視点かもしれない、ということである。だらしない・ややこしい・「問題行動」のある・面倒くさい・・・と片付けられてきた人々は、「トラウマがあるという前提」で捉え直すと、様々な解離や退避行動を取らざるを得なかったことが、見えてくる。」

実はこの視点について、僕と同い年の障害者運動に取り組む介助者で、優れた論考を出し続けておられる渡邊琢さんの単著『障害者の傷、介助者の痛み』(青土社)を読んでいたら、すでにしっかりと言語化されていた。(2年前に買っていたのに、来月仕事でご一緒するので実は今頃読んだのだが、今読んで良かった。)

渡邊さんが支援に入っているまっちゃんは、対人関係のトラブルや暴言などでパニックを起こし、様々な人を振り回す人であった。そんなパニックの渦中にあったあるとき、まっちゃんは支援に入った渡邊さんに、次のように述べたという。

「なんやぁ。なんやねん? ついてくんなよ。ついてくんな! バァーカ!」

その瞬間、彼は思わず、「今、ぶんなぐりたくなった」とつぶやいていた(p308)。

ただ、渡邊さんはそのことを考えるに当たって、トラウマ概念を我が国に広める事になった古典であるジュディス・ハーマンの『心的外傷と回復』(みすず書房)を読み進める中で、まっちゃんの問題を、彼個人の病理や性格の問題と矮小化する視点とは異なる視点を獲得した。

「彼に会って感じたぼくの恐怖や怒りや絶望は、まさに彼がその何倍もの強度で味わったものなのであろう。彼がぼくにもたらす恐怖感は、まさに彼が誰かから受けた恐怖感の引き写しなのであろう。ぶんなぐったらどんなに楽になるだろうかというぼくの気持ちは、まさにそうすることで彼自身も極度の恐怖の緊張感から解放されたいと思っている気持ちなのかもしれない。彼がぼくに向ける必死の暴言や罵声は、以前受けた暴力の刻印であり、ひょっとしたら、彼自身がこれほどに苦しんでいるというぼくへのメッセージなのかもしれない。彼の行動は非常に言葉足らずで誤解を招くほかないものだけれども、ぼくが彼から受けた感情の大きな揺らぎを一呼吸おいてみることで、まさに彼がどれほど揺さぶられ苦しんできたか、自分の身をもってわかる気がした。」(p349-350)

僕は中井久夫氏が阪神淡路大震災の後のトラウマ治療の中で、このハーマンの著作に出会い、翻訳をし、その著作が高く評価されていることは、知っていた。でも、心的外傷(PTSD)とは、戦争神経症とか、レイプを受けた女性とか、地震や津波で家族を失った人とか、普段ならあり得ないような圧倒的な出来事に遭遇してしまった人の特殊な話だ、と「錯覚」していた。だから、ハーマンの本も読んでいないし、最近までトラウマ関連の本も避けてきた。しかし、2018年にトロント調査に出かけた時にトラウマインフォームドケアの概念を知り、様々な依存症支援において「トラウマがあるという前提で関わってみること」によって、「困難事例」や「問題行動」の背景にある、幼少期の傷つき体験などの背景要因を知るようになった。

そして、渡邊さんの本を読みながら、僕が見聞きしてきた障害福祉の領域でも、この「トラウマがある」という前提で物事を眺めると、全く違った風景が見えてくるのかもしれない、と改めて気づかされた。まっちゃんも、以前トラブルにあったバスの運転手から「殺すぞ!」と脅され、本当に殺されるかも知れない恐怖に怯えた後、夜中に「殺すぞ!」と恐ろしい叫び声をあげるようになった(p334)。そして、通所事業所の中で暴れて、通所制限や通所停止になって、同じ事を繰り返す中で、結局家族が支援しきれず、家の中でも暴れ、精神病院への強制入院を経験することになった。(p319)

その視点で、精神病院を眺め直してみよう。精神病院に強制入院させられている人は、今でも15万人近くいる。その中で、親や支援者など身近な他者に暴力を振るう事態が続き、やむなく隔離拘束された人も沢山いる。だが、これまでそういう時に、精神症状や反社会的行動、という形で了解されていた内容を、「トラウマのフラッシュバックだったかも知れない」と捉え直すと、大きく視点が変わる。渡邊さんは、こうも振りかえる。

「自己コントロールを失い、とり乱している当事者は、しばしば支援者なり、家族なり身近な人を攻撃する。その攻撃の源をどこと認識するかで、まったく支援のあり方は変わるだろう。もちろん、攻撃の標的となった支援者は家族は辛い。自分の身も心も傷つく。やってしまったことについて、当事者が免罪されるということもないだろう。でも攻撃の源は、その当事者自身の中にあるのではないのかもしれない。別のより暴力的な力が当事者を襲ったことにより、当事者が一番壊されており、そのことで他者への攻撃性も発動しているのかもしれない。今一番恐怖の中にあるのはその当事者かもしれない。」(p335)

暴力は免罪されるべきではない。だが、「今一番恐怖の中にあるのはその当事者かもしれない」という視点で、暴力の加害者にどのような「恐怖」があるのか、を探ると、視点が反転する。「反社会性」「病理」というレンズで「わかったつもり」にならずに、その人にどのようなトラウマ的体験があり、それがどう再演されて、周囲の人に攻撃を仕掛け、「自己コントロールを失い、とり乱している」のか。その長いプロセスを理解したら、関わり方はずいぶん変わってくるだろう。強制入院時に一律に拘束する、とか、安定剤を注射される、いうのは、「今一番恐怖の中にある」その当事者にとって、恐怖を増やすことでしかない。つまり、これまでの強制入院時の関わりは、治療的ではなく、本人にとってより加害的となる可能性もあるのだ。

では、どうしたらよいのだろうか? そういえば、と思って、以前読み囓った別の本を眺めたら、こんな記述に出会った。

「たとえば、『自分なんて』と自暴自棄な行動をとる対象者と関わることで、支援者も『自分はダメだ(何もできない)』と感じるようになる。組織にも『組織としてやれることは限られている(何もできない)』といった価値観が蔓延し、よい援助サービスが提供できなくなっていく。このように、対象者と支援者、組織が似たような状態を呈する現象を、ブルームは『並行プロセス』と呼んでいる。対象者が攻撃的な言動を示すと、組織も権威主義的で支配的な対応を強めていき、そこで働く支援者も威圧的な態度をとるようになる。トラウマの影響を受けた人や組織が相互に影響し、再トラウマを生じさせるのである。」(野坂祐子『トラウマインフォームドケア』日本評論社、p150)

この記述を読んで、僕が真っ先に頭に思い浮かべたのは、虐待事件が何度も明るみに出た神出病院であり、相模原殺傷事件の舞台となった社会福祉法人で、虐待が繰り返されていたことである。

「『自分なんて』と自暴自棄な行動をとる対象者」に、支援者や支援組織が巻き込まれていく。その「並行プロセス」の中で、対象者の攻撃的な言動に無意識・無自覚に巻き込まれた支援者や支援組織が「権威主義的で支配的な対応を強めていき、そこで働く支援者も威圧的な態度をとるようになる」。「トラウマの影響を受けた人や組織が相互に影響し、再トラウマを生じさせるのである」というのは、入所施設や精神病院で構造的に起こり続けていること、そのものではないか。そんなことが浮かんできたのだ。

そして付記するならば、神手病院ややまゆり園での虐待事件について、加害者を免罪するつもりはない。その前提で書くのだが、虐待が起こり続けている背景には、支援者や支援組織のトラウマ文化が背景にないか、という「妄想」を抱く。『自分はダメだ(何もできない)』『組織としてやれることは限られている(何もできない)』といった価値観が蔓延しているからこそ、トラウマの再演としての構造的暴力が、入所施設や精神病院で起こり続けているのではないか、ということだ。そして、それは一人一人の職員の人権意識の低さとか、そういう問題だけでなく、対象者が苛まれ、ゆえに支援者や支援組織相手に再演されるトラウマについて、支援者も支援組織も無自覚に巻き込まれていくからこそ、起こりうることなのではないか、とも思い始めている。

では、どうしたらよいのか。関わり方が困難であったり、周囲の人に攻撃的になったり、パニックに陥る当事者と接する支援者や組織に求められるのは、トラウマへの理解と、トラウマを前提にした関わり方をチームで行っていく、という覚悟ではないか、と思う。野坂さんの本の中では、健康な組織作りに向けては、①非暴力、②感情的知性、③社会的学習、④オープンなコミュニケーション、⑤民主制、⑥社会的責任、⑦変化と成長の7つがキーワードとして出されていた。僕はこれをみて、オープンダイアローグが生まれたフィンランドのケロプダス病院でのチーム支援と同じポリシーだと感じた。

トラウマにさいなまれているご本人の絶望と、そのものとしてしっかり向き合う。その際に、『自分はダメだ(何もできない)』という感情の波に支援者や組織が飲み込まれない。そうではなくて、「自分はダメだ(何もできない)」という絶望の背景に何があるのか、を「いま・ここ」で理解しながら、別の方策を考え合うチームをつくっていく、ということだ。

僕は20年以上、精神病院や入所施設に偏重しがちな日本の障害者福祉の問題をずっと考え続けてきた。そしてそのことを告発し、構造転換を訴え続けてきた。では、現に施設入所を求め、医療保護入院が必要とされている現実をどう転換できるか、については、ちゃんと考えてこなかった。その際の補助線を、再び渡邊さんの著作を戻って、考えてみる。

「『施設しかない』という家族の思い、気持ち。その背景には家族として障害のある人を養い支え続ける中で、諸方面から受けてきた様々な傷や痛みの蓄積があるのだろう。その傷や痛みの蓄積の果てにたどりついたのが施設入所。その施設から地域へ再度『逆戻り』するようなことは決して受け付けられないということかもしれない。地域移行を進める側は、地域移行は地域社会へと『前進』していくこと考えるのに、これまで地域で支え続けてきた家族からしたら、それは『逆戻り』することなのかもしれない。過去の傷、痛みが心身の深いレベルで疼き、心身に激しい抵抗感を感じるのかもしれない。」(渡邊、前掲書、p302)

トラウマの「並行モデル」は、「対象者の攻撃的な言動に無意識・無自覚に巻き込まれた」家族の間でも、もちろんある。入院や入所を余儀なくされた当事者に傷つきや痛みがあるように、『施設しかない』と追い詰められ、やっとの思いで入院や入所させた家族側にも、傷や痛みが心身の深いレベルで刻印されている。その傷や痛みは、入所施設や精神病院の支援者にだって、広まっているだろう。そのことは、児玉真美さんの本を読んで気づいたメモ書きにも一部触れている。

このようなトラウマや再トラウマを恐れる支援者や家族は、「過去の傷、痛みが心身の深いレベルで疼き、心身に激しい抵抗感を感じるのかもしれない」。だからこそ、脱施設や地域移行を本気で考えるなら、①非暴力、②感情的知性、③社会的学習、④オープンなコミュニケーション、⑤民主制、⑥社会的責任、⑦変化と成長、といった、支援組織や支援文化を変えて行く必要があるのだ。それは、トラウマに巻き込まれない、再トラウマを演じないために必要不可欠なだけでなく、トラウマの悪循環やその並行関係から、当事者も家族も支援者も支援組織も抜け出していくための、必要不可欠なティッピングポイントなのではないか。そんなことを、考え始めている。

魂のこもった「学術書」

社会福祉を研究していると、同業他者の名前はなんとなく知っている。あの人はこの研究をしていて、どこの大学に属していて、とか。今日取り上げる堅田さんはベーシックインカムや貧困問題を研究しておられて、法政大学の教員だ、ということは知っていた。でも、恥ずかしながら、彼女の著作や論文もちゃんと目を通したことはなかったし、ご本人とたぶん一度すれ違ったけど、ちゃんと会話したこともない。だからこそ、新刊情報で流れてきたタイトルを見て、意外だったし、ちょっと読んでみようかな、という気になるタイトルだった。

『生きるためのフェミニズム パンとバラと反資本主義』(堅田香緒里著、タバブックス)

だから、読んでみた。すごく、良い本だった。

草の根の、地べたから見える風景が描かれている。研究者としての理論的フレームワークはもちろん持ちながらも、あくまでも、自分が出会った生身の人間の尊厳を大切にしている、そんなスタンスが、単純に良いな、と思ったし、共感できた。そして、そのスタンスが端的に示されている部分を、少しずつ拾っていく。

「 私にとって、聞き取った「声」をもとに論文を書くことの困難は、何よりもまず、私自身が路上に「通って」いただけで、そこで共に暮らしていたわけではない、という事実に由来する。白状すると、何度か路上での暮らしに挑戦したものの、挫折したのである。当時の私には、そんな人間が路上で暮らす人たちに「ついて」書くことなどできるわけがないと思っていたし、書きたくもなかった。」(p88)

さらっと書いているけど、「え、そうなの!」である。彼女は貧困問題を研究する以前から「路上に「通って」いた」。ホームレスと名指される人々の「声」と出会い続けていた。それだけでもなかなかない経験なのに、「何度か路上での暮らしに挑戦したものの、挫折した」と告白する。路上暮らしを挑戦したって! それも、びっくりである。さらに、「共に暮らしていたわけではない」のに「聞き取った「声」をもとに論文を書くこと」に「困難」を感じていたのである。研究対象に「ついて」論文なんてき「かきたくもなかった」というのは、ふつうの研究者とはずいぶん違うスタンスである。さらに、引用を続ける。

「 巷でますます量産されていく「ホームレス研究」の書籍や論文についても、戸惑いと若干の憤りとともに、ただ眺めていた。彼らと生活を共にしているわけでもないのに、彼らの「声」を「聞く」ことなど、ましてや「書く」 ことなどできるわけがない。とりわけ研究者は、いかにももっとももらしい「調査」を通して、ただ自分が聞きたい「声」を「聞く」のみである。そして、「調査」を立ち上げ、カネ(研究費)を取り、それを自分たちの「業績」にしていくと言う行為が、彼らの存在と、その「声」を「業績」のために消費しているようで、あさましく感じられた。」(p88)

たしかに2000年前後から、貧困研究ブーム(バブル!?)が到来し、実態調査系の本や論文もたくさん出てきた。その一方で、堅田さんは、自分も路上で色々な出会いをしながらも、調査対象者として改めて「「声」を「聞」」き、それを「書く」ことにためらいがあった。その背後には、「ただ自分が聞きたい「声」を「聞く」のみである」ということへの独善性を感じ、さらには、「「調査」を立ち上げ、カネ(研究費)を取り、それを自分たちの「業績」にしていくと言う行為が、彼らの存在と、その「声」を「業績」のために消費している」「あさましさ」を感じていたという。なんという素敵な感性だろう。

ただ、ぼくもそれはわかる部分がある。

ぼくは大学院時代、精神病院でフィールドワークをしたのを皮切りに、作業所とか当事者活動グループとかで、精神障害を持つ当事者の方からお話を伺う機会を結構数多く持ってきた。堅田さんのように、研究者になる前から出会っていた訳ではない。でも、そんな僕でも当事者の「声」を「聞いて」「書く」という、研究者の枠組みに当てはめるために聞く事へのおこがましさ、というか躊躇があった。だからこそ、いっぱい学ばせてもらったし、色々な話は聞いてきたけど、それは全然「書く」ことにつながらなかった。よって、大学院生の頃は、本当に全然何もかけなかった。(実はその後も、伺った「声」そのものはほとんど言語化できていない)

あと、蛇足的になるが、学生時代は臨床心理や精神医学も読み囓っていたが、院生時代は中井久夫も神田橋條治も河合隼雄も読むのを封印していた。中途半端に「分析」や「解釈」をしていては、当事者の声をそのものとして聞けない、と直観で感じていたからだ。だからこそ、ただ聞くだけで、ノートに書き留めたけど、それらの言葉は、全然活字にならなかあった。自分の言語化能力の低さとか、研究者としてのアウトプットの出来なさに、情けないな、と感じることもあった。

でも、いま堅田さんの記述に出会い、当時のぼくも「彼らの存在と、その「声」を「業績」のために消費しているようで」、後ろめたさ、というか、なんかちょっとそれは違うよな、と思っていたのかも知れない。だからこそ、それはぼくだけじゃなかったんだ、と思うと、勝手に同志的連帯、というか、似た感じ方の人がいたんだ、と嬉しくなった。

ただ、彼女の感受性の鋭さは、ぼくは到底及ばない。

「私にとって、かれらについて「書く」ということは、私と路上の友人との間に「書く」者と「書かれる」者との非対称性をはっきりと生じさせるだけではなく、かれらを物理的に「殴る」ことと同等の暴力であり、とても受け入れられなかった。なにより、路上の友人達のほとんどはおそらく一生読むことがないであろう「学術論文」を、かれらの「声」に基に書き「業績」をあげる、ということをしたくなかった。」(p89)

ここまで、書くことの暴力性について、ぼくは自覚的でもセンシティブでもなかった。確かに非対称性は感じていたし、精神病院のことを考えると、自ずと権力関係への自覚はあった。でも、ぼくの場合、当事者の声を聴いても、それをそのまま論文にする回路が結びついておらず、途方に暮れていただけかもしれない。そういう意味では、彼女はぼくなんかより、はるかに筋金入りで、ちゃんと路上で人としてホームレスの友人と出会っていたのである。

だからこそ、だと思うのだが、彼女がフェミニズムやベーシックインカムなどの理論を取り上げるとき、「お勉強のできる情報処理人間」とは違う回路やスタンスでの書き方だと感じる。筋が通っている、というか、彼女が友人と出会ってきた経験やプロセスが、理論や概念の解釈に結びついているようにも感じるのだ。

「ベーシックインカムの要求も『家事労働に賃金を』も、私たちに、労働に—賃労働にも家事労働にも—隷従しない生のあり様を示し、欲望に満ちた主体の可能性を開いていくだろう。パンが欲しければバラを引き換えにせねばならない、パンを我慢すればバラが与えられる、そうした交換の論理を軽々と超越していく。魔女は禁欲も隷従もしないのだ—パンも、バラも、よこせ!」(p41)

気持ちよいほど射貫く文章である。

パンは「生きる糧」でありバラは「尊厳」のこと(p15)だが、過労死寸前まで働いたら「生きる糧」は得られるかも知れないけど、「尊厳」は踏みにじられる。逆にエッセンシャルワーカーと呼ばれる人は、仕事に「尊厳」を持っているけど、「生きる糧」があまりに過小評価されている。パンかバラ、生きる糧か尊厳は、二者択一の問題ではない。「パンも、バラも、よこせ!」 それは、「労働に隷従しない生のあり様」を考える上で必要不可欠な理論的帰結であり、彼女が出会ってきた路上の友人のことを想うこととも直結しているのである。

また、ぼくはベーシックインカムについては、近年、新自由主義的価値前提に親和的な人々がその導入を口にしていて、胡散臭いと感じていたのだが、彼女はそれとは全然違う視点で見ている。

「ベーシックインカムとは一般に、『すべての人に、個人単位で、資力調査や労働要件を課さずに無条件で定期的に給付されるお金』と定義されているものである。ただしこの定義では、給付水準についての言明がなく、社会保障給付のコストダウンを志向する陣営からしばしば提案されるような低水準の給付がベーシックインカムと呼ばれることもある。これに対し、本書では、『生活に必要な所得』を保障する水準(以上)のものをベーシックインカムと呼ぶ。」(p45)

これも、「労働に隷従しない生のあり様」としての「生活に必要な所得」を保障せよ、「パンも、バラも、よこせ!」という主張で一貫している。実にロジカルで、かつ路上の友人たちのことを思い浮かべながら、の背景がしっかりしている論理である。

「社会の「役に立つ」とみなされればマイノリティも積極的に包摂するが、「能力」の「活用」を拒否する「怠け者」や貧乏人は、「役に立たない」とみなされ徹底的に排除され、ネオリベラル資本主義の秩序は維持される。要するに、ネオリベラリズムが差異に“寛容”なのは、体制の側が変わらなくてもよい、体制の側が「コスト」を引き受けなくてもよい、その限りにおいてなのである。」(p29)

彼女のこのマクロ政策への理論的な解釈は、路上の友人たちとの出会いに裏打ちされているがゆえに、本当に迫力がある。新自由主義的価値前提に「役立つ」「役立たない」という判断軸でわかりやすく分断され、ネオリベラル資本主義の秩序維持、のために、人々は包摂されたり切り捨てられたりする。その構造的な暴力、体制側の不作為を、彼女は真っ直ぐ見据え、居抜き、ズバリと言語化する。

この本は彼女の初の単著だという。これは、確かに表面的にはわかりやすい文体でまとめられた、読みやすいエッセイである。だが、その中に、軽く読み流せない、ほんまもんの問いかけがたくさんある。ブログでは紹介しないが、彼女は自分自身の痛みもそっと言語化し、差し出している。そして、ご自身の痛みや苦しみと、彼女が出会ってきた路上の友人の痛みや苦しみを交錯させながら、論理を展開し、言葉を紡いでいく。そういう意味では、素敵なエッセイであるばかりか、魂のこもった学術書でもある、とぼくには受け取った。そして、こんな大作は、並大抵の人間にはかけない。

そういう意味でも、実に読み甲斐のある本だったし、多くの人が手に取って、自分の痛みと交錯させながら読まれてほしいな、と思わせる一冊だった。