わたしたちの怒りが社会を変える

アメリカの障害者運動のリーダーで、後にアメリカ政府や世界銀行でも活躍したジュディス・ヒューマンの伝記『わたしが人間であるために 障害者の公民権運動を闘った「私たち」の物語』(現代書館)を読む。そこには、差別され、排除されてきたがわだからこその悔しさと、絶対に諦めない不屈の精神が溢れている。そして、彼女の言葉はほんまもんの力強さで、読む人を揺さぶる。(彼女の語りはTEDでも見れる)

この本は、公民権運動から疎外されていると感じていた障害者達が、自らの市民としての権利を獲得するために、連邦政府ビルを占拠して激しい抗議活動を行いながら、政府高官や政治家と交渉を続け、障害者の権利を認めさせてきた、その闘いの内実や、そうせざるを得なかったジュディスの憤りがひしひし伝わってくるし、物語としてめちゃくちゃ面白いので、あっという間に読んでしまう。そして、障害者運動の歴史的意味に即した解説は、巻末に日本の障害者運動のリーダーのお一人、尾上浩二さんがバッチリ書いておられる。なので、ぼくは個人的に揺さぶられた部分をご紹介してみたい。

「 あなたのことを無視する時、相手は意図的に力を誇示している。相手は基本的にあなたが存在しないものとして振る舞う。そして、そう振る舞う理由は、それが可能だからだ。それをしても、自分の身には何も起こらないと思っているからだ。
無視は人々を沈黙させる。無視することで、意図的に和解や妥協を回避する。そして、自分が無視されても仕方がない存在だと感じさせることで、「自分は価値のない人間だ」 と言う最も嫌な恐怖心を植え付けるのだ。その結果、無視された間は、騒ぎを起こすか、黙殺される状況を受け入れるか、の二択を必然的に追い込まれてしまう。
もし、無視をする相手に対して立ち上がり、困らせるようなことをすれば、あなたは礼儀正しい言動の規範を破ったことになり、最終的にはもっと嫌な気分にさせられ、力を削がれ、おとしめられた気分にさせられるのがオチだ。」(p213)

彼女は障害を理由に学校への入学を拒否され、大学卒業後もニューヨーク市で教師になりたいと願うも障害を理由に拒否され、あるいは飛行機に乗るときに介助者がいないから搭乗拒否をされ・・・と様々な場面で拒否され続けてきた。それだけでなく、彼女や障害者運動の仲間達が、不公正な現状を変える法改正を訴えても、役人や政治家は彼女たちの発言を無視し続けてきた。そもそも普通高校に進学した折にも、彼女はふつうの同世代の友人として見なされていなかった。「基本的にあなたが存在しないものとして振る舞う」一般人と、ずっと出会い続けてきた。

でも、彼女は泣き寝入りしたり、自分の夢を諦めたりしない。「自分が無視されても仕方がない存在だと感じさせることで、「自分は価値のない人間だ」 と言う最も嫌な恐怖心を植え付ける」という構造をそのものを理解し、それはおかしい、許されるはずがない、と小さいときから感じていた。怒りに蓋をしなかった。だからこそ、「騒ぎを起こすか、黙殺される状況を受け入れるか、の二択を必然的に追い込まれてしまう」状況では、必ず彼女は声を挙げた。それは、彼女が「存在しないものとして振る舞う」一般社会に対する異議申し立てであり、おかしいものはおかしい、というごくまっとうな姿勢からであった。

とはいえ、彼女は最初から「礼儀正しい言動の規範を破」ることを平気でやってのける人物だったのではない。

「 成長するにつれ、私は2つの真実を経験した。私の母は闘士だった。同時に、母は父には従順だった。 自分の意見を通すためなら、当局に疑問を突きつけるためなら、自分のために立ち上がるためなら、なんでもしろと教えられてきた。同時に、私はいい子になるように育てられた。」(p235)

ジュディスの母は、彼女が学校に入れるように、教育委員会や近隣に働きかけることを惜しみなく続けてきた。その意味では、その当時の「障害のある子どもに普通教育は必要ない」という社会規範に異議申し立てをする闘士であった。その一方で、家の中では夫に従順である、という意味で、家父長制的価値規範には従順であった。これは、障害があることを理由にして人生を諦めるな、という意味で、「自分の意見を通すためなら、当局に疑問を突きつけるためなら、自分のために立ち上がるためなら、なんでもしろ」という闘士の精神である。その一方、家父長制的な価値規範の中で「いい子になるように育てられた」。

そして、ジュディスは障害のある女性、ということで、複合差別を受ける事になる。最近は交差性(intersectionality)という言い方もしているが、複数のアイデンティティ(障害者であることと、女性であること)の両方が重なる=交差する事によって、複合的な差別にあう、ということである。ジュディスの場合は、戦う障害者運動のリーダーとして、様々な異議申し立てをしてきた。だが、仲間とともに作った当事者組織(WID)の共同代表を降りることが求められ、男性リーダー(エド・ロバーツ)に一本化することが、彼女のいない理事会の場で決められてしまう。彼女は「でしゃばり」と言われたが、エドは「でしゃばり」とは言われなかった。(p237)

「本音を言えば、わたしはエドみたいに自分を前面に出したことはなかった。エドはそれを自然とやっていた。物事は動き、自分は歓迎されて当たり前だとエドは思っていた。特権はそこにあるものだった。でも、わたしにとって、それは働きかけて初めて得られるものだった。わたしの考え、わたしの存在そのものでさえ、受け入れられて当然だと感じたことは一度もなかった。意識していなくても、男性とは異なる振る舞いをするようになっていた。」(p235)

エド・ロバーツも、ジュディス・ヒューマンも、世界的に知られた障害者運動のリーダーである。そして、2人で共闘する中で、アメリカ社会での差別禁止の法制度を実現させていった。だが、この2人の間にも、男性と女性という違いゆえの、交差性問題が生じていた。ジュディスは主張することだけでなく、いい子になるよう育てられたゆえ、エドのように自分を前面に出す機会を逸して、それゆえ、共同代表の座から下されたのである。これは、障害者運動の中でも、男性の無自覚な特権性に基づき、女性障害者に「でしゃばり」とレッテルがはられる風潮が続いていたのである。

だが、ジュディスは、その自分の中の「いい子性」を、少しずつ脱ぎ捨てていった。「でしゃばり」と言われようと、怒ることをやめなかった。

「この怒りは間違っているのだろうか? 小さいときに教え込まれたように、これらは女性らしくない、自分勝手な振る舞いなのだろうか? わたしはそうは思わない。私たちの怒りは、根深い不平等によって焚き付けられた憤りだ。憤りに値する、数々の過ちがあったのだ。そして、その憤りがあったからこそ、私たちは現状に風穴を開けることができたのだ。」(p237-238)

これはアメリカの、カリフォルニアの、1970年代の障害者運動だけの課題ではない。日本のいま・ここにおいて、障害者運動だけでなく、女性差別や、様々な社会問題が放置されている中で、「根深い不平等によって焚き付けられた憤り」がTwitter上には溢れている。だが、ジュディスはそれを匿名で誰かに罵詈雑言を投げつけて終わるようなことはしなかった。そうではなくて、良い子の仮面を脱ぎ捨てて、あかんもんはあかん、と立ち上がり、実名で抗議活動に取り組み、実際に社会的な不平等を変えていき、現状に風穴を開けていった。彼女は怒りに蓋をしたりなかったことにして、「いい子のふり」をしなかった。そうではなくて、おかしいことはおかしい、と怒り続けることで、それを社会変革のパワーに変えて来たのである。

手前味噌であるが、今年出した拙著との共通点を思い出していた。『脱「いい子」のソーシャルワーク:反抑圧的な実践と理論』という共著を、この本と同じ現代書館でこの春出した。そのタイトルを考える際、反抑圧的実践を日本で伝えるために、どんなタイトルが良いかを著者チームで相談した際、「体制にとって都合のいい子」をやめよう、という意味で、「脱いい子」というタイトルをつけた。実は、福祉研究者の一部から、このタイトルにモヤモヤする、という声を仄聞していた。だが、今回ジュディスの伝記を読んで、改めてこのタイトルで良かったと思っている。障害者であれ支援者であれ、「でしゃばり」と言われたくないので、おかしいと思っても「いい子」の仮面を脱ぎ捨てられない人は多い。でも、本当に社会を変えたいなら、福祉用語で言えばソーシャルアクションに取り組みたいなならば、「いい子」でいること、というのが、自らにつけられた足枷であり、自己呪縛である、ということに気づく必要がある。先達のジュディスは、悔しい思いを重ねる中で、その悔しさが、複合的な差別要因を内面化し、自覚化できていなかったゆえのものである、と気づいた。その上で、それを言語化し、憤りを怒りとして表現し、社会に訴えかける事により、社会を変えてきた。あかんもんはあかん、と怒りを表明しても良いのである。それを地で証明してくれたのだ。

その彼女たちの怒りを、障害が現時点ではなくて、男性という特権を持っている僕が、どう理解できるか、受け止められるか。彼女たちの怒りの声に真摯に耳を傾けられるか。その上で、何ができるのか? そういうことが問われていると思うし、それが昨今の日本でも使われ始めたally(同盟者)に求められている課題なのだと思う。

そして、最後に翻訳についてひとこと。この本の訳者、曽田夏記さんは、次世代の障害者運動のリーダーのお一人である。その彼女が訳した文章は、実に読みやすい。実はぼくも原著を持っていて、でも曽田さんが訳されると聞いて「積ん読」だったのだが、今回翻訳を読み終えて、改めて原著をパラパラ拾い読みしてみた。どの部分もスッと頭に入ってくる。翻訳を読んでいるのだから当たり前だろう、と言われるかも知れないが、さにあらず。翻訳がひどいと、原著のテイストと全然違う場合が少なからずあるのだ。「え、こんなことを言いたかったんだ、意味がわからないのは翻訳のせいだったんだ」とがっかりすることも、数知れず。でも、この本の場合、原著のヴォイスが、そのものとして日本語に変えられている。それは、「障害のある仲間たちが日々の活動の中でわたしに聞かせてくれた経験や感情」(p326)を血肉化した曽田さんだからこそ、選び取ることができた表現だったのだ、とも感じられた。

そういう意味では、ジュディスやアメリカの障害者運動の息吹が、日本の障害者運動の息吹と交差するなかで、すぐれた翻訳作品としてできあがった傑作である。夏の読書のお供に、是非ともオススメする。少なくとも、障害者関連で読んだ本では、文句なく古典的名著になる一冊である。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。