子どもを中心にする視点

子どもが生まれてから、児童福祉や教育学領域の本を遅まきながら読み始めている。その中で、今年読んだ本のベストに入りそうな一冊と出会った。教育学者が子どもの権利条約をベースにしながら、学校にまつわる5つの論点(「不登校」「学力」「障害」「道徳」「校則」)を論じていくのだが、まず最初に読み始めた「障害」の章で痺れてしまった。

「日本の学校は、分類することによって『多様な』子どもたちを生み出している。なぜ、さまざまな基準を用いて細かく分けるのか。丁寧な指導のため、それがその子のため、と思い込んでいるのだろうが、実際には全体を統一(画一化)していくためである。
まず、分類されることによって、その分類されたグループ内は画一化される。その分類は能率性という観点からなされ、『問題』とされる者たちが集められていく。『問題』である限り、修正を施されることになる。つまり、分類によっていったん名付けられた多様性は、最終的には解消されなければならないということになる。落ち着きがないなどの『問題』を理由に、たとえばその状態に『発達障害』などの医学的な命名がなされ、特定の子どもたちが普通学級から分離されていく。『不登校』も同様である。その『問題行動』の背景に、受験等の競争的学力観によるストレスなどがあるのではないかといった問いが立てられることはない。現象的にわかりやすい部分にのみ着目し、似た者同士が集められ、訓練を施され、何らかの『水準』に達することが期待される。つまり、分類は画一化のための手段ということになる。」(池田賢市著『学びの本質を解きほぐす』新泉社、p146-147)

漠然と日本の学校教育や分離教育に感じていた疑問を、教育学者がこれほどズバリと射貫く表現をしてくれると、気持ちよい。「分類は画一化のための手段」とは、精神病院や入所施設と構造的同一性の論理である。

入所施設や精神病院は、「地域で暮らせない」と分類された人を、画一的に処遇する場所である。両者は本来「通過施設」であり、人生の一時期だけを過ごし治療や療育を受ける場所、という建前であるが、長期社会的入院入所の状態が続いている。その背後にある論理は、池田さんが指摘する以下の構造そのものである。

「その分類は能率性という観点からなされ、『問題』とされる者たちが集められていく。『問題』である限り、修正を施されることになる。つまり、分類によっていったん名付けられた多様性は、最終的には解消されなければならないということになる。」「現象的にわかりやすい部分にのみ着目し、似た者同士が集められ、訓練を施され、何らかの『水準』に達することが期待される。」

そして、障害のある人の差違を「能率性」に基づいて「分類」し、治療や改善が見られたら=差違が最小化されたら退院・退所可能、という論理構造になっていると、いつまで経っても退院や退所は可能ではなくなる。「画一化のための手段」としての「分類」が続いている限り、このような分類による排除はいつまでも再生産されていく。日本でこの20年間、「発達障害」とラベルを貼られる人が急増し、特別支援学校の高等部が雨後の筍のように急増した背景にも、このような「能率性」に基づいた「画一化のための手段」としての「分類」の発送はなかっただろか。そしてそれは社会的排除と軌を一にする。

「認識すべきは、『普通』という権力的・暴力的に設定された軸からズレていることを否定的なニュアンスで意識化させて、期待されている軸に乗ろうとするメンタリティの形成が目指されている、という点である。」(p147)

これは特別支援学校(学級)への指摘であるが、例えば障害者就労の現場でも、これと同種の論理が働いているように思えてならない。「普通の職場」に適合することが善とされて、そこに合わないから「障害者雇用」という特別枠での就労が期待される。いずれも「期待されている軸に乗ろうとするメンタリティの形成」が前提として目指されていて、その軸にどれくらい乗れるか・乗れないか、で査定されていくシステムである。

ただ、池田さんが本書全体で問い直そうとしているのは、そもそもこのような「『普通』という権力的・暴力的に設定された軸からズレていることを否定的なニュアンスで意識化」させる、そのこと自体の問題性である。なぜ学校・学級・社会における「普通」の言動が出来ない人は、社会的に排除されるのか。その時、この「普通」の暴力性や権力性を問うことなく所与の前提として無批判に受け入れ、この「普通」の軸に合うか合わないかで分類し、分類された特別支援学校や障害者施設、精神病院などでも、普通に戻る、という画一化された基準でしか捉えられないことの暴力性について、なぜ不問にしておくのか、という問いである。そういう意味で、精神病院や入所施設の構造的暴力や、社会的排除の論理は、特別支援学校における問題と全くの地続き(同一スペクトラム上)である、とこの本を読んで、再確認することが出来た。

上記の、問題の個人化を問い、社会構造の抑圧課題として問題を解きほぐす姿勢は、他の章でもしっかり主軸として語られている。

「なぜ学校に来られなくなってしまったのだろうか、という疑問は封印されている。学校はそのままの形で存在していてよいのであって、そこになじめない子どもに問題があるという発想をとっている。」(同上「不登校」p42)
「いまの大人たちが、まるでそれが避けがたい方向性であるかのように一定の状況を設定し、その中でうまく生き残っていけるような『力』『スキル』を子どもたちにあらかじめ身につけさせようと考えること自体が問題である。本当にそんなに『大変な』社会状況になるのならば、そのような社会にならないよう、その技術の普及にはストップをかけていくのが今の人間の未来に対する責任ではないのか。」(「学力」p81)
「思いやりなどの心の状態を強調し、『弱者』への配慮こそが問題解決のあり方として肯定的に示されていくとすれば、その『弱者』自身が、自らを弱者に追い込んだ社会を批判し、権利を主張していくことについては否定的にとらえられていくことになるだろう。そのような『主張』は『わがまま』だとされるか、『煙たがられる』ことになる。」(「道徳」p186)

書き写しながら改めて感じるのだが、教育の現場でこそ、「問題の個人化」「自己責任化」や、「社会構造や公的責任について不問とする姿勢」が再生産されている、と強く感じる。事実、僕自身も、大学院生の頃から精神病院問題に関わり、障害者運動に出会うまで、能力主義を鵜呑みに信じ、努力するものは報われると思い、だからこそそれが出来ない人は結果責任だ、と思い込んでいた。そうであるがゆえに、精神病院や入所施設の構造的暴力の問題に取り組んでいる間も、特別支援学校(学級)に関しては、自分の意見を述べるのを、10年前くらいまで、躊躇していた。学力差があったり、普通学級で落ち着いて学ぶことが出来ない子どもがいるならば、別の学級で学んだ方が、「その子のため」になるのではないか、と。

しかし、この「あなたのため」に私とあなたを分離・区別する眼差しこそが、実は当の排除を生むのである。「まるでそれが避けがたい方向性であるかのように一定の状況を設定し、その中でうまく生き残っていけるような『力』『スキル』を子どもたちにあらかじめ身につけさせようと考える」からこそ、その「力」「スキル」を「普通」の子と同じように身につけられない子が、有徴化され、排除される。でも、池田さんは、そもそも「学校はそのままの形で存在していてよいのであって、そこになじめない子どもに問題があるという発想」自体が差別を生み出す、と決然として述べる。「その『弱者』自身が、自らを弱者に追い込んだ社会を批判し、権利を主張していくこと」が「『わがまま』だとされるか、『煙たがられる』ことになる」、そんな差別的な社会構造を問わない限り、この構造は再生産され続けるのである、と。そして、それに僕は深く頷く。

では、どうすればよいのか。そこで出てくるのが、子どもの権利条約の「参加する権利」および「意思表明権」(第12条)や「子どもの最善の利益」(第3条)である。それに関しても、池田さんは至極真っ当な、それゆえキラリと光る発言をしておられる。

「『自己の意見を形成する能力』の<ある子ども>と<ない子ども>がいて、<ある子ども>に対して認められている権利だということではなく、子どもというのは、そもそも『自己の意見を形成する能力』がある存在なのだ、とこの条文は言っているのである。もちろん、うまく意見が言える子どももいれば、なかなかことばにならない子どももいる。だからこそ、『年齢および成熟度に従って相応に考慮』されなければならないのである。しっかりと大人にわかるように意見の言える子どもの意見をより尊重するという意味ではなく、どんな子どもも正しく自分の意見を述べているのであって、それを理解できていないのは、大人の側なのである。条約は、子どもによってはその表現が伝わりにくいこともあるから、その点を大人の側はしっかりと意識(配慮・考慮)して、その子どもの意見を受け止めるようにしなければならない、としているのである。」(「校則」p213)

これは、障害者の意志形成・意志決定支援についても考えてきた&4年間子育てで四苦八苦してきた僕からすれば、本当に我が意を得たり、のような発言である。

うちの娘は、まさに生まれた時から、様々に意思表明をし続けてきた。ただ、おなかが減った、眠い、疲れた、感情のコントロールができない、しんどい・・・と言語的に理路整然と表現出来ないから、泣いたり、叫んだり、ジタバタしたりして、懸命に表面しているのである。しかし、親は非言語的メッセージと出会っても、すぐに何を訴えるのか、が理解できるわけではない。だからこそ、おなかが空いているのか、眠たいのか、感情的に煮詰まっているのか・・・など、どのような意見を述べようとしているのかを推察し、色々試行錯誤しながら、何を伝えようとしているのか理解しようと努める。4才になって、だいぶ言語的表現は出来るようになってきたが、今日も西松屋で「この水筒欲しい」と言ってきかず、どうやったらその気持ちを収める事が出来るか、で15分くらい、ジタバタしていた。これが、『年齢および成熟度に従って相応に考慮』することの意味、そのものである。

そして、これは重症心身障害や重度の知的障害・認知症などで、論理的に言語的表現がしにいくい・できないとされている人を支援する時にも、必要不可欠な視点である。あるいは、自傷他害の行動に陥った人に関しても、同様である。

薬物依存の回復者である倉田めばさんと20年前に出会った時、次のような素敵な言葉を教えてくれた。

「母はよく私に言った「薬さえ使わなければいい子なのに」私は思った(いい子の振りをするのが疲れるから薬を使っているのに・・・・・・)」
「私にとって薬物とは言葉であった。ダルクのミーティングは本来の言葉を取り戻す作業である。自分の言葉を取り戻したときに、薬物が不必要になってくる。」

薬物依存状態の人は、薬物に頼らざるを得ない状況に構造的に追い込まれている。つまり、薬物依存を通じてでしか、自己表現出来ない状況に陥っている。それが、「私にとって薬物とは言葉であった」という意味だと僕は受け止めた。「いい子の振りをするのが疲れるから薬を使っているのに」というのは、「いい子の振り」をさせる(この場合は親子での)権力関係構造をそのまま放置しておいて、「薬さえ使わなければいい子なのに」という眼差しを大人が子どもに向け続けること自体が、薬物依存の悪循環を強化していくのである。これは、薬物依存に限らず、自傷他害と呼ばれる行為や、強度行動障害、認知症の人のBPSDと呼ばれる言動にも共通していると感じる。そのような行為は「普通ではない」し「注意をしても聞かない」から、上記のような症状としてラベルが貼られている。だが、そういう「問題行動」は、生きる苦悩が最大化した人々の、論理的に言語化出来ないが故の、非言語的なSOSの表現なのである。それを、周囲の人間が社会規範や世間的道徳で糾弾するのではなく、本人がそうせざるを得ない内在的論理を理解した上で、どうやったらその悪循環から脱出することが可能か、どうしたらその「自己表現」をしなくても安心して「本来の言葉を取り戻す作業」ができるのか、を本人と周囲の人が協働して考えることが出来ると、そのような悪循環は結果的に収まっていくのである。

そのあたりは4月に出た共著『「困難事例」を解きほぐす:多職種・多機関の連携に向けた全方位型アセスメント』でも一部書いている。そして、実は「解きほぐす」が同じタイトルだったので、この池田さんの新刊情報に興味を持って、著者のことは全く知らない状態で買い求めたら、教育と福祉と、別のアプローチから同じ山を登ろうとしていることがわかり、なおさら共感を持ってこの本を読んでいた。

すべての人には、障害の有無や年齢如何に関わらず、『自己の意見を形成する能力』がある。ただ、年齢や状態によって、その能力の発揮にはでこぼこがある。だからこそ、全ての人が「自己の意見を形成する」ことが充分に出来るように、教員や支援者、親などの応援者が、その人の意思形成や意思表明を応援し続けていく必要がある。それが安心して保障される社会こそ、障害者や子どもの権利が護られる社会であり、ひいては全ての人の尊厳が保障される社会である。

この本を読んで、そのことを改めて感じた。

孤独なのは医者だった

オープンダイアローグに関わる知り合いの精神科医の本を二冊読んで、腑に落ちたことがある。それは、実は旧来のシステムの中にいる精神科医ってめちゃくちゃ孤独な存在だ、ということだ。縛る・閉じ込める・薬漬けにする、という治療では、うまくいかない。でも、それ以外のやり方を教わっていないし、どうしていいのかわからないし、序列やヒエラルキーの激しい日本の医療界にあって、看護師やソーシャルワーカー、ましてや患者や家族にどうしてよいのかお尋ねするなんてことは「してはいけない」と思い込んでいる。だからといって、医局の先輩が教えてくれる訳でもない。すると、精神科医は孤独に陥るか、居直って独善的になっていく。

『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』(医学書院)の第9章「タマキ先生のビフォーアフター」に出てくる斉藤環さんは、治療者として抱え込んで独善的になっても上手くいかず、その後患者から距離を取って孤独に陥り、「斎藤ロボ」と陰であだ名がつけられていた。それは、彼の個人的性格もあるのかもしれないけど、基本的に薬物治療で上手くいかなくても、それ以外のやりかたを彼自身が知らないし、どうして良いのかわからず、袋小路に陥っていた、ということでもあった。

一般的に、精神病を抱えた人こそ孤独であり、治療者はその孤独を和らげる仕事をしている、というイメージを抱きやすい。でも、タマキ先生自身が、かなり孤独であり、それを他人にカミングアウトすることさえできなかったのだ。

それが、オープンダイアローグにであって、斎藤さんは鎧を脱ぐことが出来た。看護師や臨床心理士、ソーシャルワーカーなどに助けてもらう必要性や、そうすることで自分一人で患者と向き合う孤独を乗り越えることが出来、結果的に煮詰まっていた治療関係を開くことが出来た。その中で、診察の間に笑いも増え、「斎藤ロボ」ではなくなっていった。支援チームと一緒にダイアローグに関わることで、斎藤さんは圧倒的な孤独から解放され、「当事者が自発的にふるまうことのできる空白(スペース)を生み出すための対話」(p145)をはじめることができた。それは、斎藤さんの治療観のパラダイムシフトであり、「斎藤ロボ」が人間に戻るために必要不可欠な経路であった。

そして、孤独なのは「斎藤ロボ」だけではなかった。

「『先生は変わった。昔はロボットみたいだった』
私はAIのように、正しい方法をみつけることで、人を助けようとしていたのかもしれない。医学を必死に学ぶほど、私の脳は『標準化』されて、私の言葉は技法のようになっていったと思う。」(森川すいめい『感じるオープンダイアローグ』講談社現代新書

森川すいめいさんも、その昔、ロボットのようだったという。斎藤さん同様、誠実に治療に取り組んだ医者であり、両方とも従来の治療に煮詰まりを感じて、オープンダイアローグに出会った精神科医である。森川さんの言う「医学を必死に学ぶほど、私の脳は『標準化』されて、私の言葉は技法のようになっていった」というのは、非常に象徴的な発言だと思う。

旧来の近代合理的・線形的因果論に基づいた医学を真面目に学ぶと、生物精神医学が主流であり、それは標準化規格化された知識がたくさん身につく。でも目の前の生身の人間の生きる苦悩の最大化した姿には上手く当てはまらない。ではどうすればよいのか、を悩むと、それを乗り越えるための技法(方法論)にすがるようになる。技法は上手くなっても、どこかうまくいかない。だから、ますます知識を求め、技法にすがり、ロボット化していく。

努力は必要だが、努力の方法論を間違えると、うまくいかない。斎藤さんも森川さんも、そういう意味では、努力の仕方がわからず、袋小路に陥っていたのかもしれない。そんな二人は、治療がうまくいかず、孤独においやられた。そもそも、他者の苦悩を聞く仕事なのに、自分の苦悩には硬く蓋をしていた。そして、魂が蓋をされた状態で、ロボット化し、周囲との距離も出来て、孤独は深まるばかりだった。そんな袋小路を越えるためには、斎藤さんだけでなく、森川さんにも、チームが必要だった。

「それまでの、医師の私が中心になって行う対話は、対話なのか単に輪になっただけなのかがわからないものだったが、スタッフと対等の立場で話すようになったら、明瞭に対話は広がった。今では、他のスタッフが入ることで、対話がこれまでとは全然違う、豊かなものになることを実感している。私一人の考えではどうにもならないことがしばしばあるし、他のスタッフが話しているのを聞くことで刺激も受けられる。また、話さない時間があることで考える間が生まれ、私自身の中にも新し考えが浮かびやすくなる。対話の場にいるそれぞれの思いが重なって、新しい考えやこれまで話されていなかったことが話されるようになっていく。」(同上)

大学院生の時、精神科医の診察にしばらく陪席させてもらったことがある。その時、精神科医はカルテを見ながら患者に尋ね、それを患者が答える。あるいは患者が話したいことを口火を切って話し、医者はそれを聞く、というスタイルだった。どちらにせよ、医師と患者が1:1であると、その枠組みを超えることは簡単ではない。僕も、患者として医者の前に座ると、本当は言いたかったのに言い忘れて後で悔しい思いをしたこともある。だが、他の医療チームの皆さんと同席しながら、患者が一方的に話すのでも、医者が一方的に話すのでもなく、患者の話に関して他の医療チームの人が話すのを医者が聞け、患者も聞けると、聞きながら、自分なりに色々考えることが出来る。医者だって、本当はわからないことや判断に悩むこともある。1:1なら判断留保が出来ず、とりあえずの決断を迫られるが、チームでダイアローグするなら、あ新しい見立てを考えることもできるし、患者だって、医療チームの話を聞きながら、自分は本当に伝えたいことは・・・と落ち着いて組み立て直すことが出来る。ダイアローグによって、そういう間が生まれてくる。

そして、そうやって他の治療チームの前で見せてきた孤独を隠すための鎧を脱ぐことは、精神科医が、自分自身と向き合う必要性を示してもいる。

「トレーニングの中で行われたこの価値のセッションは、自分の人生につながるものでもあった。自分が何を大切にしていて、どうして働いているのか、今考えると、そんなことさえ人に話していなかった。自分の気持ちを隠したままで、職場によいチームを作れるはずがない。」
「それまでの私は、もう大人だし精神科医になったのだから、家族のことや傷ついた体験など、自分のことを他人に話すものではないと思っていたのだと思う。過去を乗り越えて今がある。私は未来に向かっている。そう考えていた。だから私は、自分が嗚咽していることに驚いた。私は、過去に蓋をしていただけだった。私は仲間たちに身をゆだねて涙し、自分で立つことが出来るようになるまで支えてもらった。そして、私は仲間の話を聞き、同じように涙した。私が体験したように、仲間にもそうしてあげたいと思った。あなたに支えが必要なときは、いつでもちゃんと支える。だから安心して、その傷を話してほしいと願った。」(同上)

森川さんがフィンランドで開催されたオープンダイアローグのトレーニングコースに参加していた時のエピソードを読んで、心動かされた、だけでなく、深く納得した。そういうことだったんだ、と。

現代の日本の(だけでなく、生物学的精神医学が主流であればどこの国の)精神科医は構造的に孤独になることを運命づけられている。治療チームで一緒に考えながら対話的に試行錯誤する方策がないし、1:1の患者—医者構造のなかでは、うまくなおせない場合も少なくない。そして、少なからぬ精神科医が、医者になる以前の思春期に、家族関係や発達段階でのトラウマや傷つき体験を背負っているが(斎藤さんもマンガでそのように描かれている)、「もう大人だし精神科医になったのだから、家族のことや傷ついた体験など、自分のことを他人に話すものではない」と、自分の生きる苦悩には蓋をされる。この蓋は、魂の植民地化であり、これをしてしまうと、共感能力が下がる。なぜなら、「自分の気持ちを隠したままで、職場によいチームを作れるはずがない」からである。そして、職場で看護や心理、SWなどとうまくチーム形成が出来ずに孤立して、それでも何とか事態を改善しようと、間違った方向で努力して、「ロボット化」してしまう。

こんなことを言ったら怒られるかもしれないが、4年前に森川さんとはじめて出会った時、「抱え込んだスーパーマン」のように感じた。マスコミを通じて、患者の為に身を粉にして駆け寄る姿が報じられていたが、実物の森川さんは、か弱くて、疲れていて、周りが必死にそんな彼を支えていて、大丈夫なのだろうか?と不安に思っていた。今から思うと、この当時の森川さんは、まだご自身の苦悩を外部の人に安心して話せる環境ではなかったのかも、しれない。

そんな閉塞感を越えるために必要なことはなにか。それはダイアローグなのだが、技法ではない。そうではなくて、「自分が何を大切にしていて、どうして働いているのか、今考えると、そんなことさえ人に話していなかった」ということに自覚化すること。そして、自分が蓋をしていた、そのような自分の大切な価値をちゃんと他者に話してみること。真摯に聞いてもらうこと。そのプロセスの中で、自分の言葉をちゃんと聴いてもらえた・言葉が届いた、という経験を重ねる中で、言葉を聞くこと、話すことへの信頼を取り戻すこと。そうなのかもしれない。

僕はこれを書きながら、4年前に自分自身が受けた、未来語りのダイアローグの集中研修のことを思い出していた。その場では、まだ頑なさが残っていた時代の森川さんもいた。

あの現場でも、ひたすら話したり、ひたすら聞いたりしていた。色々な技法や理念ももちろん頭に残ってはいるけど、結果的にずっと自分の根底に響いているのは、「ちゃんと話を聞いてもらえる」というのは、時として、涙が出てくるような体験である、ということだ。僕も、自分自身が大切にしている価値をみんなの前で話している時、ちゃんと聴いてもらえた、と感じると、思わず涙が出てきた。それは、自分の中で硬く蓋をしていた感情が開かれたような瞬間だった。

ぼく自身は、10年以上前に「魂の脱植民地化」と出会い、『枠組み外しの旅』という最初の単著を書くなかで、自分自身の中に抑圧していたもの、蓋をしていたものと、少しずつ向き合い始めた。だが、4年前の研修を受けた時、精神医療に関しては、まだまだ蓋をしている、というか、頑なな部分が多いと気づかされた。師匠大熊一夫が精神病院の構造的問題を告発して50年近くになるのに、どうして構造はこうも変わらないのだろう。どうしたら変わるのか? もしかしたら変わらないのではないか。そう思って、絶望的な気分になっていた。

だが、京都での集中研修に参加し、あるいはオープンダイアローグのネットワークにコミットするなかで、斎藤さんや森川さんなど、自分自身が変わることを通じて、精神医療を変えたいと願う精神科医が日本にもいることに気づいた。そして、今回二冊の本を読んで、実はそういった精神科医自身が孤独な存在であるばかりか、医療チームを作れず社会的に孤立もしていているならば、それが日本における精神医療の硬直状態の元凶の一つなのではないか、と改めて感じた。

北風と太陽、という表現がある。厳しく正面から吹き付けて(相手を批判して)、行動変容を強いる北風作戦。一方太陽作戦とは、ぽかぽかと暖かくすることで、相手が自発的に服を脱ぐ(行動変容する)のを促す作戦である。僕は、精神医療においては、ずっと北風作戦できた。日本の精神医療は世界的にみてひどく遅れているし、縛る・閉じ込める・薬漬けにすることでの権利侵害構造はとんでもないし、神出病院事件のような構造的な問題を生み出し続けているし、変わらなければならない、それを見て見ぬふりをしてよいのか、を批判し続けてきた。そして、その批判自体には意味や価値があると思うし、取り下げるつもりもない。

だが、その一方で、ここ4,5年で精神医療を提供する側の人々と関わる機会が増える中で、彼等彼女らの孤独についても知る機会が増えてきた。変わりたくても、変われない。どうしてよいのかわからない。誰とどのように連帯してよいかわからない。既存のシステムを、目の前の患者の治療をすることで精一杯で、それ以外のことを考える余裕がない。・・・こういったことが、結果的に現状を消極的に維持するシステムへの加担につながっていく。それに対して、北風作戦のような真正面からの批判を聞いても、まともに向き合う余裕がないがゆえで、馬耳東風になってしまう。そして、その構造的な対立関係はずっと残ったままになってしまう。そして、批判するぼく自身にも虚しさしか残らない。

そんな現状を変えるためには、まずは相手の内在的論理を知ることが重要である。そして、斎藤さんや森川さんの内在的論理を理解する中で見えてきたのが、精神科医だって孤独だし、閉塞感を抱えているけど、責任感が強かったり、自分が頑張って解決せねばと気負えば気負うほど、結果的に現状を肯定する、というか、現状のシステムのなかで何とかしてしまう方向にベクトルが向かってしまう、という、構造的な悪循環である。その中にいて、そこから出てこない叫びのようなものが、森川さんや斎藤さんの「ロボット化」には含まれていたのではないか。それを、今回この本を読む中で、気づかされた。

精神科医が、自らの自己防衛のためにまとう鎧を脱げるか。これは、強迫やshould, mustの強要ではなりたたない。森川さんや斎藤さんのように、安心して自分自身の生きる苦悩を差し出せるような、対話的環境が作られる必要がある。そのなかで、他者を治療する前に、まずは自分自身の生きる苦悩と向き合ったり、それをしっかりと聴いてもらえる経験をするなかで、話をすること・聞いてもらうこと、への絶望を希望に変える必要がある。精神科医のなかで渦巻く、自分自身への不信や対話への不安・絶望感を超えることなく、他者と対話的であることはできない。そういうような、自分自身の傷ついた魂と向き合ったり、その魂の植民地化された状態から、少しずつ回復していくような=脱植民地化されていくようなプロセスを、信頼できる仲間と経ることによって、やっと少しずつ、自分の言葉にも、他者の言葉にも、信頼を再び置くことが出来る。そして、そのような自分や他者への信頼の取り戻しこそが、実は、治療的経験にダイレクトに結びつき、他者を「縛る・閉じ込める・薬漬けにする」という一方的関与から、他者との対話的関係のなかで、よりよい生き方を模索する回路が開かれていくのである。

そして、僕に出来ることは、そういう精神科医や治療チームの変容を応援することなのかもしれない、と思っている。

昨年から、精神病院や入所施設の内部の人々とのダイアローグの場面をいくつか経験させてもらっている。その中でも感じた事だし、今回の二冊を読んでも改めて感じるのは、対話的なチーム作りが、精神病院や入所施設という場では圧倒的に足りない、ということである。そうであれば、異なる他者が集合的にお互いの智慧を持ち寄って現状を変えていこうとするインセンティブも働かず、ずっと同じようなシステムが残り続ける。それを外部からいくら北風的に正論で批判しても、びくともしないどころか、余計に頑なさが残ってしまう。大切なのは、内部の人々も孤立しているし、チームで話し合う風土がない、ということに目を付けて、いかに安心して対話できる場を作れるか、に心を砕くことだと思う。

さらにいえば、現状の精神医療で権力を持っている精神科医が、己の呪縛性や魂の植民地化という現実に気づいて、その傷をまず癒やすプロセスが必要である、ということも言えるかもしれない。それがないと、他者を呪縛したり、他者の魂を毀損する仕組みを止める勇気を持てなかったり、そのようなシステムを消極的に肯定してしまうのかもしれない。

だからこそ、現役の精神科医である斎藤さんや森川さんの、勇気あるカミングアウトは非常に大切だし、ダイアローグの担い手として、率先垂範していると感じた。そして、この二冊は、多くの人に読まれてほしいと改めて感じた。

 

役割規定からの自由

前の職場の同僚で、今も定期的に対話させてもらう、年若い友人のてっちゃん(小笠原祐司さん)と、今夕も。今日のお題は、ゼミ運営について。ちょうど彼がリクルートワークスの報告書『あのゼミではなぜ学生が育つのか』を紹介していて、僕が面白そうとリプライしたら、ではそれについて話しませんか、と提案を頂き、Zoomダイアローグとなった。

その中で、報告書の項目21「言葉で何度もきちんと伝える」という部分になったとき、「いやぁ、実は僕は相手のことをしっかり聞くのは得意だけど、ついついファシリモードになっていると、自分の意見を相手に伝えることが押しつけがましいと感じて、遠慮しちゃうんだよねぇ」とぼやいた。すると彼は、「それって、僕もそうなんですけど、ファシリテーターという役割規定に縛られていませんか?」と問いかけてくださる。

ず、図星、である。

ある時期から自分は教員というより、ファシリテーターだ、と意識するようになり、授業もゼミもファシリテーション的に運営している。その方が、確かに学生達の声をしっかりと拾うことが出来、自主性を引き出す事も出来ている。だが、ファシリテーターの役割規定は、他者の意見を引き出すことである、というのは、自分のあり方を縛ることにもなる。僕自身が何を考え、どんなことを経験してきたか、という体験談や思いを語ることにも抑制的になるし、確かに僕自身、そういう話はゼミや授業ではほとんどしない。

一方、てっちゃんはそんな自分のファシリとしての役割規定の拘束性に気づき、そこから自由になって、自分の思いを語り始めてみた、と。すると、学生達は、その思いに共感くれることもあるけど、だからといって学生達みんながてっちゃんの話になびくこともなく、うまく彼の話を取捨選択して受け止めてくれている、という経験も聞いた。

それを聞いて、もう一つ思い当たることがあった。

僕は、自分が押しつけがましい、というのを強力に自覚化しすぎていて、だからこそ、押しつけがましさを徹底的になくそうとしていたのかも、しれない。でも、それって、僕が話した事を相手は100%信じたり受け止める世界である。だが現実には、学生達は取捨選択能力を持っているのだから、僕の言うこともスルーしたり、聞き流したりする能力を持っている。すると、学生の能力を信じて、僕も寸止めせずに、伝えてみてもいいのかもしれない、と思い始める。

あと、てっちゃんが教えてくれた素敵な提案として、「ファシリテーターから探求者に」というモードの転換がある。学生達の自主性を高めて促すファシリ、ではなく、自分も学生達と一緒に探求する、探求者のモード。ファシリテーターがサポーター的な、一歩引いた立ち位置とするなら、探求者はwith-ness的な、一緒に考え合う存在。それ、いいね!である。

僕は、自分の中でも探求したいことが沢山あるが、どれも自分一人で探求するものだとこの15年以上思い込んできたし、学生には僕の研究はニッチテーマ過ぎて、誰も僕の興味関心に賛同してくれるはずがない、と決めつけていた。でも、それは、僕がファシリテーターとして学生にある種のデタッチメント的な関わりだったから、そうなった、ともいえる。その意味では、僕と学生の相互作用の結果、でもある。であれば、もう少し僕がlead the self/story of selfを大切にして、自分の研究がどれほどおもろいか、とか、なぜこういう形での授業をしているのか、その背景に僕のどんな経験や試行錯誤があるのか、を学生に伝えてみても、良いのかも知れない。

てっちゃんはそれを、「教員の話を聞いて、学生も追体験できる」と言ってくれたが、なるほど、僕はこれまで追体験の素材はほとんど提供してこなかった。その上で、この中のテーマに興味のある人は、一緒に考えてみませんか、と提案をする事だって出来る。少なくとも、岡山や明石でやっている『「無理しない」地域づくりの学校』プロジェクトや、20年近くコミットしているNPO大阪精神医療人権センターの活動なども、興味があったら一緒に探求してみよう、と誘うことも出来る。新しく始まったプロジェクトだって、その対象だ。それらは、教員が学生に○○しなさいと命令する事とも、ファシリとして学生の自主性に委ねることとも違う、「おもろいことを探求してみませんか?」というお誘いモードである。あるいは、魂の脱植民地化とか、ケア論だとか、僕がおもろいと思うテーマについて興味のある人がいたら、一緒に読書会を開くことだって出来る。

ようは、僕が教員やファシリの役割規定から自由になり、本来の僕のスタンスである、おもろい何かを探求したい、という探求者のモードを純粋に追求したらよいのではないか、というのが、今日のてっちゃんとのダイアローグから得られた、めちゃくちゃ大きい気づきであり、それは僕自身のゼミ運営や、今後の授業のあり方を大きく変えてくれそうな予感がしている。

もちろん、主人公は学生である。でも、教員の僕が一方的に押しつけるのでも、あるいはファシリとして黒子になるのでもなく、対等な探求者として共に考え合うことができたら、もうちょっとおもろい何かが出来るのではないか。40代も後半になって、やっとこのことが腑に落ち始めた。さて、これからどんな展開に、なるのやら。

「教育依存症」から脱却できるか?

神代健彦さんの『「生存競争」教育への反抗』(集英社新書)を面白く読む。実は彼が翻訳したニコラス・ローズの『魂を統治する 私的な自己の形成』(以文社)を読んでいたので、新自由主義的統治権力に鋭いメスをいれる本を訳した教育学者はどのような教育論を描くのか、を楽しみにしていた。

期待に違わず、オモロイけど、ずしんと何かが残る本であった。

「わたしたちは『教育依存症』である。わたしたちは、子どもによい教育を与えたい、否、与えなくては不安で仕方がない。いま与えている教育で十分なのか、もっといい教育があるのではないか、そんな底なしの不安。」(p70)

こども園に通う娘の父として、この「依存症」はすごくよくわかる。ママ友から聞くと、3才から公文や書道、体操教室など様々なお稽古ごとに習わせている家庭も少なくない。また、こども園でも年少組からひらがなを書く練習をさせているクラスもある。ググったら、知育関連の情報は死ぬほど出てくる。だが、妻と話し合ったうえで、娘さんは、そういう早期の社会化に向けた教育ではなく、昔ながらの、泥団子を毎日のように作って遊ばせてくれるこども園に通っている。

それは、「反社会的」!な思想家と神代さんが表するルソーの教育観に近いのかも知れないな、と読んで感じる。

「いつの時代も、社会やその構成員としての大人は、子どもを教育することによってそこから利益を引き出そうとする。そこでは教育は、社会のエンジンとしての市場経済を維持・発展させるための一つの手法である。あるいはそれは、もう少し家族の目線に寄りそうならば、子どもを将来に対して備えさせることによってその子自身の将来の利益を増進させるという営みでもある。そのような(大人の)社会の思惑に対して、ルソーは否という。子ども期は個人と社会の将来へ向けた単なる準備期間ではない。それは『子ども期』という人生における固有の価値をもった時期であり、その固有な時期としての『子ども期』の充実それ自体が、教育の目指すべきところだというのである。」(p144)

安定した職に就くため、食いっぱぐれないため、社会の歯車として機能するため、世間の恥さらさしにならないため、あなたのため・・・の教育。それは、「いま・ここ」ではない、予見できない明日のための教育である。捕らぬ狸のなんとやら、と皮一枚の距離である。そういう社会や親の期待に応えるための教育に「ルソーは否という」。「いま・ここ」に「固有の価値」を重視して、その時期それ自体の充実が大切だとルソーは指摘する。だが、この「固有の価値」も、神代さんに言わせると、「子どもの内側から生じてくる『力』の重視、その合理的な涵養」 (p154)という意味では、現代の「もっといい教育」の代表格と称されるコンピテンシー(新しい能力)教育と通底するとも喝破する。

この構造の地続き性は、言われてみたらよくわかる。が、そこから抜け出すことは簡単ではない。そもそも、親自体が「教育依存症」に無意識にはまり込んでいる場合、子どもより遙かにその呪縛に苦しめられているのは、実は親の方なのだ。「ちゃんとしなさい」「しっかりしなさい」「言うことを聞きなさい」と子どもに期待したり、叱ったりしている時、「いま・ここ」の子どもの「固有の価値」よりも、世間の規範なり社会的な良さなり将来の可能性などに縛られて、そこに子どもを適応させようと必死になっているのでである。「いま・ここ」の生の充溢に向き合えていないのは、子どもではなく親のぼくの方なのだ。

親の言うことに従順に従う、聞き分けの「いい子」ならば、早い段階でその親のしつけや教育に従順に従ってしまう。それは、結果的に「『子ども期』という人生における固有の価値」を摘んでしまうことになる。だが、うちの娘は、幸か不幸か!?、全力でその適応に拒否してくれるので、まだその芽が摘まれていないだけだ。そして、僕が自分自身の「教育依存症」的な不安に無自覚なままなら、早晩娘は「『子ども期』という人生における固有の価値」を手放してしまう可能性がある。

社会の思惑に絡め取られない形で、「子ども期の充実それ自体」を追求するにはどうしたらよいか。神代さんはこう提起する。

「社会への合理的で『自然』な『適応』に任せては出会うこともないような、世界のさまざまな事実(コンテンツ)に子どもたちが出会い、その驚きに打たれ、おのずからそれと戯れる。そんな種類の教育/学習の経験である。そのような教育/学習の経験において子どもたちは、学びの結果(能力達成)を強迫的にもとめることなく、むしろ強迫的な社会を超えた世界に出会う。『その学習はなんのため?』という意味の問いを離れて、否むしろ、その問いを問う必要を感じないほどに、世界の強度を経験する(面白い!/楽しい!/深い!/美しい!/醜い!/汚い!/怖い!/なんだかよくわからないけどすごい!/もっともっと、これに触れていたい!)。強迫的な社会の必要を拒否し、ゴールとしての資質・能力の呪縛から解き放たれた、適度にゆるめられた心と体が、自然や文化、芸術、つまりは世界と出会う。彼らは育つために、自己自身を有能にしていくために世界と出会うのではない。世界とであうことは、それ自体が価値なのである。」(p163)

書き写していて、筆者の心からの情感が込められた、実に美しい文章である。僕にはこんな凜とした文章は書けない。そして、さらに思うのだ。この「強迫的な社会の必要」とはかけ離れた、「それ自体が価値」である「世界とであうこと」は、僕は10歳くらいの時に封印したことであり、また4才の娘が全面的に楽しんでいることそのもの、であると。

以前から何度か書いているが、小学校5,6年ではいじめで学級崩壊状態に陥り、マイナスの世界の強度しか経験しない絶望状態だった。中学校に入って猛烈進学塾に入った後は、有名高校・有名大学に入るための「学びの結果(能力達成)を強迫的にもとめる」レースにのめり込んでいく。あの当時の僕には、それしか人生の絶望からの出口は無かった。その意味で、10才以後の僕は、「適度にゆるめられた心と体」とは真逆の、ドンドンとキツく心身を振り絞っていくような時期だった。すごく悲しいし残念な話なのだが、未だに僕の中にはそのときに内面化された偏差値的序列信仰や「ゴールとしての資質・能力の呪縛」への強迫観念の残滓が残っている。それが、生産性至上主義と結びついて、娘が生まれた後の己自身を矛盾の最大化に至らしめたことは、現代書館のウェブ連載でも書いている。

だからこそ、思うのだ。「その学習はなんのため?」なんていう、近視眼的で実に些末な思い込みから自由になり、「面白い!/楽しい!/深い!/美しい!/醜い!/汚い!/怖い!/なんだかよくわからないけどすごい!/もっともっと、これに触れていたい!」・・・と心から思える何かと出会い続ける大切さを。「社会への合理的で『自然』な『適応』」なんて、いやでも社会人になったらせざるを得ない。それを、わざわざ早期教育する必要は全く無い。「世界の強度を経験する」ことは、能力達成とか資質の向上とは全くかけ離れて、「その驚きに打たれ、おのずからそれと戯れる」ことである。そんな対象に没入するおもろい経験を、僕は子どもから奪いたくないし、社会は子どもから奪ってはならない。そして願わくば僕自身も、改めてそんな機会を獲得し直したい。改めてそう思うのだ。

「『適応』する、生き残るということは、生き物としての目的であり欲望である。そのような生き物としての欲望の充足を全否定することはできない。この欲望の充足へむけた活動は、わたしたちが生きて働くものである以上、不可欠で不可避ですらある。しかし他方で、そのような種類の欲望充足が人生の関心事のすべてになってしまうことには、ある種の窮屈さ、もっと言えば不快さがある。もっとほかでもあり得たかもしれない世界が、役に立つ限りでの世界=社会という形へと、不当に狭められているような気がしてくる。そのような矮小な世界に先を争って『適応』しようとしている『自己』自身に、言いようのない苛立ちが募ってくる。」(p179)

「その学習はなんのため?」という功利的な問いを発し続け、自分が現時点で考える基準において将来役立つ・役立たないという単純な物差しで学びを取捨選択することによって、「もっとほかでもあり得たかもしれない世界が、役に立つ限りでの世界=社会という形へと、不当に狭められて」いく。これは、10代から20代前半の僕自身の自己像そのものであった。それによって、学歴はどんどん積み上がっていく一方で、僕自身の「世界と出会う」可能性をどんどん狭まっていったような気がする。

これほどまでに、「社会への合理的で『自然』な『適応』」を自分に求め続けた「教育依存症」は、僕に根深く巣くっている。その教育依存症から自由になるために、神代さんはガート・ビースタの『教えることの再発見』(東京大学出版会)を用いながら議論を進める。斜め読みして、頷ける部分もあるが、彼の議論は難しかったのと、フレイレに代表される批判的意識化への批判が主題になっていて、うまく僕のなかではまだ飲み込めていない。なので、この部分についての僕の見解は、今は保留にしておく。

いずれにせよ、「『その学習はなんのため?』という意味の問いを離れて、否むしろ、その問いを問う必要を感じないほどに、世界の強度を経験する(面白い!/楽しい!/深い!/美しい!/醜い!/汚い!/怖い!/なんだかよくわからないけどすごい!/もっともっと、これに触れていたい!)」ということが、教育依存症から脱する最も正攻法のやり方であると思う。そして、これは娘だけでなく、その娘と向き合う父親である僕自身にも、いま・ここで求めてられていることだと、改めて感じる。

「世界の強度」を感じる体験を、週末にでもできたら良いな。

ナウシカは「無防備」なのか?

4歳の子どもと夫婦で見ようと買った宮崎駿作品のDVDボックス。毎週末、新しい作品を開けている。こないだは魔女の宅急便のキキの萃点性についてブログに書いたけど、今回はナウシカのことで書く。実はナウシカも今回初めてみたのだが、すごく面白くて、論点が沢山あると感じた。福島原発の爆発後の世界と重ね合わせたり、あるいはコロナ危機でマスク生活が強いられることと重ねて論じる人がいるのもよく分かる。だが、僕が今回論じてみたいのは、「切り分け」の問題である。

風の谷を支配して、ナウシカの父を殺したのは、トルメキア帝国の辺境派遣軍司令官クシャナだった。彼女自身、王蟲に襲われて左手を失っており、それで腐海や王蟲を焼き殺してしまいたい、という執念を持っている設定である。彼女達の軍や戦車や爆撃機、銃などを活用して風の谷も支配し、他の人間も威嚇し、巨神兵まで使って、人間の支配を取り戻そうとする。

そして、クシャナの率いる軍の人質としてナウシカは爆撃機で護送されるが、途中で敵であるペジテのアスペルに襲撃され、爆撃機は炎上する。ナウシカや風の谷の人々は、爆撃機に格納されていた、召し上げられた風の谷の飛行機で脱出するが、その際、同じく逃げてきたクシャナもナウシカは助けた上で、飛行機は腐海に不時着する。だが、不時着したその場でクシャナはナウシカに銃を向け、自らの支配に従うように、ナウシカに命令する。その際、無防備なナウシカはクシャナにこう呼びかける。

「あなたは何をおびえているの?まるで迷子のキツネリスのように」

ここで、それまでやられっぱなしだったナウシカや風の谷の勢力は、反転し始める。

この映画でのナウシカは、こうした無防備ゆえに、状況を変えていく最大の力を持っている。怒り狂った王蟲の大群が風の谷に迫ってくる時、囮として使われた傷ついた一匹の子どもの王蟲をぶら下げたベジテの人々を説得するため、銃撃する相手に対して両手を広げてナウシカは突っ込んでいく。あまりにも無防備である。

だが、クシャナやベジテの人々が、銃で攻撃することにより身を護ろうとしていた時、なぜナウシカは無防備であり続けることができたのか。それは、ナウシカが王蟲や腐海といった「非人間」としっかり繋がっていたから、と言える。クシャナ達は人間+銃(人工物)という人間の支配するネットワークに依拠していたのに対して、ナウシカは人間を襲い危害を与える存在と見なされた王蟲や腐海を、単純なる「敵」と捉えず、むしろこれらの存在を「味方」につけることにより、打倒ではなく共生の道を探ろうとしていた。

クシャナに代表される大半の人間は、支配することができず、自らの生を覆い尽くそうとする自然の脅威に対して「迷子のキツネリスのように」「おびえて」いた。だが、ナウシカは違った。小さい頃から父親に隠れて小さい王蟲と遊んでいたり、大きくなってからも、腐海や王蟲の内在的論理をつかもうと相手の懐深くに入り込み、粘菌は綺麗な水で培養すると、人間の肺に危害を及ぼさない形で育つことまで知っている。また王蟲の怒りを静めることができれば、人間は襲わず、腐海に戻っていくことも、体感として理解している。

ナウシカは、粘菌や王蟲、腐海とつながりあい、理解し合い、関係性を深めていくことができたから、王蟲の大群による風の谷の殲滅を、命がけで食い止めることができたのである。銃も火も巨神兵も使うことなく、無防備な自分を差し出すことによって。

支配や思い込みを手放すこと。人間には支配できない自然や現象があることに立ち戻り、それらに敬意を払うこと。それらの存在の論理に従って動くこと。これは、ある程度の「大人」にとっては、簡単なことではない。特に「合理性」「社会性」「常識」が身に染みている大人にとっては。だからこそ、ポニョやトトロの存在も、小さな子どもにしか見えなかった。キキは、社会性を身につけるプロセスで、魔法を一度失いかけた。ナウシカは、大人の手前になってもそういう存在とコミュニケーションできる例外的存在である、ともいえる。

で、改めて考えるのは、「無防備」とはなにか、ということでもある。

大人が考える「無防備」とは、「防備」と対の概念である。大人は、銃や戦車、威嚇や植民地支配などを通じて、他者を自らに従わせることを通じて「防備」しようとしている。では、何をどのように「防備」しようとしているのか。それは、自分の命であり領土である。でも、それならナウシカ的なあり方でも「防備」することはできる。ということは、別の何かを「防備」できるかどうか、でナウシカは「無防備」と捉えられているのだ。

その別の何か、を、「思考の枠組み」と捉えてみたら、どうだろうか。人間は自然より優れている、敵は殲滅しなければならない、威嚇や暴力によって支配しないと自分が支配される、食うか食われるかの二者択一だ、すべての存在は人間による支配や管理が可能だ・・・。こういう「思考の枠組み」に囚われていて、それが常識であり、それ以外の可能性はないと思い込んでいると、ナウシカの有り様は実に「無防備」である。だが、そのような人間と非人間を切り分けた思考枠組みそのものが、人間の思い込みであり、限界である。実際に腐海や王蟲を生み出したのは、そのような切り分ける思考枠組みではなかったか。すると、実のところ「無防備」なのは、そのような切り分けで非人間も含めて支配しようとする人間の「思考枠組み」ではなかっただろうか。

クシャナは自分たち人間が主人公であり、銃や戦車、巨神兵などの非人間は支配可能な道具だと思っていた。一方ナウシカは、粘菌や王蟲、腐海は道具でもなければ支配すべき敵でもなく、自分と共にある世界の一員だった。クシャナに代表されるのが人間中心主義であるとするならば、ナウシカは人間と非人間の関係を断ち切らず、それを同一スペクトラムの連続体で捕らえる関係中心主義である、と言えるかも知れない。それは、これも以前のブログでも書いたのだが、縁起ネットワークのなかにいるのである。

ナウシカは、自らの「思考の枠組み」に囚われず、粘菌や王蟲、腐海の状況に合わせて、自らの言動を柔軟に変化させることができる。一方クシャナに代表される人間中心主義の人々は、銃で射撃することはあっても、自らの言動を柔軟に変化させることはできず、おびえている。人間中心主義とは、自らの思考の枠組みへの囚われや居着きのことであり、非人間的存在との柔軟なネットワーキングを拒否して、自らの殻に閉じこもる思考だ、とも言えるかもしれない。そして、粘菌や王蟲、腐海を切り分けずに、自らと繋がりのあるネットワーク=縁起的存在であり、自らの生と、縁起的存在の生の連続性を意識し、自らの命と同じように掛け替えのないものとして尊重するナウシカの生き方は、人間中心主義から見たら無防備だが、共生的生き方による防備、という面からみたら、最強の生き方なのかも、しれない。

人間社会とは○○のはずだ、という思い込みで防備するのではなく、そのような思考の枠組みを手放して、そこから自由になり、非人間の支配や管理よりも、非人間と人間との連続性を意識して関係性を深めていくことこそ、最大の防備なのかもしれない。宮崎アニメは、そういうメッセージをずっと通奏低音として、持ち続けているのかもしれない。

<こと>としての自己表現

荒井裕樹さんの『生きていく絵』(亜紀書房)を読み終える。昨年、『車椅子の横に立つ人』の書評をしたことがご縁でご本人とやりとりする機会があり、その中で、精神病院の造形教室でのフィールドワークをまとめられたのが上記の本だと知り、早速拝読。僕も大学院生のころ、5年ほど精神病院でフィールドワークしていたが、僕とは全然違う切り口から、本質に切り込むアプローチが本当に秀逸で、すごいなと脱帽しながら読み進める。

『車椅子の横に立つ人』でも主題化された、「苦しみ」と「苦しいこと」の違いについて、実月さんという描き手を主題化した章のなかで、荒井さんはこんな風に整理する。

「前者は、『苦しみ』の内実をある程度自分で把握しており、言語表現であれ非言語表現であれ、それを誰かに伝えたいという表現への欲求が強いように思われます。対して後者は、『苦しみ』の内実が本人にも把握しきれず、また詳細に表現することもできないけれど、何よりもまず、苦しんでいる自分の存在を受け止めてもらいたいという関係性への欲求が強いように思われます。
おそらく、実月さんも、自分の『苦しみ』の内実を詳細に言語化することはできません(少なくとも、最も苦しかった時期にはできなかったようです)。それは『苦しい』『悲しい』『つらい』という言葉以上には言語化不可能であり、『とても』『爆発しそう』といった形態が付される形で、その重みや切実さをつたえることしかできない性質のものです(むしろ、部分的には言語化以前の衝動や情動といった次元のものだったのかもしれません)。実月さんのなかに渦巻いていたこの言語化できない衝動を、仮に<こととしての感情>と呼んでおきたいと思います。」(p152)

「苦しみ」として他者に語ったり書いたりすることができるのは、すでに感情がある程度の対象化・物語化(=<もの>化)され、把握されているので、他者に伝えることが可能な段階に至っている。一方で、「苦しいこと」は、対象化もできない、未分化で現在進行形の苦しさであり、「『苦しみ』の内実が本人にも把握しきれず、また詳細に表現することもできないけれど、何よりもまず、苦しんでいる自分の存在を受け止めてもらいたいという関係性への欲求が強い」と指摘する。

僕たちが通常、他者を理解しようとするとき、言語で表現されたものを元にする。すると、「苦しみ」という形で言語表現されたり、それが表情などでも伝えられると、「苦しいのですね」と受け取りやすい。それは、受け取る以前に、発信する側が、すでにその内容を「苦しみ」と固定化し対象化することができているから、である。だが、本当に苦しい最中には、「『苦しい』『悲しい』『つらい』という言葉以上には言語化不可能であり、『とても』『爆発しそう』といった形態が付される形で、その重みや切実さをつたえることしかできない性質」になりがちである。

そして、この「苦しいこと」は誤解されやすい。

20年近く前の大学院生時代、薬物依存症の回復者でもある倉田めばさんのお話を聞いたとき、「拾い集めた言葉たち」という印象深いフレーズと出会った。

「私にとって薬物とは言葉であった。ダルクのミーティングは本来の言葉を取り戻す作業である。自分の言葉を取り戻したときに、薬物が不必要になってくる。」
「母はよく私に言った「薬さえ使わなければいい子なのに」私は思った(いい子の振りをするのが疲れるから薬を使っているのに・・・・・)」
「薬物依存者が薬物をやめると依存が残る。」

当時の僕にとって、「私にとって薬物とは言葉であった」というのは、天と地がひっくり返るような、驚くべき表現だった。依存症の人は、遵法意識がないから・甘えがあるから・自制心がないから・・・薬やアルコールに溺れているのだ。そのような、表面的で常識的な偏見を持っていた当時の僕は、「薬物」が言葉=自己表現である、というのは、本当に思いも寄らない言葉だった。だが、自分の言葉が奪われるから、「苦しいこと」を薬物を用いて表現せざるを得ない人がいるのに、その人から単に薬物を取り上げると、それは「依存が残る」だけである。本当に「回復」するためには、「本来の言葉を取り戻す」プロセスが必要である。それがダルクなどのセルフヘルプグループの持つ力である。この話を聞いた時、これは薬物依存だけでなく、依存全般の話でもあり、また他の精神病にも共通する話なのではないか、と思っていた。だが、それ以上、当時の僕には掘り下げられなかった。

今回、荒井さんの著作を読み進めながら、改めて20年前の倉田めばさんの言葉を噛みしめ直す。

「実月さんのなかに渦巻いていたこの言語化できない衝動を、仮に<こととしての感情>と呼んでおきたいと思います」

圧倒的な苦しみの衝動や情動に押しつぶされている時、それは「苦しみ」という形で対象化はできない「渦巻く」状態であり、<こととしての感情>が支配している時である。それが、幻覚や妄想、うつやハイパーテンションのような形で人を支配している。そのときの「苦しいこと」がその人を覆い尽くしているときに、言葉は無力である。「『苦しい』『悲しい』『つらい』という言葉以上には言語化不可能であり、『とても』『爆発しそう』といった形態が付される形で、その重みや切実さをつたえることしかできない」からだ。だからこそ、その無力に対処するために、ひたすら引きこもって外界とのコンタクトを遮断する人もいれば、必死になってしんどさを訴えるのだがそれを理解してもらえず暴力や暴言に訴える人もいる。そして、倉田めばさんのように、薬物などの依存言語を用いて、やっとそのつらさを表現しようとする人もいるのだ。

そのときに、荒井さんが関わった「造形教室」は、治療や支援を目的とした場ではないのだが、結果的にはそこに通う人々の「癒し」につながっていた、と荒井さんは指摘する。

「これは、ある人物が心の病を抱え、つらく苦しい状況にあったとしても、そのような状況のなかを生きていること、生きてきたことを、まずは肯定的に受け止めようという考え方です。つまり自らを<癒す>という営みは、『自己肯定』からはじまるわけです。」(p83)

造形や創作が人を癒す。それは治療を目的とした「絵画療法」という方法論の話をしているのではない。そうではなくて、苦しいことの渦中にあっても、それを造形という表現形態で表出する「言葉」を取り戻すことによって、「そのような状況のなかを生きていること、生きてきたことを、まずは肯定的に受け止めようという考え方」が湧き上がってくるからではないか、と荒井さんは指摘する。

自分を傷つけたり、他人に危害を与えたり、薬物を使用するという「言葉」しか持てない状況に追い込まれた人々がいる。その人々は、本来の言葉が奪われる状況に追い詰められている。そういう人々が、造形という別の言葉と出会うことで、自傷他害や薬物依存以外の別の表現をすることで、「苦しいこと」を別の形で表現することが可能になる。実際、実月さんも「どろどろした心の中身を吐き出すよう」(p144)に描いてく。そして、そのプロセスのなかで、「苦しいこと」を「肯定的に受け止め」るきっかけができ、それが「自らを<癒す>という営み」であり『自己肯定』につながる、というのだ。

実際、荒井さんが取り上げた本書のなかでの表現者達もみなさん、造形教室を通じて、そのような「本来の言葉を取り戻す」プロセスを辿っておられるように感じた。荒井さんはそれを「<こと>としての文学」と表現する。

「私はいま<こと>としての文学に目を向ける必要性を感じている。いまだ生硬な概念だが、<こと>としての文学とは、苦境にあるその人がその痛みを動機として発した私的な自己表現であり、その人が表現していること自体が重要な文学である。
現在の関心から一部を例示すれば、精神科病院の閉鎖病棟内でひそかに書きとめられた小説や、あるいは虐待の記憶が刻み込まれた形代のような詩などがあげられる。いずれも生きづらさの極地にいる人たちが、苦境を生きのびていくために紡ぎ出した切実な言葉であるが、これらは現在の文学研究の枠組みでは関心の対象にさえならない(医学や福祉学においても正統な関心事にならないだろう)。」(p254-255)

できあがった作品が<もの>としての文学であるとするならば、「苦しいこと」をそのものとして自己表現するプロセス自体が重要な文学であり、それを「<こと>としての文学」と名付ける。そして、このような「切実な言葉」は確かにこれまで重要視されてこなかった。僕自身も、これまで出会った数多くの精神医療ユーザーから、色々な種類の自己表現(絵画や詩、エッセー、小説、手記・・・)を手渡されたる機会があったし、拝見もしてきたのだが、正直に申し上げて、僕の研究枠組みの関心の対象にはなっていなかった。それは、<もの>として作品に僕の目が曇らされていたからであり、<こと>としての自己表現の、その言葉を取り戻すプロセスそのものの価値を、僕は理解していなかったのである。倉田めばさんの言葉を20年近く前に知っていたにも、関わらず。

今回、荒井さんの本を拝読することで、「苦しみ」と「苦しいこと」の根源的違いを教わることで、改めて「<こと>としての自己表現」の可能性が理解できた。そして、それは表現された<もの>(=絵画など)だけでなく、それが表現されゆくプロセスに立ち会い、その表現者と何度も雑談をしたり、お互いの人間性にふれあうなかで、荒井さんのなかでしみこんでいくなかで、荒井さんという文学研究者の「地」を通して浮かび上がってきた「図」(=本書)があるからこそ、僕たちにも理解できたのだと思う。

そういう意味では、『生きていく絵』とは、造形教室で出会った絵画をきっかけにして、「苦しいこと」それ自体を「<こと>としての自己表現」と捉え、そのプロセスを可視化する伴走者である荒井さんによる、格好のガイドブックのようにも思えた。

アンダークラスの子どもたち

遅まきながら初めてブレイディみかこさんの単著を読んだ。『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)というタイトルにちょっとびびって積ん読していたのだが、中を読み始めたら、めちゃくちゃ深刻な内容なのだけれど、グイグイと引きつけられる。彼女は、「底辺託児所」「緊縮託児所」という、イギリスの貧困層が集まる公営住宅の地域の保育所で働いていて、そこで感じたことがこの本に書かれている。内容はもちろん明るくはない。だが、ここに出てくる子どもたちが、本当に活き活きとしていて、どぎつい言動でトラブルメーカーも多いけど、実に人間味がある。でも親や社会との相互作用の中で身につけ(させられ)た陰影に、既に2,3才のころからどっぷりと浸かっていて、それが悲しい。

「問題児」の背景

「金髪の巻き毛の天使のようなジャックは、何かの拍子にいきなり暴発することがあった。アンガーマネジメントが必要だな、と思える幼児たちの怒りの出力法はさまざまだ。他人に暴力を振るう子もいるし、物を破壊する小屋、自分の体を傷つけようとする子もいる。が、ジャックの場合は、『ひゅうーーーー、うううーーーー』という形容しがたい超音波のような高音でわめきながら両手を広げてくるくる回り始めるのだった。」(p73)

一見すると、とんでもない問題児である。最近の日本ならすぐに「発達障害」とラベルを貼られ、小さい子どもでも行動抑制をするために抗精神薬などが投与され、ヘロヘロにさせられるケースもあるというが、彼女のいた託児所では、違う対応が取られていた。

「それ以降はジャックが託児所に来るときには一対一で必ず誰かがつくようにし、プレイルームにできるだけ広いスペースを作り、彼が旋回を始めても顔色を変えず、冷静な態度で対応して他の子どもたちをパニックさせないようにした。そういう雰囲気ができあがると、ジャックのくるくる旋回も日常のワンシーンとなり、子どもたちも彼がスピンし始めると自分から被害に遭わない場所に移動したりして、たいしたこととは思わなくなってきたようだった。」(p74)

このジャックは二才なのだが、自分の怒りや衝動をうまくコントロールできない。だが、あたなも私も二才のころにはそういう衝動があったのであり、しかも大人がそれをしっかり受け止めないと「問題児」と排除されるが、「一対一で必ず誰かがつくようにし、プレイルームにできるだけ広いスペースを作り、彼が旋回を始めても顔色を変えず、冷静な態度で対応して他の子どもたちをパニックさせないようにした」ら、それが「日常のワンシーン」となってしまう。これはジャックに働きかける保育者たちとの相互作用の中で生まれていく変化である。そういう関わり合いの中で、旋回を一日に二回はしていたジャックは、それが一回に減りいまは週に一度になった、という。そのジャックの母について、こんな風に描かれている。

「この天使のようなジャックの母親は、二〇才のシングルマザーで、ドラッグ依存症から回復中である。緊縮託児所からそう遠くない場所に、さまざまな依存症と戦う女性たちを支援するセンターがあり、そこにも託児所があった。だが、この緊縮のご時世でそちらの託児所が閉鎖に追い込まれたため、ソーシャルワーカーを通じてジャックとその母親はわが託児所を紹介されてきたのだった。」(p68)

「しんどい家庭」に育った「しんどい子」は、親から充分に関わりを持ってもらえない場合も少なくなく、それが暴発してアンガーマネジメントが出来ない状態に陥る事も多い。ジャックもそんな子どもの一人だった。でも、ブレディさんのいた託児所では、そういう子どもたちを排除することなく、その子どもへの関わり方を変えながら、子どもたちの内在的論理を探り、上手く付き合おうとしていた。そして、彼女はそういう草の根レベルの泥臭い関わりをしながら、ジャックの家庭が置かれている社会的布置のようなものまで同時に描き出す。

「『ソーシャル・アパルトヘイト』だの『ソーシャル・レイシズム』だの『ソーシャル・クレンジング』だの、以前は民族や人種による差別を表現するために使用されていた言葉が、階級差別を表現するために使われるようになってきた。『アパルトヘイト』や『エスニック・クレンジング』といった極端な言葉まで階級差別にスライドさせて使われるようになってきた背景には、英国社会がいかに底辺層を侮蔑し、非人道的に扱っているか、そしてそれが許容されているかという現状がある。それはまた格差を広げ、階級間の流動性のない閉塞された社会を作り出した新自由主義のなれの果ての姿ともいえるだろう。」(p71)

この本を読んで初めて知ったのだが、ジャック親子が排除されるのは、イギリスの上流階級から、だけではない。実はこの緊縮託児所には移民の子どもたちも通っているのだが、母国を離れイギリスで成功しようと必至に子どもを養育している移民たちは「ジャックっていう子は、暴力的で他の子どもたちにとって危険だ」「ああいう子どもが来ている託児所には安心して子どもを預けられない」と、排除に加担しているのである。「階級間の流動性のない閉塞された社会」に固定されている「底辺層」に対して、階級間移動を目指している移民が侮蔑する眼差しを向けている。それくらい、イギリスにおける階級差別は固定化している、ということである。そして、恐ろしいことに、福祉国家がこのような固定化に関与している。

福祉や政治が排除に加担する

「福祉がサンクションを連発するから、文字通り、日々の食事ができなくなる人たちが増えている。だからフードバンクが国中に必要になって、政府は『フードバンクは社会の一部』なんて言ってる。いっったいどんな社会にしようとしているんだろうね」(p167)

ブレイディさんの働いていた託児所は、閉鎖されてフードバンクに変わった。それは労働党政権から保守党政権に変わり、助成金や寄付が大幅にカットされた緊縮財政による。緊縮財政でカットされたのは、託児所運営費だけではない。ジャックの母親も「子どもの預け先が見つからないから夜のシフトがある仕事はしたくない、って紹介された仕事を断ったら、四週間生活保護を止められた」(p165)という。これが、職業安定所のソーシャルワーカーによるサンクション(制裁措置)である。サッチャー以前の労働党政権時代には、「シングルマザー家庭であれば、国が住居を与えてくれ、生活費も養育費もくれて、働かずともシングルマザーとして生きていけた」(p161)。だが、マスコミなどで生活保護バッシングがイギリスでも進み、シングルマザーが攻撃される中で、行政はwelfare to workなど労働強化政策をとり、それが、ジャック親子のような家庭を追い詰める。

ジャック家に訪れた著者たちが、あまりに空っぽの冷蔵庫に見かねて、ジャックを連れて買い物に出かける際、階段を降りているときのエピソードに全てが込められている。

「『チョコレート!チップス!ヨーグルト!ブレッドスティック!ソーセージ!』とジャックが私の腕の中で食べ物の名前を連呼する。元気に叫んでいるがその体は赤ん坊ぐらいの重さしかなかった。
『・・・託児所をフードバンクにしやがって』
悔しさで目の前が滲んできたので、足元に気をつけながらわたしはジャックを抱いて階段をそろそろ下りていった。」(p168)

サンクションとは、見せしめの刑罰ではなく、本来は労働へのインセンティブのはず、だった。だが、「子どもの預け先が見つからないから夜のシフトがある仕事はしたくない」という、至極まっとうな要望もサンクションの対象にされ、ジャックはほとんど食べ物のない家にいる。それでストレスが溜まり、託児所では旋回する。だが、その託児所も緊縮財政の予算カットで廃止され、ジャック母子は生きていくために託児所から変わったフードバンクに依存せざるを得ない。だが、そもそもジャック母子を追い詰めるようなサンクションや労働強化を進めることが、全ての元凶ではなかったのか。ジャック母子に、特に託児所に通う年齢のジャックにその緊縮財政のしわ寄せがくるのは、あまりに過酷である。これが『・・・託児所をフードバンクにしやがって』というブレイディみかこさんの涙や怒りの背後にあると感じた。

「わたしの政治への関心は、ぜんぶ託児所からはじまった。底辺のぬかるみに両脚を踏ん張って新聞を読み、ニュース番組を見て、本を読んでみると、それらはそれまでとはまったく違うものに見えた。政治は議論するものでも、思考するものでもない。それは生きることであり暮らすことだ。そう私が体感するようになったのは、託児所で出会ったさまざまな人々が文字通り政治に生かされたり、苦しめられたり、助けられたり、ひもじい思いをさせられたりしていたからだ。」(p282)

「暴力的で他の子どもたちにとって危険だ」と「問題児」のラベルが貼られたジャック。彼は、明らかに「底辺のぬかるみ」にいる。だが彼がなぜ問題児であるのか。そこにどのような苦しみやしんどさや、本人には「どうしようもない」苦境が重ねられているのか。それを、ジャックの母親の状況を知るにつれ、ブレイディみかこさんは理解するようになる。薬物依存症のどうしようもない母親、と見られた状況の背後に、「子どもの預け先が見つからないから夜のシフトがある仕事はしたくない、って紹介された仕事を断ったら、四週間生活保護を止められた」という背景がある。そして、それは、保守党政権時代に進めた緊縮財政が関与している。そんな現実と出会う中で、「託児所で出会ったさまざまな人々が文字通り政治に生かされたり、苦しめられたり、助けられたり、ひもじい思いをさせられたりしていた」ことから、彼女は「新聞を読み、ニュース番組を見て、本を読んでみると、それらはそれまでとはまったく違うものに見えた」。実際に政府予算がカットされ、福祉が切り詰められることによって、人間がどのように追い詰められるのか、を肌身で感じるようになったのである。

ブレイディみかこさんは、あくまでも地べたの保育士=労働者目線で、手のかかる子どもたちの内在的論理に寄り添いながら、その子どもたちがそういう状況に留め置かれている社会構造を描こうとしている。あくまでも子どもとの関わりというミクロレンズを切り口にしながら、緊縮財政や福祉カットというマクロへレンズが見事に描かれている。福祉研究者の本では、「アンダークラス」や「福祉依存」がどのような抑圧を生み出したいるのか、を理念的に整理している。だがブレイディさんのすごさは、その本で描かれたことを証明するような実例を、彼女の保育士での経験の中から描き出し、かつそこで追い詰められていく庶民の側に立って、その絶望的な感覚を描写している鋭さである。でも、社会運動家のように「すべきだ」「ねばならない」という運動の言語に当事者を当てはめようともしない。あくまでも、「クソガキ」どもは「クソガキ」どもだし、ダメな親はダメな親なのである。けれども、アンダークラスに閉じ込められた子どもたちやその親たちの、行き場のなさを、彼女ら彼等と同じ地べたの目線から書いている。これが、ブレイディさんの本が評価されている理由なのだとわかって、彼女の他の著作をどんどん注文している僕がいた。

ブルシットジョブと関所資本主義

仕事がなくなったら・・・

デービット・グレーバーの大著『ブルシットジョブ』(岩波書店)は、非常に刺激的で濃厚な人類学研究である。四半世紀前、僕が学部生の頃にかじった文化人類学と言えば、青木保さんの『タイの僧院にて』(中公文庫)とか、山口昌男さんの『人類学的思考』(筑摩書房)とか、いずれも先進国以外の土地でフィールドワークを行い、そこから先進国とは違う習慣や慣行を描き出し、さらにそれを通じて人類の営みを捉え直す、そういう仕事だった。

グレーバーは、先進国における「クソどうでもいい仕事(=ブルシット・ジョブ)」に焦点を当て、その内在的論理を解き明かすことを通じて、先進国で無意識化的に「そういうものだ」と思い込んでいる習慣や慣行の異常性を明らかにする、という仕事をしている。その発端は、2013年8月にウェブマガジンに載せた、ある原稿がきっかけだった。そのときに、「ブルシット・ジョブ」を以下のように定義している。

「まるで何者かが、わたしたちすべてを働かせつづけるためだけに、無意味な仕事を世の中にでっちあげているかのようなのだ。」(p4)
「実質のある(リアル)仕事を持った生産的労働者は、容赦なく苦しめられ搾取される。それ以外の人間たちは、万人から罵倒される怯えた失業者からなる層と、基本的に報酬を与えられてなにもしないという、より大きな層とに分断される。」(p9)

この記事は瞬く間に「一ダースの言語に翻訳され」「ウェブサイトは100万ヒットを超えるアクセスデータを処理できずに、ひっきりなしにダウン」するほどの反響を得る。その中で、グレーバーの元には数百のコメントが寄せられ、それを読み込み、書き込んだ人へのインタビューをする中で、本書ができあがったのである。

議論を進める上で、この本の「最終的な実用的定義」を見ておこう。

「ブルシット・ジョブとは、被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態である。とはいえ、その雇用条件の一環として、本人は、そうではないと取り繕わなければならないように感じている。」(p27-28)

実は本書を読む中で、あるエピソードを思い返していた。とある現場で、僕からみたら大層無駄の塊のような書類仕事を作らされることになった。そのことに腹を立てながらも、対応された現場の事務職員の方に非があるわけではないので、共感のつもりで、「こんな書類、電子化したらお互い手を煩わせなくてすむのに、本当に無駄ですよねぇ」と発言したところ、その方が、ぼそっと呟いたのである。

「私の仕事がなくなったら、困ります・・・」

まさにあの発言は、「被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態である」という表明であった。とはいえ、「本人は、そうではないと取り繕わなければ」「私の仕事がなくなる」危機に陥る。だからこそ、無駄な仕事をわかっていながら、「そうではないと取り繕」いながら、その仕事に従事する。これは本当に人をダメにする、意欲をそぐ、刑罰のような労働形態である。

グレーバーはこの種の労働を、「お役所仕事」とは言わない。官僚制システムの弊害であるが、この官僚制は、銀行や携帯電話の販売店、カスタマーサービスや広告業など、あらゆる業種に入り込んでいる、という。映像制作会社のトムは、著者にこのように語っていた。

「ほとんどの産業では供給が需用をはるかに上回っていて、それゆえ、いまや需用が人工的につくりだされるのです。わたしの仕事は、需用を捏造し、そして商品の効能を誇張してその需要にうってつけであるようにみせることです。実際、それこそが、広告産業になんらかのかたちでかかわるすべての人間の仕事なのだといえるでしょう。商品を売るためには、なによりもまず、ひとを欺き、その商品を必要としていると錯覚させなければならない。」(p64)

そういえば、グレーバーを高く評価している斎藤幸平さんは「本当のイノベーションは、お金がなくても生きていける社会設計を考えたり、20年使っても壊れないiPhoneを作ったりすることではないですか。」と語っていたが、そんなことをすると需要がなくなるため、絶対にそういうことにはならない。

壊れてもいないのに、まだ使えるのに、電化製品や服飾品を買い換える最大の理由は、捏造された需要に感化され、「その商品を必要としていると錯覚」する必要があるのだ。これはまさに欺瞞のプロセスである。仕事の中で欺瞞があるだけでなく、仕事の目的そのものにも欺瞞がつきまとっているのである。そして、そのような「その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態」に関して、「本人は、そうではないと取り繕わなければならないように感じている」という意味では、ダブルバインドでもある。

ダブルバインドとは、人類学者のグレゴリー・ベイドソンが作り出した概念だが、その訳者でもある佐藤良明氏は現代社会学事典(弘文堂)の中で、「二つの相容れない指示や禁止のもとで身動きが取れない状況をさす」(p859)と簡潔に定義している。

「その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある」にも関わらず、「本人は、そうではないと取り繕わなければならないように感じている」というのは、「無意味である」けど「そうではない」という「二つの相容れない指示や禁止のもとで身動きが取れない状況」である。そして、それが極まると統合失調症が深まる話は、『精神の生態学』の中でも書いているし、以前ブログでも触れたことがある。

そっちの話になるとまた壮大になるので、本論に戻ってくると、このようなダブルバインド状態は、ひとを狂気に陥れる呪いの指示である。そして、私たちの資本主義社会では、このような呪いの指示が蔓延していて、ある種の狂気が社会に蔓延している、というのがグレーバーの喝破したポイントである。

関所資本主義

そして、僕はこのグレーバーの本を読み終えて、思うのだ。これって、読んだ事がある議論だぞ、と。グレーバーがこの本の元になる小文を発表したのが2013年。その3年前の2010年に、安冨歩さんは名著『経済学の船出』(NTT出版)の中で、関所資本主義という概念を用いて、グレーバーが伝えようとしていることに類似した内容を説明しているのである。

「『利潤』の源泉を他人の生み出した価値を横取りする『関所』に求める。コミュニケーションの結節点を占拠することで『関所』が形成され、資本主義の本質はそこにある」(pⅳ)

安冨さんは大学卒業後2年ほど、当時の住友銀行に勤めて、「銀行員の仕事の相当部分は、表面的な取り繕いに注がれていた」(p152)ことに気づく。そして、退職後に研究者として金融史を探究する中で、その「表面的な取り繕い」と「関所」概念が結びついた時に、彼の「関所資本主義」の論理が構築されていく。

「あの無意味な砂を噛むような仕事の数々は、関所の維持管理業務だったのだと私は結論する。関所が膨大な利益を生むので、その維持管理に日々いそしむ銀行員が高い給料をもらえるのは、理の当然である。このような考えに到って私は、永年の胸のつかえが急に取れたように感じた。私が日々従事していた不合理な意味のない仕事は、巨額の利益を生む関所を維持管理するという、『合理的』で『意味のある』作業だったのである。(略)実際のところ銀行員は、『上乗り』を巻き上げるためのシステムの維持管理をして、高い給料をもらっていたのである。ここに思い至って私は『世の中、合理的にできているものだ』と、いたく感心してしまった。」(p156)

グレーバーと安冨さんの違いは、前者はブルシット・ジョブをしている人々へのヒアリングやメールの解読に基づいて論を構築しているのに対して、後者は実際にそこで働いて(=結果的に参与観察して)その論を構築している、という違いである。また、グレーバーは「クソどうでもいい仕事」を「その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある」と切り捨てていたが、安冨さんはその「無意味な砂を噛むような仕事の数々」が、人々の通行料を巻き上げる「関所」の「維持管理」という「『合理的』で『意味のある』作業だ」と喝破している。不合理なものをサドマゾ的に押しつけられている、というのがグレーバーの主張なのだが、その<非合理なものの内的合理性>を解き明かそうとしているのが安冨論考、という比較も出来るかもしれない。

「不安に駆られる人間は、自分のやっている仕事が『有効』なものだ、と自分にも他人にも言いふらすことで、不安と苦痛とをまぎらわせようとする。自分の行為の真の姿から目を背け、偽装工作を何重にも上塗りする。この浅ましい心は、組織内に無数の関所を作り出す。というのも、不安に駆られた人は、組織内に作った関所を管理する権限を確保することで、自分の存在意義を確保しようとするからである。つまりは保身である。」(p151)

「組織内の無数の関所」というフレーズは、大学においては、自己点検報告書や授業評価など、「PDCAサイクル」を回すための膨大な書類仕事を想起させる。そのどれもが、本来的な意味では、「内部質保障」を掲げ、再帰的に自分自身や自組織の実践を振りかえり、よりよいものにしていくための評価検証プロセスであるとされている。でも、大半の大学組織においては、結局のところこのような評価シートは、「やっているフリ」をするだけの書類仕事に成り下がっている。では、なぜそのような「無意味な砂を噛むような仕事」が押しつけられているのか。それを、「組織内に作った関所を管理する権限を確保することで、自分の存在意義を確保しようとするから」という内的合理性に基づくと言われたら、まさにその通りだと思う。そして、これは大学に限った話ではない。一定の規模を持つ組織では、このような「組織内の無数の関所」がある。そして、それが「クソどうでいい仕事」を増殖させていくのである。

解決策はベーシックインカムなのか?

さて、グレーバーに戻ろう。彼は、技術革新がブルシット・ジョブを作り出した、と整理している。

「自動化(オートメーション)は、大量失業を生み出した。わたしたちは、あれこれ効果的な仕事もどき(ダミー・ジョブ)をつくりだすことで亀裂を塞いできたのである。」(p340)

つまり、雇用調整のために作られた「仕事もどき(ダミー・ジョブ)」が、大量のブルシット・ジョブを生み出した、というのである。そういえば建設業関連で働いていた友人と昔議論をしたとき、誰も通らないような道路工事現場でも警備員を配置することは無駄ではないか、と尋ねたら、「それがあるから、失業率が下がっているのだ」と猛烈に怒られたことを思い出す。これも「仕事もどき(ダミー・ジョブ)」である。では、どうしたらよいのか? グレーバーは「仕事と報酬を切り離し本書で論じてきたジレンマを集結させる構想の一案としての普遍的ベーシックインカム」(p345)を提案する。

彼はアナキストなので、「政府や企業により多くの権力を与えてしまう解決策よりは、自分たちの問題を自分たちの手で対処できるような手段を人々に与えるような解決策のほうを好む」(p346)という。無駄な仕事を減らして「週15時間労働」に規制したとしても、「仕事の有用性を評価するためのあらたな政府官僚が求められ、不可避に巨大なブルシット生成装置へと転じることになろう」(p347)と予言する。それゆえ、ミーンズテスト(どれだけ財産を持っているか、などを調べる調査で生活保護の扶養調査などもそれにあたる)は「クソどうでもいい仕事」を増幅させるために廃止し、全ての国民に一律に生活費を支給せよ、と提案する。そのことで、「労働を生活から完全に引き剥がすこと」 (p359)が可能になるという。そうはいっても、人々は強制収容所でも、なにか意味ある労働を自発的にしようとしていた。だから、「人間は強制がなくとも労働をおこなうであろう、ないし、少なくとも他者にとって有用ないし便益をもたらすと感じていることをおこなうであろう」(p360)という前提に立ち、強制労働を廃止するためにベーシックインカムを提唱する。

これは興味深いが、関所資本主義の廃止同様、「危険」な提案である。安冨さんが書いているが、現代日本の最強の関所である国家資本主義の構造を調べ上げ「国民の税金と巨額の国家勇とによって調達された資金が、特別会計という隠れ蓑を通じて特殊法人・認可法人へと流れるルートを解明した」(p147)民主党の石井紘基衆議院議員は、その構造を暴いたため、何者かに暗殺された。「クソどうでもいい仕事」がなくなることで、自らの利潤が減ると思う人々は、その実現を命がけで止めようとする。それは、「仕事の有用性を評価するためのあらたな政府官僚が求められ、不可避に巨大なブルシット生成装置へと転じる」というマイルドな形態もあれば、そのようなことを暴露するひとを刺し殺す、という暴力への転化もありうる。

僕たちがこれに抗して出来ることは何か。少なくとも、自らにふりかかる「クソどうでもいい仕事」をなるべく減らすこと、であろう。そのために必要なのが、実質的な仕事であるケア労働の再評価である、という指摘は、頷かされる。

「仕事の大多数が厳密にいうと生産的であるよりはケアリングであり、だれの目にも非人格的であるような仕事にすらケアリングの要素がつねにひそんでいると認識することは、別の規則をもった別の社会を作ることがなぜかくも困難であるかという問いへの、ひとつの応答となり得る。(略) もしいまある社会が好きではないとしても、生産的かどうかにかかわらず、わたしたちのほとんどの行為の意識された目的が、他者―たいていは具体的な他者—をおもいやることにあることに変わりはない。」(p310)

実はこの部分も安冨さんの本と呼応する。

「自らの感覚から乖離させられた人間は無力感に浸ることになり、商品の利用者ではなくなり、単なる消費者となる。単なる消費者とは、自らの苦しみの原因から目を背け、そこから生じる痛みを誤魔化すための刺激を求めて、必要もないのに商品やサービスを蕩尽する者である。その消費活動は、創発を伴わず、価値を生み出さないので、ただただ資源を浪費する。このような状況に陥った消費者ばかりが存在する市場では、何を供給しても価値は生み出されない。それゆえ、創発の構えを回復し、消費者を利用者へと転換することが、経済活動の大前提なるが、それには、消費者の感覚を呼び覚まし、生きる力の発揮を可能にすることが不可欠である。これはもちろん、容易なことではない。しかし少なくとも、その方向へ人々を導く風を送り込むことが、ビジネスを展開するうえで、最大の資源となる。」(『経済学の船出』p167)

グレーバーは現在の資本主義に絶望し、アナーキストの立ち位置から、ベーシックインカムを導入して強制労働から人々を解き放つことに、その解決策を見いだす。その上で、「具体的な他者をおもいやる」ケアリング労働の価値を再評価しようとする。安冨さんは、「必要もないのに商品やサービスを蕩尽する」「消費活動」にはまり込む、無力感を伴った消費者から、人々が「利用者」に転換することが大切だと説く。そして、「その方向へ人々を導く風を送り込むことが、ビジネスを展開するうえで、最大の資源となる」と、限定付きで、現在の資本主義を肯定している。

現時点での僕自身の考えを言うなら、ベーシックインカムよりは、井手英策さんの言うベーシックサービスの方に魅力を感じている。そして、その上で、安冨さんの指摘するような、創発や価値を生み出すような「利用者」に消費者が転換することのほうが、現実的な変化を生み出す上で効果的だとも思う。そして、労働における創発や価値生成は、まさに「具体的な他者を思いやる」ケアリングの中に詰まっている。そのことは、僕も「ケアと男性」という連載を書き進めながら、強く感じている部分でもある。

残念ながら、そのことをグレーバーにはぶつけられない。彼は2020年9月に亡くなってしまったから。安冨さんとグレーバーが対談していたら、どんな論が繰り広げられたのだろう。そんなことを妄想しながら、この小論を閉じたいと思う。

キキの萃点性

こないだ宮崎駿アニメのDVDボックスを買った。実はこの20年ほど、テレビを殆ど見ないので、某テレビ局で流されている宮崎アニメも、断片的にしか見たことがない。子どもが4才なので、これを機に子どもと一緒に一作一作をじっくり見てみようと思い、毎週末一作開封してみている。最初はもちろんトトロを見て、娘は食い入るようにみたのだが、先週末は『魔女の宅急便』をみた。娘にはまだ内容が難しいようで、途中でお絵かきを始めてしまったのだが、父ちゃん母ちゃんはずっと食い入るように見ていた。

特に印象的だったのは、13才で修行中の魔女主人公キキが、一度魔法の力を失いかけ、落ち込み、その後友人トンボを助ける際に、魔法の力を取り戻す瞬間。僕の目からは、気がつけばどっと涙があふれ出た。トンボが今にも墜落しかけているのを見て、飛べなくなっていた&ホウキも持っていなかったキキが、街中のおじさんのデッキブラシを借りて飛ぶシーンである。そして、なぜ僕はあのシーンで涙を流したのだろうと考えていて、以前このブログで書いた萃点性に行き当たった。

キキは空を飛ぶことができる。でも、それ以外の魔法は持っていない。一方、彼女がたどり着いた大都会では、きらびやかな洋服でパーティーを開く同世代の少女たちがいて、また可愛い高価な靴がショーウィンドウに飾られているけど、キキはとてもその世界に手が届かない。トンボと親しくなるけど、そういうきらびやかな世界に繋がるトンボにもジェラシーを感じてしまい、ちゃんとした友人にもなれない。そのくすぶりのなかで、ついにはホウキで飛ぶことも出来ず・ホウキも折れてしまい、心の伴侶だった猫のジジの言葉もわからなくなってしまう。

そんな失意の中で、以前出会った絵描きのウルスラがキキを訪ねに来てくれて、彼女の山小屋に泊まりにいき、キキはウルスラに絵が描けなくなるときもあるのかを聞く。すると当然あるよ、という答えとともに、彼女はこんなことをキキに伝える。

「そういう時はジタバタするしかないよ。描いて、描いて、描きまくる。」「描くのをやめる。散歩をしたり、景色をみたり、昼寝をしたり、何もしない。そのうち急に描きたくなるんだよ」

この時、ウルスラからキキが教わったのは、あれこれ考えたり、他者をうらやむのではなく、無心になる、ということである。それが、世界との相互連関的な関係性(=縁起の世界)の中での唯一無二性である萃点性を取り戻す上での、最大の鍵である。それは、執着を捨てろ、というメッセージでもある。

そんなことを考えながらも、映画で感じた事をブログに言語化出来ないままでいたら、今朝になって、僕のメンターである深尾葉子先生から、こんなメッセージが届いた。

「井筒の「意識と本質」の132ページを開けたらいきなりまた本質に触れる言葉が!」

なになに、と思って、僕も当該書を開いてみたら、こんなことが書いてあった。

「分節的意識、『有心』、を人間の正常な心の働き方だとすれば、『無心』は一種のメタ意識である。『人人自ら巧妙あるあり。看るときに見えず、暗昏昏』と雲門の言葉にある、光明というのが、まさにそれ。事物を別々に分節して対象化し、『・・・の意識』的に見ようとしないとき、人々に自然にそなわる『光明』は存在をあるがままに照らし出す。だが、ひとたび分節意識が働けば、存在の真相は消えて影のみが残る。『看るときに見えず、暗昏昏』とはそのことだ。」(井筒俊彦『意識と本質』岩波文庫、p132)

『看るときに見えず、暗昏昏』。確かに、キキが魔法を使えていた時は、世界との無心な自己同一化を果たし、つまり何も考えずに飛べていた。でも、都会できらびやかな世界を知り、「他者と比較する心」に気づいてしまったキキは、「事物を別々に分節して対象化し、『・・・の意識』的に見よう」としてしまった。そのとたん、彼女は自分自身の魔法を見失い、飛べなくなってしまったのだ。まさに「暗昏昏」である。

キキは「無心」だったからこそ、「自然にそなわる『光明』」を「見る」ことができた。でも、「ひとたび分節意識が働けば、存在の真相は消えて影のみが残る」。それが、飛べなくなって路頭に迷うキキの姿だった。だからこそ、ウルスラは「そういう時はジタバタするしかないよ。描いて、描いて、描きまくる」と、有心から無心に戻ることを、キキに説いていたのだ。

そして、久しぶりに読んだこの本の数ページ前に、赤線引きまくっている部分にも、思わず目がとまる。

「『執心』、すなわち闇質的認識とは、特定の事物にたいする欲情的、妄執的な態度。テクストにもあるとおり、ある一つの対象を、まるでそれがすべてであるかのように追い求める、根拠のない愛着の心。勿論、この次元での心が逆の否定的方向に走れば、ある特定の対象への憎悪となって燃え上がる。欲にくらんだ心の目には、実在の真相など見えるはずもない。」(同上、p123)

ああ、「執心」か! ぼく自身、お恥ずかしい話なのだが、数ヶ月に一度くらい、この「執心」に支配される。実は昨晩も、「僕って何にもできてない!」と落ち込んでいたのだが、これはこの「ある一つの対象を、まるでそれがすべてであるかのように追い求める、根拠のない愛着の心」による「闇質的認識」の支配である。特に、SNSなどでキラキラと輝いた内容の告知をしていたり、メディアでその活躍が報じられている同業他者を見ると、その内容に憧れたり自己嫌悪したりして、気がつけば「特定の事物にたいする欲情的、妄執的な態度」になっている自分を発見する。それが「根拠のない愛着の心」であるとはわかっているのだが、一度そこにとりつかれると、まさに心が執着してしまう、という意味で「執心」となるのだ。

13才で修行にでる前は「無心」だったキキも、大都会で「有心」になることにより、気がつけば「執心」の領域に近づきかけていた。それは、己の萃点性を忘れ去り、魔力も消えかかり、空は飛べず、ジジとも話せなくなっていた「有心」だった。なぜ13才で魔法使いは修行にでるのか。それは、子どもから大人に変わる思春期において、この「有心」や「執心」の試練を乗り越えることが出来るか、が魔女には試されているからだという補助線を引くと、すっと色々な事が理解できる。試練が問われているのは、無論キキだけではない。ぼく自身も、未だに「有心」や「執心」で苦しめられている。年齢に関係なく、大人になる、成熟するとはどういうことか、が問われる時に、改めて「無心」「有心」「執心」が一人一人に問われているのだ。

DVDボックスの付録についていた、宮崎駿氏による企画書にも、このように書かれていた。

「空飛ぶ孤独。空をとぶ力は地上からの解放を意味しますが、自由はまた不安と孤独を意味します。空をとぶことで、自分自身であろうときめた少女が私たちの主人公なのです。いままで、TVアニメを中心にたくさんの“魔法少女”ものが作られてきましたが、魔女は少女たちの願望を実現するための手立てにすぎません。彼女たちは、何の苦もなくアイドルになってきましたが。『魔女の宅急便』での魔法は、そんなに便利な力ではありません。この映画での魔法は、そんな便利な力ではありません。この映画での魔法とは、等身大の少女たちのだれもが持っている、何らかの才能を意味する限定された力なのです。」(宮崎駿「魔女の宅急便」映画化に当たって)

一般的に魔法は、全知全能の力だと思われやすい。だが、宮崎駿は、「この映画での魔法とは、等身大の少女たちのだれもが持っている、何らかの才能を意味する限定された力なのです」と宣言する。キキの持っている魔法も、空を飛ぶ・ジジと話せる、という限定された力であり、かつ有心・執心になるとその能力を見失う、という意味では、「等身大の少女たちのだれもが持っている、何らかの才能を意味する限定された力」なのだ。その時の「限定」というのは、「ひとたび分節意識が働けば、存在の真相は消えて影のみが残る」という意味の「限定」であり、「あるがまま」という「無心」を失ったら「看るときに見えず」という意味での「限定された力」なのだ。

であれば、キキのケースから僕たちが学べることは何か。それは、自らの「限定された力」に自覚的になれるか、である。他者比較の牢獄に陥る=有心・執心することによって見失うことのない、己の萃点性や、「人々に自然にそなわる『光明』」を取り戻すために、「無心」になることである。『看るときに見えず、暗昏昏』の状態から脱することである。

冒頭の話に戻ろう。キキは、トンボを救いたいと願ってデッキブラシに飛び乗ったとき、きらびやかな服装とも、将来への不安とも、無縁だった。ただただ、自らの丹田に意識を集中させ、「存在をあるがままに照らし出す」「光明」とつながろうとした。そして、自らに内在する「光明」と繋がった瞬間、デッキブラシが変異し、空を再び飛ぶことができたのである。そのプロセスを経て、執心を離れ、無心を取り戻したのである。それが、感動的な物語として、僕の中でじわっと響くものがあった。そして、未だ執心を持っていない(未分化な)娘が、この物語の意味世界に興味を示さない一方で、執心でいっぱいの父がこんなにも心揺さぶられた理由でもある。

「等身大の人間のだれもが持っている、何らかの才能を意味する限定された力」に自覚的になり、それを大切にすること。これは、己の中の萃点性を自覚的に意識し、取り戻すことでもある。根拠のない愛着の心であり、「闇質的認識」である「執心」を意識し、そこから遠ざかることである。

僕の中には、どのような「何らかの才能を意味する限定された力」があるのだろう。それを、再び問い直そう。小雪がちらつく冬景色のなか、改めてそんなことを思い始めている。

共同決定と相互連関

社会学評論の最新号(71巻3号)に載っていた、天畠大輔さんによる「『発話困難な重度身体障がい者』の論文執筆過程の実態—思考主体の切り分け難さと能力の普遍性をめぐる考察—」という論文を興味深く読む。天畠さんは、意思伝達装置を用いない「あ、か、さ、た、な話法」で意思表明をされる重度障害者であり、研究者でもある。この論文も、立命館大学に提出した博士論文の成果に基づいている、という。彼は論文執筆担当!の介助者らとSkypeを通じた論文ミーティングをしたり、その内容についてLINEのグループチャットで、ご自身のアイデアを介助者に投げかけ、アイデアを膨らませていく、という。そのプロセスが論文として可視化されていて、非常に面白かった。

本文で触れられた、博論の一節の執筆に関する整理は、まず次のLINEのやりとりからはじまる。

「合理的配慮と介助論は相反する。つまり合理的配慮とは障がい者自身の真の能力の探求ではないか。介助論とはニーズ先行のこと」「介助論寄りの論文にしたいです。つまり水増しされた能力のところで使いたいのです。教育は死ぬまで、本人のものだけど、介助は関係性重視だよね」(p453−454)

これが、介助者の整理や、その後の介助者との論文ミーティングでの対話を経た上で、最終的には以下のような文章に落ち着く。

「これに対して筆者は、合理的配慮の条件標準化原理と筆者の求める介助スタイルは相反すると考えている。合理的配慮の考え方に即してみれば、筆者の介助スタイルは『本質的な能力』を不当に『水増し』していると受け取られかねず、それでは筆者のような『本質的な能力』に介助者が介入する障がい者は、正当に能力が評価されず、大学院に行くこともできない。その結果、能力社会から取りこぼされてしまう。」(p458)

天畠さんのような、他者の介助がないと言語表現しにくい人にはつねに、「『本質的な能力』を不当に『水増し』していると受け取られかねず」という問題がついてまわる。それは、自閉症の作家、東田直樹さんが、パソコンを用いてコミュニケーションを取る以前は、親がその意向を読み取ることをしていたが、このような介助者による読み取りや表現支援に関しては、常に「本質的な能力の水増し」の疑念が持たれていた(例えばこの論文に詳しい)。

僕がこの意思決定や意思表明に関して、この論文を読んで深く納得したのは、上記のプロセスを提示した後の考察で、次のように書かれていたからである。

「筆者の論文執筆においては、『それ、書いておいて』の文脈で、論文の構成・表現・論理展開などは、本人の意を汲みながら介助者が全体を整えたうえで、『これでいいですか』と確認する方法をとっている。つまり論文の主旨や発想は筆者発信であるものの、その体裁を整えたり、説得力を加えたり、議論を深めたりするために、ミーティングというかたちをとって介助者に自由に発言させている。そのなかで、筆者が自分の言いたいことに近いものを採用するという過程を経て、文章が形作られていく。それゆえ結果としてできあがった文章について、それが筆者自身の文章なのか、それとも介助者の文章なのか、その思考主体の切り分けが不明瞭になってしまう。」(p459)

実に率直で誠実な、ご自身のスタンスの表明である。そして、それを読みながら。このプロセスって本当に「『発話困難な重度身体障がい者』の論文執筆過程」だけなのだろうか、と疑問に思った。発話が出来、一応自分一人で論文を書いたことになっているぼく自身だって、似たり寄ったりの部分があるのではないか、と。これは、オリジナリティと共同決定における主体性の問題でもあるように、思える。

まず、オリジナリティについて。「『本質的な能力』を不当に『水増し』している」という批判は、「本質的な能力」とは、他者からの介助や支援を受けずに、自分一人でやるのが「真の能力」であり、他者にサポートされて出来たことにするのは、「不当な水増しだ」という価値基準がある。でも、僕が文章を書くときだって、このような「水増し」をしばしばしている。

例えば前回書いたブログ「己の萃点性」について。これは、僕のメンターであり対話相手を務めてくださっている深尾葉子先生から中沢新一の本を紹介され、それを読んだ上で彼女とメッセージのやりとりをしたり、対話をする中で「萃点」は一人一人にあるのではないか、という着想が浮かび、それを対話を繰り返しながらブラッシュアップして、生み出されたものである。その意味では、天畠氏の文章を借用して述べるならば、「それが僕自身の文章なのか、それとも深尾先生の文章なのか、その思考主体の切り分けが不明瞭になってしまう」部分があるのが、この文章の本質である。

それは、オリジナリティとは何か、という問題でもある。僕は、深尾先生からの示唆や彼女との対話の中から、自分が納得できる文章として上記のブログを書き出した。でも、深尾先生や中沢新一、井筒俊彦の論に大きく影響を受けている。僕の場合は自分一人でPCに打ち込み、ブログにアップできたけど、書くプロセスの中では、先達からの沢山のバトンを受けて、文章との・リアルな相手との対話を繰り返す中で、今回のブログに行き着いた。そういう意味では、僕も「水増し」をされている、という批判も受けるかもしれない。でも、その着想や、言語化しようという意思やプロセスのハンドリングを僕や天畠さんがしていた、という意味では、僕の・天畠さんのオリジナルな文章である、といえるのだと思う。

そして、この部分では共同決定における主体性の問題が大きく関係する。

天畠さんは「論文執筆においては、『それ、書いておいて』の文脈で、論文の構成・表現・論理展開などは、本人の意を汲みながら介助者が全体を整えたうえで、『これでいいですか』と確認する方法をとっている」という。これって、チームで仕事をする際の基本である。方向性を決めて、最終責任を取る上司・責任者と、部分的に仕事を任されて、現場の裁量である程度仕事を終えた上で、上司の判断を仰ぎ、適宜修正していく部下・チームメンバーの関係性そのものである。そして、天畠さんだけでなく、理系において研究室単位で、あるいはプロジェクトチームで研究して論文を書くときだって同じようなやり方をしているし、作家だって必要に応じてリサーチャーとかライターを抱えて、部分的に彼等彼女らに託しながら、最終的なディレクションと価値判断を行い、作家単独の名前で出している人もいる。

つまり、オリジナリティとは、最初から最後まで全部自分でしなくても、方向性を示し、進捗管理を切り盛りし、価値判断をした上で、全体の整合性を整え、そのことに責任を持つことが出来れば、それがオリジナリティといえるのではないか、ということである。そのときに、実際には他者と共同で決定して実践していくプロセスなのだが、あくまでも主催者が自らの主体性を失わず、その主催者の価値判断が尊重される形で決定がなされていったら、それは水増しでもなんでもなく、オリジナルな決定であり、オリジナルな成果といえるのではないか、ということである。

さらに言えば、これは前回のブログで書いた、萃点性や相互連関性とも重なっていく。

論文は一人で書くものであり、他者にアシストされて書いたらオリジナリティが水増しされる、という発想自体が、能力主義的個人観であり、近代合理主義が前提として描く、線形的な因果関係像に起因している。でも、人間とは関係的な存在であり、お互いがお互いに影響を与える、相互連関のネットワークの中で生きている。そして、それを華厳経では縁起だとのべ、南方熊楠はその縁起ネットワークの結節点を萃点と述べた。僕は井筒俊彦の縁起論や、中沢新一の語る南方熊楠論を読みながら、あるいは深尾先生との対話の中から、そのような縁起ネットワークの結節点としての萃点性は、一人一人の中にあるのではないか、と前回のブログで提起した。

この仮説を応用するなら、天畠さんは、まさに己の萃点性に極めて自覚的である、といえるのではないか、と仮説も立てられる。

彼は、自分で書くこともしゃべることも出来ない。意思表明もつねに介助者が介在しないと、充分になしえない。つまり、介助者や他者との相互連関性を四六時中意識しないと、生きていけないのである。そのような、相互連関ネットワークの中にいて、それでも自分が書きたいなにかを論文で表現したいという強い主体性を持って、論文執筆のサポートをしてくれる介助者を獲得して、チーム形成をする。その介助者達がフランスや札幌に住んでいたら、Skypeをつないで(別の介助者につないでもらって)、論文執筆チームでのミーティングをしていく。そのなかで、「ミーティングというかたちをとって介助者に自由に発言させている。そのなかで、筆者が自分の言いたいことに近いものを採用するという過程を経て、文章が形作られていく。」

これは、ミーティングにおける論文執筆チームメンバーと相互連関を強くしながらも、最終的に「自分の言いたいことに近いものを採用する」形で、己の萃点性を意識し、それを言語化しようとしているプロセスのようにも、思える。(そもそも、論文執筆をサポートできる介助者と接点を持っていること自体が、天畠さんの魅力であり、「能力」であるともいえるかもしれない)

この時に大切なのは、「それが筆者自身の文章なのか、それとも介助者の文章なのか、その思考主体の切り分けが不明瞭になってしまう」こと自体は、問題はない、ということである。あくまでも、天畠さんなり竹端なり、書き手の表現したいという意思や価値基準が存在して、様々な相互連関ネットワークの中で、色々な意見の相違を踏まえながら、最終的に「自分の言いたいことに近いもの」になるようにディレクションしていくことが出来る、その能力こそ、オリジナリティの根幹にある。その上で、実際に文章を打ち込む能力とか、文章を論理的に構成する能力だって、PCや音声入力と同じように、補助具や介助者の力を借りても、己の萃点性は毀損されない。現に、この論文をよんで、なるほど、とうなった僕には、天畠さんのディレクション能力に感動しているのである。

これを書きながら、久しぶりに障害者の自立生活運動の有名なテーゼを思い出した。

「障害者が他の人間の手助けをより多く必要とする事実があっても、その障害者がより依存的であることには必ずしもならない。人の助けを借りて15分かかって衣服を着、仕事にも出かけられる人間は、自分で衣服を着るのに2時間かかるため家にいるほかはない人間よりも自立している」

僕だって、このブログを書くのは、鉛筆で書くよりPCで書いた方が遙かに短時間で出来る。天畠さんの場合なら、全ての文章を「あ、か、さ、た、な」話法で介助者に読み取ってもらうようりも、論文執筆チームの介助者達に「『それ、書いておいて』の文脈で、論文の構成・表現・論理展開などは、本人の意を汲みながら介助者が全体を整えたうえで、『これでいいですか』と確認する方法」のほうが遙かに早く表現可能だし、その上で、このようなオリジナリティ溢れる論文を僕たちに届けてくれる。

実はこれは、自立を孤立と捉えるのではなく、介助者との相互連関性の中での可動領域の拡がり、およびご自身の自己表現の開放・解放と捉えた方がわかりやすいのかもしれない。

この際、オリジナリティが水増しされた、本当の能力でない、という批判は、相互連関性の中での萃点性を過小評価している、といえる。

「一人の人間は他者から独立して(=孤立して)生きているのでものあり、誰かに表現を依存している人には、オリジナリティはない。」

上記の表明は、不遜で上から面線の物言いであり、そう批判する人自身の生に現に存在する相互連関性を、そのものとして尊重できていない、ということを意味するのではないか。つまり、自分以外の他者のありよう(=他者の他者性)を評価できていない、ということは、相互連関の中での己の唯一無二性や萃点性を信用していない、ということであり、ひいては自分自身を信じられていない、という帰結にも、つながるのではないか。

認知症の人や障害者の支援において、共同意思決定の重要性が近年ずっといわれつづけている。そのとき、親や家族、支援者が勝手に代理決定するのではなく、その人の意思を支援者が共に読み取る中で、その人の萃点性を意識しながら、ご本人と周囲が相互連関する中で、意思を共同で決定していく。その際に、本人の主体性や実存が必ず中心にあり、本人がディレクションできる部分をちゃんとわきまえ、その範囲を損なわないように、決定プロセスを作り上げていく。そんな重要性も、この論文から気づかされた。