様々な変化

 

日々はあっという間にすぎていく。もう、残すところ、あと二日しか調査期間は残っていない。

月曜日に久しぶりにトラム(市電)の3番に乗ってグルンデンの本部を訪れたとき、まず一番最初に驚いたのは、グルンデンの知的障害を持つ当事者達が皆、自分の机とパソコン、つまりは自分のオフィスを持っていることだった。3年前訪れたとき、「近い将来は仕事のまねではなく、本物の仕事がしたい」と言っていた彼ら彼女らが、ついに本物の仕事場を持ち、本物の仕事をし始めていた。それとは対照的に、以前ここの施設長だったコーチのアンデシュは、施設長の部屋を当事者に明け渡すとともに、自分はその一角の小さな化粧台のような机にラップトップパソコン、という小スペースに変わっていた。

そして次に驚いたのが、朝一番、今週一週間の仕事の予定に関するミーティングを、当事者とコーチが混ざって対等に行っていたことである。もちろん日本だって、寄り合いやら朝の会やら、でこのような光景は見られるが、当事者は皆役割と仕事を持っているので、一メンバーとして議論に主体的に参加し、会議を進めていく。その後当事者達にインタビューしても感じたのは、みんなすごく今の仕事に誇りと自信を持ち、責任感も持っている、ということだ。コミットメントに対する喜びのようなものを、当事者スタッフの発言からはひしひし感じられた。ある人の次の発言が、それを裏付けてくれる。「以前は、何がこのオフィスで進んでいるのか、さっぱりわからなかった。なので、午前中はぼんやりしているうちにすぎてしまった。でも、今は違う。役割と責任を持っている。朝から忙しい。でも、ここでは私が必要とされている、という充実感がある。」

僕が訪れた3年前は、支援者主導から当事者主導へと、組織構造だけでなく、一人一人の仕事に関する考え方、とらえ方自体の枠組みを、自分たちで変えようと、必死になってもがいていた。グルンデンの当事者理事会に毎月出席していたが、当時格闘していたある問題を前にどうしてよいかわからず泣き出す人もいれば、地団駄踏んでいる様子の当事者もいた。スムーズとは反対側の、苦悩と波乱に満ちた時期だった。その様子は、以前紹介した報告書に「もがき“”苦しみの中から発展していくSelf Advocacyの実際」という章立てて書いたが、まさにこのもがき“”苦しみを経て彼ら彼女らの中に産まれてきた自信や誇りといったものは、すごい力を持っているのだ、と思い知らされた。それと同時に、オランダから感じて続けてきた、Self Advocacyとは何かのアウトプットやモデルではなく、プロセス(過程)である、ということを、まさに体現するような月曜日の皆さんとの再開に、心踊らせていた。

こういう嬉しい再開があったからか、月曜日は調子に乗って食べ過ぎてしまう。折からのオランダの連日のビール漬けが胃に負担だったようで、月曜日の夜から急に調子を崩してしまった。せっかくルッコラと美味しいセラーノハムを買って、ついでにこの地でよく飲んだ赤ワインの「マウロ」まで用意したのに、この日の晩はくたばって寝ていた。

ついでに言うと、スウェーデンでは5%以上のアルコールは、スーパーに売っていない。専売公社でしか買えないのだ。この専売公社がくせ者で、平日は確か6時か7時まで、土曜日は午前中のみ、日曜日は休み、なのである。しかも僕が住んでいた地区に近い専売公社は、自分で商品を手に取ることが出来ず、ショウウインドーに並んだ見本の番号と数量を店員に頼む方式。ただでさえ順番待ちなので、クリスマス直前は大変なる混雑だった。クリスマスは皆、阿呆ほど飲むし、クリスマス休暇(正月明けまで)は酒屋が閉まっている場合もある。なので、一種の狂想曲状態が専売公社の売り場で展開されるのである。僕と妻も、この時期は(今でもそう変わらんけど)ものすごく飲んだので、よく坂を下りて歩いて買いに行ったものだ。

で、今回、その懐かしい酒屋に表敬訪問すると、なんと近代的なスーパーのようにセルフサービス(つまり自分で取ってレジで支払う仕組み)に変わっていた。これは非常に便利。最初からそうしておけばいいのに、と思いながら、懐かしのマウロのパックを買う。そう、この真空パックに入っているマウロが、ボトル代がかからないから安くって、軽くって、一石二鳥なのである。お土産に妻から言いつけられていたものでもあるので、さっさと購入しておく。ついでに、ボトルの方は、キャップ式でホテルの部屋でも開けられるやつだったので、これも仕事の後に飲もう、と購入。

と、ここまでのながーい回顧録を経て体調不良の話に戻ると、月曜日はひたすら寝て、火曜日は朝はフレークのみ。この日は朝からグルンデンの当事者と支援者が介護の専門学校で講演するのを聞きに出かけて、すごくおもしろかったのだが、昼にチャイニーズを食べた後、どうも調子が思わしくない。ここで体調を崩すと調査がパーになるので、幸い午後は特に用事もなかったから、ホテルに戻って3時間コンコンと寝る。ぐっしょり汗をかいて起きると、だいぶからだが楽になっていた。で、夕刻からお呼ばれに出かける。こういう非公式な場での、少しアルコールも入った議論が、意外とノートに書き留めるまじめな議論と同じくらい、時にはそれ以上に有意義な内容を含んでいるのである。この夕べも、体調がだいぶましになっていたので、活発な議論で、夜も更けていった。

そして水曜日。おかげさまで、体調は戻りました。やはり、食べ過ぎはいかんようですね。思えばホテルの朝食で、レバーペーストだのタラコペーストだの、ニシンの酢漬けだの、北欧独特の濃ゆい料理を目にして、これをバクバク食べていたのが、危険の始まりであった。危険、と言えば、大学生の頃からだから、10年以上使っているベルトが、ついに警戒圏域に。いつもは4つ目の穴をずっと使っていて、少しやせている時は5つ目の穴でも何とかOKだったのに、どうも旅の前あたりから、ついに4つ目ではきつくなり、常時3つ目状態が続いている。これは、めちゃくちゃまずい。出来る限り歩くように心がけるのだが、オランダではその時間的余裕がなく、スウェーデンでは時間的余裕が出来ても、どうも体にガタが来ているためか、くたびれて歩く気にならない。さらなる故は、カロリーカットしかない。なんて言いながら、今日は久しぶりに以前訪れた魚屋で生サーモンとエビの塩ゆでなんて買って頬張っているんのだが、世話がない。やはり、朝はフレークくらいにするか。でも、ほんとは夜の食事が一番問題だ、というのもわかっている。とはいえ、明日もあさっても、夜は飲みながら、食べながら、議論の予定。ということは海外でのダイエットは絶望的だ。なので、こりゃあHさんが出国直前に教えてくださった紫蘇酢&EMSのお世話になるしかない、かなぁ、なんて考えながら、マウロを飲んでほろ酔いの夕べであった。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。