風が通る本読みとは(後編)

「メルロ=ポンティの最初の著作『行動の構造』は、動物の行動の発達の過程を明らかにしながら、その中に人間の行動を位置づけようとしています。これは、ゴルトシュタインの全体論的神経生理学によりかかりながらやった仕事です。次が『知覚の現象学』です。この本ではゲシュタルト心理学のもつ哲学的な含意を洗いざらい明るみにだそうとしています。メルロ=ポンティをはじめて読むと、神経生理学や心理学の話ばかりでてきて、どこが現象学の本なのだととまどいますが、でも、それは生理学や心理学に伴走しながら、方法論的改革をうながし、その哲学的意味をとりだそうとしているわけですから、現象学の発展としてはもっとも正統的なものです。」(木田元「闇屋になりそこねた哲学者」ちくま学芸文庫、p164)

メルロ=ポンティの名前は聞いたことはあれど、恥ずかしながら、これまで一冊も読んだ事がなかった。だが、ユクスキュルの「環境世界理論」とメルロ=ポンティの議論を重ねた授業は、15年前の大学生の頃、何となく聞いた覚えがある。当時の狭隘な精神の持ち主は「何で哲学の先生が生物学の話をするだろう」という狭い認識だったし、その後グッドマンの「世界制作の方法」なんて話を持ち出されても、さっぱりわからなかった。当時からの友人Fくんがメルロ=ポンティが好きで、確かみすずの「知覚の現象学」を抱えていて、格好良いなという阿呆なため息をしていたのは、妙に映像に残っているけれど…。
だが、先の木田元氏の一文を読んで、15年前のわからなさを思い出すほどの風が吹き始め、急にわかったような気になり始めた。そしてそれは、前回ご紹介した松丸本舗のプロデューサー、松岡正剛氏によると、こういうことらしい。
「ぼくが最初にプラトンを読んだのは20歳くらいのときでしたが、あのわかりにくいギリシャ人名と会話体にほとんどなじめなかった。(略)それから三年ほどたって『ティマイオス』を読んだら、ずっと読みやすかった。(略)なぜ読みやすくなったかというと、これはその前にヘルマン・ワイルの『数学と自然の哲学』という本を読んだら、ワイルが『ティマイオス』を薦めていたので読んだんです。ワイルは必ずしもプラトン主義者ではありませんが、二十世紀を代表する自然哲学の理解者としては、ほぼ完璧なほどのプレゼンテーション能力の持ち主で、きっとぼくはその起伏感や強弱感によってプラトンを読んだのだろうと思うんですね。そうしたら、びっくりするくらい面白かった。これはおそらく、ぼくがワイルの味蕾を使って読んだからです。そして、ワイルからプラトンへというコースウェアがひとつながりになって、そこにまだわずかではあったけれど、『感読レセプター』ができたか、その調節の案配がついたからです。」(松岡正剛「多読術」ちくまプリマー新書、p74)
そう23歳の松岡正剛氏がワイルの味蕾を手がかりにプラトンに入り込めたのと同じように、35歳の僕は、木田元の味蕾を手がかりに、現象学に入り込めそうな気がしてきたのだ。それは、木田元氏がハイデガー研究の第一人者だけではなく、ご本人に拠れば「結果的に」ということだが、メルロ=ポンティーのほぼ全ての翻訳者であるところに起因する部分が大きい。彼は現象学を自家薬籠中のものにしている第一人者が、しかも語り起こし的に(対話的に)わかりやすく解説してくれている、つまり「ぼ完璧なほどのプレゼンテーション能力の持ち主」であるがゆえに、「その起伏感や強弱感によって」現象学が読めるのではないか、と思いついたのだ。
だが、自宅の本棚にはあいにくメルロ=ポンティの本はない。最初の著作『行動と構造』は確かに先週の水曜日、丸善で手に取ったのだけれど、買ったかどうかは覚えていない。(明後日あたりに丸善から届くと思うのだが、多分買わなかっただろう。) ネットで早速講義録の『眼と精神』は注文したけれど、届くのは月曜日。で、本棚を漁っていたら、以前チャレンジしようと思って諦めた鷲田清一さんの『現象学の視線』(講談社学術文庫)が出てきた。よしこれだ、と思ったが、すぐに頭から読まない、と今回は決めた。それは、松丸本舗のブックショップエディターMさんが思い出させてくれた、松岡正剛氏の本読みの仕方に従ってみようと思ったからだ。
「実はぼくのばあい、書店で手に取った辞典で、本をパラパラめくる前に、必ず目次を見るようにしています。買う買わないは別にしてね。せいぜい一分から三分ですが、この三分間程度の束の間をつかって目次をみておくかどうかということが、あとの読書に決定的な差をもたらすんです。(略) この三分間目次読書によって、自分と本の間に柔らかい感触構造のようなものが立ち上がる。あるいは柔らかい『知のマップ』のようなものが、ちょっとだけではあっても立ち上がる。それを浮かび上がらせたうえで、いよいよ読んでいく。これだけでも読書は楽しいですよ。」(松岡正剛、同上、p70-71)
そう、この目次読書をこれまで僕は「へぇ」と思いながら、全然実践していなかった。だが、今回少し自分にとっては疎遠な現象学に取り組んでみようとした時、何となく件の鷲田氏の本の「はじめに」を読んでみた。その中で、この本が①「世界との関係」、②「他者との関係」、③これら二つの関係態がたがいに接合し合う場」、④「これらの関係が関係それ自身へと再帰的に関係していく場面」の4つの位相で問うており、本書ではそれぞれ<経験><共存><日常><知>の四つのテーマで論じられている、と書かれている。(鷲田清一、『現象学の視線』、p9) だが、その後目次を見てみると、先に③の章があってから、①→②→③という構成になっている。なるほど、日常の生活世界について、まず読者が疑ってみることを誘い水とした上で、改めて「世界との関係」から問いなおそう、とうい構造なのかな、と思った。だが、僕は既にここ半年の間でこの「生活世界」への、つまりこれまでの「当たり前」への疑いの準備が出来ている。それなら一足飛びで①に入ってみよう、と90ページの第二節から入ってみた。これが、大当たりだった。
「既知の安定した生活にひび割れを起こさせかねないようなある切迫した気配が漂うとき、親和的な意味地平が揺らぎだし世界の浮き彫りが周縁から崩れ出しそうな気配に襲われるとき、馴染まれた解釈枠がきしみだして、ひずみを生じさせるような予兆が現れるとき、経験は本来のある生産的、創造的な営みをふたたび開始する。意味の一定のパースペクティブの下で中心化された世界が平衡を失いだした時は、解釈の網の目からこぼれおちたもの、中心から押しのけられて秩序の欄外にとどまるものが、一義的な解釈の下で枯渇させられていたその諸可能性を取り戻して、蠢きはじめるときでもある。このような気配が誘い水となって、経験の秩序構造の刷新への胎動が始まる。」(鷲田清一、同上、p106)
今書き写していて改めて感じるのだが、前回のブログで書いた、この春からの自分自身の変容とは、実は鷲田氏の言う「経験の秩序構造の刷新への胎動」そのものだった。3月始め、色んな事に気付き始めた時、文字通り「親和的な意味地平が揺らぎだし世界の浮き彫りが周縁から崩れ出しそうな気配に襲われ」た。頭の中がグラグラして、何だこれは、という世界観のパラダイムシフトが生じた。その間の記録を見てみると、確かに「智恵熱」に浮かされて書いていたことが思い出される。5年間このブログを読み続けてくださっているM先生が、「最近は長すぎて読めない」と仰られた時期に一致するが、それは長すぎるだけではなく、「崩れだしそうな気配」が内包されている文章だったからだろう、と今では感じる。
だが、これまでの自分が、その中心世界へと固執しすぎた為、「一義的な解釈の下で枯渇させられていたその諸可能性」を探そうと必死になっていた。それが、ダイエットという身体編成の変容が鍵となり、まさか落ちるはずがなかった体重が落ちるなら、精神的変容も不可能ではないかも知れない、という「ひび割れ」へと繋がったのだろう。そういう「誘い水」があって、自分の中での「経験秩序構造の刷新への胎動」が進み始めたのだ。
そう、あんなに縁遠いと感じていた現象学の世界に、今回は入り込めはじめたのだ。これはいみじくも松岡氏が指摘するように「読む前に何かが始まってる」(p80)からこそ、「自分と本の間に柔らかい感触構造」が立ち上がったときに、行ける、とつっこめるのである。そうすると、僕が最近気になっている複雑系も、このメルロ=ポンティや現象学と介在させれば繋がってくるし、以前から好きだった木村敏氏や向谷地氏の著作、浜田寿美男氏の著作だって、ある連関が現象学という補助線があればつなってくることも、何となく気付き始めた。松岡氏のいう「ハイパーリンク」とは何か、が文字通り体感できはじめたのだ。
前回のブログの冒頭で、
35歳にして、遅まきながら、生まれ変わりはじめている。」
と書いた。その事の意味が、そして「風が通る本読み」とはなにか、が、体感できはじめた、そんな週末だった。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。