実存に迫るアクターネットワーク理論

6月は2回の学会出張で、一回は久しぶりに対面で口頭発表をしたので、くたびれた。日曜日に福祉社会学会で報告した「媒介子」としての精神疾患 −「病気の治療」から「関係性の変革」へ−」は2万字の報告原稿を書いたので、結構これで大変だった。この「媒介子」というのは、アクターネットワーク理論(ANT)の用語なのだが、僕がこの概念に親しむきっかけとなったラトゥールの主著『社会的なものを組み直す』の訳者、新潟大学の伊藤嘉高さんからご恵贈頂いた単著『移動する地域社会学—自治・共生・アクターネットワーク理論』(知泉書館)を、東京に行く新幹線でやっと読み始める。理論と実践の往還から構成される彼の本は、骨太だけどめちゃくちゃ面白かった。

「問題なのは、秩序の見直しが必要な場合や、状況が大きく変化している場合に、中間項がさまざまな存在と連関することで媒介子化し、さらにそうした多なる媒介子同志が連関することで、新たな一としての中間項が構築されていく循環の不在である。
そこで、移動する地域社会学は、とりわけ本書第11章で行ったように、ある出来事に対して、地域社会の構成員であるアクター(住民)が発する不安や反論を極力尊重する。それらを契機にして、制度や専門知のように私たちの生活に横たわる固定制や不動性を構築する事物の連関(ネットワーク)を明らかにすることで(脱ブラックボックス化)、その固定制や不動性のさらなる分節化を促そうとする。」(p278)

この部分を書き写しながら、ぼく自身がアクターネットワーク理論にはまっていく理由が、よくわかった気がした。

僕が福祉現場で出会うのは、「秩序の見直しが必要な場合や、状況が大きく変化している」状況である。いま、国は重層的支援体制の構築なるものを推進しようとしている(それについては僕が関わった「「包括的な支援体制」の整備が市町村の努力義務になっているなんて知らなかったという人へのガイドブック」も参照)。なんで包括的な支援体制が必要か、というと、もともと「家族を含み資産」と考えた福祉的支援がいよいよ崩壊し、セクショナリズムを越えて支援体制を再構築しないと、地域支援が維持できないからだ。独居高齢者や老老介護の家庭とは、家族内での支え合い(媒介子としての連関)が不全となり、「見守りや支援が必要な家族ユニット」として中間項化している。そういうご近所では助け合いも限界を迎え、小地域単位で限界集落化(=中間項化)しているのである。

その時に、地域支援で求められているのは、伊藤さんが書くように、「中間項がさまざまな存在と連関することで媒介子化し、さらにそうした多なる媒介子同志が連関することで、新たな一としての中間項が構築されていく循環」をどう作り出すか、である。でも、これは極めて難しい。

なぜなら、端から見ていると衰退・自滅していくように思えても、既存の秩序を「当たり前」と思ってきた地域住民にとっては、その秩序を揺るがす「ある出来事に対して、地域社会の構成員であるアクター(住民)が発する不安や反論」が生まれてくるからだ。市町村合併や小学校や病院の統廃合、だけでなく、町内会や自治会のやり方を変える、PTAの連絡や回覧板をLINEに変える、など、技術的合理性や持続可能性があると思える改革であっても、既存の秩序を変えられる側にとっては、感情的な反発が先立ち、受け入れられないことがある。

その際の伊藤さんの整理は、非常に示唆深い。

「地域社会の構成員であるアクター(住民)が発する不安や反論を極力尊重する。それらを契機にして、制度や専門知のように私たちの生活に横たわる固定制や不動性を構築する事物の連関(ネットワーク)を明らかにすることで(脱ブラックボックス化)、その固定制や不動性のさらなる分節化を促そうとする。」

制度や専門知がこうなっているから、仕方ない。そういう説得の仕方は、住民には納得が出来ないし、時には反発する。11章では青森の自治体病院再編に関するケース分析が書かれているが、その中で、行政や医療関係者の意図した持続可能性や合理性に住民が反発したことを巡って、以下のような考察が展開されている。

「住民の不安や疑念を無知によるものとして片付け、専門知を『厳然たる事実』として押しつけるのではなく、住民からの不安や疑念に基づき、『議論を呼ぶ事実』として、再編がもたらす健康上の効果と影響を可視的なデータとして示すことで、住民が『批判的に近づく』ことができるようにすべきではないか。具体的には、本章で行ったような受診行動と健康上の問題に関する調査を実施し、住民からの『反論』を集め、病院再編を支える専門知の『厳然たる事実』を常に『議論を呼ぶ事実』に引き戻す経路を確保することが必要である。そうすることで、地域間の利害関心と地域住民と医療従事者の利害関心を翻訳(変換)する政治プロセスと政治的決定を生み出すことができるだろう。」(p272-273)

これは本当になるほどな、と思うのだ。自分の街から病院がなくなる、と言われると、住民は不安になる。そして、「住民の不安や疑念を無知によるものとして片付け、専門知を『厳然たる事実』として押しつけ」られると、感情的な反発は強まり、火に油を注ぐことになる。その際、臭いものに蓋をするのではなく、一時的な反発だからと「忘れる」まで時間を待つのでもなく、「住民が『批判的に近づく』」支援をした方がいい、と伊藤さんは「大胆」な提案をする。病院再編は、医師数の確保や赤字経営の脱却など、何らかのデータに基づく合理性が、その根拠にある。だが、住民は「気軽に通院できていた病院がなくなったら、何かあったときにどうしてくれるのだ?」という別の直観に基づいて、反発している。であれば、「住民からの不安や疑念に基づき、『議論を呼ぶ事実』として、再編がもたらす健康上の効果と影響を可視的なデータとして示す」ことが大切なのだ。その中で、「病院再編を支える専門知の『厳然たる事実』を常に『議論を呼ぶ事実』に引き戻」し、「受診行動と健康上の問題に関する調査を実施し、住民からの『反論』を集め」、このプロセスを通じて、住民と専門家が台頭に対話出来るような支援を行う。これこそが、「地域間の利害関心と地域住民と医療従事者の利害関心を翻訳(変換)する政治プロセスと政治的決定」につながるのだ。

でも、じゃあそれは誰がするの?という問いが浮かぶ。そこに伊藤さんは、社会学者や社会調査士が「媒介子」になれる可能性を示している。

「大学の医師数や病院勤務医数など本章で見てきたようなデータに加え、今日であれば、再編による受領行動の変容を示すレセプト情報等データベース(NDB)から、心筋梗塞や脳卒中、重度熱傷などの二次救急医療の二次医療圏内完結率を示すことはもちろんのこと、二次医療圏内で迅速に治療できることによる予後の効果を『具体的に』示すことが、住民の議論と反論と理解を喚起する指標となるだろう。これは早川洋行(2012)が指摘するような行政文化に対して、社会学者が住民との『媒介子』となって変容させる一つの方法ともなるだろう。」(p273)

行政や病院側と地域住民の利害関心が異なり、対立している状態というのは、前者のデータを一方的に示されることによる、感情的な反発である。後者は、別の感覚的な不安から、前者のデータに納得できないのだ。そうであれば、「心筋梗塞や脳卒中、重度熱傷などの二次救急医療の二次医療圏内完結率を示すことはもちろんのこと、二次医療圏内で迅速に治療できることによる予後の効果を『具体的に』示す」というかたちで、住民側の不安に直接答えるデータを提示する必要がある。それを病院側がしてくれたら有り難いが、出来ない場合もある。その場合、間にたつファシリテーターやコーディネーター的な存在が必要であり、それは社会学者や社会調査士が担える、と伊藤さんはいうのだ。

このことを読んでいて、社会学者の新原道信さんの言う「社会のオペレーター」を思い出していた。

「“社会のオペレーター(生活の場に居合わせ、声を聴き、要求の真意をつかみ、様々な「領域」を行き来し、〈ひとのつながりの新たなかたち〉を構想していくひと)”が育っています。「3.11」の後、地域の方たちとの間で何か出来ないかと考え、立川の昭和記念公園に隣接する砂川地区で、〈地域との協業〉を続けてきました。ゼミ生たちは、立川プロジェクトという調査研究・地域活動グループをつくって、砂川地区の団地の運動会や夏祭り、防災ウォークラリー、子ども会の八ヶ岳キャンプといったイベントのみならず、毎月の役員会など地域づくりの舞台裏にも参加させてもらい参与的な調査研究をしてきました。」

新原さんは、「生活の場に居合わせ、声を聴き、要求の真意をつかみ、様々な「領域」を行き来し、〈ひとのつながりの新たなかたち〉を構想していくひと」を社会のオペレーターと名付けているが、これはまさに、住民の声を聞きながら、病院や行政への不安・不満の背景という「真意」をつかみ、病院データベースを用いながら、「様々な「領域」を行き来し、〈ひとのつながりの新たなかたち〉を構想していくひと」そのものである。

また、こういうのは工学系の人も得意である。新潟つながりで言えば、都岐沙羅パートナーズセンター理事・事務局長の斎藤主税さんは、地域のこれからを話し合う場では地域カルテを作り、中学校区単位での人口動態の変化や社会資源をまとめた地域カルテを作るのを支援している(新潟市のはこちらに)。住民と行政や専門家が、共にこれからの将来を話し合うための共通の認識土台を作るのは、まさに社会のオペレーターの役割であり、「媒介子」としての専門家役割でもある、といえそうだ。そして、本当はこういう部分に、生活支援コーディネーターなども関われると、大きな可能性はある。

だいぶ寄り道したが、伊藤さんの本に戻ろう。

アクターネットワーク理論の日本への紹介者としても有名で、理論肌にも思える伊藤さんは、実は吉原直樹さんのお弟子さんとして、バリやマカオ、仙台など様々な地域でのフィールドワークを続けてきた。そして、アクターネットワーク理論に基づいて、彼のフィールドワークを捉え直しているのがこの本の後半部分であり、それがものすごく面白かった。ただ、彼がこういう形で理論と実践の統合が出来たのは、彼の変わった遍歴にも一端がある、という。

「大学院修了後には、海外留学を経て、最初の常勤ポストを山形大学医学部に得たこともあり、2008年からは10年間にわたって、主に医療をフィールドとした研究に取り組むことになった。しかし、そこで、医師を絶対的頂点とするヒエラルキーのなかで、自分の社会学の『枠組み』がほとんど通用しない現実に直面させられることになった。ハード・サイエンスに根ざすとされる営みと、時としてそれらと対抗的に扱われる社会学の営みの関係をどのように考えればよいのか。今日でも科学的エビデンスの位置づけをめぐる両者の軋轢がしばしば表面化しているが、その際に筆者が思い起こしたのがANTであった。
そこで、勤務先の環境のこともあり、しばらくの期間は、地域社会学から医療社会学や科学社会学に軸足を移し、ANTの可能性を追求することになった。そして、ANTのポテンシャルを知る中で、ANTの方法には、日本の地域社会が築き上げてきた独自の視座と方法をさらに彫琢できる可能性があることにも気づかされた」(p281)

僕も精神医療に関わっているから、彼の苦悩がめちゃくちゃわかる。昔、精神神経学会の権利擁護部会のシンポジウムに招待されて新潟に出かけた際、発表が終わった後、知り合いの精神科医がやってきて、「あんたの話に誰も興味がない!」と宣言されて、びっくりした記憶がある。曰く、「大学の医局は生物学的精神医学一色なのだから、きみのような心理社会的な話は受けるはずがない。事実、この会場は小規模だし、来ているのはマイノリティだけだ!」と。

今から思えば実に失礼なことを言われたのだが、その時は割とおちこんだ。でも、僕は一回だけだったけど、伊藤さんはそういう環境に10年も!いたのである。生物学的医学は数値化出来るエビデンスが絶対のハード・サイエンスである。一方、住民の反発や感情にはエビデンスがないと一蹴されやすい。そういう環境の中で、ハード・サイエンスと地域住民の間には媒介子として入る(=社会のオペレーターとしての)社会学者の位置づけを、伊藤さんは見いだした。それが「住民の不安や疑念を無知によるものとして片付け、専門知を『厳然たる事実』として押しつけるのではなく、住民からの不安や疑念に基づき、『議論を呼ぶ事実』として、再編がもたらす健康上の効果と影響を可視的なデータとして示すこと」であり、それを可能にしたのが、アクターネットワーク理論だった。だからこそ、医療社会学や科学社会学を自家薬籠中のものとして、「移動する地域社会学」をさらに彫琢させていったのが、この伊藤さんの大著だと、あとがきを読みながら、しみじみ感動していた。

僕が心を動かされる本は、卓越な情報処理が網羅的になされている・理論分析が鮮やかなだけの本「ではない」。情報処理や理論分析の背後に、著者の実存が乗っかっている時、深い余韻や感動が残る。この本も、間違いなくそういう余韻や感動を与えてくれた一冊だった。

思考や意思への固着を手放せるか

依存症の本はこれまで色々読み囓ってきた。でも、赤坂真理さんの『安全に狂う方法 アディクションから掴みとったこと』(医学書院)は、類書にはない読書体験だった。「人を殺すか自殺するしかないと思った」作家が、その根源を辿った時に出会ったのがアディクションという概念だった。そして、実際に依存症経験者と出会い、共にパフォーミングアーツで踊る中で、危険な狂い方「以外の何か」をつかみ取っていく。それを、作家の内的現実と重ね合わせながらノンフィクションで描いていく。そんな「物語」である。

物語を表層的な論理で「解釈」するのは野暮なので、ぼく自身が何をどのようにこの本から感じたのか、受け取ったのかを言葉にしてみたい。

「アディクションとは、『強度のとらわれ』である。あることについて考えることが一日の大半を占めてしまい、必要なことまでを圧迫する。しかもその状態から、努力で離れることができない。」(p45)

この表記を読んで、「強度のとらわれ」であれば、お酒やギャンブル、違法薬物、恋愛といった「よくあるアディクションの対象」以外のこともありうる、と思った。お金、名声、権力、支配欲、学歴、社会的地位、「いい人」・・・こういったものに「強度のとらわれ」を持つ人は、この社会には沢山いる。ただ、依存症の対象として認識されるのは、「強度のとらわれ」により、社会生活が不適合に状態になったり、社会規範から極度に逸脱したと評価されるから、である。一方、「強度のとらわれ」の対象が、社会的に称揚・容認されるものであれば、アディクションとはそもそも呼ばれない。起きてる時間ずっとモニターに齧り付いて株やFX投資をして巨額の富を得るとか、寝ても覚めても組織内の権力闘争に勝つことばかり考えているとか、他者を蹴落としてでも営業成績一位になることに執着しているとか、だって「強度のとらわれ」にもかかわらず・・・。

「アディクションが『自分の全てでないペルソナ(仮の姿)が自分のようになってしまう』主客転倒から起きるとしたら、生きづらさというものの一大原因はそこにあると私は思う。なぜそうなったか。『愛されなかったから』ではないだろうか。愛されたかったから、自分を曲げた。自分を曲げてでも、愛されたかった。愛される一側面に特化するようにがんばった。」(p50)

この本の主人公の1人である、アディクション経験者の倉田めばさんは、青年期まで「勉強ロボ」だった。親の期待に必死に答えるために、優等生をしてきた。でも、それでぶち切れて、薬物に依存するようになった。親が勉強している時しか愛してくれない、という条件付きの愛情に、反抗した。「愛されなかった」ことから、薬物に固着するようになった。

逆に言えば、「愛されなかった」心の空虚さを満たすために、薬物ではなく、お金、名声、権力、支配欲、学歴、社会的地位、「いい人」・・・に固着していたら、彼はアディクトとは呼ばれなかっただろう。でも、社会的に好ましい何かを獲得しても、にも関わらず心が空虚な人は沢山いる。「愛されなかった」ことの代償行為として、外形的評価に固着しても、基盤としての「愛されたい」が満たされたり成就・昇華・成仏されないと、いつまでも強欲的に自分の固着対象を追い求める。それはアルノ・グリューンがかつて喝破した『「正常さ」という病』そのものである。

僕は倉田めばさんに、20年以上前に、一度だけ授業でお話を伺ったことがある。その時の資料に強烈なインパクトを受け、依存症や生きづらさの問題を考える時には、ずっと折に触れ、思い出している。

・母はよく私に言った「薬さえ使わなければいい子なのに」私は思った(いい子の振りをするのが疲れるから薬を使っているのに・・・・・)
・警察や診察室、家族の前では私はいつも言わされた「もう二度と使いません、やめます」その度に私は私を見つめるチャンスを失っていった。
・私にとって薬物とは言葉であった。ダルクのミーティングは本来の言葉を取り戻す作業である。自分の言葉を取り戻したときに、薬物が不必要になってくる。
「拾い集めた言葉たち」

「いい子の振りをするのが疲れるから薬を使っているのに」というのは、その時にはなぜだか理解出来なかったけど、鮮烈なメッセージとして僕は受け止めた。それまで、「ダメ、ゼッタイ!」を鵜呑みして、薬物依存する奴は「ダメな奴」だと僕は思い込んでいた。でも、親や社会から求められた「いい子」という正常さの規範なら、僕だって内面化している。その「いい子」の呪縛性に疲れ果てて、「薬を使っている」。それなら、僕だって「わかりうる」「ありうる」話かも知れない、と。それは僕の社会規範の前提をグラグラ揺らす何かだった(その時にはここまで言語化出来なかったが)。

親に愛されたいけど、「いい子の振りをするのが疲れ」てしまった。でも、「自分を曲げてでも、愛されたかった」。これ自体が葛藤の最大化である。「愛される一側面に特化するようにがんばった」のに、親はそのことを評価せず、社会規範にしがみついて断罪し、「もう二度と使いません、やめます」と言わされた。そのことによって、倉田さんはどんどん壊れていく。「自分の全てでないペルソナ(仮の姿)が自分のようになってしまう」主客転倒が加速していく。すると「私は私を見つめるチャンス」を見失ってしまう。だからこそ、倉田めばさんにとって、「薬物とは言葉であった」のだ。

「親が悪いと言いたいのではない。この親も特定の価値観への固着度合いが病の域に達していて、他のものが見えないだけだ。しかもその固着対象は『普通』であり、悪くは見えないからこそ、このアディクションはむずかしい。その社会の規範として何が優勢であるかにもかかわる問題である。」(p191)

「薬さえ使わなければいい子なのに」と母が言うとき、その母自体も「特定の価値観への固着度合いが病の行きに達していて、他のものが見えないだけ」なのかもしれない。でも、本人はそんなことを全く思ってはいない。なぜならば、「いい子」という「固着対象は『普通』であり、悪くは見えないから」。先に挙げたお金、名声、権力、支配欲、学歴、社会的地位、「いい人」・・・は「社会の規範として」「優勢」であるからこそ、そこに依存=アディクトすることは、問題とされない。「特定の価値観への固着度合いが病の域に達していて、他のものが見えない」状態であっても、薬物依存のめばあさんは糾弾され、「いい子」に固着する親は誰からも批判されない安全圏にいるのだ。

恐るべき非対称性である。

めばさんは本書の中で、こんな風にも語っている。

「アディクションとは最初の傷に対する二次障害である
言葉にできない傷がそこにあると指し示す行為である
苦しさに対するセルフ緩和ケアである
寄りかかるものが何もないときに、寄りかかることができる架空の壁である
一人の自分がもっとも一人になることによって寂しさを忘れる手段である」(p157)

「いい子の振りをするのが疲れるから薬を使っているのに」という時、まずいい子でいなさい、と親が子どもを縛ることによって、つまりは親による子どもの「モノ」化や支配(=特定の価値観への固着度合いが病の域に達すること)によって、めばさんは最初に深く傷つけられた。そして、その「傷に対する二次障害」として薬物への『強度のとらわれ』=「二次障害」に陥る。傷から逃れるための「セルフ緩和ケア」であり「架空の壁」であり、「寂しさを忘れる手段」なのだが、そのことによって、さらに追い詰められる。本当は「傷つけないで」「他者評価をせずに自分を見て、愛して」が根本にあるはずだ。でも、その根本の部分が満たされなかったからこそ、の代替言語=セルフ緩和ケア、としてのアディクションをも、「薬さえ使わなければいい子なのに」と批判される。「いい子を期待されなかったら、自分は薬を使わなかったのに」と言えない子どもは、ますますアディクションにはまり込む。そういう悪循環構造の高速度回転を見て取った。

では、この悪循環の高速度回転から、どうやって抜け出せるのだろうか。

「『問題は、それを作ったときと同じ思考では解決できない。We cannot solve our problems with the same thinking we used when created them.』
これはアインシュタインの言葉である。同じ思考に固着してしまうことそのものがアディクションなら、アディクションを思考や意思で解決することの不可能性はよりはっきりする。同じ思考(行動も元は思考である)に固着して、身動きがとれない、しかも本人の努力やコントロールでそこから離れることができない。それがアディクションなのだから。
AAがアディクションに対し無力であると認め、自分を越えた力、ハイヤーパワーに委ねるのは、自我の限界を認めることかもしれない。それは近代以降の人間にとって脅威かもしれないが、もともとその自我に合わせて自分を制限してきたことが、生きづらさだったのかもしれない。」p232

僕はブログで他者の文章を抜き書きするのが好きだ。それは、テキストを読んでいるときには気づかなかった筆者の論理を、文字通り書き写すことで追体験する、というか、筆者のロジックをじっくり追うことが出来るからである。そして書き写すうちに、元々書き写したいなと思った箇所とは別の部分で、意外な発見があったり、こういうロジックだったのか、とびっくりすることがある。今回で言うなら、最初読み進めたとき、アインシュタインのロジックに基づき、「アディクションを思考や意思で解決することの不可能性」を整理した部分に、深くなるほど!と頷いていた。だからこそ、ハイヤーパワーという言葉が出てくるのですね、と。

でも、今回抜き書きする中で、一番気になったのは、最後の部分である。

「それ(=自分を越えた力、ハイヤーパワーに身を委ねること)は近代以降の人間にとって脅威かもしれないが、もともとその自我に合わせて自分を制限してきたことが、生きづらさだったのかもしれない。」

「自我に合わせて自分を制限してきたことが、生きづらさだったのかもしれない」というのは、書いていてそうだよなぁ、と深く感じた。いま、小二の娘は、学校の宿題で本当に大変そうである。それは、人類学者のジェームス・スコットのアイデアを借りるなら、野生の秩序(vernacular order)で生きてきた娘が、小学校空間において圧倒的な公的秩序(official order)と向き合うことによるしんどさ、なのかもしれない。そして、それは「自我に合わせて自分を制限」するしんどさかもしれない、と補助線を引くと、僕にとっては自分事としてよくわかるのだ。

デカルト以後の西洋近代社会は、「野生の秩序(vernacular order)」という「自然」をコントロールし、手懐け、自家薬籠中のものにすることによって、文明を進化させていった。天気予報やダムによる治水、プランテーション栽培などを通じて、荒ぶる神というか人間を翻弄する自然を人間が支配できる部分が格段に増えていった。そのようなテクノロジーは、やがて人間のマインドそのものも支配するようになる。野生の秩序なんて未開人・子どもの愚かな思考だ、と。ちゃんとした大人なら、公的秩序にしっかり従う「よい子」でいなさい、と。

でも、他ならぬ自分を、頭の中で考えた論理性という自我=「公的秩序(official order)」に縮減すると、そこから漏れ出てしまう部分がある。それをなかったことにするのか、そのものとして大切にするのか。多くの人は「なかったことにする」のを必死になって選び、「社会化」する。でも、それは自分の魂の一部を切り取る・縮減するものであり、痛みを伴う。それが「生きづらさ」と通底するなら、「論理の病」が「生きづらさ」なのかもしれない。中学生の約5人に1人が「不登校」または「不登校傾向」にあるという記事を目にすると、この昭和時代に構築された「頭の中で考えた論理性という自我=公的秩序(official order)」がそもそも限界を超えているのではないか、とすら思う。

だからこそ、「自我の限界」の外に出る必要があるのだ。AAに代表されるセルフヘルプグループでは、言いっぱなし・聞きっぱなしのミーティングの場が大切にされるが、それは論理による説得、あるいは思考や意思への固着を手放す一つの形態なのかもしれない。でも、それ以外のルートもある。それは古来からの儀礼的儀式の中に、踊りや祭礼、歌や声明、パフォーマンスとして、受け継がれていた。そして赤坂真理さん倉田めばさんは、「自我の限界」を越えるパフォーマンスとして踊る中で、ハイヤーパワーにアクセスしていく。それは「大いなる流れ」に身を委ねるような経験だったのだろうな、と読み手の僕は感じる。昔、未来語りのダイアローグを自分でやってみたときに、まさに大きな流れに導かれるように、対話空間が場や人を動かしていったように。

表題にある「安全に狂う方法」とは、自我に支配されない舞台空間において、自我境界を越えてパフォーマンスを「生きる」ことによって、「野生の秩序」を取り入れ、取り戻し、それによって思考や意思への固着を手放すプロセスなのだと、僕は受け取った。

本の紹介というより、この本を読んで僕が受け取った(誤読した!?)ものを言語化してみた。読みやすくて、すごく深い部分が動かされる本なので、良かったら一度読んでみてほしい。

「ダメなあいつ」は絶対ダメ!

勅使河原真衣さんの『働くということ—「能力主義」を超えて』(集英社新書)を読む。前著『「能力」の生きづらさをほぐす』は子どもたちへのバトンという形態を取りながら、ご自身の実存的苦悩も最終章に織り込んだ作品だったが(そのことはブログにも書いた)、今回はコンサルタントとして向き合ってきた組織開発の話をガッツリ書いておられる。その中で、ほぉと思ったことがあった。

「『使いやすい』『部内の雰囲気』『いい人』『ややこしい奴ら』・・・など、すべてそうなのです。誰から見た、何の話なのでしょう。職場においてこれらの『評価』を下す組織の構造を、対話や観察の時間をいただき、つぶさに調べていきます。ある組織の現状のダイナミクス(力学)を明示した上で、これから組織が達成したい・すべきことに合わせて、変えるべき点はどこか? 改革するためには現状の組織力学のうちどの点をいじるとよさそうか? を示し、ディスカッションを深めていくのです。
話者が解釈や意図を持って使っている表現を、問いを通じて手繰り寄せ、話者が見ている世界観を理解した上で、解釈の溝を埋めていく・・・」(p99-100)

この表現を読みながら、これって僕がしていることとも近いな、と感じていた。

ぼく自身、たまに色々な人や組織から相談案件が持ち込まれる。その際、相談する側も、なぜどのように僕に相談していいのかわかからない、という、非定型な相談ばかりが、僕のところに持ち込まれる。相手もよくわかっていないのだから、僕も解決策なんて知るよしもない。だからこそ、僕に出来ることは、勅使河原さんが言語化してくださっているように、「話者が解釈や意図を持って使っている表現を、問いを通じて手繰り寄せ、話者が見ている世界観を理解」することだけ、なのだ。ただそれをしているうちに、おぼろげながら、「ある組織の現状のダイナミクス(力学)」が見えてくる。すると、「これから組織が達成したい・すべきことに合わせて、変えるべき点はどこか? 改革するためには現状の組織力学のうちどの点をいじるとよさそうか?」という問いも自ずと生まれてくる。

例えば社協職員が動かない、という主訴で来談された市役所職員の方に、よくよく話を聞いていくと、市と社協の上下関係の構造的矛盾に話が転化したこともある。あるいは、部下が思うように働かないという所長の話を聞いているうちに、その機関で「すべきこと」と、職員達が「したいこと」にズレが生じていることが見えてくることもある。「何を問題だと当人が『語っている』のか?」(p98)に耳を傾けながら、ご本人の世界観と解釈している組織のダイナミズムのズレのようなものを探しだし、そこからどう介入していくのかを探ろうとしている。

それを無意識・無自覚にやっていたので、彼女によって言語化されると、「ああ、そういうことだったのか」と深く納得する。

そしてこの本の肝だと僕が感じるのは、以下の部分だ。

「次第に、その所長は『優秀』な奴を『選ぶ』、できる奴だけ育てる、というような感覚から、自分のモードを『選ぶ』ことで、どんなメンバーも活躍させることができることを体得しました。」(p171)
「ダメなあいつをどうしようか?という問いは、俺がどう采配するか?に変える事で初めて問題解決へのスタートラインに立てる、と」(p181)

「あいつはダメだ」とジャッジする際、無意識で無自覚な前提として、「おれはイケている・大丈夫だ」という価値前提がある。平たく言えば、You are worng!と言う当の主体はI am right.を当然の価値前提にしているのだ。そして、「自分は正しい、お前は間違いだ!」と言われた方は、非常に不快な気分になるし、その人の発言は、例え上司や査定者であっても、聞きたくない。だからこそ、うまくかみあわない。

これは僕の慣れ親しんだ領域で言えば、支援者と対象者、先生と生徒、多機関連携なんかでもしばしば聞かれる現象である。支援者や先生が、対象者や生徒の「問題行動」を指摘する際、対象者個人が「問題がある」と無意識に認識している。でも、家族療法で言われているように、人と問題は分けて考える必要があるし、人から問題を離す(問題の外在化をする)必要がある。その人そのものが問題なのではない。そうではなくて、その人が問題とされる言動をしているのは、どのような背景や構造があるのか、を探っていく必要があるのだ。「ダメなあいつをどうしようか?」という視点では、いつまでもダメなままなのだ。

その際、支援する・選ぶ・教える側(する側)が、「自分のモードを『選ぶ』」ことが本質的に大切だ、と勅使河原さんは指摘する。「ダメなあいつをどうしようか?」という問いを抱えている間は、相手の問題点ばかりが目につく。だが、当の相手は、自分が攻撃されていると思うと、防御に回り、うまくいかない。その際、「ダメなあいつ」とダメとあいつを同一視することをやめ、あいつがダメな状況にいるのはなぜか、どのようなプロセスでダメな状況に陥っているうのか、その状況を変えるために、「俺がどう采配するか?」と問いを変えることによって、状況は動き出すという。

相手が「ダメな状況」に陥っているのを私がわかっている(=俯瞰的に見れている)のに、その「ダメな状況」を「ダメな奴だ」と批判しているだけでは、支援する・選ぶ・教える側(する側)としての「仕事をしていない」ことになる。そうではなくて、「ダメな状況」からどうすれば脱することが出来るのか、その人がより良いパフォーマンスをするために、どのように環境設定を変えればよいのか、と問いを変え、そのために、する側がもっている裁量権や采配を活用して、文脈を変える支援が出来るか、が、他ならぬ「する側」にこそ、問われているのである。

そして、そういう視点は、教育でも必要不可欠だ、と勅使河原さんは述べる。

「どの子もその子の合理性のもと、ある種の生存戦略を持って、生活しているわけですから、そうした本人からのアウトプットを何はともあれ一旦引き出すことこそ、いの一番で行うべきことではないでしょうか。相手の口を塞がないこと—これが、以外に思う方もいるでしょうが、社会構成員を要請すると謳う者(=教育)が担うべき基本所作であると思うのです。」(p214)
「『行儀が悪い子』『言うことを聞かない子』など、個人に評価を下すのは容易ですが、その人の在り方は、環境に大きく左右されています。環境に対するある種の合理性が必ずあると言い換えることもできる。『コラ!』の前に、『左手さぁ、どうかした?』と一言尋ねることができたらどんなにいいことか。それも鬼の形相で、はなく。『働くということ』の大大大大大前提について、そんなことも思います。」(p215)

支援する・選ぶ・教える側(する側)が、「やってはいけない・許されない」と認識している何かを、支援される・選ばれる・教えられる側(される側)がしている。その時に、問答無用に注意・叱責することを、する側はしがちである。でも、それは一番してはいけないことだ、と勅使河原さんは言う。なぜなら、それは「相手の口を塞」ぐことになるから。そして相手の口を塞ぐことは、する側とされる側が非対称性になり、する側がされる側を一方的に支配する権力関係になるから、である。

「やってはいけないこと(許されないこと)」を叱らないのは、甘やかしているのではないか?

真面目な「する側」の人は、そう感じるかも知れない。勅使河原さんも、甘やかしていい、などとは言ってはいない。そうではなくて、「問題行動」であったとしても、「その子の合理性のもと、ある種の生存戦略を持って、生活しているわけですから、そうした本人からのアウトプットを何はともあれ一旦引き出すこと」が大切なのだ。『行儀が悪い子』『言うことを聞かない子』と「する側」が査定や批判をする前に、本人の言動の背景にある「環境に対するある種の合理性」を理解する為にも、「『コラ!』の前に、『左手さぁ、どうかした?』と一言尋ねること」が根本的に必要なのだ。

そして、これはインクルーシブ教育を進めた大空小学校の初代校長の木村泰子先生の箴言とも一致する。

「お母さんが子育てで困ったら、次の三つの言葉を子どもに尋ねてみて。
『大丈夫?』
『何に困っている?』
『私にできること、ある?』」

「する側」が「される側」の「困った現象」に出会った時に、「相手の口を塞がない」ために、必要な三段階が書かれている。まずは、叱責する前に「大丈夫?」と本人のことを気にしていることを伝える。その上で、「何に困っている?」と本人がどのような理由でそのような現象をしているのかの理由や合理性を伺う。そして情報を集めた上で、「私にできること、ある?」と「する側」が具体的に協力できそうなポイントを探るのである。それこそが、「「ダメなあいつをどうしようか?という問いは、俺がどう采配するか?に変える事で初めて問題解決へのスタートラインに立てる」という勅使河原さんの指摘の本質的な意味でもある。

この本は、能力主義に根本的な問いを挟んでいるが、「働く」現場で、それ以外の価値をどう見いだしたら良いのか。

「『競争』が必要な構造があったから、人は足を引っ張り合ってしまう。他方でここには、そんなことをするインセンティブすらないわけです。やるべきことは、周りを蹴落として上に行くことではなくて、『自分はこういう思いで、こういうタスクを抱えている。ここまではやれているけど、あとこの部分についてインプットが欲しい』とかって、プロアクティブ(前のめり)に求め合うこと。個人の『有能さ』を追い求めると、周りに『助けてー』とか、『知恵を貸してー」と言うのって気が引けますが、この組織体制のもとでは全然苦しいことじゃない。ひとたび自分の中の仕事観が変わって、選ぶべきは自己のモードなんだな、って腹落ちして初めて、仕事が楽しくなりました。」(p193-194)

会社内や学校内という狭いコミュニティの中で競争が必然とされると、足の引っ張り合いやいじめなどが起こりやすい。それは、個人の問題ではなく、個々人を能力に急き立てるインセンティブを持ち込んだ組織構造の問題なのである。だからこそ、組織自体が、そのような構造化から距離を取ることができるか、が問われている。「個人の『有能さ』を追い求める」と「周りを蹴落として上に行くこと」が横行し、組織内での連携や協働はうまくいかない。であれば、「周りに『助けてー』とか、『知恵を貸してー」と言うのって気が引けますが、この組織体制のもとでは全然苦しいことじゃない」という組織風土をどう作れるか。「プロアクティブ(前のめり)に求め合うこと」こそ重要だ、と組織が所属する個人にどのように要請できるか。それが、問われているように思う。

そういう形で組織変容をしていくなかで、「ひとたび自分の中の仕事観が変わって、選ぶべきは自己のモードなんだな、って腹落ちして初めて、仕事が楽しくなりました」と個人の変容が実現されるのだ。つまり、「ダメなあいつをどうしようか?」という蹴落としモードの問いを「する側」は封印して、「俺がどう采配するか?」と「選ぶべきは自己のモードなんだな」と「する側」が気づき、組織風土を変えて行く。これが、「される側」のパフォーマンスの最大化にとって、結果的には鍵になるのだ。

他人を変える前に、己自身の足元を見つめ直し、まず自分が変わる。

「他人と過去は変えられない。変えられるのは自分の未来だけ」

この言葉を具体的に組織開発の言語で整理して下さった名著だった。

難民・移民問題と精神病院の共通点

子どもが産まれて以後、出張を減らしたこともあり、家から参加出来るZoom読書会を色んなオモロイ人としている。すると、たまに僕が全く知らないジャンルの著者の本が提示される。おっかなびっくり読んでみると、めちゃくちゃ面白くてびっくりすることがある。今回ご紹介する北川眞也さんの『アンチ・ジオポリティクス—資本と国家に抗う移動の地理学』(青土社)もそうだった。批判的地理学の世界も知らないし、対象となっている難民やロジスティクスの問題も囓ったことがない。でも、読み始めたら、僕の知っている世界と通底していた。

「収容所は、過去でも現在でも、権力の地図学的合理性と政治的理性の矛盾が生じるとき、つまり『国家が空間的に人びとをどう資格づけたらよいかわからないが、その移動性を統治し、かれらの適切な『場所』を定める必要があるときはいつでも現れ出る暴力的な政治的テクノロジーとして扱われるべきだろう』」(p242)

これはヨーロッパのユダヤ人や難民の収容所を念頭に置いて書かれた文章である。でも、日本の精神病院や入所施設にも、そっくりそのまま当てはまる。障害が「重度」とされ、支援を受けなければ「標準的な暮らし」がしにくいと国家にラベルを貼られた人たち。それは「国家が空間的に人びとをどう資格づけたらよいかわからないが、その移動性を統治し、かれらの適切な『場所』を定める必要があるとき」として国家に問われる問題である。そういう人びとも「国民」として遇する必要があることは、「政治的理性」としては理解している。でも、「標準的な暮らし」にはなじまないから、排除したいという矛盾が生じたとき、「山奥の、人里離れた場所に入所施設や精神病院を建てたら良い」という「地図学的合理性」が働く。実際、虐待問題を起こした神出病院は、神戸市の外れに位置づけられていて、周囲に障害者施設なども建っている。障害者虐殺事件が起こった津久井やまゆり園も相模湖近くの山の中だった。離島や山奥にあるハンセン病施設も全く同じ論である。そういう形で、排除したい人びとを国家は「暴力的な政治的テクノロジー」として「目につかない場所」に追いやり、分断統治するのである。

そのような収容所においては、虐待ではなく「歓待」が行われても、その構造的な問題は変わらない、という。難民を人道的に保護していたレジーナ・パチスの例を引いて、こんな風に北川さんは整理する。

「レジーナ・パチスへ歓待し、無償で食事や医療などのサービスを提供する人びと、いや何よりロゼルト神父が、『客人』に対して主権者のごとく君臨することになると言える。レジーナ・パチスが仮に『五つ星のホテル』だっとしても、内部では『主権者』としての神父の道徳、さらには気分を含めた決定が圧倒的な力を有することには変わりはない。レジーナ・パチスの『客人』にとっては、神父に気に入られるのか、嫌われるのかといった私的なことが人生の重大問題となり、かれらは『歓待』空間のなかで感情労働に従事することを強いられる。『私はロゼルト神父に不快な思いをさせたくない』というのが、拘禁された移民たちがもっとも頻繁に語るフレーズだった。」(p204-205)

残念ながらこの描写には馴染みがある。精神病院や入所施設、あるいは最近ではグループホームでも、虐待が相次いでいる。そういう施設においては、善意に基づく支援者が、いつの間にか「主権者」となる。そして、「歓待」は簡単に「支配」にすり替わる。そして、絶対的権力を持った支配者は腐敗していく。その後ロゼルト神父は、このレジーナから逃亡を試みた「客人」への虐待容疑で逮捕された。これは『権利擁護が支援を変える』とか『「当たり前」をひっくり返す』で議論してきた、福祉の構造的宿痾の問題と同じである。善意の支援者が圧倒的権力虐待をするようになる、という部分も含めて、権力勾配が激しい環境において、第三者の監視が入らない密室では、このようなことが普遍的に起こり続けるのである。

この慣れ親しんだ世界に通底する収容所問題について分析した第一部、第二部もめちゃくちゃ面白かったのだが、第三部「ロジスティクスとインフラによる戦争」は、全く知らない領域で、そういう風に捉えることが出来るのか、という学びが満載であった。

これを象徴するのが、「ジャストインタイムで、その地点まで(just in time, to the point)』(p252)というフレーズである。「Amazon当日お届け便」なんて、まさにその局地であり、僕もついつい使ってしまうフレーズは、まさにロジスティクスとインフラ整備の成果である。ただ、それによって、沢山のものが破壊され、我々が奴隷的消費者になっている。その極北の世界が、世界最大の虐殺が行われているガザ地区である。

「目的は、ガザ住民の抵抗や叛乱、独立の意思を粉砕するために、『ガザの人口全体を物理的生存の最低限度に近いところに置いたままにする』ことなのだ。実際、2008年から、イスラエル国防省は、ガザのパレスチナ人を餓死させたり、栄養失調を強いたりせず、最低限の生の水準に置くには、どれくらいのカロリーが必要となるのか計算していた。『人道的最小値』として、一日平均2279カロリーとされ、それがガザへの入場を許可されるトラックの数—週五日、106台のトラック、うち77台は食料—に翻訳されるというわけである。だが実際には、このレッドラインを下回る物資の輸送しか許可されてこなかったという。」(p291)

「餓死させたり、栄養失調を強いたりせず、最低限の生の水準」というのは、以前のブログで書いた、「犠牲化不可能であるにもかかわらず殺害可能である生」としてのホモ・サケルそのものである。そして、精神病院は、一つの収容所だが、ガザ地区は封鎖された一つの地域である。そのエリアすべての計算可能なものとして把握し、『人道的最小値』をトラックの台数に「翻訳」して、それだけを「ジャストインタイムで、その地点まで(just in time, to the point)』として送り届ける。そういうロジスティクスやインフラを、イスラエルはガザ地区に仕込んできた。今の虐殺はハマスへの報復云々ではなく、以前から周到に練られてきた構図がある、と北川さんは指摘しているのである。

そのようなロジスティクスとインフラ管理による支配は、日本における技能実習制度においても用いられている。

「技能実習制度という労働レジームが、暴力的なカプセル化を構造的に生み出しており、それがさらなる暴力的な管理を構造的に生み出しているのは確かである。パスポートや銀行通帳の没収をはじめ、携帯電話の使用禁止、寮に数多く詰め込まれる実習生、不衛生で汚い寮、WiFiのない環境、致死的な長時間労働、低賃金、賃金未払い、いじめ、性暴力、殴打、恐喝、負傷、死亡。実習生から何かしら異議申し立てがあれば、管理団体は強制帰国で解決を図ろうとする。多額の借金を抱えて来ている実習生にとって、強制帰国は極めて恐ろしいものだという。雇用主側からの性暴力の場合では、出身国の家父長制的規範のため、被害者が容易には表沙汰にできないこともある。この意味でも、労働移植はカプセル化した隔離的空間をつくりだしている。」(p393)

技能実習生のこのような「カプセル化した隔離的空間」を読んでいても、残念ながら精神病院で見た現実と通底している。神出病院で起きた虐待事件に関しての第三者委員会報告書を読んでいても、真冬でも暖房がつかない病棟という劣悪な環境や、そこでの患者の虐待構造、また患者の退院可能性のなさなどが克明に報告されている。私が昔フィールドワークで出会った精神障害の当事者は、病院内での性暴力があったが、「妄想ではないか?」取り合ってもらえなかった、と話していた。こういう「暴力的なカプセル化」は「一級市民」として承認されない人びとには、残念ながら、ずっと行われてきたやり方であった、と本書を読んで改め感じた。

もう一点、紹介しておきたい部分がある。

「『犠牲者』『犠牲者女性』について、受け入れ社会の特定のイメージやステレオタイプを強いることであり、拒否すれば、強制送還されうるという主権的な関係である。裏を返せば、女性達はこの『犠牲者』像に合わせ、みなが同情するような振る舞いを続けるように迫られる。(略)こうした女性をはじめとする難民たちは、西洋的な難民像、いわばキリスト教的図像学に由来するとされる人間の『苦難』、『貧窮』、『トラウマ』、『深刻さ』を抱えているように振る舞わなければならないのだという。」(p232-233)

このフレーズから、ヴォルフェンスベルガーによる「ノーマライゼーションの改竄」を思い出していた。(これは『「当たり前」をひっくり返す』の6章で取り上げている)

アメリカ人で知的障害者のことを研究していた学者であるヴォルフェンスベルガーは、1960年代、先進地のスウェーデンに訪問して、ノーマライゼーションの育ての父、ニィリエと出会った。その際、ダンスパーティーで出会った女の子について、こんなエピソードを残している。

「ヴォルフは部屋の隅に立って、皆のダンスを見ていた。ちょうど、誰かのお誕生日祝いの会が開かれていたからだ。しばらくして、彼は考え考え私に尋ねた。『あの女の子だけど、ダンスをしませんかって誘ってきたから、一緒に踊ったんだ。あの子は・・・なの?』 この女の子は少し英語ができたので、ヴォルフには、この子が少し英語のできる普通のスウェーデン人の女の子なのか、それとも知的障害がある女の子で、英語を習った子なのかわからなかったのだ。そこで私は彼に、あの女の子は確かに知的障害のある子だと保証した。ヴォルフには、この女の子が知的障害者でなく普通の女の子として“合格者”と見えたのだった。この女の子は社会的に価値ある役割を得ていたということだったのだ。」(ベンクト・ニィリエ『再考・ノ-マライゼ-ションの原理: その広がりと現代的意義』現代書館、p92)

スウェーデン人のニィリエは、知的障害のある人にも、その社会の通常の(ノーマルな)生活様式を提供する必要がある、という意味で、ノーマライゼーションの原理を提唱した。一方、アメリカ人のヴォルフェンスベルガーにとっては、知的障害のある人が「この女の子が知的障害者でなく普通の女の子として“合格者”と見えた」ことこそ価値がある、と捉えた。それは、「この女の子は社会的に価値ある役割を得ていた」という評価である。それは、社会的な権力を持つ側が、合格か不合格かを選別できる、という視点である。

これはまさに北川さんの指摘する、「受け入れ社会の特定のイメージやステレオタイプを強いることであり、拒否すれば、強制送還されうるという主権的な関係」そのものである。難民として受け入れられるためには、「西洋的な難民像、いわばキリスト教的図像学に由来するとされる人間の『苦難』、『貧窮』、『トラウマ』、『深刻さ』を抱えているように振る舞わなければならない」。それは、「この女の子が知的障害者でなく普通の女の子として“合格者”と見えた」というのと、構造的類同性を持つ。つまり、権力を保持する側が、マイノリティに対して、支援を受けるからには許容される振る舞いをすべきだ、と、内面まで支配しようとしていること、そのものなのである。

その上で、それらの抑圧者に対する抵抗運動として、オペライズモ(サボりやストライキ)やスクウォッティング(空き家占拠)などのアクションが提起されている。これが、精神障害者支援の領域でどんな風に言えるのか、まではまだ自分の頭で整理できていない。でも、様々な抑圧と抵抗に共通するフレームワークを考える上で、本書の洞察はめちゃくちゃ学びが大きかった。

追記:精神医療の領域でオペライズモやスクウォッティングに近い事って何だろう、とボンヤリ考えていたら、オペライズモの源流イタリアで、同時代で精神病院をぶっ潰したフランコ・バザーリアの以下の発言を思い出していた。

「あらゆる医学的知識の内容は病人を管理し抑圧するためにある、ということを認めなければなりません。病人は主体として治療を受けるのではなく、病人が生産の歯車のなかに戻 れるように、治療は行われます。私たちが精神病の問題に向き合うためには、精神医学の知識、精神分析、薬物療法、 電気ショック、インスリン療法、脳外科といった、医師たちが利用してきたすべての方法と手段を議論の対象にしなくてはなりません。」(フランコ・バザーリア『バザーリア講演録 自由こそ治療だ!』岩波書店、p133)

精神障害者の就労支援で最大の矛盾。それは、精神障害者が病気になるのは、生産性至上主義の社会で、歯車の一つとして必死になってズタボロまで働いて、その帰結として精神疾患になった当事者が、「社会復帰」の目標を、フルタイム労働者にする、という矛盾である。自分が病気になった原因である「生産の歯車」に戻りたいという「強迫観念」。ここからどう自由になれるか、が、ほんまもんの治療やリカバリーとして問われている。

そのとき、映画「人生ここにあり」に描かれたイタリアの社会的協同組合とか、あるいは不登校やひきこもり経験のある当事者が、対等な関係性を仕事の場で求めた結果作り上げた労働者協同組合440hzとか、そういう協働労働的な何か、が、「生産の歯車」に戻らないための抵抗のありようとして考えられるのではないか、と付記しておく。

ケア的な土着思考

友人の青木真兵さんから『武器としての土着思考』(東洋経済新報社)をお送り頂く。「土着とは、自分にとっての『ちょうどよい』を見つけ、身につけること」(p20)と定義づけているように、この本の原稿を書きながら、真兵さん自体が、「自分にとっての『ちょうどよい』を見つけ、身につけ」ようとしていて、すごくよい。しかも今回は版元が経済系出版社ということもあり、資本主義とガッツリ向き合うプロセスを通じて、「自分にとっての『ちょうどよい』を見つけ」ようとしているのが、面白い。

「近代化によって人びとは『しがらみ』から解き放たれ、個人個人が己の責任において人生を選択できるようになりました。ただ、『しがらみ』からは自由になりましたが、その自由は商品の中から選ぶ自由だったということです。僕が目指す『地に足をつける』とは、『自らの生』を商品からも商品以外からも自由に選ぶことができるようになることを意味します。そのためにはまず、商品以外という選択肢が存在することを知る必要があります。これが現代社会における外部への『出口の入り口』です。」(p31)

多くの人がお金持ちになりたがるのは、経済的自由を手に入れるためである。これは、「商品の中から選ぶ自由」である。そして、お金持ちになれるのは人口の1%以下であり、その他の99%はそれに憧れる。これが資本主義の論理である。でも、真兵さんはその枠組みそのものを問うている。「商品の中から選ぶ自由」だけが自由ですか?と。それ以外の選択肢も用意して、「『自らの生』を商品からも商品以外からも自由に選ぶことができるようになること」の方が、現実的ではありませんか?と。そして、「商品以外という選択肢が存在することを知る」ことこそ、『地に足をつける』ことではありませんか?と。資本主義の「外部への『出口の入り口』」を探すこと。それが「「自分にとっての『ちょうどよい』を見つけ、身につけ」る土着思考である、と喝破している。

でも、自由=「商品の中から選ぶ自由」と意識すらしたことが無かった人にとっては、「外部への『出口の入り口』」なんて言われても当惑してしまう。だからこそ、彼は丁寧にその入り口の見つけ方も教えてくれている。

「実体経済、現実、ローカル、アナログが『地に足をつけること』で、金融経済、仮想、グローバル、デジタルが『飛び立つこと』を意味するわけではありません。僕の言う土着することは、その状況に応じて適した手段を選べることを意味します。だから、例えば山村で狩猟採集と炭焼を中心とした自給自足の生活を行い、インターネットや携帯電話に頼らない生活をすることが土着することだとは考えていません。反対に、都市に住みながら商店街の馴染みの個人商店で買い物し、銭湯に行ったりして地域経済の中で生活することは十分に土着することだと思っています。
自分にとっての『ちょうどよい』を見つけ、手放さないこと。そのためには手段を選ばない。これが土着することの肝なのだと思っています。」(p75)

「その状況に応じて適した手段を選べること」とは、その都度、行動原理を変えていくことである。確かに真兵さん自体が、大都会の西宮で生きづらさ・息苦しさを感じて、奈良県の山深い東吉野村に引っ越し、私設図書館「ルチャ・リブロ」を開いている。でも、その一方で、オムラジというポッドキャストを配信し、僕も毎月「生きるためのファンタジーの会」のZoom収録でご一緒している。彼の場の開き方は、リアルであろうとバーチャルであろうと変わってはいない。「自分にとっての『ちょうどよい』を見つけ、手放さない」という原則を大切にし、そのために、アナログもデジタルも、現実も仮想も、縦横無尽に使い倒しているのである。

それから、「都市に住みながら商店街の馴染みの個人商店で買い物し、銭湯に行ったりして地域経済の中で生活することは十分に土着すること」というのにも、深く頷く。

僕の場合、ワインを買うのはこのソムリエさんから、お肉は近所の精肉店で、魚は地元のスーパーで、そして服を買うのはこの人から、お米は岡山の福ちゃんで、柑橘類は尾道のファームでと、関係性の中で決めている部分が割とある。それは一見すると「商品の中から選ぶ自由」のようにも見える。でも、お金は介在するけれども、馴染みの客として買い続けることにより、関係性を構築し続けている部分が結構ある。確かにネットで最安値を探す生活に比べたら、「割高」かもしれない。でも、「しがらみ」ではない心地よい関係性を構築する中で、「自分にとっての『ちょうどよい』を見つけ、手放さない」部分を増やしていく。すると、日々の暮らしがより豊かになっているようにも感じる。

そして、「現代社会における外部への『出口の入り口』」の一つが、「ケア」なのではないか、とも思う。7年前からその「出口の入り口」にうっかり入ってしまったおかげで、「商品の中から選ぶ自由」の外側が、少しずつ見えてきた。娘のケアをしなければならない、というのは、正直に申し上げて、一つの「しがらみ」である。そして、自分の時間を奪われる面倒な「しがらみ」だと思うなら、ベビーシッターなり塾なり習い事なりを金銭的に購入して、その「しがらみ」を外部化するのも、一つのやり方である。その方が、自分の時間が確保できるだろう。

だが、僕自身、娘という「ままならない存在に巻き込まれる」からこそ、見えてきたことが沢山ある。今朝も算数を教えていて、何度教えてもなかなか繰り下がりが上手く出来ず、集中力も続かない娘にイライラしてしまった。当の本人にとっては、いま初めての苦手な算数という経験に圧倒的に戸惑っている。その彼女の視点にたったら、「なんでこんなこと出来ないの?」と父が怒ると、それは彼女の世界への信頼感の崩壊に繋がるのだ。そして、彼女のそばにいて、彼女のペースで学ぶのを親が付き合い続けることは、成長途中の彼女が、自分なりの『ちょうどよい』を見つけるお手伝いでもある。そして、それこそ「娘が育つ父になる」ために僕が求められている変容課題だとも思った。「ちょうどよい」の模索とは、そんなよりよい関係性の模索でもあるかもしれない。

「どうしても僕たちは、『物事を決める』ことに重きを置きがちです。しかし、大事なことは結果ではなく、その過程です。なぜならその過程がちゃんとしていれば、自ずと結果はついてくるからです。なぜ結果ばかり求めてしまうかというと、それはこの世のどこかに『正しい答え』があると思っているからです。」(p118)

算数で同じ間違えをする娘にイラッとくる父は、「結果ばかり求めてしまう」ダメな父である。彼女は、何度も同じ間違いを繰り返しながら、少しずつ原理を学んでいる。そのプロセスを、「なんで同じ間違いをするの?」とか「さっきやったやん!」などと恫喝してしまっては、彼女の学ぶプロセスを死んだものにしてしまう。これでは、学びの面白さに行き着かない。

それに関連して、最近危惧していることも、正直に告白しておきたい。

自分のせいでうまく物事が行かなかったとき、娘はたまに「自分はあほや」と自分の頭を叩くようになった。それは親に叱られ、追い詰められ、悪いのは自分だと内面化して、自罰的になっているからである。ややこしい時にこれくらいは出来て欲しいと親は口で注意する・圧力をかける。だが、当の娘自身にとってはものすごく高いハードルだったり、やりにくかったりする。だから出来ないのだけれど、それは自分のせいである、自分が悪い、と思い込んで、自分を罰している。これは、本当にまずい。

親が「正しい答え」に固執して、それが出来ない娘に圧力をかけてしまっている。でも、娘はその「正しい答え」を今、模索して理解しようとしている。その大切なプロセスを、娘のペースで理解しようとする試行錯誤を奪ってまで圧力をかけている。だからこそ、親に期待されたことが出来ないと感じて、「自分はあほや」と自分の頭を叩くのである。叩いているのは娘であるが、叩かせているのは親の私である。書いていて、ほんとうに悲しいし、間接的に虐待しているのかもしれない、と思うと、ゾッとする。

「寅さんはおいちゃんと喧嘩をしてどんなに激怒しても、二度と家には入れなくなることはありません。また妹のさくらが寅さんを完全に見捨てることはないでしょう。つまり「何度でも失敗が許されている」のです。寅さんが旅先で自分の労働力によって社会とつながり、困っている人を救う「ケア力」を発揮できるのは、そもそも実家でケア的空気を胸いっぱい吸い込んでいるからだとも言えます。」(p144)

娘が「自分はあほや」と自分の頭を叩く「自己表現」を通じて親に伝えようとしている強烈なメッセージとは、娘にとっての実家が「何度でも失敗が許されている」環境ですか、という問いなのだ。親の僕が、「正しい答え」に固執して、彼女が間違えながらも安心して学び続ける場を保障していますか?と。そういう「ケア的空気を胸いっぱい吸い込」めていないからこそ、頭を叩いているのである。それは、親こそ変われ、という強烈な彼女のメッセージなのだ。父がそれを受け取れるか。めっちゃズキズキしながらこの文章を書いている。

「短期的に見れば常識から外れていたり、いい結果を生まないと思われたりしても、その子の存在を認め、信じて待つことが大切です。信じて待つとは、社会的な成功かどうかではなく、本人にとっての成功が見つかるまで大人が失敗のケツをふくということです。」(p134)

幼稚園児までの間は、あれほど信じて待っていたのに、教科学習が始まると、宿題のペースに飲み込まれ、子どもを信じて待てずに急かせる父親への強烈なカウンターパンチのようなフレーズである。「本人にとっての成功が見つかるまで大人が失敗のケツをふく」ことが大切なのに、「小学生なのだから(一度習ったのだから、こないだできたのだから・・・)」と彼女に無理して自分で「失敗のケツをふく」ことをさせている。だからこそ、彼女は苦しくて、「自分はあほや」と自分の頭を叩くのかもしれない。

そう考えた時、娘にとっての「ちょうどいい」を応援する親の僕が、娘の存在を認め、信じて待てるか。最近モヤモヤしている自分事が、真兵さんの本の書評を書いているうちに湧き上がってきたので、こんなヘンテコな文章になってしまった。でも、未だ土着人の娘が「商品を選ぶ自由」に囲い込まれないために、資本主義の「外部への『出口の入り口』」を持ち続けるために、僕にとっては大切な学びが得られる一冊だった。

「問いの立て方」を変える跳躍

内田樹先生の本はかなり読み続けてきた方だが、ブログでご紹介するのは久しぶり。発刊されたばかりの『勇気論』(光文社)がすこぶる面白くて一気読みする。ヨシタケシンスケの挿画も、何というかほっこりする。

探偵の推理の話は何度か読んだ記憶があるが、今の自分にはぴったりくるので、改めて筆写してみる。

「探偵は現場に残された断片から推理して、その帰結として正解を『発見』する。推理というのは、それぞればらばらに散乱している断片的事実を並べて、それらの断片のつながりを説明できる一つの仮説を構築することです。その仮説がどれほど非常識であっても、信じがたい話であっても、「すべてを説明できる仮説はこれしかない」と確信すると名探偵は「これが真実だ」と断言する。これは「論理」というよりむしろ「論理の飛躍」なんです。」(p28)

実はぼくはこの内田先生の論理を、福祉現場のアセスメント研修でも度々活用させて頂いている。親が要介護状態で子どもがひきこもり、とか、介護サービスの受け入れを拒否している在宅一人暮らしで老衰している高齢者とか、福祉現場では「困難事例」と言われる対象者に支援者は頭を悩ませる。でも、それは対象者と支援者の「関係性の中での心配事や困難」である。ということは、支援者の関わり方を変えれば、心配事や困難は減っていく可能性がある。そのために必要なのが、「断片的事実」を集めながら「仮説を構築」することである。

独居高齢者がサービス受け入れを拒否している。が、近所のひとは放っておいたら心配だ、と言われ、支援者がおうちを訪問する。散乱する室内、失禁でべちょべちょになったベッド。でも、本人は昼から、刺身をあてにビールや焼酎を飲むのが何より楽しみで、どうもヘルパーなどを入れたらこの昼からの生活を規制されるのではないか、と恐れているようだ。こういう断片的な情報を集めていくと、「昼からお酒を飲んでもよいので、生活環境を整えてもらい、在宅一人暮らしを支えるチームを作る」という目標が出来る。そのために、ヘルパーや訪問看護も、「生活指導をするのではなく、楽しく昼から酒が飲めるように、生活が崩壊しないような支援を」という方針を、本人がいる場所で共有する。そうすると、あれほど頑なにサービス受け入れ拒否をしていたお年寄りが、「それでもいいなら、助けてもらいたい」とぼそっとつぶやく。

内田先生は、この文章の後に、とても大切なことを付け加えている。

「同じ断片を見せられて、誰もが同じ仮説にたどりつくわけではありません。凡庸な知性においては常識や思い込みが論理の飛躍を妨害するからです。」(p29)

これは結構大切な部分である。「同じ断片」でも「常識や思い込み」に支配されていると、別の論理的帰結に陥る。失禁をしてまで昼から酒を飲んでいる独居高齢者。この断片的情報を「常識」のレンズに照らせば、「失禁するなら昼は酒を飲まさないほうにした方がよい」という帰結にたどり着くかもしれない。それを指摘されるのが嫌でサービス受け入れ拒否をしていても、「健康のために」「衛生状態を向上させるために」という錦の御旗で説得しにかかるかもしれない。そして、その説得が受け入れられなかったら、「分からず屋だ」と「困難事例」のラベルが貼られるかも知れない。

でも、それは「失禁してまで昼から酒を飲むなんて、何事だ!」という一つの「もっともらしい」価値観の押しつけである。だが、人間の生き様は千差万別である。朝から酒を飲むひともいれば、晩酌をたまにするだけで十分なひと、そもそも飲まない・飲めないひともいる。人それぞれ、なはずなのに、「健康」「衛生」「病気」など科学的な「錦の御旗」を掲げると、特定のやり方のみが正しい、となる。そして、その常識や思い込みをもって対象者を見ると、科学的・常識的に正しい・標準的な生き方の評価軸から外れて生きているひとの内在的論理を理解することは出来ないのだ。

だからこそ、必要なのは「論理の飛躍」であると内田先生は言う。

「例外的知者の例外的である所以はその跳躍力なんです。彼らの論理的思考というのは、いわばこの跳躍のための助走なんです。こうであるならこうなる。こうであるならこうなる・・・と論理的思考を積み重ねることによって、思考の速度を上げている。そして、ある速度に達したところで、飛行機が離陸するように地面を離れて高く遠く跳躍する。「論理的にものを考える」というのはこの驚嘆すべきジャンプにおける「助走」に相当するものだと僕は思います。そこで加速して、踏切線で「常識の限界」を飛び越えて、日常的論理ではたどりつけないところに達する。
でも、凡庸な知性は、論理的に突き詰めて達した予想外の帰結を前にして立ちすくんでしまう。論理的にはそう結論する他ないのに、「そんなことあり得ない」と目をつぶって踏切線の前で立ち止まってしまう。それが「非論理的」ということだと僕は思います。」(p29)

論理を積み上げると、予想外の帰結にたどり着くときがある。でも、それは凡庸な知性と例外的知者の分岐点である、と内田先生は言う。その予想外の帰結が見えたとき、常識や思い込みが邪魔になって立ちすくみ、「そんなことあり得ない」と目をつぶり、これまでのパターンの中に閉じこもるのか。あるいは、その予想外の帰結が見えた段階で、「「常識の限界」を飛び越えて、日常的論理ではたどりつけないところに」「高く遠く跳躍する」か。そのどちらかで、見える世界は大きく異なる。

福祉現場でも同じだ。福祉や医療の専門家が、自らの「正しさ」や「価値前提」を押し付けるのか。相手の特有の正しさや価値前提をとりあえず理解しようと試みる事が出来るか。それは、探偵が断片的な証拠から真犯人を探るプロセスと似ている。先日ブログで紹介した、精神障害のある人を地域で支えるACT-Kの実践を観察した近田さんの『精神医療の「「治す」とは異なる」専門性』においても、「治す」以外の別の価値観、別の可能性が模索されている。そして、その別の可能性の模索の中で、「驚嘆すべきジャンプ」としての「神社のお札」や「シイタケの原木」が用いられ、それが「治療」より優れた「成果」を出していく。

常識からの跳躍を行い、予想外な論理的な帰結と向き合う。これは確かに「勇気」のいることだ。でも、その「勇気」はロジックの積み重ねなので、決して「向こう見ず」ではない。とはいえ、ひとは常識や思い込みに支配されていると、その論理に従えず、「非論理的」な言動をしてしまう。そして、問題をこじらせてしまう。だからこそ、智者に相談に訪れる。

「僕のところに寄稿依頼や講演依頼が来るのは、僕が何か有益な『情報』を提供できるからではないと思うんです。情報なら、あるいはある問題についての答えなら、どのトピックについても僕より百倍も詳しい人がいくらでもいるから、その人たちに訊けばいい。
僕に訊きに来る人たちはどちらかというと「どういうふうに問いを立てたらいいんでしょう?」というタイプの質問を向けてきます。私たちの目の前にはいったい「どういう問題」があるのか、それがよくわからない。問いの立て方を知りたい。答えを知りたいんじゃなくて。」(p107-108)

これを拝読しながら、僕は内田先生ほどの智者でもないけれど、そういう「相談」なら何度も受けたことがあるよなぁと思い出していた。

「答えが一義的に決まっている問い」であれば、僕の所に相談にはこない。「モヤモヤするけど、どう考えてよいのかわからない」「相手との関係性がわるくて、色々試行錯誤してみたけれど、全然解決の糸口がみえないままだ」「新しく事業を始めたいのだが、何をどこから手をつけてよいのかわからない」という、よくわからない相談が持ちかけられる。

相手が考えてわからない問題に、最初から僕が答えを持ち合わせている訳ではない。ただ、よくよく話を聞いてみると、相手は論理的な積み上げとしての「予想外の帰結」を受け入れるのを拒否して、最初からそれについては考えないようにしている場合もある。「相手が悪い(無能力だ、わからずやだ、仕事をしていない・・・)」と思っていたが、実は自分の相手への関わり方が、相手の無能力を社会的に構築する上で決定的要素(の一つ)であることが、僕との対話の中から浮かび上がってきたこともある。

そのとき僕がしていることは、まさに「問いの立て方」を変えることである。相手が問題である、ではなく、相手と自分の関係性の中での問題である、と「問いの立て方」を変えるだけで、ずいぶん見えている世界の解像度が異なってくる。「どうやって昼から酒を飲むのを止められるか?」ではなく、「昼から酒を飲みながらでも、陽気で愉快に在宅一人暮らしを続けられるか?」と問いを変えると、目的を実現するための方法論もガラッと変わる。

情報処理能力が高く、賢くて知識も多そうなのは文体からもわかるのだが、読んでいてつまらない結論に至る文章の書き手、もいる。そういう人って、「学界」の「常識」を網羅しているのだろうが、逆にその知識によって窒息させられているように感じる。そういう人は、「問いの立て方」自体もアカデミズムの定石から離れられないように見える。これは勉強熱心な支援者の中にも、たまに見られる現象だ。色々な勉強会に出ているし、様々な方法論も知っている。にもかかわらず、目の前の当事者という「生のデータ」の情報を集めていくと、自分が学んだ技法の標準的やり方に当てはまらない事態になる。そのときに、「自分が学んだこと」という常識や思い込みを横に置き(現象学で言うなら括弧でくくり)、逸脱値に見える事態から読み取れる、論理的で予想外の帰結に真正面から向き合うことが出来るか。これで、支援も論文もイノベーティブになるか、月並みなもので終わるか、が大きく別れるのである。

孤立に耐えることのできる人は他者の他者性に耐えることができる。理解も共感もできない他者を前にした時に、それを「人間ではない」とか「忌まわしいもの」とかいうふうにラベルを貼って分類して、処理することを自制して、しばらくの間の「判断保留」に耐えることができる。」(p286)

常識の世界での帰結を「しばらくの間「判断保留」」して、それ以外の可能性を考える。言われてみれば、それは確かに主流の価値観から離れることであり、「孤立に耐える」ことかもしれない。僕は社会福祉学と福祉社会学の汽水域で仕事をしてきた。福祉学系の学会で発表すると、福祉現場のリアリティから離れた抽象度の高さだと指摘され、社会学系の学会だと具体的過ぎて社会学的インプリケーションに欠けると批判された。どの学会に行っても、孤立してきた。まあ、そういうもんだ、と思って、30代から40代にかけて孤立に耐えてきたのかもしれない。

でも、そういう風に一匹狼的に書き続けてきたからこそ、このブログを読んでメールをもらい、そこから魅力的な社会福祉学者や福祉社会学者とお友達になったこともある。子どもが産まれた42歳から、出張も出来なくなっていよいよ孤立が深まるか、と思ったが、様々なジャンルのオモロイ研究者仲間とZoomで読書会を続けてきたら、むしろ30代より学びを深めているかもしれない。それは、孤立に耐えてでも、「問いの立て方を変える」ことを大切にし続けてきたからこそ、他者の他者性に出会いやすくなったからではないか、と思う。

というわけで、内田先生の本は、汲んでも汲み尽くせない叡智を提供してくださっている。

制度の硬直性を問い直す精神療法

4月に読書会で『ホモ・サケル』を読んだ際、市民権が剥奪された「二級市民=市民権なき人間」が収容されている精神病院や入所施設では、支援者が虐待者に簡単に変化しやすい、という議論になった。その延長線上で、ではどうやったらそういう虐待的環境を減らす・なくせるのか、という問いが浮かんだ際、若い友人が「それって制度を使った精神療法がやっていることではないですか?」と教えてくれた。

そこで、これまで避けてきた、制度精神療法の本を読んでみることにした。

なぜ避けていたのか。実は師匠大熊一夫がどこかで、「de-institutionalizationを脱制度化と訳すのはおかしい。脱施設化でなければならない」と書いているのを読んでいたからだ。師匠はイタリアのバザーリア達の脱施設化をずっと取材し続け、施設の論理をぶち壊し、精神病院を解体した上で地域精神医療のシステムを作り上げたトリエステの仕組みを熟知している。その師匠からすれば、制度精神療法はフランスのラ・ボルト病院という精神病院が舞台である。精神病院を温存していては、施設の論理がそのまま残るではないか、という批判である(と僕は理解していた)。そして、それに同感していた。

だが、このラ・ボルト病院をつくったジャン・ウリの本を読むと、それとは違う文脈が見えてきた。

「きちんと明確にしておかなくてはならないと思われること、それはこれがグループの精神療法ではなく、精神疾患を患う人を治療するために打ち立てられなくてはならない特定の文化的環境を—脱疎外に向けて—効率的に機能させるということです。結論としてひとつの例がこの概念をごく簡潔に例証してくれるでしょう。医師のグループと看護師のグループの間にある関係のあり方は、そのままのかたちで、看護師のグループと病人のグループの間に伝達されるということです。(略) もし医師が看護師に対して脱疎外的関係—表現の自由、<他者>の尊重、共感関係、現実という水準へのたえざる置き換えなど—を繰り広げるならば、看護師は病人に対して同じ関係を展開するようになるでしょう。そのとき看護師のグループは、医学的審級と病人の間の媒介システムとして現れるのです。」(ジャン・ウリ『精神医学と制度精神療法』春秋社、p65-66)

この記述を読んで、ラカンや難解なフランス哲学を使うウリの、治療者としての洞察力を感じたし、「これなら僕もわかる世界だ!」と直観した。

僕は以前、トラウマ化された精神病院について書いたことがある。精神病院の中で治らない患者を目の前にしていると、医療者の側も専門家の自分が治せないという見たくない事実に直面して落ち込んだり暴力性が表れたり現実を否認・解離したりするようになり、「沈殿患者」が重なると病棟自体がトラウマを持ち、病院自体も隔離収容のトラウマを引きずり・・・と「トラウマの並行プロセス」に陥るのではないか、という仮説である。

60年以上前にそのことに気づいていたウリは、病院組織環境がトラウマの並行プロセスを脱却し、脱疎外に向けて変わるためには、患者ではなく病棟という「特定の文化的環境」をこそ、変える必要があると見抜いていた。そして精神病棟を「効率的に機能させる」ための象徴的な事例として、医師—看護師の権力関係に言及する。「もし医師が看護師に対して脱疎外的関係—表現の自由、<他者>の尊重、共感関係、現実という水準へのたえざる置き換えなど—を繰り広げるならば、看護師は病人に対して同じ関係を展開するようになるでしょう」というのは、現実がその逆で、医師は看護師の表現の自由を認めず、看護師という<他者>を尊重せず、共感的な関係も築こうとしていなかったのだ。これは60年前のフランスだけでなく、今の日本の精神病棟でも残存してはいないか。そして、このような医師が看護師を支配し、植民地的に支配をする関係性を築くなら、看護師は患者を同じように植民地的に支配するだろうし、それでは患者は治らない、と喝破しているのである。これは、患者と看護師と医者が対等に病棟内で議論するアッセンブレアから病院改革をはじめたバザーリアと通底する視線だと感じた。患者を変える前に、治療システムそのものを変え、治療者自らが変わらなければならないのだ、という点において。

この視点にたって、ウリは病院内の様々なシステムを点検しはじめる。

「たとえば、事務機構のような構造の修正は、神経症的な状況の行き詰まりを打開する意味の諸効果を引き起こし、これこれのサイコドラマや個人的治療よりも大きな精神療法的効力を持ちうることが確認されている。(略)たいへんありふれた経験的な事実によって、私たちはどうしても次の様に考えざるをえなくなった。すなわち、あるセクターの、非常に物資的な管理において構造論的な変更を行う際には、他のセクターの精神療法的アプローチを、それと同期する形で変更しなくてはならないということである。」(p225)

「組織は生き物であり、バタフライ効果的にある部分の影響が組織の別の部分にまで伝播する」という補助線を入れると、この発言はクリアに見えてくる。

この前の引用で、医師が看護師を植民地的支配していたら、それは看護師と患者の関係性にも全く同じように転移する、と述べた。そうであるならば、事務機構が抑圧的であるか脱疎外的であるかは、病棟運営や患者と医療者の関係性にも影響を与える、というのである。僕はこれにも深く納得する。

博士論文を書いた際、京都中の精神科ソーシャルワーカーに悉皆調査をして、その特徴をまとめよ(それができなければ君に博論はない!)と師匠に言明され、117人のワーカーにインタビューをして、それをまとめた(それは20年経ったのでPDFで公開した)。まだZoomという便利な取材装置とは無縁な時代だったので、電話取材の2,3名をのぞき、全ての人の職場に訪問した。すると、同じ精神科ソーシャルワーカーでも、病院内で全然違う位置づけをされていることがわかる。

「相談室」などの名称で独立の部屋を持っている人。事務セクションの端っこの「物置」のようなスペースに半個室を与えられている人。事務職員と同じ場所・机で独立性が全くない人・・・。そういうワーカーの空間的位置づけは、その病院組織の優先順位や、その中でのソーシャルワーカーの仕事を深く規定していると改めて感じた。例えば事務職員と同じラインに属して事務長から仕事を細かく指示されるワーカーは、退院支援は死亡退院や転院支援のみで、病棟回転率を気にし、入院患者が9割を切らないように「患者集め」の営業をするのが仕事だ、といっていた。一方、事務ラインから独立し、医者や看護師からも一目置かれてチーム支援に取り組んでいたワーカーは、退院支援だけでなく、地域での新しい社会資源づくりに奔走していた。

さらに言えば、例えば虐待事件を起こした神戸市の神出病院の第三者委員会報告書を見ていると、滅多に病院に来ない理事長が月収(年収ではない!)1000万以上もらっていたとか、医者がろくに診察できていないとか、病棟の空調が壊れて冬はタオルが凍るとか、営利中心主義で病棟のマネジメントや組織運営が全く体をなしていない現状が浮かび上がってくる。コロナでクラスター感染が流行った精神病院も、「大部屋に陽性患者を集め、急遽大工道具で鍵を設置し、外から南京錠をかけていた。ナースコールもなく、居室内の囲いのないポータブルトイレで用を足すことが求められ、水などを求めて患者が絶叫していたという」くらいの、組織的不全だった。

そのような構造を見ていると、「事務機構のような構造の修正は、神経症的な状況の行き詰まりを打開する意味の諸効果を引き起こし、これこれのサイコドラマや個人的治療よりも大きな精神療法的効力を持ちうる」ということも、深く頷く。治療がまともにできる前提は、人間関係が円滑でまっとうな事務や病棟、組織構造が必要不可欠だ。それに欠けている状態では、そこは収容施設であっても、治療施設とは言えないのである。そして、そういう事務機構や病棟構造の構造の歪み修正することなく、神経症的な状況が行き詰まった患者を目の前にすると、それを患者の無為自閉・陽性症状など、患者のせいにして誤魔化している病院が少なくないのではないか、と疑いたくなる。

これほどまでにこの本が僕に迫ってきたのは、ウリの難解な文章を読みやすい日本語に翻訳してくれた訳者の能力に起因する部分も多い。フーコー関連の著作や翻訳で有名な廣瀬浩司氏が訳者の1人として後書きでこう書いている。

「ここで言う『制度化された諸環境』とは、医療関係者やカウンセラー、家族や友人を初めとする、患者を取り巻く人々のこと、そして患者たちが歩き回り、たがいに交流するさまざまな物質的・非物質的な場の総体のことである。病院の施設のことでも、それを規制するさまざまな規則のことでもない。こうした環境を少しでも揺り動かすにはどうすればよいのか。患者の回りを『取り巻くもの』において、情動やものや言葉の『交換』をどのように最大限に加速すればよいのか、これがウリの問いなのである。」(p374)

精神病患者は、「社会の疎外」と「狂気の疎外」という二重の疎外に苦しんでいるとウリは分析する。その上で、彼が精神病院を治療環境に選び続けるには、「社会の疎外」をできる限りなくした上で、「狂気の疎外」を治療したい、という思いがあるからだ。だからこそ、治療関係における「社会の疎外」として病棟ヒエラルキーを鋭く指摘し、事務機構に至るまで、民主的な運営をされるように心を配る。一方、バザーリアやイタリアのチームは、そもそも精神病棟構造では「社会の疎外」をなくせないから、精神病院から外に出して、地域の中で「社会の疎外」から護られた精神医療センターをつくり、そこで「狂気の疎外」と向き合った方がよいという。これは、同じ山の登り方の違いにも、思える。

大切なのは、「患者の回りを『取り巻くもの』において、情動やものや言葉の『交換』をどのように最大限に加速すればよいのか」である。これはオープンダイアローグや家族療法でも同じ視点と言える。患者個人に狂気が張り付いている状態を揺り動かすには、「患者の回りを『取り巻くもの』」の環境を変え、「情動やものや言葉の『交換』」が行われるように再配置していく必要がある。それは、急性期状態においては窓が開いているから対話可能である、と考えるオープンダイアローグの思想にも通じる。あるいは患者個人の病理ではなく、家族システムの中での病理の固着化を解き放つために介入していく家族療法の世界も似たことをしている。

そういう意味で、「制度精神療法」とは、制度の硬直性を徹底的に問い直し、患者の治療に本当に必要な形で治療環境を作り直す、そういうダイナミズムなのだと理解する事ができた。そして、それは僕が追い求めてきた動きとも共通すると納得した。

お父さん「も」支える言葉

木村泰子先生の新刊『お母さんを支える言葉』(清流出版)を編集者の渡辺のぞみさんからご恵贈頂く。珠玉の言葉の数々が、実に読みやすく並べられており、一気読みする。

木村泰子先生は、「すべての子どもに学習権を保障する」ことを大切にし、不登校がゼロでインクルーシブ教育を先駆的に進めてきた大阪の大空小学校の初代校長である。そのドキュメンタリーである映画『みんなの学校』はすごく感動したし、木村先生の著作は何冊も読んできた。でも、この本はそれらの本と色々テイストが違って、よい。

なにが良いって、木村先生自身が教員をしながら二人のお子さんを育てられたが、「母親業大失敗の人間だった私」(p10)という、これまでの著作では見えてこなかった「当事者性」がある。そこに、大空小学校での子どもや保護者(主にお母さん)との関わりを重ね合わせ、保護者であり教員として、という複眼思考のなかで、子どもを育てる親にエールを送っている。確かにメッセージの第一義的宛先は「お母さん」なのだが、これは一緒に子育てをしたいと思うお父さん(=ぼく)「にも」大いにエールを送り、学びの多い1冊である。

読了後、もっとも僕に深く・重く残った一節をご紹介したい。

「親子だと、親が強者で子どもが弱者だという力関係には、なかなか気づけないものです。そして、『子どもを育てるお母さん』だと、いつも自分が主語になってしまいます。自分のことは見えているけれど、子どものことは見えていない状態になりがちです。
でも、『子どもが育つお母さんになろう』って思ったら、自分と一緒にいるときの子どもの表情にも注目しないといけないし、それに合わせて、自分がどんな行動をとればいいか、考えないといけませんよね。」(p74)

さらっと書いてあるが、実に対比的な言葉だ。「子どもを育てるお母さん(お父さん)」と「子どもが育つお母さん(お父さん)」。前者だと、「いつも自分が主語になってしまい」、自己中心的視点が拭えない。だからこそ、「私はこんなに頑張っているのに」とか「よかれと思って」といった親都合を子どもに押し付けがちになる。でも、後者の場合、「子どもが育つ」かどうかは、子ども次第である。そして、「子どもが育つ」ための阻害要因ではなく、促進要因として親が振る舞えるか、が問われている。

この二つはめちゃくちゃ大きく違う。

親が主語の場合、そしてそれを考えているのが親自身の場合、自分のことは棚に置き、免責して、子どもが悪い・子ども変えなければ、となりやすい。でも、親の振るまいが「子どもが育つ」要因になっているか、を査定する際、査定の矢印は子どもから親自身にむき直す。「子どもが問題だ・悪い」ではなくて、「悪い・問題とされる状態から子どもが行動変容するために、親がどのような応援や支援が出来るか?」と問いが親自身に向けられる。これは、簡単なようで、めちゃくちゃ難しい。

子育てに必死になっている時ほど、子どもが親の注意を聞いてくれないと、「子どもがわかってくれない」と思い込みやすい。でも、それは親の言動は横に置き、子どもが親に従わないことを問題視している視点である。一方「子どもが育つ親になろう」とするならば、子どもが自律的で主体性を持って動けているか、が査定基準になる。そして、子どもが依存的で受動的だと感じたら、親の関わりのどのような部分が阻害要因になっているか、を自らに問い直す必要がある。子どもを観察し、子どもに尋ねながら、子どもの成長の促進要因になれるように、親のアプローチをどれだけ変え、認識をアップデートできるか、が問われているのだ。これはめっちゃ本質的であり、でも楽ではないことである。

次に心に深く刺さっているのが、次の部分だ。

「我が子ですら『わからない』ことだらけ。“わからないことのかたまり”みたいなものです。
子どもはみんな、宇宙人、くらいに考えたほうがいいかもしれません。
目の前の“宇宙人”をなんとか理解したい。少しでもわかりたい。
そんなときは、潔くネット検索を捨ててください。
そして、目の前にいる子どもをよく見てください。
子どもの声に耳を傾けてください。
お母さんが子育てで困ったら、次の三つの言葉を子どもに尋ねてみて。
『大丈夫?』
『何に困っている?』
『私にできること、ある?』」(p42-43)

この本には、難しい言葉も概念も一つも出てこない。すごく読みやすい。でも、恐ろしいほどの本質が詰まっている。ネット検索でわかった気になるな。そうではなく、「目の前の“宇宙人”をなんとか理解」するために、しかり観察せよ。じっくり耳を傾けよ、そう親に態度変容を迫っているのだ。さらに、親はそこで“宇宙人”に説教をしてはいけない、とも明言している。それよりも、「子どもが育つ親になる」ためには、次の三つの声がけが大切だという。

『大丈夫?』『何に困っている?』『私にできること、ある?』

一つ目は、子どもが自分の状況をどう捉えているのか、である。自分一人でリカバリー可能なのか、助けが必要なのか、を問う質問だ。二つ目は、子どもの主観的な困りごとを、子どもから教わる質問だ。親がこれは困っているはずだ・出来るはずだ、と外形的に決めつけるのではなく、本人の内在的論理としての心配事や不安、困りごとを聞いている。その上で、三つ目の質問は、親としてどう関わってよいのか(関わらなくてよいのか)を本人に決めてもらう質問だ。この三つは、子どもの成長の促進要因として親が関われるようになるための、魔法の質問だと思う。というか、こうやって書きながら考えていると、このシンプルな三つの質問の「魔力」が、おぼろげながら見えてきた。

そして、親が勝手に決めつけたり、わかった気にならず、上記の三つの質問をしながら、“わからないことのかたまり”の子どもを「なんとか理解したい」「少しでもわかりたい」と願うとき、子どもとの協力関係が始まるのだと、改めて思う。

あと、長くなってきたがもう一つだけ取り上げたい部分がある。

「『あ、失敗したな』
『かかわり方、間違ったな』
と思ったら、“やり直し”をするんです。
自分の失敗や間違いは、ちゃんと自分でやり直しをする。行動にうつしたり、言葉にして伝える。
『ごめんね。私が悪かった。やり直すね』って。
自分の頭で考えて、自分で行動したことなら、人のせいにはしなくなりますよ。」(p66)

これも、親当事者として、いてて、と思いながら、本質を射貫く言葉だと思う。

子どもに謝らせる前に、親が率先垂範できるか。自らの誤りや失敗を素直に・謙虚に認めた上で、“やり直し”を親の方からできるか。『ごめんね。私が悪かった。やり直すね』と子どもに伝えられるか。

子どもはめっちゃ見ている。親が誤魔化すのも、謝るのも、やり直しをするのも、取り繕うのも、みんなすごく観察している。「人のせい」にする子どもは、それを親から学んでいるのである。

ということは、子どもが「自分の頭で考えて、自分で行動」できるように、つまりは子どもが自分で育つ促進要因として親が機能するためには、親自身がまず率先垂範して、間違いや失敗に誠実になり、「やり直し」が出来るか、が問われているのだ。

腹が立ったり忙しかったり余裕がなかったりすると、失敗や間違いが認められない、子どもに「やり直し」ができない僕がいる。だからこそ、これは深く書いて、胸に刻んでおきたい。

こんな感じで、突き刺さる言葉があちこちにあるので、本の大半のページにドッグイヤーをしながら読んだ。平易で読みやすく、するっと読めるが、一つ一つの言葉を噛みしめたくなる金言至言の数々で、圧倒されてもいる。そういう意味で、母だけでなく父親をも支える言葉の数々と出会えて本当に良かった。

ちなみに、この表紙はなんと、拙著『家族は他人、じゃあどうする?』の挿画もご担当頂いた本田亮さんのイラスト。娘も「私の絵と同じだ!」と喜んでいた。彼の温かな挿画は、木村先生のメッセージと見事にコラボして、これもほっこりする。そういう意味で、実に読み応えのある、また読み直したい1冊だった。

ホモ・サケルとしての精神病院入院患者

読書会の課題図書でジョルジョ・アガンベンの『ホモ・サケル』以文社を読む。正直、第一部から第二部までよくわからず、お経を読むように、ひたすら字面を追いかけていただけなのだが、第三部に入ると一気に視界が広げてくる、というか、自分が知っている世界が迫ってきた。第三部は「近代的なものの生政治的範例としての収容所」である。そこに書かれている世界は、ぼくが四半世紀追いかけてきた精神病院の構造的宿痾の世界そのもの、だった。

アガンベンは、フランス人権宣言が「人間と市民」を分離し、市民権を持つ市民と、それを持たない人間を分けた、と述べた上で、以下のように述べる。

「国民国家は、自然的な生の大々的な再備給をおこない、自然的な生の内部で、いわば真性の生と、あらゆる政治的価値を失った生とを分別する(ナチの人種主義や優生学は、この文脈に置きなおしてはじめて理解できるものとなる)。他方では、市民権の前提としてのみ意味を持っていた人権が市民権から徐々に分離され、市民権の文脈の外で用いられるようになる。この人権の使用は、しだいに国民国家の周縁へと排除されるようになった剥き出しの生を表象し保護するという目的のためになされたが、その生は、次いで新たな国民的同一性へと再コードされる。」(p183−184)

精神病院問題に関わっていると「二級市民」という言葉をたまに耳にする。入院中の精神障害者が、他の市民と同じような権利を持っておらず、「二級市民」的にさげすまれていることを指して述べる言葉である。ナチスドイツでは、ユダヤ人の大虐殺以前に、精神障害者の虐殺がT4計画として実践されてきたことは有名である。この際、「生きるに値する市民」とそれ以外の「人間」が分けられ、後者は「政治的価値を失った生」とラベルが貼られ、コストがかかるから「国民国家の周縁へと排除されるようになった」のである。

そしてホモ・サケルとは「犠牲化不可能であるにもかかわらず殺害可能である生」=剥き出しの生(p119)とされる。「人を殺してはならない」というのは世界どこでも基本であるが、「神様の捧げ物として」という場合は赦されていた。でもその神に捧げるという「犠牲化」は不可能であるにもかかわらず、「殺しても良い」という生は一体どういうことなのか。それが「人権と市民権の分裂の極相」(p184)として述べられている。そして、安楽死に代表されるように、「生きるに値するか否か」の価値判断は、極めて恣意的で人為的でもある。

「生きられるに値しない生と、そこに暗に含まれているよりなじみの相対物としての、生きられる(あるいは生きる)に値する生のことである。したがって、近代の生政治の基本構造—ありのままの生の価値(もしくは無価値)に関する決定—がはじめて法的に明確化されたのは、善意から安楽死に賛成する文章なのである。」(p188)

どのような生に価値があるか、あるいは無価値なのか。本来それは誰にも定められないはずだ。だが、脳死や安楽死が必要な状態、重度精神疾患・・・などは「生きられるに値しない生」だと規定される。その規定は逆照射的に、「生きるに値する生」を規定する。つまり、どのような生は価値があり、別の特定の生は無価値である、と規定することが、生そのものを政治化する生政治という考え方である。そして、この社会はすっかりそういう考え方に毒されている。

「主権者とは、例外状態に関して決定するかぎりにおいて、どのような生が殺人罪となることなく殺害されうるかを決定する権力を持つ者であるが、生政治の時代にはこの権力は例外状態から解き放たれ、生が政治的な意味をもたなくなる点に関して決定する権力へと変容しようとする。シュミットが示唆しているように、生が最高の政治的価値になるときには生の無価値という問題も立つが、それだけではなく、まるでその決定において主権権力の最終的な内実が問題となるかのようである。近代の生政治においては、主権者とはありのままの価値や無価値に関して決定する者である。」(p195-196)

ホモ・サケルとは、「殺人罪となることなく殺害されうる」剥き出しの生のことを指す。そして、誰がホモ・サケルであるか、は、近代の生政治においては「主権者」が決めることができる。どのような生が価値があるのか、望ましいのか、と決めることは、別の特定の生は望ましくなく無価値であり、それゆえ殺したとしても、殺人罪には問われない、ということである。現に脳死というのは、そのような無価値な生の決定である。それは法的な手続きによってなされているが、心臓が止まれば死亡、という従来の生と死の線引きを引き直す上で、価値の捉えなおしであり、安楽死の問題は医学的な問題だけでなく、ある生の価値・無価値を政治的に判断する、という意味で、政治的な問題でもある。

「我々がふだん、人間の実存に割り当てているほとんどの権利と希望を奪われ、とはいえ生物学的にはまだ生きている彼らは、生と死、内部と外部のあいだの限界地帯、もはや彼らが剥き出しの生でしかない限界地帯に身を置いていた。すなわち、死刑囚や収容所の住人は、ある意味では、気づかぬうちにホモ・サケル、つまり、殺人罪を犯さず殺害できる生と同じものになっている。」(p218)

この死刑囚や収容所の住人を「精神病院入院患者」と言い換えても、同じことが言えると、読みながらひしひし感じていた。そして、この文章に強い既視感を覚えた。

それは、入院患者の声を聴き続け、それを「入院患者さんの声」として掲載している、NPO大阪精神医療人権センターニュースに、以下のような声が掲載されているのに20年前に出会い、圧倒されたのを思い出したからだ。(そのことはブログ、にも書いている。)

「病気に疲れ果てた。退院したくない。」

病気に疲れ果てることと、入院し続けるかどうか、は、原理的には全く異なる別の話である。でも、この二つが結びつくとき、別の何かの要因が絡み合っているはずである。そしてその別の要因として、「人間の実存に割り当てているほとんどの権利と希望を奪われ、とはいえ生物学的にはまだ生きている」という補助線を入れてみると、非常にクリアに見えてくる。市民権は剥奪されているのに、人間であり続ける、そのことのしんどさと絶望なのである。

そして、その状態で生きていると、「生と死、内部と外部のあいだの限界地帯、もはや彼らが剥き出しの生でしかない限界地帯に身を置」くことになる。このような限界状態で生き続けるのは、本当にしんどい。だからこそ、自暴自棄になり、「退院したくない」、というか生きているなんてどうでもよい、となってしまうのかもしれない。そんな風にも感じた。

「住人があらゆる政治的立場を奪われて完全に剥き出しの生へと還元されたということからして、収容所は、かつて実現されたことのない最も絶対的な生政治的空間でもある。そこで権力が向き合っているのは、まさに何の媒介もない純粋な生なのである。したがって、政治が生政治になり、ホモ・サケルが市民と潜在的には混同されてしまうという点で、収容所は政治空間の判例そのものなのだ。だから、収容所で犯された残虐行為を前にして立てるべき正しい問いとは、人間に対してこれほど残酷な犯罪を遂行することがいったいどのようにして可能だったのか、といった偽善的な問いではない。それより真摯で、とりわけさらに有用なのは、人間がこれほど全面的に、何をされようとそれが犯罪として現れることがないほど(事実、すべてはそれほど、本当に可能になっていたのだ)自らの権利や特権を奪われるということが、どのような法的手続きおよび政治的装置によって可能になったのか、これを注意深く探求することであろう。」(p233)

精神病院では、神出病院事件滝山病院事件のように、繰り返し繰り返し虐待事件が起こり続けている。これは、場所や年代を変えても起こり続けているので、特定の猟奇的な病院長・現場職員の問題に矮小化できない。ではどう考えたらよいのか。その際に、精神病院入院患者は「あらゆる政治的立場を奪われて完全に剥き出しの生へと還元された」「ホモ・サケル」であると考えたら、クリアに見えてくる。精神病院入院患者は「殺人罪を犯さず殺害できる」対象者だと見なされているからこそ、陰湿で凄惨な虐待が何度もなんども繰り返しくりかえし起こり続けているのである。

そして、僕はこれまでそのような虐待事件が起こるたびに、「人間に対してこれほど残酷な犯罪を遂行することがいったいどのようにして可能だったのか、といった偽善的な問い」を発し続けてきた。でも、これでは問題は全く解決しない、とアガンベンは述べる。本当にこの問いと向き合う為にすべきことは、「人間がこれほど全面的に、何をされようとそれが犯罪として現れることがないほど自らの権利や特権を奪われるということが、どのような法的手続きおよび政治的装置によって可能になったのか、これを注意深く探求すること」なのだ。

現に滝山病院事件でも神出病院事件でも、あるいは滝山病院の元院長が起こした朝倉病院事件でも、行政監査もすり抜けた合法的な施設において、そのような虐待事案が放置され続けてきたのだ。そのことを、「人権侵害だ」と言い立てるだけでは、何の効力もないことは、以前滝山病院事件について書いたブログ「偽解決と紋切型を越えるために」でも指摘していた。

ここで問われるのは、精神病院入院患者が剥き出しの生=ホモ・サケルとして蔑まれ、二級市民として市民権を剥奪されていることが、なぜ法的・政治的に許されているのか、を問わなければならないのだ。そして、法律でいうならば、例えば民法713条から714条の規定が、この構造を生み出している可能性が頭をかすめる。

「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は,その賠償の責任を負わない」(民法713条)

「責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」(民法714条)

精神障害者の責任能力を否定した場合、過失責任を家族が負うことになる。すると、日本の家族は過剰なまでに家族(保護者)責任を担わされる。そして、それが抱えきれなくなった時には、精神病院にお任せして一生預ける、という構造になる。これこそが「家族丸抱えか施設丸投げか」という二者択一的状況である。そして、家族から全権委任された精神病院や入所施設は、入院・入所者の生殺与奪の権利を家族だけでなく、残余的福祉でお任せ状態の国家から実質的に付託されている、という意味で、ホモ・サケルに対する主権者の位置づけになっている。だからこそ、医療者における虐待が起こり続けているのではないか。そんな「妄想」も浮かぶ。

つまり、精神病院入院患者が「ホモ・サケル」状態になっている、ということは、現代日本社会において、精神病を抱えて生きることは「生きるに値しない命」と見なされている状況があることや、「生きるに値する命」を選別する生政治の価値判断がこの社会の主流の価値観になっていること、などが、みえてくる。すると、精神障害者の問題に見えるものは、じつは精神障害者を排除するこの日本社会の生政治的課題として捉え直すことも出来るのだ。

この論理は、実に興味深い視点をもたらしてくれるので、もう少し自分の中で転がして考えてみたいのだが、とりあえず読後メモとしてここに記録しておく。

精神医療の「「治す」とは異なる」専門性

フィールドワークの本で、書き手も対象となるフィールドも、インタビューした相手も全員知っている現場の本って、たぶんこの本だけだろう。それが、近田真美子さんから頂いた『精神医療の専門性—「治す」とは異なるいくつかの試み』(医学書院)である。ぼくの知っている人、知っている世界のはず、なのに、知らないことや、見えていなかったことが書かれていると、めちゃくちゃ興奮する。

この本は彼女が提出した博士論文を書き直したものである。実はその博論も読ませて頂いていたのだが、その時からかなり書き直され、読みやすくなっていたのにまず、びっくりした。しかも、このタイトルは、博士論文の公聴会で、副査を務めた斎藤環さんからの問いに基づく。

「結局、あなたが言いたかった精神医療・看護の専門性とは何か」

彼女は最終章を「精神医療の専門性をつくり変える」としている。その中で、従来語られていた専門性に対する批判と、重度の精神障害のある人を地域で支えるACT-Kというチームで見つけた「つくり変える」内容を以下のようにまとめている。

「医学モデルに依拠した実践を中心に展開するということは、支援の場を精神科病院という医の論理が具現化された空間へ移すことを容易にした。苦楽を共にする機会を失い、ひいては、利用者の主体化を損ねることにつながる恐れがあるのだ。」(p140)

「そもそも、医療専門職は、国家資格を取得するための教育課程において生物医学モデルをベースとした自然科学的なものの見方や技法をすでに身につけている。そのため、彼らは、特に異常がなく健康体であったとしても、問題や異常を積極的に見いだし、“病い”として価値づけることのできるポテンシャルを持つ。ここには。患者は何かしらの違和を感じ医療機関を訪れるのだから、何らかの問題を抱えているはずだという先入観や、医療専門職として期待された役割を全うしなくてはいけないという使命感があるのかもしれない。医療専門職らが身につけていく生物医学モデルという眼差しは、病状を見定め判断し治療にあたるという医療の正当化を支える基盤になっているが、ときには、認知の歪みをもたらす恐れを有しているのだ。」(p141-142)

「医療専門職として期待された役割を全うしなくてはいけないという使命感」を持つ医学モデルの何が問題なのか。それは、「特に異常がなく健康体であったとしても、問題や異常を積極的に見いだし、“病い”として価値づけることのできるポテンシャル」=「認知の歪みをもたらす恐れ」を持っている点にある。「患者」と名付けられた人が、人間関係や人生が上手くいかず苦しんでいる時に、その「しんどさ」「生きづらさ」をい「“病い”として価値づける」ことによって、全てを病気のせいにしてしまう危うさがあるのだ。それは、あなたや私のように生きる苦悩を抱えた隣人として精神障害のある人を捉えることが出来なくなり、「苦楽を共にする機会を失い、ひいては、利用者の主体化を損ねる」結果につながるのである。

これが、旧来の精神医療の専門性=「医学モデルに依拠した実践」が孕む問題性である。(その点に関して、かつて僕は、イタリアで精神病院を廃絶したフランコ・バザーリアの思想を取り上げ、「「病気」から「生きる苦悩」へのパラダイムシフト」を書いた問題認識も通底する)。では、これをどう「つくり変える」ことが出来るのか。ここから、ACT-Kの実践者達の素敵な語りと、それを現象学的質的研究で分析していった近田さんの論考のすごみが出てくる。

精神科ソーシャルワーカーの金井さんへの聞き取りで、こんな語りが出てくる。

「もう毎日、電話かかってきて、やっかいな人なんですよ。で、近所からしてもこの人、大声だすんです、夜中に。うん、あの、やっかいな人なんです。で、支援者はその声を受けるから、うん。病状が悪化してる、になるんですね。」
「どうしても医療っていうのは、っどうしてもその、周りの心配ごと。あと自分の心配ごとの解決のために動いちゃうっていうところ」(p120)

この金井さんの語りを受けて、近田さんは以下のように分析していく。

「周囲の人から発せられた『やっかいな人』という表現は、医療者がキャッチした途端、『病状が悪化してる』という表現へと変換され、精神科病院への入院または薬の増量、訪問回数の増加といった医療を呼び寄せることへつながっていく。医療専門職としての社会的責務が医療という眼差しを強化するのだ。そして、『自分の心配ごとのために動いちゃう』といった不要な動きは、たとえ不要であっても医療であるがゆえに『正当化されやす(く)』『絶対にこけないような強制力がある』という。」(p121)

電話をしょっちゅうかける、夜中に大声を出す。それをされた周囲の人からすると、迷惑をかけられることであるし、それが度重なるなら「やっかいな人」と名指される可能性が高い。だが、それは別に精神症状とイコールではない、「社会的逸脱行為」や「迷惑行為」である。だが「問題や異常を積極的に見いだし、“病い”として価値づけること」が得意な「医療者がキャッチした途端、『病状が悪化してる』という表現へと変換され、精神科病院への入院または薬の増量、訪問回数の増加といった医療を呼び寄せることへつながっていく」。これは、「異常者が生み出す社会の不安や混乱を鎮めるために社会を護らなければならない」という「社会防衛思想」そのものである。しかも、その社会防衛思想を抱く医療者は、「やっかいな人」にうまく対応できないという『自分の心配ごとのために動いちゃう』のだが、この「不要な動き」も「医療であるがゆえに『正当化』」されていくのだ。

これこそ「病状を見定め判断し治療にあたるという医療の正当化を支える基盤になっているが、ときには、認知の歪みをもたらす恐れを有している」こと、そのものである。

では、それ以外の可能性はどうやったら模索できるのか。

対象者の暴力行為にどう向き合ってきたのか、を語る看護師の福山さんの語りをみてみたい。

「ほんでもうすごい『うわー』と言って、『ばかやろー』みたいな形で、全然反省の面は出てこなくって、いつもそうやって逃避しちゃう人で、向き合えないのね。でもちょっとずつそうやってクライシスの対応しているなかで、『一緒に謝るから』とか言って、『ちゃんと悪かったっていうのを思ってるでしょ?』って言ったら、ツーって泣いたりとかする人でね。そうそう。だから自分だってやりたくないのはわかるけど、どうしてもやっちゃう。なんかあるんだよね、みたいに言ったら、ちょっと体感幻覚みたいなのがあるみたいだし、どうも幻聴もやっぱりひどいみたいだしっていう、彼女の病気のところが浮かび上がってくるんだけれども、それに対してやっぱりお母さんに攻撃に出ちゃうっていうのはちょっと違うよねって。あとになってみたらそういうやって話はできるんだけれども、やっぱりそのときの感情のコントロールってなかなかできなくて。」(p103)

ACT-Kのチームも、近田さんも、精神病は存在しないので医学のカテゴリーから外すべきだ、という「反精神医学」の視点とは異なる。幻覚や幻聴の存在は肯定するし、時として薬が必要なことも認めている。ただ、肉親を攻撃する、ATMをぶっ壊す、無銭飲食をする、などの暴力や暴言に関して、それを全て病気のせいにして、「縛る・閉じ込める・薬漬け」にすることで「治療した」とはしないのである。だからこそ、暴力や暴言の行為を「クライシス」と捉え、「クライシスの対応しているなかで、『一緒に謝るから』とか言って、『ちゃんと悪かったっていうのを思ってるでしょ?』って言ったら、ツーって泣いたりとかする人でね」と、本人の素の部分を見つけていく。

この福山さんの語りをうけて、近田さんは以下のように受け止める。

「このように、利用者の気持ちを理解することができるという共感的な了解の仕方は、利用者の立場に立ち、主体化を目指す彼らの苦労に伴走することを可能にする。別の言い方をすれば、暴力といった精神症状を、主体化を図る過程で遭遇する苦悩の表出と捉えて共感するからこそ、彼らに責任を返しながら伴走するという『意味』のある支援を展開することが可能になるのだ。」(p104)

暴力行為というのは究極的な反社会的行為である。それを「共感的な了解」をするのは、果たして倫理的に許されるか、という「道徳的批判」も招きかねない。ただ、福山さんや近田さんは、「暴力といった精神症状を、主体化を図る過程で遭遇する苦悩の表出と捉えて共感する」ことを大切にする。生きる苦悩が最大化した時に、それを「苦しみ」として社会的に許される表現様式として表現出来ないから、暴力という反社会的な形で「苦しいこと」を表現しているのである。

そして、『一緒に謝るから』というのは、一人では謝れない状況にあるご本人の「苦しいこと」を共感的に了解し、共に謝ることによって、「主体化を目指す彼らの苦労に伴走すること」である。それを通じて、心神喪失、とか責任無能力、とラベルが貼られがちな精神障害のあるご本人に「責任を返しながら伴走するという『意味』のある支援を展開すること」が可能になるのである。これはまさに「苦楽を共にする」ことであり、「利用者の主体化」を支援することでもある。

これは看護やソーシャルワーカーだけではない。ACT-Kの主催者である医師、高木俊介さんの語りにも共通することが出てくる。

「患者の家から出て帰ろうと思ったら、地域の人がぞろぞろそろって出て来て、車囲む。僕の車。『なんとかせい』っちゅって。『すいません』って。いや、あの、いうちクリニックで。いや、そうですよね、大変なんですけど。あの、『この頃は人権とかいうこともうるさくなって、私も困っとるんですよ』って。そうか、大変やなって言って。いや、保健所にも、どうしたらええか相談に行っとるんですけどねって言って。何せ、人権、人権と言われても、医療も困るんですよねって言って。」(p73)

往診に出かけた高木さんが、帰ろうとしたら「地域の人がぞろぞろそろって出て来て、車囲む。僕の車」。これはかなり抜き差しならない事態である。しかもその時に言われたのが、『なんとかせい』。この意味は、本人に注射を打って暴言や迷惑行為を止めろ、とか、それが無理なら強制的にでも精神病院に入院させろ、という意味での「なんとかせい」である。ただ、高木さんは脱精神病院運動の闘士でもあり、強制入院の暴力性を誰よりも熟知している人である。とはいえ、住民とガチで対立したら、余計問題がややこしくなる。その際、彼がとっさに出てきたのが、『この頃は人権とかいうこともうるさくなって、私も困っとるんですよ』という発言であった。近田さんは、この部分を以下のように分析している。

「近隣住民からの『なんとかせい』という一方向的な要請に対し、高木氏は、 『私も困っとるんですよ』と困りごととして吐露する。それに対して住民は『そうか、大変やな』と共感を示す言葉を返している。つまり、この『困りごと』というのは、困りごとを抱えた1人の他者の立場に立つことを可能にするフレームとして機能しているのだ。」(p73)

書き写していても思わず唸る、優れた分析である。「なんとかせい」というのは、社会防衛的な視点に立ち、医師に警察官役割を求める世間の視点でもある。その役割を日本の精神科医は求められ続けてきた結果、世間の視点を内面化し、「一般医療は医療するだけじゃないですか。保安までも全部やっているわけでしょう、精神科医療って」といった発言を、当の精神科病院協会会長が公言するほどだ。それだけ、狂った人は病院に隔離収容せよという発想が私達の頭の中に刷り込まれている。

それに対して、高木さんはガチでぶつからず、「『私も困っとるんですよ』と困りごととして吐露する」。すると、自分たちだけが困っていると思い込んでいた住民達もハッと気づく。困っているのは自分たちではない。「なんとか」してくれると思っているこの高木さんも、同じように困っているのだ、と。すると「住民は『そうか、大変やな』と共感を示す言葉を返している」のだ。すると、住民対医者、といった素朴な対立軸は消失する。なぜなら「この『困りごと』というのは、困りごとを抱えた1人の他者の立場に立つことを可能にするフレームとして機能している」からだ。さらに言えば、「困りごと」を抱えているのは、迷惑行為を受ける住民だけでも、そこにうまく関わりきれないACTチームだけでもない。もっとも困りごとを抱えて困っているのは、他ならぬ迷惑行為をするご本人である、という眼差しを、ジワジワと共有するきっかけにもなるのだ。そのようなフレームの転換が、あの短いやりとりの中に詰まっているとは、何度もインタビュー原稿を読み直して分析する現象学的質的研究だからこそ浮かび上がる真骨頂でもある。

そのような「困りごと」を抱えた当事者に向き合う精神医療の専門性とは何か。それは、看護師の大迫さんの語りに象徴化されているように思う。

大迫さんは、40代で未治療の統合失調症患者となかなか出会えなかった時、「自然が大好きな人」と聞いて、本人部屋の見えるところにシイタケの原木を置いておいて、それが生えてきて、一緒にシイタケを食べたところから関係性が出来た、という。また、別の会えない利用者がたこ焼き好きだと聞いて、「玄関先でたこ焼きを焼き、香ばしい臭いで誘い出した」(p81)こともある。さらには、利用者が入院した際、保護室に幽霊が入ってくると聞いて、本人が安倍晴明のマンガを持っていたので、晴明神社に出かけて500円の御札を買ってきて渡すと、幽霊が消えたと本人に言われ、「薬よりも御札やったんや」(p52)と気づいたエピソードも披露する。

シイタケやたこ焼き、御札まで出てくると、原因と結果を因果論で結ぶ生物医学モデルの対極である、だけでなく、それが専門性なの?と問いを挟みたくなる展開である。ただ、近田さんはここにどのような「専門性」があるのか、を以下のように分析していく。

「大迫氏は、『心配』と対比関係にある『安心』という『人としてのあたりまえ』の感覚を第一優先とし、利用者の興味・関心に焦点をあてながら『実験』や『工夫』を凝らした実践を展開していた。この『人としてのあたりまえ』の感覚が大迫氏の実践の基盤隣、医療制度の規範や枠組みを変容させるような実践へと繋がっていった。そして、変容するなかで、あらかじめ目標を設定するという思考は消失し、代わりに『待つ』行為が重要な価値を持つようになった。
こうした実践を経て『孤独』だった利用者は大迫氏と『一緒』に苦楽を享受することで、現実世界に生きる大迫氏の信頼を得て、希望や意思といった『人としてのあたりまえ』の『ニーズ』を表出できるように回復を遂げていった。」(p61)

たこ焼きやシイタケ、御札は、精神医学の常識で言えば「非常識」である。だが、孤独で他者とつながれていない人と、どうやったら出会えるのか、興味を持ってもらえるのか、信頼関係を構築するか、という「『人としてのあたりまえ』の感覚」に立ち戻ったときに、「利用者の興味・関心に焦点をあてながら『実験』や『工夫』を凝らした実践を展開」するのは、じつは最も真っ当なやり方である。部屋にシイタケの原木を置く、玄関先でたこ焼きをする、保護室に御札を持って行く、というのは、突飛な離れ業ではなく、本人と接点を持つためのロジカルな「『実験』や『工夫』」なのである。

病状の世界に閉じこもって、現実世界との接点を見失って、「苦しいこと」の中から出られなくなっている利用者に対して、大迫さんが用いた専門性は、「希望や意思といった『人としてのあたりまえ』の『ニーズ』を表出」できるように、興味関心の接点をつくった、ということだったのだ。これも、近田さんの分析を読むと、心から納得して理解することができた。

そして、待ちながら本人のニーズを探る支援として、看護師の安里さんの語りも最後に紹介しておこう。夜中にタクシーを無賃乗車した利用者に、スタッフが支援に行った後、タクシー代や本人を家に送り届けるのにかかった費用を利用者に支払ってほしい、と安里さんが利用者に伝えたところ、以下のような展開になったという。

「そしたら『何言ってんだ、クソボケ』みたいな。『誰が金払うか、おまえ』みたいな感じで。もう完璧に甘えてるんじゃねえって。でも、自分に向けてる言葉をこっちに発しているとかいうのが見えてきて。で、普通やったらこう、そこでうちらも、ムカッときたりとかしてたけど、全然ムカつかなくて、きっとこの人は、一生懸命その後考える。考えて、きっといつか払ってくれるっていうのがあったので、うん。そしたら案の定、数日後ちゃんと返してくれるっていう。多分そういうふうに、本人が素になって考える瞬間をきっとこの人は持つだろうっていうふうに思えて。」(p30)

安里さんも、大迫さんと同じように、生物医学モデルではありえない、一見すると非論理的に見えることを言っている。無賃乗車について責任を取るように伝えた安里さんに対して、『何言ってんだ、クソボケ』『誰が金払うか、おまえ』と言い返す利用者。これは、法律用語で言えば事理弁識能力や責任能力がない、と言ってしまいたくなる。でもそのようなラベルを貼ることにより、「問題や異常を積極的に見いだし、“病い”として価値づけることのできるポテンシャル」を遂行してしまうのである。それを、安里さんも良しとはしない。というか、普通なら、そういうことを言われたら「ムカつく」のである。でも、安里さんは「全然ムカつかな」い。なぜならばそこに、精神医療の別の専門性があったからだ。それが「自分に向けてる言葉をこっちに発しているとかいうのが見えてきて」という推論である。

そこを近田さんは、以下のように分析している。

「精神医療従事者のなかには、こうした利用者の暴言を精神症状の悪化と意味づけ、薬物療法をはじめとする別の対処方法を選択する人もいると思われる。しかし、このときの安里氏は、利用者の暴言を心理的葛藤の形態の1つとして捉えることが可能になっている。こうした見え方の変化は、さらに『素になって考える瞬間をきっとこの人は持つだろうっていうふうに思えて』や『きっといつか払ってくれる』とあるように、内省による行為の変化を信じることを可能にする。」(p31)

暴力や暴言といった「反社会的行為」を、病気と見なし、「縛る・閉じ込める・薬漬けにする」という「対処方法」がとられることが、旧来の精神医療ではすごく多い。でも、それでは問題は何も解決せず、問題がさらに悪化したり、本人の状態が悪くなったり、社会的な入院が増えたりするばかりだ。それは、適切なアプローチではない。

ACT-Kのチームの皆さんは、その前提に立った上で、「ではどうすれば別のアプローチが出来るか」を必死に模索する。そして、安里さんは、精神医療の別の専門性として、「利用者の暴言を心理的葛藤の形態の1つとして捉えること」が出来た。その専門性があるからこそ、「『素になって考える瞬間をきっとこの人は持つだろうっていうふうに思えて』や『きっといつか払ってくれる』とあるように、内省による行為の変化を信じることを可能にする」のである。これが、地域の中で「問題行動」「困難事例」「反社会的行為」とラベルを貼られる言動をする人を支える「専門性」のダイナミズムにあると、近田さんの本を読んで改めて理解することが出来た。

最後に、この素敵な著作をまとめた近田さんのことを触れておきたい。

この本を読んで初めて知ったのだが、彼女はあの「浦河べてるの家」で有名な浦河町出身で、浦河赤十字病院の精神科病棟が看護のスタートだったという。その時、当時の病棟医だった川村敏明さんの影響力もあって、「『病棟の規則をつくることは簡単だが、一度、つくってしまうとなくすのが難しくなる』という信念のもと、医療専門職として“すべきこと”と“してはいけないこと”を見極めるための話し合いを常に欠かさなかった」(p4)という。

「その後、医療専門職との技量を高めるべく浦河赤十字病院を離れた私は、患者の精神症状を薬物療法や行動制限で過剰にコントロールしようとする医療専門職の姿を目にすることで、日本の精神科医療が抱える問題を知ることになる。」(p5)

つまり、彼女は普通の精神科医療の専門職とは、全く違う出会い方をした。最初に「専門職としての“幸せ”な経験が、精神科看護師としての私の原点」(p5)にあったのだ。その後に、浦河赤十字病院病院精神科の実践が「当たり前」ではないこと、いかに日本の精神科医療の他の現場が抑圧的なのか、を「専門性を高める」プロセスの中で知ってしまったのである。すると、浦河赤十字病院と他の閉鎖病棟の違いを見る中で、「精神医療の専門性」とは一体何か、という根本的な疑問を抱く。そして、イタリアの精神医療に出会い、ACT-Kと出会う中で、そこで働く専門職へのインタビューを重ねる中で、「医療専門職として“すべきこと”と“してはいけないこと”を見極める」プロセスを積み重ねていった。その上で、彼女なりに「精神医療の専門性」とは一体何か、の「問い」に答えを本作では示してくれた。それが、「「治す」とは異なるいくつかの試み」という副題に現れていると思う。

いやぁ、めっちゃ読んでいてオモロイ一冊だし、是非ともオススメです。

*ちなみに、ACT−Kでは看護師を募集中と高木さんから聞いた。この実践に興味がある人は、是非とも近田さんの本を読んだ上で、アクセスしてみてほしい。こういう「「治す」とは異なるいくつかの試み」が出来る医療者が増えてほしいと切実に願っている。