「累犯障害者」を読んで

 

ある意味、我が師匠、大熊一夫氏の「ルポ・精神病棟」(朝日新聞社)がもたらしたインパクトと同じくらいの大きいインパクトを福祉の世界にガツンともたらした本を読んだ。

「我が国の福祉の現状を知るには、被害者になった障害者を見るよりも、受刑者に成り果ててしまった彼らに視点をあてたほうが、よりその実態に近づくことができる」(「累犯障害者」山本譲司著、新潮社 p234

元衆議院議員で秘書給与詐欺の実刑判決を受けた著者。その後、実刑判決を受けて服役中に出会った、多くの障害を持つ受刑者。その受刑者たちとのやり取りの一部は前著の「獄窓記」にも書かれているが、今回は、「刑務所の一部が福祉施設の代替施設と化してしまっている」(p20)実態の背景を、犯罪を犯した障害者本人やその関係者、あるいは刑事裁判の現場などを丹念に取材しながら、自らの受刑体験と重ね併せてあぶり出していくこの本は、上質なルポルタージュであり、福祉の本としても鋭く核心をついている。

私自身は、「刑務所にいる障害者」の話は、以前から噂や、関わる人々の体験談、という「ひと聞き」の形で知ってはいた。だが、「大抵の福祉施設は、触法障害者との関わりをさけてしまう」(p215)現状に、「触法障害者の存在をタブー視してきた大手メディアの報道姿勢」(p215)という実態も重なり、「多くの触法障害者が、『この社会にいない者』として捉えられている」(p215)という別のリアリティが構築されていく。そして、このリアリティに触れることが出来るのは、ごく一部の関係者のみであった。「触法とラベリングされた障害者は、出所後の社会に居場所は用意されておらず、何回も何回も服役生活を繰り返してしまう」(p214)という現実が、表に出てこず、まさに抹殺状態にあったのだ。それを、自らの受刑体験で「出会った」山本氏が、誠実で丹念な取材に基づいて、パンドラの箱を開けたのである。

大熊一夫氏が1970年に朝日新聞夕刊に「ルポ・精神病棟」という連載記事を載せた時、少なからぬ医療・福祉関係者が「売名行為」「本当の現実をわかっていない」「ジャーナリストによるイジメだ」といった批判を寄せていたという。だが、精神病院の閉鎖病棟や、刑務所の中、という、世の中から一番隔離されている現場で、人々がどのように処遇されているのか、はその国の社会を映す鏡であり、その社会の人間観の表れでもある、と大熊一夫氏や大熊由紀子氏はよく言っていた。悪いことをしたんだから、精神病だから、というラベリングを張られた人々へ、社会がどのような接し方で、どう対応するか、は、その社会の人間観の現れ、というのは、ある意味うなずける話だ。我が国では残念ながら、精神科病院の閉鎖病棟の中には未だに劣悪な処遇をしているケースは残っているし、また、刑務所だってこの前の名古屋刑務所の受刑者に対する暴行事件などがおきている。そして、山本氏が出会った重い知的障害を持つ元受刑者の行方を捜したくだりに、胸が痛くなってしまう。

「心当たりがある場所に足を運んだり、行政機関に問い合わせをしたりするなかで、ようやく二人の知的障害者の所在が判明した。が、残念ながら二人とも、福祉の支援は受けていなかった。福祉施設ではなく、医療機関にいたのだ。精神科の病院である。医療的な治療など必要ないにも拘わらず、彼らはいま、精神科病院の閉鎖病棟に収容されている。」(同上、p221)

刑務所は、刑期が決まっている。刑期が終わると、出ることになる。だが、社会に居場所がない、支援の手もさしのべられない、障害を持つ元受刑者の中には、精神科病院の閉鎖病棟で、医療の必要がないのに、社会の要請で、「社会的入院」させられる。ある種のパスゲームであり、なすりつけあい、である。福祉関係者や矯正関係者が責任放棄する中で、障害故に支援がなければ責任を負いきれない元受刑者が、行く先がなくて、刑務所に逆戻りするか、刑期のない閉鎖施設へと移行する。しかも、マスコミはタブーとばかり、障害者の犯罪に関して、ほとんど取り上げてこなかった。こういう悪循環に楔をいれるために、今回の山本氏の本は、大変大きな一歩になるのでは、と思う。

「福祉は、一体何をやっているんだ。
 すべての福祉関係者に向かって、そう叫びたくなる。もちろんそれは、私自身に対してもだ。」(p221)

この言葉は、僕自身の胸にも刻み込みたい。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。