詩的運動としてのオートエスノグラフィー

ある本を読んでみて、「それって自分がしてきたことだったんだ!」と後付け的に知る事がある。今回ご紹介する『オートエスノグラフィー・マッピング』(新曜社)は、まさにそんな本である。この本を読んでいて、僕が書いたものもそうだし、卒論指導も、オートエスノグラフィーが多かったんだ、と気づかされた。ちなみにオートエスグラフィーとは、オート(自分自身)を対象にしたエスノグラフィ—のことである。本書では「『私』の経験を中核とした研究手法」(pⅲ)と述べられている。

「AEにおいて『書くこと』は、研究者の内部に閉ざされたものではなく、過去—現在—未来、自己—他者、現実とイマジネーションといった『内—外』を結びつける動態的な営みである。」(p8)
「AEにおいて大切にされるのは、個人的な物語をいかに読み手や書き手自身の中で、そしてコミュニティの中で響かせ合えるか、ということである。」(p9)

この記述を読んで、2022年に上梓した子育てエッセイである『家族は他人、じゃあどうする?: 子育ては親の育ち直し』(現代書館)も、そんなことは意識しなかったけど、実のところオートエスノグラフィー(AE)の一種に近いのだ、と理解した。

子どもが生まれ、家事育児にまともに向き合おうとすると、研究なんてとても出来ない。それだけでなく、日々ダイナミックに変化する子どもに翻弄され、時には腹が立ち、時にはトホホとし、妻とも喧嘩したり、と感情的にも揺さぶられる。そして何より、自らが能力主義や生産性至上主義を深く深く内面化していたことを、仕事と距離を置いたことで気づいてしまい、そのことに深く苦しむ。そのプロセスを言語化した拙著は、まさに「研究者の内部に閉ざされたものではなく、過去—現在—未来、自己—他者、現実とイマジネーションといった『内—外』を結びつける動態的な営み」だった。書きながら、自らがどう育ってきたか、子どもと向き合い何に気づいたか、そしてこれから妻子とどう向き合いたいか、を揺さぶられ続けた。妻や娘の「他者の他者性」に嫌というほど気づかされ、僕自身の価値観もグラグラし、内—外のゆらぎを、なんとかエッセイという言語なら表現出来る、とすがりついたのだ。

また、「個人的な物語をいかに読み手や書き手自身の中で、そしてコミュニティの中で響かせ合えるか」というのも、僕が大切にしたことだった。子育てというのは、非常にミクロな物語である。でも、子育て経験の有無にかかわらず、子ども時代を経験した全ての人にも、関わりのある話である。そんな風に思って、より多くの読者に響かせる何かが書けないか、と模索した本でもあった。

「自身の体験を語ったり、書いたりといった表現の過程は、『詩的運動』と呼ばれる動きを含んでいる。詩的運動とは、発達における事実的な(literal)領域と想像された(imagined)領域との動態的な緊張を現す。」(p10)

娘や妻との七転八倒の日々を「エッセイ」という文体に載せることにしたのは、『詩的運動』に対して、その当時の僕には論文という表現方法が思いつかなかったからだ。というのも、自分自身の子育てを言語化するとき、それまで研究者として書き続けてきた、テキストや統計資料、インタビューデータなどの「事実的な(literal)領域」だけでは、到底語ることが出来ない。娘や妻と関わる中で僕はどう感じたか、という僕自身の心の中で主観的な生起する感情や思いである「想像された(imagined)領域」をも言語化しないと、娘や妻との相互作用をそのものとして表現出来ない。だから、エッセイという表現方法にしたのである。

例えば冒頭の「逃げるな、自分!」という章では、子どもがお店のものを壊した時、父と母ではどのように対応が違ったか、という「事実的な(literal)領域」を取り扱った。だが、その際の客観的事実だけでなく、僕はその時どのように「自己責任論」で「娘のせい」=「他責的」に娘を叱りつけていたのか、それを妻は「子どもが動き回るのを見ていなかったお母ちゃんが悪い」と自分の責任に引き戻したか。その二人の対応の差から僕はどんなことに気づかされたのか。そのエピソードを記述しつつ、そのエピソードにまつわる僕自身の心の動きを「想像された(imagined)領域」として表現していた。その上で、ジョアン・トロントのcaring withの概念という「事実的な(literal)領域」を取り出して、僕自身の他責的な「想像された(imagined)領域」を再解釈しようともしていた。それは確かに『詩的運動』がしっかり描かれていると、今読み返して思う。

だからこそ、以下の表記にめっちゃ頷く。

「AEにおいて重要な点は、単に主観性を提示するだけでなく、自身の主観性を成立させている社会文化的な文脈を省察しながら、主観性を創造的に活用する方法を問い続けることである。」(p11)

僕のエッセイでも、「自身の主観性を成立させている社会文化的な文脈を省察」しようともがいていた。

店の商品を壊したのは娘だから、自己責任論を心底内在化していた当時の娘は、「なにしてんの!」「ちゃんと店員さんに謝りなさい!」と声を荒げていた。でも、「子どもが動き回るのを見ていなかったお母ちゃんが悪い」と発言した妻は、子どもの責任を自分の責任でもある、と責任を分有していた。これは、個人主義的能力主義と関係論的能力主義、という二つの異なる価値観の違いである。そして、僕は「弱肉強食の世界で勝ち残らねば」という個人主義的能力主義に無自覚に浸りきっていたので、この娘や妻との一件を通じて、「自身の主観性を成立させている社会文化的な文脈を省察」しようとし始めた。それは後に、『能力主義をケアでほぐす』(晶文社)につながっていく、大切なテーマになった。

あと、ゼミ生の卒論指導でしていることは、「対話的AE」の伴奏者ではないか、と本書を読んでいて感じた。まず対話的AEとは「自己の経験を、社会的、文化的な文脈に結びつけながら多角的かつ重層的に理解していくAEに、対話者との対話というプロセスを加えた一つの方法論」(p74)と規定されている。その上で、実際に対話的AEを書かれた沖潮満里子さんは、以下のプロセスがあったと記述する。

「私は対話的なAEの対話においてよく涙を流していた。これは、対話的AEにおける語りは、単なる知的な対象化にとどまらず、涙などの身体反応を伴う動的プロセスでもあることを意味している。そして涙の意味を捉えようとする対話者の積極的な働きかけがあったことが、新たな発見につながっていった。というのも、対話において時間をかけて涙の意味を探っていったことで、私がこれまで語ってきたことに自らが疑問を感じるようになったさまが見えてきた。身体反応に着目したことが自身の語りの問い直しにつながり、語りをメタ的かつ多面的にみる契機となっていった。対話をメタ的に見ていくことで、語りの動機や方向性を絶えず問い直し、自己物語を更新し続けることも可能となるのである。」(p82-83)

このプロセスは実に馴染みのある世界である。僕自身は大学教員になって20年間、「目から水を出す」瞬間に何度も何度も立ち会ってきた。

卒論のテーマとして僕がお願いしているのは、「自分事としてワクワク出来るテーマ」である。それらしいことを書いても、それが自分の実存と繋がっていないなら、書き手も面白くないだろうし、それは読み手の僕も面白くない。だからこそ、自分が心から気になる、オモロイ、探求したいと思うテーマなら何でも良いよ、と伝えている。すると、ある時期から自分自身の生きづらさについて論文を書きながら探求したい、というゼミ生が増えてきた。そして、その時には全く気づいていなかっただが、本書を読んでやっとわかったのだ。あ、僕は対話的AEの卒論の伴奏役だったのだ、と。だから毎年のようにゼミ生が、僕の目の前で目から水を出すのだと。

それぞれの人には、他者の知り得ない他者性がある。だから、僕は目の前のゼミ生が、何を抱えているのかわからない。でも、ゼミ指導の中で、気になったりモヤモヤした事があったら、「それってどういうことですか? よかったら話してもらえませんか?」とおたずねする。すると、目から水があふれ出し、ティッシュで拭いながら、話をしてくださる場面になる(だから研究室にはティッシュを欠かさない)。最近では、オンラインの面談でも、あるいはゼミ希望でこられた初めてお目にかかる面談でも、目から水を出される方がいる。こちらは何だかよくわからないのだけれど、こういうときにアドバイスや助言ほど無駄なものはないので、ただただ聴き続ける。時として、感じたことを、そっと差し出してみる。すると、「身体反応に着目したことが自身の語りの問い直しにつながり、語りをメタ的かつ多面的にみる契機となって」いるようで、そこから、僕が知らなかった、その人の奥深い世界が、静々と、でも迫力をもって語られる。こちらは、そんなことがあったの!と驚きながら、ただただ聴いている。そのうちに、「対話をメタ的に見ていくことで、語りの動機や方向性を絶えず問い直し、自己物語を更新し続ける」ことがご自身の中で可能になる。

その実例を、昔、ブログに書いた事があるので、少し長いが引用してみる。

「かつて「死刑は絶対必要だ!」と主張するゼミ生がいた。彼は正義感が強く、野球部仕込みでがっちり鍛えた身体で、一時期は警察官も目指していた。目つきも鋭く、がたいも大きく、一見強面だけれど、芯は優しい好青年だった。「悪いことした奴は、それなりの報いを受ける必要がある」と言い張っていた。

そんな彼の事が気になって、アメリカの無期限刑の人々の実像を描いた『ライファーズ』という映画をゼミで観た。後に書籍化もされている作品である。映画を見終わった瞬間、彼はその場で顔を埋め、立ち上がれなくなっていた。理由を聞くと、「こいつらは悪い、どうしようもない、と決めつけていたけど、この映画を観て、彼らがそうなってしまう理由がわかってしまった」と途切れ途切れに言い始めた。そこから彼は自分の「死刑は絶対必要」という主張をどう扱ってよいのか困惑し、逡巡しながら、卒論には自らの生きづらさのことを綴ってくれた。その序章には、こんなことが綴られていた。

「私はこれまで21年間強さは力であると思っていた。しかし、その力を得ようとした結果、本当の自分の姿というものがいつしかなくなり、他者からの評価という檻を自分で作りいつしかその檻の中で存在している自分こそが本当の自分と思うようになってしまっていた。しかし、卒論を通して強さとは何なのだろうか、本当の自分とは何なのだろうかということを追求してきた。」」
内省に基づく自己変革の可能性

こういうほんまもんの変容場面に出会えるのが、卒論指導のダイナミズムである。それは、このゼミ生の中で、「事実的な(literal)領域」だけを注視し、「悪いことした奴は、それなりの報いを受ける必要がある」と言い切っていたのに、ある映画がきっかけになって、彼自身の心の中で主観的な生起する感情や思いである「想像された(imagined)領域」の蓋が開いてしまい、そこから、『詩的運動』が活発になっていったのだ。それが、目から水を出すことであったり、彼の場合なら立ち上がれずに顔を埋める形で、葛藤が最大化するのである。でも、「事実的な(literal)領域」と「想像された(imagined)領域」の葛藤の最大を経験したからこそ、彼は「卒論を通して強さとは何なのだろうか、本当の自分とは何なのだろうかということを追求」しはじめたのだ。その彼自身の対話的AEに伴奏者として関われたことは、ゼミ教員としての僕自身の誇りでもある。

そしてここまで書いていて、ようやく気づいた。オートエスノグラフィーの面白さって、「事実的な(literal)領域」と「想像された(imagined)領域」の葛藤の最大、それに伴う『詩的運動』のダイナミズムなんだ、と。

というわけで、毎年のように裏テーマでオートエスノグラフィー的な何かを抱えているゼミ生と向き合い続けてきた僕にとって、自分自身のやってきたことを言語化してくれるようであり、めっちゃ面白かった。この本、すごくオススメです。