働き方の「カイゼン」と生産性

こういう本を読みたかった、という本に出会い、一気読みした。『デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果が出せるのか』(針貝有佳著、PHPビジネス新書)である。隣のスウェーデンに住んでいた20年前でも、みんな午後3時とか4時に平気に帰っていた。でも、労働生産性が高かった。

デンマークは国際競争力やデジタル競争力が国際比較で1位、政府の効率性は5位、ビジネス効率性は4年連続1位という。一方、日本の政府の効率性は42位、ビジネス効率性は47位である(p32-33)。おもてなしで丁寧なのは良いが、効率性は良くないし、競争力も弱い。デンマークもスウェーデンも社会工学的な発想を取って、うまくいくなら大転換をしやすい国だが、現在はキャッスレス社会を通り越して、カードレス社会でスマホで何でも決済できる、という(p38)。

でも、この本が秀逸なのは、そのようなビジネスマンが振り向くフレーズを多用しながらも、一番伝えたいのは、「何のために効率化するのか?」という部分だ。

3人の子育てをしながら、コペンハーゲン市のアートホールの運営統括をしているヘリーネさんは、以下のように語る。

「私はきっと優先順位をつけるのが上手いの。第一優先は家族。第二優先は仕事。三番目が娯楽や、自分のしたいこと。この優先順位はいつも変わらない。」
「だから、友達にあったりする時間はほとんどない。SNSも一切使わない。SNSを見ると、ものすごくエネルギーを消耗するから。ときどきそんな自分に罪悪感を抱くこともあるけど、でも、やっぱりそこに使う時間はないわ」(p69)

家族と過ごす時間を充分に確保する。それを優先順位の一位にするから、午後4時には遅くとも仕事を切り上げて、子どもを迎えに行く。金曜日なら、3時に仕事を終える。それはスウェーデンでも同じ傾向である。そして、土日も子どもと共に過ごし、DIYをしたり、キャンプやコテージに出かけたりする。その代わり、飲み屋にはいかず、外食も少なめにする。だからこそ、SNSなんて見ている暇がない。

そうなのだ。SNSって、仕事の集中力が切れたときとか、だらだら見てしまう。あるいは夕食でアルコールが入っている時とか、見始めたら止まらないし、なかなかオフに出来ない。テレビと一緒で依存性がある。だからこそ、そこと距離を取って、付き合わない。限定的な付き合いをする。そうすることで、家族との時間をじっくり取ることができるのだ。

そして、労働生産性を上げるためになされている、いろいろな工夫も紹介されている。

・ポイント8 会議は「終了時刻」も決めておく。延長はしない。
・ポイント14 無駄なダブルチェックをなくす
・ポイント16 「メール対応」の時間を決める

これくらいのことなら、日本の仕事効率化本にも書いてある。だが、そういうマイクロマネジメントだけでなく、マクロマネジメントで大きな価値前提が違うのがデンマークの優位性だと、この本を読んでいて気づいた。

なぜ仕事を定時で切り上げるのか。なぜしっかり休みを確保するのか。その背景にこういう価値観があるという。

「社員が健康で元気に、ベストコンディションで仕事に取り組むことが生産性アップにつながる。逆に、社員が疲れていたり、モチベーションが上がらない状態では、生産性なんて上がるわけがない」(p130)

極めてまっとうなことである。でも、残業や休日出勤も当たり前な日本の企業で、上記の事が守れているだろうか。部下に裁量を渡さず、細かく指示をし直し、何度もやり直しをさせて、なんて内向きの仕事をしているうちに、社員も疲れ、モチベーションも下がり、だらだら残業してはいないだろうか。

それから、デンマークでは週休3日の会社も増えてきているようだが、それができなくても、違う働き方もある、という。

「休みを取りたがらない会社もあるわ。そういう場合は、金曜日に、ほかの働き方をしてみることを提案している。たとえば、金曜日はインスピレーションを得る日にしたり、社員に自分が学びたいと思っている講座を受講してもらったり。週に1日、いつものルーティンとは違うことをしてみるといい」(p138−139)

これは裁量労働制の僕自身に当てはめても、よくわかる。授業や学内業務をする日とは別に、研修や調査に出かけることで、違うインスピレーションや入力、対話をする日を定期的に入れている。すると、普段の事務効率も徹底的に上昇する。というか、事務処理時間が限られているので、その際にできることをえいやっとやりきって、生産性を上げないと、やっていけないのだ。その代わりに、学生との対話時間はなるべくゆっくり確保する。

そして、違う働き方だけでなく、違う評価基準があるのも、デンマークの働きやすさに繋がっているようだ。アメリカで高校と大学を卒業してからデンマークで学び直す学生が、こんなことを言っていた。

「アメリカにいたときは、常に成果を求められている感じで、失敗できる隙がなかったんです。だから、無難に、評価されそうな作品をつくって提出していました。スキルは身についたのですが、自分を探求したり、新しいことを試して実験したりすることができませんでした。
でも、デンマークに来て、失敗もプロセスとして認めてくれる環境のなかで、やってみたかった色んなことを試せるようになりました。やっと、眠っていたクリエイティビティが目覚めて、自分の可能性を開拓できているような気がするのです。」(p177)

アメリカを日本と置き換えても、全く同じ事が言えないだろうか。

日本の学生達を見ていると、「無難に、評価されそうなレポートをつくって提出」する学生が多い。常に大人から査定や評価されていて、成果を求められ、「失敗できる隙がなかった」。だからこそ、一定のスキルは身についているかもしれないし、器用なのだが、自分の意見を他者に伝えたり、面白そうなことに取り組んで一皮むける経験が、極端に少ない学生がいるように思う。でも、「失敗をプロセスとして認めてくれる環境」があると、本当はやってみたかった、でもリスクが高いと諦めていた、いろいろな可能性を試すことができるのだ。これは結果的には、潜在能力の最大化支援でもある。

別のデンマーク人はこんな風にも語っている。

「僕らは仕事を任されていて、自分たちで職場を動かしている感覚を持っている。上司にいちいち確認せず、自分たちで色んな判断ができる。商品の生産工程に関わる中国人の働き方を見ていると、マネジメントの仕方が全然違うと感じる。中国人のスタッフは自分たちでは判断ができなくて、物事を決定するのは常に上司だ」(p165)

上記の中国人を日本人と言い換えても、全く同じ事が言えるだろう。現場のフロントラインに裁量を落とさず、上司が細かくチェックする。お伺いを立ててもらうことが、役職者の仕事だと思い込んでいる。だが、デンマークでは、フロントラインの職員達に、失敗も含めて判断を任せている。とはいえ、それは自由放任とは違う。

「トップや管理職が現場の状況をきちんと把握できていないと、間違った意思決定をしてしまうリスクがある。部下の話をよく聞いて、現場で起こっていることを正確に把握することで、組織として的確に問題解決にあたることができる。組織の中でトラブルも含めてオープンに情報共有できる職場が、良い職場なのだと思う」(p193)

箸の上げ下げまでチェックするのではない。でも、何も見ていないのではない。現場で起こっていることを正確に把握して、問題解決に一丸で取り組む。そのために、トラブルも含めて情報共有をする職場環境を作っていく。これが、生産性の上がる組織なのだと思う。そのためには、部下もこんな思想になる。

「僕は自分の意見を誰にでも言える。上司にも意見を言うよ。一瞬、嫌な顔をされることもあるけど、ポジティブで建設的な提案をすれば、受け入れてもらえる。」(p192)

現場のポジティブで建設的な提案を受け入れる土壌が上司や管理職にあれば、その職場環境はよくなり、生産性は上がる。逆に、ワーカホリックで昭和98年的働き方をしている日本では、前例踏襲とか「できっこない」とかマイクロマネジメントがはびこって、このような「建設的な提案」が反故にされているのでは、ないだろうか。

「もし小さな文脈でしか自分の仕事を理解していなくて、自分の仕事がAさんにどう影響しているのか、Bさんにどう影響しているのか、会社の組織全体にどう影響しているのか、どうつながっているのかを理解していなかったら、それぞれの社員がどんなに仕事をしても、全体としては非効率になってしまう」(p183)

この部分が、恐らく本書の肝なのかも知れない。仕事は、一人でできないチームプレイのものが多い。そして、日本人もデンマーク人も、みんな自分の持ち場、役割で、必死に仕事をこなしている。にも関わらず、両国で差が開いているとしたら、それは単に管理職が・現場の労働者が馬鹿だ、という問題ではない。そうではなくて、それぞれの社員が、全体像を意識しながら、自分の持ち場が全体にどう繋がっているかを考えながら働いているかどうか、である。そして、その現場から見える生産性の向上課題を、しっかり部下が上司に提案でき、それが組織課題として受け止められ、業務改善や生産性向上に向けた組織的学習が組み込まれているか、日本とデンマークでは違いがありそうだ。

とはいえ、実は日本だって、トヨタの工場の「カイゼン」が世界的な用語になったように、工場労働の現場では、生産性向上に向けたチーム学習が徹底していた。でも、サービス産業や福祉、教育などの現場で、現場の裁量が活かされ、そこから労働生産性を上げる努力がなされているだろうか。ジャストインタイム、などの商品コストを下げることを目標にするのではなく、労働時間を減らしながら業務効率を最大化する事が、目標とされていただろうか。この本を読むと、すごく心許ないと思ったし、まだまだ日本の職場には伸びしろというか、カイゼンの余地が沢山残されていると思った。

そういう意味で、デンマークの知見を通じて、日本人の働き方を考え直す、すごく良い一冊だった。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。