大晦日には毎年振り返りブログを書いている。昨日からボンヤリ始めているのは年の瀬。今年も三つ、書いてみよう。
1.住まいを整える
10月に一軒家に引っ越した。生まれて初めて(正式に言えば3才のころにマンションに引っ越して以来47年ぶり)の一軒家である。なんというか、様々なご縁が重なって、引っ越すことができた。
今年50歳を迎えるにあたり、昨年からあと15年で退職、という言葉がよぎるようになった。そして、家を買うなら(=ローンを組むなら)そろそろ潮時ではないか、と思うようになった。結婚した28才の時から20年以上、ずっと賃貸マンションに暮らし続けてきた。年間100万円の家賃だとして、2000万円。都会では無理でも、田舎なら中古住宅は優に購入できるお金である。もちろん、賃貸だったからこそ、移動の自由を確保できた部分もある。でも、そろそろ腰を落ち着けないと、と思っていた。
そういう訳で、娘の小学校区を変えないかご近所で、昨年から家を探し始めたのだが、昨年は父が倒れて一時的に要介護状態になり、それでてんやわんやし、あまり良い物件にも巡り会えなかったので、一度家探しを休むことにした。その上で、今年のはじめから、不動産業者も新たに知り合いに紹介して頂き、心機一転で探し始めたら、娘の小学校区、住んでいたマンションから歩いて数分の場所に、立派な木造住宅の築30年の古民家をネットで見つける。内覧してみたら、古めかしいが、床も柱もがっしりしている。そこで、建築家の光嶋裕介さんにも見ていただき、リフォームプロジェクトが始まる。
光嶋さんに出会ったのは3年前。一方的に名前を知っていたのだが、内田先生と青木真兵さんのイベントで遭遇し、そこから本を贈り合う関係になった。彼の本を何冊も読み進めるなかで、家をリフォームするなら、是非とも光嶋さんに関わっていただきたい、という思いが膨らんでいく。新築を買う程の予算もローンも組めないので、中古物件のリフォーム一択に決めていた。そして、3月末に売買契約を結び、設計してもらったうえで、6月から光嶋さんがタッグを組む中島工務店でリフォーム工事を始めていただく。この夏は、そのリフォームに施主家族として関われたのが、実に面白い経験だった。
夏の暑い盛りの工事なので、毎回麦茶のペットボトルを凍らせて、差し入れで持って行く。チャリで1分、歩いても5分なので、棟梁が来られている日は、仕事に行く前とかすき間時間に可能な限り顔を出した。すると、屋根や床を剥がす工程から、レイアウトを変え、色々なしつらえを決めていくタイミングを、ずっと観察することが出来た。現場監督のBさんも、I棟梁もすごく良い人で、僕の「なぜ?なぜ?」の質問攻撃にも笑顔でお答えくださる。そうやって職人の世界を垣間見ながら、丁寧にリフォームしてくださる作業のプロセスに立ち会えたのが、楽しくなってきた。3ヶ月以上かかったけど、最後は「もう工事が終わるの?」と寂しくなるくらいだった。
そして、妻が「玄関横の松の木を切ろう」と言い出したのも、びっくりした。確かに日本家屋には松が定番だが、通りに面したブロック塀は視界を遮るし、植栽も10年ほど放置されていて、少し荒れた雰囲気もある。最初は本当に自分たちで出来るか半信半疑だったのだが、「お金もかかるから、自分たちで出来ることはしようよ」と妻。そこで、松の木をノコギリで切ってみたら案外スカスカですぐに切れ、鍬を使って抜根作業も行う。これが結構大変で、お手軽な鍬は二つほど駄目にしたが、最後に見つけた筍掘り用の鍬を使えば、なかなか抜けなかった木の根も抜ききる事が出来た。夏の朝は、日差しが強くなる前に家族三人で現地に出かけ、庭仕事をし続けてきたのも良い記憶。そのお陰で、それまでの住まいだったマンション一階の庭も原状復帰でき、敷金礼金がすべて戻ってきたのは、物入りで本当に助かった。
そして10月に引っ越した新居は、実に快適である。書斎には、もともと大熊一夫師匠から20年前に頂いた本棚を囲むように、天井から壁一杯に本棚を作り付けてもらい、収容能力が格段にあがった。引っ越し前に本を大量に間引いた効果もあって、大学生以後初めて、すべての本の背表紙が見える、つまりは二重三重に重ねなくてもよい本棚が出現した。これが精神衛生上、めっちゃ良い。パーソナルスペースの拡張は、心の余白まで生み出している。生まれて初めて「客間」なる畳の部屋もあるのだが、両親が宿泊したり、ゲストが来たときにそこで娘達がダンスしたり、余白の空間があると、そこから色々な物事が動き出す。これも、機能的で合理的で最低限度のスペースであるマンションに暮らしていた頃には、全く想像できなかったことだ。
2.単著が2冊も出せた
偶然のご縁の中で、気がつけば今年は単著が2冊も出ていた。もともと、ちくまプリマー新書の方が先に話を頂いたのだが、去年は父が倒れて、書き下ろしをする余裕がなくなっていた。そこで、晶文社のベテラン編集者で、内田先生のブログ本を沢山出かけてこられた安藤さんから「能力主義とケア」について書いてほしいと言われた際、「内田先生と比較にはならないけど、僕もブログであれこれ能力主義やケアについて書いているので、その内容を徹底的に書き直すなら、本は書けそうだ」とお伝えしていた。すると、安藤マジックで見事にカテゴリー分けをされたブログリストと、それに基づいて並べられたワード原稿が出てきた。これなら書き直せそうと、昨年の夏休みにコリコリと書き直し続けて、2月に出せたのが、『能力主義をケアでほぐす』である。
で、この本を書きながら、改めて能力主義や生産性至上主義と徹底的に向き合うことが出来たので、途中書きあぐねて放置していたちくまプリマー新書とも、向き合い始めた。1章だけ昨年の春に書いて放置していたのだが、正月休みに2章を書き、その後構成を練り直し、3章と4章も6月までに書き終えて、9月には『福祉は誰のため?』というタイトルで出すことが出来た。この本は、大学教員になって20年間、一貫して「福祉学部以外で、福祉について一生に一度だけ学ぶ大学生に、福祉に興味を持ってもらう」というハードルの高い授業設定で試行錯誤してきた僕の、福祉を自分事に思ってもらうための問いかけを、ふんだんに盛り込むことが出来た。
ちくまプリマー新書って、わかりやすく伝えることで定評がある新書ゆえ、様々な入試問題に活用いただいている。前著『ケアしケアされ、生きていく』も小学校6年生の有名進学塾の入塾テストから、中学・高校・大学入試と、幅広くご活用いただいている。そのため、9月には再度重版され、生まれて初めて拙著が1万部を超えた。そういう意味で、今回の本も、ロングテール本というか、長く読まれてほしいなと思って書き上げた1冊である。
本を出した後に、大阪では勅使川原真衣さんと、東京ではジェーン・スーさんと、共に対談イベントもさせていただき、それもめっちゃ盛り上がった。だからこそ・・・
3.陽が極まり陰を深める
引っ越したあたりから、仕事上でも、プライベートでも、人間関係における葛藤があちこちで最大化していった。様々なことでショックを受け、落ち込み、混乱しつつも、それは、ある種の必然のように感じられた。他責的になるのでもなく、かといって自罰的になってもいけない。何というか、陽が極まったからこそ、陰の局面にさしかかったのだと自分でも納得出来た。ひたすら自分自身と向き合おうとしたのが、11月からの二ヶ月だった。一昨日のブログに「タオとの対話」という形で言語化が出来たが、家を整えても、ぼく自身が整っていなかったので、ひたすら自分自身と向き合い、ぼく自身を整え直す日々だった。
自分と向き合い、整え直す上で、妻や娘と新居での生活をゆっくり楽しむことが、かけがえのないものになった。睡眠時間を削らないよう、夜はPCをなるべく見ないようにして、読書を増やす。娘にも本を読み聞かせたり、彼女の欲しい本も買って、一緒に読書タイムをつくる。それだけでなく、引っ越しや繁忙期で合気道になかなか行けない日々が続き、体重も減らないので、バスやチャリ、車に乗らず、毎日出来る限り歩くようにしはじめた。一日4キロ8000歩を目標に、職場や駅、近所のスーパーにも歩いて出かけたり、バスを途中で降りて歩数を稼いだり、するようになった。
そのタイミングで、オーディブルがいいよ、と知り合いに教わったので、自分では決して読まないだろう小説を2倍速で聴くようになった。これが非常によかった。僕は、小説やドラマ、映画が苦手である。嫌いではなく、過度に感情移入する傾向があるからだ。特に主人公が窮地に追い詰められ、辱められそうになると、もう「見てられない」と、子ども時代はトイレに立てこもったり、本を放り出したりしていた。そんな変な子だった。でも、オーディブルは能動的に見なくてもよいし、散歩中に耳だけ傾けるから、嫌なら別のポッドキャストで気を紛らわしたらよい。そう思うと、スルスル没頭できるようになってきた。『コンビニ人間』に始まり、『ミシンと金魚』『ナチュラルボーンチキン』と聴いて、今は『対岸の家事』を聴いている。なんというか、どれもケアや家族関係の複雑さを題材にしていて、50のオッサンになってから出会うと、仕事で考えてきたことともつながり、めっちゃ面白い。オーディブル体験は、確実にクセになりそうだ。
また、庭いじりも陰を深める上で、大事な要素になっている。前のオーナーが20年かけてつくってこられた庭がある。そのオーナーが亡くなられ、パートナーの方はどうも手を付けられなかったようで、10年ほど手が入れられてない状態であった。そこで、田舎出身でそういう作業が好きな僕の母が来た折に、木を大胆に剪定したり、落ち葉と米ぬか、赤土をまぜてわらを敷いて土作りしたり、毎日の野菜くずを土を掘り返して埋めてコンポスト生活を始めたり、している。すると、殺風景な庭の部分にパンジーや水仙、球根なども植えるようになり、園芸店に通う日々も格段に増えた。職場の同僚が「庭いじりは最大の暇つぶし」と言っていた理由も、今ならよくわかる。誰かに評価されるためではなく、コツコツと、土にむきあう。前のオーナーが植えてこられた植栽を見ながら、次に何を手がけようか、と妄想するのも、何だか楽しいし、それは大地との対話のような気もする。
娘も、自分の部屋でのパーソナルスペースがしっかり確保されたので、居間で一緒に家族と過ごす時間以外に、部屋で工作や勉強する時間も増えた。日本家屋なので、娘の存在がかすかに聞こえつつ、僕は今で、この三題噺を書いている。妻も自室が出来たので、妻の時間を過ごしている。こういう感じで、家族それぞれが、集まったり離れたりしながら、家の中での楽しい日々も続けていける。そう思うと、昨年末には想像もしていなかった今年の年末である。いまから、娘と園芸店に行き、今年最後の土いじりをすることにしよう。
みなさん、佳い年をお迎えください。