『僕に必要だったのは自分というものを確立するための時間であり、経験であったんだ。それは何もとくべつな経験である必要はないんだ。それはごく普通の経験でかまわないんだ。でもそれは自分のからだにしっかりとしみこんでいく経験でなくてはならないんだ。学生だったころ、僕は何かを書きたかったのだけれど、何を書けばよいのかわからなかった。何を書けばよいのかを発見するために、僕には七年という歳月とハード・ワークが必要だったんだよ、たぶん』(村上春樹「やがて哀しき外国語」講談社、p215-6)
たまに、村上春樹を切実に読みたくなる時期が来る。最初は院生になったころ、だっけ。その後、三,四回くらい通読しただろうか。ある時期、身も心もズタズタの時期にどうしても読みたくなって、彼の本に心からdisturbされてしまって、もう何にも手に付かなかった時期もある。本にかき乱される、ってこういうことだ、という見本のように、村上小説シリーズでイッてしまった。まあ、当時は大変ヘビーな事態が折り重なっていたことが直接の原因なんだけれど。で、これはいかん、と悪魔払いのように、彼の著作を全部捨ててしまったっけ。
でも、博論を書き終えた後、無性に読みたくなって、また西宮北口近辺のブックオフやら古書店で、せっせこ全てを買いそろえたのだから、変な話。ことほど左様に、自分のギアチェンジの時期、というか、自分のスタンスに違和感を感じる時に、村上春樹ワールドにどっぷりはまりたくなる。彼の小説には井戸がよく出てくるのだけれど、そういう「一人で深く掘り下げる」という沈思黙考モードを、彼の小説を通じて体感しているのかもしれない。この「掘り下げる」作業がクリアで、かつ自分も憑依しやすい形が組まれているから、彼の小説は言語を超え、海外でも評価されているのだろう。よく村上春樹の文体は翻訳体に近い、というが、何語で書かれても落ちるような、ある共通のメタ言語がそこに在るような気がする。こういう「井戸掘り」話こそ、世界の深奥にダイレクトに直結しているのかもしれない。
で、彼の小説と同じくらい好きな、エッセー集の数々。本当は、彼がヨーロッパ滞在中に書き上げた「遠い太鼓」が一番好きなのだけれど、今回はアメリカ在住時に書かれた「やがて哀しき・・・」を第五期?村上ワールドへの入り口に手に取る。知っているはずのストーリーなのに、新たな発見が今回も多い。その中で、今一番困っていることにダイレクトにつながっていることを、冒頭に引用してみた。
アメリカの大学で、日本文学を専攻する大学院生達へのレクチャーの際、学生達に尋ねられた質問に答えている部分。「自分というものを確立するための時間であり、経験」という箇所が、今の自分の現前にある問いに、ピッタリ来た。どうしてこうもしっくり文章が書けないのか、で悩んでいたのだが、そう、まだ「時間」「経験」が足りないのだ。そう思うと、くだらない肩肘を張らずにすむ、と少し楽になる。
この夏、またもやある論文を仕上げるべく格闘する中で、一番困ったこと。それは、「何かを書きたかったのだけれど、何を書けばよいのかわからなかった。」ということ。がむしゃらに書いて、査読でボツになった原稿。価値がないのか、表現が下手なのか、勉強不足なのか、その三つが重なるとして、どこからどう改善していけばいいのか、全く暗中模索、だった。でも、不思議なモノで、目の前が開けるためには、「自分のからだにしっかりとしみこんでいく経験」が必要だったのだ。僕にとっては、それは山梨でのフィールドワークの日々。特に、今年になってからの特別アドバイザーの仕事は大きい。「歳月とハード・ワークが必要だった」というほど、歳月は経っていないが、ある意味で、ハード・ワークに身をさらされている。ストレスも緊張感もない、といえば、嘘になる。でも、こういう日々のダイレクトな仕事があるがゆえに、その中で、様々なリアリティが絵空事ではなく、「からだにしっかりとしみこんでいく経験」を重ねたゆえに、一定程度の「発見」が内発的に産まれてくる。
もちろん、また査読でボツになるかもしれない。でも、以前に比べ、自分の「発見」を格段に編集できた。事実を積み重ねるのは小説ではない論文の基礎だけれど、でもそこにリアリティに基づいた「からだにしっかりとしみこんでいく経験」を投影させていくと、各文章に深みが出てくる。もちろん、今回の書き直しでその深みが出たか、というと、アヤシイが、少なくとも、「自分というものを確立するための時間であり、経験」を積み重ねると、何となく現時点の材料で解決出来そうなことが、ほわんと浮かんでくる。その編集作業が、しんどいけれど、「わかる」につながる隘路なんだな、と思う八月最後の夜であった。