自分がやってきた事が概念化されている本に出会うと興奮する。松本雄一さんの『学びのコミュニティづくり:仲間との自律的な学習を促進する「実践共同体」のすすめ』同文館出版を読み進めるうちに、どんどん興奮度が高まっていった。だって、10年やってきたことが「実践共同体」だと、ようやく言語化された=わかったからだ。
岡山で2014年に始めた「無理しない地域づくりの学校」。全国で「週末ヒーロー的な担い手養成講座」を展開する尾野寛明さんとコラボして、僕が校長、尾野さんが教頭、そして主催者の岡山県社協の西村さんを事務局ではじめたら、めちゃくちゃ面白かった。で、三年後には『無理しない」地域づくりの学校「私」からはじまるコミュニティワーク』として書籍化もした。今は紆余曲折を経て、岡山では「ふくしのえんがわ」として続いている。
そして、この学校の動きは各地で伝播している。今続いているものだけでも、長崎県社協では「フツーの人のまちづくりの学校」が三年目を迎える。この内容は一期生で運営も手伝ってくれる平畑隆寛さんが見事に言語化してくれている。今年からは、兵庫県養父市でKANAUカレッジもスタートした。そして、これらの学校でやっていることを一言で言えば、「マイプランに基づく実践共同体」なのである。
まず実践共同体の定義から。
「あるテーマにかんする関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団」(p2)
そうそう、僕たちが10年続けてきたのは、「マイプランシート」の作成という共有ツールを用いて、持続的な相互交流や相互学習を続ける実践共同体である、といえる。この機能とメリットについて、著者は以下のようにのべる。(p21-27、番号は僕が付けた)
①学びに関心のある人々を集める
②参加者間の学びを促進させる
③もともと所属している組織と、同時に所属できる
④もともと所属している組織に影響を与える
⑤実践によって相互理解を促進し、また学習にいかせる
⑥学びのモティベーションが高まる
⑦境界を越えさせる
⑧学んだことをすぐ実践にいかせる
⑨問題解決のために多様な立場の人々を集め、協働させる
⑩知識や技能も学べるし、価値観やものの見方も変えられる
⑪参加する人々の居場所を作る
10年コミュニティが続いてきたのも、まさにこの11この要素だと書き写しながら思う。どの学校でも仕事として職場から派遣される人もいれば、個人参加する人もいる。いずれでも、①学びに関心のある人々の集まりであるし、③もともと所属している組織と、同時に所属できる講座である。尾野さんはよく「遠くの異業種、近くの同業種」と言っているが、とにかく異なる立場・所属・専門性を持つ参加者間での学び合いを促進させている(②と⑦)。尾野さんはずっと「自治体や地域の枠組みを超えた対話や自分なりの取り組み計画(マイプラン)の作成を重視」してきたが、受講生は毎回マイプランを発表してもらい、講師だけでなく、受講生や聴講生から付箋のコメントシートという形でのフィードバックをもらう。これが、⑥学びのモティベーションが高まることにつながる。また、毎回のプラン発表や、講師・OBOGとの面談などを通じて,受講生は⑤実践によって相互理解を促進し、また学習にいかせるし、それらのプロセスは⑨問題解決のために多様な立場の人々を集め、協働させる仕掛けにもなっている。そして、私が色々お話を伺っているうちに、価値変容が起こったり、目から水を出す受講生も毎年いるが、これは⑦境界を越えさせる体験であったり、⑩知識や技能も学べるし、価値観やものの見方も変えられるからだと思う。⑧学んだことをすぐ実践にいかせる人もいれば、3年5年と放牧期間の人もいる。でも、結果的に⑪参加する人々の居場所を作ることは間違いがなく、OBOGがこの展開を応援してくれている。
そして、この本では実践共同体には4つの学習スタイルがある、という(p74)。
・熟達学習は参加と濃密な相互作用から、知識をお互いに学びとっていく学習スタイルです
・複眼的学習は多重所属のメリットをいかし、自身やキャリア、企業を客観視することで学ぶ学習スタイルです
・越境学習は境界の外の人々と交流し、学びと人脈を得る学習スタイルです
・循環的学習は職場と実践共同体の間に学習ループを生み出し、連続的に学ぶ学習スタイルです
4〜6ヶ月間の講座開催期間、毎月1度を原則に集合研修で集まって、マイプランを毎回発表していく。その中で、マイプランシートを少しずつ書き足しながら自分のやりたいことを言語化し、講師に深掘りされ、参加者や聴講生からフィードバックをもらいながら、自分の興味関心と仕事のいま・ここを重ねていくプロセスは、「参加と濃密な相互作用から、知識をお互いに学びとっていく学習スタイル」としての熟達学習なのだと思う。
その際、バラバラな所属、肩書き、専門性の人々が集まることによって、「多重所属のメリットをいかし、自身やキャリア、企業を客観視することで学ぶ」複眼的学習が進んでいく。さらに言えば、尾野さんや僕、OBOGや他の受講生など、自分の職場や専門と違う人との「境界の外の人々と交流し、学びと人脈を得る」越境学習をしている。
それが、「職場と実践共同体の間に学習ループを生み出し、連続的に学ぶ」循環的学習であることも、実例が思い浮かぶ。尾野さんや僕がおたずねするのは、「日々の実践を違う視点で眺める問い」である。例えば福祉現場でのプレイング・マネージャーをしている人なら、そのマネージャー業務におけるモヤモヤをマイプラン課題にするように応援し、整理して言語化しながら、深掘りしていく。その中で、一ヶ月の間に自分の仕事を見つめ直し、さらに翌月の発表で言語化することによって、「職場と実践共同体の間に学習ループを生」まれている。そして、これら4つの学習が有機的に重なっていくからこそ、たった半年の間に、大化けする、大きく変容する、ご自身のモヤモヤを言語化出来る人が続々と出てくるのである。
そして、この実践共同体の特徴は「変容的学習」でもある点だ。筆者はそれを「価値観や信念等を獲得・変容していく学習」(p56)と定義している。これも、ご紹介したい実例が沢山ある。
岡山で「ふくしのえんがわ」を主宰している圓山典洋さんは、無理しない地域づくりの学校のマイプランで「みんな食堂」を掲げ、実際に岡輝みんな食堂を毎月開催して7年が経つ。同じく岡山のOBの森亮介さんは、その後仕事も変えただけでなく、「MONJUnoCHIE」という任意団体も主宰している。長崎の学校のOGの久保田渚紗さんは、マイプランのゴミ拾い散歩を見事に面白く展開させているし、先述したOBの平畑さんと共にSocial Good Circleを続けている。あるいは岡山のOGの難波衣里さんと伊東陽子さんはお勝手ふらふらという居場所を100回以上続けている。これ以外にもご紹介したい「変容的学習」から産まれてきたあれこれが色々あるのだ。(ちなみに岡山で10年前にこの企画を一緒に立ち上げた西村洋己さんは、今、僕の研究室で社会人院生として更なる変容的学習の真っ只中にいたりする)
ここで取り上げている人々は、最初からカリスマだった訳ではない。「マイプランに基づく実践共同体」の中で、言語化を何度もして、色々な人からフィードバックをもらい、受講生同士でモヤモヤ悩み、尾野さんや竹端との面談で深掘りをして、その後試行錯誤を沢山続けるなかで、自分自身の一皮むける経験をするなかで、変容的学習を遂げていったのである。そういう意味では、10年続けてきたこの取り組みは「変容的学習を可能にする実践共同体」(p56)そのものだったのだ。
この本では、具体例として陶磁器三業地の実践共同体、公文指導者や学習療法を学ぶ介護施設の実践共同体などが出てくる。これら3つは本業にダイレクトに直結している。一方、「マイプランに基づく実践共同体」は、本業に結びついている人もいれば、そうではない人もいる。でも、その人のマイプランを通じた「変容的学習」が産まれ、結果的に色々な場や機会が創出され、「週末ヒーロー」的な担い手として育っている。そういう場を作りづけてきたのだなぁ、だから面白いんだ、と改めて合点がいく読書体験だった。