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引っかかった骨

 

喉に骨がつっかかると、気持ちが悪い。
よけて食べたつもりなのに、喉の奥で突っかかっている。ご飯を呑み込んでみても、なかなか一緒に流れてくれない。忘れたふりしてご飯を食べ続けても、喉の奥からその存在を絶え間なく教えてくれる。

そんな、引っかかった骨のような言葉もある。

自分が何気なくその場の雰囲気の中で口から出た言葉。その中で、こちらは意図した訳ではないのに、結果的に何らかの「ひっかかり」が残ってしまった言葉もある。意図せざる結果、バタフライ効果のように、あらぬ方向から、何らかのハレーションが生じることもある。

その際、真っ先に頭に浮かぶのは、自分の意図を強化する形での「○○のつもりだった」「それは誤解だ」「俺は悪くない」。しかし、なんと主張したところで、現実に小骨は突き刺さっている。意図とは違っても、大骨ではなくても、確実に、自分が簡単に取れないところに、何らかの骨が突き刺さってしまっているのだ。

さて、どうしたものか。

もちろん、実際の骨の大半は、そのうちに取れる。
それと同様に、言葉の小骨も、意図せざるにせよ引っかけた側は、そのうちその発言を忘れてしまう。ただ、魚の骨と言葉の違い、それは、言葉の場合、引っかかった側はなかなか忘れてしまわない可能性がある点だ。その骨がずっと突っかかるばっかりに、相手に対して、微妙な距離感や、下手をすれば一生の傷になる可能性もある。

意図せざる結果、であっても、結果的に小骨が引っかかっている。
この引っかかった小骨、個人の努力だけでは取れないことも勿論多い。だが、だからといって「知らんぷり」をしているのか、出来る範囲で誠実に「ご飯を呑み込む」、つまり骨を取り去る努力をしてみるか。そのどちらかで、大きく変わる。

魚を食べなければ、小骨は引っかからない。言葉を発しなければ、ハレーションは起こさない。
しかし、僕は魚も言葉も必要としている。

骨はどうやってとれるのだろう。そして、この引っかけた一件から、僕自身は何を学ぶのだろう。
何にせよ、同様の「引っかけ」だけは、繰り返したくない。

ぶれない原則

 

鍋では山椒の佃煮にブリ大根がグツグツいっている。

久方ぶりにちゃんと食事を作っている。日曜はお隣の長野県に出張。仕事のついでに立ち寄った諏訪の魚屋で甘エビにブリの刺身に生牡蠣をゲット。ついでに半額になっていたブリのアラも買って、夜の間に仕込んでおく。最近この仕込みの時間がとれなくて、なかなかきちんとした料理が作れないのが残念。だから、パートナーがもらってきた山椒も佃煮にするために、ついでに火にかける。つまみ食いしているうちに、口の中が「ぴりりと辛い」。でも、ゆっくり料理が出来るのは、至福の時間である。お供のコノスル(白ワイン)も美味だ。

というくらい、悲しいかな、最近はドタバタする日々。結局11月はブログの更新がたった三日。たぶん、これまでのワースト記録だ。土曜日には、このあやしいブログを読んでます、と仰る奇特な方にも遭遇。でも、こんなに更新が少ないと、さすがにもう読まれないよなぁ。と思ってみたり。

土曜日は東京で朝から学会主催の研究会に出席。自分の発表もあったが、他の基調講演や実践発表もすごく楽しめた。それだけでなく、事務局の人々の細やかな心遣いに脱帽。R大学の大学院生の方々なのだが、現場のソーシャルワーカーでもあるので、非常にしっかりした事務局体制で、かつ細やかな気を遣っておられる。アドミニストレーションがしっかりしている会は、本当に参加していて気持ちよい。ありがたい限りだ。

ありがたい、と言えば、なんと私の博論を読んだ、という方にまで遭遇。自分の論文は、誰も興味が持ってくれない蛸壺分野で水脈のない井戸を掘っている気分だったので、多少なりとも興味を持ってくださる方と遭遇出来るだけで、ありがたい。きちんと井戸を掘り続けなければ、と気持ちを新たにする。

で、強引に数珠繋ぎしていくと、気持ちを新たにするフレーズは、今日の風呂読書の一節にもあった。

「大学教員という恵まれた、安定した境遇に身を置きながら、そして自らの行動に目を向けることなく、自分の分析対象を厳しく断罪するのでは、おそらく多くの理解と共感を得ることは出来ないだろう。他人に向ける厳しい批判の目は自らにも向ける必要があるし、自分自身を許す行動は他人をも許さなければならない。(中略)反論の余地のない極めつけの言葉を並べられ、積極的な前向きの意欲がわいてくるわけではない。むしろ逆である。かえって意気消沈し、今度こそ本当にやる気を喪失してしまわないとも限らない。私たちは他人から理解され、評価されることによって、自らを動機づけることがある。極めつけはどの対極にあって、相手を全面的に否定してしまう。それが『理論』の名において、あるいは『専門家』の口から発せられることのマイナスの効果は絶大である。」(「『論理的』思考のすすめ」石原武政著、有斐閣 p113-4

商店街をフィールドワークにしておられる経営学者の箴言は、福祉の現場にもそっくり当てはまる。「反論の余地のない極めつけの言葉」がどれだけ巷にあふれているだろう。いくら研究者がああだこうだ言ったところで、結局の所、現場の最前線にたつ方々が「積極的な前向きの意欲」を持たない限り、何もかわらない。なのに、その現場の人々をディスパワメントするような言説が、何と研究者などの外野からはかれていることか。高見の見物、というのは、本当にたちが悪い。「『理論』の名において、あるいは『専門家』の口から発せられる」言葉には、好むと好まざるとに関わらず、権威やパワーがつきまとってしまう。だからこそ、そのパワーが現場の方々のエンパワメントにもディスパワメントにも繋がることに、自覚的であらねばならないのだ。

それは、今日のケアマネ研修の現場でも強く感じた。

今日から県のケアマネ従事者研修(初任者)の講義が始まった。今回、5日間のプログラムを、特別アドバイザーの立場から、コーディネートさせて頂いた。その関係もあり、今日もあれこれ喋っていたのだが、現場の皆さんを前にして、私が何を語るか、も大きく問われている、と実感。なんせ相手の皆さんは、私とは違い、実際の相談支援の最前線にたたれる方々ばかりである。自立支援法の批判をしたところで、その自立支援法を活用して、現場の支援を組み立てるべき役割をもたれている。「○○が悪い」といっても、実際に明日の支援にどう結びつけるのか、現場をどうよりよくするのか、が問われている方々だ。その方々に、多少なりとも腑に落ち、かつ元気になって現場に帰って頂くために、どのような講義内容が必要だろうか。そういうことも、ちゃんと考えると結構たいへん。でも、博論以後、ずっと追いかけているのが、そういう「支援者が諦めないための何か」なので、こういう現任者講習のコーディネートを任せて頂けることも、感謝感謝。

「自分自身を許す行動は他人をも許さなければならない」と言われたら、ほとんど何の行動も「許」しまくりになりそうだ。ただ、どんな場合でもぶれてはいけない原則として、「聞く耳を持つ」「変化を恐れない」「何とか自分の頭で理屈を構築」ということだけは、譲れずに大切にしている。これらを大切に護り、どう当事者の権利擁護を大切にした研修なり、支援なりが構築できるか? ここらが課題だよなぁ、と思いながら、仕事おわりの赤ワインも身にしみる今宵であった。

石を積み上げる

 

久々の休日。今朝の甲府の青空と同じように、清々しい。

今日は今から近所で午前中にお仕事があるのだが、それを除くとこの3連休、誰かから頼まれてどこかに行くという仕事が一つもない。ああ、喜ばしや。逆に言えば、11月頭から連続20日間あまり、全く休みなく働き続けていた事になる。さすがに最後の方は「キレ」やすくなっている自分を発見。この3連休だって、査読論文の修正やらとある教科書の校正やら、と家仕事をこなしながらだから完全なるオフ、にはならないけれど、でも「ゆっくり眠る」「ぼんやりする」ということなきまま突っ走っていると、本当によくないよね、と実感する。昨日は1ヶ月以上ぶり位にプールにも出かけ、30分間泳ぎ続ける。その後、身体が怠くってまったく仕事にならなかったのだが、これもそれだけ使っていない筋肉があった証拠。いやはや、きちんとメンテナンスしないとね。

そしてこの週末は校正系の仕事が多いので、その前に、と連休前の木曜の夜にジムで昇降マシン!?を漕ぎながら読み始めた本が、読み始めたら止まらない。久しぶりの休み前だし、と丑三つ時くらいまでに読み終えてしまう。

「こんなふうに始まるレシピがある。
たまねぎのみじん切り1と1/2カップを用意する。110グラムの無塩バターで、たまねぎがきつね色になるまで炒める。たまねぎは捨てる。バターはとっておく。
わたしの書くバターには、捨てたたまねぎの風味が閉じこめられている。書く作業の大部分は、完成した文章には姿をあらわさない。書く作業の大部分は、何を捨てるか決めることである。この本に書かれた1語につき、少なくとも5語を検討したうえで使わないことに決めている。ところが、不思議なことに残した言葉の中には、もうそこにない言葉の風味がとじこめられているのだ。」(ジェラルド・M・ワインバーグ著、伊豆原弓訳「ワインバーグの文章読本」翔泳社、p94)

ワインバーグの名はソフトウェア工学の世界では有名で、僕もとあるパソコンの天才からその名前を教えてもらったのだが、彼の書く本は独特の言い回しと、上手ではなさそうな翻訳のお陰で、最後まで読み終えた本は1冊もなかった。その割に3冊くらい持っているのは、今回の本の中のフレーズを借りると「文章がひどくて、内容に入り込むことができないのだが、入り込みたいという気持ちはいつもある」(同上、p109)からだ。しかし今回の本は翻訳が読みやすく、装丁もさっぱり風通しがよく(詰め詰めのげんなり、という形ではない)、しかも副題の「自然石構築法」とあるように、石を積み上げて壁を作るように、どのようにすれば無理なく様々な形の違う石から美しい壁ができあがるか、を書いてくれているので、非常に参考になった。で、ようやくバターの話である。

「もうそこにない言葉の風味がとじこめられている」言葉や文章。なるほど、奥行きのある文章というのは、きっとこういう風な文章を言うのだろう。あれもこれも盛り込もうと無理をして、ダラダラ言葉を重ねるのではなく、ひとたび草稿段階で色々書いた後、「何を捨てるか決め」、実際にバッサリ切り落とす。この作業を重ねるから、文脈に、段落に、全体に「風味」が出てくるのだ。そして、その「風味」を出すための極意を、別の章で著者はこんな風にも書いている。

「すべての章から一割けずる」(同上、p121) 「あとで一割削減法を使うとわかっているので、最初の草稿は『引き締める』ことを気にせずに自由に書くことが出来る。気楽に構えると、書くことがもっとおもしろくなる。」(同上、p129)

このブログが依頼・投稿原稿と違うのは、文字数を気にせず、気楽に構えて書けるからだ。逆にそれ以外の原稿には文字数(時には文体など)の指定がある。その指定という枠組みを気にすると、内容が萎縮しがちだ。だが、そうではなくて、自分のテイストを出すためにルンルン書き上げて、オーバー気味に書いて、そこからサクサク一割削れば、「もうそこにない言葉の風味がとじこめられている」言葉や文章になる、というのは、当たり前だが、改めて納得する理屈。「習うより慣れよ」を信条とするタケバタとしては、早速、査読論文の修正に活用してみる。

夏に出した査読論文なのだが、レフリーからは「BC」判定を頂く。どちらも、もう少し日本の内容に引きつけて(今回はアメリカのことを書いたので)書き直したら、掲載してもよい、というご助言を頂く。まさに仰る通りなのだが、既に元々の論文は字数制限一杯だ。そこで、「一割削減法」を使おう、と兎に角全ての章から一割削減を目標に赤ペンを片手に向き合ってみる。すると、冗長な文章がちゃんと出てくること、出てくること。それを削るだけで、あっという間に一割削減して、しかもこれまでより読みやすい流れが出来た。そこで、頭とおしりに日本の文脈に引きつけた内容を一割盛り込む。だが、それではまだ、本体との関連が充分にひっついていないので、今日もう一度一割削減法を実施した上で、書き足した部分と、本体とをくっつけるための「すきまを埋める」作業が必要になる。

「自然石の壁を作る場合と同様、文章を書く時にも余分なモルタルは好ましくないが、空積みの壁に使われる石には何の接合力もない。文章の石もうまく合わさらないことがあり、理論的には凸部をけずり落とした方がいいのだが、それも出来ない場合がある。そういう時には、石同士をぴったり合わせるために、小石やくさびやモルタルを足す必要がある。」(同上、p200)

そう、一割削り、更に必要な文脈を挿入したあとだからこそ、全体をくっつけるための「小石」「くさび」「モルタル」が最後に威力を発揮する。だがその際、すでに積み上げた石同士のつながりが充分に機能しているからこそ、最後に付け足す小石やくさびが念押しの補強になるのだ。逆に言えば、まだ積み上げた石同士がしっくり重なっていないのであれば、よりふさわしい重なりに入れ替えしないと、モルタルを塗りたくったところで、返ってその空疎や論理のすき間が目立ってしまう。なるほど、ワインバーグ氏のいうように、きちんと自然石を積み上げることをイメージしながら文書を書いていくのが、やはり一番大切なようだ。

さて、今から午前のお仕事なので、帰ってきて、最後の仕上げの段階にかかるとするか。

器量を構成する三要素

 

ブログが10日間も空いてしまった。この間、チェックして頂いた方がおられたとしたら、すいません。通常1週間以上空くブログは、読者が離れる、と言われているのですが、なんだかここしばらく、文字通り「忙殺」されていて、更新が出来なかったのです。(その割に他人のブログはちらと覗いているのだが)

このブログは単なる備忘録で終わるのはつまらなくて、ない頭を振り絞って+αを付け足そうとするのだが、そのためには1時間弱、というまとまった時間が必要で、そのまとまった時間が全く取れない日々が続いている。今日はパートナーが夕方車を使うので、早めに帰ることがようやっと出来た。なので、先週末の出張で遅まきながら買ってみたipodに入れるためのCDをインポートしながら、久しぶりにスルメと向き合う余裕が出来た。

そう、先週末は久しぶりに大阪に出張し、もともとのフィールドである精神障害者関連の現場の方々と議論や交歓する時間を持つことが出来た。やはり古巣は大切だ。ここしばらく、山梨の地域福祉の問題にグッと入り込んでいて、今年中に色々な新規事業が県・市町村レベルで立ち上がっていくお手伝いをすることに奔走されているものだから、なかなか当事者や支援者の方々の本音と向き合う時間がない。そういう状況だったから、大阪と神戸の現場の方々との議論の中で、改めて自立支援法の問題や社会保障制度改革全体の論点などを確認することが出来た。

現場のリアリティから離れたままでは、研究者のすることが「机上の空論」になってしまう危険性が高い。とはいえ、教育現場も現場だし、行政の現場もまた別の現場。つまり、自分が関わる色んな分野をバランスよく渡り歩きながら、螺旋階段的に上っていかなければならない。その渡り歩く分野が限定されている間はそれも難なく出来たのだが、その範囲や深度が広く深くなればなるほど、一つ一つの現場が「おざなり」で「いい加減」になる可能性がある。既にその兆しも見えていて、だから尚更、自身の器が問われているのだな、と感じるのだ。先週末の出張の帰りの車中で、それにピッタリの文言と出会っていたので、その感じがより深まっている。

「『あの人は器量が大きい』とか、『彼には器量がないから』といった表現を日常的によく聞く。その器量とは、何だろうか。私は、三つのものから器量は構成されているように思う。
(1)考えることのスケールの大きさと深さ
(2)異質な人を受け入れる度量
(3)想定外の出来事を呑み込む力」
(伊丹敬之『経営を見る眼』東洋経済新報社 p113-114)

以前にも丹氏の「創造的論文の書き方」を引いたことがあるが、氏の経営学のエッセンスが詰まっている入門書的な本書を読んでいて、目から鱗、の部分がたくさんあった。特に、この器量の部分に関しては、まさに今、自分自身が問われている3つのポイントと見事に重なるが故に、揺れる車中で実にあれこれ考えるきっかけを与えて頂いた。そういえば大阪の現場で再会した奈良のKさんも、「高血圧の人は揺れる車内で本を読む方が、頭が沈静化されて考えやすい」って言っていたっけ。どうりで僕も電車内でしかまともに勉強できないわけだ!? ま、そんな戯れ言はおいといて、伊丹氏はこの3つの内容を、次のようにパラフレーズもしている。

「第一の要件は、思考のパターンである。日頃から大きく深く考えるから、その人は『大きく、深い人物だ』と思える。周りの人には思いもつかない範囲まで考えたり、徹底的に考えたりしているから、みんなが納得する意見を言えるようになる。(略)第二の要件は、対人関係のパターンである。自分とは違うタイプの人を斥けない。どんな人かよくわからない段階でもまず前向きに信じてみようとする。そうした対人関係のパターンを持っていると、他人はその人に近づきやすくなるだろう。(略)第三の要件は、さまざまに自分の周りで起きてくる出来事への対処のパターンである。想定外の事が起きてしまうのは、世の常である。そのときに、うろたえずに落ち着いて的確な対応ができるかどうかで、その人の器量のかなりは決まる。想定外の出来事を呑み込むとは、まずその出来事を自分なりに大きな地図の中に位置づけることである。自分の置かれた位置がわからなければ、適切な対応の考えようがない。そしてさらに呑み込むとは、位置づけた後の事後処理をきちんとできるということである。その事後処理能力があれば、じつは事前にさまざまな出来事が起きても何とかなる、と思えるだろう。」(同上、p114-115)

ここしばらく、何故にブログを全く更新する余裕がないほど「忙殺」状態だったのか? それはまさに伊丹氏の指摘するこの3つの要件で、私自身の器量の臨界点を超えるような日々であったが故だと感じる。様々な問題が同時多発的に生成していく時に、どこまで僕自身が「徹底的に」「大きく深く」考えるか、が問われる。その際、考えきらずに未成熟な論や考えを開陳すると、思わぬ異論反論も続出する。そういう「想定外の出来事」に、ここしばらく色々遭遇する機会が多いのだが、出会ったショックでついつい「自分の置かれた位置」のマッピングがおろそかになることが少なくない。それゆえ、「事後処理能力」も頼りないから、なかなか「呑み込む」までに至らないケースもある。そういう至らなさを前にして、自信の未熟さが嫌になり、殻に閉じこもろうとするか、あるいは「自分とは違うタイプの人を斥けない」で、異論反論も「まず前向きに信じて」みることが出来るか、で次の展開が違ってくる。僕の数少ない得意な事に「まず前向きに信じ」ることがあるのだが、その基本フレームすら歪んでしまいそうな、そういう弱さと久しぶりに向き合う日々だったのだ。

そして、この人間の弱さに関する至言も、伊丹本の中に鎮座していた。

「人は性善なれども弱し」(同上、p249)

僕も心からこの至言に同意する。研究者として問題はあるかもしれないが、僕は人間を「性悪」として捉えたくない。あの人に言っても仕方ない、という悪口はどんな現場でもよく聞く。確かに「仕方ない」ほどの「前科」があるのかもしれないし、僕自身もその被害に遭っている(and/or今後遭う)かもしれない。でも、そうだからといって、「仕方ない」と決めつけることは、僕の信条としては好きではない。その人が、周りに「仕方ない」と思われてしまうような行動をとる背景には、その人なりの「弱さ」が背後にあることが多い。「どうしょうもない」「わからずや」と言われている人だって、「性善」に産まれたけれど、色々な重なりのなかで、「弱さ」が全面に出てしまい、それをカバーする為に、いつの間にかズルズルと位相が変わってきたのだ。その「弱さ」と「性善」の両方を見ることなく、どちらか一方だけを「過信」することは、実に危険だと思う。そういうことを、たったワンフレーズでサクッと整理している、このエッセイの凝集性はかなり高い。己にそんな文章が書けるか、と言われると、まだまだ年季も知恵も足りない。精進、精進。

大阪で立ち寄ったスターバックスで、カプチーノを入れるコップがもうクリスマス仕様になっていって、恐ろしく早く過ぎゆく日々に唖然とする今日この頃。でも、今年は本当に自分の器の小ささを実感しつつ、その器を広げるために試されている日々である、とも感じる。それほど、これまでに味わってこなかった、「異質な人」にも「想定外の出来事」にも遭遇しえているのだ。その遭遇をチャンスとして「受け入れ」「呑み込む」ことが出来るように、「考えることのスケール」をどう大きく、深くすることが可能か。まあ、これまでこの課題とがっぷり四つで向き合ってこなかったのだから、忙殺されようと、しっかり向き合ってみようかしら。そんな元気を、大阪の現場と伊丹氏の本から注がれた。

応答性と応責性

 

気がついたら秋真っ盛り。こちらは仕事真っ盛り

先週の土日は、多忙に睡眠不足に温度変化が重なって、とうとう風邪を引いてしまった。偶然にも日曜日の予定がなかったので、一日寝ていたら、何とか復活。月曜日の午前中まで横になっていたが、午後からは県の仕事小論文対策の授業、火曜は一日授業に学生対応、水曜は3つ授業に5時間強の会議、木曜日は授業が終わって夜は会議、金曜は9時から5時までのロングラン研修打ち上げ、と、文字通りの「目まぐるしさ」。今日明日は原稿執筆のために時間を取っておいたのだが、さすがに午前中は二度寝する。それくらいしないと、来週もえげつない日程なので持たない。シャツのボタンを付けたり、植木鉢の植え替えをしたり、と人間らしい仕事をしているうちに、ようやくリラックスしてきた。あたまが柔らかくなってきたので、「そういえば」と先週末に読んだ本を読み直す。

「僕は書きながらものを考える。考えたことを文章にするのではなく、文章を作りながらものを考える。書くという作業を通して思考を形成していく。書き直すことによって、思索を深めていく。しかしどれだけ文章を連ねても結論が出ない、どれだけ書き直しても目的に到達できない、ということはもちろんある。たとえば-今がそうだ。そういうときにはただ仮説をいくつか提出するしかない。あるいは疑問そのものを次々にパラフレーズしていくしかない。あるいはその疑問の持つ構造を、何かほかのものに構造的に類比してしまうか。」(村上春樹「走ることについて語るときに僕の語ること」文藝春秋、p163

「書くという作業を通して思考を形成していく」というのは、僕自身も全く同じだ。しかも、思慮が浅い僕の場合は、なかなか「目的に到達できない」ことも多い。その際、僕らが出来ることは、ムラカミさんが言うように、「仮説」を提示するか、疑問を「パラフレーズ」する、あるいは疑問の構造を「類比」すること。「仮説」にしても、言い換え(パラフレーズ)にしても、構造類比にしても、「問い」への何らかのレスポンスという意味では共通している。「わかりません」と安易に口にせず、何らかの形でその問いへの「応責性=説明責任」(accountability)を引き受けようとする。この姿勢こそ、「思考」を引き受ける姿勢だと思う。

ここ最近、仕事上の責任が増えてくるが、その際、単に対象に対する責任を全うするという意味での「応答性」、だけでは済まされない事態が増えている。自分のとった行動の影響に対する責任が伴ったり、その行動に対して説明することや批判を受けることも厭わない、という意味での「応責性」も、全うしなければならない事態に直面するのである。自身の行いには誰だって「応答性」があるのは当たり前だが、その波及効果も含めた「応責性」を引き受けるのは、正直、結構しんどいものである。しかしながら、公的性格を帯びた仕事であればあるほど、この「応責性」が重くのしかかってくる。そのような、結果責任に対して「わかりません」といえない事態だからこそ、「目的に到達できない」場合でも、せめて「仮説」を提示する、それが無理でもパラフレーズや構造類比など、一歩でも半歩でも歩みを進める、という姿勢が求められるのだ。

この際、感情的にグラグラしていては、何も始まらない。悩ましいのは山々だが、持てる選択肢についてきちんと考えた上で、決断し、歩を前に進めなければならないのだ。書きながら考える、という営みと同様に、活動しながら考える、ぶつかりながら考える、という姿勢でないと、事態は打開されない。ゆえに、しんどくても、風邪を引くほど弱ることがあっても、這ってでも、「思考」を引き受ける有責性が自分にはあるのだ。何とも因果な人生。ま、それを引き受けたのが他ならぬ自分自身なので、仕方ないのだが。さてはて、明日も〆切とドタバタ格闘の予定。匍匐前進でも、ちょっとは進めるはずである。なかなか簡単に「結論が出ない」が、まあよりよい「仮説」を求めて、漕ぎ出すとするか。

チェンジ・エージェントとダウンローディング

 

忙中暇なし、なのだろうか。やってもやっても、タスクが完了しない。

ここしばらく、最低限のto doをこなすだけで、結構精一杯である。〆切を落とさないように、とデッドラインをつけているのだが、毎日何かしらの〆切日が来ていて(一部過ぎていて)、雪かき仕事のようにせっせこせっせこ、かきつづける日々。ここ1,2週間で季節はぐっと変容し、今朝はストーブにトレーナー姿。朝がグンと冷えてきた。急に乾燥気候になり、洗剤負け体質の手は荒れてくるし、喉は毎朝イガイガしている。今、風邪を引いたらめちゃくちゃ大変なので、十分な睡眠と、うがい手洗いだけは必須だ。そう思って夕べ帰宅時にうがいをしながらシャツのボタンを外していたら、うがい液がシャツに付いた。ヨウ素は取れにくい、と妻に聞いて大ショックだったのだが、シミ取り液をつけてすぐに洗濯機を回してみると、何とか取れる。ふう。忙しいから、と手を抜くと、大変である。

さて、手を抜くと大変なのはジムも同じ。ついつい忙しいと行かなくなってしまい、体重増につながりかねない。ここ二週間は教員テニスクラブにも行けたが、来週から3回ほどは仕事でいけない。なので、週二回は運動を確保するために、昨日もザクッと仕事を切り上げて向かう。あと、同僚の先生に、「ここから体重を落としたかったら、やっぱり筋力をつけねば」と助言をうけ、前回あたりからジムでは30分の運動に、プラス10分の筋トレを入れてみた。本当は家ですればいいのだが、もともと無精な人間、かつ家に帰ると酩酊するタケバタには無理な話。よって、まずはジムで続けよう、と思う。で、そんなこんなでジムで汗をかきながらも、土曜日〆切の仕事用に読み返していた本が、あたりだった。

「チェンジ・エージェントには、判断を保留して、待てよと止まり、観察することができる人がふさわしい。これを仏教の用語では『止観』という。
こういうひとは『そうだったのか。それで一体何が起きているのかな?』『何が問題なんだろうか?』と人々に探求させる問いかけを発するだろう。この姿勢が、変革を形だけに走らせないで、人々に深く探求してもらい、気付きや覚悟を引き出す重要な鍵になるのである。『ちょっと待てよ、私たちは何の目的でそれをやっているのだろうか?』『それは思い込みであって事実は違うのではないか?』といった台詞を周囲に投げかける役をして欲しいのである。」(高間邦男「学習する組織」光文社新書p32)

高間氏は、このチェンジ・エージェントと対比する形で、相談された際に自分の経験や枠組みしか引き下ろすことが出来ない人の反応を「ダウンローディング」と名付けて、こうも書いている。

「このダウンローディングをする人ばかりが集まっている組織では、変革が難しい。この人々はすぐにジャッジ・判定をしてしまうので、今何が起きているのかを幅広く客観的に見ることができいないのだ。また、周囲の人は、否定されたり拒絶される恐れを感じるので、ますます本音を話さなくなってしまう。」(同上、p31-32)

いるいる。こういう「ダウンローディング」な人。だいたい僕がいつも衝突するのは、この「ダウンローディング」な人であったり組織である。何度もこのブログで書いているフレーズで言えば、最初から“You are wrong!”という枠組み(=私と同じであれば正しい、つまり私は正しいという枠組み)しか用意されていない人や組織とは、別の視点を持ってきたら、どうしたってぶつかるに決まっている。そして、ある組織で、ダウンローディングではなく、チェンジ・エージェントとして活躍したTさんの仕事ぶりを、こんな風にまとめている。

「大変なバイタリティで、様々な出来事に対して我がことのように関心を持って取り組んでいた。T氏は五年間、様々な人々に語り続け、ありとあらゆる会合に顔を出して、人々の方向性を合わせ、関心を掻き立て、称えることで元気づけてきた。現在、この会社は売上が倍以上になり、他の支社にも強い影響を与えている。売上だけでなく、会社の文化は生き生きしたものになり、社員自身が会社に高いプライドを持つようになった。もしT氏がいなかったら、変革はここまで成功しなかったかもしれない。」(同上、p36)

今自分がやっている特別アドバイザーの仕事に通底する部分があるような気がする。自分が今、県内で色んな場に出かけてやろうとしていることも、おこがましいかもしれないが、「様々な人々に語り続け、ありとあらゆる会合に顔を出して、人々の方向性を合わせ、関心を掻き立て、称えることで元気づけ」る営みである。それが、企業のように数値で反映されるものではないが、でも地域福祉の枠組みを「要求反対陳情型」から「連携提案型」に変えていくための仕掛け作りをしているなかで、私自身がダウンローディングになっていないか、が大きく問われている。自分の枠組みに固執せず、チェンジ・エージェントとして、現場の人々と一緒に『何が問題なんだろうか?』と問い続け、探し続けられる人間か、が問われているのだ。この模索の際、一番最初にすべき大切なポイントも、ちゃんと著者は教えてくれている。

「重要なのは、事実だけをを共有するのではなく、互いの認知の仕方を共有することである。(略)事実がどうあったかを問題にするのではなく、認知の仕方の違いに気づくようにする。また、オープンな話し合いをしようと思ったら、互いの経験や実際に起きていることを、批判をせずに聴く必要がある。相手をジャッジせずに、ただ聴くことができたら、相手を受容することができる。そうすると生成的な相互作用が生まれ、一人が一人でなくなり、チームとしての集合的な融合が起きて、より探求ができるようになる。」(同上、p41-42)

自分の最近の経験に照らし合わせても、実に大切な指摘だ。
「事実」の「共有」を目指して話し始めも、下手をすると「事実がどうあったか」を巡る対立的関係から神学的論争になりかねない。「○○が正しい」というのが、複数出てくる場合も、少なくない。その当否を審議するのではなく、そういう風に捉える「認知の仕方の違いに気づく」、これは当事者間でボタンの掛け違えの結果、膠着状態に陥っている現場に、まず必要なことだと思う。

「俺はこういう思いで一生懸命やっているのに」という感情的モードで入るとだいたい失敗するのは、その際、「一生懸命やっている」という感情が支配・先行して、相手をその感情的枠組みでジャッジしているからである。すると、自分の枠内に入ればいいけれど、だいたいそういう時は自分の枠組みの外で問題が起こっているから、「何もわかっちゃいない」「どうしようもない」という結論になる。当然こちらが最初からクローズドなモードだから、相手の話をきちんと聴けない。すると、「生成的な相互作用」なんて起こらないし、チームにならないのだ。

そういう現場に求められているのが、まさしくチェンジ・エージェントなのである。そして、チェンジ・エージェントがどういう風に場を構築していくか、を筆者はこうも書いていく。

「遠回りなようでも本物の自分を探求することから、他の人々の経験・気持ちの共有を行い、内外の環境に対する組織的感受性を高め、ありたいビジョンをポジティブに話し合うことから、新しい目的意識・ミッションといった集合的な意志を創造することが効果的である」

さて、私はどの程度の「集合的な意志」の「創造」にコミットできるのだろう?
久しぶりに読んでいてワクワクする本だった。っていうか、以前読んだ時には、全くその辺をスルーしていたことが、恐ろしい。二年前から、多少は成長している、のかもしれない。

トサフィスト的再編集

 

こないだの木曜日、ジムでバイクを漕ぎながら読む本として、近所の本屋で何気なく手に取った一冊。週末もお風呂のお供にボンヤリ読み進めていたのだが、最後の二章での論考の鋭さに、思わず唸る。

中世ユダヤ教徒の中で、教典の写本の欄外に注釈や解釈、意見や見解を書き込む人のことを「トサフィスト」という。写本そのものには一切手をつけず、その欄外の注釈も、前時代のものを残しながら、その後に書き足していく。そういうルールが「トーラー」という、モーゼの律法を伝承していく際にどう伝わっていったのか。その点に触れて、こういうまとめが出てきた。

「それらの作業はすべて『過去を棄却して新しい発想をする』ことではなく、『過去への長い検討の集積を編集しなおす』という作業であった。(略)この作業は、実は、『生体である文化の改革と進歩』の基本なのである。『トーラー』は彼らの精神構造の基本であるから、これを停止して『改革』するわけにはいかない、といって、そのまま、ただ過去を守っていれば形骸化して消えてしまう。そしてこの矛盾を解消する方法とは、実は、トサフィスト的な作業しかないわけである。(略)ある時期の改革とか革命とかいわれるものは、実はその再編集にすぎないのであって、何か不意に『新たにはじまる』わけではないし、同時に、それが終わればトサフィスト的作業が終わるわけでもない。そしておそらく、われわれに最も欠けているのが、この基本的発想なのだと言える。」(山本七平「日本人と組織」角川書店、p186-187

福祉施設の組織改革についてボンヤリ考えているのだが、その施設に限らず、日本の組織は確かに『過去を棄却して新しい発想をする」ことを好む。山本氏もその動きに関して、「情動的に外部的条件に対応していく」ことに関して「『天才的』とさえいえる」と指摘している。新しいブームが来れば、それにパクッと飛びつくのは、組織だけでなく、日本人気質、なのかもしれない。だが、私たち日本人も、結局そういう表層的変化があっても、深層の部分では、変わっていないのだ。組織改革のために、色々な手を打ってみても、なかなか本質的に変わらない。その原因を考えていたのだが、それは、『過去への長い検討の集積を編集しなおす』という視点が欠けているからである、ということに、山本氏の著作から気づかされた。つまり、その組織の持つ「トーラー」と、そこに記された欄外注を、消し去ることなく、むしろ全てを分析する中で、どこで「躓いた」か、が見えてくるのである。

1977年に書かれたこの作品の中で、山本氏はそこから、最近ちまたで話題の失敗学について触れていく。

「過去の製品とは、現代を基準に見れば、すべて失敗した製品だと言うことである。だが、それをそのまま残すことが、進歩なのである。以下は聞いた話だから、あるいは単なる伝説かもしれないが、フォードには、第一号以来の部品が全部そろえてあり、いつでも受注に応じられるという。大変に無駄なことのようだが、実は、部品の変転史を実物で検証しうることは、決して無駄なことではなく、これがあるから、将来を模索できるのだという。」(同上、p204)

失敗を記録・保存し、必要に応じてその記録を引っ張り出して「実物で検証」する。そのことを通じて、「将来を模索」する。この「過去への長い検討の集積を編集しなおす」という「再編集」の作業があるからこそ、その組織は根本的に変容することが可能なのだ。ブームだから、時代が要請するから、法律が変わったから、と、その組織の「トーラー」を見つめ直すことなく、屋根部分のみを取っ替えひっかえしたところで、中身は全く変わらず、むしろ継ぎ接ぎが増えるだけで、余計に内容が混乱してくる。まるで政府の継ぎ接ぎだらけの年金システムのように。

逆に言うならば、継ぎ接ぎだらけのシステムに関して、何らかのメンテナンスなり補修工事を依頼された場合、下手に新しい支柱を立てるよりも、意識的にトサフィストになることが求められているのだと思う。その組織の(見えざる)屋台骨である「トーラー」の部分と、継ぎ足し、すげ替えられ、時には棄却された「欄外注」を峻別した上で、そのどちらも分析すること。『過去を棄却して新しい発想をする』よりは遙かに時間もかかるし面倒だが、そういう、見た目ではドラスティックなことをするよりも、地道に『過去への長い検討の集積を編集しなおす』ことの方が、実は本質的な組織の問題にアクセスでき、そこから実現可能な舵を切れる可能性があるのだ。

そうやって見ていくと、私自身、去年あたりまで外野から「改革改革」を迫ることが多かった。だが、色々な現場で、最近そういう外野からのヤジ、ではなく、中に入り込んで、コーチのような、プレーヤーのような立場で動き始めている。すると、必要なのは、派手な言説よりも、むしろトサフィスト的な「再編集」だ、と深く感じる。その組織の「トーラー」をどこまで理解するか。その上で、雲散霧消した欄外注までも、どこまで掘り返し、何を再編集出来るか。こういう姿勢がないと、本当の意味での、『生体である文化の改革と進歩』にコミットできない。そんなことを教えてもらったような気がする。

「余計なお世話」と「雪かき仕事」

 

大学が再開されると、日々本当にあっという間に過ぎていく。
夏休みも大変だったような気がするのだが、そんな記憶は本当に遠く遠くに消えている。夏休みのようにブログのマメな更新も出来なくなってしまう。何だか寂しい。毎日、グーグルカレンダーと睨めっこしながら、みちっと週末まで予定が食い込んでいて、ため息が漏れてしまう。

とはいえ、遊んでいない、というと、これまた嘘になる。金曜日の午後は、修理に出していた鞄が直った、と連絡を受けて、パートナーと共に八ヶ岳アウトレットに。服の在庫処分をした後だから、逆にどういうアイテムが足らんのか、もよくわかっているということを言い訳に、Tシャツやら秋物のセーターやら買ってしまう。まあ、三連休前日で、夏物処分も兼ねたバーゲンの準備をしていたので、掘り出し物にも巡り会えた。ほんと、甲府に来てから、服はアウトレットでしか買わなくなってしまった。

で、日曜日のお昼は新宿で金融系に勤める高校時代からの友人と久し振りに逢う。秋空のカフェテラスで、議論に花を咲かせる。20代に自分への投資に全勢力を傾けてしまった(だから自己資金が現時点でもほとんどない)私にとって、投資業務を本職とする友人の話は、「異国」の話として、大いに興味をそそられた。結局、自分のバランスシートも満足につけられていない現状に、色々問題もあることが明らかに。まあ、いきなり財テク(なんて旧い言葉)に走ることはまずないが、少なくとも「お小遣い帳」はちゃんとつけんとなぁ、と丼勘定の自身を反省する。これもダイエットと同じで、まずは「記録する」という事が肝心なのね。

そういう息抜きをしながらも、先週から今週にかけて、せっせこ「雪かき仕事」をする。このことは、よく引用する内田センセが、村上春樹論の中で、こんな風に書いていた。

「感謝もされず、対価も払われない。でも、そういう『センチネル(歩哨)』の仕事は誰かが担わなくてはならない。世の中には『誰かがやらなくてはならないのなら、私がやる』というふうに考える人と、『誰かがやらなくてはならないんだから、誰かがやるだろう』と考える人の二種類がいる。(略)ときどき、『あ、オレがやります』と手を挙げてくれる人がいれば、人間的秩序はそこそこ保たれる。」(内田樹『村上春樹にご用心』アルテスパブリッシング、p29-30)

僕は昔から割と「おせっかい」な方なので、今、結構忙しいのも、なんだかんだと目についたり頼まれたりした事も、断らずに引き受けてしまうから、自分で首を絞めている。そういう事について、「余計なおせっかい」なんじゃないか、と、自問自答することもあったのだが、内田氏にこう整理してもらうと、わかりやすい。

そう、僕が先週末書いていた「他人が書かなかった原稿の穴埋め」も、今日まとめた「これまで未分化だった課題の交通整理」も、「余計なおせっかい」ではなく、ポジティブに考えれば、『誰かがやらなくてはならないのなら、私がやる』種類の仕事なのだ。これを内田氏はセンチネルといい、村上春樹氏は「文化的雪かき」と表現しているのだが、どう形容しようと内容は同じ。「おせっかい」だけど、「余計」で「いらぬ」性質のものではなはない。でも、かといって、一部の場合を除き、特段に「感謝」「対価」がくっついてくる訳でもない。だけど、それを引き受けることによって、「人間的秩序はそこそこ保たれる」。そういう種類の仕事は、何だか僕のところに、割合廻ってくるような気がする。

結局そういうものを前にして、「誰かがやるだろう」と見ていても、誰もやる気配がないので、ついつい口出し手出ししてしまう。そういう性質の人間なのだ、タケバタは。それで、「人間的秩序」に「そこそこ」貢献できるのだから、ま、いっか、と納得してしまうから、単純なんだろう。でも、とにかく「雪かき」のように、目の前から一山消え、二山消えたら、その瞬間気持ちいいのは確か。さて、あと今月は幾山片づけたらいいのだろう、と思いながら、「雪かき仕事」に精を出すタケバタなのであった。

プロの本質

 

最近、我が家で飲むコーヒーが美味しい。
豆はいつもと同じ。違うのは、お水。大学の近所にあるスーパーで、カルキ抜きをした!?水をタンクに入れて持って帰ってくる。この水で入れると、全く味が違うと「発見」。それまでに何年かかったんだ?と思う。水の力に、改めて唸る。そう言えば大学でもM先生がブリタの浄水器をお持ちになっておられた。そのお水を頂くと、確かに美味しい。3000円ちょっとで買える、ということなので、僕もつられてネットで注文。水の力を「発見」した秋であった。

で、そんな些末な「発見」とは次元が全く違う「発見」のお話。

「リンゴが落ちるということは、ニュートンに発見される前から、数限りなく起こっていたことだった。リンゴは、人々の目の前で、はるか昔から数限りなく落ちていたのですよ。だけど、誰一人として、そのことを発見しなかった。そんなkとおは当たり前だと思って、見ていても見ていなかったし、ましてや考えなどしなかった。しかし、彼だけが、彼が初めて、リンゴが落ちるという恐るべき当たり前のことを『発見』した。発見して驚いた。『これは、どういうことなのか!』
天才というのは、他でもない『当たり前のことを発見する能力』のことなのです。普通の人が当たり前だと思って気にも留めないことに気がつく、気がついて追求する能力のことなのです。決していきなり特別なことを思いついたり考え出したりするわけではないのです。だて当たり前のことしか考えていないんだから。もしもそれが特別のように思えるなら、当たり前のことに気がつくという、まさにそのことが当たり前でないということなのです。だって、ほとんどの人は、当たり前のことには気がつかないんだから。」(『人間自身』池田晶子著、新潮社p70-71)

早逝した天才の最後の作品の一つをお風呂で読んでいて、目から鱗、の記述だった。
「普通の人が当たり前だと思って気にも留めないことに気がつく、気がついて追求する能力」、これは、別の言葉に代えて言えば、常識というフレームに縛られず、その常識そのものを疑って、その常識を構成する要素の不思議に気がつき、それを考える能力、ともいえるだろう。私たちは常識という「既存の眼鏡」(フレーム、視点)に無批判に頼ってしまい、「見ていても見ていなかった」部分があるのではないだろうか。それを、きちんと考える。これは、ほんとにやり始めたらとんでもなく大変なことだし、こういう「癖」でも持ち合わせないと、なかなか出来ないのかもしれない。

「私には、本質的にしかものが考えられないという、どうしようもない癖がある。いかなる現実であれ、その現象における本質、これを捉えないことには気がすまないのである。これはもう若い頃からの癖なので、今や完全に病膏肓に入る。
一方で、世間とは、言ってみれば現象そのものである。ジャーナリズム、あるいは大多数の人のものの感じ方、現象を現象のままに受け取り、そのまま次の現象へ流されてゆくといったていのものである。平たく言うと、ものを考えるということをしない。『考える』とは、現象における本質を捉えるということ以外でないから、ほとんどの人は本質の何であるか、おそらく一生涯知らないのである。」(同上、p24)

「現象を現象のままに受け取り、そのまま次の現象へ流されてゆく」、まさに私自身も、放っておけば、そうなってしまう。それでは何だか変だし、気持ちがよろしくないし、何より同じ事のくり返しのような気がして、最近少しは立ち止まってみる事にする。そして、このブログ上に書き留めておく。まだ、それくらいしか出来ないけど、少なくともそのまま「次の現象へ流されてゆく」ことだけは避けたい、という想いは、池田晶子さんと出会った大学生の頃から、少しずつ、育まれてきたような気がする。

そう思うと、最近読んだ、ある知識人についての批評を思い出す。この人って、「現象を現象のままに受け取り、そのまま次の現象へ流されてゆく」タイプの人だったんだろうなぁ、と。それに、彼の活躍していた場所が、まさに「現象そのもの」を追う、「ジャーナリズム」の世界だった。

「生涯に百冊ちかい著書を出版した清水だったが、そのほとんどは時代の変化とともに、発刊後数年を経ずして絶版となった。清水の著作で、彼の死後もロングセラーであり続けていたものは、『売文業者』を自称する清水が自己の文章技術を解説した、1959年の岩波新書『論文の書き方』のみである。」(『清水幾太郎-ある戦後知識人の軌跡』小熊英二著、御茶の水書房p80)

そう言えば僕も「論文の書き方」しか読んだことはない。その中で洒脱に文章技術を解説する清水氏に、大学時代の「初学者」タケバタは何となく親しみを感じていた。だが、その清水氏を「戦後思想」というフレームで分析し直し、膨大な氏の著作にも目を通した小熊氏は、清水幾太郎は違って見える。

「そもそも、彼に一貫した『思想』が存在したのかも疑問であろう。」(同上、p95)
「もともと清水は、自己の内部に『書きたい内容』があったからではなく、外部への憧憬から文章を書き始めた人間だった。」(同上、p15)

「彼は、知識を『出世』の手段にするというかたちで、社会科学を『活用』した人物だった。彼は後年、『我流のプラグマティズムを密かに信条としている』と述べており、知識人というものを『思想的な問題を書いたり喋ったりして妻子を養っている人々』と定義している。」(同上、p20

この小熊氏の分析を読んでいて、「冷たさ」より「哀しさ」におそわれた。
知識を「活用」して「出世」をするという「我流のプラグマティズム」。文才が人並み以上にある清水は、その「プラグマティズム」で、時代の寵児にもなった。だが、「一貫した『思想』」なるものが存在せず、世間に迎合しようと「次の現象へ流されてゆく」彼の作品は、「時代の変化とともに、発刊後数年を経ずして絶版となっ」ていく。知識人への「憧憬」そのものは悪くないのだが、その本質の取り違えた結果、ご自身は知識人的な『売文業者』で終わってしまったのだ。そのこと自体を生涯「発見」せずに亡くなってしまった、その事実に何だか「哀しさ」を感じてしまったのである。そして、その「哀しさ」の視点は、自身の仕事への自己点検にもつながる。僕自身、「一貫した『思想』」をちゃんと持っているのか。それとも「風見鶏」なのか? 何のために「書いている」のか?

「『食うこと』、すなわち他人や世間を横目に見ながら為される仕事は、それがいかに巧みに工夫された技なのであれ、最初から堕落していると言っていい。(中略)なるほど人は食わなければいきてゆけないが、これをするのでなければ生きていても意味がない。そのような覚悟にのみ、その人の神は宿るのだという逆説を、あまりにも人は理解しない。それで食っていることをもって『プロの誇り』だなど、片腹痛い。」(池田、前掲p77-8)

「これをするのでなければ生きていても意味がない」という「覚悟」を持っているプロフェッショナルとなっているだろうか? そうなろうと精進しているだろうか?これは清水氏にではなく、自分自身に突きつけられている。

体重喜怒哀楽

 

先週末、思い切ってごっそり夏物を捨てる。

いやはや、着ていない服が出てくること、出てくること。そりゃあ「安物買いの銭失い」だなぁ、と深々反省。ハッキリ言って、着てないものに囲まれると、着てもよさそうなものまで見えなくなってしまう。よって、今期全く着なかった服は、一、二の例外を除いて、みなリサイクルショップに回す。安物買いも塵も積もれば結構な額で購入したはずなのに、売り払う際は1キロ150円。結局妻の服も合わせて600円ちょっとにしかならず、とほほ、である。ほんと、次から吟味しないと。

で、整理していたら、タンスの奥から、スラックスを発掘。おお、昔々、師匠の取材のお供でスウェーデンに行った帰り、イタリアに遊びに行った際、ミラノのアウトレットで買ったおズボンではないか。早速、今日はいてみた。ぴったりというか、ちときつめ、というか。でも、ちゃんとはけた。ということはあれは博士後期課程1年の頃だから、7年前くらいのお話。その頃の体重にようやく戻った、という事も言えるし、その当時からそんなにウエストが昨今拡がっていたのか、と思うと、とほほ、である。

ダイエットを意識して10ヶ月目。最大84キロから始まって、今は76から77キロをウロウロしている。80まではすぐに落ち、77までも同じくらいのスピードで落ちたのだけれど、そこでピタッと止まってしまう。このサイトを自分で検索してみたら、4月の段階で、「瞬間最小体重!?76.8キロを記録」なんて言っているから、結局そこから半年近く、動かないまま。これを指して、「リバウンドがないから良かったよね」とも言えるけど、「この76キロの壁が大きい」という実感の方が強い。週に2回程度はジムにも行っていて、こうなのだから、あとはストレッチと食生活を見直さないと、やはり変わらないのだろうか。

そうそう、こないだ岡田斗司夫氏のダイエット本を読んでみる。彼の主張を簡単に言えば、「食べたものを全て記録する」「慣れてきたらカロリー計算もする」「それも定着したら、そのうち1日1500キロカロリーになるように、1週間単位で平準化する」、ということ。そうすれば、50キロ落ちるそうな。このうち、「記録する」というレコーディングは、僕もある種ブログで体重をレコーディングしているので、その通り。ただ、食べたものを全てブログに載せるのも趣味が悪いけど、メモ帳に書いておくのは有効かも知れない。まあ、食い意地が張っている、というか、美味しいものにはまだ後ろ髪引かれるので、カロリー計算&1500キロカロリーに制限、というのが本当に自分に可能か、というとだが。

しかし、真面目な話、体重が減ると、風邪も引きにくくなり、疲れも以前ほどひどくないので、やはり負荷が変わったことを実感する今日この頃。でも、大学院の頃より、明らかに大学生の頃の方が痩せていたから、まだウエストは絞りたい。それも、あまり禁欲的でなく、楽しくやりたい。そう言えば、岡田氏は、「今日は後何を食べていいのか、と考えるのが、テトリスのように楽しい」と言っていたが、そういう楽しさは僕にはないので、別の楽しさを考えないと。

食欲の秋だけど、よく噛んで、小食の秋にしないとまずいよなぁ、と改めてレコーディング(記録)して、記憶しようとするタケバタ。ああ、体重喜怒哀楽はしばらく続くのでありました。