おいで、おいで

 

年末モードである。

とはいえ、そんなに本気で掃除する暇もないのであるが、今日は卒論指導に出かけた大学で、ついでに掃除のおばさんが出していたモップをお借りして、研究室の汚れをとる。本当はもっと本格的にやらねば、と思うのだが、昨日は合気道の忘年会で飲み過ぎたので、調子が上がらない。年末のお買い物などのmustの事項もあるので、本棚の整理は年明けに延ばして、早々に退散する。

帰って、昼飯を食べて、ちょっとお昼寝をしてから、ようやく煤払い、のはずなのだが、その前に、年賀状の印刷に取りかからなければならない。相変わらず、超がつくほど準備が遅い。今年届いた年賀状と宛名ソフトのデータを対照すると、引っ越しなどで、手直しが必要なデータも少なくない。こういうチマチマした(しかし重要な)事を小一時間で仕上げ、しかる後にようやく両面を印刷に回しているうちに、あれま、夕方。せめて、書斎の机と本棚くらいは、と、何とか片づける。乱雑に積み上げた本を並べ直す中で、読んでいない背表紙が、おいでおいで、と呼びかけてくれる。すんません。せっかく買ったのに、手に取らないまま「寝かせ状態」の本が沢山ございました。年始のお休みにでも、ちびりちびりと読ませてもらいます、と謝りながら、本を入れ直す。

そうそう、ここ数週間、にわか小説ファン、になりつつある。奥田英郎が思いのほか、ヒット、であった。直木賞作家だから、ということは、読み始めて初めて知る不勉強ぶりではあるが、受賞作の『空中ブランコ』、その続きの『町長選挙』(共に文春文庫)の伊良部シリーズを、ずんずん読み進めていく。トンデモ精神科医と患者のストーリー、というと、一応その業界に多少の関わりがあるだけに、最初の『イン・ザ・プール』の途中あたりまでは、身構えて読んでいた。だが、そのうちその身構えがすっかりなくなり、安心して笑いながら、でも唸りながら読む。面白いし、月並みな言葉だが、人間がしっかり書けている小説である。

ご承知のように、社会における「標準偏差」からの著しいズレが一個人の中に生じた時、何らかの精神疾患の兆しが生じることが少なくない。特に、日本社会のような同調圧力が強く、かつタイやスウェーデンなど他国に比べても同調スピードが早い国においては、波に乗りきれない、あるいはスピードについていけないばっかりに、社会への拒否反応が精神や身体症状の異変、という形で表出する場合もある。この伊良部シリーズに出てくる「クライアント」も、そういう、どこにでもいそうな、そして自分もそうなりうる「隣人」である。彼ら彼女らの描写が実に鋭く、また、それと対比した際のドクター伊良部の幼稚さ加減と非現実性の対比に、むしろ救われる。真っ当なクライアントに対比して、はるかに「逸脱度が高い」のは、伊良部ドクターの方だ。また、それと共に、思いがけぬストーリー展開と解決策の提示の中に、必ず希望が見えているのがいい。こういうバランスが、上手く配合されているがゆえに、社会派小説ではなく、エンターテイメントとして楽しめるのだ。このシリーズはもうこの三冊で今のところ終わりなので、さて、別のシリーズに手を出そうかしら。

そうそう、この正月は、長い間楽しみに置いておいた村上春樹の「1Q84」も解禁予定。本棚からは他のもう少し堅い本も「おいで、おいで」しているのだが、まずは小説にもう少しどっぷりはまりたい。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。