定型発達でない、という「強み」

先週末、本棚を入れ替えたら、積ん読本に新たな光が差してきた。そして、1年以上書棚で待ってくれていた本を、ようやく手に取る。読み出したら、貪るように読み終えていた。

「かえりみれば教師から級友からいじめに遭ったとき以来、私はそのことに異議を申し立てたり、不快な気持ちを訴えたり、別のところで新たな人間関係を築こうとしたりはせず、ただひたすら勉学の世界に閉じこもっていた。20代のある時期まで、いつも自分にこう言って聞かせた。『人間は裏切っても、勉強は裏切らない』と。考えてみれば、私にとって勉強とは常同行動そのものだった。(略) 私は自分が思い決めた『勉強の形』に固執した。『形がすなわち意味そのもの』であったから、それは自分が生きて存在することの証でなくてはならなかった。こうして『勉強は裏切らない』という非論理的な観念に呪縛された私は、志望校に合格するという目的合理性ではなく、被虐的なまでの刻苦勉励という行為それじたいに意味を措き、快感を見出してやまなかった。つまり、ある種の精神論、形式美に生きていたのである。」(真鍋祐子『自閉症者の魂の軌跡-東アジアの「余白」を生きる』青灯社、p269)
この本の帯に「自閉少女から東大教授へ。その体験の壮絶な記録」と書かれているように、真鍋さんは韓国の民衆運動や韓国人の内在的論理を研究する東大教授である。拙著『枠組み外しの旅』と同じシリーズである「叢書 魂の脱植民地化」の6巻目に出された本である。この叢書はどれもズシンと重い。それはこの本の最後に「刊行のことば」として編者の安冨歩・深尾葉子両先生が述べているように、「客観主義」という「学術ダム」を決壊させるプロセスの記述、つまりは「対象への問いを通じて自らを厳しく問う不断の過程」だからである。実際、この本を通じて、真鍋さんご自身も、自分自身の生きてきたプロセスや日本社会、韓国社会との向き合い方を問い直すことによって、ご自身のありようを「厳しく問う」こともされている。これこそ、「観察される対象者と観察する私」という「客観主義」に揺さぶりをかけ、決壊へと導くプロセスである。
真鍋さんのこの本が圧倒的に魅力的なのは、彼女自身が「当たり前」に感じていた感覚や行為に揺さぶりをかけ、「自閉症」の構造から捉え直し、そこに新たな意味付与をして、内在的論理を整理し直して言語化する、というプロセスにある。例えば自閉症の常同行動とは、身体を前後にゆらしたり、同じフレーズを繰り返したり、回るものをずっと見続けたり、というパターン化された行動のことを指す。そして、その行動は定型発達の人にとっての「意味」を見出しにくいから、「常同行動」という形でラベリングされている。だが、例えば勉強やスポーツのように、「意味」が強くあるものに拘り続け、繰り返すことをさして、「常同行動」とは言わない。大変熱心に取り組む人、とむしろ、プラスに評価される。
だが、『形がすなわち意味そのもの』であった真鍋さんにとって、定型発達の人が極度に拘る「志望校に合格するという目的合理性」を、重視してはいなかった。「志望校合格」という「意味」ではなくて、その為の手段である勉強という「被虐的なまでの刻苦勉励という行為それじたいに意味を措き、快感を見出してやまなかった」というのだ。これを、定型発達の人(=日本社会のマジョリティ)が聞くと、「信じられない」と返ってくるが、よくよく耳を澄ませてみれば、そういう人は、実は一定の割合でいる。
僕のゼミ生でも、いろんなタイプの学生がいる。例えば過度に他者の評価を気にして、その牢獄に陥って、「ありのままの私」は努力不足だから、認める事が出来ない、という学生もいる。他方、他人は他人で、どれだけ褒められても評価されても、その評価という「意味」を求めようとしない学生もいる。ある学生には喉から手が出るほど希求して止まない他者評価を、全くといってよいほど重視しない。前者にとって「仙人」のように映る後者の学生の内在的論理を伺うと、実は他者と自分の感覚や志向のズレを小さい頃から自覚していて、「他人と同じように出来ない事」を悩んでいたりする。そういう学生の中には、真鍋さんと共通の方向性を持つ人がいる。
ゼミ生の中には、その自らの独特さについて、「自閉症」の論理との共通性を見出し、卒論を書いた学生もいる。その学生達の研究や発言から学んだのは、例えばスポーツ、特に個人競技に秀でた学生の中には、練習そのものを、結果的には「常同行動」のようにこなす人もいる、というリアリティだ。例えば大会で優勝する、とか、オリンピックに出る、とか、マジョリティからみたら「羨ましい」と思える成果を出している人であっても、成果=意味、と捉えるならば、『形がすなわち意味そのもの』である人にとっては、それは重要なことではない。大会で勝っても、どことなく他人事として眺めている自分がいて、周りの喜びようや、大会に向けた他者からの圧力やプレッシャーも、何だか違和感をもって受け止めている。それは、本人にとっては、その大会にどんな「意味」(関東大会、日本の王座決定戦、オリンピックの出場権争い・・・)が込められているか、という「目的合理性」に価値があるのではなく、「常同行動」的な「形」の反復こそに、意味や価値を見出しているからである。
そして、勝負そのものに強いのは、実はこういうタイプの人なのかも知れない。他人が期待していると、そのことがプレッシャーになるタイプ、とは、他者の期待や評価を内面化し、それを自分自身の中に取り込んで、その査定に合う・合わない自分を勝手に評価しようとする行動である。それをすれば、緊張し、ガチガチになり、パフォーマンスは下がる。これは、僕自身にとっては合気道の演武会がまさにそうである。「みんなの前で演武する」という「意味」に居着いてしまい、そこから自由になれず、その意味に固執することで合気道の形がグダグダに崩れていく、ということを指す。
だが、このような「意味」から自由になる人にとって、他者の期待や評価の重要性は極めて低い。普段の練習と、師匠やコーチの前での練習と、観客の前でのパフォーマンスにおける差は、遙かに小さい。なぜならば、「人に評価されている」という「意味」に重みを付けるより、常同的な(いつも行っている)パフォーマンスを繰り返す、という儀式的な側面の方が強いからだ。すると、過剰な「意味」の牢獄に囚われてパフォーマンスを下げる人よりも、普段と同じ感覚で(=常同的に)パフォーマンスを本番でできる人の方が、勝負する前から、その能力が発揮しやすい、ということも見えてくる。
とはいえ、こういうタイプの人だって、仙人ではない。むしろ定型発達の人が何気なく出来ていることに苦しさを感じているのだ。真鍋さんはこうも語る。
「このような定型発達者の無意識のスキルは、最近の言葉で『スルー力』と呼ばれるものだ。了解不能な現実を隠蔽する論理構造は、私の場合、例の『更年期障害』から始まっている。ただし、それはこうむった苦痛の意味を自分に納得させ、相手も同じくらい苦しんでいると思い込むことで憂さを晴らし、一時的にでも楽になることが目的であったから、了解不能な他者の行為の意味を『独立した次元』ととらえるのとは根本的に異なるのである。表面上はスルーしているように見えて、その後も長らく『見返してやる』という思いに縛られてきたのは、了解不能な現実を『欠損』とくくって間接的に受容するまでには至らなかったことを意味する。」(p260)
「了解不能な現実を『欠損』とくくって間接的に受容する」、つまり「見ないことにする」「わかったふりをする」という意味での「スルー力」を持ちにくい、という。定型発達の人は、形より意味にこだわるので、逆に言えば、意味さえ付与すれば、スルーできてしまう。「ああいう人だから」「世の中、そういうもんだから」とラベルを付けても、本当のところは、何もかわらない。でも、「とりえあえずそういうこと」という意味付与が出来れば、「了解不能な現実を隠蔽する論理構造」は通ってしまう。まさしく、「スルー」する事が出来る。
でも、意味より形にこだわりがつよいと、「了解不能」であるという「形」こそに、こだわってしまう。他人と話していても、価値観が違うので話が合わない、と悩んでいる学生もいる。でも、定型発達の学生だって、実のところ、価値観が相手と合っているとは限らない。ただ、「スルー力」が高くて、「了解不能な現実を隠蔽する論理構造」を上手に働かせて、「わかったふり」をして、相づちを打っているだけ、かもしれない。だが、そのような意味付与が苦手だったり、そのような意味付与に「意味を見いだせない」人にとっては、了解不能な現実という「形」こそが気になってしまう。それが、日本社会の中での「生きづらさ」とつながってくる部分があるのかもしれない。
そのことを越える為には、冒頭でもちょっとだけ触れた、安冨・深尾先生の「刊行のことば」が手が掛かりになりそうだ。
「何かを知りたいという、人間の本性の作動は、知ろうとする自分自身への問いを必然的に含む。対象への真摯な探求を通じて、自らの真の姿が露呈し、それによって更なる探求が始まる。これが知ることの本質であり、これによって人は成長する。この身体によって表現された運動を我々は『魂』と呼ぶ。(略) 『魂の脱植民地化』とは、この<知>の円環運動の回復にほかならない。それは、対象への問いを通じて自らを厳しく問う不断の過程であり、修養としての学問という、近代によって貶められた、人類社会の普遍的伝統の回復でもある。『魂の脱植民地化』研究は、この運動を通じて、魂の作動を阻害する暴力を解明し、その介助を実現する方途を明らかにしようとする学問である。」
長くなったので触れられないが、真鍋さんは、韓国社会や韓国の社会運動との出会い、そして大学院生時代の「研究」における試行錯誤を通じて、「知ろうとする自分自身への問い」と直面された。そして、そこに蓋をして、「客観主義」の作法を身につけ、その枠組みに当てはめて「わかったふり」をすることなく、「自らの真の姿」の露呈にひるむことなく、「それによって更なる探求」への旅に漕ぎ出された。そのような「<知>の円環運動」が、本書の中に余すことなく記載されている。
副題の「余白」に関して、真鍋さんは「既成の構造」からのの「裂け目」(p319)とも表現している。これは、同調圧力の強い日本社会においても、様々な境界線上に「裂け目」があることを意味している。真鍋さんは韓国研究を通じてその「裂け目」に出会われたが、例えばそれはトップスポーツ選手が何らかの事情で「引退」した時や、就職や転校など、あるいは東日本大震災といったカタストロフィー時など、場や文脈が大きく変わることで、自明的なはずの意味に「余白」が生じる瞬間でも、「裂け目」は生じる。だが、私たちは往々にして、その「裂け目」に対して「見ないふり」をして、ひたすら昨日と同じ今日という「常同的日常」に意味を持たせようとする。だが、反復する形が昨日と今日では大きく異なっているのに、同じだと扱う「常同的日常」自体が、同じ形の反復にこだわってきた人にとっては、「了解不能な現実を隠蔽する論理構造」に映ってしまうのだ。そして、研究とは、そのような「常同的日常」の「裂け目」や「ズレ」を、そのものとして指摘し、そのような「裂け目」という「対象への問いを通じて自らを厳しく問う不断の過程」でもある。それが、結果的に「魂の作動を阻害する暴力を解明し、その介助を実現する方途を明らかにしようとする学問」へと繋がっていく。
非常に多くの事を真鍋さんの著作から学ばせていただいた。

ダイアローグな症状論

中井久夫氏の本は元々好きで読んでいたが、『統合失調症をたどる』は、非常に良い。中井氏の統合失調症の発病から経過に関するテキストと、その時期に当事者がどう感じたか、のエピソードが、うまく折り重ねられていく。例えば「発病時臨界期-身体症状の現れ」という項目では、中井氏のテキストでは、次の様に述べている。

「身体の乱れと感覚過敏のこの時期は、病気への入り口であり、頭痛、緑内障、便秘と下痢の交代など自立系の乱れが身体にあらわれたものから、インフルエンザや虫垂炎のような身体病まである。悪夢をみたことをあとで話す人も多い。さらに聴覚過敏がおこる。(略)ここで、身体の最後の警告を聞けば危機が回避される。」(p114)
それに対して、当事者たちはご自身の経験を次の様に語っている。
「【ウナム】胸が苦しくて病院を転々としたが、どこも悪くないといわれた。この本の編集に参加して、経過を知る事で、あの胸の痛みが何だったのか腑に落ちた。胸の痛みが『状態が悪くなるよ』と教えてくれた。」
「【星礼菜】腹痛があり会社を早退していた。その後、幻聴が自分をほめちぎってきて、うっとりと高揚した状態になったが、しばらくすると過去の失敗などを責めさいなむ声に変わる。持ち上げられたぶん、たたき落とされたときの痛みは大きかった。その繰り返しに疲れ果て、どうすることもできず無気力になった。」
「【のせ】発病前に強烈な胸の痛みに襲われました。それがまったく嘘のようになくなったと思ったら、世界が変容し、幻聴が聞こえはじめました。」(p118)
中井久夫氏は、患者の病理を外から観察する文体ではない。確かに実際には外から観察しているのだけれど、患者の感覚や感情をしっかり聞いた上で、統合失調症の「異常体験」的な何かの内在的論理を、しっかり掴む天才だと思う。しかも、無理からあせり、発病時臨界期、いつわりの静穏期、発病、恐怖からの救いとしての幻覚妄想、回復時臨界期、などのプロセスの、統合失調症者の身体症状や感情、感覚などの内在的論理も実に精緻に描いていく。その中井氏のいくつかの著作のダイジェストが抜粋されていて、それだけでも読む甲斐があるのに、この本のミソは、その中井氏の論理と、実際の体験者の「対話」があるところだ。
「病の体験を言葉にして力に変えよう」という事をキーワードに創られた、就労継続支援A型事業所でもある鹿児島のラグーナ出版。そこに集う患者達とこの本を創り上げた精神科医の森越まやは「本書ができるまで」で、こんな風に語っている。
「いつしか私は、ラグーナ出版で働く統合失調症の患者とともに中井の著作を読みはじめました。『病気の前よりもよくなることを目指す』などの治療目標は患者の腑に落ち、日々を生きるための確かな力になったことを実感しています。本書の”考える患者”の一人は、『病気を説明する本はたくさんあるのに、病気になったときにどうすればよいか、これからどうなるのかを教えてくれる本がなかった。だからこそ、役立つ本を作りたい』と語りました。読書会の様子を中井に伝えると、とても喜んでくださり、『それでみんな(患者)はなんていっているの』『この時期ではみんなどう思っているんだろう』などと尋ねられ、この本が生まれました。編集を終えて、ある”考える患者”は、『多くの人がこの本を手に取って発病を未然に防ぎ、統合失調症を正しく理解してほしいと願うばかりです』と語りました。」(p5)
この本では、中井の著作から、その時期ごとの記述がテキストとして引用されている。だが、それを聖典としてあがめ奉るのが目的ではない。見開き2ページ程度の中に、わかりやすく、スッと頭に入る解説分のパラグラフが、3,4つ挿入されている。そして、次の見開き2ページには、”考える患者”による体験ノートと、中井・森越による解説が付けられている。
実際に、”考える患者”と中井が対談している訳ではない。だが、この中井のテキストを通じて、”考える患者”が自身の体験談を語る中で、テキストとしっかり対話がなされている。それを、中井・森越の対談が受けている。そのような往復作業の中に、テキストをリアルなものに変え、患者の内在的論理が彩られ、「分厚い記述」が生まれていく。実際に直接の対話をしていなくても、テキストを通じた対話というポリフォニーが展開していく。それを読み進める程に、読む側はそのような「多声性」のグルーブの中に、はまり込んでいく。僕もそうやって、一気に読み進んで行けた。
あと、”考える患者”の声にもあったが、「病気になったときにどうすればよいか、これからどうなるのかを教えてくれる本」は、確かにあまり見ない。特に、次の部分の対話など、思春期の子ども達は絶対に読んでおいた方が良いと思う。
「【中井】人はいつも『余裕の状態』にいるわけではない。無理をし、焦る。この三つの段階を上下しているのがむしろ人々の日常であろう。ただこの三つの状態の『風通し』がよく、状況に応じて『余裕』への方向をとりうる者が健康者であろう。困難にぶつかると発病への準備性の高い人はいわば氷雪を頂く山頂の方に向かって逃げる。」(p87)
「【ウナム】子ども時代から何か困難があると『休む』ことより『頑張る』方向を選択していた。そもそも休みの取り方を教わった記憶がない。高校時代、睡眠三時間の生活を続け、周囲にとってもそれが当たり前の現実となり、半年後に原因不明の胸の痛みが起こり発症した。あせりを本人は気づきにくいので、注意してくれる人の存在が必要である。今回、自分の病気の経過を知り『そうだったのか』と腑に落ち、治っていくような気がした。」(p88)
実はこの部分を読んで、自分自身にも当てはまる部分が大きくて、すごーくびっくりし、腑に落ちた。「余裕→無理→あせり」のプロセスは、確かに僕自身もあてはまり、そこで「氷雪を頂く山頂の方に」漕ぎ出すことも、時としてある。だが、身体が正直で、眠ることを削らないだけ、何とか「風通し」が良い状況に戻れている。というか、自分が悪循環に入り込んでいるときは、睡眠不足と、無理があせりに変容した時である。それを他人のせいにしたり、しょっちゅう被害的な事をネチネチ考えたり、ネットを夜中まで弄っていると、ろくな事はない。そういう時はさっさと寝るに限る。逆に言えば、そうやって睡眠を確保できない状態が続くと、どんどん「氷雪を頂く山頂の方に向かって逃げる」にはまり込んでいく。
そして、僕の場合は幸いにも、パートナーがちゃんと注意してくれる。「あんた、眠くないの?」「無理してるけど、大丈夫? 休んだら?」 僕自身はウナムさんと同じように、「そもそも休みの取り方」がへたくそなタイプで、「何か困難があると『休む』ことより『頑張る』方向を選択」する傾向もある。だから、20代後半は、クタクタだった。それが、結婚してから、パートナーにそういう注意をされ、最初は不承不承だったが、少しずつ休むようになり、身体が楽になってきた。未だに「あせり」はしばしばあり、「頑張る」方向に行きがちだけれど、「休む」というのが、創造性を高める為に、非常に大切だ、とやっと身体がわかってきた。9時間くらい眠ると、頭がスッキリする。6時間以下の睡眠が続くと、文章も書けなくなる。そういうリズムに、「余裕-無理-あせり」のサイクルは、すごくフィットして来る。
このように、精神的・身体的な「風通し」をよくする為の本が、「心の健康」のためには、実に大切だ。そして、この本は中井の精緻な理解に基づく統合失調症の発病から回復に向かう内在的論理の記述と、”考える患者”の「この時に堂感じ、考えたか」の対話がポリフォニーのように響き合い、自分だったらどうだろう、と問いかけてくれる、ダイアローグの性質が高い本である。第四巻まで続くそうなので、早く続きが読みたい、とワクワクしている。

呪いの言葉を超えるために

何気なく読み始めたら一気読みしたコミックエッセイがある。マンガは引用できないので、文章を引用してみる。

「『どうせ何をやってもうまくいかないよ』
その声が聞こえると
『そうだよね、うまくいくはずがないよ』
って あきらめてた」
このフレーズを読みながら、ゼミや授業で出会う何人もの学生達の顔を思い浮かべていた。彼ら彼女らの話を聴いて居ると、いわゆる「よい子」で、かつ、自信のない子が結構多い。自己肯定感が低く、他者承認を求めて必死になっていたり、「自分の意見なんて出したらウザいと思われるのではないか」と必死になって自分を「消している」人も少なくない。そして、どうしてそのように他者承認に必死になっているのか、の根源をたどっていくと、実は親や教師など、身近な大人から無条件で承認されてこなかったことが契機になっている人も、少なくない。
そんな現場の実感を見事に表現してくれたのが、細川貂々さんだった。彼女は、自分自身をモデルにしながら、自分自身の魂がどのように母の言葉によって毀損されていったのか、を明らかにしていく。(ちなみに彼女の『十牛図』の解説マンガも、魂の遍歴を辿るよい作品です)
「人に自分のことを話すときは『自分なんて何もできない』って言いなさい」
「あなたは何もできない子なんだから何もしなくていいのよ」
これらの言葉が、子どもの自発性や自尊心を、どれだけ深く傷つけていることか。そして、健気な子どもは、その母の言葉を真に受けて、自分自身が「やってみたい」と思うけど、親が承認してくれなさそうなことを、数多く引っ込めるようになる。そのうちに、ネガティブ思考に囚われて、自分自身のパフォーマンスは下がり、本当に「何も出来ない」と思わされ、親の期待通りの「何もできない子」ができあがる。
そういうストーリーを伺っていると、素朴な疑問が浮かぶ。
「そんなの、嫌だったら嫌だ、と言えばいいじゃん」
と。
でも、ゼミ生に聞いてみると、「それが出来たらこんなに悩まない」と言う。嫌であると言うことで、相手に嫌われるのは、怖いし、不安だし、そんなこと、とても出来ない。それよりも、自分さえ我慢すれば相手が喜んでくれるのであれば、そっちに従った方が楽だし、それ以上考えたくない。
これは、ちょうど今ゼミでの議論に浸かっている安冨歩さんの名著『生きる技法』(青灯社)の命題にもつながる。(この本についてはブログでも何度か触れている)
【間違った命題4-2】×他人を愛することは、自分を犠牲にすることである。
この【間違った命題】を、「正しい」と思い込んでいた学生達も、少なからずいる。両親やパートナーが承認してくれるのであれば、自分を犠牲にすることをいとわない人々である。でも、自分を犠牲にして相手のために尽くしても、それは本当の愛情関係ではない。とはいえ、子ども時代からそういう経験をすり込まれてきた人々は、それが当たり前と思い込んでいるから、それ以外の選択肢に踏み出すことが怖くて怖くて仕方ない。だから、自分を犠牲にしたくないので他人を愛さないか、他人にすり寄って自分を犠牲にして、結局疲れて果ててしまう。
そんなゼミ生達や僕が出会う学生達の背中を押してくれそうなのが、この貂々さんのコミックエッセイである。他者承認の牢獄に陥らなくても、まずは「私は 私のために生きる」(p113)。そう宣言してみる。そして、それを実践するために、少しずつ、自己否定という名の洞窟から出て、自分の楽しいこと、ワクワクすること、したいことをやってみる。他人にどう思われようと、「よい子」の自己検閲やリミッターをかけずに、自分を犠牲にせずに、大切にしてみる。それが、「何にもできない」という呪縛の悪循環から、一歩踏み出し、「箱の外に出る勇気」を持つための、最初の一歩につながる。
「どうせ」「しかたない」は呪いの言葉であり、それを振り切るところに、自由な世界があるのだ、と。
そんな勇気や希望をもらえる一冊である。
追伸:今朝配信された安冨先生のインタビューの「目に見えない暴力に取り囲まれていると、苦しみが終わらない」というフレーズは、まさに貂々さんが囚われた牢獄と構造的に同質だと感じた。

オープンダイアローグな4日間

木曜日から日曜日まで、フィンランドのオープンダイアローグにドップリ浸かっていた。『オープンダイアローグ』の著者、ヤーコ・セイックラさんとトム・アーンキルさんの二人のセッションが、木曜日は京都で、金曜夕方から日曜までは渋谷で、行われた。この濃厚な4日間に立ち会った記録を、友人向けにメモ書きしていたら、「それを公開してほしい」というご要望を頂いた。なので、皆さんにお裾分けさえて頂きます。なにぶん僕自身の感想なので、本当に学びたい人は、上述の本などをしっかり読んでくださいませ。

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<①5月13日:オープンダイアローグセッション@キャンパスプラザ京都>
僕は『オープンダイアローグ』の翻訳をされた高木さんにご指名を受けて、日本評論社主催のセミ・クローズドなセッションのファシリテーターとして立ち会う。即興性を大切にして、セッションをガチガチに組まなかったので、わりと緩い感じのセッション。対話がしっくり行き始めた段階で、2時間半のセッション終了、という感じ。
たぶん東京セミナーのかりっとした構造化とは違う、ゆるい枠ゆえに、まとまりも緩かったけれど、でもきらりと光る断片も色々伺えました。
特にメモしておきたいのは、感情を表現するということ。ある夫婦が関係性のしんどさを抱えていた。で、そのしんどさの源流をたぐるうちに、どうやら夫の父親が軍人で気持ちを表現しなかったことがわかってきた。また、お母さんは、ご本人が8歳の時に、「自分は他の男の人と付き合っている」ということを聞いて、ショックだったという。そこで、ヤーコさんが「私はその話を聞いて、心がズンと沈む」と話すと相手は泣き始めた。ヤーコさんも、一緒に泣いていた。そこから物語が動き始めた、と。
専門職は「泣いてはいけない」「巻き込まれてはいけない」と信じ込まされているけど、もっと感情を素直に表現しても良いのではないか。なぜなら、患者と医療者、ではなく、人間対人間、のつきあいであれば、そういう感情を表現するのもごくナチュラルなことだから。そう二人は言っていた。
そして、その時大切なのは「あなたは大変でしたね」と解釈することではない、という部分。「私はそれを聞いて胸が痛みます」と、自分を主語にして、自分の主観性を出した上で、相手の主観的話にコミットすると、お互いが相互作用的に「共進化」し始める、ということ。ようは、専門家と患者、という枠組みに縛られず、本気で本音で人間としてぶつかることが出来るか、という部分。ここが、オープンダイアログの鍵の一つなのかもしれない。そう感じた夕べだった。
<②5月14日:オープンダイアローグワークショップ@渋谷、一日目だん>
「ここで話されていることと、自分の人生とを結びつけていますか?」という問いが、最も本質的に感じられた。先にツイッターでも書いたが、自分を開いて、自己開示をして、相手と本気で対話するというのは、ある種の生き様が問われる話。とても、技法論やマニュアルうんぬんの話ではない。
目の前に、不安や心配で押しつぶされそうな人がいる。その人と接する私も、ある種の押しつぶされそうな気配を感じる。そういうダイレクトな感情を、相手にも伝わる形で、「私は○○だ」と自分を主語にして伝える事ができるか、という問い。そして、自分がそうやって教師とかセラピストとか立場や役割に固着化せず、それを隠れ蓑にもせず、一人の人間として、相手と「いま・ここ」で時間と空間を共有する覚悟を持っているか。それが、生き様が問われている、ということなのだろうと思う。
セミナーの後、森川すいめいさんとも話していたが、例えばホームレスのおっちゃんは、その覚悟がない人とは会話が成立しない。立場や肩書きなんて気にせず、人間として「なんぼのもんか」をしっかり見ているのが、おっちゃん達の強さ。それは、「私はこう思う」というのを、まず差し出す勇気を持っているかどうか、ということを査定する目でもある。
確かにトレーニングも必要だし、技法論的な事もある。でも、やっぱり構えや生き様の部分もあるようにおもう。相手を変える前に、まずは自分が変わる。他者性を尊重する、ということは、自分自身の固有性とかユニークさを尊重することがないと、成り立たない。
「どれだけ会話を深めても、ヤーコはトムになれないし、トムはヤーコになれない。でも共有する部分が多くなり、ダイアローグがより豊かになる。」
この語りが教えてくれるのは、教師-学生、支援者ー対象者という切り分けた境界を越えて、つながることが出来るか、という問い。これが「共進化」の鍵なのだと改めて感じた。
<③5月13日:オープンダイアローグセミナーメモ その3>
昨日のセミナーでもう一つ印象的だったのが、「水平の対話」と「垂直の対話」。水平とは、会話している人々の間での横での対等なやりとり。そして、垂直とは、内なる声との対話。
そもそも、権威主義的な関係であれば、水平の対話がままならない。そのなかで、不満や違和感という内なる声が出てきても、「どうせ」「しゃあない」と蓋をしてしまう。すると、垂直の対話の回路も閉ざす。つまり、権威主義的な関係性であれば、水平方向にも垂直方向にも閉ざされた、二重の意味でのモノローグになるのだ。
だからこそ、その関係を変えるために、まず自分自身の内なる声に耳を傾けることが重要なのだろう。これは、言語的表現に限らない。ある対話環境の中で胃のむかつきや圧迫感、身体のだるさや哀しみ、不安などを感じたら、その身体表現が何のお知らせなのか、をちゃんと内なる声として主題化した方が良い、ということだ。そういえば、これって昔読みふけったアーノルド・ミンデルのプロセス心理学でも同じ事を言っていたな、と思い出す。
そう、内なる声としっかり対話が出来た上で、相手(集団)との対話を始めると、軸が定まる。だからこそ、それが権威的な関係でも、あるいはそうでないものであっても、その雰囲気そのものとの対話が可能になるのかもしれない。そして、このことに自覚的である事は、対話のファシリテーターとして、決定的に重要なのかもしれない。
「他人と対話する前に、自分の内なる声をしっかり聞いて、受け止めていますか?」と。
この「構え」が技法以前に決定的に大切なような気がする。
<④5月15日:オープンダイアローグセミナー感想その4>
木曜日からの移動続きの疲れがピークになったのか、昨日は10時半頃に寝落ち。結局朝7時まで寝ていたので、朝ランも断念。でも、すがすがしい朝。
昨日のセッションですごく心に残っているのが、「集合的モノローグ」という話。トムがチェーフォフの演劇を用いながら話していた事で、人が沢山集まっても、みんな自分の言いたいことや立場の話しかしていないと、それは集合的モノローグだ、と。多職種連携の会議でも、そんな集合的モノローグになっていませんか、と。
そういえば、参加していてつまらない会議って、集合的モノローグになっているのですよね。それは、「つまらない」という内なる声と、そこでなされている議論がアクセスしないから、結局モノローグで終わってしまう。
それから、ダイアローグは創造的なものであるとも言っていた。そう、何かお互いが知らない新しい価値なりアイデアが生み出される瞬間は、そこに存在する歓びのようなものがある。これは、文字通り創造的瞬間。そういう歓びは、自分が「いま・ここ」にしっかりとコネクトしている(結びついている)からこそ、生み出されてくるもの。裏を返せば、集合的モノローグとは、みんながその場にいるのに、「いま・ここ」とは時制の異なる自分の「過去」「未来」の世界(内なる声)に埋没して、そこには「いない」状態なのかもしれない。
未来想起型ダイアローグなんかで、ファシリテーター役割に求められるのは、集合的モノローグから、ほんまもんのダイアローグに転換するための、「いま・ここ」へのチューニングなのだろう。それは、ファシリテーター自身が、ちゃんと自分の内なる声に従って、「いま・ここ」につながった上で、他の人が「いま・ここ」に繋がれるように、意図して「1年後、もしあなたの状況が劇的に改善されたら?」という「未来」の質問をして、みんなをその世界に誘うのかもしれない。そして、当事者や家族がその未来語りを共有し、専門職もその話の世界に調和していくなかで、「その未来語りをしている」という「いま・ここ」にみんなが乗ってくる。それが、トムが何度も言っていた「フロー」(流れ)に乗る、とういことなのだと思う。この流れに棹せず、うまく流すのを支えるのが、ファシリテーター役割なのかもしれない。
だからこそ、ファシリテーターは、その事例と関係のない人で良い、むしろ関係のある人なら、その人はそこに既に巻き込まれているから良くない、ということなのだろう。ファシリテーターに求められているのは、柔軟に流れに合わせて、その流れ全体に同期しながら、人々の語りの促す、ということなのかもしれない。
<⑤5月15日:オープンダイアローグWSメモ その5>
今日は会場内の仕切られた場所で実際のミーティング行われ、全ての参加者の音声が聞こえ、また映像にはヤーコさんが映し出されることで、オープンダイアローグの実際を感じるセッションだった。昨年9月にケロプダス病院では生のセッションに参加させてもらったが、その時はフィンランド語がわからなかったので、雰囲気を垣間見るだけだったので、今日の音声とつなぎ合わせながら思った感想を。
「大事なことは最初の1,2分で生じる」と言われていたが、1回目のセッションは、期せずしてその通りになる。冒頭では当事者に名前をお尋ねた際、自分が乗っ取られた幻聴の名前を話し始めた。なので、最初は訳がわからなかった。でも、ヤーコはその意味を聞き、悪魔の名前だ、という説明を聞くところから話がスタートした。
後で考えると、たぶん名前やその意味を最初にヤーコが聞くとき、こういう風に「乗っ取られた名前」を言う人もいるのだろう。そして、それは支援者に対して、「さあ、どうする?」という突きつけなのかもしれない。でもヤーコは当然のように、その乗っ取られた人の名前や意味を聞き、またボブやジミーなど、様々な乗っ取る人の話もスーッと聞いていく。日常の中でこの人はそういう多様な声に出会っているのだから、「その声のある日常」として接しているのが、非常に印象的だった。
とはいえ、そこには家族も参加している。家族には、「その声のある日常」についてどう感じているのか、を尋ねていく。事実確認でも、尋問でも、解釈でもない。あくまでも、「声のある日常」とはどういうものか、をもう少し詳しく本人から教わりたい、そしてそれを家族はどう感じているのかも知りたい、というアプローチだった。そういう意味で、専門性が日常性とスーッと結びついている感じがした。だからこそ、本人も家族も初対面のヤーコに対して、彼らの日常を沢山話してくれているようだた。
また、「あなたの話を聞いていて僕に思い浮かんだことは」とか、「僕がその場面だったから、こんな風に感じる」とか、「僕の経験では」という形で、自分の意見をあくまでも「いま・ここ」に結びつけて話をしているのも、印象的だった。
「相手を変えよう・治そう」というアプローチは、どうしても操作的になる。そして、それは特に困難を抱えている人にとっては、自分達のしんどさや不安、大変さを理解されることなく一方的・教条的なアプローチに映る。当然、反発も起こる。でも、「今日の話から○○を私は学んだ」というヤーコのフレーズに象徴されるように、自分が相手から学ばせてもらう、というのは、文字通りの双方向に感じた。支援者の聴き方が変わる・違うからこそ、その家族世界以外には開かれていない、「閉ざされた煮詰まり感」が少しずつその場に表現されていくのも感じた。
相手を変える前に自分が変わる、というのを、ヤーコは常に実践しているのだなぁ、という姿勢を垣間見た瞬間だった。
<⑥5月15日:オープンダイアローグWS感想 その6>
ある福祉現場の参加者の方から、会の終了後、「今回の経験をどう活かせば良いのでしょうか?」というお尋ねを頂いた。僕自身も一参加者なので、よくわからないし、そんな事は軽々しく言えない。でも、僕自身が活かせるなら、ということで、こんな事をお伝えした。
「まず、誰かへの直接支援の現場で、いきなりこれを使おう、とは思わない方が良いと思います。それは、百害あって一利なし、だから。そうではなくて、自分の職場の中で、例えば同僚とか、連携する同業者に対する自分のアプローチを変える。そういう練習から始めてみるのも、一つかもしれません」
これはヤーコとトムの本でも、繰り返し書かれていることだ。「相手を変えるのは難しい。それより、自分が変わることの方が簡単だ」と。逆に言えば、自分を変えることも出来ない人が、他者の変容に立ち会えることは無理だ、という厳しい警句とも言える。このセミナーで学んだことを、自分の日常世界にどう取り込むことが出来るのか。これが、専門性と日常性を切り分けない、専門性を日常性の中に取り入れる、という事の真意なのだと思う。
高木俊介さんは『オープンダイアローグ』の訳者解説の中で、仏教の「往相」と「還相」の話を引き合いに出している。「往相」が専門性を学ぶ時期であるとするならば、専門性を身につけた後、日常世界の中で専門性を前面に出さずに仕事をする構えを導き出すのが「還相」である、と。そういう意味では、ワークショップで学んだ時間を「往相」とするならば、それを日常に生きる、普段の仕事の場面で、まずは同僚や同業者など、比較的害のないところで、そのスタンスを「日常の構えとして生きてみる」ということが「還相」に近いのかもしれない。そして、それは行きつ戻りつ、を繰り返すプロセスなのかもしれない。
これは実は、僕自身のこれまでの生き様と重なる部分も少なくない。僕は、大熊一夫師匠や大熊由紀子さんなど、何人かの方々に弟子入りし、知識や経験のみならず、先達の生き様を学ばせて頂いてきた。特に、大熊一夫師匠には、文字通り「内弟子」として、大学院生の頃、行動を常に共にさせて頂き、ご飯をご一緒し(ごちそうになり)、師匠があちこちに出かけるのにずっとくっついていった。その中で、師匠の生き様を文字通り習得しようと、必死になった。そして、師匠のもとを離れ、大学教員として、ある種の「真打ち」になってしまった後も、折に触れ考えるのが「師匠だったらどう考えるだろう」という点である。大学院生として師匠に弟子入りしていた頃が「往相」だとしたら、大学教員になった後の僕は、「還相」モードに入った。でも、師匠に学ばせて頂いたり、今回のような新たな叡智を学ぶ時には、学び手として再び「往相」に戻る。そして、明日以後の日常の中で、今日の学びをどう生きることが出来るか、の模索が始まる。
一日目、トムから「あなたの人生にどうコネクトしていますか?」という問いがなされた。その問いは、ワークショップでの学びを、あなたの日常の中で、どう生きますか、活かせますか、という問いなのだろうと思う。僕自身は、授業やゼミの場面で、あるいは会議や事例検討会などでも、もっと「いま・ここ」に結びつこうと思う。なるべくそこに参加する多くの人の声との多声性やポリフォニーと響き合う水平の関係を大切にしながら、一方で自分の「内なる声」との対話という垂直の関係も、常に意識しようと思う。特に、「焦っている」「いらだっている」「操作的・支配的になろうとする」という、不安や否定的な声を蓋したり、見ないふりをすることなく、もっとその声に素直を聞き、その声とも対話しようと思う。これが、WSという往相で得た学びを、明日以後の生活という「還相」において生きるための、僕にとっては大切なポイントなのだと思う。
そのためにも、力んだり、勢いづいたり、必死になっている時ほど、「少し落ち着け」と自分に語りかける必要がありそうだ。もっとリラックスして、自分の声と相手の声に耳を傾けてみようよ、と。ネガティブな思い込みに支配されず、水平と垂直の関係性をもっと大切にしてみようよ、と。そういう実践の積み重ねが、少しずつ、自分の「還相」と結びつくように、生きてみたい。
帰りの「あずさ」の中で、そんなことを感じた。

内なる「他者」との出会い

昨年、「困難を抱える人への『支援』とは」というテーマで、「ヒューマンライツ」7月号に、以下の文章を寄稿した。講演などで語っていることを割としっかり考えてまとめた文章なので、ここに再掲しておく。
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<「内在的論理」を掴む>
私は、佐藤優氏の著作を好んで読み続けている。「外務省のラスプーチン」とも言われ、背任容疑や偽計業務妨害容疑で逮捕され、その後、執行猶予付きの判決が確定し、外務省職員から作家に転身した、あの佐藤優氏である。あまりに多作なので全てを読むことは出来ないが、彼の主要な作品や自伝シリーズなどは、なるべく読むようにしている。彼の分析が非常にシャープなのは、膨大な読書量もさることながら、相手の内在的論理を掴む、という点で、秀逸だからである。彼は、その要点を以下の様に語っている。
「ヘーゲルの分析手法の特質は視座が移動することだ。ヘーゲルは、特定の出来事を分析する場合、まず当事者にとっての意味を明らかにする。対象の内在的論理をつかむことと言い換えてもよい。その上で、今度は、対象を突き放した上で、学術的素養があり、分析の訓練を積んだ”われわれ(有識者)”にとっての意味を明らかにする。更に有識者の学術的分析が当事者にどう見えるかを明らかにするといった手順で議論を進めていく。当事者と有識者の間で視座が往復するのだ。この方法が国際情勢を分析する上でも役に立つ。」(佐藤優『地球を斬る』角川学芸出版 p266-7)
この方法は、国際情勢を分析するだけでなく、福祉や支援対象者を分析する上でも非常に役立つ。本誌は自治体や企業の人権担当の方にも広く読まれている、とのことだが、例えば自治体や企業への「クレーマー」「モンスター○○」とラベルを貼られた人々を分析する上でも、大きく役立つかもしれない。それは一体、どういうことか。
私たちは、事実と価値を混同しやすい。事実だと思い込んでいる事の中に、価値判断が沢山含まれている。例えばシングルマザーが生活保護を申請しようとした時に、「若いんだからもっと働けば良いのではないか」という価値判断が、生活保護のワーカーの前提としてあるかもしれない。だが、シングルマザーも千差万別。確かに就労が十分に可能な人もいれば、本人が疾病や傷害を持っていたり、DV等を受けて養育費をもらえなかったり、あるいは職歴が乏しく子沢山でバイトの掛け持ちで生活がまわらない、という個別の事情がある。それを斟酌せず、「甘えだ」「若いんだから働けるはずだ」と決めつけるのは、事実ではなく、価値判断である。
一方、相手の内在的論理を掴む、とは、「特定の出来事を分析する場合、まず当事者にとっての意味を明らかにする」ことが、その要点である。この際、大切なのは、自分自身の価値前提を、一旦括弧にくくり、虚心坦懐に「相手にとっての意味」を掴もうとすることである。生活保護を申請しに役所の窓口を訪れたシングルマザーの「内在的論理」を掴もうとするなら、彼女がなぜ「働けない」のか、就労の収入だけで暮らしていけないのか、どういう気持ちで申請に訪れているのか、どのような懸念や不安を抱いているのか、子ども達の状態はどうなのか・・・という「当事者にとっての意味」を徹底的に理解する必要がある。この際、自らの価値観を入れると、既に解釈が入ってしまうため、相手の内在的論理を十分理解することは出来ない。自分の価値観は「横に置いておいて」、とりあえず、徹底的に「相手の論理」を、例え自分の生き方と違うものであっても、理解するのが戦略的に重要なのである。
その上で、「対象を突き放した上で」、この社会の文脈の中で、その内在的論理はどう受け止められるか、を分析する。その際、自らの分析にどのような価値前提やバイアスが掛かっているか、に自覚的になる必要がある。どんな人であれ、中立公平な視点、などというものはない。行政担当者なら、「行政として」という立ち位置で、知らず知らずのうちに分析している。その自らの内在的論理に自覚的になりながら、相手の論理を分析する。相手の価値と、自分の価値を、対比させて考える。さらに、こちらの「分析が当事者にどう見えるかを明らかにする」ことも重ねる中で、あなたと私の間で「視座が往復」させる。これが内在的論理の肝だ、と佐藤氏は述べている。
この分析方法は、本誌のテーマである「困難を抱える人の支援」を考える際に、役に立つ、どころか必要不可欠な視点である、と考えている。
<非合理の合理性>
自分自身の価値観と大きく異なるように見える相手のことを理解する、のは簡単ではない。ホームレスやひきこもり、「ゴミ屋敷」の主、精神障害者・・・などのように、世間からマイナスの偏見や先入観のレッテルが貼られている人々、あるいは行政の窓口や企業のコールセンターに過剰なエネルギーで苦情を言いつのるモンスター顧客のことを、どうやったら「理解」出来るのか。このような問いを持っている読者もいるかもしれない。
相手の内在的論理を掴む際に大切なのは、事実と価値判断を分けて考えることである、と先に述べた。さらに言えば、相手にとっての合理性と、自分自身にとっての合理性を分けて考えた方が、うまく分析が出来るかもしれない。つまり、自分自身の価値前提や合理性から一旦自由になって、相手の価値前提や合理性を、相手の眼差しから眺めてみる、ということが大切なのだ。
具体例で考えて見よう。家の中だけでなく、庭先や道路沿いまで、ゴミで埋まっている家がある。「ゴミ屋敷」と福祉業界ではラベリングされている。近年では、マンション内ゴミ屋敷、という現象もある。授業で「ゴミ屋敷」問題を取り上げ、冒頭で学生達に、「なぜゴミ屋敷が生まれるのか?」と聴くと、「ゴミが好きだから」という答えが返ってくることもある。そこで僕から、「君はゴミは好きなのかな?」と再度尋ねると、「私は嫌いです」と答える。このやりとりから、「ゴミ屋敷」の主は、自分自身とは全く異なる思考回路の持ち主である、という偏見や先入観が見えてくる。だが、本当に「自分自身とは全く異なる思考回路の持ち主」なのだろうか?
前提として書いておきたいのは、「ゴミが好きな人」は、ほとんどいない、ということである。ではなぜゴミが溜まるのか。そこには、千差万別の理由がある。Aさんは、二世帯住宅を建てたが、退職後に妻に離縁され、子どもは寄りつかず、病気になり、生きる意欲を失うと共に、ゴミが溜まってきた。Bさんは、同居していた兄弟が亡くなった後、少ない年金で暮らせず生活保護の申請に行くも、持ち家の売却を迫られ保護申請をせず、生活手段として使えるものを拾い集めている。Cさんは、仕事をクビになり、アルコール依存になる中で、部屋が荒れ放題になってきた。これらのエピソードに共通するのは、「ゴミが溜まる」のは、生きづらさが増幅する中での結果であって、「ゴミを溜める」というのが目的ではなかった、という点である。この内在的論理を、しっかり押さえておく必要がある。
これは、「ゴミ屋敷」へのアプローチにも、大きく関わる部分である。これまでの「ゴミ屋敷」問題へのアプローチの仕方として、町内会や近隣総出で「ゴミを片付ける」けど、数ヶ月したらまた「ゴミが溜まり」、近所とご本人の対立は深まる、という悪循環の形が少なくなかった。これは、「ゴミを捨てればそれで良い」という周囲の関わり方が、本人の内在的論理を全く無視したものであるから、だとも言える。「ゴミ屋敷」の主にとって、「ゴミを溜める」のが目的ではない。「ゴミを溜める」形でしか自己表現が出来ないほど、追い詰められたり、自暴自棄になったり、孤独や生きる苦悩が深まっているのである。つまり、それらの孤独や不安、寂しさなどに寄り添うことなく、「ゴミ屋敷」の主の内在的論理を理解せずに「ゴミを捨てる」行為は、本人と周囲の間に亀裂や分断を深めるだけ、なのかもしれない。
では、どうすれば良いのか。まずは、ゴミを溜める、ご本人なりの理由や合理性を伺うことである。ゴミを溜める人には、それなりの理由(=合理性)がある。それは、世間から見れば「非合理」に見えるかもしれないが、本人なりの正当性や必然性がある。その「非合理の合理性」を追求することが、最も「合理的」な解決策を見出す入口である。さらに、支援現場に携わった経験のある人なら、この「非合理の合理性」に、ある共通点があることも見えてくる。社会的に排除され、役割や誇りが奪われ・喪失した人ほど、ゴミを溜めたり、アルコールやギャンブル、家庭内暴力などに依存したりしやすい脆弱性を抱えている、ということである。これらの共通点を、「社会的環境との相互作用の中で、脆弱な個人が排除された結果として表出する課題」と受け止めるか、「心の弱い人・性格が歪んだ人の自己責任」と受け止めるか。これは、事実ではなく、価値判断である。だが、非合理の人に対して、「あなたは非合理だ」と同語反復的に糾弾することと、同じ人に「あなたの中の合理性には理解できる部分もある」と共感することと、どちらが、何に対して有効だろうか?
<誰の何をどうしたいのか?>
「心の弱い人・性格が歪んだ人の自己責任」と、「社会的環境との相互作用の中で、脆弱な個人が排除された結果として表出する課題」という二つの価値判断。これは、「誰の何をどうしたいのか?」という問題と結びついている。
「心の弱い人・性格が歪んだ人の自己責任」というラベルは、その裏側に、「そう査定する私自身は、心は弱くなく、性格も歪んでいない」という査定基準が潜んでいる。つまり、「あたなが悪い」という裏側には「私は悪くない」という価値判断が入っている。それ自体が悪いとか良いとか言いたいのではない。だが、他人は、「あなたが悪い。私は悪くない」と最初から決めつけている人の意見に、虚心坦懐に耳を傾けるだろうか。その上で、行動変容を考えるだろうか。私なら、自分の価値前提や合理性に耳を傾け、理解してくれる努力をしない相手の言うことは、信用できないだろう。それは、自分自身の価値前提や信念を認めない、つまり自己否定されている、と感じるからだ。
もちろん、「ゴミ屋敷」の近隣住民は、その悪臭やゴキブリなどで、大変な迷惑を被っている。それを我慢しなさい、と言いたいのではない。ただ、本当に解決したければ、「ゴミ屋敷」の主が、溜まったゴミを何とも出来なくなってしまった内在的論理を理解することからしか、始まらない。どのような悪循環の「結果」としてゴミが溜まったのか。その理解があればこそ、悪循環を超えて、好循環に漕ぎ出すきっかけが見つかるのだ。ある人は、いつも声かけをしてもらったり、バス旅行に誘ってもらえるのが、孤独から抜け出すきっかけ、かもしれない。別の人は、じっくり話を伺った上で、本人の気持ちの整理をしながら、毎週定期的に自宅訪問を繰り返して、ちょっとづつ片付ける方が良いのかもしれない。ご本人なりの「合理性」を認めた上で、それ以外の「合理性」もあり得る、と本人が納得した上で、支援する人と共に、別の合理性を探すことで、悪循環から抜け出す事が可能なのかも知れない。
繰り返しになるが、「心の弱い人・性格が歪んだ人の自己責任」という価値判断を、たとえあなたが持っていたとしても、「困難を抱える人」と接する際には、一旦その価値判断から自由になる必要がある。この社会のマジョリティが持っている弱肉強食・自己責任、という新自由主義的な価値判断で、落ちこぼれだ、と烙印を押され、自らもそう位置づけてしまった事により、「困難を抱える人」という状態から抜け出せない人もいる。その人に、「あなたは困難な人だ」とラベルを貼ることで、自分の価値観を相手に押しつける事になり、相手はあなたに対して「そういう価値観を押しつける人」として、忌避や激怒、反発などの感情を抱かせることになる。そこから、感情癒着状態となり、問題は膠着する。私は、「モンスター顧客」などと言われる人の内在的論理の中にも、この相互関係がある場合も少なくないのではないか、と感じている。
そこで大切なのは、誰の何をどうしたいのか、という問いである。「私の信念を揺るぎないものにしたい」のであれば、相手を糾弾するだけで、十分である。だが、「相手の行動を変容させたい」のであれば、このアプローチは全く非合理的である。人は説得されても、自分自身が納得しない限り、行動は変容しない。相手の納得を導く為には、自分の価値前提は置いておいて、相手の価値前提を理解し、その相手の価値前提が受け入れられる何かを一緒に構築し、少しずつ、問題や争点、悪循環になっている現状から移動できるような手助けをすることが、最も合理的である。「私は正しい」と言いたければ、「あなたは悪い」と言うだけで良い。でも、「あなたに変わってほしい」のなら、まずは私自身の相手に対するアプローチを変えなければ、相手も変わらないのだ。
他人を変える前に、自分が変わる。
月並みな結論だが、本気で他人や社会を変えたければ、この大前提に戻るしかない。ただ、それは自分を押し殺したり、卑屈になったりせよ、という訳ではない。相手の内在的論理を理解し、「対象を突き放した上で」「われわれにとっての意味を明らかに」して、その「分析が当事者にどう見えるかを明らかにする」という、あなたと私の「視座の往復」を、他ならぬ読者であるあなた自身が出来るか、が問われているのである。これは、国際情勢の困難、だけでなく、ある支援対象者の困難、を読み解く上でも、必要不可欠だと私は感じている。それが、私自身にとっての「他者」との出会いであり、この私の中での「内なる『他者』との出会い」という試行錯誤こそ、もっとも価値あることだ、と感じている。

サイロを破壊せよ

文化人類学者が新聞記者になれば、先進国での「おかしな振る舞い」をこのように普遍化して描いてみせることが出来る。これが、『サイロエフェクト』を読み進める中で感じたワクワクであり、読後は「僕もこういう仕事が出来ればなぁ」と思いを新たにさせられた。サイロとは、あの牛舎の側にある、干し草を溜めておく塔のこと。日本語で言えば、組織における「タコツボ化」の弊害を説いた本、と言える。

「サイロには弊害もある。専門家チームに分けられると互いに敵対し、リソースを浪費することもある。互いに断絶した部署や専門家チームがコミュニケーションできず、高い代償をともなう危険なリスクを見逃すこともある。組織の細分化は情報のボトルネックを生み出し、イノベーションを抑制しかねない。何よりサイロは心理的な視野を狭め、周りが見えなくなるような状況を引き起こし、人を愚かな行動に走らせる。」(ジリアン・テッド著 『サイロ・エフェクト-高度専門家社会の罠』文藝春秋、p28)
これは、イヴァン・イリイチが半世紀前から警告していたことであるが、現実にこの専門職支配が広がる中で、弊害が増えている。ipod一つに絞ってデジタル音楽端末で勝利したアップルと、タコツボ化した事業部門間の競争ゆえに3つもデバイスを作って自滅したソニーの対比。あるいは「手堅い銀行」と言われたUSB銀行やJPモルガン銀行が、サイロ化した目立たない周辺部局による複雑な金融取引で大損する一方、そのサイロの弊害を冷静に分析し、儲けたヘッジファンドがいたこと。フェースブックはソニーやマイクロソフトのサイロ化を「他山の石」として警戒し、常にサイロ化を突き破るような組織的な仕掛けをし続けていること。また、医療技術が優れても「共感がない」と批判されたことに端を発し、脱サイロ化に向けて患者のニーズに基づく組織改編を成しとげたクリーブランド・クリニック。それぞれのエピソードも、十分に面白い。だが、それよりも興味深いのが、この文化人類学的記者の視点である。
「ブルデューは異文化に身を投じることで、人生に対する新たな視点を手に入れた。新たな世界に身を投じることは、異なる社会の理解を可能にしただけでなく、自らの文化を新たな視点で見直すことにつながった。そこから引き出せる重要な教訓は、ブルデューのような境界を越える勇気を持ったインサイダー兼アウトサイダーになると、無自覚のまま継承していた分類システムのくびきから逃れることができるということだ。それは視野を広げ、普段はその存在すら意識しないような自らを形成する文化的パターンについて、目の覚めるような理解をもたらしてくれる。
これは人類学者に限った話ではない。自らのサイロから飛び出す意欲を持ち、思いもよらない形で人生を形作っていたサイロを破壊しようとすれば、必ず新たな気づきが得られる。」(同上、p188-189)
ブルデューといえば、以前ブログにも書いたが、この文化人類学者で社会学の大家は「必然性という囚われからの自由」を、自身のライフワークとしていた。サイロとは、その専門性に裏打ちされた目の前の世界を「これしかない」「これは絶対大丈夫・間違いない」と信じ込む「必然性という囚われ」によって、作り上げられていく。この時、インサイダーだけでは、その「必然性」を自明なものとするし、アウトサイダーだけであれば、インサイダーにはその批判は届かない。「境界を越える勇気を持ったインサイダー兼アウトサイダー」というのは、インサイダーから「仲間」と見なされる範囲に踏みとどまりながら、自身の頭の中身は「境界を越える勇気」を持ち、自分自身が「無自覚のまま継承していた分類システムのくびきから逃れ」るだけでなく、組織の「分類システム」そのものの問題に向き合おうとする人のことを指す。
それは、「自らの文化を新たな視点で見直す」ことになるのだが、「普段はその存在すら意識しないような自らを形成する文化的パターン」を炙り出すゆえに、その文化の人々にとっては、異端扱いされる。非常識だと言われたり、わかっていないと断罪されるかもしれない。そのような文化的障壁を越えて、扉を開け、風を入れ、組織的な澱みを新たな視点で問い直すことが出来るかどうか、が「サイロの弊害」を超えてイノベーションを加速化させる上で不可欠な要素である、と著者は指摘する。それは僕自身も多いに賛同する視点である。
「報道機関が(記者ではなく)読者のモノの考え方に応じて仕事の方法を見直したら、メディアはどう変わるだろうか。メーカーが(営業マンやデザイナーではなく)消費者の価値観に応じて組織体制を見直したら、今と同じ商品を売るだろうか。要するに、重要なのはビジネスプロセスやサービスの見方を上下左右にひっくり返してみると、組織のモノの考え方が変わるかもしれない、ということだ。あるいは、どのような成果が生まれるかわからなくてもリスクを取ろうという姿勢が組織に浸透していれば、同じ効果が期待できる。」(同上、p280)
外科と内科、政治部と社会部、企画と営業、企画総務課と福祉課、などの「分類システム」は、病院や新聞社、メーカー、自治体などの組織が、その仕事を効率化・専門化するために作った「サイロ」である。それは、一つの案件のみに専心するのであれば、十分に役立つサイロであった。だが、人々のニーズは複雑・複合化している。従来は、サービスの対象者に分類を当てはめていたが、一人一人の対象者の立ち位置から、分類システムそのものの有効性を問い直すことが、サイロ・分類システムの弊害や煮詰まりを超える上で、必要不可欠なのだ。大学で言うなら、文科省の中央集権的な分類変更に振り回されるのではなく、学生一人一人のパフォーマンスの最大化の為に、教職員組織や学部変成、シラバスがどう変容すべきか、を現場レベルから問い直すことである。それは、自分に関わりのある組織を思い浮かべると、もちろん容易ではないことがわかる。
でも、地域包括ケアシステムの構築で、僕自身がいくつかの自治体からアドバイザーとして呼ばれる時に、僕に求められる役割とは、結局の所、「インサイダー兼アウトサイダー」なんだろうな、とこれを読みながら、強く思う。役所の、包括支援センターの中だけでは、何かが変だ、と思っても、その「分類システム」に疑いをもつことさえ、できない。だから、僕のようなアウトサイダーが、インサイダーから呼ばれ、イン
サイダーの話をじっくりうかがう中で、「普段はその存在すら意識しないような自らを形成する文化的パターン」を指摘したり、自分で気付いてもらう支援が大切なのだと思う。その上で、「プロセスやサービスの見方を上下左右にひっくり返してみると、組織のモノの考え方が変わるかもしれない」という体験をしてもらい、そこから、自分たちで創り上げる組織体制や組織改編のお手伝いをしているのかもしれない。僕が呼ばれる時って、何らかの部分で「情報のボトルネックを生み出し、イノベーションを抑制しかねない」状況が生み出されている。だから僕がすべきなのは、下手に空気を読まず、分類システムに順応せず、「上下左右にひっくり返して」、変なものは変と言い続けることなのだと思う。
そういう意味で、僕は昔も今も変わらないサイロ破壊者的アドバイザーなのだな、とずっと思う。結局現場の職員のみなさんにずっと伝え続けていること。それは「自らのサイロから飛び出す意欲を持ち、思いもよらない形で人生を形作っていたサイロを破壊しようとすれば、必ず新たな気づきが得られる」よ、という「枠組みはずしの旅」のススメ、なのであった。

因果論を超える「対話」

最近、本を読み飛ばす癖が付いてしまった僕にとって、久しぶりに時間を掛けて味読した一冊だった。昨年から僕も話題にしており、精神医療の業界では大きな注目を集めているオープンダイアローグについての体系書の、待望の翻訳。しかも、訳者はACTーKの高木さん達のチームなので、現場のリアリティに基づいた、スッと入ってくる翻訳である。これほど面白くて、味わい深いものがあるだろうか。たとえば、こんなフレーズ。

「初めてのミーティングで患者がしゃべることはとても理解できないと思われるかもしれないが、回を重ねるうちに、患者が話していることは彼の人生のいくつかのリアルな出来事であるということがわかってくる。このような出来事には、精神病的危機を生じる前には普段の言葉ではほぼ言い表すこともできなかった、患者にとって脅威となっていた恐ろしい事柄のいくばくかが含まれている。精神病体験には、現実的な出来事が含まれていて、以前には言葉にできなかったテーマが前面に出てくる。同じ事は、逸脱行為についても言えることである。怒りや抑うつ、不安などの強い感情を伴って、患者はこれまで口にしたことがなかったテーマを語る。このように、危機状況の中心にいる人物である患者は、そのまわりにいる人たちには計り知れないところにいるのである。治療がめざすのは、それをあらわす言葉を分かち合える表現がこれまでなかった経験について、それを表現出来るようにすることである。」(セイックラ&アーンキル『オープンダイアローグ』日本評論社、p59)
「精神病体験」は、従来は異常で理解出来ない特有な何か、とラベルを貼られていた。今でもそう思う人は少なくないと思う。一方、このオープンダイアローグの思想の核心には、「精神病体験には、現実的な出来事が含まれていて、以前には言葉にできなかったテーマが前面に出てくる」という価値前提がある。つまり、従来のモノローグ的な「介入」であれば、「患者がしゃべることはとても理解できない」ので、取りあえず行動を沈静化させることが目的になりがちだった。しかも、それはあくまでも「正常」というカテゴリーのルールの範囲外、というラベルの張り方である。そして、精神病体験をしたご本人の内在的論理を追おうともしない。
だが、本当のダイアローグは、「とても理解出来ない」と一見思える内容の話を聞き続ける中で、「患者が話していることは彼の人生のいくつかのリアルな出来事であるということがわかってくる」体験を重ねていくことである。しかも、理解が不可能に思え、幻覚や妄想に支配されている状態とラベルを貼りがちだったのは、「精神病的危機を生じる前には普段の言葉ではほぼ言い表すこともできなかった、患者にとって脅威となっていた恐ろしい事柄のいくばくかが含まれている」からである。「CIAが見張っている」「宇宙人に思考が筒抜けである」などの表現は、それほど「恐ろしい事柄」がその患者の「危機」の時に起こっていて、それを表現する方法が「普段の言葉ではほぼ言い表すこともできなかった」からである。この時、大切なのは、その「突飛な言葉」に見える表現の背後にある「恐ろしい事柄」という普遍的課題を掘り起こし、話を聞き続ける中でそれを表現してもよい、と、支援チームに信頼関係を寄せられる・賭けてみることが出来るような環境を構築出来るか、である。
「危機状況の中心にいる人物である患者は、そのまわりにいる人たちには計り知れないところにいるのである。治療がめざすのは、それをあらわす言葉を分かち合える表現がこれまでなかった経験について、それを表現出来るようにすることである。」
つまり、「CIA」とか「宇宙人」で表現される内容は、「それをあらわす言葉を分かち合える表現がこれまでなかった経験」なのである。だから、絶対者や圧倒的存在としての「CIA」や「宇宙人」という記号が用いられる。そして、私たちはその記号の表層に振り回されて、「そのような事はあり得ないのだから、この人の言うことはオカシイ」と決めつける。だが、その記号でしか言えない「危機」とは何か、という問いを抱きながら話を聞く中で、「危機状況の中心にいる人物」の持つ、「まわりにいる人たちには計り知れない」「患者にとって脅威となっていた恐ろしい事柄」が、次第に浮き彫りになってくるのである。家族や信頼していた他人からの裏切りや虐待、ソーシャルネットワークから切り離された孤独など、私たちが了解可能な危機が、「普段の言葉ではほぼ言い表すこともできなかった」表現として、精神病的危機の場面で語られるのである。
従来は、それらの言葉を語らないようにすることが、治療者の一方的な(モノローグ)の「介入」における「回復」と見なされることがしばしばだった。だが、オープンダイアローグの目的は、「それをあらわす言葉を分かち合える表現がこれまでなかった経験について、それを表現出来るようにすることである」。モノローグは了解不能な言葉を異常と決めつけ、その異常な言葉が出てこなくなることが目的としていた。一方、ダイアローグはそのような「表現」を出すことが「危機」において非常で大事なことである、とした上で、その表現を通じて、相手の圧倒的な恐怖や不安を理解する手がかりを掴もう、という姿勢である。そういえば、昨年の9月にフィンランドのケロプダス病院を訪れた時も、心理士のタピオさんがこう語っていた。
「ただ聞かなければならない。ある程度の見通しや目標を立てて聞くと、沢山のことを聞き逃す。」
「見通しや目標」とは、専門的知識に基づく「予断」のことである。だが、この本にはその「予断」を持つ危険性を、こんな風に示している。
「浮かんでくる診断に関する考えやそれに続く治療の図式のような専門家の予断は、相手の話を聴くことを妨げ、<対話>の生成を邪魔する『ノイズ』を生み出す」(p202)
そう、「この人は○○のカテゴリーに入るのではないか」という診断や分類、治療の図式は「予断」であり、「<対話>の生成を邪魔する『ノイズ』」である、と言い切っている。なぜならば、それは、「相手の話を聴くことを妨げ」「沢山のことを聞き逃す」からである。予断があれば、「自分が見通しや目標を持つ上で必要な要素のみを聴く」ことになる。つまり、「専門家が聴きたいことを聴く」のである。一方、「ただ聞かなければならない」という時に大切にされるのは、「相手が妄想やあり得ない表現を用いなが
ら、どのような恐怖や不安を伝えようとしているのか」を、「予断」を持たずに聴く、と姿勢である。これは、全く異なる二つの「構え」である。
さらに言えば、この「構え」の違いは、実は科学認識やパラダイムの違い、でもある。第9章では「ダイアローグの思想」の背後にあるパラダイムの違い、を全面展開している。科学哲学を論じるノヴォトニーらの著作に基づいて、従来の「根拠に基づく研究は前時代の残滓だ」(p191)と言い切る。そして、ノヴォトニーらの著作のこの部分を引用する。
「単純な因果論のような信念は、たいていは線形的因果関係という暗黙の想定を底に秘めているのだが、それもまた過ぎ去った観念である。多くの、いや、おそらくほとんどの関係は非線形的で予測不可能な変化をしつづけるパターンに従っているという認識が、それにとってかわった」(p191)
ランダム化比較実験(RCT)や根拠に基づく治療(EBM)は、A→Bという「線形的因果関係」を暗黙の前提にしている。でも、ある人が「CIA」や「宇宙人」についてありありと語るとき、その表現の背後に共通する「A」という「原因」を一義的に決めることは出来ない。恐怖や不安感という共通要素があるとしても、その恐怖や不安感がなぜ、どのような形で生じたか、は人それぞれに違う。またどのような恐怖が、どんな幻覚や幻聴、妄想と結びついているのか、も「非線形的で予測不可能な変化」である。なのに、それをわかりやすい「線形的な物語」に無理矢理落とし込み、「沢山のことを聞き逃」しているのに、「わかったふり」をしていないか? オープンダイアローグが問いかけるのは、この治療者が前提とする「線形的因果関係」の「暗黙の想定」に対する、最大の疑問符なのである。それって、「自分の見たいものだけを見ていませんか?」という問いかけであり、人間の状態という「動的プロセス」を線形的な「静的プロセス」で理解(=誤解)する事への疑問である。そして、複雑系科学の視点では、このような「動的プロセス」の理解が、もはや新たな常識になっているのに、精神医学の世界では、旧来の「静的プロセス」に固執していませんか、という問いかけでもある。
つまり、以前僕が書いた、精神医療のパラダイムシフトの議論そのものである、とも言える。
認識や価値前提が異なるのだから、旧来のパラダイムから新しいパラダイムにシフトするために、支援者の心構えを大きく変える必要がある。エピローグでは、「対話的実践の新たなパラダイム」の特徴を次の様に整理している。
「1,専門的支援者は自分たち自身の不安を解消する為に、クライエントや『素人』たちに支援を求める。
2,専門的支援者は何らかの目的にそうように相手を変えようとするのではなく、自分自身の行動を変える。
3,いつも一緒に進んでいく(「共進化」)のであり、そこでは専門家も含めて皆が変化する。
4,クライエントのパーソナル・ネットワークは、問題の出所や温床ではなく、援助資源である。
5,協働作業は、皆が問題を共通に認識することで行われるのではない。そうではなく、専門家は参加者たちがそれぞれどのように今の状況を見ているのかということに関心をもつようにする。
6,治療の援助の計画は、治療や援助のプロセスでもある。そしてプロセスはクライエント抜きに専門家間で作って行くのではない。
7,話に耳を傾けることがアドバイスを行うよりも有効である。
8,考え方・態度・出会いが技法よりも重要になる。
9,専門家は互いの領分の線引きをやめて、システムの境界を乗り越えていかねばならない。」(p199-200)
治療する側とされる側、正常と異常、万能者と無力者、専門家と素人・・・従来の「線形的因果関係」は、この二つを切り分けて理解する前提があった。だが、複雑系科学や新たなパラダイムでは、この二つは分かちがたく関わり合う相互関係として理解する。すると、切り分けて相手にモノローグ的に介入するのではなく、ダイアローグ的な相互関係は、関わる側の専門家の態度如何で大きく変わる、ということが見えてくる。だからこそ、まず「自分自身の行動を変える」ことが必要なのだ。そのためには、「わかったふり」をせず、「クライエントや『素人』たちに支援を求める」ことも大切になる。それは「あなたのために」というモードから、「あなたと共に」という「共進化」のモードへの切り替えでもある。すると、悪循環の出所や温床に見えた「クライエントのパーソナル・ネットワーク」を、「援助資源」としてどう巻き込むか、という課題にもなる。本人や家族が大切な援助資源なのだから、彼ら彼女ら抜きでその治療プロセスを作っても、先に進めない。だからこそ、支援者は「アドバイスする」という役割を手放し、「話を聴く」ことが大切で、それは「技法」ではなく、「考え方や態度、出会い」の構えや姿勢の問題でもある。そうやって、専門家が線形的因果論パラダイムを乗り越え、「システムの境界」を乗り越えることで初めて、「切り分けられていた側」の「異常」に見える世界の内在的論理が了解可能になるのである。
そういう意味では、僕自身がオープンダイアローグに出会う以前から考えていた認知論的転換の話とすっきり接続される議論で、すごく腑に落ちる読書体験であった。

発達障害と「まっすぐなキュウリ」

3月31日づけの山梨日日新聞に、コメントが掲載された。山梨以外の人はご存じないと思うので、再掲した上で、少し書き足したいとおもう。
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―発達障害がクローズアップされている。
 「発達障害」と位置づけられる人が増えたと捉えている。1990年代以降、社会の効率化が進んだ。それまで発達障害の特性があっても地場産業で小商いなどの形で働けた人が2000年代に解雇されるケースは、事例検討に関わる市町村でよく聞く。
 コンビニのアルバイトにもあらゆる業務が求められる時代になった。端末の操作やおでんの仕込み、商品の発注、補充もする。レジでは客の年齢層も打ち込む。酒屋や小さな商店では、一人何役もこなさなければならないアルバイトはいなかった。チェーン店になり規格化が進んだ結果、マニュアルに合う人材だけが求められ、合わない人は要らないと言われやすくなった。
―環境の変化が要因か。
 話を聞かない、そそっかしいなどの特性は、かつて標準の範疇だった。多少変わっていても関わり合う中でコミュニケーションを学び、社会に受け入れられていた。それが、第3次産業化など雇用環境が変わる中で「問題」として顕在化した。発達障害者支援法により支援が進んだ一方、周囲が発達障害を「規格外」としてラベルを張る空気も強まっていると思う。
―周囲はどう捉えればいいのか。
 かつて生きづらさは本人の疾病、障害に起因すると考えられてきたが、現在は本人だけでなく環境や社会参加の要因も入れた複合的な捉え方が広がっている。「障壁」は本人の中ではなく環境との間にある。周囲の「態度」も社会参加を阻害する要因になる。
 県内では特別支援教育が広がっている。保護者からのニーズがある一方で「特別な人に、特別な配慮を、特別な場所で」という考え方が障害者を排除する方向に結びつかないか懸念している。発達障害の本人を排除せず、そう分類するようになった社会の変化にも目を向けるべきだ。
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この記事が出た後、今月に入ってから、山梨では発達障害のある子どもを親が殺す、という事件が起きた。動機としては「息子に発達障害があり、育児に悩んでいた」と供述しているという。これは、残念ながら、昔から起こり続けている事件である。僕は2012年に起こった事件に関連して、「みんな、殺すな!」というブログ記事を書いていた(ことをググって気付いた)。両親が障害を持つ子どもの将来や、子どもへの支援に悩み、悲観視、無理心中を図ったり、子どもを殺す事件は、先のブログでも引用したが40年50年前から、ずっと続いている。
僕の発言と、この事件の記事を重ねて考えてみよう。結局、「障害者問題は、個人や家族問題であり、社会的な支援の問題だという認知がまだ薄い」のが、厳然たる背景にあるような気がする。「母が育児に悩んでいた」は普遍的課題だが、育児に悩むから子どもを殺したりするケースは殆どない。発達障害だけでなく、例えば特別支援学級に入ることなどで「規格外」とのラベルが貼られていなかったか。そのことによって、母親は子どもの問題を「特別な問題」と捉え、解決不能であるという悲観的予測を抱かせていなかったか。この母親は、こういう悩みを打ち明けるような「ママ友」がいたのだろうか。
加えていうと、学校システム自体の課題も気になるところだ。このお子さんが映画「みんなの学校」の舞台である大空小学校に通っていて、「全ての子どもに学習権を保障する」という方針のもと、一般の子ども達と分け隔てなく育てられていたら、同じ事がおこっただろうか。この映画に出てくる木村先生の著書にも書かれているが、発達障害や知的障害のある子でも、他の子ども達と同じ環境で学び、その中でクラスメイトがお互いが「同じ部分」と「違う部分」を理解していたら、母の苦悩や背負いすぎた責任はもっと軽くならなかっただろうか。学校現場の人手不足や事務量の多さは以前から指摘されているが、それゆえに以前に比べて標準化・規格化した対応が求められ、「手の掛かる子ども」は、「発達障害」とラベルを貼られて、特別支援学校(学級)に排除されている現状はないだろうか。そうではなくて、大空小学校のように、地域の方々が学校支援に関わってくれて、先生以外の目が入っていたら、この母親は身近な悩みももっと相談出来る環境が持てたのではないだろうか。このプロセスの中で、「うちの子は特別なんだ」という「違い」のみが強調され、他の子どもと「同じ」ような成長期の課題がある、という「同じ」の部分が見えなくなるような布置があったとはいえないだろうか。
僕は裁判官ではないので、この事件そのものを裁きたいのではない。
だが、日本社会では、残念ながら未だに「障害は個人や家族の不幸」とされる現実がある。標準化や規格化が進む社会とは、社会が採用する厳しい基準に適合しない人が、「不適合」と排除されていくプロセスである。それは、曲がったキュウリも美味しいのに、スーパーに並べられず、下手をしたら廃棄処分されてしまう光景に重なる。曲がったキュウリだって、良い味という意味では「同じ」である。でも「見た目」の「違い」や、扱いにくい・梱包しにくいという「社会的な手間」が先立って、排除される。
しかし、実は「まっすぐなキュウリ」こそ、いびつなのである。
これも今ネットで見つけたのであるが、キュウリを真っ直ぐにするためには、おもりをつるしたり、クリップで挟んだり、という「矯正」がなされる。これは子どもに置き換えると、標準化・規格化の進んだ学校社会のルールや枠組みに適合しなければならない、と重しや枠をはめられる「矯正」である。その時、キュウリやその子自身が本来持っていた「伸びたい方向性」は、グイーっと「強制」的に雁字搦めにされる。それが、「空気」を強烈に気にする日本の若者達を作る元凶にある、とは言えないだろうか。
そう思えば、わが子が「まっすぐなキュウリにはなれない」事を悲観することも、また重しやクリップで無理矢理「まっすぐ」に「強制・矯正」することも、どちらも子どもの本性を伸ばす、ということとは相反する、息苦しい・生きづらい現象ではないか。私たちの社会が誰にとっても「生きやすい・暮らし心地の良い社会」になるためには、この「まっすぐなキュウリ」が求められるような社会構造こそ、変えていかなければならないのではないか。そんなことを、つらつら考えている。

自治会を超えるNPOの可能性

先週、高知県社協が主催のイベントで講演をさせて頂いた。せっかく高知に伺うのだから、とあったかふれあいセンターを視察させて頂きたい、というリクエストを出した。その上で、「住民自身がリードするボランティア・NPOなどの活動がどう豊かに発展して行っているのか、街作りと連携出来ているか、の視点でオモロイ活動をしている現場を知りたい」という要望を伝えた所、そこにぴったりの場所があります、と教わり、連れて行って頂いた場所がある。それが、あったかふれあいセンターとかの、である。

高知空港から1時間半かけて辿り着いたのは、高知県中西部に位置する佐川町の斗賀野地区。地区の中心部にある、小学校と保育園に挟まれた場所に、そのあったかふれいセンターとかのがあった。おじゃますると、ちょうどお姉様方が編み細工で鞄を作っておられる教室が開催されていた。予定表には「自由にすごす日」と書かれているが、このように、教えるスキルを持つ地区の人が、教わりたい人に自然発生的に教えているのが、このセンターの日常茶飯事ということ。私たちがお話しを伺っている間にも、色んな人がでたり入ったりして、お茶を飲んだり、そのサークルに加わったりしている。社協のサロンのような「参加者の固定化」をイメージしていた僕にとって、まずこれが大きく違う現実。
ここで、このセンターを運営するNPO法人とかの元気村理事長の庄野孝也さんと、センターのコーディネーターを務める森田さんにお話しを伺う。この二人の話が、抜群におもしろい。
庄野さんは元々高知市内のデパートに勤めていて、現役時代は地域活動にはご縁がなかった。それが、交通安全の街頭指導に誘われたのが、退職後の15年前。そして、14年前には、農業の推進や環境保全を通じた地域コミュニティー作りを推進する「とかの懇話会」を立ち上げる。その延長線上で、地域の様々な団体と大同団結して、地域全体の事を考えるNPOを平成17年に立ち上げ、住民が集まる「とかの元気村役場」を平成19年にスタートさせる。そして、地域住民の居場所提供だけでなく、「秋祭り」のイベント開催や地域の小学校の支援活動、地区運動会の開催や、町の図書館・公園の指定管理など、その活動範囲を大きく拡大していく。その流れの中で、平成26年には「あったかふれあいセンター」も立ち上げ、買い物支援、生活支援なども有償ボランティアで引き受けるなど、活動を拡げていった。
どうしてこんなに活動がうまく展開出来たのですか、と伺うと、庄野さんは「お節介焼きの気質があるから」と笑う。ただ、それだけでなく、現役時代に組織マネジメントに携わった強みを活かし、行政や社協とも是々非々で議論をする。また、「わしはワンマンやから」と言いながら、NPO法人の理事会などでは、庄野さんの子供の世代である森田さん達の意見をけ入れ、決まりかけていた計画の変更も行う柔軟性も併せ持つ。しっかりとした推進力と、周りの人を巻き込む柔軟性、お人柄を兼ね備えた、地域の人が認めるリーダーだ。
一方、森田さんは「私は普通の主婦だから」と仰るが、なにを、なにを。センターに集う住民さん達の何気ない会話の中から、その人の持つ趣味や特技、強みを引き出し、ストックする。その上で、田んぼの刈り、秋祭りや運動会など、様々なイベントで、住民さんたちにうまく「お願い」し、手伝って頂く「甘え上手・頼り上手」である。だからこそ、このセンターの登録者は690名であるが、そのうち男性は35%を占めるという。そもそも、登録者数の多さにも驚くが、そのうち35%が男性、というのも、また驚きの数字である。僕が見ていて、このNPOをつうじて、住民達が自主的な活動を楽しく行い、つながりややりがい、役割や責任、誇りを取り戻す黒子役の支援が、このセンターのコーディネーターやスタッフの仕事なのだと思った。

さらに、このNPOのおもしろいところは、37地区の自治会では出来なくなった地域活動を、小学校区のNPOとして引き継いでいった、という部分。例えば地区の「たらふく秋祭り」、NPOが主催して行う事で、町外の参加者も含めて5000人以上が参加する大イベントである。また敬老会もNPO主催となると、140名が参加するようになった。この部分は、行政や自治会と比べて、住民のニーズに寄り添いながらも、NPOとして組織的に動くことによる成果を出している、とも言える。さらに、小学校の持っている田んぼの田植えやら稲刈りまでも、地域住民を巻き込みながら支えるだけでなく、小学生達と地元住民が関わる「活性化支援」まで行う。この部分は、PTAが担っていた部分を肩代わりしている。こう考えると、しがらみや義務感が多い自治会活動、現役世代にとって参加にハードルが高いPTA活動を、地元のNPOが引き継ぎ、地区の元気高齢者たちが自分たちの持てる特技や力を発揮して、地域のために面白く貢献しよう、という新たなNPOの一つの形である。

なぜ、この活動がこんなに維持・発展しているのか? それを佐川町社協の田村さんに伺った時、高知らしい、でも大切なヒントを教えて下さった。
「みんな、活動が終わったあとの、コレが楽しみですから(笑)」
「コレ」とは、おちょこで飲む姿。そう、とかの元気村に関わる人々のモチベーションとは、もちろん活動のやり甲斐もあるが、その後、地区内の色々なひとと交わりながら、酒を酌み交わせる、大人の付き合いの面白さにもあるのかもしれない。そういえば佐川町は、全国的に有名な銘酒「司牡丹」の蔵元がある町で、乾杯は日本酒で、という「乾杯条例」まで制定している。ただ、飲み会といっても、いつも同じメンバーでばかり集まっていては、面白くない。このNPOの活動で出会った、同じ地区内で何となく顔を見たことはある、けれど、そんなにゆっくりとしゃべったこともない、多世代の男女混ぜ合わせた人々と交わる飲み会は、それだけで地域活性化になる。しかも、活動の推進と飲み会のセットは、NPO活動の発展の両輪にもなる。

「元気村に関わる事で、『俺の地域』という帰属意識も持てるし、多世代の飲み会で『夢を語り合える』」と田村さん。なるほど、そんな関わり合いを続けたら、勝手に地域活動は活性化されますね。もちろんそこには、元気村をNPOにした庄野さんのリーダーシープや、うまく多くの人を巻き込むプロの森田さんのお人柄、といった属人的要素も多分にあるだろう。でも、この展開なら、自治会活動の展開や新しい総合事業の生活支援コーディネーター事業をどう取り組んで良いのかわからない、他の自治体にも大きなヒントになるのではないか。そんなことを学ばせて頂く訪問だった。

付言すると、この活動が他の社協のサロン活動や、住民参加型地域福祉と一線を画するところがあるとしたら、それは「本物志向」にあるだろう。ほんまもんの地域課題を取り上げ、そこに住民のほんまもんの実力を借りようとするから、関わる住民達も本気になる。「お客様」的なデイサービスやサロン、あるいは専門家が「住民のために」と一方的に考える企画と違い、本気で地域課題に立ち向かい、楽しみながら解決していこう、という夢と希望が、この「本物志向」の中に隠されている。だからこそ、多くの住民達が、この活動を「ほんまもん」だと感じ、その魅力にはまっていくのではないか。そんなことをも帰りの道中で考えていた。

追伸:帰りに直売所で買った文旦と司牡丹も、死ぬほど旨かった(^_^)

「収奪や暴力」の自覚化と超越

恐るべきスピードで本を出しまくっている佐藤優氏。その氏の著作の中でも、マイナーな出版社の本であるが故に、目にとまりにくく、一見すると関係性が低いと思われる事を結びつけた著作がある。それが『官僚階級論』(佐藤優著、にんげん出版)だ。官僚の内在的論理を読み解くために、『資本論』や公共圏だけでなく、聖書やナチスまで持ち出しながら、縦横無尽に説いていく一冊、新書とはいえ、風呂読書で1時間読了、という訳にはいかない、スケールの大きさと深い掘り下げに唸らされた一冊。それもそのはず、彼自身が官僚階級論の表も裏も味わい尽くし、獄中以後、本との格闘の中から彼を追い出したその論理をあぶり出した張本人だからである。
そんな彼だからこそ、官僚の本質をずばりと射貫いている。
「国家は税金なくして成り立ちません。そして国家を運営する官僚は、社会の外側にいて、社会から吸い上げる税金で生きている存在だと、私はみているわけです。それは暴力の独占を背景とした収奪機構の民主主義です。その暴力と収奪を組織的に行使する集団こそ、官僚階級です。」(p35)
一見すると、かなり物騒な表現である。僕は福祉領域で働く公務員の方々としばしば仕事を共にするが、彼ら彼女らが「暴力と収奪を組織的に行使する集団」とは思いにくいし、本人を前にしてそう言う気にもならない。だが、佐藤氏も指摘するように、脱税すると東京地検特捜部が捜査し、重罪とし刑務所に入れられる、という論理は、税金を「収奪」し、時にはそれを「暴力」を伴っても行使する集団、という説明そのものである。
「国家の実態は官僚です。軍人も官僚です。『国家の運営』とは、官僚が一般意志を体現しているというフィクションの上に立って、じっさいは官僚のやりたい放題にすることです。ボナパルトやヒトラーや小泉、安倍という対抗革命のなかにみなければならないのは、民主主義制度の裏側で、『われこそが一般意志を体現している』と思い込んで、恣意的な正義を行使しようとする官僚の存在です。ただしそれは、悪意をもって大衆をだましてやろうということではありません。」(p230)
僕自身、実はこのような「官僚のやりたい放題」を垣間見たことがある。何度も書いているが、2010年から2011年にかけて、障害者制度改革に関する国の審議会の委員になった。これはちょうど4年前にシノドスに書いたことだが、30代の若造が国の委員会の委員になれたのは、ひとえにその時が民主党への政権交代のシンボル的政策の一つであり、官僚主導ではなく、政治任用された内閣府の担当者から、厚労省がこれまで手がけなかった「精神病院や入所施設からの地域移行」を本気になって制度化する為に手伝ってほしい、と依頼されたからである。つまり、官僚の前例踏襲主義を打ち破るために、国の委員になった。(と気づいたのは、就任した後になってからだが)
ゆえに、「官僚のやりたい放題」に棹さす僕たちの存在は、「『われこそが一般意志を体現している』と思い込んで、恣意的な正義を行使しようとする官僚」にとっては、非常にうっとうしかったはずだ。彼らは何が何でも、自分達の「恣意的な正義を行使しようと」手練手管を使ってきた。噂や情報操作、政治家へのロビー活動などを周到にする中で、大臣から任命された委員会の決議に対して、慇懃無礼に「ゼロ回答」してみせた。このプロセスを垣間見ながら、この国は政治家ではなく官僚が支配している国である、と心底思い知らされた。しかも、彼らの考える「一般意志」が、その他の人々の考える「一般意志」と違っても、彼らは自らの「恣意的な正義」こそを絶対視する存在なのだ、と。
そういえば、彼は国の審議会についても、経験談に基づきその本質をクリアに表現している。
「ヨーロッパでも、インテリにとって国家の諮問委員会に入ることは、やはりルビコン(以後の運命を決め後戻りのできない重大な決断と行動)です。ところが、日本ではそのあたりがよくわかっていない。外務省にいた頃の私も、重要な事案は、できるだけ学者を国のヒモ付きにして、最初は『われわれは金はだしますけど口は一切出しません』とかいって、そのうち身動きが取れないように学者をからめとってしまう。それを『蜘蛛の巣オペレーション』と呼んでいました。蜘蛛が張った巣に蝶がかかると、蜘蛛は蝶の体液だけを吸い取ります。すると、外から見れば、蝶は生きているように見えますが、じつはすでに死んでいます。だから蜘蛛の巣には絶対に近寄らない方がよいということです。」(p126-127)
10年ほど前、まだ国の審議会にまさか自分が関わるなんて思ってもいなかった頃から、友人に誘われて、「国のヒモ付き」とおぼしき学者が書いたものを読み漁っていた時期がある。正直に申し上げると、「なんでこんなカスカスの中身の本を、しかも厚労省の主張の丸写しのような本を、バカバカ書いて、定評ある出版社はどんどん出すのだろうか?」というのが、率直な感想だった。また、その学者が大先生と呼ばれ、講演料が50万を超えるとか、ゴルフや高級ホテルがセットでないと講演しない、とか、そういう裏話を聞くと、失礼ながら、「一体何であんな人の話に・・・」と疑問符がついたものだ。
でも、この佐藤氏の説明を踏まえたら、納得できる。そう、あの大先生は、「身動きが取れないように」からめとられ、体液を吸い尽くされたから、文章の中身がないのだ。そして、そのように国家に忠誠を尽くした人だからこそ、その人身御供の対価として、高額な講演料や接待を要求できる階級になられたのだ。でも、もしかしたら学者としての魂は既に「死んで」いるのかもしれない。そんな妄想が浮かんでくる。
だが、これはあながち妄想ではないことが、僕もその後の「フィールドワーク」で分かってくる。僕はたまたま、55名という多すぎる人数の委員会だったので、またその中でも雑魚の委員だったので、以下に書くことは直接経験していない。だが、他の委員会の委員の話を聞くと、毎回毎回、会議の前に「ご説明」と称して、官僚が複数人でわざわざ研究室までやってきて、個人的な関係を結びながら、じんわりと官僚の内在的論理や、話してほしい中身の「ご説明」まで試みる、という。更に言えば、「ご説明」にうまく乗る人がいるならば、一緒に飲みに行き、カラオケで共に歌い、仲間意識を涵養する。すると、最初は舌鋒鋭かったはずなのに、いつの間にか「○○ちゃんと飲み友達で」と官僚の内在的論理も理解しすぎてしまい、気づけば「蜘蛛の巣オペレーション」に見事に引っかかる御仁も出てくる。そうやって、いつの間にか「ヒモ付き」になる学者、ジャーナリスト、支援者、当事者・・・を垣間見てきた。あのオペレーションたるや、恐ろしいものである。僕だって、それだけ接待責めにあったら、危なかったかもしれない。だからこそ、佐藤氏は国の諮問機関の委員になることを「ルビコン」超えだ、と言うのである。
では、このような官僚の暴走を押さえるには、どうしたらよいのだろうか。彼は二つの方法論を提案している。
「官僚は国家のために必要です。知的なエリート、能力的に高い人たちがなる職業です。官僚として、自分のはたしている機能がなんであり、どこから自分の給与が出ているのかを客観的にわからせることです。官僚は社会から吸い上げた税で食べている。これは、イデオロギーとは関係ありません。論理の世界であり、論理整合性の問題です。たとえ個々人の官僚がどんな考えをもっていようとも、『官僚とは階級である。官僚以外の社会から収奪することによって食っている階級である。自分の仕事の裏打ちをしているものは国家が独占している暴力である』-こういう議論を承認せざるを得ません。」(p171)
自らの立ち位置が「収奪と暴力」によって構築されていることを自覚させること。これがなぜ官僚の暴走を押さえるのに有効なのか。それは、国家のプロセスがきれい事ではなく、自らも「収奪と暴力」の一員である、という権力性を自覚させることにより、権力行使にも自覚的になり、結果として抑制的になれるからだ、と、僕自身は考える。その抑制やタガ、佐藤氏が「歩留まり」と表現しているものが外れたら、どうなるか。
「新自由主義的な時代になるとともに知的劣化がはじまり、『自分たち官僚が絶対的に正しい』『自分の努力でエリートの地位をつかんだ』とカン違いしている愚か者が多数となっています。」(p172)
そう、自分の正しさに疑いを持たない、無謬性こそ、人間の最大の盲点である。しかもそれが、「一般意志」なる抽象的で、どうとでも解釈できるものと結びついたら、最悪である。
「私は国民の考え=一般意志を理解している。だから、私が言うことは正しい。だから、黙って従えば良い」
この論理に収奪と暴力が結びついたとき、それはまさしく独裁そのものである。だからこそ、「収奪と暴力」に自覚的である必要がある、と佐藤氏は説くのである。これが、官僚個人への処方箋であるとするならば、国家はどのような方向に向かうと、官僚の暴走を防ぐ事が出来るのか。佐藤氏はこう整理している。
「国家にできるだけ社会福祉的な機能をもたせて、大きな国家にして、教育であるとか社会福祉を大切にして、どんどん大きくしていくわけです。そうすることによって、国家の中にある暴力性は希薄になります。その反対に、小さなな政府をつくると、おしまいには軍隊と警察と外務省だけになって、そこにかたちばかりの経済官庁があるという小さな国家は、もう暴力の固まりのようなものです。日本のみならず世界をみても、後期資本主義をとっていた国々が、資本の運動の行き詰まりによって新自由主義と帝国主義の間を行ったり来たりのシーソーゲームをはじめました。それをどのように脱構築するかを考えなければなりません。」(p290-291)
非常にプラグマティックで現実的な案だと思う。官僚の「収奪と暴力」性を、現実的に消し去ることは出来ない。であれば、その「収奪と暴力」を「希薄」にすることが、具体的で実現可能な選択肢に見えてくる。それが、社会福祉や教育など、「収奪や暴力」とは相反する、再配分的な内容を強化していく、という選択肢である。逆に「小さな国家」を志向することは、夜警国家への逆戻りであり、「収奪と暴力」の濃度が高まる。マスコミに踊らされ、あるいはSNS上で目立つから、と公務員バッシングで溜飲を下げている庶民は、そうすることで、小さな国家を志向する新自由主義的志向を持つ「対抗革命」者をおだて上げることになり、結果として自らの土台を崩される、文字通り「墓穴を掘る」自体になるのだ、と。
この本だけでなく、佐藤氏は著作の中に、様々なメッセージを陰に陽に込めている。僕が今回受け取ったのは、「霞ヶ関と闘いたいと思うのであれば、まずは官僚階級の内在的論理をしっかり把握せよ」ということであった。「収奪と暴力」という立脚点を理解し、それを官僚自身にも理解させた上で、「小さな国家」という形で「収奪と暴力」を強化させるのではなく、土建国家ではなく福祉や教育などの再分配による「大きな国家」を志向することで、国家の「収奪と暴力」を「希薄化」させる。そのことこそ、フリーターや非正規労働者、貧困世帯や障害者、高齢者など、声にならない「一般意志」の声を実現するために、必要不可欠な道である、と。この認識の共有を官僚にしてもらうためにこそ、官僚と近づくべきであり、決して「蜘蛛の巣オペレーション」の餌食になってはならないのである。
つくづく、自戒を込めて。