最近、スキーマ療法の本にはまっている。きっかけは、中核的感情欲求という考え方に出会ったことだ。日本でスキーマ療法を広めた伊藤絵美さんの本には、このように紹介されている。
「1,愛してもらいたい、守ってもらいたい、理解してもらいたい。
2,有能な人間になりたい、いろいろなことがうまくできるようになりたい。
3,自分の感情や思いを自由に表現したい、自分の意思を大切にしたい。
4,自由にのびのびと動きたい。楽しく遊びたい。生き生きと楽しみたい。
5,自律性のある人間になりたい。ある程度自分をコントロールできるしっかりとした人間になりたい。」
(伊藤絵美『つらいと言えない人がマインドフルネスとスキーマ療法をやってみた。』医学書院、p146)
この5つの概念とは、この6年間、娘を育てるなかで、試行錯誤しながら、大切にしてきたことだった。また、お世話になったこども園の理事長先生から、繰り返し学んできたことであった。たとえば、こんなふうに。
「誰かにやってもらって、完結して満足する子どもはひとりもいません。子どもは、自分でやりたいのです。でも、あらゆることが未熟でうまくできず、お手伝いが必要ですそれは受け入れますが、そのお手伝いは自分でできるようになるまでのひとときの方策なのです。ということは、親には『子どもがひとりでできるように手伝う』という工夫と知恵が求められているわけです。つまり、手伝いは『過小でもダメ、過剰でもダメ』ということです。」
(赤西雅之『親のねがい。保育者のことば。 手をとり合って、子どもを育てる』郁洋舎、p93)
この記述を中核的感情欲求に当てはめてみよう。子どもが「自分でやりたい」というとき、2「いろいろなことがうまくできるようになりたい」し、4「自由にのびのびと動きたい」し、5「ある程度自分をコントロール」したい。「でも、あらゆることが未熟でうまくできず、お手伝いが必要」だ。ただ、親はこの際、3「自分の意思を大切にしたい」という子どもの思いを大切にし、「『子どもがひとりでできるように手伝う』という工夫と知恵が求められている」。そして、そのような関わりを親がすることによって、子どもは「1,愛してもらいたい、守ってもらいたい、理解してもらいたい」という中核的感情欲求が満たされるのだ。
6歳児の親として率直に申し上げると、この5点を子育てで重視するのは、「言うは易く行うは難し」である。「手伝いは『過小でもダメ、過剰でもダメ』」とは、頭ではわかっていても、実際にそれを親として実行しようとすると、色々な壁が立ちはだかる。僕の場合は、「ちゃんとしなさい」「しっかりしなさい」と言ってしまったことが何度もあった。でも、幸いに3年間、こども園で娘がしっかり遊びながら、「自由にのびのびと動きたい。楽しく遊びたい。生き生きと楽しみたい」という中核的感情欲求を満たされる関わりをしてもらった。また、親もこども園の様々な行事に参加し、一緒に遊ぶようなチャンスをもらえた。だからこそ、「手伝いは『過小でもダメ、過剰でもダメ』」ということが、少しずつ身体で理解できるようになってきた。
そんなプロセスを経た後だからこそ、この中核的感情欲求という概念には、「あ、こんなふうに概念化されているんだ!」と驚きだったし、この5つの欲求が満たされない時、「認知構造」という意味合いを持つ「スキーマ」の領域で、心の傷や損傷を受ける、という説明も、深く頷くことができた。
「1,人との関わりが断絶されること
2,『できない自分』にしかなれないこと
3,他者を優先し、自分を抑えること
4,物事を悲観し、自分や他人を追い詰めること
5,自分勝手になりすぎること」(『つらいと言えない人が・・・』p146)
娘が通ったこども園で、赤西先生は毎月「保護者学習会」を開催してくださっていた。それは、保護者の「初心者マーク」で、教習も受けないまま子育てをしている新米保護者に、子育ての軸や基盤を伝えてくれる、ありがたい学習会だった。ただ、彼がその学習会や、グループ懇談会などの場で伝えてくれる内容は、親にとっては、時にはかなりきつかった。なぜなら、彼はこう断言するからだ。
「子どもをみたら、家庭環境や親と子の関わり方がすべてわかる。」
つまり、こども園で子どもが過ごす様子を観察する中で、親がどのように子どもに関わっているのか、夫婦の間でコミュニケーションがとれているか、親はどのような価値観を大切にしているのか、が見えてくるというのだ。そして、実際にグループ懇談会の場で、様々な子どもの行動の背景にある、親や家庭環境の状況や課題をズバリと指摘し、涙を流すママ友たちもみてきた。そして、彼が指摘していたのは、上記の5つの部分で、保護者が傷ついている・課題を抱えていて、それが子どもにも反映されている、という指摘であった。
理事長先生の職人芸的な世界をすごいな、と思っていつも参加していたのだが、実はそれは子どもたちのスキーマ領域における傷つきの理解と、そこに影響を与えている保護者のスキーマ領域における課題との相関関係の指摘だ、と、「スキーマ療法」を知ることによって、見えてきた。そして、この際に重要なのは「早期不適応スキーマ」である。伊藤絵美さんの別の本には、「人生の早期に形成され、形成された当初は適応的であったかもしれないが、その後のその人の人生において、むしろ不適応的な反応を引き起こすスキーマ」として定義され、以下のよう特徴があるという。
「・全般的で広範な主題、もしくはパターンである。
・記憶、感情、認知、身体感覚によって構成されている。
・その人自身、およびその人とその人をとりまく他者との関係性に関わっている。
・幼少期および思春期を通じて形成され、その後精緻化されていく。
・かなりの程度で非機能的である。」
(伊藤絵美『スキーマ療法入門』星和書店、p29)
こども園という「人生の早期」の段階で、親から中核的感情欲求が満たされていないと、「『できない自分』にしかなれないこと」「他者を優先し、自分を抑えること」といった否定的な感情を抱く。それは、「幼少期および思春期を通じて形成され、その後精緻化されていく」ものである。自分の中で「パターン化された思考」であり、その「パターン化された思考」枠組み=スキーマに支配され、「その人自身、およびその人とその人をとりまく他者との関係性」が規定されていく。
小難しく書いたので、僕の場合でみてみよう。
僕は子育てをしているとき、子どもが言うことを聞かないとき、制止をきかずに勝手な行動をするときに、無意識・無自覚に「ちゃんとしなさい」「しっかりしなさい」と叱ることがあった。このような無意識・無自覚に出てくる言葉は「自動思考」である。そして、この自動思考が生まれてくるのは、「パターン化された思考」枠組み=スキーマである。
僕の場合、中核的感情欲求の傷付きとして、おそらく「3,他者を優先し、自分を抑えること」「 4,物事を悲観し、自分や他人を追い詰めること」が当てはまる。それは、第三領域の早期不適応スキーマである「ほめられたい」「評価されたい」スキーマ、および第四領域の「完璧主義的『べき』スキーマ」が、支配的だったと改めて気づかされる。
これは子育てをしながらつくづく痛感しているのだが、団塊世代の父親は出張が多く家事は一切しなかった。母親は、専業主婦でワンオペ家事をし、3歳下の弟のお世話も大変だった。だからこそ、僕は小さな頃から、お兄ちゃんとして「ちゃんとしなきゃ」「きちんとしなきゃ」を深く内面化した「良い子」だった。そんな少年ひろしくんの「幼少期および思春期を通じて形成され、その後精緻化されていく」「ちゃんとする」「きちんとする」は、学校や勉強への適応面でプラスになった。結果的に大学教員になれたのは、このスキーマゆえだったとも思う。
でも、この早期不適応スキーマは、僕の心をむしばんだ。そのことに気づかされたのが、東日本大震災後の危機だった。ボランティア・NPO論を教え、自分も阪神淡路大震災でのボランティア経験があり、「被災地に行かなければならない」と思い込んでいた。でもその一方、政府の審議会の仕事は佳境を迎え、原発爆発に恐れおののいて、「行きたくない」と強烈に思っている自分もいた。あの時期、全速力でアクセルとブレーキを同時に踏み込み、気が狂いそうになっていた。そのとき、必死になって正気でいるために書いていたのが、ブログ「存在論的裂け目」である。
このときから、自らを縛る思考枠組みや暗黙の前提とした規範を、気が狂いそうになりながら見つめ直し、疑い始めた。たまたま前の年に「魂の脱植民地化」概念と出会っていたこともあり、自分自身の魂が植民地化されているのは、自分を縛る「すべきだ」「しなければならない」という思考枠組みだと気づいた。そして、それを観察し、決別するために、とにかく原稿を書き続け、翌年は初の単著となる『枠組み外しの旅—「個性化」が変える福祉社会』(青灯社)という本を書き上げた。
そして、振り返ってみると、僕が外そうと文字通り命がけで格闘した枠組みは、「早期不適応スキーマ」でもあったのだ。その当時、不勉強でそれを知らないまま格闘してきた。また、「早期不適応スキーマ」はあくまでも個人が親世代との関係性の中で引き受けたスキーマだが、僕が問うた「枠組み」=「魂の植民地化」は、家族内関係がそのような「早期不適応スキーマ」として連鎖するような、そのような抑圧的な社会システムへの問いだった。そういう意味では、アプローチや登ろうとする山は、すべて一致している訳ではない。だが、この「早期不適応スキーマ」という言葉と出会えたことで、自分が必死でもがいてきた「枠組み外し」とは、「早期不適応スキーマ」から距離をとる、という意味で、スキーマ療法的な世界に近かったのだ、と、今頃になって気づかされた。
そして、子育てをしていて改めて感じるのは、冒頭に述べた中核的感情欲求を、まずは親自身がしっかり学び、自らがその中核的感情欲求を満たされてきたか、をセルフモニタリングすることの重要性である。率直に言えば、この部分を、全く傷つけられていない人はたぶん少ないと思う。みんな、なにがしかの傷を抱えている。それは、僕や妻だけでなく、ゼミ生や娘のママ友を見ていても、そう思う。伊藤絵美さんも、まずは自らのセルフケアから始めた、といっていた。
だからこそ、子育ての最初の方で、この中核的感情欲求の重要性を学び、自らの心の傷や、「早期不適応スキーマ」を理解することで、子どもの中核的欲求を大切にしやすくなっていく。親が『子どもがひとりでできるように手伝う』ためには、子どもに関わる親が、自らの子ども時代から「早期不適応スキーマ」を見つめ直し、それを無意識・無自覚に子どもにすり込まないように、批判的に意識化していくことが大切なのである。
そして、ぼくはそれを、文章を書くプロセスの中で、考え続けてきた。そういう意味では、昨年上梓したエッセイ『家族は他人、じゃあどうする? 子育ては親の育ち直し』(現代書館)の中でも、そうとは書いてはいないけど、ぼく自身の「早期不適応スキーマ」の問い直しがずいぶんなされている、と今更ながら気づかされる。
そういう意味では、僕にとっては、先にスキーマ療法の世界を知るのではなく、「いま・ここ」で出会えたのは非常に意味や価値がある、と感じている。伊藤絵美さんは、支援者向けのセルフケアのワークブックなども書いておられるので、引き続き読ませてもらい、学びを深めてみたい。