ノンカイ便り

 

ノンカイの町にやってきている。時刻は午後9時。ゲストハウスにネットが引かれているわけでもなく、ゲストハウス近くのネットカフェからこのブログを打ち込んでいる。まわりは大繁盛。しかもお子様たちで。彼等彼女等は何をしているのか? そう、ネットゲームだ。今はPANGAとかいうオンラインゴルフゲームがかの地でははやっているようで、みなさん一応にバシバシ打っておられる。で、このネットカフェに小1時間滞在すると、50バーツとられる。日本円で150円。日本人にとっては、「安い」と映るだろう。タイの人々にとっても、まあ昨日ご報告した細めんが30バーツくらいなので、そんなものか、と思うかもしれない。

ところが、である。今日、NGOの取材で訪れたノンカイ郊外の村での出来事。ここは、ノンカイ市内から車で小1時間しか離れていない。道路は時折舗装されていなかったりするが、中には立派な家もある。その一方、トタン屋根のあばら家風の家もある。で、その地域の最貧困層の農家の奥さんにお話を聞く機会があった。彼女たちは、薄手の毛糸で子供用のシャツを縫っている。1,2日で1枚、仕上げるそうだ。これ一枚でおいくらですか、とたずねると、答えが30バーツ。そう、細めん一杯分の値段で、かつ、僕の横でゴルフゲームに興じているお子様たちがネットゲームをしている値段より、安いのである。農家のおばさんが二日かけて仕上げるお仕事の価値が、そんなものなのか・・・。あらためてタイ国内の貧困格差の大きさを思い知らされる。

この国の公務員の最低賃金は一日143バーツ。これだって、日本円で429円ほどだから、実に安い額だ。でも、その最低賃金にはるかに届かない労働もある一方で、その額近い額をネットカフェで使っている子供もいる。しかも、たとえばお金持ちの息子娘さんだけか、と思うと、見た感じごく中流家庭の子供たちのようにもみえる。ということは、貧困層と中流層でもこれほどの違いがあるのだ。

また、郊外の村々では、立派な家だ、といっても問題はあるようだ。たとえば、その家が借金漬けで建てられている場合。ひどい人になれば、20%の高利で20万バーツ以上借りて家を建てている。その人々の収入の数年分以上をそれほどの高利で借りていては、返せるはずもない。そこで、一家離散する人もいれば、一念発起して海外へ出稼ぎに行く人もいる。だが、出稼ぎに行くためにはまたまとまった額のお金が必要であり、中にはそれが払えないから、と娘が売春して家族を養うケースも出てくる。貧困で教育をあまり受けていない家庭では、日雇いの建築業くらいしか働き口がなく、継続的収入に結びつかず、その結果、支払いに困ってまたお金を借りて。。。こういった負の悪循環も続いていく。

この悪循環を抜け出すために、セルフヘルプ、エンパワメント、といった障害の世界でも耳なじみのある考え方が、大変な威力を持っている。そういった実情も今回の調査でしみじみわかった一方、でもそういった援助の対象になっている人々の収入が日に30バーツという実情は、やはり心が痛む。

ネットカフェでは「のまのまイエイ」と歌っている。ネットカフェに入ってそろそろ1時間立つが、横のがきんちょはネットカフェから動きそうにもない。明日以後もいろいろな場所で聞き取りを続けていくが、グローバライゼーションが及ぼした格差社会の問題を、タイなどのアジアではあまりにも「わかりやすい」問題としてみてしまう。でも、貧困な農家の人々は、この「わかりやすい」現実も、情報不足で届かないのだ。また、知ったところで、そこから抜け出す術も、外からの援助が入らない限り、なかなか生まれてこないのである。

「まいあひー」の軽薄な歌声の下で、重たい現実を書いているうちにぐったりしてきた。でも、このぐったりは、2度の甲府と32度以上のノンカイの気温格差に起因している部分もたぶんにある。明日はラオスに移動なので、今日はもうここまでにしておこう。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。