悪循環の構造を眺める

10代後半から20代にかけての思い出の中には、後から考えると「あちゃー」と恥ずかしさが先立つ思い出も少なくない。僕の場合、中身がないのに背伸びしていた部分が、随分ある。そんなことを思い出させてくれる記述と出会った。
「自由に個性的に着るという『意図』によって選択された衣服は、『結果』として他者とそっくりのものになってしまう。このとき、人々は自分が他者とそっくりなものしか着れていないこと、つまり自分の『不器用さ』を自覚している。このため、悪循環が生じることになる。彼らは、現在流行っている衣服を選択して他人そっくりになることを回避しようとして、かえって他人そっくりの(新しい流行の)衣服を着てしまっているからだ。これがモードという制度である。モードの持つ制度性は、単に個人が同じような衣服を着ているというところにあるのではなく、こうした画一性から離れて他者とは異なる服装を着ようとする人々の『意図』がかえって流行を繰り返し更新させてしまうところにある。」(長谷正人『悪循環の現象学』ハーベスト社、p136-137)
拙著をお読み頂いた教育社会学の先生が、「こんな本もあるよ」と教えて下さったのが、今の興味関心にもドンぴしゃの一冊。四半世紀前に出たとは思えない、シンプルで鮮やかな切り口は、ハーシュマンのExsit and Voiceの理論を彷彿とさせる。しかも、その本の一節で、まさか自分の昔の「汚点」の構造分析がされている、とは思わなかった。
話は20年前、大学1年生の頃から始めた塾講師時代の出来事である。僕が中学の頃にお世話になっていた塾に、大学生になってから、バイトで働かせてもらうことになった。この塾の中間管理職のAさんと僕は、元々折り合いが悪く、しばしば対立した。その元凶の一つに、「服装」問題があった。
20歳頃といえば、必死になって「個性」を模索する時期である。しかも大半の20歳は、まだ他人に誇るべき「個性」という「ちがい」が有徴化していない。ましてや、自分の中を掘り下げて「ちがい」を見つけるなんてことが出来ていない。よって、安易に人との「ちがい」を産む手段として、多くの人同様、「服装」に着目する。そして、これがAさんとの対立の原因になった。なぜなら、Aさんは「白のシャツで、派手ではないネクタイをするように」とルール化していたからである。
今なら、白いシャツとシンプルなネクタイは、オシャレの王道を行く着こなしである、という知識もあるし、少しはそれを楽しむ余裕もある。でも、当時の僕にとって、白シャツや落ち着いたネクタイは、没個性の象徴のように思えた。抑圧的な受験勉強の反動!?で、ようやっと20歳になってオシャレに目覚め始めた僕にとって、白シャツを受け入れることは、個性を引っ込めることにしか思えなかった。つまり、自分がオシャレではないという「不器用さ」を自覚していたがゆえに、何とか他人との「ちがい」を出そうと必死になっていた。そして、その結果選んだものも、「自由に個性的に着るという『意図』によって選択された衣服は、『結果』として他者とそっくりのものになってしまう」という構造にはまり込んでいた。僕は、しっかりと「モードという制度」に囚われていた。しかも、それが「個性的でありたい」という「意図」に基づきながらも、選んだ服装がより没個性になるという「意図せざる結果」をもたらしていた。さらに、白シャツでもおとなしくもない服装だから、Aさんにますます嫌われる、という二重の悪循環がついて回っていた。
この時の悪循環とは何か。これも、長谷さんのわかりやすい説明が役立つ。
「悪循環とは、ある人が自身の置かれている状況を問題のあるものとみなし、これを解決しようとする行動に出るが、この解決行動自体がとうの問題を生み出してしまうというメカニズムを持ち、しかもこれが反復的に繰り返されるものを言う。」(p78-79)
当時の僕は、白シャツを着ることと、教えることは、全く別のことだと考えていた。むしろ、教えるのが上手で実績も出していれば、シャツの色なんて関係ない、と思っていた。そして、一律に白シャツにせよ、と押しつけるA氏の振る舞いを、「没個性的だ」と思っていた。だから、彼の指導を半ば無視し、校則破りのように、しばしば叱責されていた。しかし、僕自身の「白シャツを着ない」という「解決行動自体」は、二重の意味で、悪循環を反復させていた。
その一つ目が、先にも書いた、「個性」的でありたいと願いながら選んだ服が、「意図せざる結果」として「没個性」であった、という点。白シャツを選ばなくても、スーツを着ている時点で、選択肢は限られる。すると、色シャツでのネクタイの組み合わせも、雑誌などでみる定番パターンの中に納めるしかない。その結果、必然的に、色シャツでおとなしくないネクタイなんだけれど、「無難な組み合わせ」に落ち着く。つまりは、白シャツでは「没個性」だ、という決めつけに縛られて、白シャツこそ「問題のあるものとみなし、これを解決しようと行動にでる」が、選んだ色シャツやネクタイという「解決行動自体」が「没個性」という「当の問題を生み出してしまうというメカニズム」に綺麗にはまり込み、それを「反復的に繰り返」していたのである。
さらに、この反復行動の中で、もう一つの悪循環も反復されていく。それが中間管理職のAさんとの反目である。僕はこのAさんに、ずいぶん批判され続けてきた。あるときなど、「タケバタは増長だね」と言われて、情けなくもその意味を知らず、家に帰って辞書を引いて、その意味を知り愕然とすると同時に怒りに震えた思い出を持つ。当時、憧れていた塾講師になって、一生懸命その勤務に励み、わりと塾生からも人気がある、と思い込んでいたのに、「そんな言われ方はないよなぁ」、と思っていた。「あんたの方が増長やんけ!」と心の中で言い返していた。でも、今ならよく分かる。確かに僕は増長であり、悪循環を反復させるシステムの一部になっていたのだ。
これは一体どういうことか。長谷さんの論考が鋭いのは、悪循環を論理ではなくコミュニケーション問題だ、と喝破するところである。
「『行為の意図せざる結果』においては、別に行為者がパラドキシカルなメッセージを発しようとしているわけではない。彼の言明の内容はパラドックスではないにもかかわらず、それが他者との関係を規定することから生じる意味によって、パラドックスが結果的に構成されてしまうだけである。問題なのは論理というよりコミュニケーションである。」(p34)
「個性的でいたい」という「論理」自体が問題であるのではない。問題は、その「個性的でいたい」という言明の内容を、「白シャツを着ないで、ネクタイも派手にする」という手段で実現しようとしたことである。そのことにより、中間管理職のAさんと、一大学生アルバイターの僕自身との「関係」において、「職場の上司の指導を聞き入れない」という関係の問題が生じる。つまり、僕が「白シャツを着ない」のは、「個性的でいたい」という思いだけでなく、「個性」にかこつけて、職場の上司の意見を聞きたくない、と文字通りわかりやすく表明しているのである。それは、上司の側からすれば「増長」そのものである。そして、抑圧的に指導をしてくる上司に反発し、ますます白シャツから遠ざかり、その結果さらに怒られ、そんな指導に従ったら個性がなくなると思って反発し・・・と、わかりやすい悪循環構造を、自分自身で作り出していたのである。
そんな記憶を、長谷さんの次の分析を読みながら、まざまざと思い出していた。
「『行為の意図せざる結果』を引き起こす人々は、自分がいま行っている解決行動だけは、いつも問題を作り出しているときとは異なる立場から行われていると信じているのである。例えば、『私って嫌われ者なの』と言って嫌われてしまう女のことを考えてみよう。この女は、この自己批判的発言だけは、自分が嫌われている要因にならないと考えているのである。つまり、透明な行為だと信じられている。ところがこの自己批判的発言は、少しも透明ではなく、一つの行為として他者に影響を与えてしまう。つまり、自分が好かれているかどうかを気にしすぎる性格を表象しているものと受け取られ、嫌われる原因となってしまうのである。このように、『行為の意図せざる結果』における偽解決とは、必ず透明人間の立場から行われる。しかし、偽解決行動はいささかも透明ではない。それは、一つの行為として、その問題を維持するように機能するのである。」(p56)
僕自身は、「個性的でありたい」と思って「白シャツを選ばない」のは、僕の内面の自由の問題であり、それが問題を反復させる、という自覚はあまりなかった。つまり、自分の白シャツを着ない行為そのものは、他人とは関係のない、純粋な個性の選択であり、その意味で他者から独立している「透明な行為」だ、と思い込んでいた。でも、その選択は、透明でも何でもなく、「上司の指示に従わない」という意味で、実に政治的だった。僕の白シャツを選ばないという「一つの行為」は、中間管理職のAさんという「他者に影響を与えてしまう」だけでなく、彼の指導や助言を拡大させ、それを抑圧だと見なした僕の反発は加速し・・・と、「マッチポンプ」現象を作り出していた。「個性的でありたい」という意図に基づいた「白シャツを着ない」という「偽解決構造」は、結果として個性的でないという「問題を維持するように機能する」だけでなく、その「個性化」を抑圧しようとするAさんとの関係を悪化させるという「問題を維持するように機能する」役割も果たしていたのである。
ここまで書いていて、それって長谷さんの以下の記述そのものである、と気付いた。
「コミュニケーションのなかで、互いに相手の悪循環的行動を悪循環的に維持しあうという複雑な事態も発生するのだ。これが病理的であり、分裂病者の症状を維持するシステムの特徴でもある。」(p79)
中間管理職のAさんの視点に立ってみると、タケバタは一学生アルバイトのくせに、「白シャツで地味なネクタイ」という指示に全く従わない。それは、面白くない。だからこそ、「ルールに従え」と指導する。しかし、その指導に従うどころか、相手は余計に反発する。そこで、「きみは増長だね」と嫌みの一つも言いたくなる。でも、その発言に相手は更に頑なになり、白シャツを断固拒否する姿勢をみせる・・・。つまり、今書いていてようやく気付いたのだが、Aさんにとってもタケバタとの関係は「互いに相手の悪循環的行動を悪循環的に維持しあう」ものだったのだ。
長谷さんはこの事をさして「コミュニケーションのパターンが固定的で、同じことを反復してばかりいる」(p96)とも言う。確かに、このAさんとの関係に限らず、極端に関係が悪くなったり、絶縁状態になった関係性を思い出してみると、「互いに相手の悪循環的行動を悪循環的に維持しあう」という意味で「コミュニケーショのパターンが固定的」で「反復」し続けていた。そして、それが「病理的」であるというのは、指導と反目という「逸脱増幅的相互因果過程」としてのポジティヴ・フィードバックを引き起こし、悪循環は加速していった、だけでなく、そのコミュニケーションパターンの外に出られないという意味で「逸脱解消的相互因果過程」としてのネガティヴ・フィードバックも引き起こしていたのである(p93)。
「近代社会の人間は、あるルールから自由であることによって、別のルールに従ってしまっている。ルールへの従属を回避しようとすればするほど、別のルールに従属してしまう神経症的な悪循環に陥っていて、どうしてもそこから抜け出せない。従って、近代社会はたんに『不器用な』社会であるわけではない。『不器用さ』を克服して『器用さ』を獲得する努力を反復して行い、そのことによってますます『不器用』になるというパターンのなかに閉じ込めれているのである。」(p137-138)
そう、僕の20代はこのパターン=悪循環、の繰り返しであった。いま、そのパターンからやっと出つつある。それは、「不器用さの克服」や「器用の獲得」を目指さなくなった、という点にある。個性的というのは、当たり前の話だけれど、選ぶ服で決まるのではない。自分が気持ちよく着れて、かつワクワク出来ていれば、どんな服を来ても、個性は出てくる。逆に言えば、どんなにお金を積んでも、パーソナルスタイリストに上から下までコーディネートしてもらっても、自分自身の気持ちが乗らなければ、個性もへったくれもない。
そう思えるようになって、30代中盤になった頃から、僕は白シャツを好んで着るようになった。色シャツへの呪縛というか、「個性」という「ルールへの従属」から、やっと自由になり始めた。それは、自分自身が、個性のエッジが立っている「器用」な人間ではなく、どこにでもいる凡庸な「不器用さ」を抱えた人間である、と認めることからはじまった。でも、それを一旦認めてしまえば、不毛な個性化を目指した悪循環構造のパターンから、すっと抜け出すことが出来た。それと共に、ほんまもんの個性化がスタートし始めた。そんな今だからこそ、20年前に陥っていた悪循環構造を、素直に振り返り、鎮魂できる状態になったのかもしれない。あの頃のタケバタヒロシくん、どうもお疲れ様でした、と。

里海資本論と精神医療の生態系

前回のブログで書いたイタリアから帰国後、オープンダイアローグやトリエステ方式の論文を読み続けている。そういうモードの中で、『里海資本論』(角川新書)を読むと、何だか多くの共通点があって、びっくりした。その共通点を考える為、まずは解説の藻谷さんの当該部分を引用してみる。

「一神教の伝統に立つ西洋で発達した学術の中には、意識的にか無意識的にか、こうした多神教的な考え方を忌避しつつ成り立っているものが見受けられる。生きとし生けるものがお互いに微妙なバランスで影響しあって生態系を形作っていると考えるのではなく、誰か絶対的な裁定者や何か卓越した裁定システムが存在すると発想し、モデルを組むのがだ。そうしたモデルを信じ込むと、『裁定者・裁定システムに無関係のその他大勢は、均衡の形成に自分も参画しようなどという余計な考えを起こすべきではない』と考えるようになる。神は一人だけなのだから他の者は手前勝手にしておけばいい、帳尻は神が合わせてくれるというわけだ。(略) 彼らは、『自然に多様性をもたらすのは自然であって人間ではない』という、自然を裁定者とした『一神教的』発想に囚われており、『人為も自然の中に均衡や多様性を生むことができる』という『人間も八百万の神の端くれ』というような発想を理解できなかったのだ。」(p222)
ここにピピッと来た理由。それは、精神医療も地域福祉も、「一神教的な裁定者・裁定システム」の毒牙に浸りきっていて、それをどう脱皮するか、が大きな課題になっているからである。
例えばオープンダイアローグで追求しているのは、「精神科医が何でも知っている・どんな精神病でも治療できる」という「一神教的な裁定者・裁定システム」への疑問だった。具体的には、その手段であるEvidence Based Medicineが、本当に効果的なのか、への問いである。これは、投薬と精神症状の関連に関しては、人が「生態系」の中で生きている限り、その薬がある人の心に直接作用するかどうかきちんと科学的に実証できていないのに、科学的に統制された(つまりは現実社会とは違って管理された)状態での比較実験から、「この薬はこの症状に効く」と言っているものに、「ほんまかいな?」と問いを挟んでいるのだ。そして、精神科医や薬という「裁定者・裁定システム」とは一見「無関係」に見える、医療従事者や家族、知り合いなどのソーシャルネットワークなど、「生きとし生けるものがお互いに微妙なバランスで影響しあって生態系を形作っていると考える」のである。
ゆえに、3時間待って3分診療で投薬して終わり、ではなく、医療者がナースも医師も心理療法の資格を取った上で、本人や家族、関係者等を集めたネットワークミーティングを大切にする。これは、「微妙なバランス」の崩れの中で、「患者とみなされた人(Identified Patient)」に、その「生態系」の弱さや問題が集中し、それが精神症状の形で表出される、という家族療法的な考えに基づいている。そこで、家族療法的な考え方を発展させると、薬と精神科医に頼りきりで、「その他大勢は、均衡の形成に自分も参画しようなどという余計な考えを起こすべきではない」という一神教的な考えを捨てる、ということである。「「『人為も自然の中に均衡や多様性を生むことができる』という『人間も八百万の神の端くれ』」なのだから」、治療に向けたミーティングに、看護師やソーシャルワーカー、家族や恋人、友人も入って、「患者と見なされる人」の「生態系」のひずみそのものに向き合い、動的平行を持ち直すべく、関わり合いをしていこう、というアプローチなのである。これは、明らかに「里海」的な関与である。
そして、トリエステでは、それをもっと深化させている。オープンダイアローグでは、治療における「生態系」的アプローチを取り入れた。一方、トリエステでは、治療そのものを問い直す「生態系」的アプローチを行っているのである。それは一体どういうことか。
簡単に言えば、トリエステでは、異常と正常、規範と逸脱、という価値判断自体が、精神科医などの「一神教的な裁定者・裁定システム」によって作り出されたものである、と考え、それが精神病を作り出す生態系システムの根っこにある、と考えているのである。トリエステの思想的中核であり、イタリアの精神病院を閉鎖に導いた医師フランコ・バザーリアはこう語っている。以前のブログで引用した箇所をもう一度引いておく。
「規範の定義は、明らかに生産と同時に起こっている。そのことは、社会の端にいる人間は誰でも逸脱者として現れることとを意味している。逸脱行為は、価値の裂け目であり、それゆえこれと同じような価値は、この価値観を破る人は誰でもアブノーマルであると科学的に分類することによって、擁護され強化されなければならない。(略) 本人の選択によって、あるいは必要性に迫られて、生産役割を担えない人間や消費者になることを拒否する人間は、適切な科学的イデオロギーを通じて、規範とその境界を擁護することを強いられなければならない。」(Scheper-Hughes, Nancy and Anne M. Lovell eds., 1988, Psychiatry Inside Out: Selected Writings of Franco Basaglia New York: Columbia University Press. pp105)
「この価値観を破る人は誰でもアブノーマルであると科学的に分類することによって、擁護され強化されなければならない」のは、社会規範のことである。そして、「正常」という「価値観」に関する規範の擁護者が、「異常」と「科学的に分類する」精神科医なのである。これは見事に、「一神教的な裁定者・裁定システム」そのものである。ここまでの認識は、オープンダイアローグもトリエステも共有している。そして、トリエステが興味深いのは、そこから一歩掘り下げて、そもそも精神科医や精神医療が「正常」という「価値観」に関する規範の擁護者である、ということ自体が、オカシイのではないか、と問いかけているのである。精神症状を持つ人は、単にその人の社会的ネットワークの歪みが析出されただけではない。もっと言えば、その社会の歪みや膿などが、脆弱性のある・感受性の豊かな個人に降りかかって、その人に症状として析出され、「患者と見なされる人」になったのではないか、と問うのだ。つまり、患者の個人的な人間関係というソーシャルネットワークを「生態系」と見なし、そこに介入するのがオープンダイアローグだとすれば、患者が生活するその地域社会やコミュニティを「生態系」と見なし、そこに介入しようとするのがトリエステモデルなのである。バザーリアはこうも語っている。
「この仕事の基礎となっている接近法は決して病気が中心にあるという事実を避けようとするものではない。しかしながら、この新しい潮流の中ではこれまで患者に、あるいは少なくとも精神病院に内在するものとされていた葛藤がそれら葛藤が因って来たるところのより広い社会に投げ返される-というのは病気というものは本質的に社会的関連における自我の特異的な矛盾の歪んだ表現と見なされるものだからである。精神医療従事者にとってこのことは全く新しい役割を担うべきことを意味している。つまり患者と病院との関係の中にいて仲介者の役割を果たすのではなく、家族、仕事場、あるいは福祉事務所といった現実世界での葛藤に介入しなければならないのである。これらの場は『治療』の新しい活動舞台となる。」(バザーリア、フランコ「管理の鎖を断つ」D.イングレビィ編『批判的精神医学』悠久書房、一九八五:三二一頁)
従来は、異常な人を精神病院に閉じ込める事によって、精神病院という「人工的な生態系」の中で完結する仕組みが取られていた。これは、障害者や高齢者の入所施設でも同じ論理である。一般社会の「生態系」の中で「厄介者」とされた人を、別の「生態系」を人為的に作り、そこに閉じ込めて、その生態系の中で貧しい動的平衡を作り出す、という論理である。これは、社会学者のゴッフマンは刑務所や強制収容所と同じ論理である、と喝破したし、ナチスドイツは障害者抹殺計画(T4計画)によって、この「貧しい生態系」そのものを殲滅しようと試みた。
だが、バザーリア達が試みたのは、この「人工的な生態系」の破壊であった。「精神病院に内在するものとされていた葛藤がそれら葛藤が因って来たるところのより広い社会に投げ返される」ことを目標にした。というのも、「患者と見なされる人」が持っている「葛藤」とは、それを「患者」に「押しつけた」「しわ寄せという形で析出させた」社会の問題だからである。バザーリアはそれを端的に「病気というものは本質的に社会的関連における自我の特異的な矛盾の歪んだ表現と見なされるものだから」と述べている。「社会的関連」、つまりは「その人の生きる社会の生態系」の中で、ある人の「自我の特異的な矛盾の歪んだ表現」が「精神病」だと言うのだ。これは、脳の器質性障害とかドーパンミンがどうちゃら、という医学モデル・個人モデルで説明しない、ということである。その社会の「矛盾」や「歪み」がある人の「自我」において「特異的」に「表現」されたもの、と理解しているのだ。だから、ドーパミンの量を抑制をする薬、よりも、その人の「生態系」である「家族、仕事場、あるいは福祉事務所といった現実世界での葛藤」に関わる事が、精神医療従事者には求められる、というのである。つまり、患者の社会的ネットワークという個人的関係に留まらず、その患者が関わる社会という生態系そのものに関与しようとするのが、トリエステ的なアプローチである、と言える。
そして、オープンダイアローグもトリエステも、薬物療法中心という「一神教的な裁定者・裁定システム」の限界を超えた効果をもたらすと共に、患者の回復、だけでなく、家族や関係者、医療者自身、そして社会のリカバリーにも効果をもたらしているのである。これは、生態系そのものへの関与であり、、『人為も自然の中に均衡や多様性を生むことができる』と考えるアプローチである。しかも、その人為を精神科医という「一神教的な裁定者・裁定システム」に限定せず、関わり合う人々の力を信じる、という「八百万の神」のアプローチなのである。
そして、この考え方は地域福祉にも大きく繋がっているのであるが、今日は時間切れなので、久しぶりにこの続きは、次回のブログへと持ち越すことにする。

トリエステとオープンダイアローグに共通する論理

前回のブログを書いた翌日の8月29日から、9月14日まで、久しぶりに長い調査旅に出かけた(15泊17日)! フィンランドの西ラップランド、スウェーデンとの国境の町トルニオ郊外にあるケロプダス病院で、オープンダイアローグという新しい精神医療の形に関する調査に混ぜてもらうことができた。また、その後はヘルシンキ→ローマ→トリエステと移動し、トリエステの精神医療改革について、突っ込んだインタビュー調査を行った。

濃厚なインタビューの毎日に、美味しいけど脂っこい料理とワインにビール、そして調査の疲労も重なり、帰国後は強烈な時差ぼけで1週間へばっていた。だけど、昨日一昨日と合気道の合宿にも参加し、やっと体調も時差も元に戻ってきたようだ。調査の詳細(の一部)については、オープンダイアログについては雑誌『精神医療』に、トリエステ方式については雑誌『福祉労働』に書くつもり。なので、このブログでは、帰国後に感じたことを断片的に綴っておきたい。
オープンダイアログとトリエステ方式に共通することであり、日本でも未だに誤解されていることがある。それは、「反・精神医学ではない」ということだ。精神病が存在しない、と言っているのではない。大きな精神的なクライシスは存在する。ただ、そこに病名をつけて満足するより、そのクライシスが鎮まり、社会生活をよりよく過ごせるようにするために、投薬以外の他の方法論が有効なら、そちらだって試してみる。そういう意味で、薬物療法中心主義ではないが、患者の治療に役立つことなら何でも取り込もうとする実践である。この点を何度も強調しておかないと、「科学ではない」「一種のカルトである」という誹謗中傷が、繰り返し繰り返し生じてくる。
ちなみに、「反・精神医学」とは何か、についても、その主導者であるサズの論考(翻訳)を引用しておく。
「現在精神病と呼ばれている現象を新しく単純に見直し、いわゆる病気のカテゴリーから除外させること、そして、人の如何に生きるべきかの問題をめぐる葛藤の表現とみなされることを示唆しようとするものである。」(トーマス・サズ 1975 『狂気の思想―人間性を剥奪する精神医学』新泉社、p27)
ケロプダス病院でもトリエステでも、精神病を「病気のカテゴリーから除外させること」を目的にした実践はしていない。その意味では、「反・精神医学」ではない。だけれども、精神病を、脳の器質的な問題で、セロトニンだのドーパミンだの・・・という脳神経科学的に説明することよりも、「人の如何に生きるべきかの問題をめぐる葛藤の表現」である、と捉えることを重視している。脳科学的な問題もあるかもしれないが、それを重視するより、目の前の人が人間的な葛藤が最大化し、大きな危機の状態にいる、ということを、支援の大前提においているのだ。
そのことは、科学的・論理的であるとは何か、ということにもつながる。
精神病を「病気のカテゴリーから除外」してしまうと、精神病の治療や支援の「科学」のカテゴリー全体を無視することになる。フィンランドでも、イタリアでも、そういう事はしていない。ただ、これまでの「精神医療」という「科学」の一分野が積み上げてきたものを、「ほんまかいな」と疑いの眼差しで眺め、ゼロベースでやり方を再構築する、という論理の積み重ねを行っているのだ。それが、イタリアでいうならば、現象学に基づく「括弧でくくる」というアプローチであり、フィンランドで言うならば、診断名を付けることよりもじっくり患者の話を聞いて、症状や状態について治療者と本人が話し合うオープンダイアログのアプローチである。どちらも、それをあくまでロジカルにやろうとしている。
ただ、双方の主張で共通して、これまでの治療の認識論に疑義を挟み込んでいる部分がある。それは、Evidence Based Medicineや診断名絶対主義への違和感である。
診断名をつけることは、あるカテゴリーに分類することで、そのカテゴリーに関する支援や治療を行いやすくする、という意味で、操作的定義である。ある人に、「うつ病」「統合失調症」と診断名を付けることで、「この病気だったら、この薬が効果的ではないか」という治療アプローチがある程度決まってくる。それが、診断名を付ける最大の効能である。ちなみに、トリエステでもケロプダス病院でも、診断名自体を否定しているわけではない。だが、それを重視しているわけでもない。それはなぜか。それは、「この病気だったら、この薬が効果的ではないか」という薬物治療のアプローチに、「それは本当に効果的なのだろうか?」と疑いの目を挟んでいるからである。それはクーンのパラダイムシフト論に接続させるなら、「診断名パラダイム」への挑戦、といえようか。これも、一応クーンの翻訳を引用しておく。(ちなみに、このクーンのパラダイムシフト論とイタリア精神医療革命については、以前、紀要論文を書いたのでそちらもご参考までに。)
「(あるパラダイムは:筆者補足)その構成中の一種の要素、つまりモデルや例題として使われる具体的なパズル解きを示すものであって、それは通常科学の未解決のパズルを解く基礎として、自明なルールに取って代わり得るものである。(トマス・クーン1971『科学革命の構造』みすず書房:一九八頁)
「いかなる種類の科学の発展においても、はじめパラダイムが受け入れられると、その学問の専門家たちにはおなじみになっている観測や実験の大部分が、きわめてうまく説明できるものと普通見なされる。そしてさらに進んでゆくと、精巧な装置ができ、専門家仲間にしか通用しない用語や特殊な技術を発展させ、ますます常識とはかけはなれた概念の精密化を要求することになる。このように専門家が進んでくると、一方では科学者の視野を非常に制約することになり、これがパラダイムの変革に対する大きな抵抗となってくる。その科学は、ますます動脈硬化してくる。」(同上:七三頁)
ここで、論理的に考えてみてほしい。病気の治療において科学が果たすべき最も重要な課題は、「どうやったらこの患者さんが治るのか」である。薬とは、その為の「方法論の1つ」である。薬を使わなくても(その使用を最小限にしても)、それで病気が治るなら、なぜ薬を使わなくても(最小限にしても)治るのか、を分析し、その理由を探索することが、真に科学的な振る舞いである。だが、薬の使用を減らしたり、使わなくても治る、と言うだけで、多くの医療者は「非科学的」で「反・精神医学」だ、と頭ごなしに信じ込む。それは、「薬物治療絶対主義」という、ある「パラダイム」への「信仰」とも言える事態である。
一方、ケロプダス病院も、トリエステも、この「薬物治療」が、「唯一の事実」だと見なさない。それは「1つのパラダイム」であり、薬物治療以外の支援や治療の方法もある、という別のパラダイムを選択する。その行為は、患者を治すための最善の方法を探す、という意味で、極めて論理的であるのに、多くの医療者はそのアプローチを忌避する。それは、クーンの言葉を借りるなら、「専門家仲間にしか通用しない用語や特殊な技術を発展させ、ますます常識とはかけはなれた概念の精密化」をした上での「動脈硬化」に、専門家が陥っているからである。
実はこの部分について、オープンダイアログの主導者であるセイクラ教授達が書いているOpen Dialogue and Anticipationsという去年出版された本の中の、特に9章で詳細に述べたれている。僕はこの9章をヘルシンキ行きの飛行機で「一夜漬け」的に読んでいたのだが、精神医療におけるEBMの中心となるRCT(ランダム化比較試験)に関して、かなり批判的な考察をしていて面白かった。例えば、薬を飲んだ方が再発が防げる、というEBMの論文を詳細にみてみたら、実は急性期に薬物投与がされたけれど、その後プラセボに切り替えられた人は、ずっと同じ薬を投与されていた人より再発率が高かった、という比較実験であった。つまりこれは投薬中断と再発の関係性の比較研究であり、「薬物を投与されることそのものと再発の関係性に関する調査でない」のである。さらに言えば、その投薬を止めたグループの7年後調査をみたら、機能の快復率は高かった、ともいう。ここからRCTやEBMは、精神医療に関していえば、non-valid studies(根拠が不確かな研究)である、と科学的・論理的に積み上げて行くのである。その上で、このようなEBMによる「標準化・普遍化」の影に、「製薬会社が待ち望んでいる巨額の利益がある」(pp187)とまで書いている。この部分の主張は、トリエステの支援者達の発言と通底する。(この辺りは原著を読んで確かめてほしいが、幸いにしてこの本は斎藤環さん達のグループで近々翻訳がでるので、それが楽しみでもある)。
薬物治療は、「通常科学の未解決のパズルを解く基礎として、自明なルールに取って代わり得るものである」。だが、「未解決なパズル」を解くために、この方法しかない、ということではない。薬物治療というパラダイムによって、「おなじみになっている観測や実験の大部分が、きわめてうまく説明できる」ようになるが、それは一方で、薬物治療以外の治療や支援アプローチを否定する、という意味で、「科学者の視野を非常に制約する」「動脈硬化」を起こす元凶にもなっている。セイクラさん達の主張は、薬物治療は1つのパラダイムに過ぎないのであり、それ以外のパラダイムによって、つまりはオープンダイアログをメインに据えて、治療に成果を出すことだって可能である、と主張しているのである。これは、精神病院が必要だ、というのも1つのパラダイムであって、精神病院なしでも地域の中で重度の精神障害者を支援できる、というイタリア・トリエステの方式と通底している。そして、トリエステでもケロプダス病院でも、その効果は実際に「患者が治る」という形で証明済みであり、別のパラダイムが有効なものとして機能しているのである。それに比べたら、まだ日本は「夜明け前」というか、アンシャン・レジームのパラダイムにしがみついているのかもしれない。
そんなことを改めて確認出来た旅であった。

価値前提を問い直す

安冨先生の新刊、『ありのままの私』(ぴあ)を拝読する。安冨先生に最初にお目に掛かったとき、確かチェ・ゲバラ風のヒゲモジャで、なかなか過激な東大教授、と思っていたが、その安冨先生が、無理をしない生き方を追求する中で、女性装をするに至った心的プロセスをわかりやすく語りかける一冊。ただ、いくら「ぴあ」が出している、タレント本的な体裁とは言え、あの安冨先生の本なので、単なる個人の体験記で終わるはずがない。やわらなかな文体の中に、本質を射貫く言動がしっかり内包されている。

「自分が『自分自身でないもののフリ』をして我慢していると、他の人が『自分自身でないもののフリ』をしていないと、腹が立ちます。なので、他人にも同じ事をするように強要します。特に、自分の子供にはとても厳しくそうします。こうして社会全体に、『自分でないもののフリ』が広がり、同時にストレスが広がってきます。」(前掲書、p17)
安冨先生が男装を辞めたのは、「自分でないもののフリ」をするうのを辞めた、からだという。でも、この「自分でないもののフリ」をしている人は、実はこの社会には沢山いるのではないか、というのが、この本の最大の問題提起の一つである。「よい子のフリ」「理不尽な指導・命令に素直に従うフリ」「親の言うことに逆らわないフリ」・・・などさまざまな「フリ」を演じているうちに、この「フリ」が内在化してしまい、自分自身が見失われ、その「フリ」をしない他者には暴力的な排除を行い、社会全体が悪循環に陥っていく。このまえがきを読みながら思い出していたのは、同じく安冨先生に勧められて読んだある本の一節だった。
「今日の精神病理学の矛盾は、何よりもまず、みずからの感情世界とのつながりを保つ以外の事はそもそも追求しない人々が病人であると分類されていて、このつながりから逃れようとしている人々は病人とされないことだ。」(アルノ・グリューン『「正常さ」という病』青土社、p28)
先ほどの「自分でないもののフリ」をしている人、とは、「みずからの感情世界とのつながり」「から逃れようとしている人々」のことである。しかも、その人々は、そういうフリをすることで、社会的地位や特権、立場を獲得している。それって、グリューンのタイトルにあるように、『「正常さ」という病』そのものである。ということは、「みずからの感情世界とのつながりを保つ以外の事はそもそも追求しない人々」を「精神病」とラベルを貼って排除することは、「みずからの感情世界とのつながり」「から逃れようとしている人々」の、その「フリ」を、明らかにしないための、スケープゴート的な営みなのかも知れない。感情世界とのつながりを正直に保とうとする「あいつはオカシイ」、と排除しておけば、それが出来ていない「自分はオカシクナイ」、と「正常」の世界にとどまれる。そのような暴力的な装置が「フリ」であり、「感情世界とのつながり」の回避ではないか、と見えてくる。グリューンはこうも続ける。
「狂気を巧みに隠している人々の場合には、権力の追求が、差し迫っている内面的な混沌と内面的な破壊を防ぐ唯一の道となる。空虚を、自分自身の内面的な空虚と認識しなくてすむように、彼らは破壊と空虚とを自分の周りに創り出す。」(同上、p30)
「自分でないもののフリ」をしている人、とは、「みずからの感情世界とのつながり」から逃れている、という意味で、「狂気を巧みに隠している人々」である。ただ、「自分でないもののフリ」をすることは、あまりに 「空虚」である。ゆえに、その「空虚」が自分の中に蔓延すると、生きていられなくなる。その「差し迫っている内面的な混沌と内面的な破壊を防ぐ唯一の道」が「権力の追求」というのだ。そう言われてみると、「自らの感情世界とのつながり」を切って、「権力の追求」に邁進している人の顔が浮かぶ。
たとえば出世コースをひた走るエリート社員、だけでなく、大学教授や霞ヶ関の官僚の中にも、このタイプの人が、確かにいる。それらの人に共通しているのは、露骨な言い方をすると、顔が歪んでいる、ということだ。それは、「狂気を巧みに隠して」「自分でないもののフリ」をしているがゆえに、その暴力性が顔に抑圧の兆しとして出ているから、とも言えるかも知れない。そういう権力志向の人々は、感情世界とのつながりだけではなく、自己正当化の為に、時には論理的一貫性をもスルーする(そのことは前回のブログで検討した)。「攻撃は最大の防御だ」とばかりに、他人に罵詈雑言を言い立てたり、詭弁や嘘を平気で繰り出す。それは、「自分自身の内面的な空虚と認識しなくてすむように、彼らは破壊と空虚とを自分の周りに創り出す」営みそのものなのだ。そういう詭弁をまき散らす人って、例えば政治家あたりに沢山思い浮かんだりもする。
この暴力的な「自分自身でないもののフリ」は、大きなシステムを回す上での原動力であったりするから、タチが悪い。そして、その「フリ」からの離脱とは、ある種、システムへの最大の抵抗でもある。
「精神分裂病の分裂は、感じることの統一性、つまり、内面世界との接触を保とうとする試みである。彼らの『狂気』は、作られて強制された『統一』-実際は統一ではない-に対する抗議だ」(p29)
世間が「狂気」という形でラベルをはる表現形式は、実は「作られて強制された『統一』」への「抗議」である、という。これは「感じることの統一性、つまり、内面世界との接触を保とうとする試み」という「自分自身であること」をやめるように、そして「自分自身でないもののフリ」を「強制」するようにする、「正常さという病」への命がけの「抗議」とも見えてくるのだ。ここまで考えていくと、イタリアの精神病院をぶっつぶした医師、フランコ・バザーリアの言葉にも突き当たる。
「規範の定義は、明らかに生産と同時に起こっている。そのことは、社会の端にいる人間は誰でも逸脱者として現れることとを意味している。逸脱行為は、価値の裂け目であり、それゆえこれと同じような価値は、この価値観を破る人は誰でもアブノーマルであると科学的に分類することによって、擁護され強化されなければならない。(略) 本人の選択によって、あるいは必要性に迫られて、生産役割を担えない人間や消費者になることを拒否する人間は、適切な科学的イデオロギーを通じて、規範とその境界を擁護することを強いられなければならない。」(Scheper-Hughes, Nancy and Anne M. Lovell eds., 1988, Psychiatry Inside Out: Selected Writings of Franco Basaglia New York: Columbia University Press. pp105)
正常と異常とは、ある価値規範によって分類される概念である。しかも、バザーリアは、その価値規範は、生産(production)や資本主義と結びついている、という。つまり、資本主義社会の価値前提に適合的な人は「正常」であり、その資本主義や、今なら新自由主義的な価値前提を確固たるものにするために、この「価値観を破る人は誰でもアブノーマルであると科学的に分類すること」が科学には求められている。バザーリアは、この「客観性」を装った科学の中に内包されている価値前提そのものを疑ったのであった。(バザーリアの「科学」批判については、拙稿でまとめたことがあります→「病気」から「生きる苦悩」へのパラダイムシフト : イタリア精神医療「革命の構造」
先に検討したように、グリューンは「今日の精神病理学の矛盾は、何よりもまず、みずからの感情世界とのつながりを保つ以外の事はそもそも追求しない人々が病人であると分類されていて、このつながりから逃れようとしている人々は病人とされないことだ」と述べた。「みずからの感情世界とのつながりを保つ」ことは、本来であれば、「自分であること」を保ち続けることであり、「正常」なはずである。しかし、資本主義や新自由主義の価値命題を重視するなら、話は別である。「24時間戦えますか?」というフレーズはさすがに死語になったが、生産性を至上主義とし、自己啓発をとことん称揚し、四半期決算で儲けが出るような「ニーズ」ばかり探す。これは、株式会社だけでなく、学校や病院などの非営利法人にもどんどん蔓延している、資本主義的なルールである。例えば、大学が「市場に役立つ人材」の供給を経済界からしつこく言われる風潮も、その一端である(そのことも批判したことがある)。
「みずからの感情世界とのつながりを保つ以外の事はそもそも追求しない人々」とは、「本人の選択によって、あるいは必要性に迫られて、生産役割を担えない人間や消費者になることを拒否する人間」である。こういう生産至上主義の価値前提を「逸脱」する人を認めていたら、そういう人が増えたら、生産至上主義という価値前提そのものが転覆されなかねない。ゆえに、「適切な科学的イデオロギーを通じて、規範とその境界を擁護すること」が、医学という「科学」に求められる。それが、「精神医学」に着せられた「科学的イデオロギー」の内実であり、診断し、病名をつけ、ラベルを貼る精神医療は、そのプロセスを通じて、「正常」な社会の「規範」を防御する、「社会防衛」的な機能を保持しているのだ、とバザーリアは喝破する。
実は、安冨先生の著書の中で、この話に通底する部分が出てくる。安冨先生は、「性同一性障害」という言葉が「大嫌いだ」と述べている(p139)。その理由を、この翻訳語の元表現である、gender identity disorderの定義や一神教社会におけるアイデンティティの定義にさかのぼって分析している。
「このdisorderは一番目の『無秩序』と解釈しないと意味が通じません。つまり、『性同一性無秩序』という意味です。何が『無秩序』なのかというと、男の身体で自分が男だと思っていれば『秩序』立っていて、男の身体のくせに女だと思っているのは『無秩序』だ、というわけです。どうして『秩序』という言葉が出てくるのかというと、赤ん坊を男女の集団に割り当てる、という儀礼を行う以上、その子供がそれぞれの性別の集団の規範や文化に順応するように期待されているからです。これが期待通りにいけば『秩序』ですし、期待がはずれて、男のくせに女の服を着たりすると、『無秩序』です。(略) 子供が生まれたら男集団・女集団に振り分けて、それぞれの集団にふさわしい振る舞いをするように圧力を掛けます。これによって『帰属』という『アイデンティティ』が生まれるのです。こうして子供は、何かに『帰属』して、その規範なり文化なりを、自分の中に取り込む、という変な能力を身につけます。この変な能力を『秩序』の基盤だ、と人々が認識しているわけです。この帰属意識の形成がスムーズに行われるなら、社会の『秩序』が成り立ち、それができないと『無秩序』になって社会が崩壊する、と思い込んでいるのです。」(安冨、同上、p146-147)
性同一性「障害」とは、端的にいって、性同一性「無秩序」である、と喝破する。それは、「男は男らしく、女は女らしく」という「秩序」や「規範」を撹乱する要素があるからである。社会が個人に「それぞれの集団にふさわしい振る舞いをするように圧力を掛け」ているのに、それよりも「みずからの感情世界とのつながりを保つ」ことを優先する人が現れると、それは圧力漏れであり、「秩序」や「規範」に対する重大な挑戦となる。それは、社会の価値観への「帰属意識の形成」にとっても脅威なだけでなく、「『無秩序』になって社会が崩壊する、と思い込んでいる」。その「思い込み」から、「無秩序」の状態を何とかして秩序化しよう、という試みがうまれる。そこに、医学という「適切な科学的イデオロギーを通じて、規範とその境界を擁護すること」の根拠が生まれて来る。これは、客観的ではなく、ある価値前提を護ろうとするイデオロギー的な振る舞いである。そのことについて、安冨先生も次の様に鋭く切り込んでいる。
「男女区別主義者にとって、『性同一性障害』という概念は実に便利です。というのも、男女の帰属を乱す者は『かわいそう』な『障害』を持っている『異常者』だ、と思えばいいからです。なので、そういう『障害』のある人は、手術を受けて本人が帰属したいと思っている集団にふさわしい身体に変造してしまえ、ということになります。これが性別適合手術の社会的意味です。男のくせに女だと思っているのなら、女っぽい身体に変造して、それで、『女の身体で女の心』という秩序状態を回復することができます。
『そうすればあなたも幸せでしょ? 女になりたいんでしょ?』
というわけでですが、目的は他人の幸福ではないのです。彼らが狙うのは、社会の表面的秩序の維持です。」(同上、p148)
「社会の表面的秩序の維持」とは、新自由主義的な価値前提が維持されること、とイコールだという仮説を立ててみよう。「男は男らしく、女は女らしく」というのは、性別役割分業の強化である。今の日本社会では、男女平等とはほど遠く、企業や行政の幹部、政治家はいびつに男性の割合が高い。この国では、会社で長く働くためのベビーシッターを所得控除にしようと国は検討する一方、北欧のように男も女も午後3時か4時に帰宅して、子育てを協働で行うような価値観は共有されていない。つまり、滅私奉公的な会社至上主義的な価値前提は問われる事なく、日本的な資本主義を維持してきていた。その前提や「秩序」を、「男女の帰属を乱す者」は壊しかねない。
だが、これは、「男女の帰属」に限ったものではない。「社会の表面的秩序の維持」を最優先にする人、とは、「みずからの感情世界とのつながり」を置いてけぼりにしている人、である。それは、冒頭に引用した安冨先生のフレーズを思い起こさせる。
「自分が『自分自身でないもののフリ』をして我慢していると、他の人が『自分自身でないもののフリ』をしていないと、腹が立ちます。なので、他人にも同じ事をするように強要します。特に、自分の子供にはとても厳しくそうします。こうして社会全体に、『自分でないもののフリ』が広がり、同時にストレスが広がってきます。」(同上、p17)
「自分でないもののフリ」をして、必死に「感情世界とのつながり」を切って、「社会の表面的秩序の維持」 に貢献している。そういう「秩序」や「規範」を必死に護ったり、維持したりすることにのみ、自らの心身のエネルギーを傾けている人にとっては、「自分自身でないもののフリ」を「強要」しても、それに従わず、「みずからの感情世界とのつながりを保つ以外の事はそもそも追求しない人々」や「本人の選択によって、あるいは必要性に迫られて、生産役割を担えない人間や消費者になることを拒否する人間」とは、自分の必死の努力や我慢を「否定」する存在にうつる。そもそも、自分自身が「自分であること」を否定して秩序や規範と同一化しているのだが、そのことはさておいて、その秩序や規範から「逸脱」しているように見える人の方を攻撃したくなるのだ。そこで、「医学」という「科学イデオロギー」が登場する。
「そういう『障害』のある人は、手術を受けて本人が帰属したいと思っている集団にふさわしい身体に変造してしまえ」いう価値前提が付与された「性別適合手術」とは、社会の規範や秩序を護る社会的な意味がある。だからこそ、「男女区別主義者」にとっても受け入れられる手術なのである。これは、精神科医が、正常と異常を区別、分類するプロセスに非常に似ている。社会の規範や「表面的な秩序の維持」を最優先にせず、「自らの感情世界とのつながり」を第一義的に扱う人は、精神科医によって「異常」とラベルを貼られる。このラベリングのプロセスとは、「適切な科学的イデオロギーを通じて、規範とその境界を擁護すること」である。「あいつ」は「異常」「障害」である、と境界を定めることにより、そう判断する「わたしたち」は「正常」であり、「健常」である、という「規範とその境界を擁護すること」につながるのである。
ながーい論考になってしまったが、今日のブログの最後を、バザーリアの次の発言で締めくくりたい。
「本当の問題に直面するためには、私たちは事実全体に対して、疑いを挟まなければならない。(To confront real problems we must put into question the whole of reality.)」(pp133)
安冨先生やグリューン、バザーリアは、表面的な異常や逸脱、差異にではなく「事実全体」に対して「疑いを挟む」ことによって、私たちが正常と異常、規範と逸脱、健常と障害、などをわけている、その価値前提そのものの恣意性やイデオロギー的歪みそのもの、という「本当の問題」に立ち向かっているのかもしれない。その価値前提の問い直しこそが、「自分自身でないもののフリ」から逃れ、「みずからの感情世界とのつながり」を取り戻す、重要な一歩になると感じている。

「一番病」と「魂の植民地化」

鶴見俊輔の対談を読んでいて、すごくアクチュアルに響く表現が出てきた。彼は、自分の父で戦後に厚生大臣になった鶴見祐輔のことをさして「一番病」である、と喝破する。

「そもそも親父は、勉強だけでのし上がってきた人だったんだ。貧しい生まれで、一生懸命に勉強して、一高で一番になるところまではきた。それで後藤新平の娘と結婚したんだ。そうやって勉強で一番になってきた人だから、一番になる以外の価値観をもっていない。そういう一番病の知識人が、政治家や官僚になって、日本を動かしてきたんだ。」(『戦争が遺したもの』鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二著、新曜社、p16)
「みんな知識人になろうとして、試験で模範答案を書こうとする。だから自由主義が流行れば自由主義の模範答案を書き、軍国主義が流行れば軍国主義の模範答案を書くような人間が指導者になった。そういう知識人がどんなにくだらないかということが、私が戦争で学んだ大きなことだと思う。」(同上、p17-18)
「一番病」の知識人にとって、自らの言説の論理一貫性よりも、「一番になる」ことの方が優先順位が高い。普通考えれば、自由主義と軍国主義は全く違うベクトルを向いていて、同じ人がその言説を変えることは、その論理を心の底から信じるなら、文字通りの「転向」になるほど、身もだえの苦しさがあってもおかしくないことだが、それを「知識人」達は易々とやってのける。それは、彼らにとって「知識」とは「一番になる」ための「模範答案」であり、「一番になる」という究極の目的のための「手段」にしかすぎない。だから、その時々で、「一番」になれるために、「知識」を入れ替えていく。それが、真逆の価値であっても、そんなのはどうでもよい。大切なのは、「知識」の価値や論理の首尾一貫性ではない。自分が一貫して「一番なる」ことができるかどうか、が最大の関心事なのだ。
僕自身は幸いにも、このような論理構造には陥っていない。だが、大人になって、賢くて優秀なはずの「知識人」たちが、論理矛盾する事を平気で口にするのを垣間見て、理解できない場面に何度か遭遇する。その度に、その人の論理一貫性の崩れを指摘するが、相手は全く意に介さない。あんなに賢い人が、なぜ論理矛盾に平気なのだろうか、と疑問だったが、「一番病」という概念を聞いて、氷解する。つまり、論理一貫性よりも、「一番であること」のほうが、自分の価値前提としての優先順位が上なのだ。であれば、論理の崩れをいくら指摘しても、相手には響かないのである。だって、論理を一貫したところで、今は時流が変わり、それを主張しても一番になれないから、である。その時々に「一番」になることだけを気にして、いくら論理矛盾や嘘をついても、そのことを気にしない。そういう論理構造の人々が、「政治家や官僚になって、日本を動かしてきたんだ」というのは、戦後70年経っても変わらない事態だと感じる。(そのささやかな観察記録は、ブログネット上の論考に書いている。だがこの論理矛盾を突く批判は、一番病の人には、痛くもかゆくもない指摘である、と今ならわかる。)
この「一番病」には、どのような構造的背景があるのか。それをぼんやり考えていたとき、書架から一冊の本が「おいで、おいで」しているのがわかった。久しぶりに手に取った本を再読して分かったこと、それは「一番病」には、「蓋」と「箱」が機能している、ということだ。
「社会でよりよく生きるために、自分の本性に『蓋』をして、獲得された人格を懸命に生きようとする場合、もっとも恐れるのは、自分本来の本性を覗き見ることであろう。自分でも本性の姿を忘れてしまえるほど分厚い『蓋』を構築し、社会の期待する自己を首尾よく演じた場合には、もはや自分自身の本来の魂は、暴力的な発露の機会でもうかがう以外に表出する可能性はまずない。あるいは、それが内側に向かって蓄積されてゆく場合には、身体を蝕み、自己の崩壊を招く。」(『魂の脱植民地化とは何か』深尾葉子著、青灯社、p24)
「一番病」とは「社会の期待する自己を首尾よく演じ」ることである。その為に、「自分の本性に『蓋』をして、獲得された人格を懸命に生きようとする」ことである。僕の最初の単著、『枠組み外しの旅』を導いて下さったお一人であり、この本も含まれた「叢書 魂の脱植民地化」の第一巻を書かれた深尾先生の著書を読み返して、改めて「一番病」とは、「自分でも本性の姿を忘れてしまえるほど分厚い『蓋』を構築」する、「魂の植民地化」状態である、と気付く。この際、誰が植民地の支配者か、といえば、「一番」と評価する「社会」や「世間」である。その「世間」の評価する「模範解答」を書こうと「懸命」に頑張ることは、「自分本来の本性」=「魂」に「蓋」をすることである。その上で、魂とは切り離された部分で、「蓋の上の人格」を構築し、その「蓋の上の人格」が「社会の期待する自己を首尾よく演じ」ることによって、「一番」はとれる。だが、魂とは切り離されているので、その人の言説にはぶれがあり、時流の変化に合わせて主義主張が変わり、論理一貫性の崩れを指摘されても、「一番」を取るために平気で抗弁ができる。そこには、「蓋の上の人格」を生きる上での「箱」が機能している、と深尾先生は指摘する。
「『箱』とは『蓋』によって押さえ込まれた魂の上に出来上がった空間で、そこには何でも挿入できる『空箱』が用意されている。そもそも『魂』と断絶しているため、そこに注入するものは何でも良い。母親の期待、何らかの教条主義的思想、アイドルスター、さまざまな知識でもいい。要は自分自身を構成する何か都合の良いものをそこに充填して、あたかもそれが自分であるかのように同一視することが大切だ。先の多重の役割を演ずる人は、この『箱』がいくつかの部屋に分かれていたり、さらに偏差値が高く情報を収集するのに長けたタイプの人間は、箱がまるで蜂の巣の小部屋のように沢山用意してあり、その対象となる事象ごとに、必要な知識が分類していれてあり、必要に応じて、必要な箱を開けて情報を取り出すシステムになっている。(略) 当然これらの情報は『情動』とは断ち切られていて、それぞれの箱の中の情報の整合性に主たる注意が払われ、箱と箱の関連性については必ずしも十分に考えられているとは言い難い。」(同上、p287-288)
例えば冒頭の例を用いるなら、自由主義と軍国主義は、相容れない二つのイズム、である。だが、それを「知識」として「箱」の中に「収集」すると、どういう事が起きるか。「一番病」の人は、「必要に応じて、必要な箱を開けて情報を取り出すシステム」を活用する。だが、その「箱」の中に入っているものは、本来なら単なる情報や知識ではない。自由主義も軍国主義も、その人の魂や情動に結びついている時、それらの価値や思想を「生きる」ことができる何か、である。だから、自由主義と軍国主義を、何の苦しみもなく1人の人間の中で両立させることは、本来はできないはず、である。
しかし、「箱の中の情報の整合性に主たる注意が払われ、箱と箱の関連性については必ずしも十分に考え」ない人なら、話は別になる。軍国主義と自由主義の関連性を検討しないで、それぞれの「主義」の「整合性に主たる注意が払われ」るだけならば、ある優勢な「主義」の「模範解答」を書くことにのみ、エネルギーが注がれる。時流が変わり、別の「主義」が主流になれば、その別の「主義」の「箱」を引っ張り出し、その「模範解答」を書くことに、重きがおかれる。以前の主義と今の主義の「関連性」について、検討はなされない。なぜなら、そもそもその人にとって、そこは「空箱」であり、「『魂』と断絶」されているからだ。「魂」の一貫性は全く「蓋」がされていて、「一番病」を満たすための「知識」に専心し、「あたかもそれが自分であるかのように同一視すること」によって生き残ろうとする生存戦略だからである。
そういう人を、私たちは、「空虚な人」という。そう、沢山の「空箱」を抱えた人のことである。だが、沢山の「空箱」を抱えた「空虚な人」は、見た目ではそれとは逆の、エネルギッシュな人、に映る場合もある。深尾先生は、そういう人種を、次の様に描く。
「自分自身の魂に蓋をして、その閉じ込めたエネルギーで、前に進む。一見エネルギッシュで、精力的であるととらえがちであるが、当の自分自身は、重い蓋の下に閉じ込められているので、少しも楽にならない。どんなに努力しても、どんなに自分に欠乏しているものを求めても、そこには答は見いだせない。これはまさに本稿で示した『蓋の上の人格』そのものであるといえよう。しかし、蓋の上の人格が自分自身であると確信し、それにしがみつこうとしていた当時の自分自身には、永遠に解くことができない苦しみが、自分を取り巻く外部世界に存在し、それに対し、もがいてももたいても、より一層強く自分自身に襲いかかってくると、認識されていた。まさかそれが真の自分に対する『蓋』に由来するものであるとは、理解できず、何をやっても抜け出せない絶望感と徒労感に苛まれていた。これもまた本稿の冒頭に述べた『自己呪縛』そのものである。」(同上、p54)
「箱」の中身を次々に入れ替えて、世間の時流に合わせて「模範解答」を書き続ける。これは確かに、「一見エネルギッシュで、精力的であるととらえがちである」。でも、それで「一番」が取れても、何も安心ができない。なぜなら、『蓋の上の人格』を前提にしているならば、「永遠に解くことができない苦しみが、自分を取り巻く外部世界に存在し、それに対し、もがいてももたいても、より一層強く自分自身に襲いかかってくると、認識され」るからである。自分自身の魂ときちんと向き合う事なく、「自分を取り巻く外部世界」にのみ目を向け、その他者の目にのみ迎合的になり、自分自身に「蓋」をすると、「何をやっても抜け出せない絶望感と徒労感に苛まれ」るのである。だから、「一番病」の人は、一番をとっても、全然安心ができない。一番をとり続けるための「抜け出せない」不毛な戦いにエネルギーをどんどん吸い取られていくから、である。
では、この「一番病」や「魂の植民地化」状態から、どうすれば抜け出せるのであろうか。
「『蓋の上の人格』については、当然社会生活を送る上で必要なものだ、むしろ、『本性』のままに振る舞うような人間ばかりが跋扈するならば、社会は秩序なき混乱に陥ってしまう、といった反論が聞こえてきそうだ。しかし、本書では、そんな反論を想定しつつなお、『魂の声に従って生きる』ことの重要性を根幹に据える。なぜなら魂を封じ込めていかに知識や人格や能力を構築しても、そこには生きるエネルギーを創成する力は備わっていないからだ。」(同上、p295)
「他者への暴力や支配、ハラスメントのより少ない社会は、より大きなハラスメントや支配によっては決してもたらされるものではなく、暴力やハラスメントに荷担する個々人の魂を封殺する『蓋』を揺り動かし、その下に閉じ込められている魂を解放することによって実現に一歩近づくのではないか。我々は、暴力を組織化する言説化された世界を、直接攻撃するのではなく、その暴力を産み出す1人1人の魂が『生きられる』状態にするという『難行』を達成する必要がある。そしてそれにはまず、自らとその周辺の人々の魂が『生きられる』社会を自らの周辺に構築する、というこれまた至極困難な課題に直面せねばならない。」(同上、p296)
なぜ「魂の声に従って生きる」=「本性のままに振る舞う」ことが、ネガティブに捉えられるのか。それは、世間や同調圧力が求める「模範解答」に、唯々諾々と従う事を拒否するからである。「魂」に「蓋」をして、「蓋の上の人格」を生きている人々にとって、自分が必死になって従っている「模範解答」を易々と踏みにじることは、社会に「秩序なき混乱」をもたらす脅威に映る。だから、あらん限りの知識や権威を用いて、そのような「混乱」を阻止しようとする。それが、「他者への暴力や支配、ハラスメント」につながるのだ。
これに対抗するためには、「暴力やハラスメントに荷担する個々人の魂を封殺する『蓋』を揺り動かし、その下に閉じ込められている魂を解放すること」が必然的に重要になる。「生きるエネルギーを創成する力」を取り戻す為には、『魂の声に従って生きる』しかないのだ。「自らとその周辺の人々の魂が『生きられる』社会を自らの周辺に構築する」ことによって、「本性」のままに振る舞う人間が、消して「秩序なき混乱」を作り出す元凶ではない、ということがわかる。むしろ、「一番病」の人々が構築してきた「秩序」そのものが、砂上の楼閣であり、時流が変わればあっという間に180度変わる虚構である、と見えてくる。このような虚構的な秩序を「模範解答」として信奉する「自己呪縛」から抜け出すことが、必要不可欠なのだ。
「他者への暴力や支配、ハラスメント」といった「暴力的な発露の機会」は、「それが内側に向かって蓄積されてゆく場合には、身体を蝕み、自己の崩壊を招く」。少なからぬ「一番病」の人が、病に倒れたり、アルコールや暴力に依存したり、自死に至る危険性を抱えている。それは、魂と切れた虚構を追求するがゆえの、「蝕み」や「崩壊」なのである。
平気で論理矛盾する「政治家や官僚」を「直接攻撃」しても、彼ら彼女らは、その時流の求める「模範答案」を書くことに必死であり、論理破綻の指摘は、痛くもかゆくもない。肝心なのは、「個々人の魂を封殺する『蓋』を揺り動かし、その下に閉じ込められている魂を解放すること」である。そのためには、安直に聞こえるかもしれないが、僕自身が魂に「蓋」をせず、「箱」の知識をひけらかさず、「自らとその周辺の人々の魂が『生きられる』社会を自らの周辺に構築する」ことを愚直に実践するしかない。そして、この「蓋」の揺り動かしや「魂の解放」を通じて、「1人1人の魂が『生きられる』状態にするという『難行』」が実現される、ということこそ、実はリカバリーへの道そのものである、と感じ始めている。

なぜ闘争が「ふれあい」なのか?

「障害者と健全者の関わり合い、それは、絶えることのない日常的な闘争(ふれあい)によって、初めて前進することができるのではないだろうか。」

実に衝撃的な文章である。障害者と健全者の関わり合いとは、「絶えることのない日常的な闘争」だと言う。しかも、その闘争に「ふれあい」とルビが意図的に振られている。これはいったいどういうことか。
引用したのは、『【増補新装版】障害者殺しの思想』(横田弘著、現代書館)のp104である。横田さんは、日本の障害者運動の源流の一つである神奈川青い芝の会のリーダーのお一人である。この本は元々1979年に出されたが、今年、立岩真也さんの解説付きで復刊されたもので、日本の障害者福祉を考える上での古典的名著の一冊でもある・・・。
という書誌情報は知っているが、現物は復刊されるまで、実は読んだことがなかった。横田さんの同士で、同時代に活躍していた横塚さんの名著『母よ!殺すな』の方は、復刊されたものを読んで、ブログにも引用したことがある。その文章の濃さに圧倒されていたが、今回読んだ横田さんの文章も、ぐいぐいと引きつける魅力を持った文章だった。冒頭の引用の後には、次のような文章が続いている。
「たくみな差別構造の利用によって分断化された『障害者』と『健全者』の間を止揚するためには、まず、『障害者』が自らの位置を確認する、つまり、現代資本主義の下にあっては、その疎外された肉体性によって『本来あってはならない存在』とされた位置を確かめ、逆にその位置を武器として『健全』な肉体を与えられたと思い込まされている『健全者』の社会への闘争(ふれあい)を働きかけることではあるまいか。」
実に70年代的な(=学生運動世代的な)臭いのする文体である。だが、この文章には、僕たちが今でも立ち戻って考えるべき本質が詰まっている。障害者たちは「その疎外された肉体性によって『本来あってはならない存在』とされた」とは、ICFなどの概念形成より20年以上前に、障害は社会からの「疎外」によって生じ、「本来あってはならない存在」という形で排除されている、ということを喝破している。かつ、その障害者の「肉体性」をもって(=つまり、顔も名前もある生身の肉体をもった人として)、「『健全』な肉体を与えられたと思い込まされている『健全者』」と出会うことが大切だ、と言っているのである。ただ、これを「闘争(ふれあい)」と言っている部分が、非常に興味深い。なぜ、「たくみな差別構造の利用によって分断化された」両者の出会いが、「闘争」であり、「ふれあい」なのか。それを理解する補助線となる文章を、二つほど検討してみたい。
「私たち『障害者』、特にCP者たちは日常的に『健全者』の『保護』がなければ『生かされない』現実がある。食物を摂ることから排泄まで一切『健全者』の手を煩わさなければ行い得ない現実がある。そうした日常的な現実の繰り返しの中では『障害者』の精神は、ともすれば、『健全者』に屈服し、『健全』に同化しようと思考し、『障害者』を理解してもらうことが『障害者福祉』の正しい姿だと思い込んでいる。『健全』に同化しようとすることは『健全者』によって規定されている『障害者』を認めることであり、自己を自ら『本来、あってはならない存在』と規定することではないのだろうか。事実、多くのCP者たちは、この『同化』への道を歩むことにより、自ら苦しみを深め、自己の『肉体』の否定、つまり、完全な自己否定にまで追い込まれていってしまうのである。」(同上、p117)
書き写しながら改めて感じたのは、実に論理的な文章である、ということだ。
「『健全者』の『保護』がなければ『生かされない』現実」が日常になると、その保護してくれる「健全者」の支配的論理に従わざるを得なくなる。だが、「健全」「障害」という二項対立的切り分けは、「健全」こそ理想である、という価値前提をはらんでいる。そして、この価値前提に従う、ということは、「健全」への「同化」を理想化する、ということであり、かつ「障害者」を「『本来、あってはならない存在』と規定すること」でもある。この「同化」の論理を肯定することは、まさしく障害者が「自己の『肉体』の否定、つまり、完全な自己否定にまで追い込まれていってしまう」ということになるのだ。だからこそ、青い芝の会のメンバーたちは、命がけで、「健全者」の価値前提や支配的論理への「同化」にNOを突きつけてきた。そして、この「同化」への反対闘争(ふれあい)が、最も先鋭化して表現されたものの一つに、養護学校義務化論争へのコミットが挙げられる。
青い芝の会は、1979年から始まった養護学校の義務化を前に、なぜ養護学校が問題なのか、に関する運動方針を立てた。その中に、「同化」を巡る「闘争(ふれあい)」のエッセンスが詰まっている。
「養護学校を語る時、『その子にあった教育』という言葉が切り札のように持ち出されます。教育の目的が知識を授けるためだけにあるのではなく、人格形成、人間同士の相互理解という側面がきわめて重要であることからして、障害児の存在を抜きにした所の普通教育や、障害児ばかりが小さくかたまった所で行われる養護学校教育が、各々の『その子にあった』ものなどとはとうてい言えないことは明らかです。それ以上に見落としてはならない点は、『その子にあった教育』という時、多くの場合、『障害児が入ってくると、普通児の教育の邪魔になる』『障害児とは関わりたくない』という教師や学校当局者の本音が隠されていることです。これはたまに普通学級に入った障害児が、子どもによってではなく、教師や学校当局の物の考え方によって、『お客様』にされ、排除されていくという事実を見れば弁解の余地はありません。」(同上、p168)
正直に告白すると、15年ほど前の僕は、「その子にあった教育」なる「幻想」を、鵜呑みに、とは言わないまでも、自分で検証することなく、「そういうものかもしれない」と思っている節があった。養護学校に関して、世界の潮流と反する分離主義に関しても、「その子にあった」という「幻想」は、教育領域が不勉強な僕にとって、「もっともらしく」聞こえていた。だが、横田さんのこの文章は、そういう甘っちょろい「幻想」を木っ端みじんに砕く。それは、「教育の目的が知識を授けるためだけにあるのではなく、人格形成、人間同士の相互理解という側面がきわめて重要である」という指摘に尽きる。そう、義務教育においては特に、「人格形成、人間同士の相互理解」の側面は、非常に重要な教育目標なのである。障害者と健全者を最初から分けてしまうと、日常的に「ふれあう」ことがない。実際、僕の授業でも、障害者の福祉課題を話しても、ぴんとこない、他人事と考えている学生が少なくない。それは、小中高と、障害者と「ふれあう」ことを通じた「相互理解」の経験がないから、である。だからこそ、日常的な「ふれあい」を求めた、養護学校義務化=養護学校への障害者の隔離への反対の「闘争」が必要不可欠になるのである。この論理が、昔の僕には理解できていなかった。
また、「その子にあった教育」なる「幻想」の欺瞞性として、「『障害児が入ってくると、普通児の教育の邪魔になる』『障害児とは関わりたくない』という教師や学校当局者の本音」を横田さんが指摘している点も興味深い。二枚舌的に、一方で、「少人数できめ細かい指導を」と言いながら、「指導の邪魔になる」「障害児とは関わりたくない」という教育関係者の「本音」が潜んでいないか、という指摘である。そういえば、スウェーデンの幼稚園では、障害児がいるクラスの方が人気がある、と以前聞いたことがある。それは、障害児がいるクラスには、先生がもう一人クラスに加配されるので、クラス全体にきめ細かい指導ができるから、という理由である。「きめ細かい指導」というのなら、学校や学級をわけるのではなく、障害児一人に教員一人を加配して、普通学級の中で二人担任制にして学べば、障害児にも健常児にも、きめ細かい指導ができる。かつ、学校を建設・維持するコストだって馬鹿にならないことを考えたら、こっちの方がよっぽど合理的である。そういう面で、「その子にあった教育」の、ある種のご都合主義的な部分が見えていなかった。
ただ、一方で、特別支援学校に通う学生が、特に高等部を中心として、全国的に増えているという現実がある。今の特別教育を推進するシンクタンク的役割である国立特別支援教育総合研究所では、だから特別支援学校の新設校や分校設置を、と提言している。しかし、これは『その子にあった教育』の「幻想」を利用した、現状肯定の論理ではないか? そもそも、発達障害の学生が増加する原因として、高度消費社会において、第一次産業や第二次産業が衰退し、第三次産業が異常に求められる日本社会において、「空気を読み」「社会の同調圧力に従順な若者」が学校現場でも強く求められる結果、そのキツイ標準化・規格化の論理から外れた人々を、安易に発達障害とラベリングしている部分はないか。そして、標準化・規格化の論理に合わない学生を「障害児」と分けることで、『障害児が入ってくると、普通児の教育の邪魔になる』『障害児とは関わりたくない』という本音を『その子にあった教育』なる「幻想」にくるんでごまかしていないか。そして、このことを問い直す時、それは健常者の頑強なる常識や価値前提を問い直すことそのものであり、それは健全者と障害者の「ふれあい」であるが、同時に異なる価値前提どうしの「闘争」ではないか。
「その子にあった教育」とは、障害の有無にかかわらず、一人一人の個性や障害特性を認めた上で、人間的な成長を促すことであり、障害をもったままでのありのままの自立を認める、という意味では、同化とは反対の、異化を認める、ということである。でも、現実に行われているのは、障害児と健全児を違う存在として同じクラスでともに学ばせる異化ではなく、障害児は健全児と分けて、健全児学級、障害児学級と、同じカテゴリーの人だけで「同化」させる戦略である。これは、入所施設や精神病院の隔離収容の論理と全く同じである。本当に、「その子にあった教育」を、幻想でなく、まっとうに求めるとしたら、論理的必然として、同化ではなく異化が目指されなければならず、それは一人一人が異なる存在として、「人格形成、人間同士の相互理解」が教育の現場でなされなければならない、ということである。まかり間違っても、教師や学校の「効率化」のために、障害児が排除されたり「お客様」扱いされてはならない、という当然の論理になるのだ。
ここまで書いてきて、映画にもなった「みんなの学校」の木村校長先生が言っていた「すべての子どもの学習権を保証する」という意味が、横田さんの40年近く前の文章を通じて、アクチュアルに胸に響いてきた。そして、それは40年前だけでなく、今だって、単なる「ふれあい」だけではすまされない、「闘争」の現実があるということも、改めて感じた。(ちなみに、この映画「みんなの学校」も、めちゃくちゃよい作品です。元になった番組を見て、僕は何度もうるっときています。)

ひきこもりの「声」と悪循環からの脱却

先週の金曜日、一見全くつながりのなさそうな二つのものが、カチリと僕の中で繋がり始めた。

一つは、山梨県立図書館で開かれた「ひきもり大学 in 山梨 思い込み学科」のイベント。地元紙、山梨日日新聞の「ひきこもり」の連載に実名で登場し、こないだ僕の地域福祉論にもゲストに来て下さった元ひきこもり当事者の永嶋さんから誘われて、参加した。このイベントにおいては、永嶋さんと、「ひきもり大学」の活動も応援し、「ひきこもり」当事者への取材や支援活動も続けているジャーナリストの池上正樹さんのトークと、グループごとに別れたグループトークと分かち合いの場、から構成されていた。
永嶋さんのお話は、前述の大学での講義でも伺っていたが、池上さんとのセッションの中でも、実に深い内容が語られていた。ご自身は、「アゲアゲ系とは真逆」と仰るように、しみじみとした語りだが、心に染みいるものがいくつもあった。例えば
「役割や肩書きがなくなることが、関係性の喪失につながり、ひいては社会との接点の喪失に繋がる。」「ひきこもりから出てくる時も、支援者と言われる人が、本人にどのように接するか、に、大きく左右される。たとえば支援者が『○○してあげる』という上から目線の、上下関係的な接し方ならば、それが嫌で再度ひきこもることもある」
「僕(永嶋さん)自身は、運良く共感できる相手と出会え、そこからフラットな関係性が生まれ、つながりが拡がっていき、そのプロセスの中で、実名で語れるようになってきた」
これらの言葉を実名で語る永嶋さん。なぜ、この言葉に迫力があるのか。それは、トークのお相手である池上さんの著書の中で、わかりやすく書かれている。
「『ひきこもり』という状態に陥る多様な背景の本質をあえて一つ言い表すとすれば、『沈黙の言語』ということが言えるかもしれない。つまり、ひきもる人が自らの真情を心にとめて言語化しないことによって、当事者の存在そのものが地域の中に埋もれていくのである。ひきこもる当事者たちの多くは、本当は仕事をしたいと思っている。社会とつながりたい、自立したいとも思っている。しかし、長い沈黙の期間、空白の履歴を経て、どうすれば仕事に就けるのか、どうすれば社会に出られるのか、どのように自立すればいいのかがわからず誰にも相談できないまま、一人思い悩む。」(池上正樹『大人のひきこもり-本当は「外に出る理由」を探している人たち』講談社現代新書、p10)
この「沈黙の言語」の「パンドラの箱」が、県立図書館という場において、少しずつ、開かれ始めた。言語化が始まった。埋もれていた、誰にも相談できない「声」が、再び産まれ始めた。もともと「声」がなかったのではない。「ひきこもる」ことによって、埋まり、押しとどめられ、「言語化」できなくなってしまった「声」が、ピアの仲間達が手作りで産み出した場において、再生し始めた、のだ。
当事者や家族、支援者達が自発的にボランティアとして集まって構成されたこのイベントは、行政主導のイベントとは違い、手作り感満載で、段取りも含めてゆるーい雰囲気で開催された。池上さん曰く、山梨は、自治体のひきこもり対策が最も遅れている県の一つ、だそうだ。でも、逆説的に言えば、だからこそ、行政主導型に時としてありがちな、形は立派だけど魂が籠もらないイベントではなく、魂が籠もった、参加者の胸に響くイベントが展開されていった。そして、その場に遭遇して、僕は新宿駅のコンコースの書店で買い求め、甲府に戻る車内で貪り読んでいた、一冊の本と、会場全体から伝わってくる「声」が、結びつき始めた。
「一般的には、その主な原因にはいくつか、たとえばAとBとCと・・・があり、Aがまず重要でおおよそ何%ぐらいの割合で影響があり、次にBで約何%の影響があって・・・と考えがちです。小さな原因から小さな結果が起き、大きな原因から大きな結果が起きる。これらを合算したものが全体の結果である、と。
私はこれを『線形思考』と呼んでいますが、こういうものの考え方をしてはいけないのです。なぜか。まず第一に、社会においては、さまざまな物事が関連し合い、関係が連鎖して運動しているからです。そこでは因果は一方向に流れるのではなく、循環しています。ですから、『原因→結果』という枠組みを外し、結果がまた原因に作用する『フィードバック』を重視すべきなのです。(略)
この相互促進作用、すなわち『ポジティブ・フィードバック』は、一旦作動を始めると想像も出来なかったような爆発的な結果を引き起こします。なぜならフィードバックのループが廻るたびに自己増殖的に結果が増えていくからです。」
安冨歩『満洲暴走 隠された構造 大豆・満鉄・総力戦』角川新書、p18-19)
共同研究もさせていただいている安冨先生の最新刊の主題は「満洲」。「緑に囲まれ虎も生きるユートピア」だった満洲が、わずか20年の間にはげ山にされ、「どこまでも続く地平線、果てしなく広がる大豆畑」に変容させられてしまった。その謎を解き明かす中で、日本の思惑や中国におけるアメリカやソ連との関係、および満洲の地理的・気候的・文化的独自性などを分析し、満洲統治的なエートスと「立場主義」日本社会の今日的暴走の起源を辿ろうとする、安冨先生渾身の一冊。その内容や分析にも、多くの学びがあるのだが、安冨先生が「満洲問題」を分析するために用いた方法論の部分が、ひきこもりの「声」を聴く際にも、すごく役立ちそう、という点を、以下述べていく。
ひきこもりの問題も、わかりやすい原因が特定か出来ない場合が多い。だが学校や福祉関係者だけでなく、当事者や家族だって、「○○(性格が優しすぎる・失業した・自己肯定感が低い・・・)のせいでひこもっている」と思い込みやすい。しかし、これは「線形思考」である、と安冨先生は指摘する。このような「『原因→結果』という枠組み」に囚われる限り、悪者探しは出来ても、ではどうすればそこから脱する事が出来るかが、不透明なままである。
一方、「因果は一方向に流れるのではなく、循環してい」ると考えるなら、「原因を特定する」という方法論は無意味である、ということが見えてくる。「結果がまた原因に作用する『フィードバック』」に着目するならば、「さまざまな物事が関連し合」うなかで、一旦家に「ひきこもり」、そのことによって、家族や世間との関わりが切れ、それが「沈黙の言語」になり、「当事者の存在そのものが地域の中に埋もれて」、さらにはその声が聴かれなくなり、するとますます本人が自己主張出来なくなり・・・と、「一旦作動を始めると想像も出来なかったような爆発的な結果を引き起こ」される『ポジティブ・フィードバック』が強化される、という悪循環構造が見えてくる。そして、ここ最近、「ひきこもり」が大きく社会問題化されているのは、その「フィードバックのループが廻るたびに自己増殖的に結果が増えて」、ひきこもりの人々の数が、ある閾値を超えたからではないか、と感じ始めている。
永嶋さんにも来ていただいた地域福祉論の授業では、ここ数年、「悪循環の高速度回転」という、安冨先生が『複雑さを生きる』で提唱された概念を用いて、学生達と考え合っている(この概念については、以前のブログにも書きました)。ひきこもり、だけでなく、ホームレスや、認知症、ゴミ屋敷、シングルマザー、児童虐待、ワーキングプアなど、様々な社会的問題に共通するのは、全て「悪循環」というフィードバックがポジティブに、つまり加速させるようにループしているからではないか、という仮説である。もちろん、ひきこもりとホームレス、シングルマザーなどでは、悪循環を構成する各要素は違う。でも、「ポジティブ・フィードバック」が強化され、「一旦作動を始めると想像も出来なかったような爆発的な結果を引き起こ」されたことで、社会問題化して表面化する、という共通点があるように思える。
そして、このようなポジティブ・フィードバックという「悪循環」を断ち切るためには、循環のどこか一部を強化したりするのではなく、どうしたら「悪循環の高速度回転」を脱却する事が出来るのか、の分析が必要不可欠である。地域福祉論の授業を通じて、様々な社会問題の「悪循環の高速度回転」を学生と考え続ける中で、僕はその脱却の手がかりが、「沈黙の言語」の賦活であり、言語化である、と感じている。
それがなぜ、「悪循環」から「好循環」へのスイッチングの手がかりなのか。そこには、二つのコミュニケーションパタンの切り替えの問題が潜んでいる。そして二つのコミュニケーションの違いを、安冨先生は正規軍とゲリラ戦の違いで説明している。
「先進国のような組織化、正規化された集団は、戦争になると強いのです。そして、攻撃を受けてある程度の被害が出ますと、国家が崩壊することなく、秩序を維持したまま敗北できるのです。(略)ところが、ネットワーク的で分散的な社会は、攻撃力は弱いのですが、どんなに攻撃されて犠牲が出ても崩壊しないので、負けません。というより敗北できないのです。」(同上、p70)
「満洲の地は、中国には珍しくネットワーク性が低くて、ピラミッド型の県域経済システムが支配する、非常に簡単な構造でした。だから関東軍が乗り込んできて、そこだけ占領すれば、満洲全体を支配できました。(略)それに対して中国本土、華北以南は、分散的・階層的な社会でしたので、県域と鉄道を支配しても何も起きませんでした。ゲリラは村々に引っ込んで、延々と『負けない戦い』を繰り広げ続け、正規軍つまり日本軍は、ただただ疲弊していったのです。」(同上、p71)
秩序が形成されたピラミット型の社会と、ゲリラ的なネットワーク的で分散的な社会。前者を上意下達的・中央集権的に指揮命令系統が整う一極集中的なコミュニケーションとするならば、後者はゲリラに代表されるように「ここで負けたらあっちへ行く、あるいは、あそこが負けても私は戦う」(同上、p69)という、一つの命令系統が切れても、別のネットワークで繋がっていく、分散的で複雑な関係性を維持しているのである。
これが、ひきこもりやホームレスを初めとした社会的弱者の話と何らかの関係があるのか?
私は「大アリだ!」と睨んでいる。
日本における福祉的支援とは、行政が絡んでいる場合には特に、正規軍的なアプローチになってはいないか。標準化・規格化されたサービス体系の中で、全国一律・公平中立を謳い文句に、ケアパッケージを提供する、という発想が、特に21世紀に入ってからの、介護保険や障害者総合支援法の枠組みに、しっかりと見えている。このこと自体の是非は置くとして、この正規軍的アプローチが十分に・うまく機能しないのが、ホームレスやひきこもり、ゴミ屋敷など、世間でしばしば「支援困難事例」とラベルが貼られるケースではないだろうか。
なぜ、これらのケースに「支援困難事例」というラベルが貼られるのか。それは、正規軍的アプローチが標準化・規格化した「想定」の「外」にあるケースだからである。正規軍的アプローチのルールの中に収まろうとしない・できない人々だから、である。多くの社会的弱者は、行政から給付される現物・現金給付という対価と引き替えに、その行政の統制の下に、自発的にであれ、嫌々であれ、入る。就労支援や生活介護など、様々なプログラムにも載ってくる。だが、現物給付や現金給付を、行政の管理・統制からの自由とトレードオフ的に受け取らず、ゲリラ的に「支配」に抵抗する人々のことを指しして、「支援困難事例」とは言っていないか。その際、現実的には、その一部は、「”支配”」困難事例、とも言えないか。
先の安冨先生の一節のゲリラをひきこもりに変えるなら、「ひきこもりは家々に引っ込んで、延々と『負けない戦い』を繰り広げ続け」ている、とはいえないだろうか? それに対して、正規軍的に「このようなひきこもり対策を全国・全県・自治体全体・・・で一律・公平中立に行います」というのは、方法論的失敗に陥るのではないだろうか。
では、どうすれば良いのか。
その芽が、金曜日のイベントで垣間見られた。それは、行政が主催する時にありがちな、統制の取れた集権的・秩序的コミュニケーションとは違う、草の根からの、ネットワーク的で分散的な「ゆるい」つながりをもとにしたコミュニケーションである。実はこの会場には、お顔を存じ上げている県や自治体の多くのソーシャルワーカーや公務員、民間のベテラン支援者達も参加していた。だが、誰も自らの立場や地位を全面に出していなかった。みなさん、ワッペンに自分のペンネームだけを書き、平場で語り合っていた。このような立場を超えたフラットな関係性の構築こそ、信頼関係を築く大前提なのである。「あたなと私」の関係が、「支援者と支援対象者」の前に、構築される。これが、分散的でネットワーク的なアプローチの肝である。このお顔の見える関係があるからこそ、人と人のつながりのネットワークの中で、その「声」が聴かれ、魅力が再発見されていく。
そういえば、ひきこもり支援で有名な秋田県藤里町社協では、ひきこもり対策に最初カウンセリングをしようして誰も集まらなかったのに、ヘルパー2級講座を開いたら、ひきこもり当事者が沢山参加した、という。これも、「沈黙の言語」に対して、「○○してあげる」という一方的で規範を押しつけるようなコミュニケーションであれば失敗したのに対して、社協の職員募集に履歴書を送ったひきこもり当事者の声を手がかりに、自らのアプローチを変え、その「沈黙の言語」を活かす形での支援を行ったことで、ひきこもり当事者が「声」を上げ初め、そのなかで、当事者が安心して語り合える居場所を提供し、ひきこもり当事者のリカバリー支援に結びつけていった。
行政や社協などの支援者の側が、勝手に創り上げた支援プランに基づいて、相手を当てはめようとする。これは、正規軍的アプローチの戦略や戦術である。でも、その正規軍的規範に同一化されな人々が、ひきこもりやホームレスなど「支援困難事例」という形で、「負けない戦い」を繰り広げている。それに対して支援現場は、「ただただ疲弊して」いるのである。であれば、コミュニケーションパターンそのものを変える必要がある。
ひきこもりが、「本当は『外に出る理由』を探しいてる」のに、「家々に引っ込んで、延々と『負けない戦い』を繰り広げ続け」ている」。
こう認識するならば、ひきこもりの「負けない戦い」の悪循環を、好循環に変える支援が必要だ。それは、「かわいそうなあなたに、支援者が○○してあげる」という上下的・統制的・正規軍的コミュニケーションをまず捨てる、ということである。相手の「沈黙の声」に思いをはせ、その声をじっくり聞く中で、相手との信頼関係を構築し、ひきこもりの当事者のネットワークの中に入り込む、ということである。まずは、ひきもる人が「心にとめて言語化しない」「自らの真情」を語るのを、じっくり伺う、ということである。この「沈黙の言語」の言語化支援こそ、実は障害者支援領域で言われているセルフ・アドボカシー支援そのものであり、そこからしか、悪循環は好循環に転換しない。
だが、「声」を取り戻し、「言語化」が始まると、「家々に引っ込んで」いる当事者が、「外に出る理由」を、仲間や家族、支援者と一緒に模索し、構築し始める。このプロセスの中で、「負けない戦い」でお互いが疲弊する現状を乗り越え、状況をひっくり返す方法論が見えてくるのである。
僕自身は以前拙著で、このセルフアドボカシー支援のことを、説得的な支配から納得に基づく支援への転換に絡めて論じたことがある。ここに接続させるなら、コミュニケーションパタンの転換、とは、正規軍的な「説得」アプローチから、ネットワーク分散型の「納得」アプローチへの転換である。前者では厚労省や政治家の「○○すべし」という規範に基づく中央集権的ルールが重要視される一方、後者では「沈黙の言語」の当事者の声を聴き、その微弱な声を増幅する中で、その声や「納得」に基づいた、その場その場でのローカルな・分散的なルールが適応される。前者が「沈黙の言語」を結果的に増幅させる、悪循環の高速度回転=ポジティブ・フィードバックの自己増幅であるとするならば、後者はフィードバックのループ構造を理解した上で、その悪循環から好循環へとループ構造の切り替えを促す、当事者主体型の変換プログラムである。そして、それは局所的でローカルな、草の根的なものである。
正規軍的な規範や統制、標準化が、制度化された福祉の領域では色濃く見える。だが、そのような「制度化された福祉」における「支援困難事例」だからこそ、ひきこもり支援においては、ネットワーク型・分散型の、ローカルでボトムアップ的な、ルール生成的な協働作業が、「沈黙の言語」を打ち破るためにも、非常に大きな力を持っている。そしてそれは、ポジティブフィードバックのループを悪循環から好循環へと移行させるために、必要不可欠である。
先週の金曜日は、改めてそんなことを感じた一日であった。

周辺革命とソーシャルアクション

先週末、香港に出かけてきた。The Asian Progressive Social Work Forum 2015に参加しにでかけた。

この集会には、以前著作を読んで感動したイアン・ファーガソンさんの基調講演も含まれていた。かつ、ファーガソンさんと個人的に親しくされている日本福祉大学の伊藤文人先生から、「香港や台湾の進歩的なソーシャルワーカーの集まる熱い集会ですよ」と直々にお誘い頂いた。「これは、何だか面白そうだ!」 その直観だけを頼りに、蒸し暑い香港に出かけてみた。そして、その予想を遙かに超える収穫があった。
今回の集会は、香港とマカオ、台湾、そして中国本土のソーシャルワーカーや、社会福祉の研究者の集まりである。学会とは違い、現場のワーカーが中心の集まりなので、主要言語は英語ではない。広東語と北京語が主要言語で、ファーガソンさんや私たちとのやりとりだけが英語、という、大中華圏の集会。そのアウェー感に、当初はたじろいだ。ただ、香港理工大学の学生さんや教員が、無料で通訳をしてくださったので、何とか話についていけた。聴いている内に、議論の内容の少なからぬ部分が、雨傘革命やひまわり学生運動などの社会運動と、ソーシャルワークの関係性を問い直そうとしている。そう、日本では既に絶滅危惧種になりかけている「ソーシャルアクション」が、この会議のメインテーマである、と出かけてみて、ひしひしわかった。いくつか面白いトピックを、備忘録的に書き付けておく。
今回一番印象的だったのは、台湾の社会福祉専攻の修士の学生で翻轉社工學生聯盟」のメンバー黄さんによる「從社工學生出走潮」という発表だった。通訳とパワポスライドを合わせると、だいたい次の様な事を言っておられた(と思う)。
台湾では、中国との「サービス貿易協定」締結に反対する学生達による社会運動が、昨年の春に起こった。学生達に共感する市民がひまわりを持って応援に駆けつけたことから「ひまわり運動」とも呼ばれている。この運動に参加した社会福祉系の学生(社工学生)さんたちは、運動終了後、自分達が受けているソーシャルワーク教育にも、疑いの眼差しを持ち始めた。授業で教員から学ぶ理論と、現場実習で先輩ワーカーから学ぶ実践の乖離が凄く大きい。また、社会福祉の現場は、労働環境も悪かったり、管理主義が強まったりで、燃え尽きたり離職する福祉職も少なくない。そういう実態と理論の乖離を目の当たりにした学生達は、運動にコミットする以前には、矛盾や衝突を、「どうせ」「しかたない」と諦めていた。
だが、ひまわり運動に関わった後の学生達は、自分達の目の前の実態の衝突や矛盾と、向き合い始め、自主的な学習会を組織した。それが、この連盟である。この「
翻轉」とは、「ひっくり返し」の意味であり、学生の側から、社会福祉教育の矛盾や構造的問題点を問い直す、という非常に面白い試みである。その中で、一体何のためにソーシャルワークを行うのか、社会福祉は誰のためになっているのか、を構造から問い直し始めている。教師が教える「価値中立」を鵜呑みにするあまりに、社会的矛盾が起こる抑圧的構造そのものを哲学的に問い直す視点がないのではないか、と気づき始めている。そして、様々な社会運動や地域活動と連体しながら、学生たちも共に学び、変わる運動にコミットし始めているのだ。
それを聴いていて、ファーガソンさんが基調講演の中で言及していた、パウロ・フレイレの批判的意識化概念を、強く思い出していた。
「批判的に思考すること。それは、世界と人間を対立するものとしてとらえる発想を認めず、世界と人間のわかちがたい共生について考えていくことだと思う。具体的にいうと、それは、現実に起こっていることを、固定されたものとしてとらえるのではなく、プロセスとしてとらえ、常に生成されていくものとしてとらえるということでもある。自らを常に動的な状態に置き、危険はあっても怖れることなく、今この時に『浸る』ということである。」(パウロ・フレイレ『新訳 被抑圧者の教育学』亜紀書房、p129)
社会福祉の理論では、価値中立やケアマネジメントの重要性が指摘されている。そして、価値中立と言うことによって、抑圧者の価値観にも被抑圧者の価値観にも、どちらにもコミットしない、ということになりがちだ。また、ケアマネジメントは、本人が望むサービスをいかに効率的に提供するか、が原義のはずだが、いつの間にか支給額上限が決まっている中でサービスの給付管理をする、というマネジドケアに意味にすり替わっている。つまり、そのどちらも、「現実に起こっていることを、固定されたものとしてとらえる」罠に陥っている。そしてそれが罠なのは、現実を「固定」化するとは、つまり社会の抑圧構造を「固定化」することに結果的に荷担している、ということでもあるからだ。
ここ罠から抜け出すためには、「問題行動をする人」「依存症状態の人」を「その人が問題」と「固定」して捉えず、その人がそのような問題状況に陥るのを「プロセスとしてとらえ、常に生成されていくものとしてとらえる」必要がある。すると、そういう問題状況が作られる中で、社会の抑圧的状況も見えてくる。新自由主義や社会的抑圧をアイデンティティの問題に矮小化したポストモダンの問題も、同時に考慮し直す必要があるだろう。つまり、個人的な不幸や悲劇の問題とされていたものが、社会的抑圧や差別の問題とリンクしてくる。これは、「世界と人間のわかちがたい共生について考えていく」際に必要不可欠なことだ。
そして、台湾のムーブメントで興味深いのは、学生や若手ソーシャルワーカーといった、20代~30代の若者達が、文字通り「自らを常に動的な状態に置き、危険はあっても怖れることなく、今この時に『浸る』」実践をしていた。これは、マカオでも同様で、家庭内暴力への対策法制定が否決されようとした事に反対するソーシャルアクションを語るのは、20代後半のワーカー達だった。香港で雨傘革命をサポートしたソーシャルワーカーにも共通することだが、「お上」の定めたことを「どうせ」「しかたない」と「固定化」されたものとして捉えず、「動的な状態」にあることを「怖れることなく」、何が問題で何が課題になっているのか、その背後にはどのような文化的・社会的背景があるのか、を分析し、そこから全体像を掴もうと「今この時に『浸る』」取り組みをしていた。
この批判的認識が、1970年代に勃興し、80年代のサッチャーやレーガン政権以後、全世界的に勢いを失っていった、ラディカル・ソーシャルワークそのものの核心にあるもの、である。つまり、マカオや香港、台湾のソーシャルワーカー達は、期せずして、ほぼ同じ時期に、ラディカルソーシャルワークにコミットし始めているのである。
ここで、以前のブログでも引用した、ファーガソンさんによるラディカルソーシャルワークの位置づけを、もう一度振り返って見よう。
①中核的な思想として、「抑圧された立場にある人々を、彼ら・彼女らの生活の社会的・経済的構造の背景から理解する」という特有の信念がある。
②ワーカーとクライエントの間のより対等な関係への要求である。
③主流のソーシャルワークにおいて留意されることが次第に少なくなっていった集団的アプローチの重視である。
(イアン・ファーガソン著『ソーシャルワークの復権』クリエイツかもがわ、p181)
 
これは、僕がこの二日間で聴いていた、香港や台湾、マカオの実践者達が口々に語っている内容をまとめたものと、全く一致している。①抑圧された立場にある人々の問題を、「個人的悲劇」と片付けず、社会経済の構造の矛盾から生まれたものと捉え、その背景を理解しようとしている。②そして、「価値中立」を気張ってお高くとまらず、利用者が何を求めているのか・困っているのか、という立ち位置に立ち、利用者と「対等な関係」を築こうとする。さらには、①や②を実現する為に、グループワークやコミュニティワークなど、「集団的アプローチ」を重視する。問題によっては、ソーシャルアクションや社会運動へのコミットもいとわない。こういう共通点がある、と感じた。
 
さらにいうと、これは「何に対するソーシャルアクションか?」という問いをいれると、もう一段、深く問い直すことが出来る。この大会で、発表者の口から意識的に発言されていなかったのだと思うが、話をつなぎ合わせて聞けば、中国共産党の抑圧的な支配に対する異議申し立て、という側面が強いと感じた。その中で、香港に旅立つ前に読んでいたある本のフレーズが、強烈によみがえってきた。
 
「『強権と言論弾圧による一党支配体制から腐敗は生まれているので、それをなくさない限り腐敗撲滅はできない』ことと、『言論弾圧をやめたら中国共産党の一党支配体制は崩壊する』という自己矛盾を中国は抱えている」(遠藤誉「雨傘革命が突きつけたもの」『香港バリケード』明石書店、p146)
 
ソーシャルワーカーが見聞きする現実、社会的弱者が遭遇する現実とは、社会的矛盾が集中している現実である。そして、香港やマカオは、一国二制度から中国化しつつある中で、中国共産党による強健や言論弾圧が強まっているし、そう両市民は感じている。
 
その際、ソーシャルワーカーは、誰のための、何のための専門家か、が強く問われている。
 
中国本土では急激な高齢化に伴い、ソーシャルワーカーをこの数年間で何十万人という単位で促成栽培しようとしている、と別の報告者は言っていた。だが、この時に共産党政府が育てようとしているワーカーとは、行政の末端で、行政の言うことを聴いて、社会福祉の対象者に適切なサービスを提供する支援をする「だけ」の職員である。だから、高い専門性は必要とされず、促成栽培が可能だ、と踏んでいる。
だが、本来のソーシャルワーカーとは、政府とは一線を画した存在だ。たとえ政府に雇われたワーカーであっても、専門職としての倫理や価値観を持っているし、それが尊重されなければならない。医師や弁護士が、判断や実践に自律性を持っているし、それが法的に担保されているように、本来はソーシャルワーカーの判断や実践にも自律性が担保される必要がある。
とはいえ、そのワーカーの自律性は、社会的弱者の声に結びつき、その抑圧された声の代弁に結びついた時、抑圧する側の「強権や言論弾圧」への批判に、自ずと結びつきやすい。社会的問題を現行制度の範囲内で解決する専門家を必要としているのであって、社会問題が生じる現行制度の矛盾を突きつける存在であっては、困るのだ。だからこそ、ソーシャルワーカーに自発性を持たせてはならず、あまり深く勉強されては困る。これが、促成栽培の理由である。
 
そして、ここまで書いてくると悲しいかな、日本のソーシャルワークの現実だって、結果的に同じ部分はないか、という問いも生まれる。「抑圧された声」に本気で向き合うなら、その抑圧を産み出す組織的・社会的課題への問い直し、が必要とされる。だが日本のソーシャルワークの職能団体は、この部分にきっちりと目を向けているか? それより、厚労省との良好な関係の保持にのみ、汲々としてはいないか? 日本は、政府や党による「強健や言論弾圧」ではなく、職能団体自身がそれらに自発的隷属をしている、とは言えないだろうか? その上で、「現実に起こっていることを、固定されたものとしてとらえ」、自らが社会福祉の閉塞状況を作り出す一因になってはいないだろうか?
そう考えてみると、地域福祉やソーシャルアクションに関心のある人々にとって、香港やマカオ、香港の実践から学ぶべき点は沢山ある。それらの地域は、中国共産党の中心から遠い「周辺地域」だ。しかも前者は一国二制度で、後者も別の国家形態を取っていて、本土と比べたら「言論弾圧」はされていない。だからこそ、こういう事をきちんと主張出来る。しかし、共産党政権が今の矛盾を抱え続ける限り、「強権や言論弾圧」は波状攻撃のように訪れる。だからこそ、3地域のソーシャルワーカーは、現実を「プロセスとしてとらえ、常に生成されていくものとしてとらえ」ることで、周辺からの変革にコミットしている、と言えるのかも知れない。
ちなみに、今回は中国本土からの発表者は、事柄が事柄だけあって、何人かは発表を諦めたそうだ。だが、参加者の中には中国本土のソーシャルワーカーや、その教育を受けている学生が沢山いて、活発な議論を交わしていた。周辺ほど自由ではないが、それでも周辺革命の自由に触れ、中国本土のワーカー達もずいぶん刺激を受けたようだ。これは、自発的隷属をしている日本からの参加者にも、同様だった。
香港や台湾、マカオなど東アジア地域の進歩的なソーシャルワーク実践から学べることは、凄く沢山ある。それを深く認識した二日間だった。
 
最後に、進歩的なソーシャルワーク実践と雨傘革命の関係性を、もう一点だけ触れておきたい。先の革命を側面的にサポートした立法院の委員で、「香港のゲバラ」と言われている長毛に、安冨歩先生はインタビューしている。その記録の中で、次の様なフレーズが出てきた。
 
「占拠は人々の自発的な活動の集積として形成されたが、同時に、その限界も示された。完全に個々人が自発的に動くだけでは、人々が求めていることは実現出来ない。今後は、組織性を高めねばならない。もちろん、武力を使って闘争する条件はないので、平和的で直接的な方法で闘争するべきであるが、もっと集結された行動を考えるべきだ。ストライキとか、ボイコットとか。街角の闘争と職場なりの闘争とが連結せねばならない。」(『香港バリケード』p214-5)
 
これは、ラディカルソーシャルワークの復権の必要性を説くファーガソンの3つの整理と見事に一致している。①抑圧された市民の「生活の社会的・経済的構造の背景から理解する」中で、強権や言論弾圧などの、さまざまな矛盾の背後にあるパワーが見えてくる。これを、②運動の参加者達が「対等」に分かち合う必要がある。さらには、その個々人が「対等」に「関わり合う」ために、ファシリテーター的な存在が、「集団的アプローチ」の形成を支援することによって、「組織性を高め」ることが可能になる。「個々人の自発的な動き」を、「集団的アプローチ」にどう編み直すのか、が問われている。
そしてこの点では、官邸前で行われている反原発運動のデモに対する、安冨先生の危惧と、同じ思いを持つ。
「参加している人々の間でコミュニケーションが発生すれば、この運動はもっと広がっていくだろうけれど、そうでなければ、力を持てないのではないか」
運動に参加している人々の間で、対等な立場でコミュニケーションが発生しない。これが、21世紀の日本の現実である。ここには、かつての社会運動の少なからぬ部分が背負っていた、上意下達的なものへの反発もある。一部のリーダーが専制的に決めて、それを黙って従う、という形に対する、団塊ジュニア以下の世代の無意識的な反発でもある。それは、中国共産党の「強権」と同じではないか、と。
だが、だからといって、運動に参加しいている個々人が、お互いに対等な立ち位置で思いをぶつけ合う事が出来ないとしたら、運動の力が十分に発揮されない。安冨先生はガンディーを引用しながら、「非暴力的抵抗」の精神を説いている。そして、「非暴力的抵抗」のためには、「集団的アプローチ」が必要不可欠であり、そのためのヒントが、ラディカルソーシャルワークの実践の中に詰まっている。そう思うと、改めて、21世紀の日本でも、ラディカルソーシャルワークの可能性は、「再発見」されてもよい、と強く感じた。そして、そういう日本に住む私たちは、香港や台湾、マカオなどのアジアでの「非暴力的抵抗」の実践から、もっと沢山のことを学べるのではないか、と感じた週末でもあった。

身体を通じたメッセージ

久しぶりに朝、6時前に目覚めてブログを書こうとしている。ずいぶん久しぶりのことだ。

2012年から2013年にかけて、二冊の単著を一気に出すため、毎朝5時起きで、原稿を書き続けていた。あのときは、ぱっきりと目覚めることが出来、どちらも夏休みで初稿を終え、秋口には本を出していた。どちらも春から書き始めたので、今から言えば驚異的なスピードだ。まあ、ある程度の下原稿も出来ていたし、コンセプトが定まっていた、というのもある。そして、去年の2014年は一冊の編著をまとめ、国際学会のフルペーパー一本、国内学会でも求められていないのにフルペーパーを二本、書いていた。とにかく、ずーっと何かを書き続けていた気がする。
で、気がつけば、身体はクタクタになり、エネルギーが消耗していた。
5年ほど前から須玉の中田医院という中国医学の先生に主治医になって頂いている。先生の所に通う中で、いろいろな根本治療をして頂き、花粉症もきつい薬からおさらばできたし、体調も全体的に良くなっている、はずだった。だけど、冷えがしつこく残る。その話をしているとき、先生にふと言われた。
「40のあなたが、身体が冷えるなんて、本来はオカシイ。身体が冷えていく、とは、死に向かって進んでいる、ということだ」
どきり、とする表現だ。でも、言われてみれば、その通りである。しばしば、ストレスはありませんか?と聴かれる。僕自身は、愉快に働いているつもり、だし、職場環境にも恵まれているし、最近やっとアウトプットも出来るようになってきたし、ルンルンしているつもりである。そりゃあ生きていれば人並みに腹の立つことや業務集中もあり、ぐったりする事もあるが、それでも愉快に生きてきたつもりだ。それでも喉がつかえたり、痰が絡んだり、眠りが浅い、早朝覚醒など、挙げてみたら確かに色々なストレスの症状が出ている。それって一体何だろう、と思いながら、ふと手に取ったある本に、そのことがずばりと指摘されていた。
「エッジは、プロセスを、クライアントが同一化している一次プロセスと、彼が直接に関わっていないと感じている二次プロセスとに分裂させる。エッジは個人を、自己一致させることもあるし、自己不一致の状態や、分裂させたりもする。例えば、視覚タイプの人は、自分の身体の感じとは同一化しないかもしれない。このため彼は腹痛にみまわれても、それが耐え難くなるほどひどくなるまで認めようとしなかったりする。彼は自分の身体など大事じゃないとか、身体を感じ取ることができないと言ったりする。そのため身体感覚を分裂させるエッジが生じ、自分の身にふりかかった二次的現象として現れるのである。自分が好きで自覚しているプロセス、すなわち視覚と、もうひとつの嫌いな腹痛というふたつのプロセスを体験し続ける限り、彼は自己不一致の状態になってしまう。長期にわたって存在し続けるエッジは、ブロックとなり、心身相関的な問題と関わってくる。なぜなら、意識的にキャッチされない情報は、常に別ルートで身体をめぐるからである。」(アーノルド・ミンデル『プロセス指向心理学』春秋社、p57)
これは、小さい頃からの「ひろしくん」そのもの、である。
ひろしくんは、小さい頃から絵本が好きで、その後は本をよく読むタイプの子どもだった。また、ドラマや小説など、その世界に入り込んでしまうという意味でも「視覚」タイプの子どもであった。一方、昔からよく腹を下し、正露丸を欠かせないように飲んでいた。休日前、腹を下してしんどくなっても、予定通り遊びにつれていってもらいたくて、「耐え難くなるほどひどくなるまで認めようとしなかった」こともある。大人になって、暴飲暴食が減ってくると、腹痛は今度は冷えに変わった。この冷えだって、中田医院に通うようになるまでは、「耐え難くなるほどひどくなるまで認めようとしなかった」点で同じである。そういう意味で、書いたり読んだり、という「視覚」チャンネルの世界には自己一致させているけれど、身体感覚とは「自己不一致」そのものであり、「分裂」状態であった。「身体の声」に耳を傾けず、「ブロック」として、身体症状をどんどん悪化させていった。「意識的にキャッチされない情報は、常に別ルートで身体をめぐる」事態そのもの、だったからである。「死に向かって歩みをすすめる」ほど足を冷やしてまで、警告しているのである。
ミンデルの本は、1年ほど前から、『ディープ・デモクラシー』『ワールド・ワーク』などの集団プロセスの変容支援の本を中心に、読み続けてきた。でも、それが僕自身の問題だ、とアクチュアルに突き刺さる感覚はなかった。だが、連休後にこの本を読みながら、他者や集団のプロセスの問題を考える前に、まず自分自身のプロセスと向き合う必要がある、という当たり前のことに、気づき始めた。特にこの数年意識している「足の冷え」。これは、単に身体が冷えているだけではない。自覚化出来ていないストレスが溜まったり、緊張したり、身体がへとへとになったり、という「身体自身の自己主張」に、僕が耳を傾けようとしないまま放置したとき、エッジとして、つまり「身体の声の代表選手」として、猛烈に「抗議」しておられるのである。それを、僕はこれまで「足にはるカイロ」や「登山用靴下」で、冬場は誤魔化してきた。でも、それ自体がそもそも、「何とかしろよ」という抗議の内容に耳を傾けることなく、抗議の声を押さえ込むために、「まあまあ、今日はこれでお引き取り下さい」となだめすかし、騙して、沈静化させていた。エッジを「意識的にキャッチ」しようとしないから、「心身相関的な問題」は最大化しつつあるのではないか、という仮説を抱くようになった。
そして、ここ数週間、少しずつ、身体の声を自覚的に聴こうとしている。すると、今まで聴けなかった声が、色々聞こえてくる。
ぐったりしている、身体がだるい、ゆっくり眠りたい、熟眠感がない・・・
つまり、休日を作り、何もしない日を増やして、心身をのんびりさせなさい、という、月並みだけれど、大事なメッセージである。休日も出張続きで、出張がないと山登りに出かけたり、という、ずっとギアを入れっぱなしの生活に、区切りをつけて、身体のメンテナンスをしてほしい、という声である。そういえば、家のソファーに座ってのんびりすることもなく、ちょこまか動き続けてきた。朝から原稿も書き続けてきた。認めたくないが、「ワーカホリック」そのものである。では、どうすればよいのか。
「プロセス指向心理学者は、身体的問題が、身体化されたメッセージを知らせてくれるエネルギーの発端になることを発見する。いいかえるなら、身体は必ずしも克服すべき病理的問題であふれているのではなく、とぐろを蒔いている、開発すべき潜在的エネルギーの源泉からのメッセージに満たされているのである。」(同上、p150-151)
ほほう。「冷え」は「克服すべき病理的問題」ではなく、「開発すべき潜在的エネルギーの源泉からのメッセージ」なのか。そう思うと、いろいろ合点がいく。これまで「冷え」を無視してきたのは、自分が「病理的問題」に蝕まれている、という事を認めたくなかったからである。でも、「病理」ではなく、、「開発すべき潜在的エネルギーの源泉からのメッセージ」であれば、話は全く別である。色々な部分で根詰まりや不全感を抱えている、40歳で前厄のひろしくん。ここでは、エッジとして表面化しいてる「冷え」の声を聴くことで、「開発すべき潜在的エネルギーの源泉からのメッセージ」を探り当てる事が出来るかも知れない。すると、「ワーカホリック」ではななく、まずはゆっくり休んで、身体の声に自覚的になるところから、スタートしなければならない。
そう気付いて、5時頃に早朝覚醒しても、二度寝してみることにした。休みの日も予定を詰め込まず、数日間の出張を減らしてみた。劇的な変化はない。微弱な声を聴くのは簡単ではない。でも、ちょっとずつ、何かが変わり始めている感覚がある。視覚タイプの僕は、この変容プロセス自体を書いておかないと、きっと身体の声をまた無視して、暴走して、エッジを最大化させることになるだろう。昨日もお休みを頂き、この週末で「1Q84」も再読してすっかりリフレッシュ出来たので、備忘録的に視覚に刻み込ませるために、「身体の声をきけ」と、ここに書き付けておく。

ほんまもんのエンパワーメント論

目の覚めるような切れ味の鋭いエンパワーメント論を御恵贈頂いた。
著者の北野誠一さんは、日本の障害者運動における理論的支柱のお一人である。僕自身は大学院生の頃、指導教官の大熊由紀子さんからご紹介いただいて以来のご縁で、14年前には、お二人と共にスウェーデンでリンクビストさんのお話しを伺うという素晴らしいチャンスも頂いた。その後、北野さんのフィールドであるカリフォルニア調査に誘って頂き、その後いくつかの編著もご一緒させて頂き、博論を書いた後から30代後半までの10年以上、外弟子的に学ばせて頂いた。支給決定のあり方やパーソナルアシスタンスを学んだスウェーデン調査も、カリフォルニアの権利擁護実践調査が下敷きになった『権利擁護が支援を変える』の骨格も、北野さんがいなければ生まれることはなかった、という意味で、本当に大恩人である。
北野さん(親しみを込めてそう呼ばせて頂いている)は障害者福祉領域で数多くの書籍づくりに携わってこられた。が、実はこの本が北野さんの待望の初単著、である。これまで単著執筆より現場支援を重視してこられた北野さんが、大学教授も卒業され、やっと時間が出来てまとめられた一冊である。興味がないわけがない。この本は、支援におけるステイクホルダー論や法制度における権利擁護課題と、本人と支援者の相互エンパワーメント論が、曼荼羅のような一体化された世界として示されていて、支援の羅針盤のような本である。気になるところを、何点かピックアップしてみよう。
「本人のおもしろい人生をサポートするということは、けっしてふまじめでいい加減なストーリーなのではない。それが楽しい人生をサポートすると書いていないのは、楽しいには、安全をキープしたおぜん立てのニュアンスが感じられるからである。おもしろいということは、人間主体としての投企性の問題である。その危険性を前提とした、賭けたものがなければ、私たちの自立生活は死んでしまう。まさに一期一会の思いで・一時を生きることを、『本人と支援者の相互エンパワーメント』は意味している。」(p47)
この短い文章の中に、人を支えるとは何か、の根源的な価値が詰まっている。慈善的な福祉は、確かに「楽しい」アクティビティを利用者に提供する。でも、そこに「安全をキープしたおぜん立てのニュアンス」が含まれている限り、それは支援者にコントロールされた暮らし、を意味する。こう書くと、「安心や安全を護ることが支援者の第一の役割ではないか」「そうしないと施設のコンプライアンスが護られないのではないか」という疑問が出てくるかもしれない。
でも、北野さんが指摘しているのは、支援とは「施設のコンプライアンス」や「安心・安全」のため「だけ」ではない、という点である。一人の人間が、活き活きと生きる喜びを持って暮らすとき、そこには「おもしろさ」がある。それは、「一期一会の思いで・一時を生きる」という「運命へのチャレンジ」をしている。それが「賭け」であり、「人間主体としての投企性」なのだ。その、ほんまもんの「おもしろさ」を支援することこそが、支援者と本人が紡ぎ出すエンパワーメントという関係性における、最大の魅力なのかもしれない。
では、その時に支援者に求められる立ち位置とは、どのようなものだろうか。
「私たちが必要としているのは、『自分で何とか事態を理解・掌握して、一緒に自分らしく面白く生きてゆきたい』という本人の基本的な希求を、『本人と支援者の相互エンパワーメント関係』において展開できる、本人と支援者の面白い相互変容関係である。(略)本人は、支援専門職にその生き様を決められたり、拘束されることなく、支援者のプロとしての意思決定・表明支援を介して、ますます『自分で何とか事態を理解・掌握し』、支援者のプロとしての技術を介して、ますます『自分らしく面白く生きて』ゆくことになる。」(p95)
ここで大切なのは、支援のゴールが『自分らしく面白く生きてゆきたい』という点にある。安心安全を護る、ことは、そのための手段になれど、目的ではない。現状の支援はともすれば、上位概念にある真の目的を忘れ、「手段の自己目的化」に矮小化されてはいないか? この部分に、北野さんは最大の警鐘を鳴らしているのである。
そして、本人が「支援者のプロとしての意思決定・表明支援を介して、ますます『自分で何とか事態を理解・掌握」し、本人が「ますます『自分らしく面白く生きて』ゆく」のを間近で感じするからこそ、支援者の仕事も「面白く」なってくるのである。そういう意味では、支援の物語、とは、「本人と支援者の面白い相互変容関係」そのもの、である。ならば、ここで問われるのは、支援者が本人と共に「面白い」と思っているのか、ということである。
ここで再び考えなければならないのは、「楽しい」と「面白い」の違いである。「楽しい」というのは、受け身的な空間であっても、瞬間的には生じうるものである。だが、「面白い」というのは、極めて能動的なものである。北野さんも「おもしろいということは、人間主体としての投企性の問題」と言っている。本人も支援者も、能動的に人生に賭ける(=投企する)からこそ、その責任と役割を自発的に担うからこそ、ほんまもんの「面白さ」が生じるのである。つまり「おもしろい」を実現するためには、本人が支援者に管理や支配されないのは勿論のこと、支援者だって、施設管理者や雇用主、施設の論理に従順にならずに、そこから自由になり、本人とともに、本人が「おもしろい」と感じることに、一緒に能動的に賭ける事が出来るか、が問われている。これは、認知症高齢者の支援でも、全く同じである。
北野さんはエンパワーメントを敢えて日本語に置き換えずに用いているが、訳すとするならば、「自分らしく・人間らしく共に生きる価値と力を高めること」(p99)と整理している。一般に訳語として用いられている「能力・権限付与」には、自己責任的な臭いがするとした上で、特に重度の知的障害や認知症の人など、意思決定・表明支援が支援の重要な鍵になる人の場合はなおさらのこと、支援者と本人との「共に」の行為が必要不可欠である、と整理している。だが、その際に問われるのは、「共に」における、支援者と当事者の関係性や、権力関係構造の問題である。北野さんは、こう指摘することも忘れていない。
「支援とは、支援を必要と見なされている利用者に対する介入行為なのであって、それが本人の自己決定・自己選択と同意に基づかない場合には、それは余計なお世話であるのみならず、本人の自由な生活を抑圧する可能性のある不法行為なのである。」(p173)
支援に携わる人々の中で、自らの行為が「本人の自由な生活を抑圧する可能性のある」ことに自覚的な人は、一体どれだけいるだろう? そして、確かに北野さんが言うように、アプローチの仕方を間違えば、支援者は抑圧者になる「可能性」があるのだ。その権力関係の危険性に、どれほど自覚的か、が常に問われている。そして、アプローチの違いによって、次のどちらにもなりうる、という。
「①重度の障害者を『援助を必要とする弱者』『援助者に依存する受け身的な存在』ととらえて、『相互役割期待-成就』関係を形成すれば、まさにそのような依存者として、本人はその期待に答えてしまう危険性が高いこと
②そうではなく、重度の障害者を『意志決定・表明支援を含む支援を必要とする生活主体者』としてとらえ『相互役割期待-成就』関係を形成すれば、まさにそのような、生活主体者としての人生が、『本人と介助支援者との相互エンパワーメント関係の展開』の中で創出される可能性が高いこと」(p161)
重度の障害者は、支援者との関係性によって、依存者にも生活主体者にもなり得る存在である。その際、支援者が重度障害者とどのような「『相互役割期待-成就』関係を形成」するか、が最大の分岐点になる。意志決定・表明に支援が必要な認知症高齢者や重症心身障害者が、『援助者に依存する受け身的な存在』とならずに、『意志決定・表明支援を含む支援を必要とする生活主体者』としてエンパワーメントされていくためには、関わる支援者の志向性や、障害者との関係性自体が、大きく問われる。そこで、北野さんは「権力関係の自覚化」の重要性を指摘する。
「自己実現等でなく、エンパワーメントという言葉を使用するのは、私たちの概念形成の前提に、ステイクホルダー間の利害・利益という力(パワー)の相克があるからだ。きれいごとで何とかなるように見える世界は、基本的にパターナリズムや力(パワー)のイネルティア(惰性・なれあい)に安易に依存した世界だと思って、まず間違いない。」(p95)
実に、実にシャープな分析である。支援者と支援対象者、あるいはサービスを求める当事者と支給決定の主体である行政、は、異なるステイクホルダーであり、異なる「利害・利益という力(パワー)の相克がある」。この歴然とした前提に目を向けることなく、「きれいごとで何とかなるように見える世界は、基本的にパターナリズムや力(パワー)のイネルティア(惰性・なれあい)に安易に依存した世界だと思って、まず間違いない」とまで言い切られる。だからこそ、異なるステイクホルダー間の、特にパターナリズムやなれあいの「犠牲者」になりやすい、援助対象者やサービス受給者のエンパワーメントこそが、必要不可欠だ、というのである。ここには、当事者間によるセルフアドボカシーなども、当然に含まれてくるだろう。本人の選択や決定を重視しない介入行為に毅然と「NO!」を突きつけるためには、「ステークホルダーA(サービス利用者)のもの申す市民性・当事者性や市民活動・当事者活動」(p53)としてのセルフヘルプ(自助)グループの存在が必要不可欠である。だが、現在の自助・互助論に対する北野さんの評価も、非常に厳しい。少し長い引用となる。
「私は、アメリカ、カナダ、スウェーデン、イギリス等に調査に行ったが、地縁関係における近隣の助け合い活動を強調している地域にはお目にかからなかった。むしろ、干渉し合わない個人主義を前提とした近隣関係の下での、地域社会内外で、様々な興味・関心・生きづらさを同じくする仲間活動としての『互助』のイメージである。
今後ますます、スマートフォンやパソコン等で様々な興味・関心・生きづらさを共有する仲間とのソーシャルネットワーキングを行う団塊の世代が高齢化してゆくとすれば、『互助』のイメージは、様々な興味・関心・生きづらさを同じくする仲間活動と言えるだろう。
そもそも、『自助』とは、可能な限り地域での自らの生き方・生き様を自己決定・選択してゆくことを目指す、各種のエンパワーメント戦略を意味し、さらにセルフヘルプグループ(SHG)のところで見たように、同じ生きづらさ・困難・障害・病気等をもつ仲間(ピア)の相互支援である『自助-互助』を意味する。
繰り返すが、欧米でも、また我が国のこれからを想定しても、近所の助け合いとしての『互助』より、干渉し合わない個人主義を前提とした近隣関係の下で、様々な興味・関心・生きづらさを同じくする仲間活動としての『互助』が重要となろう。」(p54)
最近の地域包括ケアシステムの議論に、文字通り正面から異議を唱える指摘である。だが、この指摘も、よくわかる。確かに、僕もスウェーデンに半年住んだが、「地縁関係における近隣の助け合い活動を強調している地域にはお目にかからなかった」。また、スウェーデンでのボランティア活動についてもちょこっと調べた事があるが、介助や見守りなどの直接ケアや支援活動よりも、「様々な興味・関心・生きづらさを同じくする仲間活動としての『互助』」活動が中心だった。例えば障害者領域でいうならば、サッカーやヨットなどを障害者と共に楽しむボランティア団体は沢山あっても、障害者の直接的支援は行政がする仕事、と公的責任をはっきり打ち出していたことを思い出す。
また、北野さんは団塊世代まっただ中の1950年生まれだが、団塊の世代が文字通り克服してきたのは、ムラ社会的な共同体の同調・従属圧力であった。繰り返し「干渉し合わない個人主義」と書いているのは、「干渉する集団主義」としての共同体にウンザリしてきた記憶が古くないからだ。そして、その「干渉する集団主義」には、あの日本型福祉の「亡霊」が見事にこだまする。
ご存じの方も多いと思うが、オイルショック以後の1970年代後半から80年代にかけて政府与党によって提唱された日本型福祉とは、欧米型の福祉国家論を切り捨てた上で、「個人の自助努力」「家族・近隣の相互扶助」「民間活力の活用」「ボランティアの推進」などを推進し、上記が機能しない場合の補完機能としての公的責任、という「残余主義的公助」の発想である。スウェーデンでは老人の自殺が多い、などという嘘をまことしやかに喧伝し、「干渉する集団主義」としてのムラ社会の中で、主として嫁や姑という女性がケア労働を無償で行えばよい、という発想が、この日本型福祉社会論の中には伏流している。そして、今の地域包括ケアシステムにおいても、特に「地域での支え合い」という視点で互助を定義する時に、この日本型福祉社会論の「亡霊」が息づいているのではないか、という北野さんの警鐘である。これには、この領域での実践に取り組む際の大切なヒントが隠されている。
「干渉し合わない個人主義を前提とした近隣関係の下での、地域社会内外で、様々な興味・関心・生きづらさを同じくする仲間活動としての『互助』というイメージ」という時、ムラ社会的共同体が個人に干渉して1人1人の主体性を潰すことがない、という前提がある。特に、一見すると声の弱い障害者や高齢者などは、この部分が護られないと、「手の掛かる人は入所施設か精神病院で面倒を見よう」という風潮も、「亡霊」のように、何度も蒸し返される。ここは、残余型ではなく、生存権保障として、ちゃんと「公助」が1人1人の生活保障をすべきである。この部分に「互助」や「自助」を担わせてはならない。
その「公助」による生活支援の保障の上で、「様々な興味・関心・生きづらさを同じくする仲間活動」としての「互助」が展開されるべきだ、というのが北野さんの主張である。その前提がないと、「可能な限り地域での自らの生き方・生き様を自己決定・選択してゆくことを目指す、各種のエンパワーメント戦略」としての「自助」は成り立たない。「自助努力」とは、「公助」の放棄でも、「互助」への丸投げでもない。「公助」という土台がしっかりしているからこそ、「エンパワーメント戦略」としての「自助」や、「様々な興味・関心・生きづらさを同じくする仲間活動」としての「互助」が活き活きしたものになるのだ。この部分が、今の日本では、特に行政や企業という「金を出す側」のステークホルダーの意向によって本末転倒なものになってはいないか、というのが、北野さんの問いかけである。
「あまりに介護保険制度の維持に汲々とする余り、『生活支援』なるものの、重要性と専門性を見誤っていると言われても仕方あるまい」(p58)
同書の中でも触れられているが、大学教員を早期退職して、この数年間、お母様の介護をしてこられた経験にも裏打ちされた北野さんの指摘は、誠に深く、重い。地域包括ケアシステムの展開のお手伝いをしている僕自身としても、何のための自助・互助・共助・公助なのか、をもう一度、原点に戻って考え直すきっかけになる一冊であった。「制度の維持に汲々とする」ことが、「互助」活動のインセンティブになってはならない。すると、団塊世代が必死になって抜け出してきた「干渉する・同調圧力の強いムラ社会」が復活するだけだ。そうではなく、同じ価値観や志向性を持つ仲間との協働活動としての「互助」に関わる中で、「生活主体者」としての「エンパワーメント」がなされ、「自助」が豊かになるはずである。「公助」はそのために、ちゃんと責任と役割を果たすべきで、介護保険という「共助」(僕はこれを「共助」と言うのは好きではないし、拙著でもそう書いたが)を護るためのみの、「互助」「自助」の方向付けは、「反エンパワーメント実践」につながりうる。最後に、北野さんの「反エンパワーメント」の定義をご紹介して、本論を閉じたい。
「その人間関係・社会関係において、他人や社会に仕切られ、自分自身をコントロールされてしまっているというミジメな実感や実態」(p164)
「反エンパワーメント」は認知症や重度の障害を持っている個人への支援というミクロ関係だけでなく、地域の中での「見守り支援」というメゾ・マクロ関係においても、残念ながら十分に起こり得ることである。そして、そのような日本型福祉の「亡霊」を地域包括「ケア」という言葉で表現しても、「きれいごとで何とかなるように見える世界」の背後には、「パターナリズムや力(パワー)のイネルティア(惰性・なれあい)に安易に依存した世界」が存在している。だからこそ、「ケア」から「エンパワーメント」への枠組み転換が必要不可欠なのだ。それを、長々書きながら、改めて強く感じた一冊であった。
追伸:エンパワーメント支援の迫力やリアリティから読み始めたい人は、3章以後を先に読んで、最後まで読み終わってから1章2章を読みすすすめた方が、頭に入りやすいかも、しれません。