骨太に二分法を超えるために

 

昨日は大学院時代の同窓会。言い出しっぺ故に「実行委員長」になってしまったので、司会進行役に徹してゆっくり昔の仲間と話すチャンスはなかったのだが、参加者から帰りがけに、あるいはメールで「参加してよかった」、と言われると、何だか嬉しい。こういうまさにボランティアの集いは、企画から実現まで結構面倒くさいことも沢山超えたけれど、参加者からの「ありがとう」という言葉に救われる、典型的な「やりがい」という名の報酬が得られる結果となった。

で、二次会の後、美人滋賀コンビの二人と京都まで新快速でご一緒し、久しぶりに実家に帰る。身体は結構疲れているのだが、何だか話したりない。司会でぺらぺらしゃべったが、そういうのじゃない、話、がしたい。そんな時、ひょんな弾みで、最寄りの西大路駅の近所に1人暮らしをしているナカムラ君を思い出す。もしかして、と思って電話をしてみたら、なんとお暇なそうな。ありがたや。早速駅前の本屋に呼び出してしまい、近所の焼鳥屋のカウンターで1時間ほどウダ話におつきあい頂く。同窓会は企画屋モードで、二次会含めて話し込むモードになっていなかったので、ナカムラ君とウダウダ話すうちに、ようやく、しゃべりたいモードが落ちついてくる。夜中なのに急に話につきあってくれて、旧友のナカムラ君は、感謝!多謝!

で、ナカムラ君と待ち合わせの、駅前の本屋で手に取った本は、今日の移動時間の間に、最近のもやもやを整理するための一助となった。

「宗教学は客観性を強調する。そこで言われる客観性とは、対象とのかかわりを断って、傍観者の立場に立つことを意味しない。ときには対象とぶつかり合い、火花を散らすことも必要になる。そのなかで本当に客観的といえる見方を確立していくことが、宗教学には求められる。その意味で、宗教学は自分という存在のすべてが試される学問なのである。」(島田裕巳『私の宗教入門』ちくま文庫、p265

オウムバッシングで大学を辞職に追い込まれた宗教学者。そういえば最近著作を割と出しているよなぁ、と思いつつ、今まで読んだことは無かった。そこで文庫だから、と手にとってみたのだが、結構おもしろい。自身の師から何を受け継ぎ、自分自身がどのようなイニシエーション体験をし、それを基にどう宗教学を教え、考えてきたのか、という筆者の遍歴を垣間見ることが出来る。対象領域が違っても、独自の視点で考え続けた先人の学びの軌跡を辿る本からは、後人が学べる部分は少なくない。そして、上記の引用部分は、宗教学を福祉社会学なり社会福祉学なりに入れ替えてみると、まさに自分自身にも当てはまる。

最近とみに思うのだが、山梨に引っ越してから特に、「対象とのかかわりを断って、傍観者の立場に立つ」だけではいられなくなってしまった。福祉政策という「対象」に対して、研修やアドバイザー、そして県自立支援協議会の座長など、気がつけば「当事者」性を持つようになってきた。その際、研究者として大切にすべき「客観性」とは何か、がよくわからなくなり、ぼんやり考えていた。そんな折りの、この島田氏の整理は、そうだよね、と膝を打つものであった。

「ときには対象とぶつかり合い、火花を散らすことも必要になる。そのなかで本当に客観的といえる見方を確立していくこと」、これは宗教学だけでなく、福祉を扱う学問でも必要だと思う。宗教学とアプローチや方法論は違えど、福祉も価値を扱い、かつ人間の生そのものに肉薄する、という点が宗教学と共通しているからだからだ。

最近、特に行政関係からお声がかかることが少なくない。そして、ご存じのように、世の中には行政にすり寄る、いわゆる「御用学者」なるものがいる。そういえば、件の島田氏もオウム真理教に一定の理解を示した、という意味で、「御用学者」とラベリングされた故に、激しいバッシングに遭う。しかし、この島田氏の本の中で、自身の師である柳川啓一氏の本を引用して次のように書いている。少し長いが、引用してみる。

「柳川先生は聖と俗以外の二分法についても暗号解読を試みていくべきだと主張し、『人びとの日常の世界と質を異にする別の世界を想定する二分法の認識にとらわれている所があれば、たちまちわれわれの視界の中に入る』と述べていた。ここでいう二分法には、左と右、内と外、東と西、生と死、子どもと大人、天と地、上と下などが含まれる。
柳川宗教学の立場からすれば、問題は、われわれの意識がこのような二分法によってとらわれている点にある。たとえば男と女との絶対的な差を強調し、両者の役割を固定的に考えるような見方は、二分法にとらわれたものとして宗教学の研究対象になるというのである。
ゲリラとしての宗教学は、二分法に対するとらわれを指摘することによって、結果的には人びとの意識を解放していくことになる。そこにゲリラのゲリラたるゆえんがあるわけで、宗教学の営みは文化的な解放闘争としての意味を持つことになる。一つの学問の枠にとらわれ、その方法を絶対化することはセクト主義として、ゲリラ性の対極にあるものと見なされる。」(同上、p252)

ここからもわかるように、島田氏のスタンスは、「二分法に対するとらわれを指摘すること」であった。ゆえに、オウム真理教=何の弁解余地もない絶対悪、という二分法に対しても、その「とらわれ」を指摘した。しかし、当時の断罪的なマスコミ報道の中で、一面的な断罪に同調しない氏の指摘は、白ではない(=断罪しない)、ゆえに黒(=やつらと一緒)という二分法的ラベリングの中に陥った。このあたりは、この文庫化に際して補論として加えられた「私の『失われた十年』」でも言及されている。ただ、この二分法に関する異議申し立ては、森達也氏の「A―マスコミが報道しなかったオウムの素顔」や村上春樹氏の「約束された場所で」などと通じる部分が大きいと感じた。

そうそう、だいぶ回り道をしたが、引用したのは、「御用学者」について考えたいからだ。確かにどの世界にも「御用学者」がいる。例えば早川和男氏も指摘してやまないが、審議会などでは行政の原案にお墨付きを与えるだけの、文字通りの「御用学者」にふさわしい方もおられるのも、一方で事実だ。他方で、だからといって、行政に関わる=「御用学者」というのも、「絶対的な差を強調し、両者の役割を固定的に考えるような見方」そのもののような気がしていた。批判されるべきは、行政に関わる研究者の「関与の仕方」という内容であり、「関与する」という形式のみを指して、「だから御用学者だ」という整理の仕方は、明らかに二分法的とらわれ、と言わざるを得ない。

「御用学者」になることなく、二分法的とらわれから自由になり、かつ客観的に学としてのスタンスを貫くためにどうすればいいか。それが、「ときには対象とぶつかり合い、火花を散らすこと」なのだと思う。対象世界を無批判に肯定するわけでも、全てを批判するのでもない。文字通り是々非々を貫くために、「ぶつかり合い、火花を散ら」し続けることが「本当に客観的といえる見方を確立していくこと」につながる。ただ、これは確か早川氏が書いていたことだと思うが、審議会など行政という「対象」と関わると、その相手の論理がわかる故に、気がつけば、その相手の論理に取り込まれる可能性は少なくない。つまり、ミイラ取りがミイラになる可能性がゼロではないのだ。だからこそ、対象の内在的論理をきっちり把握・理解した上で、それでも「対象とぶつかり合い、火花を散らすこと」をし続けることが出来るのか、が問われているのだと思う。

なるほど、最近もやもやしていたことの内実、自分に問われている内容、のようなものが少しずつわかってきた。では、上記のような骨太な「客観性」を持った人間にどう育つことが出来るのか。とんでもない宿題に気づいてしまったあたりで、ワイドビューふじかわ号は甲府盆地に戻ってきた。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。