凡庸で退屈な文章を越えるには

週末に伊豆に出かけてきた。選んだのは、楽天で評価の高かった「海童」というお宿。3部屋しかない民宿だが、居間とは別にベッドルームもあり、また食事もそれぞれ専用の食事スペースで食べられるので、温泉宿特有の、仲居さんに急かされるパターンは皆無。非常にのんびりできた。金目鯛も目茶旨く、海をみながらのお風呂も最高だった。

その旅先で読み続け、昨晩読み終えた本に、読後の今も揺さぶられている。
「僕は僕の心の中に深く暗い豊かな世界を抱えているし、あなたもまたあなたの心の中に深く暗い豊かな世界を抱えている。そういう意味合いにおいては、たとえ僕が東京に住んでいて、あなたがニューヨークに住んでいても(あるいはティンブクトゥに住んでいても、レイキャビクに住んでいても)、我々は場所とは関係なく同質のものを、それぞれに抱えていることになります。そしてその同質さをずっと深い場所まで、注意深くたどっていけば、我々は共通の場所に-物語という場所に-住んでいることがわかります。」(村上春樹『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』文芸春秋 p188)
村上春樹の小説に初めて心かき乱された(disturbed)のは、大学年生の夏休みだったろうか。「ねじまき鳥クロニクル」を読んでいて、井戸の中にいるオカダトオルに同期したような気がして、竜巻の中に身を置くような、かき乱された気分になった。若気の至り、とは別の種類の、パンドラの箱が開かれたような気分。それはインタビューに答える村上春樹氏の言葉を借りたら「あなたの心の中に深く暗い豊かな世界」と、「ねじまき鳥」で展開される「僕」の「深く暗い豊かな世界」がアクセスした瞬間、であろうか。良い子ぶりっ子していた自分の中に、こんなに「深く暗い」世界が潜んでいる事に驚きながらも、むさぼり読んでいたような気がする。
「作家が物語を立ち上げるときには、自分の内部にある毒と向き合わなくてはなりません。そうした毒を持っていなければ、できあがる物語は退屈で凡庸なものになるでしょう。ちょうど河豚のようなものです。河豚の身はとてもおいしいのですが、卵巣、肝臓などの部位には致死量の毒を含んでいることもあります。僕の物語は、僕の意識の暗くて危険な場所にあり、心の奥に毒があるのも感じますが、僕はかなりの量の毒を処理することができます。」(p424)
僕自身がこないだから苦しんでいたのは、自分自身が書いている文章が「退屈で凡庸なもの」である事に対して、だった。毒もピリリとした刺激もない、誰が書いても代替可能な文章。顔のない文章。書いている当時はワクワクして、一所懸命書いたはずなのに、時間が経って見直してみると、非常にreader friendlinessに欠けていることがわかってきた文章。自分の語りと、他者(査読者)の視点が重なり合わない文章。陳腐な規範的な物言いの文章・・・。
直接的にはこの夏の宿題となっていた原稿類についての思いだが、そもそも文章を書くということ全体に対しての懐疑的な気持ちが、今になって極大化しつつある、という方が、正鵠を得ているだろうか。とにかく、文章を書いていて楽しくなかった。・・・ということに、彼の本から改めて気づかされる。
「まあ確かに人生には、楽しいこと面白いことがいろいろあるとは思うんです。たとえば女の人と遊んだり、賭け事をしたり。ただ僕はたまたま他の何よりも、うまく小説が書けるわけ。女の人もべつに口説けなくはないけど、それでもやはり女の人を口説くよりは小説を書く方が得意ですね、どちらかと言えば(笑)。そしたらやっぱりそのいちばん得意なことを、少しでもいいからもっと奥まで突き詰めていきたいじゃないですか。小説以外で、翻訳はやってますけど、それ以外のことはあまりやりたいと思わないんですね。小説書くか翻訳するか。小説はいつ書いてられないから、小説を書いていないときは翻訳をするし、小説を書きたくなったら小説を書く。『注文を受けては小説を書かない』というのは、ほとんど最初から通していることです。何月何日までにという締め切りができちゃうと、ものを書く喜びがなくなっちゃうから。自発性も消えてしまうし。」(p516)
「ものを書く喜び」が文章の中にないと、その文章は死んだ魚のような腐臭がしてくる。「毒」にき合う覚悟がないと、背骨の書けたクニャクニャな文章になる。「奥まで突き詰めて」いない文章は、「退屈で凡庸」であり、深みと拡がりにかける。自分自身がある文章表現を通じて「心の中に深く暗い豊かな世界」に降りていかないと、他者と「共通の場所」にたどり着く事が出来ない。そんな陳腐な文章は、小説であれ論文であれ、読んでいて面白くない紙屑以外の何ものでもない。そして、僕自身、締め切りに焦って、「ものを書く喜び」から遠ざかり、非自発的な「紙屑製造器」と化しているのではないか・・・。
手あかの付いた理論、言語、フレーズに自己陶酔していると、その時には「楽しい」ようにみえても、後で読み返したら、実に陳腐な文章であることが少なくない。自分が何かを伝えたい、と思うなら、わかりにくいフレーズに自己陶酔するのではなく、わかりやすいメッセージに書き直す・書き換える自己洞察が必要だ。
「何かを人に呑み込ませようとするとき、あなたはとびっきり親切にならなくてはならない。『いや、自分さえわかていればそれでいいんだ』という態度では、ほとんど誰もついてきてくれない。」(p201)
自分自身の「深く暗い豊かな世界」をを掘り下げ、「もっと奥まで突き詰めて」いくこと。そして、それを表現する時には、「毒」を排除せずに腑分けしながら、向き合っていくこと。その上で、「とびっきり親切」にわかりやすく書いていく事。
単に自分自身のこだわり、といった私的な次元での掘り下げで終わらず、普遍的な課題にアクセスするまで掘り下げた上で、それをユニバーサルな(簡易で分かりやすい)言語として書き示す事。これはなにも小説だけでなく、僕自身の文章にだって求められている。
恥ずかしながら、この本を読むまで、僕自身、文章を書く際の「書く喜び」を忘れかけていた。それをどう呼び覚まし、かつプロとしての書き手、でいられるか。これは僕自身の実存にも結びつく課題である。

魂に出会うこと、『自分を巻き込む』こと

海外出張から帰った後の馬車馬のような日々も、ようやく昨日で一区切り、大学も始まったし、〆切仕事も一つを除いて片づいて来たので、ようやく日常モードに戻る。やれやれ。そこで、ブログも通常モードにもどります。

神戸大学の金井壽宏先生は、面識はないけれど、勝手に個人的に尊敬している研究者のお一人。リーダーシップ論や組織の変革マネジメントがご専門なので、一見すると僕の専門から離れているように捉えられるかもしれないが、福祉現場の職員研修・エンパワメントの仕事に携わっていると、福祉の本棚に役立つ本は少ない。以前とある組織のフィールドワークをする中で、その組織の職員研修や組織体系についての問を持って以来、この5,6年あまり、マネジメントや組織論の本も我流で読み漁っている。その中でも、金井先生と伊丹敬之先生の本からは学ばされる事が多く、お気に入りの本も少なくない。
今回とりあげるのは、金井先生が、複数のグローバル企業で人材育成を手がけてこられた増田弥生さんと書かれた共著。増田さんの視点は僕にもスッと入ってくるものであったが、一番フィットしたのが、次の部分。
「『今ここ』の瞬間のありのままの自分でいると、自分の魂レベルと感情レベルと思考レベルがいずれもずれないので、周囲から見ても軸のぶれていないリーダーとなり、職場の判断軸も明らかになってきます。リーダーがありのままでいないと、周囲の人も居心地が悪く感じて、自分のありのままを出しにくくなり、本来持っている力を発揮しづらくなると思います。」(増田弥生・金井壽宏著『リーダーは自然体』光文社新書 p218-219)
この中で増田さんがいう、「魂レベルと感情レベルと思考レベル」というフレーズにピンときた。そう、思考と感情については、誰でも思いめぐらすことがあっても、魂レベルまで、普段から意識しているだろうか。ちょうど、昨日の地域福祉論の講義で、認知症の当事者である、クリスティーン・ブライデンさんのDVDを学生と一緒に見ていたのだが、その中でも、彼女はこんなことを言っていた。
「私に出来ないことは多くなっても、一瞬一瞬を楽しみ、感情や魂を持つ一人の人間としてみてほしい」
そう、感情と魂とは別であり、感情が乱れても、その奥底にある自分の魂自体には一貫性がある。確か、夭逝した哲学者、池田晶子も「私とは何か」の根元を追いかけていったときに、最後にたどり着くのは「魂」だと言っていた。思考で考えるだけ考え詰めても「考えているところのこの私とは何か」については、思考ではたどり着けない。五感をとぎすませても、その感覚が沸き上がってくる泉の源泉には触れられない。その部分に魂がある。そう考えた時に、リーダーシップを「自然体」で発揮する為には、「感情」や「思考」だけでなく、自らの「魂」を意識して、情や思考だけでなく、魂も含めた「「『今ここ』の瞬間のありのままの自分でいる」ことによって、風通しのよいリーダーが生まれる、という文脈に、私は受けとった。また、彼女は次のようにもいう。
「自己受容は、人を巻き込んでいくプロセスにも欠かせません。なぜなら、自分自身を巻き込めない、つまりその気にさせられない人に、他者を巻き込んで、その気にさせることはできません。『自分を巻き込む』とは、表現を変えれば、自分が心の底から何かを信じて行動できる状態であり、そういうときに、他の人はその人を信じてついていこうという気になるのです。」(同上、p246)
何かを変えたい、と思う前に、まずは自己受容して、自分自身を巻き込んで、自分自身を変えるための行動が出来ているか。この問は、先ほどの魂レベルの話とも繋がってくる。本当に「自分を巻き込む」人は、「心の底から何かを信じて行動出来る状態」、つまり思考や感情のレベルだけではなく、いわば「肝が据わった」状態で、魂のレベル、その人の存在の根底の部分から動こうとしている。すると、なまっちょろい思考や口先レベルの行動とは全くことなり、渦が出来ているが故に、そこに他の人が引きつけられ、そこから巻き込みの渦が広まり始まるのだと思う。
これは、もちろん相手に直接接している場面を想定して書かれているが、僕自身は、文章においても同じ事が言えるのではないか、と思う。つまり、このブログも含めて、自分自身が書く文章が、自分の魂レベルとアクセスしているか、「自分を巻き込む」文章になっているか、ということである。
9月末〆切の原稿の幾つかで悩んでいる時、この問題に直面していた。規範論的な文章を概説的に求められると受けとったある原稿でのこと。だが、自分自身では「教科書」的な当たり障りのない文章を書きたくない。それでは「魂」まで「巻き込む」ことが出来ない。ゆえに、書く視座が定まらず、海外出張中に全く書き出せず、帰国後もなかなか書けなかった。辛くて、久し振りに土俵際まで追いつめられたような気分だった。
だが、こないだのゼミ合宿中、学生達の実存の悩み、というか、魂の部分が前面に出た議論を聞いているうちに、ふと気づいたのだ。彼ら彼女らの魂のレベルでの問に比べて、己の課題は本当に魂の問題にアクセス出来ているだろうか、と。魂にちゃんと触れるような書き物をしようとしているだろうか、と。依頼された相手や、査読者の顔色をうかがって、自分自身の魂のレベルでの「自分を巻き込む」文章から後退してはいないか、と。そう思うと、張りつめた雰囲気が消え、いつもの自分に戻っていった。その中で、ゼミ合宿の議論も渦ができはじめ、よい収束の方向へと向かっていった。その後、査読論文の校正は3日で、半分くらいで筆が止まりきあぐねていた12000字の特集論文も4,5日で書き上げてしまった。そう、思考や感情のレベルだけでなく、魂のレベルにアクセス出来てはじめて、自分で納得出来る文章が出てくるのである、と。
このブログも、思考と感情になるべく制限を付けずに書き続けている。それは、魂の部分にまで降りていき、ノックをしている文章なのかもしれない。そして、コンコンと魂の扉を叩き、扉の中から薄明かりが見えた時、書く前の自分とは違う位置にいる自分を発見したりする。そういう意味での思考の整理なのだが、それは感情を深め、魂に出会うことを通じて、『自分を巻き込む』作業をしているのかもしれない。
さて、今からは〆切を延ばしてもらった、別の原稿の修正と格闘。ちゃんと「自分を巻き込む」作業に正面から向きあってみよう。

馬車馬の9月後半

随分ブログがご無沙汰していた。ロンドンから帰国後、文字通り馬車馬のように働いていただから。備忘録的に書き出してみる。(実は6時間前にアップした時、あまりに走馬燈だったので、一日分書くのを忘れていた。こっそり書き足しておく)

20日:大阪であるNPOの将来構想委員会でディープな議論→その近くにあるイタリアンのお店での宴会。同世代でそのNPOから沢山の恩恵を受けた仲間達が、先達の叡智をどう引き継げるか、ミッションをどう発展させられるか、を自分事として議論する。毎回一参加者として、議論をワクワク楽しめ、かつ学びの多い会合。毎回沢山飲んでしまいます。
21日:20日の夜は、いつものように実家にもご挨拶+静岡&ロンドンのお茶を運ぶ「茶貿易」をした後、翌日はネットが繋がるのぞみ号で仕事をしながら、厚労省である総合福祉法部会に。いよいよ来月から作業部会が始まる人選表も発表される。10月から3月までの作業部会の議論如何で、この私たちの目指す「総合福祉法」という新法の骨格が出来るかどうか、が決まる、大切な作業チーム。僕は「地域生活支援事業と自治体の役割」というチームに所属。「障害者福祉におけるあるべき自治体の姿と責務」とは何か、を考え、現実・実態との格差の中から、どうしたらそれが実現するか、を考えるセクション。山梨や三重で、県の仕事をさせて頂く中で学ばせて頂いた事を活かせるセクションであり、身が引き締まる思い。
22日:午前は県の会議、午後は教授会、ついでに久しぶりに大学に行ったらわんさか学内業務が溜まっていて、ひたすらメールを打つ。

23日:9月〆切の原稿書きに追われる。だが、切り口や視座が定まらず、四苦八苦。自分の内的な実感と、与えられたテーマとがうまくアクセス出来ていない。その中で文章を書いても、単なるshould/mustの規範論で終わってしまう。それなら、僕ではない他の誰かの文章になってしまう。別に「己が己が」というつもりはないけれど、自分が納得いく文章として立ち現れてこない。多分に思考不足なのだろう。途中で諦めて、文章を寝かせることにする。

24日:門屋充郎さん、玉木幸則さん、北野誠一さんという超豪華な講師陣を迎え、山梨での相談支援従事者初任者研修2日目の開催。聴けば、この3者が一堂に会するのは初めてだそうな。3障害の違いを超えて、本人中心の支援とは何か、という根源的な骨格が同じなのだ、と3者のお話を聴きながら、改めて実感する。門屋さんは柔らかい物腰の中に、「病院中心主義では絶対にダメだ」という熱い想いが迸っている。玉木さんは「ただ地域で普通にくらしたいだけ」というシンプルな主張が、如何にこれまで出来てこなかったのか、そしてそれを構築するためにどのような仕掛けが必要か、について分かりやすくお話頂く。北野さんには、障害者福祉の大きな歴史的変遷の中で、何を基準に仕事をすべきか、について伝えてくださる。僕自身にとっても、大きな学びとなる研修だった。
25-26日:ゼミ合宿。3,4年生合計10名と僕、だったので、3台の車に別れて、清里のペンションへ。今年は学生の都合が合わず、後期の頭にゼミ合宿だったが、思い出深かった。何より、10人が自らのテーマについて発表し、たっぷり時間をとって、全員で議論する。いつものゼミと違い、90分という時間的制約がないので、焦らずゆっくり議論が出来る。その中で、色んな事を「実は…」とカミングアウトする学生がいたり、自分の心境の変化を語り出す人がいたり。のような同じ時間を多人数で共有する、という形態は、親密性を増す非常によい機会となった。学生さんは夜遅くまで盛り上がっていたようだが、僕は早々にダウン。ま、教員がいないほうが学生さん達も盛り上がったようだし、結果オーライ、であります。合宿から帰ってきて、合気道に出かけたら、流石にクタクタで、肩から息をしていました…。
27日:日帰りで三重! 3年目になった、市町職員エンパワメント研修。この日は、2つの地域自立支援協議会の試行錯誤を「聴く」というセッションから始めた。この地域自立支援協議会という器は、障害者自立支援法で作ることになっているが、どう運営するか、については、各自治体の裁量に任されている。なので、真面目に地域課題を議論するところもあれば、とりあえずやってみたけれど、尻すぼみ、という自治体もある。ならば、理念やあるべき姿を外部者(例えば私のような研究者)が伝えるのではなく、今、実際に試行錯誤している内容を発表してもらったらいいのではないか。このような意図で行ったのだが、その後のグループディスカッションも含め、非常に盛り上がった。「よそも同じような悩みを抱えていた」「楽しんでやろうとしてもいいのだ」「自分のところの改善のヒントになった」といった感想が沢山寄せられた。そう、このようなピアサポートグループが、自治体レベルでも足りないのだ、と改めて実感。また多くの感想に「ちゃんと当事者の声を聴かねば」というフレーズが寄せられていたのも、印象的だった。以前は「当事者の声なんて聴いてしまっては大変だ」という声もあったのに・・・。
28日:講義のあと、東京に。本来一つの会議に出るはずだったのだが、数珠繋ぎ的に打合せがもう一本入る。東京にいると、確かにそういう急な打合せでも対応出来るので便利だが、逆に言えばドンドン仕事が入れられてしまう。やはり、山梨のような、東京から「ほどよい距離」が大切だ、と改めて思う。
29日:1~3限まで講義、その後、学科のFD会議。講義アンケートをもとに、授業のやり方や学生対応についての、教員同士の話し合い。こういう話し合いの中で、先生方の教育実践の姿勢や具体的な対応策などを情報交換しあうことが出来、大変有益だった。この中で考えさせられたのが、「大学の講義や大学生のあるべき姿」と、「講義アンケートなどで出てくる現実」の落差について。
確かに私たちは「あるべき姿」を追い求めたいとおもう。それが出来ていない学生を「なっていない」と言うのは簡単だ。また、アンケートを絶対視することは、現実に単に追従することであり、質の劣化を招く、という議論にも、十分に耳を傾けるべき部分はある。だが、僕は現時点でも、やはり「現実」を無視した「あるべき姿」は危険だ、と思っている。目の前の学生達に届けるという営為を通じて、「あるべき姿」は構築されるはずだ。たとえ講義内容を全部理解することは出来なくても、学生達は教員の「伝えたい」という想いは、受け取ってくれる。その中で、議論を少しずつ引き上げていくと、ちゃんと学生達はついてきてくれるのだ。ただ、入口の階段は、教員にとっては1段に見えるところでも、学生にとっては10段くらいなら、少なくとも5段分くらいに細かく分けて、よじ登れるような回路を創る必要がある。そうしないと、彼ら彼女らは、よじ登る前に、「どうせ無理」と諦めてしまう。それでは、せっかくのご縁が活かせないのだ。
ま、まだ僕も試行錯誤であり、この講義の在り方の模索は今後も続く事になる。
30日:講義は1,2限と続き、4限5限はゼミ。後期のゼミは二コマ連続で卒論に向けた集団討論も始まるので、研究室を片づけて置かなければならない。なんせ、8月の中頃以来、余裕無く散らかした書類がわんさかある。僕は幸いに元小教室を研究室に改造してもらったので、テーブル二つに椅子12脚が研究室に入っているので、ゼミは可能。だが、10名+私、が座るためには、何が何でもこのエントロピーの増大しまくった机と椅子の上にある様々な内容物を処理せねばならない。次から次とゴミ箱に放り込み、シュレッダーにもかけ、3限まるごと使って、ようやく綺麗に出来る。でも、「ゼミをやるから」といった公的なエクスキューズがないと、部屋は絶対に綺麗にならないのも事実。お陰でその後のゼミは、後期第一回目から内容の濃いものとなり、結局6時くらいまで続く。
で、ゼミが終わった頃、今年県庁に就職したOGからお電話。研修の帰りに遊びに伺うとのこと。何でも今日が試用期間最後の日で、明日から正社員、とのこと。なるほどねぇ、と思いながら、スーツ姿も板に付いてきたOGさんのお話を伺う。何よりゼミ生が、卒業しても遊びに来てくれるほど、教員冥利に尽きる事はない。今度卒業生の飲み会をするから、日程を合わせよ、ということ。もちろん、喜んで伺います。
10月1日:この日は朝から相談支援従事者初任者研修3日目。千葉から中核センターがじゅまるの朝比奈さんにもお越し頂き、山梨の三障害のケアマネの実際、と、千葉の実践とを掛け合わせるセッション。社会資源の少ない山梨でも、結構頑張って実践を行っているな、という実感と、でも千葉のような、制度や支援体制の網の目から零れた「困難ケース」への真摯な取り組みから学ぶ事が多いな、という実感の両方を抱いたセッションだった。朝比奈さんの柔らかい物腰と、そう簡単には諦めない、という粘り強い姿勢に、改めて感じ入ることが多かった。
とまあ、こんな風に2週間走り続けたので、昨日はポン酒を飲んで、ひっくり返っておったのでありました。さて、今日は楽しい休日。原稿もあるけど、まずは野菜の買い出しだぁ。

キンドルと「坊ちゃん」

今日は久々のぐうたら日曜日。旅の疲れが思いっきり溜まっていたので、思いっきり休むことにする。

なんせ16日に帰国して、17日は午前と午後に講演が一つずつ、18日はオープンキャンパスで模擬講義もあったのだが、どれも滑舌がよろしくない。パワポを事前に準備していた17日はそれでもまあまあ乗り切ったが、高校生とのやり取りを中心にしていた18日には、言葉を噛んだり言い間違えたりする。僕は割と舞台に上がったら強い方で、事前資料が無くてもその場のやり取りの中からまとめていくことは、まあまあ出来る方だから、こんなに噛み噛みになることはあまりない。やはり、疲れが全身に溜まって、言語運用能力にも悪影響を与えているのだろう。「こりゃ、あきまへん」と、早めに退散する。夜はニンニクと生姜をたっぷりすり下ろした鰹の刺身に、ミニチゲ鍋をシャンペン→白ワインで頂き、どっぷり眠る。今日も二度寝、三度寝して、ようやく復活。
そういえば、海外に行っている間に、キンドル3が届いていたので、昨日はそのセットアップ。本当は海外に持って行きたかったのだが、間に合わなかった。ロンドンでもipadを沢山見たけれど、僕のライフスタイルには、too muchのような気がする。何せ、国内であれ海外であれ、出張には必ずアンドロイド携帯とノートPCは持参する。ならば、メールやネット、パワポにワードにツイッターといった常用機能は殆どそのどちらかでカバー出来る。だが、こないだの出張でも一番かさばったのが紙資料と本。現地でもらう資料を捨てる訳にはいかないので、どうしても日本から持ってきたPDFの資料や、ガイドブック・イギリス本・趣味本…は捨てて帰らないと20キロ制限に引っかかる。今回も都合3~5キロ分くらいは捨てたはずだ。
こういう事態になるのであれば、キンドルにある程度、本や資料を放り込んでおけるのは非常に合理的。実際にツイッターで、それを実践しておられる同業者の文章を読み、初期投資の安さ(ipadの3分の1)と回線料がタダなのも決め手になって、キンドルにする。
で、そのキンドルだが、まだ肝心の洋書購入には至っていない。どの本から読もうか、が決まっていないから。新聞(ヘラトリ)を無料お試ししているが、まだちゃんと読んでいない。だが、早速活用したのが、青空文庫から落としてきた夏目漱石の「坊ちゃん」。実験のつもりで落としてきたのだが、読み出したら面白くて、昨晩読み終える。日本語表示も非常に綺麗で読みやすい。「坊ちゃん」を読んだのはもう20年くらい前だが、きっとその頃は、書かれている諧謔性の半分も理解していなかっただろうなぁ、と思う。今頃読むと、ちょうど面白く読めるのだ。まあ、松山人の悪口を書きすぎ、という気もしなくはないが・・・。
「坊っちゃん」は改めて読むと、非常にドライブのかかった小説だ。幕間に色んなスノッブな横文字をちりばめながらも、そんな横文字も分からぬ突猛進型の主人公の赴任先でのドタバタを、青春活劇のように書き進めていく。故郷を離れてはじめて乳母がわりだった清の有り難さがしみじみ実感されたり、派閥抗争に巻き込まれながら山嵐と徐々に友情を交わすようになったり、体裁を繕うだけの組織人と闘ったり、といった青春ストーリーが、100年以上の月日を越えた今日の社会的コンテキストにもそのまま当てはまる、これぞ「不朽の名作」と思う。思い浮かべてみれば、どんな組織にだって、赤シャツや狸、野だいこ的な奴はいるよね、と。
勢いづいたので、明日からの出張には「我が輩は猫である」を落としていこうと思う。これも高校生時代には何だか横文字がさっぱり分からず読めなかったが、もしかしたら一応漱石先生と「同業者」になったので、少しは理解出来るかも、と思ってみたりしている。あと、「阿Q正伝」とか「山月記」なども落としてみた。青空文庫は基本的に著作権が切れた作品が置かれているので、これまでちゃんと出会えていなかった明治期の小説に沢山触れてみようと思う。もしかしたら、キンドルは英語本よりこっちの方でヘビーに使いそうな予感、である。早く和書もキンドルで落とせるようになればいいのだが(特に雑誌は)。
というリハビリ文章を書いていたら、少し頭の解毒作用も出来てきたようだ。
実は帰国直後は、出張中にネットが使えない間に来ていた仕事、あるいは出張中に取り組めなかった仕事、も含めると、9月末〆切の査読の書き直しやら論文執筆やらの仕事が溜まっている事に気づき、かなり焦っていた。それと疲れと多忙が重なって、言語運用の乱丁に繋がっていたようだ。昨日の土曜日など、焦って朝5時頃から起きてみたけれど、キンドルの設定が終わったら二度寝して、結局オープンキャンパス前には何にも仕事が出来なかった。
そう、焦っていても、疲れていたら集中出来ないのが自分の癖。うちの妻に言わせると、「あんた、そんな事も気づかへんなんて、アホやなぁ」と。そう、疲れている時ほど「アホ」なんです。ならば、まずはバッテリーチャージが何より先決。こういう時は、美味しいものを沢山食べて、よく寝て、一日休養するに限る。キンドルも充電しないと使えないように、バタ君も充電しないと頭が働かない。そういう基本的な事は、特に疲れたり焦ったりすると忘れやすい。それを「アホやなぁ」とお知らせしてくださるパートナーに感謝しながら、今日はぐーたら寝て食べて、をしていた。さて、夕方には半月ぶりの合気道。みっちり身体を使って楽しんで、明日からの出張にモードを切り替えるとするか。

ロンドン雑記

ヒースロー空港でようやくWiFiがつながる。10日間くらい、ネットとご縁のない世界。最低限はホテルそばのネットカフェから連絡していたが、久しぶりにネットを断つと、現地での生活がより楽しめたようだ。以下、その備忘録を貼り付けておく。
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ロンドンのホテルについて初めて、このホテルではネットが使えないことがわかった。近所にネットカフェがあるから、急用は何とか済ませることが出来る。だが、それ以外のメールのやりとり、ツイッター、ウェブサイトのチェックから離れることになった。ま、それならそれでしゃあないよね、と諦める。むしろ、不平を言っても始まらないので、日本から離れるチャンスだと思いこむことにする。すると、余計な情報がカットされ、純粋にこの調査旅行を楽しみ始めている自分がいた。以下、その雑記録を綴っておこう。
9月4日(日)~7日(火)
新しい土地に馴れるのには時間がかかる。特に馴れたスウェーデンから、15年ぶりに訪れるロンドンに移動したから、なおさらのこと。20万人の小都市から100万を超える大都市に移ったこと、ホテルの質が落ちたこと、イギリス調査は初めてであること、ネットが使えないので連絡に不具合があること、疲れと時差ボケが重なっていること…こういったことが重なって、何とも覚束ない最初の数日であった。ただ、調査がうまくいっていることと、ロンドンの食事が以外と美味しいことだけが、救いであった。最初の数日間はPCに向き合う気力も起こらず、これも後からの備忘録にすぎない。そして、水曜日あたりから、ようやく備忘録を取り始める。
9月9日(水)
ブリストルに一泊二日の調査に出かける。ダイレクトペイメントに関する調査がもちろんの主目的だが、ロンドンを脱出するのも裏目的だった。
われわれの調査チームが泊まっている大英博物館近くのホテルT。大変ロケーションがよく、かつバスタブもあるホテルなのだが、冷蔵庫もなく、ネットも使えない、古いホテル。古きものを大切に使うのは良い伝統だが、中の作りも古いのは単なる手抜きと思えてしまう。セーターも着込んだスウェーデンからすれば「ぬくい」ロンドンで、ホテルも何となくジメッとしている。確かにバスタブは魅力だが、何となく黴くさい雰囲気で、かつ朝食がすこぶるまずい。というわけで、ちょうどブリストルで2日間予定が入ったことを幸いに、ロンドンを逃げ出したのだ。パディントン駅までタクシーで出かけ、そこから2時間の列車旅。
ブリストルのヒアリングも大変興味深かったが、心象風景も印象的だった。調査の後、風光明媚なホテルのガーデンでビールを片手に、現地の研究者と議論。イギリスのカントリーサイドの美しい夕暮れの光に当たりながら、参加型調査にずっと携わる彼女の話に耳を傾けるなかで、イギリスまでやってきてよかった、というタイミングに出会う。月曜日から彼女を含め、様々なご縁を頂きヒアリングを続ける中で、少しずつ、イギリスの社会的コンテキストの中で、ダイレクトペイメントやケアのパーソナライゼーションという横文字が、自分の身体の中にしみこんでくる。以前なら調査に専心することしか能がなかったが、実はこうやって飲みながら、現地の空気を吸いながら、ぼんやりとした時間がある中で、その地における社会的コンテキストがじんわりと身体の中にフィットしてくるのだなぁ、と感じた瞬間であった。
9月10日(木)
ブリストルで午前中のヒアリングを終え、夕方、ロンドンに戻る。ロンドンに来て5日目にして初めての楽しみ。そう、ディケンズの名作「オリバー」のミュージカルを見に出かけたのだ。
パディントン駅からコベントガーデンまで地下鉄を乗り継ぎ、劇場で当日券を求める。なんと前から5列目がとれた。しかも僕が座った席は、一番のど真ん中。砂かぶり、ではないが、歌い手の地声が十分聞こえる大変よい場所。原作は上巻しか読めていなかったが、ちょうどその上巻に焦点を当てた出し物だったので、内容もばっちりわかった。だが、それ以上に、子役の出演者の見事な踊りに感激する。一人一人の出演者の躍動感がびしびし伝わってくるし、子どもと侮れないほど、みんなすてきな踊りと歌で観客を魅了する。実はミュージカルをちゃんと見たのは、子ども時代に見たアニー以来だが、こんなにミュージカルが面白いものだとは知らなかった。また、新たな世界を発見する。
僕は小説や映画、ドラマが苦手だ。嫌いなのではない。むしろ逆で、あまりにもその世界に同期しやすいので、しんどくなる。現に旅先でディケンズの原作小説を読み始めたのだが、途中あまりにもかわいそうに思えたシーンで「胸つぶれる」思いがして、それ以上読み進められなかった。ドラマでも映画でも、主人公になりきってしまうので、その後主人公が不幸な目にあう、というのが予想出来る状況に出会うと「あぁぁぁ」と思わず逃げてしまいたくなるのだ。そう告白すると、同じ研究チームのI先生に「意外と乙女なのね」と笑われて気づいたが、そう、外見はオッサンでも、中身は乙女なのである。
なので、映画もドラマもほとんど見ないし、小説もあまり読まないのだが、ミュージカルは非常に娯楽的要素が強いので、「胸つぶれる」思いはせずに十分に楽しめた。そして、ミュージカルの世界に触れると、踊りと歌と物語の相互作用に子どものように虜になり、すっかり手を叩いて大喜びしている自分がいる。いやはや、生まれ変わりの今年は、物語とも出会い直しの年なのだな、と改めて感じ入る。
頭の中はまだ音楽が鳴り響いているが、明日は朝7時にホテルを旅立ち調査に出かけるので、そろそろビールの残りの飲み干して寝るとしよう。
9月11日(金)
朝7時にホテルを出る。パティントン駅から2時半、汽車に揺られて、イギリスの南西部、ドーチェスター郊外の障害当事者団体へのヒアリングに出かけた。ヒアリング自体は実に興味深かったのだが、僕自身に馬力が出ないうちに終了してしまう。前日のオリバーを夢中になって見た為、疲れが取れていなかったからだろうか。都合5時間以上列車に揺られていたのだが、日本でのようにパソコンに向き合う気力が沸かない。何となくだらだら寝たり、調査チームのメンバーとオシャベリしたりして、時間を潰していた。そういえば、日本から9月末が〆切の校正原稿1本、新たに書くべき原稿1本の資料も持ってきたのだが、全く手が着いていない。毎日みっちり調査が入り、かつ調査チームの皆さんとのやりとりも楽しんでいるうちに、時間がどんどん過ぎていくのだ。
今回は4人での調査チームだが、毎日顔を合わせ、議論をし、同じレストランで食事をし、たまに部屋でワインを片手に「反省会」をし続けているうちに、すっかり合宿状態になりつつある。たしか内田樹氏が合気道の合宿のエピソードを指して、同期していく楽しさ、というような事を書いていた。今回もチームの4人が調査対象と向き合いながら、共同戦線で調査を作り上げていく、という意味では、同期のプロセスにある。毎日、夕食を共にしながら、でも飽きることなく話は続いていく。しかも3人とも高名な研究者仲間。吸収出来ること、学べることが、研究にしろ、生き方にしろ、実に沢山あって、毎日スポンジのようにギュッと吸収し続けている。しかも、それは文化の吸収でも貪欲だった。
木曜日のミュージカルに続き、ドーチェスターから帰ってきて、荷物を置いてから、夜間延長開放でまだ開いていた大英博物館に飛び込む。何せ滞在先のホテル。中身はショボいが、大英博物館が徒歩圏内という地の利と、バスタブがある、ということが、唯一?の利点なのだ。なのに、毎日調査に忙しくて大英博物館にたどり着けていない。骨董品マニアのK先生は木曜夕方から早速行っておられたが、われわれも一日遅れでたどり着く。世界中の秘宝を一堂に集めたこの博物館に関しては、各国から返還要求が出ていて、それも頷ける程の素晴らしい作品の数々。夜間開放だったので、そんなに人混みに押されることなく、エジプトのミイラやギリシャ彫刻のすばらしさをじっくり堪能出来たのがよかった。
9月12日(土)
土日はようやくの休日。友人に会いに出かける人、一日大英博物館に籠もる人、もいる中で、僕はI先生と共にお買い物ツアーに出かける。骨董市をぶらついた後、お昼にハロッズで美味しいサーモンとワインを頂き、その後、ポールスミスのセールショップでお値打ちスーツと出会ってしまう。さらにはコベントガーデンでパートナーの所望するお土産を見つけ、大満足。一旦ホテルに荷を解いた後、再び出かけたコベントガーデンのインド料理屋も抜群にうまかった。
9月13日(日)
毎日こうして調査に議論に文化に食事に、と沢山吸収しているうちに、疲れも蓄積してきたのであろう。朝からだるく、午前中に訪れた大英博物館の朝鮮・日本館では、楽しみながらも寒気がしている始末。お昼に博物館近くのタイ料理屋でメンバーから「顔色悪いよ。午後は休んだほうがいいんじゃない?」と言われ、ようやく確かに調子が悪いと自覚。だが、タイ料理をバクバク食べ、シンハービールをごくごく飲めているのだから、まだ初期段階なのだろう。ホテルに帰って、3時間ほど休んだら、少し調子を取り戻した。
ただ、他の仲間も疲れ気味なので、夜はホテル近くのイタリアンにまた訪れる。ロンドンはイタリア料理店がここ10年で沢山増えているそうだが、イタリアンの質の良さが、イギリスのレストラン全体の質向上に貢献しているのではないか、というのが、われわれの一致した意見。ま、僕はどうやら少しは「鼻がきく」らしく、これまでの旅で入ったレストランはどこも正解だった。体重計を持参して計っているが、少しずつ増え始めている傾向。朝ご飯で調整したいところだが、腹ぺこで現場に出かけて元気がなくなるのも都合が悪い。何より風邪の初期兆候なので、ここで調子を崩したら元も子もない。これは帰国後に調整、ということだろうか。
9月14日(月)
午前中は精神障害者支援の現場、午後は障害当事者団体へのヒアリング。前者では、現場に勤めて34年、という生え抜きの施設長から話を伺え、イギリスの精神保健福祉の変遷を大変わかりやすい口調でお話頂く。1930年代の民間精神病全盛期の時代から始まり、第二次世界大戦後の1947年に出来たNational Health Serviceによって、医療は全て公営・無料の原則にされ、精神医療もそのスキームの中に組み込まれたこと。その後、1950年代からの脱施設化、60年代からのコミュニティーメンタルヘルスの導入に、70年代以後の社会サービスの導入、などのなかで、漸進的(incremental)に精神保健福祉の改革が進んできた、という歴史をわかりやすくお話し頂く。こういうバックボーンがわかっていないと、政府の白書や報告書を読んでも、その文脈を知ることが出来ない。もちろん、文献にはこのような歴史的事実は書かれているが、現場の生き字引の人から、現場のリアリティに基づいた歴史を学ぶことは、日本では絶対出来ないことである。我が国での地域移行の問題も、彼の話を聞きながらあれこれ考えていた。
午後の当事者団体でのインタビューも大変興味深かった。今回、10日間の調査期間の間に、3つの自治体で、区から委託契約を受けたサービスブローカー役を行っている当事者団体の担当者から話を聞くことが出来た。イギリスは福祉分野でも地方分権が進んでおり、政府が大枠を指し示し、その大枠の中で各自治体毎の裁量が託されている。ロンドンでも各区毎に、大枠の実践のあり方に独自の工夫が見られる。だが、幾つかの自治体の話を伺う中で、大枠として変わらない、鍵となる要点とそれ以外の部分、ということのより分けが出来てくる。そういう意味でも、自治体間の比較は、制度そのもの理解にもつながるのだ。
以前スウェーデンに住んでいた時も、イエテボリの23の自治区のソーシャルワーカーを尋ね歩き、各地区のソーシャルワーカーの障害者への査定の現状を調べ歩いた。その時にも、比較のめがねの中で、スウェーデンの障害者支援の全体像をおぼろげながら掴んだ事を思い出す。そういえば博論だって、精神科ソーシャルワーカー117人への聞きとり調査だった。昔から、方法論的にはこのやり方が自分に合っているようだ。月曜日の朝はまだ調子は今ひとつだったが、馴染みの聞き取り調査の世界にはまっていくうちに、エンジンが入って元気が復活してくるのだから、現金なもの。ワーカホリックそのもの、なのだろうか…。
9月14日(火)
調査最終日。今日は朝から3つの団体へのヒアリング。知的障害者の就労支援組織、女性障害者当事者活動、自治体の知的障害者支援部門と調査が続く。しかも、10時→12時→14時とアポが入っていたのだが、どれも2時間みっちり話を聞いて、後ろ髪引かれる思いで次の調査現場に走って出かける案配。ここまで真面目に仕事をするか、というくらい、濃厚に話を聞いて、仕事をした気分だ。
今回のイギリス調査の中で、多くの発見があった。拡散と収斂、ということを、改めて強く感じる。イギリスが第二次大戦後すぐのベヴァレッジ報告以後、福祉国家を構築していくなかで、早くからNational Health Serviceの仕組みを構築してきたこと。また、行政のソーシャルワークの仕組みも含め、官による体制構築を一貫して築き上げてこと、という部分は、日本と大きく違う拡散の部分だ。また、日本より遙かに多い移民も含めた多国籍国家で、文化的多様性を政策に掲げる必然性が強くある、というのも日本と違う部分だ。
だが、そのイギリスも、ブレア政権以後、そして保守党と自由党の連立政権になった後は特に、民営化とコストカットの嵐の中にいる。話を聞いていて、さすがイギリス、と思う部分もあれば、何だかアメリカや日本の議論に近いなぁ、と思う部分もある。特に、本人中心のロジックがコストカットに変容する可能性について、アメリカや日本の論理と同じ危険性を感じた。こういう部分で、他国の制度政策をマネする中での収斂性も感じる。
さて、このスウェーデンとイギリスの知見を、どう日本に活かせるか。頭をそろそろ日本モードに切り替えながら、帰りの飛行機で考えることにしよう。

森を見るために

マルメのホテルもそろそろ出る時刻。簡単にスウェーデン滞在を振り返っておきたい。

スウェーデンには、気が付けば二年に一度のペースで来ている。最初に訪れたのが大学院の修士2年だった11年前。それから、いろんな調査やご縁があって、7,8回は来ているだろうか。今調べていたら、随分昔に書いたレポートもネットに載っていた。2003年には5ヶ月滞在するチャンスもあった。今回の滞在は、これまでの調査の延長線上だが、違った色合い、質感として捉えられる部分も少なくなかった。
スウェーデンの障害者福祉政策は、17年前に出来たLSSというものに、今も基づいている。このときに構築された対象となる障害者の3つのカテゴリー、10のサービス体系などは、ある程度の完成度が高かったようで、現在でもそのまま使われている。2003年にイエテボリに滞在した際、障害者へのサービスの支給決定の流れなどのシステム的現状を調べたが、このときの報告書は、内容にはアップデートすべきものがあるものの、大枠としてはまだ使える、ということもわかった。(その報告書は次のHPに
今回わかったのは、スウェーデンではその体系をうまく活かすために、様々な積み重ねをしている、ということ。例えばサービス内容に不服を持つ当事者は行政裁判所に訴えるが、その行政裁判所の判例の17年分の積み重ねが、システムの安定性や公平性を保つために大いに活用されている、ということ。障害程度区分といったコンピューターシステムに頼らなくても、一定の公平性は担保出来ることが見えてきた。その時、例えば判断が分かれる長時間介助などについては、支給決定のレベルで三重のチェックを行っていることや、その中で過去の判断基準のデータベースがかなり活用されていることなどもわかってきた。繰り返し言うが、一定の公平性は、コンピューター判定をしなくても、別の方法で十分に実践されている、ということだ。
今回、それに加えて特に興味深かったのは「標準化」を巡る議論。日本では、ケアマネージャーや支援の質の標準化について、様々な議論がなされている。今回、スウェーデンのソーシャルワーカーに、アセスメントにおける標準化について質問をした。その答えが、ある種の「あっぱれ」であった。
「確かにトイレ介助などは、一人何分、など標準化しやすいと言えるかも知れない。でも厳密に言えば、トイレ介助だって、その人の障害の状態によって時間は変わるし、そうやって標準化することは出来ない。私たちは、標準化に力を入れるのではなく、個別のニーズをきちんとアセスメントすることを重視している。」
ごく当たり前のことなのだが、目から鱗、でもある。確かに医療においては、エビデンス・ベースドや質の標準化はある程度可能なのかも知れない。身体器官や臓器は、ある程度の標準的体系を持って動いている。だが、その身体器官をどのように活用するか、という部分は、その文化や社会、というマクロだけでなく、その人の家族関係や考え方、生き方といった、個人レベルでの差異にも大きく左右される。これを標準化するのは、同じ障害であればAさんとBさんが同じ人だ、というのと同じような愚考。頭でわかっていても、標準化の魔力に何となく引っかかっていると、それ以外の有り様を示された時に、そうだよね、と改めて納得する。
また、こう書いていくと、物事をどう捉えるのか、についての己が文化の限界が見えてくる。標準化に代表される考え方は、効率を重視するものの考え方だ。だが、効率は、必ずしも標準化でのみ達成出来る訳ではない。例えばスウェーデンでも障害者のニーズを判定する際にコンピューターを活用する。だが、それは日本のようにADLを機械的に判定するのではなく、これまでどのような障害の、どのような状態のひとに、どういう判断をしてきたのか、という実際の判断内容についての情報を蓄積し、データベース化してきたのだ。つまり、我が国の標準化は、標準化の一つの手段であって、他の手段だってあり得るし、その標準化にもかなりの蓄積と説得性があるのである。
こういう風にみていくと、スウェーデン人の論理構築のあり方や、制度構築の考え方もかいま見えてくる。現場の判定員が、考えながら制度のリアリティを積み重ねていき、その叡智を他とも共有しようという姿勢が、このシステムの継続性を支えている。ワーカーが自分で考える事よりも、障害程度区分という判断基準の「客観性」を担保することを重視する我が国とは、考え方が違うのだ。
別にスウェーデン人が素晴らしくて日本人が劣る、ということを書きたいのではない。この国のシステムにも、固有の問題は色々あるようだ。ただ、他国の制度構築の考え方やその社会的コンテキストを読み解いていくなかで、我が国の制度構築の考え方や、その社会的コンテキストを否が応でも意識せざるを得ない。その中で、どういう歪みやズレが他国と自国で生じた結果、今に至っているのか、についても、おぼろげながら見えてくる。そして、その文化的コンテキストや制度構築のプロセスを理解した上で、出来上がった制度比較をしない限り、「木をみて森をみず」になることも、よくわかってきた。
さて、ロンドンでもちゃんと森がみれるかしら。今から、旅立ちます。

砂時計の周りの風景

砂時計を見るのは随分久しぶりだ。誰もいないサウナで、朝から汗を流す。今日は10時間以上のフライトなので、朝から汗を流せるのはありがたい。今回、前日も東京出張なので、成田空港側のホテルに泊まっている。スーツケースも運ばれており、朝もよく眠れ、ラクチン。朝4時とか5時のバスに3時間半揺られて空港に着くと、それだけでグッタリしていたので、えらい違いだ。
で、えらい違い、と言えば、最近ようやく、海外に行くときは、調査や発表の直接資料だけでなく、滞在先に関係のある本も旺盛に読み始めたことだ。蒸し暑いサウナで砂時計を見ていると、それ以外のものが目に入らなくなる。学会発表でも調査でも、そのことだけに目を向けると、他のことが目に入らない。だから、砂時計の背景の、直接目的以外の、その国のリアリティについて、少しでも目を向け始めたのである。その中で、自分の直接の目的にも関わりのある記述にも、当然出会う。

今回ご紹介するのは、イギリスに出かける前に人に勧められて読み始め、昨晩成田空港のレストランで読み終えた一冊。

「人はしばしば間違った判断を下す。間違った人と恋に落ちる。どんな社会階層のどんな家庭にも、多かれ少なかれアリソンのよう例はある。ただ、裕福かそうかないかで、その先が違ってくる。ミドルクラスの人間なら、若気の至りで少々失敗しても貧困生活に陥ることはまずないが、労働者階級の場合はアリソンとその子どもたちがそうであるように社会の厄介者、つまり社会保障の対象者になってしまう。『市民』なら仲間の失敗も大目に見てくれるかもしれないが、『納税者』の目は厳しい。」(トインビー&ウォーカー『中流社会を捨てた国』東洋経済新報社、p101-102)
日本ではない、イギリスの事情についてである。だが、裕福かどうか、で「失敗」か「社会の厄介者」にカテゴライズされるかがわかれる、という事態は、日本でも拡大しつつあるような気がする。虐待の連鎖が、単なる個人的環境よりも、教育の欠如や低賃金労働の結果として現れている例など、わかりやすいし、残念ながらそういう事情は日本だって増えていると感じる。そして、「市民」としての連帯より、「納税者」としての批判の方が、マスメディアによって喧伝されている、という指摘も、まるで我が国について示しているかのようだ。
日本はもともとイギリスに比べて社会階層間の格差が遙かに少なかったし、階級意識のようなものも彼の国に比べて低かった国であった。そういう視点で見ると、ニューリッチとこれまでのアッパーミドルの間にあるズレや格差、というニュアンスはわかりにくい。だが、納税に対する信頼感のなさ、節税に必死になる高所得者の実態、子どもの貧困が親(特に一人親)の貧困と密接に結びついている、だが特に高所得者ほど社会保障の対象者は努力不足や怠惰が理由であると信じ込んでいる…。こういったストーリーは、我が国でもそこかしこで起こっている事である。社会階層の格差が元々大きかったかどうか、の歴史的歩みの違いがあるのに、中流とよばれる階層が減り、ごく一部の富めるものと、大多数の貧困者に二極化しているという流れは、とても対岸の火事に思えないし、グローバル化の結果として、どこの国にも起こりうることだと感じた。
今回、スウェーデンにも調査に出かけるが、スウェーデンはイギリスや日本より、まだ中流社会が残っているような気がする。それは、所得の再分配機能が強いからであり、消費税も所得税も日本より遙かに高い。納税者背番号制をとっており、税金の補足率も高いし、オンブズマン制度に代表されるように、政治の透明性も高い。それが政治への信頼にも繋がり、納税への信頼感にもつながる。
僕はマクロの福祉国家論の研究者ではない。あくまで障害者政策の実態を両国で調べようとしている。だが、イギリスやスウェーデンでどのような障害者政策がなされているか、という現在の一点のみを分析しても、歯車がかみ合う議論にはならない。どういう歴史や制度的蓄積があるのか、という拡散にも、グローバル化の結果としてどのような同じ方向性に向かいつつあるか、という収斂にも目配りが必要だ。
ただ、だからといって、この前読んだ政治学者の批判は、何だか腑に落ちない。確かにスウェーデンの「国民の家」構想は、誰が国民かを規定しているからこそ出来た部分もある。あるいは優生学的系譜も、彼の国にもあった。だが、日本よりもその反省に基づく政策転換は遙かに進んでいる。隔離収容政策から地域生活支援に大きく舵を切っているし、移民の子どもであっても障害者支援の恩恵は十分受けている。どこの国にも恥ずべき過去はある。問題は、その過去とどう向き合い、どう政策転換を図ろうとしているか、というプロセスだ。ユートピアがないのには同意するし、スウェーデンでもイギリスでも、どこか他国の制度をそのまま持ってきて我が国が薔薇色になるわけがないのも、よくわかる。だが、わざわざ他国を「○○がわるい」とあら探しするより、僕はその国がどう変わったか、どう過去からの問題に現在向き合い、未来をどう描こうとしているか、から学びたいと思う。ま、これは価値観の違いなだけかもしれないが。
そういえば、7年前に半年スウェーデンに住んでいた時に書いレポートは、あくまでもスウェーデンのその当時の現状報告であり、そうなるに至った社会的コンテキストにまで、ほとんど触れることは出来なかった。今回だって準備不足だし、そういう視点はまだ欠けている。だが、以前には見ようとさえしなかった視点に、今回少しずつ気付き始めている。砂時計の周りに、多くの世界が拡がっている。今回の出張はほんの一瞬の滞在だが、なるべく広い領域から吸収してこよう、と思う。

今日の部会の意見書です

今日は内閣府障がい者制度改革推進会議、総合福祉法部会の第6回目が開かれている。毎回、膨大な意見書を書いて、議論をしてる。
今日の部会では、作業チームを作って10月以後個別論点について議論がされるということなので、いよいよ秋から冬にかけて、根を詰めた議論になるだろう。
取り急ぎ、今回の私の意見書です。
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(第6回総合福祉部会)「障害者総合福祉法」(仮称)の論点についての意見
提出委員    竹端  寛
(分野D 支援(サービス)体系)
<項目D-1 支援(サービス)体系のあり方について>
論点D-1-1) これまで支援の狭間にいた人たち(例えば発達障害、高次脳機能障害、難病、軽度知的障害など)に必要な福祉サービスとはどのようなものであるか?
○結論
まいにちのくらしの支え(生活の支援)と、「○○したい」をかなえるための支え(社会参加の支援)
○理由
 ○○障がいだから、この支えはいる・いらない、と決められない。上の二つの支えは、どんな障がいの人であっても共つうする、福祉にもとめられている支えである。
論点D-1-2) 現行の介護給付、訓練等給付と地域生活支援事業という区分についてどう考えるか?総合福祉法での支援体系のあり方についてどう考えるか?障害者の生活構造やニードに基づいた支援体系はどうあるべきと考えるか?
○結論
 本人の障害やくらしづらさゆえに求められる(障害者の生活構造やニードに基づいた)支えんの体けいは、次の5つからなりたつのではないか。
  1,ひとりひとりの状たいにあった介じょ(パーソナルアシスタント:個別ケア)
  2,「○○したい」をかなえるための支え(社会参加支援:日中活動の場、就労支援)
  3,住まいの提供
  4,でかけられない・みえない・きこえない、の支え(移動と情報の保障)
  5,なやみや不安、ふまんへの支え(ピアサポート、相談支援、権利擁護)
○理由
 いまの法は、おかねのしくみ(財源体系)と支えるしくみ(支援構造体系)がまざっている。さらには、介ごほけんのしくみとも「似すぎた」しくみである。いまの法がつかいづらいのは、このしくみ(体系)そのものの、ゆがみやひずみがあるからではないか。
  であれば、本人の障害やくらしづらさゆえに求められる支えんの体けいとして、まとめて考えたほうがよい。
  また、教いくや労どうに近い支えん(自立訓練や就労移行)は、労どうや教いくを支えるしくみ(政策)にいれたほうがいいのではないか。
論点D-1-3) 現行の訓練等給付についてどう考えるか?労働分野での見直しとの関係で、就労移行支援、就労継続支援等のあり方をどう考えるか?また、自立訓練(機能訓練・生活訓練)のあり方についてどう考えるか?
○結論
昼のあいだ社会にさんかする活どうの場は「日中活動の場」としてまとめた方がいい。
○理由
 障がいの重い・軽いや、活どうの内ようで細かくわけすぎないほうがいい。また、教いくや労どうに近い支えん(自立訓練や就労移行)は、労どうや教いくを支えるしくみ(政策)にいれたほうがいい。
論点D-1-4) 生活介護、療養介護も含めた日中活動系支援体系の在り方をどうするか?
○結論
 論点D-1-3の結論、理由とおなじ
○理由
論点D-1-5) 地域生活支援事業の意義と問題点についてどう考えるか?地域生活支援事業の仕組みになじむものと、なじまないものについてどう考えるか?
○結論
 今のじてんでは、どれもなじまない
○理由
障がい者のけんりをまもるしくみは、どの地いきに住んでいてもあたり前にまもられるべきもの(ナショナルミニマムやシビルミニマム)である。今の法では、そのあたり前にまもられるべきところも、市町村に決めさせ、国はお金も出しおしみしているのは問題だ。
一方で、国はけんりをまもった上で、市町村がそれ以外に地いきの特ちょうに合わせて出きること・すべきこともあるかもしれない。それを応えんする制度は、作ってもよい。ただ、高れい者や子どもの同じようなしくみ(制度)もふくめて、「地域生活支援事業」のようなものになじむものは何か、をあらためて考えなおしたほうがいい。
論点D-1-6) 現行のコミュニケーション支援事業についてどう考えるか?推進会議・第一次意見書では、「手話や要約筆記、指点字等を含めた多様な言語の選択、コミュニケーションの手段の保障の重要性・必要性」が指摘された。これらを踏まえて、、聴覚障害者や盲ろう者、視覚障害者、さらに、知的障害者、重度肢体不自由者を含めた今後のあり方をどう考えるか?
○結論
 パーソナルアシスタントサービスと情報保障のふたつ
○理由
 一人ひとりの思いや願いを伝えづらさを支えることはパーソナルアシスタントになじむ。でも、手わ通やくや点じなどは、それとは別に、求める人すべてに対おうできる仕くみをつくるひつようがあるのではないか。
論点D-1-7) 現行の補装具・日常生活用具についてどう考えるか?今後のあり方についてどう考えるか?
○結論
○理由
論点D-1-8) 現行の自立支援医療についてどう考えるか?基本合意において、「当面の重点な課題」とされている利用者負担の措置に加えて、どのような課題があると考えるか?
○結論
福祉と医りょうの重なる部分であり、使っている人の実たい調査にもとづいて、必要な支えや負たんのあり方を考えた方がいい。
○理由
<項目D-2 生活実態に即した介助支援(サービス)等>
論点D-2-1) 推進会議では、シームレスなサービスの確保の必要性が指摘された。また、障害者権利条約では「パーソナル・アシスタンス・サービス」を含む支援サービスも提起されている。これらをふまえ、地域支援サービスのあり方についてどう考えるか?
○結論
 ひとりひとりの状たいにあった支えや介じょである「パーソナルアシスタント」もふくめて、論点D-1-2でのべた5つの支えん体けいが必よう。
○理由
 ひとりひとりの状たいにあった介じょ、というのは、権り条やくをまもる上で欠かすことができない部ぶんであるから。
論点D-2-2) 現在のホームヘルプ、ガイドヘルプの仕組みについては、何らかの変更が必要か?また、ガイドヘルプに関しての個別給付化は必要か?
○結論
 ホームヘルプやガイドヘルプはげんそくパーソナルアシスタントとした上で、それを求める人のニードに応じた支えんがなされる仕くみ(個別給付化)は必よう。
○理由
 それがないと権り条やくがいう「ほかのひとと同じようなくらし(他の者との平等)」がまもれないから。
論点D-2-3) 障害特性ゆえに必要とされる見守りや安心確保の相談といった身体介護・家事援助ではない人的サポートの位置づけをどうするべきか?
○結論
 パーソナルアシスタントの支えの中にいれる。
○理由
 見守りや情ほうのていきょう、不あんな時の相だんなども、障害ゆえの生活のしづらさに対おうする大切な支えんであるから。
論点D-2-4) 医療的ケアが必要な障害者の地域でのサポート体制を確立するためにはどういう課題があるか? また、地域生活を継続しながら必要に応じて利用できるショートステイ等の機能を望む声があるが、確保していくためにどのような課題があるか?
○結論
 どんなに重い障がいがあっても暮らせる地いきとそうでない地いきの差がありすぎる。その差をなくすため、かなりたくさんの地いきでの支えん体せいを、この数年いないにつくるべきである。
○理由
 たいへん重い障がいをもつ人の家ぞくは、今、しせつをなくされたら不安だ、とうったえておられる。なぜか。それは、自分たちの子どもは、地いきでは安しんして生きられない、そんな地いきになっていない、という不しん感をもっておられるからだ。だから、たいへん重い障がいのある人も、地いきで安しんしてくらせるしくみを急いでつくるひつようがある。そのために、国は高れい者せいどを進める上でつくった「ゴールドプラン」のようなわかりやすい政さく目ひょうを作り、その中で医りょう的ケアも求める障がい者を地いきでどんな風に支えるか、をわかりやすく伝え、それをじつげんすべきである。
<項目D-3 社会参加支援(サービス)>
論点D-3-1) 障害者の社会参加の点から就労・就学に際しての介護、通勤・通学の介護が大きな課題との指摘があるが、総合福祉法のサービスでどこまでカバーすると考えるか、その際、労働行政や教育行政との役割分担や財源をどう考えるか?
○結論
 おや会ぎとの合同さぎょうチームの場で検とうする。
○理由
 教いくの保障、労どうの保障も、それぞれの分やでちゃんと守られなければならないから。
論点D-3-2) 居場所機能など広く仲間との交流や文化芸術活動などについてどう考え、確保していくための体系はどう考えるか?
○結論
 「○○したい」をかなえるための支え(日中活動)の一つとして考えるべき。
○理由
活動を細かくわける必ようはない。あえてわけるのであれば、「日中活動」の一つとして、昔の精しん障害者ちいき生活支えんセンターのような、ゆるやかな「いばしょ」「たまり場」の機のうをふっかつさせた方がよい。
<項目D-4 就労>
論点D-4-1) 「福祉から雇用へ」の移行はどこまで進んだのか?これまでの就労政策の問題点をどう考えるのか?
○結論
○理由
論点D-4-2) 福祉的就労のとらえ直しを含む、これからの就労の制度設計をどう考えるのか?
○結論
○理由
論点D-4-3) 既存の労働行政における取り組みとあわせて、福祉と労働にまたがるような法制度については、どこで議論していくべきか?
○結論
○理由
<項目D-5 地域での住まいの確保・居住サポートについて>
論点D-5-1) これまで地域移行の障壁になってきた住宅問題を解決するために、具体的にどのような方策が考えられるか?
○結論
 入しょ施せつとおなじような、一つの場しょにたくさんの人を「あつめる」考えかたをやめ、ひとりの住まいを中しんとした住たくの支えんをするべき。また、そういう「一人住まい」をグループ単いで支えるグループ支えんも考えるべき。
○理由
 障がいのないひとは、家ぞくではないおおぜいの他にんといっしょにくらさない。障がい者を「あつめる」考えかたは、すくないスタッフでおおくの障がいしゃを管りしようとする考えかた。グループホームであってもたとえば10人いじょうを「あつめる」考え方は、施せつと同じだ。この考えかたは、権り条やくとも正はんたいの考えだ。だから、他の人とおなじように障がいがあるひとも、自分でかぎがかけられる「こしつ」や「ひとり住まい」ないし「好きな人との住まい」が守られるべきだ。
論点D-5-2) 地域での住まいの確保の方策として公営住宅への優先枠を広げる方向で考えるべきか?
○結論
 そのとおり。
○理由
 入しょ施せつに今いる障がいのある人が地いきでくらすためには、かなり住まいの場がたりない。むかし、入しょ施せつをつくるためにたくさんお金(予算)を使ったのと同じように、今は地いきでの暮らしの場をたくさん用いすべきだ。そのために、公えい住たくも新たにたくさんつくり、その優せんわくも広げるべきだ。
論点D-5-3) また、公営住宅が質量共に不足する現実がある中で、障害がある人のアパートなどの一般住宅の確保の為にどのような対応が必要か?(家賃等の軽減策や借り上げ型賃貸住宅等)
○結論
 できる対さくは、なんでもためしてみた方がいい。
○理由
 公えい住たくを新たにつくるお金がもしも足りない場あいは、民かんのアパートやふつうの住たくをかくほすべきだ。ただ、障害のある人に配りょした住まいにするための手なおしや、おおやさんが安心して貸せるような支えんなども、あった方がいい。
論点D-5-4) 居住サポート事業の評価とさらに必要とされる機能・役割にどのようなことがあるか?
○結論
 この事業を活ようできている市町村はすくない。その理ゆう分せきをちゃんと行うべきだ。
○理由
論点D-5-5) グループホームとケアホームについて、現状の問題点は何か?また今後のあり方をどう考えるか?
○結論
 グループホームが「ミニしせつ」になりつつあることが、おおきな心ぱいである。一人ひとりのくらしをささえる個別ケアが、グループホームであってもなされるため、パーソナルアシスタントをつかえたり、いろいろなくふうがひつようだ。
○理由
私が7年前にスウェーデンをしらべたときも、「ミニしせつ」のことがもんだいとなっていた。それをふせぐため、スウェーデンでは、グループホームをつぎの三つにわけていた。1,4人くらいまでの、医療的ケアなど支えんがたくさん必要な人のためのグループホーム(グループホーム単独建設型) 2,アパートのある階の部屋が一人ひとりの住まいで、ごはんの時はスタッフのいる部屋にあつまるかたち(集合住宅の「ワンフロア独占」型) 3,101号室や305号室などにわかれて住み、ごはんの時はスタッフのいる部屋にあつまるかたち(集合住宅の「階段形式」型・「サテライト」型)。こういう住まい方もせいどとして保しょうした方が良い。
 参考:「スウェーデンではノーマライゼーションがどこまで浸透したか?」
 http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/other/takebata.html
<項目D-6 権利擁護支援等>
論点D-6-1) 「本人が必要とする支援を受けた自己選択、自己決定、地域生活」を実現していくためには、どのようなサービス体系が必要と考えるか?
○結論
 障害のある人の権りを守るためには大きく分けて次の3つがひつよう。
1,利用者の日々の権利をまもるしくみ
(ピアサポートやセルフアドボカシーの支えん、本人からの相だんに基づく支えん)
2,権利が守られていないうたがいがあるケースについての、調さや改ぜんにむけた活どう
3,じっさいに権利が守られず、ひがいを受けた人への救さいのしえん
○理由
 わたしは次の本のなかでそのことを詳しく説明しています。『障害者総合福祉サービス法の展望』(ミネルヴァ書房)の「第7章 不服申立てシステムと権利擁護システム」p308~313
論点D-6-2) 権利擁護を推進していくためにはどのような体制が必要か?相談支援やエンパワメントの事業化についてどう考えるか?
○結論
 人口10万人くらいに一つ、障がい者のピアサポートやエンパワメントの取り組みをする場(地域障害者エンパワメント事業)をおく。また、都道府県もしくは政令指定都市にひとつ、権利を守るセンター(広域型権利擁護機関)をおく。
○理由
 論点D-6-1でのべた3つのしくみのうち、ピアサポートやエンパワメントに関する1の部分は、10万人にひとつくらい必要です。それ以外の2と3の部分は、もう少しはんいを広げて、専もん的な調さもできる場としておくべきです。そのことについても詳しくは、論点D-6-1で参こうにあげた本にも書いています。
論点D-6-3) サービスの質の確保等のための苦情解決と第三者評価の仕組みについてどう考えるか?
○結論
 入しょ施せつや精しん病いんについては、精しん医りょうオンブズマンや施せつオンブズマンのような、市民による第三しゃによるチェックが新たにひつよう。今の苦情解決のしくみがよいかどうか、は検しょうする必要がある。
○理由
 質のかくほのためには、ちがう立ばの人による、ふくすうの目でのチェックがひつようだ。行政は、法にひっかかるかどうかのチェックをする(行政監査)。それ以上の質のチェックは、情ほうの公かいはもちろんのこと、それ以がいの訪もんによる調さや苦じょうを受け付けるしくみなどが、求められる。特にへいさ性のつよい精しんか病いんや入しょしせつには、大阪で行われていた精しん医りょうオンブズマンのようなしくみの制ど化がひつようだ。また、今、社会福祉きょうぎかいで行われている「運えいてきせい化委員会」が、じっさいにどれほど役にたっているのか、は検しょうする必ようがある。
<項目D-7 その他>
論点D-7-1) 「分野D 支援(サービス)体系」についてのその他の論点及び意見
○結論
○理由
(分野E 地域移行)
<項目E-1 地域移行の支援、並びにその法定化>
論点E-1-1) 条約では、「特定の生活様式を義務づけられないこと」とあるが、これを確保するためにはどのようなことが課題にあるか?また、地域移行の法定化についてどう考えるか?
○結論
なんらかの地域移行の法定化はぜったいに必要だ。
○理由
 今の法でも地域移行はうたっている。でも、じっさいにその数はあまり減っていないし、新しく病いんや入所しせつを求める「たいき者」も少なくない。条約のなかみをほんとうに守ろうとするなら、施せつや病いんではなく、ちいきでの暮らしをほしょうするための、ぐたいてきな支えの方さくを法りつでつくったり、新たな入しょはみとめないことなども法に書きこむべきかも検とうするべきである。
論点E-1-2) 入所施設や病院からの地域移行に関して具体的な期限や数値目標、プログラムなどを定めることは必要か?
○結論
 ひつようである。
○理由
 障がい者や家ぞく、国民にむけて、期げんや目ひょう、そのためのプログラムなどを約そくしないと、この問題は解けつしない。スウェーデンでも、地域移行をすすめた際、施せつをなくすための法りつを作ったり、その期げんを具たい的にさだめていた。いまこそ、日本でもそういう約そくをすることが求められている。
論点E-1-3) 地域移行を進めるために、ピアサポートや自立体験プログラムなどをどのように整備・展開していくべきか?
○結論
 論点D-6-2)でのべた「地域障害者エンパワメントじぎょう」のなかで、ピアサポートや自立体験プログラムなども、その地いきにくらす障がい者が中心となって行われるべきだ。
○理由
 施せつや病いんで長くくらすうちに、地いきでの生活をあきらめた人がたくさんいる。そういう人たちには、地域でくらすなかまによるピアサポートが、大きな効かがある。また、じっさいに体けんする場をていきょうするのも、たいせつだ。そういう場は、障がい者が主たい的にうんえいすることで、地域移行のおおきな推しんの役わりにもなる。
論点E-1-4) 長期入院・入所の結果、保証人を確保できず地域移行が出来ない人への対応として、どのような公的保証人制度が必要か?
○結論
 まずは保しょう人がいなくても住める公えい住たくの数をふやすことがたいせつ。その上で、足りないばあい、何らかの公てきな保しょうのしくみを考えるべき。
○理由
 論点D-5-2)でも述べたが、まずは今まで入しょ施せつや精しんか病いんに使ってきたお金を、障がい者の地いきでの暮らしに使うため、公えい住たくの増かが求められる。公てき保しょう人が必ような人は、その住たくにまっさきに入れるようにすべきだ。それでも入れない人のためには、論点D-5-3)で述べたようなしくみがひつようだ。そのなかで、おおやさんも安しんして貸しだせるしくみにしたらよい。
論点E-1-5) 地域移行をする人に必要な財源が給付されるような仕組みは必要か?また、どのようなものであるべきか?
○結論
○理由
論点E-1-6) 地域移行における、入所施設や病院の役割、機能をどう考えるか?
○結論
 基ほん的には、施せつや病いんの職いんもふくめて、ちいきに移る(地域移行す)べきである。ある一定の期かんがすぎたあとは、施設・びょういんは大きくへらし、たいへん限てい的なうしろ支え(バックアップ)役わり以外はなくすべきだ。
○理由
 権利じょうやくでは、「○○障がいだから施せつ・病いんでくらせない」ということは問だいであるとしている。ならば、どんなに重いしょうがいがあっても、ちいきでくらせる仕くみが必ようだ。また、施せつや病いんで働くしょくいんも、ちいきではたらくためのトレーニングをしたうえで、ちいきに移るべきだ。そのあたりは、入所しせつをなくしたスウェーデン、精しん病いんをなくしたイタリアの例などをみならうべきだ。なお、そのさい、家ぞくのふたんやふあんをふやさないように、重ど障がい者であっても、家ぞくをあてにしない支えん体せいを、作ることがぜったいに必要だ。
<項目E-2 社会的入院等の解消>
論点E-2-1) 多くの社会的入院を抱える精神科病床からや、入所施設からの大規模な地域移行を進める為に、何らかの特別なプロジェクトは必要か?
○結論
 ひつようである。
○理由
 これまでの入しょ施せつや精しんか病いんにふりむけてきたたくさんのお金を、ちいきにふりむけ、重てん的に使うための、10年たんいくらいの特べつなたいさくが必ようだ。
論点E-2-2) 現実に存続する「施設待機者」「再入院・入所」問題にどのように取り組むべきか?
○結論
 なぜそういう人がいるのか、そういう人は何をもとめているのか、どうすれば施せつでのくらしをしなくてもいいのか、をちゃんとしらべるべきだ。
○理由
 きほんてきに、この問だいは、ちいきでの支えんのしくみのうすさ、少なさが理ゆうとして考えられる。であれば、そういう人の声をきくことによって、どういうことをすれば、あらたに、あるいはふたたび施せつや病いんに入るひとをへらすことができるか、の対さくをかんがえることができる。それは、ぜひとも来ねんどからでも、まず行うべきだ。
論点E-2-3) また、「施設待機者」「再入院・入所」者への実態調査と、何があればそうならなないかのニーズ把握は、具体的にどのように行えばよいか?
○結論
 それぞれの施せつの「待き者リスト」を県レベルでもらい、そのリストについて調さする。あるいは市町村の自りつ支えん協ぎ会で、あてはまる人についての調さをする。
○理由
 施せつや病いん「しかない」とおもう人がいることは、そのちいきでの支えんの仕くみが不そくしていることでもある。であれば、県や市町村がちゃんとその事じつと向きあうような調さをする必ようがある。とうぜんそのための予さんは、国から県や市町村にむけてしはらうべきである。
論点E-2-4) 上記の調査を具体的な施策に活かすためには、どのようなシステムを構築すべきか?
○結論
 施せつや病いんにくらす人、それを求める人の調さは、わけずにひとかたまりのものとして考え、ちいきいこうの「10年たんいくらいの特べつなたいさく」のなかに入れるべきだ。
○理由
 論点E-2-1)の理由とおなじ。
論点E-2-5) スウェーデンでは1990年代初頭の改革で一定期間以上の社会的入院・入所の費用は市町村が持つような制度設計にした為、社会資源の開発が一挙に進んだ。我が国でもそのような強力なインセンティブを持った政策が必要か? 必要とすればどのようなものにすべきか?
○結論
 ひつようである。
○理由
 よく「お金がたりない」ということばを、何もかえない理ゆうにきく。でも、ほんとうにお金がたりないなら、障がい者のために効かてきに使うことを真っ先に考えるべきだ。社かい的な入いん・入しょは、ちいきでくらすより、効かてきではなく、かつまあまあ高いお金がかかる。ならば、それをやめるための政さく(政策誘導)はあってしかるべきだ。
<項目E-3 その他>
論点E-3-1) 「分野E 地域移行」についてのその他の論点及び意見
○結論
○理由
(分野F 地域生活の資源整備)
<項目F-1 地域生活資源整備のための措置>
論点F-1-1) 地域間格差を解消するために、社会資源の少ない地域に対してどのような重点的な施策を盛り込むべきか?
○結論
 地いき移こう、地いき生かつ資げん整びに関する特べつなたいさくをするべきだ。
○理由
論点E-2-1)でもふれたが、これまでの入しょ施せつや精しんか病いんにふりむけてきたたくさんのお金を、ちいきにふりむけ、重てん的に使うための、10年たんいくらいの特べつなたいさくを、そう合てきに行うべきである。
論点F-1-2) どの地域であっても安心して暮らせるためのサービス、支援を確保するための財源の仕組みをどう考えるか?
○結論
 国がいちりつの上げんを決めるのではなく、必ような人に必ような介じょのお金を支はらう保しょうをするべきだ。
○理由
 お金のない、障がい者のすくない自ち体ほど、国のきじゅんを、自分たちの町の上げんにすりかえてきたれきしがある。それをさせないための財げんのしくみがもとめられる。ただ、①必ような人に必ような介じょのお金を支はらう保しょうをする、だけでなく、論点F-1-1)でみたように、②かくさをなくすための特べつな対さくも、セットでおこなうべきだ。
論点F-1-3) 地域移行や地域間格差の解消を図るため、地域生活資源整備に向けた、かつての「ゴールドプラン」「障害者プラン:ノーマライゼーション7カ年戦略」のような国レベルのプランが必要か?あるいは何らかの時限立法を制定する必要があるか?
○結論
 ひつようだ。
○理由
 論点F-1-1)とおなじ。
論点F-1-4) 現行の都道府県障害福祉計画及び市町村障害福祉計画についてどう評価するか?また、今後のあり方についてどう考えるか?
○結論
 いまのままでは不じゅうぶん。おおきくかえるべき。
○理由
 今の計画は、「そのちいきにおける解けつがむずかしいケース」を解けつするためのものになっていない。F-2でとりあげる自立支援協議会とつなげて、もっと役だつ計かくにすべき。
<項目F-2 自立支援協議会>
論点F-2-1) 自立支援協議会の法定化についてどう考えるか?また、その地域における解決が困難な問題を具体的に解決する機関として、どのように位置づけるべきか?
○結論
 自立支えん協ぎ会がちゃんと動くような法てい化と、財げんの支えんをすべき。
○理由
 論点E-2-1)、論点F-1-1)で述べた、地いき移こうや地いき生かつ資げん整びは、自立支えん協ぎ会でちゃんと検とうされるべき。よって、この協ぎ会で決めたことが、福祉計かくに反えいされたり、あるいは実さいの資げんせいびに使われるようなしかけとすべきだ。上にかいた二つのプロジェクトのお金も、ここである程ど使えるようにするのはどうか。
論点F-2-2) 自立支援協議会の議論から社会資源の創出につなげるために、どのような財源的な裏打ちが必要か?
○結論
 論点F-2-1)と同じ
○理由
論点F-2-3) 障害者福祉の推進には、一般市民の理解と参加が重要であるが、それを促す仕組みを自立支援協議会の取り組み、あるいはその他の方法で、法律に組み込めるか?
○結論
 今の自りつ支えん協ぎ会でも、努力すればできるが、何からの予さん上の応えんは必要。
○理由
 今の自りつ支えん協ぎ会は、何のために必ようか、があまり理かいされていない。それは、自治体の担とう者の理かい不足や、この協ぎ会のつくりかたのまずさによる部分も少なくない。自治体に障がい者のじっさいのくらしがわかるソーシャルワーカーが配ちされたら、そういう部ぶんも大きく変わるはずだ。先の論点C-3-3)でも書いたが、そういう人ざいを育てることは、ぜったいに必ようだ。
<項目F-3 長時間介助等の保障>
論点F-3-1) どんなに重い障害があっても地域生活が可能になるために、市町村や圏域単位での「満たされていないニーズ」の把握や社会資源の創出方法はどうすればよいか?
○結論
 ちいき自りつ支えん協ぎ会で調さができるような予さんがつけられるべきだ。
○理由
 論点F-2-1)とおなじ。
論点F-3-2) 24時間介護サービス等も含めた長時間介護が必要な人に必要量が供給されるために、市町村や圏域単位での支援体制はどのように構築されるべきか?
○結論
論点F-4-1におなじ。
○理由
<項目F-4 義務的経費化と国庫負担基準>
論点F-4-1) 障害者自立支援法では「在宅サービスも含めて義務的経費化」するとされたが、国庫負担基準の範囲内にとどまっている。そのため、国庫負担基準が事実上のサービスの上限になっている自治体が多いと指摘する声がある。このことに関する評価と問題解決についてどう考えるか?
○結論
論点C-2-2)とおなじ。だが、もう一度かいておく。これを参こうにしようねという基準は、これを守らなければならないという上限に、これまでなんども変わってきた。そのたびに、障害のある人たちは、怒りの声をあげてきた。同じことをくりかえさないためにも、基準をこえる支えんを必要とする人にちゃんと必要な量と質のサービスがとどくための基金を考えるべきだ。
○理由
来年の予算はいくらくらいになるかわかっている必要がある。そして、障害のある人の福祉にかかる予算がいくらか、基準がないとわからない、という人がいる。たしかにそういう一面もあるが、それだけが正しいのではない。新法ができてからは、5年か10年の間はたしかに予算は毎年増えるだろう。でも、必要なニーズが満たされたら、予算の伸びはおさまる。高齢者と違い、障害者の数とわりあいは、ほぼ一定だ。90年代に高れい者福祉でゴールドプランを立てたように、どこかで予算を沢山用意して、不十分な地域の障害者福祉の状況をかえる必要がある。
<項目F-5 国と地方の役割>
論点F-5-1) 現在、障害者制度改革の中では、「施設・病院から地域生活への転換」「どの地域であっても安心して暮らせる」方向が目指されている。一方、地域主権改革では「現金給付は国、サービス給付は地方」との一括交付金化の考えが示されている。障害者福祉サービスに関して国と地方の役割をどう考えるか?
○結論
 「他の者との平どう」を守るサービスは、どの地いきであっても同じように保しょうされるべきもの(ナショナル・ミニマムやシビル・ミニマムにあたるもの)。なので、地方の自由にまかせるべきではなく、国として守るべき。地方にまかせるのは、それ以上の「よりよいサービス」をするためのやり方について、であるべき。
○理由
 障害のある人に権利として守られるべき部分までを地方の自由さいりょうにまかせてはいけない。地方が独じに判だんしてよいのは、上を守ったうえで、それいじょうの「より良いサービス」を作ろうとするこころみ、である。このふたつをちゃんと分けて考える必ようがある。
論点F-5-2) 障害者権利条約の第19条を受けて、推進会議では「地域生活の権利の明文化」を求める意見が多数であった。地域の実情や特色にあったサービス提供と、この「地域生活の権利」を担保していくためのナショナルミニマムのあり方についてどう考えるか?
○結論
 「たの者との平どうのくらし」の保しょうは、「地いきの実じょう」よりも、ゆうせんして考えるべきである。
○理由
「地いき生かつの権利」とは、「どこで、だれと、どのようなくらしをするか」を本にんが決められる権利である。これはどの地域であっても、ほしょうされなくてはいけない。「この地域ではこういう重い障がいの人はくらせません」という言いわけのために、「地いきの実じょうや特しょく」が使われてはならない。
<項目F-6 その他>
論点F-6-1) 「分野F 地域生活の資源整備」についてのその他の論点及び意見
○結論
○理由

「自分の監獄」への気づき

旅に出る前は、しばしばとっちらかっている。今回は明日からスタートするのだが、物理的に見ればスーツケースは既に成田空港のホテルに送ってしまったので、余裕はある。だが、心理的にあれやこれや気がかりなことが詰まっている。

 
イギリス出張の予習がままならない、依頼された学会誌の原稿の構想は練ったが一行もかけていない、帰国後の〆切のある仕事も出来ていない、別の査読誌から「修正の上で掲載可能」と言われたが、その手直しも結構大変そうだ、そもそもスウェーデンとイギリスの調査はうまくいくのだろうか・・・。
 
このように、あれやこれやで切羽詰まると、逃避したくなる。だが、今回の逃避先に選んだ一冊は、逆にこの状態に直面せよ、という。でも、読後感はすごく良い一冊。
 
「わたしたち自身も、たいていは他人に促される格好でたくさんのルールを自分で決めています。生きていくうちに、こうしたルールが染みついていきます。自分に何が出来そうかを考えるときにも、自然と自分に枠をはめています。頭のなかで決めたこの限界は、社会に課されるルールよりも、ずっと強制力が強いものです。(略)わたしたちは、自分で自分の監獄を作っているのです。」(ティナ・シーリング『20歳のときに知っておきたかったこと』阪急コミュニケーションズp46-47)
 
スタンフォード大学のアントレプレナーセンターのトップであるティナさんが、社会起業家へのインタビューや自身の体験談を元に、題名通り「20歳の頃の私」に知って欲しいことを口語体で語る、興味深い一冊。本屋でも軒並みベストセラーになっているので、タイトルを目にした事がある人も少なくないだろう。自己啓発本の類かな、と思っていた僕が手に取った理由は、『顔面漂流記』などの著作もあり、大学院生時代に一度お話を伺った事もあるフリーライターの石井政之氏が書評を書いておられる、とツイッターで知ったからである。
 
というわけで、本の内容紹介は石井氏に譲るとして、とにかくこの本は読んでよかった。35歳の今でも、出会ってよかった一冊だからだ。その中で特に今の自分にも当てはまるのが、上記の一節。確かに僕自身、「自分で自分の監獄を作っている」という部分は、しみじみ実感出来たからである。「自然と自分に枠をはめ」ることにより、自分の可動範囲に限界をつけていた。それは、筆者の言葉を使えば、次のような状態にいることであった。
 
「不確実性の高い選択をするよりも、『そこそこいい』役割に安住した方が、ずっと快適です。ほとんどの人は、ささやかでも確実なステップに満足しています。それほど遠くには行けませんが、波風を立てる事もありません。」(同上、p40)
 
自分自身では、決して「波風を立て」ていないとは思えない。むしろ、ささやかながら、自分の専門領域の中で、「波風を立て」つつも、あれこれと切り込んできた、つもりであった。だが、あくまでも自分の領域の中に、タコツボ的にはまっていた、とは言えないだろうか。その事を、こんな風にも整理している。
 
「STVP(スタンフォード・ベンチャーズ・プログラム)では、教育と研究、そして、世界中の学生や学部、起業家との交流に力を入れています。目指しているのは、『T字型の人材』の育成です。T字型の人材とは、少なくとも一つの専門分野で深い知識を持つと同時に、イノベーションと起業家精神に関する幅広い知識を持っていて、異分野の人たちと積極的に連携して、アイデアを実現出来る人たちです。」(同上、p19)
 
自分が35歳になる前から感じていた違和感は、I型への違和感、とでも言えようか。障害者政策という領域で気づけば掘り下げを進めてはいるが、それだけで本当に良いのだろうか、という不安や戸惑いだったのだ。異分野の、あるいは海外の学会で発表してみる、連関読書で関心領域を拡大する、などの試みは、まとめてみれば陳腐だが、I型の人間からT型に脱皮するための、自分なりのもがきだった、とも言える。専門領域における視座は少しずつ持ち始めたけれど、では「異分野の人たちと積極的に連携して、アイデアを実現出来る」か、といわれたら、視野狭窄で、横に手を広げる視点が足りなかったのだ。そういう意味で、他領域への羽ばたきという意味での「波風を立て」ることなく、自らの領域における「『そこそこいい』役割に安住し」ていたのかもしれない。
 
だが、一旦その限界に気づいて、視野を少しだけ広く持ってみると、世界は随分違って見えてくる。昨日も、そのことを実感した一日だった。
 
昨日は以前に仕事でお世話になったAさんに連れられて、夫婦揃って勝沼のワイナリーを巡る小旅行に導いて頂いた。山梨に来て6年目になるのに、地元のワイナリーをちゃんと巡った事もない。「山梨のワインは、白はまあまあ旨いけど、赤はダメだよ」なんて、何本かのワインを飲んだだけで、知ったかぶりになっていた。だが、以前のブログで書いたように、村上春樹の『遠い太鼓』を先月読み直していたのだが、その中で彼がイタリア・トスカナ地方のワイナリーを巡る文章を書いていた。それを読んで羨ましいなぁ、と思っていたのだが、その後、急に気づいたのである。「ちょっと待てよ、この山梨は日本のトスカナ地方ではないか」と。何という灯台もと暗し。その話を、ちょうど大学のゲスト講師で来て頂いたAさんにしてみると、何とAさんも仕事を通じて沢山の醸造家と出会い、山梨のワインに詳しい事が判明。そこで、ご厚意に甘えて、昨日のワイナリーツアーとなったのである。
 
いくつかのワイナリーで試飲して、本当にびっくりした。白ワインの味が、同じ甲州種でも実に豊かである事。また、別の種類も含めて、様々なワイン醸造にチャレンジしている県内の醸造家が沢山いる事。その中で、実に美味しい白ワインが沢山あること。また、探せば赤ワインだって美味しいものもあること。ほんとに、こういうことを何にも知らなかった。というか、知ろうとしなかった。全くもって、恥ずかしい限りだ。少し興味や関心を持って聞いてみれば、実に豊穣な世界が目の前に拡がっている、というのに。まさに、自分の世界に「安住」して、そこに引きこもって、眼前の違う世界にすら、出て行っていない自分がいたのだ。そして、「自分の監獄」に気づき、自分がその「監獄」から出ようとさえ決意すれば、新たな世界へと導いてくれる人は現れるのだ、と。
 
「頭のなかで決めたこの限界は、社会に課されるルールよりも、ずっと強制力が強いもの」であること、それを外した時に、実に豊かな世界が拡がっていること、それを昨日一日で実感した。であるがゆえに、結局ワインを12本も買って帰ったが、それ以上の精神的な収穫も沢山得た。
 
こう書いていると、実に美しい話に見える。でも、結局、このブログの記事って、自分自身にとってのナラティブセラピーと言うか、「物語の書き換え」の側面もある。裏事情を書けば、実のところ、今日は身も心もへたばっていて、出張前だというのに、全然仕事に実が入らなかった。「すべきこと」はたんとあるのに、ただただその山積みにされた課題(にみえるもの)を前に、茫然自失としていた。その際、「まずはブログにこのティナさんの本を書いておきたい」という「したい」が、「すべき」より勝っていたのだ。そして、逃避行のようにブログを書き始めて気づいたのだが、結局こういう自分の中での区切りをちゃんとつけないと、次には進めない、ということも、書いていて遡及的に分かってきたのである。つまり、僕自身が自己規定した「自分の監獄」についての描写をしないと、その「監獄」への囚われから自由になれないのだ、と。
 
だいたい今日書きたい事を書き連ねて、当然目の前の〆切の山は変わっていないし、明日からの出張には、これらの山を背負って出かけることには変わらない。だが、その〆切の山に対してのスタンス、だけでなく、「自分の監獄」へのスタンスが違えば、これからのプロセスは大きく変容してくる。また、自分自身が、「イノベーションと起業家精神に関する幅広い知識を持っていて、異分野の人たちと積極的に連携して、アイデアを実現出来る人たち」になれるかどうかはわからないが、少なくとも、オープンネスを持って、色んな人と連携出来る主体への変容の旅は、加速していきそうな気がする。そう、このブログは、自分自身のミッションステートメントになっている部分があるのだ。
 
確かにこういう書きぶりは、20歳の学生さんならわかるけど、15歳遅れの35歳のオッサンが書くには遅すぎるかもしれない。でも、良くも悪くも、今気づいたのだ。35歳にしての生まれ変わり。ならば、ここから始めるしかない。そう、繰り返して書くが、焦ってもジタバタしても始まらない。ここから、自分なりの視点を切り開いていくしかないのだ。そう書いていくうちに、気づけばモヤモヤがすっと収まっていた。

中身の問われる「ポジティブ」

前回のブログでギデンズ・渡辺氏の著作に基づいて「ポジティブな福祉」についてのコメントを書いておいた。何というシンクロニシティなのか、一昨日あたりにリリースされたばかりの今年の厚生労働白書をみてみると、「参加型社会保障(ポジティブ・ウェルフェア)の確立に向けて」とある。早速、中を覗いてみると、こんな風に整理されている。

・「機会の平等」の保障のみならず、国民が自らの可能性を引き出し、発揮することを支援すること
・ 働き方や、介護等の支援が必要になった場合の暮らし方について、本人の自己決定(自律)を支援すること 例えば住み慣れた地域や自宅に住み続けられるように支援することなど
・社会的包摂(Social Inclusion)の考え方に立って、労働市場、地域社会、家庭への参加を保障すること
目指すものである。
参加型社会保障(ポジティブ・ウェルフェア)は、経済成長の足を引っ張るものではなく、経済成長の盤を作る未来への投資である。
(出典は次のHP
「日本の新たな『第三の道』」(ダイヤモンド社)は研究室に置いてきてしまったので、前回引用したポジティブな福祉の部分には、二人の視点として次のような整理をしておいた。
①ネガティブ福祉からポジティブな福祉への移行
ベヴァレッジが5つの悪として焦点化した「無知、不潔、貧困、怠惰、病気」というネガティブな部分を撃退する福祉から、より積極的な福祉としての「教育と学習、繁栄、人生選択、社会や経済への活発な参加、健康な生活」の促進。
だいたい二つの考え方は同じ方向性に沿っている、と見て良いような気がする。ところで、目指すべき理念は良くても、問題はその具体的方法論である。高齢者の分野では「お泊まりデイ」の是非を巡って攻防が続いている。だが、とにかく中学校区単位での地域包括ケアに総称されるような、小規模多機能の拠点の強化をすすめることや、介護保険の入所施設や療養病床への依存度を下げよう、という意志が見て取れる。大規模な入所・入院施設での実態調査を行ったり、と、介護保険における在宅中心主義の舵は確実に切っている。つまり、「住み慣れた地域や自宅に住み続けられるように支援」は、高齢者分野では真剣に取り組む様相が見られる。
だが・・・それにくらべて、障害者分野の記述は、何ともさみしい。制度改革を巡る議論については、事実を淡々と書いているだけで、それよりも応益負担の廃止や補助犬、おぎゃあ献金などの事例説明の方に、エネルギーを割いているようだ。確かにまだ議論が半ばの事について成果は書けないのはわかる。でも、今の総合福祉法の部会だって、「参加型社会保障(ポジティブ・ウェルフェア)の確立」に向けた大きな一ステップなのになぁ、と一参加者としては思うのだが、どうだろう。
今回イギリス出張の予習をしていても、いくつかの文献で厚労省の現役官僚が、イギリス出向中の経験を元に書いた書籍が大変参考になる。たとえば、
「ブレア政権の医療福祉改革」(伊藤善典著、ミネルヴァ書房)
「公平・無料・国営を貫く英国の医療改革」(武内和久・竹之下泰志著、集英社新書)
特に後者の本では、イギリスの医療・保険システムであるナショナルヘルスサービス(NHS)の改革に焦点化して、患者の参加や効率性をどう高めたか、その改革の光と陰は何か、を非常にわかりやすく書いている好著。患者の参加(Patien Public Involvement)が医療福祉の垣根を越えて、地域参画ネットワークLINKs (Local Involvement Networks)という部局に拡大したことや、介護保険の保険者機能よりもう少し強力な、「地域医療のマネージャー」機能を持つPCT(Primaly Care Trust)と社会福祉サービス局が連携して、医療的ケアの必要な人の在宅生活を医療・福祉の垣根を越えて一体的に提供しようとしていることなど、興味深い話が載っている。また監査機関についても、住民・患者の視点から医療と福祉の統合を進める目的で、ケア品質委員会(Care Quality Commission)が統合され、高度医療から地域福祉の監査まで一体的に行う、という。
まあ、上記の改革がうまくいっているかどうか、は現地で複数の関係者に話を聴いてみないとわからない。でも、厚労省の側は、こういう流れも掴んだ上で、政策立案に取り組んでいる。当然、ドイツ、スウェーデン、アメリカ、フランスなど多くの国に沢山の優秀な官僚を出向させて、世界各国のデータを収集した上で、の政策判断である。政権交代後、「コンクリートから人へ」「最小不幸社会」といったミッションが示されたら、それに沿うような形での政策提言を出してくる。このあたりは、本当に優秀な集団なのだと思う。
であるがゆえに、障害領域での記述の少なさ・新たな素材の乏しさが、目立ってしまう。障害者分野での世界各国の動向、権利条約を巡る動きなど、厚労省の政策立案者たちは、知らないはずがない。制度改革の議論だって、売り出しようはあるはずだ。だが、今はまだ確定していな制度改革の議論は様子見なのか、あるいは高齢者政策に忙しくて後回しなのか、他の深謀遠慮があるのか、よくわからない。だが、とにかく障害領域の記載は少ないのだけが、今回目立った。
障害者福祉領域におけるポジティブな議論が、白書でなくてもいいから、もっと厚労省サイドからも聞こえてきてほしい。そんなことを感じながら、白書を眺めていた。