エピファニーと自己物語

自分自身に関する・開かれた、アカデミックな文体や論理で語る自己物語。直訳するとそんな感じになる『オートエスノグラフィー:質的研究を再考し、表現するための実践ガイド』(新曜社)という解説書を読んだ。その中で興味深かった内容を、オートエスノグラフィックに紹介したい。

「オートエスノグラファーは、エピファニーについても書く。それは、私たちを変化させ、自らの生に疑問を抱かせる、驚くべき、日常からかけ離れた、人生を変えるような経験である。その過程で、エピファニーはトラウマを刺激し、悲しみや不快を感じさせ、そして時にはより満たされた人生をもたらしもする。」(p28-29)

エピファニー(epiphany)を英英辞典で引くと、こんな風に書かれていた。

a moment when you suddenly feel that you understand, or suddenly become conscious of, something that is very important to you

「『これは自分にとって大変重要なことだ』と、ぱっとわかったと感じたり、ぱっとそう意識化できた瞬間」

僕にとって上記のようなエピファニーの瞬間は、東日本大震災以後の混乱期であり、子どもが生まれたあとの混乱期だった。どちらも、これまでの自分の当たり前や生きていく規範のようなものが大きく揺さぶられ、ぼくを「変化させ、自らの生に疑問を抱かせる、驚くべき、日常からかけ離れた、人生を変えるような経験」となった。そして、ぼくはそのしんどい時期を、自らの内的感覚を言語化しながら一体どういうことなのかを考察しようとした。それをブログnoteに書きながら考え、結果的には『枠組み外しの旅』『家族は他人、じゃあどうする?』という形で書籍化を果たすに至った。

今まで全く意識化できていなかったが、確かにこの二冊の出発点は自分にとっての大きな人生の転換期という意味で、エピファニーだった。前者では、それまで「すべきだ・しなければならない(shold, must)」で思っていた被災地支援と、「今の自分には無理だ」という「したい・したくない(would like to)」のズレが最大化し、気が狂いそうになっていた。だからR・D・レインの『ひき裂かれた自己』を読んで、まさに自分がその状態だと気づいて、そのことをブログに書いた。その後、ぼく自身の引き裂かれは、社会に求められたshould, mustを内面化して、魂が植民地化されているのではないか、という視点から、「魂の脱植民地化」に関する「枠組み外し」を掘り下げていき、1年後には本ができあがっていた。ちなみに、この「ボランティアのしんどさ」については、3月に出る『モヤモヤのボランティア学』の中でも深掘りしたオートエスノグラフィー的文章を書いている。

後者では、子育てを始めて以来、業績至上主義で馬車馬のように働いてきて、業績を積み重ねないと生き残れない(Publish or Prish)を内面化して、出張しまくる生活が、すべて立ちゆかなくなった。それは、生産性至上主義とかワーカホリックを無自覚に内面化していたぼくにとって、仕事依存を絶つ、という意味では、ある種の禁断症状や生き方への大きな問いがもたらされることだった。でも、この生産性至上主義を問い直す中で、ケアを基盤とした社会とは何か、を体感的に理解し始めたので、それを言語化していった。

つまり、僕が遭遇したエピファニーの意味や価値を考え、書いているうちに、本になってしまったのである。

「エピファニーは、私たちのなかに残る印象、『危機的な出来事が終わった後もおそらく長く』持続する『想起、記憶、イメージ、感情』を生み出す。これらのエピファニーは私たちを立ち止まらせ、省察へと導き、その出来事の前には探求する機会も勇気も持ち得なかったであろう、他者や私たち自身の姿を探求するよう促す。」(p50)

確かに、二つの書籍につながる言語化も、エピファニーとの出会いという圧倒的な体験がなかったら言語化することは決してなかったことだと思う。その圧倒的な出会いの中で、「私たちを立ち止まらせ、省察へと導き、その出来事の前には探求する機会も勇気も持ち得なかったであろう、他者や私たち自身の姿を探求するよう促」してくれたのだ。自分が所与の前提にしていた「枠組み」を問い直すこと、さらに言えば「生産性至上主義」というこの社会の前提を問い直すこと、そんな「勇気」は、圧倒的体験としてのエピファニーがないと、問い直せなかった。というか、問い直さないと、僕は生きていけなかった。

それでいうと、義父が亡くなった、というのもエピファニーの一つだ。その前後で、妻も大きく苦しみ、妻と共に生きるぼくも大きく揺り動かされてきた。そのことを言語化しておきたいと、葬儀が終わった後、忘れないうちにノートPCにメモを取り出したことが、「死にゆく者が生者を束ねゆく : アクターネットワークセオリーで辿る義父の死」という論文になっていった。

ただ、これらの文章が論文として機能するためには、「ナラティブ合理性」が求められるという。

「ナラティブ合理性は、ナラティブ蓋然性(probability)とナラティブ忠実性(fidelity)の二つの要素からなる。ナラティブ蓋然性は、物語が首尾一貫しており、つじつまが『合って』おり、そして矛盾がないときに存在する。物語に、読者はこう尋ねるる。『この物語は、語り手やキャラクターが述べたように起きることが可能だったのだろうか?』 ナラティブ忠実性は、物語の『真実性の質』を問う。つまり、『推論の健全性とその価値の真価』である。その物語について、読者はこう尋ねる。『その物語のなかの行動や相互作用は、『十分な理由』によって起きているか?』 そして、『この物語の教訓は、私の人生に関係していて、価値があるか?』」(p102)

「ナラティブ蓋然性」と「ナラティブ忠実性」という概念は知らなかったけれど、ぼく自身が上記の論考を書くときも、ここで語られた二つの合理性は大切にしていたことである。ナラティブ蓋然性については、首尾一貫した物語になるためには、ストーリーテリングが大切になってくる。特にエピファニーに基づいた記述の際、そのエピファニーが圧倒的なものであればあるほど、「ほんまかいな?」と疑いたくなる。だからこそ、それが「ほんまなんやなぁ」と読者に納得してもらうようなストーリー展開の記述が求められるのだ。それは、義父の死にまつわる記述でも、意識したポイントである。

ナラティブ忠実性について書かれた『推論の健全性とその価値の真価』というのも、深く頷く。圧倒的なエピファニー体験と、それが一体どのような意味や価値があるのか、理論的世界をロジカルにつなぐためには「推論の健全性とその価値の真価」が問われる。子育てをしながら己の生き方を問い直した際、それが生産性至上主義とどのようにつながっているのか、という「推論の健全性とその価値の真価」を丁寧に述べようとしたし、でもそれは理論の具体例で終わらないように、現実の現象と理論の結びつきを丁寧に辿ろうとした。

自分自身に関する記述であるオートエスノグラフィーだからこそ、その自分に関する語り=ナラティブの合理性はかなり重要視される。エビデンスはその語りにしかないのだから、ナラティブ忠実性やナラティブ蓋然性といった二つの合理性をしっかり打ち出さないと、信頼してもらえないのだ。

その上で、オートエスノグラフィーに関する「関係性の倫理」についても、以下のように描かれている。

「・著述の動機や方法を批判的に省察することで自己満足を回避する。
・『抑圧的システムを永続化していたり、その対象である事への自身の関わり』を吟味することで、経験を表現するときに、非難したり恥じたりすることを避ける。
・フィールドワークの経験を謙虚に、批判的に省察することによって、英雄視することを避ける。
・不正義や抑圧の批判的分析を提起することなく、自己や他者を犠牲者として位置づけることを避ける。
・研究者としてのアイデンティティと特権を認識することによって、自己正当化を避ける。
・あなたが表現する文化や経験の歴史、文化、ポリティクスについて学び、自己/他者との関わりを失うことのないようにする。」(p102)

「著述の動機や方法を批判的に省察する」というのは、オートエスノグラフィーにおいては肝となる関係性の倫理だと思う。自伝や自慢話のような「自己満足を回避」するためには、エピファニーに遭遇した後、どのように自らの生を生きてきたのか、それはそれまでの人生とどう違ったのか、なぜそのような価値観を抱いたのか、といったことに、批判的に省察を加えて行く必要がある。これは「英雄視することを避ける」ことにもつながる。

一方、ぼく自身が子育てを始めた際に、生産性至上主義にはまり込んでいると気づいて、深く自分を恥じた。だが、それは自分の個人的な問題というより、この社会の抑圧的システムの永続化が個人化された問題と捉えなければならない。だからこそ、個人化された問題の社会的意味や価値を省察することによって、「経験を表現するときに、非難したり恥じたりすることを避ける」ことが可能なのである。これは安易に「犠牲者として位置づけ」ることを禁じる、ということにもつながる。

最後の二つについては、研究者が自分のことを言語化する際への戒めである。「あなたが表現する文化や経験の歴史、文化、ポリティクスについて学び、自己/他者との関わりを失うことのないようにする」というのは、言語化の鍵になる。この本については、セクシャルマイノリティの当事者の語りについて書かれていたが、障害者文化であれ、子育てであれ義父の死であれ、その当事者文化の歴史やポリティクスをしっかり学んで言語化する必要がある。自分が代表例だ、という安易な標準化や普遍化をしないように、その物語が「表現する文化や経験の歴史、文化、ポリティクス」にリスペクトを常に抱きながら、その文化や経験の一表現に過ぎないし、他の表現だってもちろんあり得る、という立ち位置が求められるのだ。それが同じ文化や経験を共有する「自己/他者との関わりを失うことのないようにする」ためのポイントなのだと思う。

そういう意味で、この本に書かれていることは、ぼく自身が書いてきたものを確認する上でも、そして今後の自分の書くものを考える上でも、大切なリフレクションをもたらす一冊だった。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。