枠組み外し その2

今思い返すと、体重の変容は、その後の「大転換」のための「準備体操」だった。自分が一番気にしていて、かつもっとも無理だと無意識的に諦めかけていたもの(体重の大幅な変容)が、突然、動き始めた。しかも、自分が苦しくない形で。

炭水化物を減らす。米を食べる量を減らし、外食で麺類を食べる場合は残すことにした。その際、心が苦しくなる理由は、「もっと食べたい」という欲望よりも、むしろ「残しては勿体ない」という意識ゆえだった。その「勿体ない」という言い訳と戦うことは、最初のうちはかなり時間がかかった。だが、「皮下脂肪に蓄えるのと、残すのと、どちらもエネルギーをどこかに残す点では変わらない」「最初から麺を少なめにしたら良い」と自分に言い聞かせているうちに、心苦しくなくなってきた。これも、後付け的になるが、ドミナントストーリーの書き換え、というか、暗黙の前提としている言説に対して、新たな別の信念体系をぶつけ、その暗黙の前提を捉え直す、ある種の「枠組み外し」であり、自己洗脳だったのかもしれない。
そうやって、実際に体重が減り始めた変容の中にあって、香港に出かけた事が、次なる変容への契機となった。
海外に出かけると、否が応でも日本の常識や価値観を相対化して見ることになる。日本の「当たり前」が通じない事にいらだったり、日本では出会わないトラブルに遭遇したり、あるいは日本で見たことのない、食べたことのない、感じたことのない何かと向き合ったり。そういう「異化作用」をフィジカルに全面的に体験するプロセスの中で、自らの暗黙の前提自体が現前化する契機となる。妻と遊びに出かけた香港で、しかも旅立つ直前に偶然に本棚から取り出してナップサックに入れた一冊によって、体重変容の次の変容の口火が切られ始めた。
「とざされた世界のなかに生まれ育った人間にとって、窓ははじめ特殊性として、壁の中の小さな一区画として映る。けれどもいったんうがたれた窓は、やがて視角を反転する。四つの壁の中の世界で特殊性として、小さな窓の中の光景を普遍性として認識する機縁を与える。自足する「明晰」の世界をつきくずし、真の<明晰>に向かって知覚を解き放つ。窓が視角の窓ではなく、もし生き方の窓ならば、それは生き方を解き放つだろう。」(真木悠介著『気流のなる音』ちくま学芸文庫、p121)
自分自身の視点や思考枠組みは、所与の前提として疑いようのないものである。
これまで、そう思い込んでいた。逆に言えば、それを疑い始めたら、存在根拠が崩れ、アイデンティティの危機に陥り、全くそこから動けなくなる。勿論10代後半から20代前半にかけて、私自身にも人様同様のアイデンティティ・クライシスはあった。だが、結婚し、大学で定職に就き、社会的にも必要とされる(と感じる)仕事に取り組む中で、気づけば自分自身の思考の枠組みは固定化・強化していき、それ自身を疑う、という場面がどんどん減っていった。それを私自身は「成熟」だと思い込んでいた。
だが、体重変容の過程を通じて身につまされた事は、思考の枠組みの固定化・強化は、時として「○○だから仕方ない」という諦めの内面化・自己正当化でもある、ということだ。そして、それが内面化・自己正当化である、ということにすら、その枠組みから自由にならないと、気づけない。体重が本当に3キロ4キロと減る中で、「無理」と思い込んでいた所与の前提があっけなく崩れ去る中で、ようやくその「無理」という思い込み(=所与の前提)そのものが、実は脆い基盤の上になりたっていた、ということに気づかされたのである。真木の比喩を用いるなら、「窓」が開かれた瞬間だ。
初めて訪れる香港という場で、新たな何かを受けいるだけの心の余裕と開放的な気分が、その前提としてあった。しかも、体重変容という変化のまっただ中にあった。そこに、上記の真木のフレーズが、あまりにもぴったりの布置の中で置かれた。「そんなの無理」と思い込んでいたダイエットという「特殊性」が、「いったんうがたれ」てみると、「やがて視覚を反転」しはじめた。無理だという思い込み自体が、「とざされた世界のなかに生まれ育った」「特殊性」そのものだ、と見え始めた。それまでの自分自身の信念体系が、もしかしたら「自足する」(=つまりは閉ざされた)「『明晰』の世界」なのかもしれない、という気づき。そして、それを「つきくずし、真の<明晰>に向かって知覚を解き放つ」ことが出来るかもしれない、という可能性の発見。自分が体験していたことが、先達の手によって言語化されている事に、驚き、喜んだ。それと共に、ダイエットというフィジカルな変容が、どうやら単なる身体変化を超える可能性があることに、このテキストから気づかされ始めた。
つづく

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。