オンブズマン制度の危機

 

今宵は天王寺のホテルの一室から。

土曜・日曜と勉強会や研究会で久々の来阪。それにしても、お昼過ぎに会場に入るために、6時28分甲府発の「ワイドビューふじかわ」に乗らねばならぬのはきつい。鞄の中には研究会の宿題やら、授業の予習関連の文献や資料をとりあえずどっさり入れてきたが、結局寝不足で静岡までうとうと。静岡でカプチーノを飲んで気合いを入れ直し、満員のひかり号でサクサクあすの研究会用の資料を作る。で、出かけたのがNPO大阪精神医療人権センターの総会。実はこの人権センターが地道に積み上げてきた「精神医療オンブズマン制度」が今、廃止の危機にある。

僕自身、このNPOで大変お世話になり、今自分で血肉化されている視点の少なからぬ部分を、ここでの活動や実践を通じて学ばせて頂いた「ホームグラウンド」の危機故に、とあるMLに次のようなSOSの文章を書かせて頂いた。この問題をご存じない方にお伝えするためにも、長くなるが引用してみたい。

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NPO
大阪精神医療人権センターが取り組んできた病院訪問活動(精神医療オンブズマン制度)が、この8月以降、廃止の危機に立たされています。(そのことを伝える新聞記事はこちら。)

大阪府の橋下知事は、4/11に「財政再建プログラム試案」を策定し、総額1100億円の予算削減案を公表しました。府の単独事業で緊急性が低いものは一律カットという内容です。精神医療オンブズマン制度は「費用対効果が見えないからゼロ査定」という厳しい事態に追い込まれています。

このオンブズマン制度は院内での様々な権利侵害が続いた「大和川病院事件」を受けて、退院促進事業と一緒に創り出された仕組みです。密室的な精神医療の現場に風穴を開けようと民間団体が続けて来た訪問活動が、日本で初めて都道府県レベルの制度として認められ、府下全ての精神科病院の訪問を実現し、現在二巡目になっています。

市民による訪問活動やその後の病院側とのやり取り等を通じて、これまで行政監査でも行き届かなかった具体的な改善(公衆電話が閉鎖病棟に常設された、ベッド周りにカーテンがついた、トイレに鍵がついた、保護室にナースコールがついた)が進み始めています。これは、行政監査や第三者評価とは違い、市民の目線で療養環境を視察し、利用者の声に時間をかけて耳を傾ける活動ゆえの成果です。
(オンブズマン制度の概要は次のHPなどもご参照ください)

ただこの活動は、もっとも声が届きにくい(=声が抑圧されている)精神科病院内の患者さんの声を代弁する、という性質上、府知事の元に「大きな声」として届きにくいのもまた事実です。また、数値的な「費用対効果」を測るものとは最も縁遠いゆえに、活動の重要性が財政当局に理解されにくいものでもあります。それゆえの「ゼロ査定」状態だと認識しています。

退院促進事業も、元はと言えば大阪府単独の事業であったものが、その普遍的意義が認められ、全国化されました。病院から地域へ、という風穴が開き始めた今、病院内部の精神障害者の権利を護るために市民が直接病棟まで訪問して、「声なき声を聞く」というこのオンブズマン制度は、まさに普遍的意義があるものであり、その原動力を担った大阪で、その火が消えることは、大きな損失でもあります。「費用対効果」では計れない権利擁護課題を財政的理由を盾に反故にしてしまう今回の動きは、障害者権利条約を批准しようとしているわが国の動きとも大きく異なります。また、最も「声なき声」を代弁する役割の火を消すこの事態は、地方分権の逆機能、とも言えます。

人権センターはこの廃止案は絶対に納得ができないということで、存続を求める署名活動を行っています。そこで、是非ともこの署名活動に御協力頂きたい、と願っております。(署名用紙PDFなどは下記に)
http://www.psy-jinken-osaka.org/
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今回大阪の地でこの話をじっくり聞く中で、改めて行政監査でも精神医療審査会でも拾いきれなかった患者さんの本音の声を拾い、それを実際の処遇改善につなげてきた人権センターの取り組みのダイナミズムを垣間見る思いがした。

それと同時に、自立支援法制定時からも指摘されていたが、市町村や都道府県の裁量的経費は権利保障の観点で非常に危うい、というのが現実化されるような気分でもある。小さな政府論に通ずる、「府単独の事業はあらかたカット」「費用対効果が見えにくいものは効率化の観点でお金をつけられない」というロジックを、裁量権を持つ首長が行使するとどうなるか、ということが、目の当たりになったような気がした。地方分権で、住民の身近な行政で地域の実情に合わせて、というが、一方でこのような権利保障の問題は普遍的な問題であり、一定程度の全国一律の最低保障が必要な気がする。

その際、低きに合わせる、のではなく、トップランナーを続けてきた大阪に合わせるのが、真っ当な施策としては求められるラインだが、その大阪で、知事がトップランナーの位置づけを放棄しようとしており、それに対して国レベルでの歯止めがかけられない、というのは、築き上げてきたトップランナーとしての叡智や財産を全部放り投げる暴挙に思えてならない。

では、どうすればいいのか? そのヒントを今日の記念講演の話し手であった野沢さん(毎日新聞)が指し示してくださった。これは非常に示唆に富むのだが・・・そろそろおねむなので、続きはまたあとで。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。