「発達の大原則によれば、『力を身につける』ということは、『その力を使って生きる』ということと表裏一体の関係にあるはずです。ところがその間に、おとなの視点の張りついた『将来』ということばが入り込むとき、力を身につけ伸ばすことが、生きることから離れて自己目的と化します。発達することが目的になり、あるいは課題になり、それを達成するために親や教師が邁進し、やがて子どもたちも、この外側からの視点に身を添わせることを覚えていきます。」(浜田寿美男「『私』をめぐる冒険」洋泉社新書、p60)
「その力を使って生きる」という、発達する側の視点に立って必要なものと、「将来」という、発達を見守る側(保護者、専門家・・・)の論理の相違。この、普段ならなかなか見えにくい「裂け目」を浜田氏はわかりやすく表してくれている。そう、「将来」という、子ども自身ではなく、大人の側の要請やら、自己都合やら、自己目的によって、子どもの「今」のアクチュアルな知識や想いや発想を拘束してしまうこと、この中から、子ども自身の中での喜びやら面白さ、知を愛するエロス、といった「内側からの視点」が剥ぎ取られ、外側からの、つまり「大人が良いと判断するであろう視点」に「同化」する(=身を添わせる)ことになってしまうのだ。そして、同化しきると、晴れて「つまらない大人もどきの子ども」の一丁上がり、となる。
こういう大人になりたい、と子どもが自ら願う場合、それは子どもがあるロールモデルに憧れ、自分でそこに近づこう、という軌跡であり、それについて特に否定するつもりはない。ただ問題は、「子どもはこうすべきである」と、当の子どもではない、大人が価値判断する時の事である。子ども自身が、その価値判断を出来ぬ場合、大人は適切にアドバイスやサジェッションをすべきであろう。しかし、それはあくまで子どもが、自分自身の『力を使って生きる』ことをしやすくするための、補助線的な支援にすぎない。あくまで、「力を身につける」のは、大人ではなくて、子ども自身だ。その時に、本来ならその子どもの心の動きにこそ、大人の側が「同化」すべきなのに、大人が子どもより一歩前に出ている、と勘違いして、子どもに教化育成指導する。この図式そのものが、間違っていた場合、どうするのだろうか?
世間的な「将来」やら「成功」に拘泥することなく、自身が本音と建て前で引き裂かれることなく、その人が「その力を使って生きる」ことが出来るような支援とは何か。浜田氏の文章を読みながら、考えはあちこちに巡っていく。
投稿者 bata : 22:49 | コメント (0)
2006年06月11日
「生きざま」を支えるとは?
仕事帰りでグタグタになっていた午後7時、教育テレビに釘付けになった。
「トップランナー」という番組でシンガーソングライターのアンジェラ・アキが出てきたのだ。もともと彼女の歌は魅力的だなぁ、と思っていたが、彼女のヒストリーを聞いた後で、彼女の歌を聴くと、その重み、というかエネルギーの強さに圧倒され、心にグッと来ている自分がいた。番組が終わった直後に、14日発売のニューアルバムをアマゾンで予約している自分がいた。
こうかくと、番組構成のうまさ、や、まんまとマスコミやレコード会社の策略に乗ってしまった、と言われるかもしれない。別にそういう批判は言わせておけばいい。本当に、彼女の「物語」に、揺さぶられたのだ。ハーフとして日本の片田舎で生まれ育ち、アメリカで音楽活動を夢見て苦労してきた、という苦労物語に「だけ」心揺さぶられたのではない。もちろん、そういう話の流れに心を打たれたのは事実だ。でも、それだけでなく、関西的な笑いに混ぜながら、の彼女の「生きざま」というか、彼女が経てきた「生きられた経験」(=「生きざま」=「物語」)に、強く心打たれたのだ。そして、改めてアンジェラ・アキの弾き語りを聴きながら、その「生きられた経験」なり「生きざま」なり「物語」の凄みがビンビン自分の心の中に入ってきて、魂揺さぶられる想いをしたのである。
そして、彼女に揺さぶられた魂が、僕自身に問い直していた。そういえば、なんだかこの「生きざま」や「物語」について、どっかで引っかかっている話があるよなぁ、って。そう、あの話である。
「こういう“地域“の話を聞くなんて久しぶりで新鮮でした」
先日とある場で、ある入所施設の若手職員がぽつりともらした言葉が、引っかかっていた。
なぜ、入所施設の職員は「地域」の話を聞く「場」や「チャンス」がないのだろう、と。
単純に考えれば、施設の中で入居者の生活支援をするだけで日々手一杯であれば、なかなかそれ以外の事が耳に入ってこない、という「解答案」が浮かぶ。でも、本当にそうなのだろうか?
ナラティブ・ケアという考え方が介護の現場でもだいぶされるようになってきた。
ナラティブ、つまり「語り」をケアの中に持ち込もう、という考え方だ。
なんだかこういうと小難しそうだが、実は全然難しくない。支援をする「わたし」が、支援される「あなた」の性格や興味関心だけでなく、これまでどういう家庭環境で育ち、どんな人生を積み重ね、今「わたし」の目の前にいるのか、という「生きざま」を理解しようと、支援をしながら相手の中に入っていくことである。それは、興味本位の根掘り葉掘りの質問責めという形態ではない。入り口は時としてそういう場合もあるかもしれないが、そうして出会った「あなた」の「いきざま」という「物語」を受け容れた上で、支援する「私」と支援される「あなた」が、今ここにいるひとときを、「生きざま」の延長線上としての「物語」の一ページを、一緒に構築していこう、という視点で支援やケアをしていくことである。
つまり、これは入所施設であれ、地域の拠点であれ、スウェーデンであれ、京都であれ、山梨であれ、本来どのような場所であっても、「あなた」の「生きざま」に着目しようとする「わたし」がいれば、そこで物語は始まる。逆に言えば、どんなに福祉先進国であっても、どれほど立派な建物の中であっても、「わたし」が「あなた」の「物語」を重視しない限り、そこには「ナラティブ・ケア」なるものは立ち現れない。
入所施設で、日常生活動作に支援が必要であったり、コミュニケーションに障害があったり、あるいは意識障害や知的障害がありながら暮らしている人々。彼ら彼女らにだって、僕や読者の皆さんと同じように、それまでの「生きざま」がある。糖尿病とカテゴライズされた人に性格的な一致点を見いだすことなど馬鹿げたことであるのと同じで、○○障害とカテゴライズされた人も、多様な「生きざま」がある。その一人一人の「あなた」の「生きざま」に「わたし」が着目していれば、そこが施設であれ地域であれ、その方の想いや願いに触れる機会が生まれてくる。「地域」で語られる当事者の想いや願いは、「地域」に出ていかなくっても、その方の「生きざま」に触れれば、どの現場であれ、自ずと出てくる「物語」であるはずだ。
ここまで考えた時、もしかしたら残念ながら件の入所施設の若手職員の方々は、一人一人の当事者の「いきざま」に触れる「わたし」の部分が奪われているのかもしれない、とふと感じた。ノルマとして、業務として、その場では一生懸命に関わる介護者○○、という存在は確かにある。でも、その介護者○○をこえた、介護される「あなた」の琴線に直接触れる「わたし」という存在をだしていては、人手不足ゆえに仕事がまわらないのかもしれない。あるいは、「あなた」の「生きざま」に触れてしまうと、単なる介護者を超えてその人と関わることになるかもしれず、「わたし」の身が持たないから、そこでは「わたし」の気配を消しているのかもしれない。
何にせよ、例えばそういう「わたし」のないケア、「あなた」の「生きざま」に触れないケアをしている人がいるとして、それは楽しいのだろうか? やりがいのある仕事なのだろうか?
だから、介護者は休みなく働け、と言っているのではない。そういう「物語」に触れるチャンスが介護者に万が一ない状況にあるとしたら、その状況を「当たり前」としている事自身がおかしいのではないだろうか? ケアの原点は何か、なんて大きな問題を今ここでスパッと語れるような経験も概念も僕は持ち合わせていない。でも、ケアの現場で、その人の「いきざま」に着目しなくても給料がもらえて、「モノを言わない人、反論しない人は適当にケアをしていればよい」という考えでケアしている人がもしかしているとしたら、それは本当にケアと言えるのであろうか?
ここまで考えると、ケア論とシステム論の接点を考えてしまう。「あなた」の「生きざま」を共感する「わたし」がいて、そこから「物語」としてのケアが立ち現れる、そんなケアを実践できるようなシステムが、一現場レベル、市町村レベル、あるいは県や国レベルで本当に構築できているか? 自立支援法というシステムは、当事者が支援を受けながら、時には支援者と共に、地域で豊かな「物語」を産み出していくための基盤システムになり得ているのか?
施設と地域の断絶は、施設に住む入所者の「物語」の断絶、「生きざま」の断絶へとつながりかねない。すると、施設を開き、ケアを開き、システムを開くために、僕は何が出来るのだろう・・・。
そんなことを、ふと考えていた夕べであった。