一人サマータイム

 

4月に入り、朝が早くなった。

寝室のカーテンは遮光タイプだが、扉を開けておくとリビングのカーテン越しに、薄明かりがみえてくる。しかも、最近は10時半とか11時に寝る生活なので、自然と5時過ぎには目が覚める。というわけで、今年も4月から一人サマータイムを導入してみる。朝の時間は頭もスッキリしているので、誰にも邪魔されずに、あれこれ出来るのがよい。

で、朝のドタバタの時間まで後20分なので、とりあえずここ数日で目に付いた記事を引用しておく。

「3時間くらいたって気持ちが落ち着いてきて、最初の1ページなかったもんとして読んでみたんです。そっちの方がいい。この1ページ、何を書いているんやろと思ったら名文を書こうとしているんですね。つまり、声の悪いやつらが高らかに歌ってる。自分は気持ちいいけど、聞いている方はたまったもんやない。『こういう文章を全部とったらいいんだ』と思って、電話しましたよ。そしたら『3時間でわかるとは偉い』と言われた。全部で20枚分くらいありました。自分が気持ちよく書いている文章をとっていったのが、『螢川』なんです。」(宮本輝「自分が酔った文章削って芥川賞」朝日新聞4月6日夕刊)

芥川賞作家が、自身の受賞作の創作過程である同人誌の主宰者から、「これなしで、次のページのここから書き出せるようになったら、君は天才になれる」と言われた。そのエピソードと見出しに深く頷く。そう、「自分が酔った文章」って「自分は気持ちいいけど、聞いている方はたまったもんやない」場合が少なくないんだよね、と。特に、一つのストーリーを作り上げる際、ふと浮かんだ「気持ちいい」フレーズが、文章全体に弾みをつけてくれるので、ついついそのフレーズから書き始めたりする。だが、後から見たら、ナルシスティックな喜びに満ちあふれた部分であり、鼻につく。推敲の際に、。『こういう文章を全部とったらいいんだ』という事態になる。

このまさに同じ展開を、こないだ、とある原稿で体験したので、よくわかるのだ。少し野心的な福祉の教科書のお仕事。4つの項目を1ページ1000字で1~2ページで書いてね、というオーダーだった。しかし、ルンルンと書いていくと、すぐに10ページくらいはいく。編者の友人に「こんなもんでどう?」と聞いてみると、「やっぱ8ページよね」とすげないお返事。書いた当初はその文言に酔っているから、「削れないよ」と思っていたが、側注も使えるので、どんどん削って8ページに収めると、当初より遙かにシャープでよい。そして、削った部分が、まさに宮本氏の言うように「名文」ではないけれど、「自分が酔った文章」なのである。

こう書いていて思い出す。そういえば、これってワインバーグ氏が言っていた「一割削減法」と一緒じゃないか、と。早速自分が引用したブログを引いて確認。ザッと書いて、1割削るとちょうどよい中身に引き締まってくる、という言う文章読本。で、宮本氏が言うのも、僕が実践したのも、その削られる1,2割には、「自分が酔った文章」が対象になる。確かに最初書いた時は、書き手のイントロダクションとして良い導入役となる。しかし、それはあくまでペースメーカーであり、完成した暁には、その部分をサクッと切り落として読者に提示しないと、返ってわかりにくくなる。それでも気になる場合にはどうしたらいいか。宮本氏は、この恩人の同人誌主宰者にこうも言われた、という。

「『長いこと便所にいると、においがわからなくなってしまうのと同じで、いっぺん出た方がいい。『螢川』は少し置いておこう。気づいたことをすべて生かして別の小説を書きなさい。すぐ書ける人間でないと、プロにはなれない』と言われた。それで『泥の河』を書いたんです。『泥の河』を書いて得たもので、『螢川』を手直しした。」

そう、サクッと切ってしまうにはもったいない、と感じた何か。でもその作品に押し込めるには無理があったら、無理に閉じこめずに、切り離して、「気づいたことをすべて生かして別の」作品の素材としたらいい。こういうケチなてんこ盛りを僕も以前はしていた。そうではなくて、気づいたのなら、ある作品を書いている間でも、「別の」何かに着手したらいいのだ。そうすると、時間をおけるから、戻って来た時、元の作品の「におい」がわかる。で、また書き直したら、よりよくなる。

論文にも充分通底する「創作スタイル」について、良いことを教えてもらった。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。