うららかな春の日差しの今日、大学では入学式である。
僕自身もすがすがしい気持ちになっている。その最大の理由は、ようやく念願の「本棚整理」を果たしたからだ。
ずいぶん卑近な話に戻ってしまうが、でも物理的整理は頭の整理につながる。というか、ここ最近、「あの本って持ってなかったよなぁ」とアマゾンで「ワンクリック購入」した後になって、当該の本がひょっこり顔を出すケースが重なっているからだ。2年前、この大学に着任当初はある程度把握出来る範囲の本であり、かつそれまで8畳の部屋に重ねて置いていた本を、ようやくまともな本棚に置ける、とあって、ずいぶん書架にも余裕があった。それが、この二年の間に、少なくとも2つの新しいジャンルに手を染めはじめ、もともと追いかけていた分野の蔵書も当然増えていくので、伸びが加速度的になっていった。しかも、二年前に割ときっちり詰めた部分に後から追加で新しい本を入れる余地は少なく、もともとジャンル別に分けていたはずなのに、いつの間にか、あっちこっちとバラバラになる。さらに、仕事で必要な時に取り出して、別の所にしまい込むので、もうグタグタ。挙げ句の果てに仕事が立て込んで片づける機会を逸したのが最後、ジャングル状態になってしまっていたのだ・・・。
そこで一念発起。新年度を迎えたからには、と、一昨日昨日と、学生さんにバイトで手伝ってもらい、サクサクと整理していく。昔から、整理整頓の途中で出会った本なり資料なりを読み込んで、結局自分一人では絶対片づけられない“たち“なので、人に見られている、という環境に追い込んで、どんどん書類を捨てる、という方針でやってみた。段ボール箱で3箱分の書類を捨て、ここ最近さわっていなかった書類箱の幾つかにも手を入れ、ごっそり処分した。それと共に、本棚の再構築。以前より多くの列に本を分散させ、余裕スペースを置くようにした。その過程でいくつもの「読むべき本」「学生に読ませたい資料」などにも出会い、ついでにこれから数ヶ月の仕事上で必要な本のピックアップまでしてしまう。おかげさまで書架と共に頭の中も整理され、研究室でこうして本棚をぼんやり眺めていると、本が呼んでくれている、という状態にようやくなってきた。つい最近までひしめきあっていた本から聞き取れなかったメッセージを、ようやく聞けるような余裕が、本棚にも、心の中にも、出てきたようだ。ああ、仕事しなきゃ。
で、新年度の初めに相応しい、と言えば、本棚整理だけではない。昨日届いた本の第Ⅱ部を今朝読んでいて、実によいフレーズに幾つか出会った。
「私はこの本を書くために、さまざまな分野の変革について調べてみた。その際には必ず、ビジョン、誠実さ、まわりを説得する力、目を見張るほどの体力などを備えた人物による、がむしゃらなまでの努力があった。」(デービット・ボーンステイン「世界を変える人たち-社会起業家たちの勇気とアイデアの力-」ダイアモンド社、p197)
最近リーダーシップ論の本を読み漁っているが、この4つについては、変革をもたらすビジネス界のリーダーにもまさに共通する要素である。ちなみに、社会起業家、とは、起業家の前に「社会」がつくのがミソ。ビジネスの分野の起業家とは違って、営利追求を第一にしない、社会のために役立ちたいけど既存の仕組みでは無理、という時に、新たな枠組みやサービスモデルを作り上げて行く人々のことを指す。本来、福祉の世界に入っていく人の中にも、少なからずこの「社会起業家」のマインドを持って入る人も少なくなかった、はずである。だが、いつの間にか、「現実」とやらと妥協して、そのマインドが薄れていく。そういうのって、つまんないよなぁ、と思っていたので、実にこの本は刺激的だ。
実はこの訳本の本来のタイトル、“How to change the world -Social Entrepreneurs and the Power of New Ideas”がすごく気になって、原書を1年程前に買っていたのだ。でも、忙しさにかまけて読めずにいたら、その間にちゃんと日本語訳になっていた。しかも、ざっと目を通して中身が分かるほど、わかりやすい訳文で、大切なところを強調までしてある。で、装丁や訳の良さ、だけでなく、中身も本当によい。
「世界を変える組織には、共通の特徴があるようだ。
(1)苦境にある人々の声に耳を傾ける
(2)予想外の出来事からひらめきを得る
(3)現実的な解決策を考える
(4)適材を見つけ出して大切にする」(同上、p218)
福祉現場の組織論、人材開発論についてここしばらく考えている僕にとって、この4つも実に納得がいく。福祉現場で(1)を疎かにしてしまう組織は、動脈硬化を起こしていて、組織としての寿命が危うい。人々の幸福を考える仕事では、当然その反対に位置する立場に置かれた人々(業界用語では「困難事例」)との出会いが、真価が問われる瞬間だ。その時、普通の解決策では上手くいかないから、「困難事例」であり、当然の事ながら、何らかの新たな(現存していない)策が求められる。で、それを(2)にあるように、いろんなチャンスを活かしてひらめきを得る、だけでなく、(3)にあるように「現実的な解決策」に落とし込んでいく必要がある。その際、それらを一人で全部こなすのは無理だから、(4)にあるように適材を活かす、任せる力がないと、「燃え尽き症候群」になってしまう。
そして、優れた多くの社会起業家にインタビューした著者が抽出した「成功する社会起業家の六つの資質」というエッセンスも実に興味深い。
(1)間違っていると思ったらすぐに軌道を修正する
(2)仲間と手柄を分かち合う
(3)枠から飛び出すことをいとわない
(4)分野の壁を越える
(5)地道な努力を続ける
(6)強い倫理観に支えられている
この6点を見ながら、博論のために京都の117人のPSWにインタビューしていた時のことを思い出した。自分が「この人は面白い」「この地域・団体は何だか活き活きしているぞ」というキーパーソン的役割の人々も、上述の6つの要素を持っている方が多かった。既存の枠組みで解決出来ない問題では、時として(3)にあるような「飛び出す」ことが求められる。でも、多くの人にとって、既存の枠組みが間違っているとしても、「どうせ無理だから」と諦めて、(1)の姿勢を貫けない。でも(5)にあるような地道な努力と、時として(4)に書かれたような異分野の(狭いタコツボの外の)人々とのコラボレーションによって、道が開かれる時がある。しかし、突き抜けた人、に共通するのは、「我が我が・・・」とはしない、という意味で(2)のように“わかちあい“をいつも忘れない人であり、その背景には(6)の「強い倫理観」がキーになっている。
こうやって書いていて思ったのだが、この本も、自分の頭の中の整理に実に役立つ本であった。もちろん、第Ⅰ部の実際に世界を変えた10人のストーリーも、目次だけ見ていてもすごく面白そうだ。これは週末のお楽しみ、と取っておこう。
外を見ると、新入生や保護者の方々がぞくぞく体育館に向かっていく。彼ら彼女らと、どんな出会いが出来るのか。講義やゼミを通して、社会に対して「諦めない」という姿勢を持ってくれる人を、どれだけ生み出せるか。この本を通じて、僕自身も勇気をもらったようだ。今年度も、頑張ってみよう。