コーチに教えられたこと

 

ようやく冬休みがくる。この秋以来、土日が出張、ということが多かったので、どっと疲れが出る。

で、週末はまず一日ゆっくり寝て「臨戦態勢モード」を解除する。何にもしてないと、「何かしなくちゃ・・・」と脅迫観念的になっていたので、「とにかく休みなのだから・・・」と何度も言い聞かせる。「臨戦態勢モード」だと、仕事はちゃっちゃと片づく代わりに、ストレスといらいらが蓄積されていくようだ。で、ストレスは体重、いらいらは余計な一言、という一番嫌な形でのリバウンドでどちらも返ってくるので、こういう「モード」は期間限定にして、とにかくふつうの暮らしに戻らねばならない。

で、ふつうの休日を楽しむべく、白樺湖を超えたところにある、エコーバレースキー場に出かける。

標高は1500mもあるので、雪は降っていなくても、さすがに寒い。降雪機の雪がパウダースノーになっている。これはよい。昨年からスキーを始めたのだが、ボーゲンでもおぼつかないので、思い切ってレッスンを受けてみる。これがすごくよかった。

何が良かったって、休日の午前なのに参加者は僕一人、つまりはマンツーマンのレッスンだったのだ。普通こういうプライベートレッスンは1時間6000円とか取られるのが相場なのに、僕は2時間3000円しか払っていない。何というラッキー。そして、教えてくださった初老のコーチが実によかった。ここ最近、福祉組織の変容や支援者教育のことを研究しながらコーチング論などもかじっているタケバタにとって、実に多くのことをこのTコーチから学べた。

最初、中級コースでいろいろ言われながら格闘するのだが、正直言われた事が頭で理解できても、身体で表現出来ない。もともとスポーツ音痴のタケバタなので、飲み込みは悪い。さらに、中級コースは角度も柔くなく、怖いし気が焦るし、うまくできないし・・・で全身から汗は噴き出るし、頭はパニックだし、全然さっぱりうまくいかない。その状態をみたTコーチは、とにかく下に滑ったあと、あっさり方針転換。「じゃあ、初級コースへ行きましょう」

そう、中級コースを見栄はってすべるより、一番出来ない一番下の下まで行って、そこから基礎からたたき込むことが大切。これは、予備校講師時代の鉄則だった。それを、受ける側で実感したのだ。しかもこのコーチ、タケバタが言語的説明で一杯いっぱいになるタイプと悟るや否や、二度目以後では戦略を変える。なだらかなコースで安心したタケバタに、何度も「リラックスして」と伝えながら、感覚的にわかりやすい言葉を巧みに用いてアドバイスしていく。

「とにかくリラックスして、変におしりを出してかがんだりせず、膝小僧を前にぐっと押し出す感じで」「ストックで身体のバランスが保てるよう、前に突きだして楽に持っていたらいい。時にはぶらんぶらんさせながら。」「身体は前を向きながら、ちょこっと顔だけ右を向くと、自然に右に曲がる」「足底を気にして、斜面を板でなでるように」「左に曲がりたければ、右の膝を突き出してすっと持って行けばいい」

こういった言葉を聞くなかで、僕自身考えるのをやめてリラックスして、こちらを見ながら(つまり後ろ向きで)滑るコーチを追いかけながら滑っていくと、あら不思議、我流だった時とは全然違う、楽なスキーが出来るのだ。そして、身体が楽なので、滑るのがついつい楽しくなる。すると、ずんずん滑れてくる。一石三鳥、とでも言おうか。こういう上手なコーチに身をまかせると、どんどん恐怖心が薄れ、あっという間の2時間がたった最後、中級コースでもう二本、最終仕上げ。一回目の苦戦が嘘のように、斜面でもわりとリラックスして滑れる。こういうコツがあるんだ、と身体が納得した二時間だった。

そのTコーチと一緒にリフトに乗っているとき、コーチングについていろいろ伺ったのも、実に面白かった。

「コーチにもうまい下手があります。滑るのは上手でも、伝えるのが下手な人がいる。また、形ばっかりを教え込もうとして、その人がどこでつまずいているのか、にお構いなしの人がいる。」「私の場合は、相手を見ながら、2時間の中での教えるデザインを変える。この人なら、このくらいまで到達出来るだろう、と。この予想は、相手が極端に体力がなかったり、恐怖心がとれない場合を除けば、だいたい当たる。」「私自身は、数回しかレッスンを受けていない。でも、言われたことを自分の頭で反芻していく中で、自然と自分自身や他人に伝える際にも、応用することが出来るようになった。」

福祉の現場では「本人中心の支援計画(Person Centered Individual Program Plan)」なるものの重要性が謳われて久しい。ケアマネジメントも、本当はこういうPerson Centeredであるべきだったのだが、どうも日本の現場ではズレているようだ。実際に、「本人中心」というからには、この僕が習ったコーチのように、相手の実情に合わせて臨機応変にプログラムを変える力量と、相手の求める形でサービスが提供できるような引き出しの多さ、その為の現状分析や反芻能力の高さ、などの複合的な力が求められるのだなぁ、と滑り終えた後、白樺湖畔の日帰り温泉につかりながら考えていた。

いかんいかん、まだ臨戦態勢モードから抜けていないようだ。
今年も鳥一でかった鳥の丸焼きをお供に、さて、今からシャンパンに合う料理でも作りながら、頭を切り換えるとするか。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。