『チッソは私であった』と向き合って

福祉社会学の講義で、緒方正人さんを取り上げたハートネットTVの映像を元に学生達と議論する。今年の授業は『なぜ人と人は支え合うのか』および拙著『枠組み外しの旅』をテキストに、相模原事件や優生思想など障害者福祉を中心に議論をしてきた。だから、水俣病問題とは、直接関係はない。また、僕の授業で、水俣病問題を取り上げたことは、一度も、ない。

でも、昨年末文庫本として復刊された『チッソは私であった』(緒方正人著、河出文庫)を読んで、強烈に魂が揺さぶられた。彼が狂った描写を読んで、決して他人事に思えなかったからだ。そして、これは深い意味で、僕が追いかけて来たテーマと共通している、と感じていたからである。

「『チッソってどなたさんですか』と尋ねても、決して『私がチッソ』ですという人はいないし、国を訪ねていっても『私が国です』という人はいないわけです。そこに県知事や大臣や組織はあっても、その中心が見えない。そして水俣病の問題が、認定や補償に焦点が当てられて、それで終わらされていくような気がしていました。(略)要するに構造的な水俣病事件と言われる責任というのが、結局はシステムの責任ですね。システムの責任が今まで言われていたのです。人間の責任という一番大事なものが抜け落ちている。平たく言えば、この世の中では、責任というのが、制度化されてしまう。医療制度の問題や、お金を払えばいいんでしょということになってしまう。」(p44-45)

僕自身は、例えば脱施設・脱精神病院の問題も、国がシステムとして対応すべきだ、と考えてきた。ハンセン病の国家賠償訴訟のことや、旧優生保護法での強制不妊手術の問題についても、国家が謝罪し、法的に対応するよう、市民運動のうねりが圧力をかけてきた訳であって、同じようなことが必要だと思っている。

だが、水俣病訴訟の原告団のリーダーとして、自分の父親が殺された敵討ちをしようと遮二無二頑張ってきた緒方さんは、制度的保障が不十分な形でも実現していくプロセスを見ながら、これはおかしい、と直感する。誰の責任か、を会社や国に問うても、そこで引き受ける人間が見当たらない。結局のところ、国や会社というシステムを回す個人は、人事異動でたまたまそのポジションについただけ、というスタンスを崩さず、その人々が全人格を賭けて責任をとろうとしないし、それも求められてない。すると、「人間の責任」が有限化され、限定されることにより、「この世の中では、責任というのが、制度化されてしまう。医療制度の問題や、お金を払えばいいんでしょということになってしまう」のを知る。

これでは、誰に敵討ちしてよいのか、わからなくなってしまう。さらに緒方さんは、チッソや国の責任が有限である、という論理を広げていく内に、被害者である自らへの責任問題も考え始める。

「私自身も今では車も運転し、船も木造からFRP(強化プラスティック)になって、情報を新聞やテレビから得、電化製品の中にあるわけです。確かに私自身が水銀を流したという覚えはないですけれども、時代そのものがチッソ化してきたのではないかという意味で、私も当事者の一人になっていると思います。しくみ全体が、そういうふうに動いてきているということがあると思います。かつては、チッソへの恨みというものが、人への恨みになっていた。チッソの方は全部悪者になっていて、どっか自分は別枠のところに置いていた。しかし、私自身が大きく逆転したきっかけは、自分自身をチッソの中に置いた時に逆転することになったわけです。水俣病の認定や補償や、医療のしくみを作ることではすまない責任の行方が、自分に問われていることにを強く感じていました。」(p73)

今日の授業では熊本出身の学生がいたので、水俣のことを教わったら、「魚がめちゃくちゃ美味しくて、ミカンが特産品で、鹿児島との県境に近いところ」といっていた。そんな風光明媚な場所だったが、工場誘致の結果、チッソが工場を作り、そこで地元の人々(農家や漁師の家の長男以外)の雇用が生まれた。そして、アンモニアやプラスティック素材の原料(オタノール)を作ることで、現代人の生活と強く結びついている産業であり、工場である。つまり、チッソを誘致し、チッソが作り出す化学製品を求めたのも、便利で快適な生活をしたいと望んだすべての近代人であり、「時代そのものがチッソ化してきたのではないかという意味で、私も当事者の一人になっている」と緒方さんは気づいてしまったのだ。

「問題の一部は自分自身である」

これを、ご自身も水俣病の後遺症に苦しみ、父親を急性水俣病で亡くした緒方さんが認めるのは、身をひき裂く苦痛であると思う。「チッソの方は全部悪者になっていて、どっか自分は別枠のところに置いていた。しかし、私自身が大きく逆転したきっかけは、自分自身をチッソの中に置いた時に逆転することになったわけです」と語るが、それは緒方さんにとっては、文字通り天地がひっくり返るような経験であった。

「私自身、その問いに打ちのめされて85年に狂ったのである。それは、『責任主体としての人間が、チッソにも政治、行政、社会のどこにもない』ということであった。そこにあったのは、システムとしてのチッソ、政治行政、社会にすぎなかった。それは更に転じて、『私という存在の理由、絶対的根拠のなさ』を暴露したのである。立場を入れ替えてみれば、私もまた欲望の価値構造の中で同じことをしたのではないか、というかつてない逆転の戦慄に、私は奈落の底に突き落とされるような衝撃を覚え狂った。一体この自分とは何者か。どこから来て、どこへゆくのか、である。それまでの、加害者たちの責任を問う水俣病から自らの『人間の責任』が問われる水俣病へのどんでん返しが起きた。そのとき初めて、『私もまたもう一人のチッソであった』ことを自らに認めたのである。それは同時に、水俣病の怨念から解き放たれた瞬間でもあった。」(p10-11)

被害者としての自分、加害者としてのチッソと国。これは絶対的な事実である。だが、緒方さんは被害者である自分も、「立場を入れ替えてみれば、私もまた欲望の価値構造の中で同じことをしたのではないか」と気づいてしまった。彼はそこでテレビを庭で壊し、車をぶつけた、という。つまり、自分が「欲望の価値構造」を持っていながら、「加害者たちの責任を問う」ことの矛盾や限界に気づいてしまい、それで狂ったのだ。でもそれは、僕たちが直視せずに「そういうものだ」「仕方ない」と諦めて蓋をした、パンドラの箱を緒方さんは開けたのだと思う。だからこそ、常識の箍が外れてしまうことで、狂ったのだが、それはまともな狂いというか、むしろ「私という存在の理由、絶対的根拠のなさ」の深淵に立ち向かう勇気を、緒方さんは持っていたのだと思う。ゆえに、かれは『私もまたもう一人のチッソであった』と認めることによって、被害・加害の二項対立軸の膠着状態としての「怨念」から解き放たれたのかも知れない。

これを、なぜ福祉社会学の授業で取り上げたのか。

例えば相模原事件の植松死刑囚に対して、「私もまたもう一人の植松死刑囚であったかもしれない」と思い始めている自分がいる。それは、この10年ほど、新自由主義がもたらす構造的剥奪について色々本を読み進めたり、議論を深める中で、結局のところ、能力主義が優生保護思想と強く結びついた時、「役に立たない障害者など、いなくなってしまえ」という極端な思考が生まれうる、という可能性に気づいてしまった。

もちろん僕はそうは思っていない。でも、役立つ・役立たないという能力主義は深く内面化してきたし、それで一定程度、勝ち残ってきた、と思い込んできた。そして、それこそが「立場を入れ替えてみれば、私もまた欲望の価値構造の中で同じことをしたのではないか」という緒方さんの問いに直結するのである。

また、精神病院が日本でいまだに「必要悪」と言われ、未だに30万人近くの人が幽閉されている現実の背景には、精神病院を必要としているこの社会構造を問うことなく、「加害者たちの責任を問う」アプローチでは限界を感じているからである。この日本社会で、未だに精神病院を求め続けている現状について、「自らの『人間の責任』が問われる」ような気がしているのだ。つまり、システムの問題を追及するにしても、その改善を求めるにしても、結局のところ、システムの漸進的改善=消極的なシステムの維持、を求めようとしていて、そのシステムのもつ構造的な膿のようなものと向き合おうとしていないのではないか。問題を寸止めで解決したふりをして、賠償や補償などの「お金」で解決したフリをして、結果的には精神障害を他人事と感じているこの社会の有り様までは問い直していないのではないか、と思い始めたのだ。

そう考えたら、拙著で取り上げたバザーリアもニィリエもフレイレも、自らの『人間の責任』をとろうともがいていた、とも言えるかも知れない。システムの問題点を糾弾や指摘するだけでなく、人間として自分はどのような責任をとりうるのか、を必死になって模索してきたようにも思える。それが、僕自身が拙著のタイトルにも込めた「枠組み外し」であり「当たり前をひっくり返す」の意味なのではないか、とも思い始めている。

そして、「人間としての責任」を考えたときに、僕自身がずっと気になっているのは、福島の原発問題である。このことは、又改めて、論じたい。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。