超アヤシくて実用的な本

「人生は悪循環か好循環のどちらかだ。悪循環に襲われている人は、感謝が足りない。日々、「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べるだけで、悪循環は好循環に変わり、家族関係の不全も見事に改善される。ついでに言えば、先祖供養も感謝の気持ちでやれば、守護霊が護ってくれる・・・」

一見すると、非科学的で非論理的で、スピリチュアル系満載のアヤシいフレーズに思える。その一方で、どこか真実味もありそうな気がする。とはいえ、こんな簡単に複雑で困難な問題は解決するはずがない・・・。

そんな想いに駆られるかも、しれない。

でも、これは心理療法の一つ、家族療法のマスターセラピストで、数々のクライアント家族の不全を劇的に改善してきたマスターセラピスト、東豊さんのメッセージだとしたら、認識は変わらないだろうか。事実、上記に書いていることは、東さんの新著『超かんたん 自分でできる人生の流れを変えるちょっと不思議なサイコセラピー P循環の理論と方法』(遠見書房)の概要だったりする。そして、一読して、科学的かどうかはさておいて、これは非常に実用的な役立つ一冊だと感じた。

東さんはP循環とN循環という二つを、家族関係の主軸におく。PositiveとNegativeの略称である。「N循環の家族関係はN循環の心身を作り、P循環の家族関係はP循環の心身を作ります」(p20)という。実際、東さんが出会うクライアント達は、みなこのN循環に家族関係や心身が陥っていて、夫婦の不仲や子どもの不登校、DVなど様々な「困難」や「問題」に陥っている。そして、N循環を相手のなかにみつけ、相手のせいにして、さらにN循環を強化している。それを受けた側もさらに相手のせいにして、N循環を強化し・・・。

このようなN循環を変えるために、東さんはシンプルで驚きの誘いをする。

「まずはあなたからP気を放つのですよ。それを誘い水として周辺のP気をおびき寄せるわけです。」(p34)
「最初のうちは、本心か否かに一切こだわることなく、形だけでも感謝の言葉を言うのです。」「これを感謝行(感謝の実践)」と呼びます。」(p35)

うーん、充分にアヤシいメッセージ。公認心理師より新興宗教家とかスピリチュアル系YouTuberとか祈祷師のほうが絶対に向いていそうな(儲かりそうな!?)メッセージ。そう思う一方で、10年前に東豊さんの名著『セラピスト入門』と出会って、システムズアプローチの魅力にはまり、東さんの本を含めて家族療法の本を読み続け、オープンダイアローグを学んできたので、この東さんのフレーズは、臨床的裏付けがしっかりした、説得力ある言葉だと感じる。

さらにこの本には先祖供養や守護霊の話など、一般的な「科学的」で「実証的」な「大学教授」の書く本には出てこない「課題」が出てくる。だが、おそらく東さんの臨床現場では、そのような「先祖のたたり」とか「守護霊に護ってもらえない」などの「主訴」を抱えてくるクライアントが沢山いるのだと思う。すると、それを非科学的だ、非論理的だ、と断罪したところで、そのような「主訴」で困っているクライアントの悩みを解消することは出来ない。

そのため、マスターセラピストは、使える物は何でも使う。神社で柏手を打つ、お神礼を家に飾って祈る、「ご先祖の皆様、ありがとうございます」と唱える・・・といったことも、使える対処法であれば、何でも活用しようとする。どれも、神や仏を信じろ、という宗教に引き寄せて述べているのではない。すべては、P循環を自分自身や家族関係のなかに生み出した上で、本人や家族が囚われているN循環の魔の手から解放されるために、徹底的に使える物は使い倒せ、と主張しているのである。しかも、N循環の呪縛力は強いので、「N循環からの脱出」よりも「P循環の形成」こそ先に目指すべきである、とも主張している(p123)。そういう意味で、徹底的にプラグマティックな本なのだ。

N循環は、社会学のいう「予言の自己成就」にも近いかも知れない。「どうせできるはずもない」「やっぱり無理に決まっている」、そう思って課題に取り組むと、必ず失敗する。それは自分自身にかけている呪いの言葉、つまりは自己呪縛に縛られているからである。

マスターセラピストの東さんは、この「予言の自己成就」を解くための方法論を徹底的に探ってきた。「どうせ」「しゃあない」「やっぱり」というN循環にはまっている人に、そのN循環の構造を説明したところで、その循環から出ることは出来ない。そこで「ありがとうございます」という感謝行を編み出した。「ありがとう」と毎日唱えることで、心の中にその時だけでもP循環を生み出す。それは、N循環に陥っている本人や家族にとっては、違う循環の芽生えである。悪口や他者批判、自己嫌悪に陥っていては、いつまでもN循環の沼から出られない。だからこそ、マスターセラピストはこう宣言する。

「『P循環の形成』が人生の主題であると自覚し、P気を大切にする生き方を選択する。これが真の問題解決につながります。」(p127)

ほんと、その通りだと思う。僕もこのマスターセラピストの教えに従い、P循環の形成を生きる指針にしようと思う。東さん、良い本を書いてくださって、ありがとうございます!

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。