デザインと合理的配慮

不思議な本を読んだ。何が不思議って、知っている世界なのに、考えたことのない切り口で、僕が見知っている「はず」の世界を、鮮やかに捉え直してくれる一冊だった。海老田大五朗さんからご恵贈頂いた『デザインから考える障害者福祉—ミシンと砂時計—』(ラグーナ出版)である。

「障害者福祉における支援実践において、予測できな事態や逐次的に対応しなければならないことなどいくらでもあるだろう。実践が微調整の連続であるならば、その実践の微調整から学ぶべき事はたくさんあるはずだ。このような施策はクライアントと支援者、非雇用者と雇用者、人と道具の相互行為interactionと言う動的な概念を前提にしている。『デザインから考える障害者福祉』という本書のタイトルは、『デザインとはその都度の微調整であるがゆえに、捉えにくい実践ではあるものの、ここにこそ注目すべき点が溢れており、これまでの先行研究ではここが取りこぼされてきたのではないか』と言う指摘でもある。」(p17)

「デザインと障害者福祉」というタイトルで、アール・ブリュットとか、障害者と芸術活動とか、そういうアート系の本かいな、と思い込んでいた。だが、デザインを「その都度の微調整」と捉えることによって、障害者雇用における様々な問題を、動的プロセスとして鮮やかに捉え直す。その構想力というか、アイディアというか、「最適化を志向した微調整としてのデザイン」(p16)という節のタイトルだけで、この本のオリジナリティーが十分に遺憾なく発揮されている。こりゃあ一本取られた、参りました。

で、支援の仕事って、計画制御とは真逆で、いちど机上で計画しても、実際に支援が始まってみれば、ここで書かれているように微調整の連続なのである。支援対象者がどれぐらい何をできるか、できないか。そして企業側が何をどれぐらい求めているのか。障害者雇用においては、この2つが乖離していると、うまくマッチングされない。そして、それはやってみないと、わからない。そこを「ジョブコーチ」やサポート役の人が補っていくのだが、そもそも支援対象者だけとか、企業だけとか、どちらか一方が他方に合わせようとすると、微調整はうまくいかない。この本が秀逸なのは、その折り合いの問題を最適化問題と言う概念に照らし合わせ、動的に移ろいゆく障害者と企業の関係性を、微調整の連続の中から最適化に向けて折り合うプロセスとして描こうとしている。これがこの本の構想力の豊かさだと感じる。

「『作業デザイン』は、Bさんを障害カテゴリーから雇用カテゴリーへ、障害者の特性や抱える困難を包摂しつつ変容させる装置であり、『組織デザイン』はその雇用カテゴリー執行を維持する装置だったのである。」(p53)

この整理も秀逸である。個々の障害者がどのように働きやすいかを微調整するプロセスを「作業デザイン」と捉え、その「作業デザイン」が十分に生かされて維持されていく微調整のプロセスのことを「組織デザイン」と整理する。これもなるほどと思うし、お見事な概念化である。本書のような、現場実践を鮮やかに理論に組み替える福祉の本にはなかなか出会えない。正直福祉の本や論文って、ここだけの話、ワクワク出来る本が少なくて、あまり読まないのだが、この本は理論と実践を往復すると言う点でも、実に魅力的で面白い本である。

その上で、障害者権利条約や障害者差別解消法で規定されている合理的配慮の概念をも、捉え直す。

「合理的配慮は『理にかなった対応や調整』ということになり、本書のいう最適化実践=デザインと、かなりの部分重なることになる。したがって、本書でさまざまに記述された『デザイン』の多くを『合理的配慮』の実例として読むことは、ある意味自然な読み方だろう。」(p142)

今まで読んだ合理的配慮の説明の中で、最も腑に落ちる整理の一つである。「理にかなった対応や調整」がなされたら、他の人と同じように参加や参画が可能となる。めがねに補聴器、エレベーターにスロープ、といった物理的環境だけでなく、仕事の仕方を変えるとかアレンジするとか、そういうことも含めた、その人をその場から排除しないための「理にかなった対応や調整」が、合理的配慮なのだ。すごくわかりやすい説明である。(ちなみに、子どもが産まれて以来、抱っこしてピントが合わなくて老眼と気づいた僕は、100均で買った+1の老眼鏡のお陰で、原稿を書いたり本を読んだりについても、「理にかなった対応や調整」がなされている。)

では、なぜ海老田さんは合理的配慮という言葉より、デザインという言葉に拘ったのか。石川准さんの「すでに配慮されている人びとと、いまだ配慮されていない人びと」のたとえを引いて、こんな風に語る。

「この世界には『(多数派や健常者に都合よく)すでにデザインされた世界と、いまだデザインされていない世界がある』」(p143)

本書を、障害者にとっても都合良くデザインされる=微調整のプロセスを辿って最適化につながる世界を目指した、野心と冒険の一冊なのである。一見すると関係なさそうな二つの概念を重ね合わせ、これまでの世界観では見えてこなかった、解像度の異なるレンズを作りあげ、世界を違って記述してみせる。それが海老田さんの依拠するエスノメソトロジーの魅力であり面白さなのだとも、再発見させられた。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。